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2010/04/11

【バレエの原作を読む(7)】「シルヴィア」←トルクァート・タッソ『アミンタ』

 ここで久々に、「バレエの原作を読む」シリーズのお時間です。
 今回は「シルヴィア」。先日のポリーナちゃんの溌剌とした踊りが頭に浮かんできます。「シルヴィア」は、1876年にパリ・オペラ座で初演されました。台本はジュール・バルビエ、振付けはルイ・メラント、音楽は「コッペリア」で有名なレオ・ドリーブです。現在おもに踊られるのは、1952年にアシュトンが振り付けたものです。「シルヴィア」のあらすじを知りたい方は、たとえば こちらのサイトをご覧下さい。
 で、原作はというとトルクァート・タッソの牧歌劇『アミンタ』とのこと。岩波文庫で『愛神の戯れ――牧神劇『アミンタ』』(鷲平京子訳、岩波書店、1987年)というタイトルで翻訳が出ています。
 で、『アミンタ』のあらすじですが、ちょっとググってみましたが見つかりません。よろしい、それならぽん太が皆様のために一肌脱ぎ、ひじょ〜にめんどくさくて嫌で嫌でたまりませんが、あらすじをご紹介することにいたしましょう。

 まずは舞台に愛神アモーレが現れます。彼の矢に射抜かれると、愛で心が疼きます。アモーレは神でありながら、牧人の身なりをしています。母親の美神ヴェーネレが、宮廷の高貴な人々ばかりに自分を遣わすのに嫌気がさし、粗野な民衆たちの心に愛を芽生えさせようとしているのです。彼は数年前に、牧人アミンタに愛の矢を射ました。そして今日は、非情なニンフであるシルヴィアの胸を射抜こうとしています。
 シルヴィアは、獣を追い回して狩りをすることにばかりに熱中し、恋にはまったく無頓着なニンフです。友達のダーフネが愛の喜びを語り聞かせ、牧人アミンタがシルヴィアに恋していることを伝えても、シルヴィアは何の関心も示しません。一方、牧人アミンタは、自分の思いがシルヴィアに届かないことを悲しんで、自殺まで考える始末。そこでアミンタの友人のティルシは、シルヴィアの友達のダーフネと語り合って、一計を案じます。ダーフネがシルヴィアを水浴びに連れ出し、そこにティルシが牧人アミンタを誘い出すのです。うら若きシルヴィアが裸で水浴びしているところに、愛に身を焦がす牧人アミンタが出くわせば、あとは……ふ、ふ、ふ、という計画です。
 ところが泉で水浴びをしているシルヴィアに、醜い獣神サテュロスが襲いかかったのです。サテュロスは、自分の愛に応えようとしないシルヴィアを、暴力で奪おうと考えたのです。泉を訪れたアミンタが見たのは、無惨にも全裸のまま樹に縛り付けられたシルヴィアの姿で、その横には獣神サテュロスが荒々しく立ちはだかっていました。シルヴィアを恋するアミンタは、手にした槍でサテュロスに襲いかかり、格闘のすえ追い払います。ところが縛めを解かれたシルヴィアは、お礼も言わずにその場から走り去ってしまいます。
 絶望にうちひしがれたアミンタは、恐ろしい話しを聞かされます。泉から逃げ出したシルヴィアに、オオカミが襲いかかったのです。オオカミの群れが肉片を食い散らかし、地面にはシルヴィアの槍とヴェールが残されていたというのです。それを聞いたアミンタは、ああ、もうだめ、ボクも死んじゃう、と走り去ります。
 ところがどっこいシルヴィアは生きていた!槍を捨てヴェールを置き去りにしながら、からくもオオカミの群れから逃げおおせたのです。シルヴィアは、自分が死んだと勘違いしたアミンタが死を決意し、崖の上から身を投げたことを知らされます。非情な心を持つシルヴィアでしたが、それを聞いた彼女の目に涙が流れ落ちます。そう、それこそ愛の涙だったのです。シルヴィアは、これまで自分が石のような心を持ち、自分のためだけに生きて来たことを悔やみます。そしてアミンタを弔って自らも命を断とうと決心します。
 ところがどっこいアミンタは生きていた!イバラや蔓草が衝撃を和らげ、哀れな牧人は一命を取り留めたのです。いまや二人はお互いの安否を確かめ合い、永遠の愛に結ばれます。
 最後に舞台上に美神ヴェーネレが登場。劇の冒頭に登場した息子の愛神アモーレを追って、天界をすみずみまで探したものの見つからず、この宮廷にやって来たのです。彼女はアモーレが(つまり愛が)いかに移り気で移ろいやすいかを詠いあげます。そしてこの宮廷にアモーレは見当たらないと言い、別のところを探しに出かけるのです。
 ちと長めのあらすじになってしまいましたが、ご容赦ください。またぽん太がいつも言っていることではありますが、原作は韻律を踏んだ美文で、コロスや幕間劇も備えた演劇用の脚本なので、その面白さをあらすじで伝えることはできません。興味を持った方は、ぜひ原作をお読みください。
 で、ぽん太が読んだ感想ですが、「死んだと思ってたら実は生きていた」というパターンの繰り返しがちょっとくどい。また、コロスなどギリシア悲劇的な形式を備えてはいるものの、ギリシャ悲劇のような運命に突き動かされて悲劇に至る緻密な構成には欠けています。一方で愛の様々な様相を詠い上げるという点では優れていて、偽古典的な二流作品という印象でした。
 しかし岩波文庫の訳者の鷲平京子による解説はとても優れていて、『アミンタ』を当時のイタリアの社会状況と芸術史の流れのなかに的確に位置づけて評価しております。無学なぽん太にも、それを読んで、ようやくこの作品がいかに優れていて面白いか理解することができました。
 著者のタッソも無学なぽん太には初耳。1544年にソレントに生まれ、1595年に没したイタリアの叙事詩人で、『アミンタ』が執筆されたのは1573年だそうです。日本でいえば、足利義昭が織田信長に追放されて室町幕府が滅んだ年ですね。
 『アミンタ』は「牧歌劇」と冠されています。そのもととなる「牧歌」は、ギリシア時代に端を発するジャンルで、2,3人の牧人の対話という形式をとっておりました。ルネッサンスになって宮廷で行われた演劇の幕間劇として復活しましたが、16世紀半ば頃から、牧歌は次第に複雑な文学・演劇の形式として発展しました。それを「牧歌劇」という新しいジャンルとして確立したのが、この『アミンタ』なのだそうです。この時期は、ルネッサンスの原動力となったギリシア・ラテン文化が、権威として機能し始めた時代であり、古典的な形式をデフォルメし、宮廷ではなく一般民衆を主人公として愛を描いたという点で、『アミンタ』はマニエリスムという当時の革新的な芸術思潮に属しており、当時の芸術に大きな影響を与えたのだそうです。劇の最後でヴェーネレが、宮廷にはアモーレが見つからないので他を探しに行くという台詞は、当時としてはショッキングなものだったのですね。
 イタリアの社会情勢としては、タッソが身を寄せていたエステ家の宮廷文化が次第に力を失い、メディチ家が栄華を極めて行く時代であり、またスペインとイタリアの関係、カトリックとプロテスタントの対立や異端審問、ハプスブルグ家なども絡んできて大変興味深いのですが、無知なるぽん太はまったくわからないので、そのうちまたみちくさすべく宿題としてとっておきたいと思います。
 で、精神科医ぽん太にとって興味深いのは、作者のタッソが精神に異常をきたしたということ。1575年(31歳)に、十数年の構想を経た長編叙事詩『エルサレム解放』を完成させたのち、タッソは錯乱の兆しを見せはじめたそうです。緊張と疲労と発熱に苦しみながら、妄想や疑いに苛まれて『エルサレム解放』の修正を繰り返し、必要以上に人々の批判を求め、あげくのはてに異端審問所に出頭したのだそうです。審問所では問題なしとされたものの、病的な不安はつもる一方で、1577年6月、短刀で従僕に襲いかかり、修道院に幽閉されます。しかしそこを脱出し、2年ほどイタリア各地をさまよったあげく、エステ家のアルフォンソ公の結婚式に現れて公を罵倒し、再び捕えられて聖女アンナ病院の地下牢に監禁されます。ここに7年間幽閉されたあいだも、タッソは詩作にはげんだそうです。1586年、マントヴァ公国のゴンザーガ家のとりなしでようやく自由の身となりましたが、翌年には忽然とその地を去って放浪の旅にで、あちこちで歓迎されながらもいずこにも安住することなく、1595年、放浪の果てにローマ近くの聖オノーフリオ修道院で息を引き取ったそうです。
 う、う、う、とても興味がありますが、これも今日のところはここまでにして、またのみちくさの機会を待つことにしましょう。
 最後に、エピローグの美神ヴェーネレの台詞のなかに、愛神アモーレが、絵に描かれた運命の女神と同じように、前髪は長く豊かなのに、頭の後ろには毛が生えていない、というのがあります。ぽん太は高校生の時に、数学の桑原先生に、「チャンスの神様というのは、頭の前には毛が生えているけど、後ろは禿げている。だから通り過ぎてからやっとあれがチャンスの神様だったと気づくけど、捕まえようとしても髪の毛がないからつかめないんだ」という教訓話を教わりました。う〜ん、そのネタはこれだったのでしょうか。元ネタはいったいどこまで遡れるのでしょう。このみちくさも、宿題にとっておきたいと思います。

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