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2010/01/19

【バレエの原作を読む(6)】シチェドリン「イワンと仔馬」←エルショーフ『せむしの小馬』

 昨年末にマリインスキー・バレエで観たシチェドリンの「イワンと仔馬」の原作、エルショーフの『せむしの小馬』を読んでみました。ぽん太の手に入ったのは、『せむしの小馬』(網野菊訳、岩波少年文庫、昭和32年)です。原作と同様に、詩のような形式になっているところが魅力です。あらすじはだいたいバレエと変わらないので、めんどくさいから改めて書くことはいたしません。
 エルショーフ(Pyotr Pavlovich Yershov , Пётр Павлович Ершов)については、英語のWikipediaの自動翻訳を参照してください。1815年3月6日(ユリウス暦2月22日)に生まれ、1869年8月30日(ユリウス暦8月18日)に死去したロシアの詩人。1834年、サンクトベテルブルク大学在学中に発表した『せむしの仔馬』は瞬く間に評判となりプーシキンも絶賛したとのこと。ホントはプーシキンの作ではないかという噂が飛び交ったというエピソードは、以前にも書きました。
 『せむしの仔馬』は、皇帝や官僚をおちょくっているということで、19世紀中頃に20年間以上検閲の対象となり、1856年まで全編が公開されなかったそうです。しかし実際に読んでみると、普通の童話に出てくる滑稽な王様といった感じで、「えっ、この程度で検閲?」という気がします。邦訳が岩波「少年」文庫なので、毒がある部分を省略しているのでしょうか?同じ時期の1849年にドストエフスキーは、空想科学主義者ペトラシュフスキーが主宰するサークルで、反政府的な内容の手紙を朗読したかどで逮捕され、死刑判決を受けます。光文社古典新訳文庫の『カラマーゾフの兄弟3』(2007年)巻末の亀山郁夫の「読書ガイド」によれば、ロシアでは1753年に既に死刑が原則廃止され、死刑が適用されたのは皇帝一族に対する殺害ないし殺人未遂だったそうですから、反政府的な手紙を朗読しただけで死刑というのは法外に重い判決でした(のちにシベリア流刑に減刑されたわけですが)。亀山は「巨大な独裁国家を築き上げていた帝政ロシアで皇帝に背くという行為は、それだけの重さを持っていたと考えていい」と書いています。反政府的な手紙を朗読しただけで死刑だとしたら、『せむしの仔馬』程度でも十分検閲に値したのかもしれません。
 無料の雑誌「Danza第25号」(2009年12月、2010年1月)(東京MDE)(こちらで読むことができます)に、昨年のマリインスキー・バレエ日本公演でイワンを踊ったレオニード・サラファーノフのインタビューが出てますが、そこでサラファーノフは『イワンと仔馬』について、「トルストイの『イワンのばか』を元にしているこの作品」と述べています。まちごーとるやん。トルストイが「イワンのばか」として有名な『イワンのばかとそのふたりの兄弟』を書き上げたのは1885年であり、内容も、イワンを悪魔が苦しめようとあれこれ手を尽くすが結局は王様になる、というもので、「イワンと仔馬」とは全然違います。ロシア人が、しかもその役を踊っている人が、間違えていいんかい。インタビューの訳が違うのかもしれませんが。
 愚かな人が得をするというこのイワンの物語は、ロシア人にとっては単なるおとぎ話ではなく、ロシア的人間の典型、あるいは理想でさえあるのだそうです。それはロシア人の大きさ、正直さ、素朴さの象徴であり、時の権力者に迎合して小賢しく立ち回り目先の利益を求める人々に対する批判でもありましょう。
 ところで、アメリカ映画『フォレスト・ガンプ 一期一会』(ロバート・ゼメキス監督、1994年)も、「イワンのばか」と同じ系統の物語と考えていいのでしょうか?IQの低い主人公が大成功を納めるという点では似ているようにも思えますが、イワンが世俗的な利益や名誉を顧みず、黙々と自然を相手に労働をするのに対し、ガンプは社会の要請に無条件に従い、社会的な名声を高めます。イワンの結末は、王様になるということですが、これは現実に王位を得るということではなく、法外な幸福を得ることの比喩的表現だと思われます。一方ガンプは最終的には、子供を育てるという小市民的な幸せに人生の価値を見いだします。してみると『フォレスト・ガンプ』と「イワンのばか」は、一見似ているものの、根本的に異なる物語だと言えましょう。ジジェクは『仮想化しきれない残余』(松浦俊輔訳、青土社、1997年)(をゝ、アマゾンの古書で33,600円!ぽん太が持っているJALの株より高いがな!売って生活費の足しにしようかしら)で、この映画に言及しています。ジジェクは『フォレスト・ガンプ』を冷笑的イデオロギーと結びつけています。イデオロギーがうまく機能するためには、人々が白痴であるということが必要である。この「イデオロギーの秘密」は以前は隠されていたが、今日の冷笑的時代にはその秘密は明らかであり、しかも明らかとなりながらイデオロギーは今まで通り十全に機能している、とジジェクは言います。この高邁な思想はぽん太の狸脳で理解できるところではありませんが、例えていえば、「民主党が社会を変えてくれてるとは誰も思っていない。しかしわれわれは白痴のようにそれを信じてる振りをして、民主党を支持する。その結果、民主党政権が機能する」といったところでしょうか。

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