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2010/04/12

【映画】「女優フランシス」を精神科医が見る

 「女優フランシス」をビデオで見ました。ジャック・エル=ハイの『ロボトミスト』(岩波彰訳、ランダムハウス講談社、2009年)を読んで、この映画のなかに、ロボトミー手術を世に広めたフリーマンに似た医師が、フランシスに手術を行うシーンがあると知ったからです。この本は、ぽん太にとってとても興味深かったのですが、これについては日を改めてご紹介することにしましょう(たぶん、だけど……)。
 「女優フランシス」(原題:Frances)は1982年に製作されたアメリカ映画、監督はグレイム・クリフォードです。こちらの MovieWalkerで、あらすじや細かい情報を見ることができます。

 この映画については、すでにさまざまに論じられていると思うので、一般的な感想は割愛し、精神医学的に見てどうか、ということだけ書こうと思います。おそらく一般の人がこの映画を見る場合は、主人公のフランシスに感情移入すればいいので簡単だと思うのですが、精神科医のぽん太が見る場合は、「そう描かれているけどフランシスにもほんとは問題があったんじゃないの?」などとついつい考えてしまうので、ちと複雑です。
 映画のモデルとなった実在の女優フランシス・ファーマーに関しては、ネット上にあまり情報がないのですが、英語のWikipediaに出ていたので、そのページと、 そのExite翻訳にリンクしておきます。1913年に生まれ、1970年に死去。
 出演作のいくつかは、Movie Walkerで「フランセス・ファーマー」で検索すると出て来ます(→こちら)。amazonでは「大自然の凱歌」(1938年)を購入できるようです。25歳の頃の、まだ入院したりする前の作品ですね。

 彼女は、躁うつ病や妄想型統合失調症と診断されたそうですが、実際にどのような病状だったのか、現代ならどのような診断に当てはまるかについては、ぽん太には情報不足でわかりません。診察したこともない有名人に対して、あ〜だこ〜だと病名を付けるというよくやられているゲームには、ぽん太は関心がありません。
 彼女はインシュリン・ショックや電気ショック療法(ECT)などさまざまな治療を受けたようですが、何よりもロボトミー手術が施されたという噂で有名です。こちらの 医学都市伝説というサイトにある この写真は、フリーマン医師がフランシス・ファーマーそのひとにロボトミー手術を施す瞬間だと言われております。
 上記の『ロボトミスト』によれば、「女優フランシス」は、映画評論家ウィリアム・アーノルドが執筆した『シャドウランド』(1978年)という本に基づいて作られているそうです。アーノルドは、手術から数十年後に病院の看護師にインタビューして、フランシスが手術を受けたという情報を得たと主張しているそうです。同じ頃、フリーマン医師の息子のフランクリンも、精神外科史家のデイヴィッド・シュッツのインタビューに答えて、上記の写真はフランシスだと明言したそうですが、後にその情報は又聞きだったことを認めたそうです。実際のところ、彼女がロボトミー手術を受けたという証拠はなく、むしろそれを否定するような情報の方が多いそうです。
 それはさておき、映画のなかで、医師が手軽で簡単な精神病の治療法としてロボトミー手術を売り込むシーンは、脳を傷つけるという行為がこんな安易にやられていいのかな、という疑問を抱かせます。しかし考えてみれば、「うつ病だったら抗うつ剤を飲みなさい」という現代の医療だって、似たり寄ったりかもしれません。
 映画に描かれているのは、ロボトミー手術の中でも経眼窩ロボトミーと呼ばれるもので、上まぶたと眼球のあいだにアイスピック状の器具を挿し、ハンマーで叩くことによって眼窩(目のくぼみ)の上側の骨を突き破って脳に到達。孔を支点にしてアイスピックをワイパーのように動かすことで、前頭葉につながる神経繊維を切断するというものです。スクリーンには、アイスピック状の器具を持った医師が、フランシスの上まぶたをめくるところまでが描かれています(あ〜恐ろしい)。しかし手術前に、器具をフランシスのおでこに当てて動かして見せるのは変です。確かに現実のフリーマンは、過剰な消毒や感染対策を馬鹿にしたことで知られていますが、これから脳に突き刺す器具に雑菌を付けるようなことをしたとは思えません。
 映画を見ていてもひとつぽん太が変に思ったのは、インシュリン・ショック療法のシーンです。ビタミン剤などと言われてインシュリンを打たれた彼女は、口にはさまれた布を噛み締めながらけいれんを起こします。これは間違いで、インシュリン・ショック療法は、ショックと名がつくものの、けいれんを引き起こすものではありません。患者を低血糖状態に置くことで、一定時間意識を喪失させるという治療法です。まれにけいれんが起きることはあったそうですが、それは治療上望ましくないと考えられていました。注射によってけいれんを引き起こすのはカルジアゾール・ショック療法で、カルジアゾールを射たれた患者は、けいれんを起こす前に、激しい恐怖と不安に襲われたのだそうです。ただ映画では、薬物はフランシスの太ももに皮下注射、あるいは筋肉注射されたように見えますが、カルジアゾールは静脈注射で用いられ、皮下注射や筋肉注射(そして静脈注射)で用いられるのはインシュリンです。映画はどうも、カルジアゾール・ショック療法とインシュリン・ショック療法を混同しているように思います。
 ついでに言えば、電気けいれん療法のシーンも、通電後の間代性けいれんの周期が、実際よりもゆっくり過ぎると思います。
 ぽん太が研修医だった二十数年前は、まだ入院病棟に、ロボトミー手術を受けた患者さんが入院しておられました。入院患者さんのCT写真を見ていたら、脳の両側に低吸収領域(つまり損傷の痕)がある患者さんがいたのです。指導医に訪ねたところ、それはロボトミー手術の痕で、その証拠にこめかみの部分の骨に穴が開いているということを教えられました。もちろんロボトミー手術は、現在は行われておらず、精神医療の歴史における重大な過ちとされています。

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