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2010/04/29

【歌舞伎】吉右衛門の熊谷直実の慟哭 2010年4月歌舞伎座、第一部・第二部

 本日で現歌舞伎座ともお別れです。さようなら、これまでありがとう。
 第一部・第二部を通して最もよかったのは、「熊谷陣屋」でした。吉右衛門の熊谷直実は、陣屋に戻ってきて妻の相模の姿を認め、「ふん」と両太ももを叩くきまりからして立派で、たちどころに芝居に引き込まれてしまいます。表向きは「戦の陣中に女がのこのこやってくるとは何事だ」という怒りなのですが、実は「敦盛の身代わりに我が子小次郎を殺したのに、妻が来てやっかいなことになった」という困惑が含まれています。しかも観客は、もちろん身代わりの件は知っています。この込み入った状況を描き出し、かつ義太夫狂言らしい様式美を見せる吉右衛門の妙技は、こたえられません。
 藤十郎の相模も、大げさに情に訴えかけるのではなく、抑制された緊密度の高い演技で、我が子を失った悲しみを表現しておりました。ここは、真心からではありながら、子を失った藤の方にかけた「公式」的な慰めの言葉が、小次郎が身代わりになったと知った今すべて自分に返ってくるという、芝居のターニング・ポイント。相模は、以前に自分が言った言葉によって拘束され、苦しむことになります。二重から平舞台に降り、背中と、ぴらぴらさせている両手しか見えませんが、驚きと悲しみと苦しみが伝わってきます。相模が小次郎の首を抱いてのくどききも、お涙頂戴にならずに格調が高く、またエロティックでさえあって、銀の皿に載せられたヨカナーンの首にサロメが口づけをするという『サロメ』の一場面を思い出しました。
 富十郎の弥陀六の衣装は無地。前回の平成19年のときはどうだったかしらん。覚えとらん。どういう意味を込めているのでしょう?
 最後の吉右衛門の幕外の演技。「十六年は一昔、夢だ夢だ」では、最初は笑みを浮かべます。それは、主のために我が子を手にかけるという受け入れがたい現実を、「夢」と思い込むことによって距離を取ろうとして浮かべた笑いであり、また、そうせざるを得なかったし、それを立派にやり遂げたのではあるけれど、自分の行いの「夢」のような荒唐無稽さを笑ったのでありましょう。しかし笑みはすぐさま陰ってきて、哀しみが表情を支配します。残されたのは、「夢」のようにはかなく無意味な現実だけです。しかし、折しも届いた戦の物音に、思わず身体が反応して身構えます。いまや出家の身であることを思い、旅立ちの身支度を整える熊谷は、今度は物音を聞き流します。しかし最後は、深々とかぶった笠で耳を塞ぐようにして、すべてを振り切るように駆け出します。おそらく笠のなかの両目は閉じられていることでしょう。

 「御名残木挽闇爭」は、歌舞伎座さよなら記念のために作られた「曽我の対面」。若々しい役者で固め、華やかな舞台でした。歌舞伎座の紋にもなっている鳳凰が舞い降りたという霊夢に基づき、八幡社に舞台を造営することになり、一同は舞台ができる三年後に再会を約束するという趣向でした。
 「連獅子」、毛振りの息がぴたりと合ってました。
 「寺子屋」は、仁左衛門の武部源蔵。「せまじきものは、宮仕えじゃなあ」の名台詞を言わずに、義太夫が語っていましたが、なんかもったいない気がしました。どういう意味があるのでしょう?三月に「筆法伝授」を観たので、「寺子屋」の状況がようやく理解できました。幸四郎の松王丸、咳き込みすぎ。演技としての面白さは必要でしょうけど、仮病なんだし。「思い出すのは桜丸……倅が事を思うにつけ、不憫なことを致してござる」というところは、松王丸が桜丸に託つけて、息子のことを泣くところかと思っていたのですが、なんか今回の演技は、ホントに桜丸のことを泣いていたように見えました。幸四郎が平成18年に松王丸を演じたときは、前者だったうえに、泣きながら「桜丸、倅、桜丸、倅……」などとよけいなことを言っていたような記憶があるのですが。まあ最近ぽん太は、自分の記憶を信じていませんが。玉三郎は、こういう演目だと、演技が現代的なのが目について、義太夫狂言っぽさに欠ける気がしました。金太郎君の菅秀才は、さすがに美男子。
 「三人吉三」は名優三人の台詞術に酔いしれました。
 藤十郎の「藤娘」は極めつけの名人芸で言うことなし。


歌舞伎座さよなら公演
御名残四月大歌舞伎
平成22年4月・歌舞伎座

第一部
一、御名残木挽闇爭(おなごりこびきのだんまり)
          悪七兵衛景清  三津五郎
            典侍の局  芝 雀
            工藤祐経  染五郎
            曽我十郎  菊之助
            曽我五郎  海老蔵
          鬼王新左衛門  獅 童
           小林朝比奈  勘太郎
             片貝姫  七之助
            半沢民部  團 蔵
          秩父庄司重忠  松 緑
            大磯の虎  孝太郎
            小林舞鶴  時 蔵

  一谷嫩軍記
二、熊谷陣屋(くまがいじんや)
            熊谷直実  吉右衛門
           白毫弥陀六  富十郎
             藤の方  魁 春
            亀井六郎  友右衛門
            片岡八郎  錦之助
            伊勢三郎  松 江
            駿河次郎  桂 三
          梶原平次景高  由次郎
             堤軍次  歌 昇
             源義経  梅 玉
              相模  藤十郎


三、連獅子(れんじし)
      狂言師後に親獅子の精  勘三郎
      狂言師後に仔獅子の精  勘太郎
      狂言師後に仔獅子の精  七之助
             僧蓮念  橋之助
             僧遍念  扇 雀

第二部
  菅原伝授手習鑑
一、寺子屋(てらこや)
             松王丸  幸四郎
              千代  玉三郎
              戸浪  勘三郎
          涎くり与太郎  高麗蔵
             菅秀才  金太郎
            百姓吾作  錦 吾
            園生の前  時 蔵
            春藤玄蕃  彦三郎
            武部源蔵  仁左衛門

二、三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)
  大川端庚申塚の場

            お嬢吉三  菊五郎
            和尚吉三  團十郎
           夜鷹おとせ  梅 枝
            お坊吉三  吉右衛門

三、藤娘(ふじむすめ)
             藤の精  藤十郎

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