« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月の11件の記事

2010/06/30

【バレエ】都ちゃん凄いけど、マクミラン振付けはちょっと病的?「ロミオとジュリエット」英国ロイヤル・バレエ団

 いや〜、吉田都ちゃん、すばらしかったです。小惑星探査機「はやぶさ」、サッカー・ワールドカップ、吉田都ちゃんと、日本人が世界で活躍しているのを見ると、なんか自信と元気が湧いてくるな〜。客席も大興奮。暖かい拍手のカーテンコールが何度も繰り返されました。公式サイトはこちらです。
 吉田都は、ロイヤルのなかに入ると、本当にちっちゃくてかわいいです。最初の登場シーンで乳母とじゃれているところなど、あどけなくて、ぬいぐるみ持ってたりして、まるで小学生みたいでした。ロミオのスティーヴン・マックレーも若くて小柄。しかしシェイクスピアの原作では、ジュリエットは14歳(!)ですから、実はこれが本来の年齢設定に近いのかもしれません。
 この若い二人が恋をし、そして悲劇の主人公へと変わっていくわけですね。バルコニー・シーン、すばらしかったです。若い二人が、恋という生まれて初めての感情に戸惑いながらも、悦びに身を委ねていくという感じでしょうか……。別に悲しいシーンじゃないですけど、おやじタヌキのぽん太も、目がうるうるしてしまいまいした。
 バレエの動きは、なんか日本人がやるとぎこちないのに、欧米人だととても自然に感じます。ぽん太は、バレエの身振りは欧米人の身体構造にしっくりくるように作られているので、日本人ダンサーがいくら頑張っても、欧米人にはかなわないのではないかと思ってました。しかし吉田都は、日本人的な身体性を持ちながらも、バレエとしてすばらしいものでした。日本人もやれるんですね!
 また、踊りだけでなく演技力もすごかったです。睡眠薬を飲む場面や、ラストシーンなど、とっても感動的でした。
 ただ、マクミランの振付けには少し違和感を感じました。先日の「うたかたの恋」と同じようなおどろおどろしさが、本日の「ロミオとジュリエット」にも感じられました。ジュリエットがパリスを嫌がる様子は、恐怖症を思わせる病的なところがあります。ジュリエットは家族から、さらに家族が体現する社会全体から、すっかり浮き上がっています。またラストのロミオとジュリエットのパ・ド・ドゥも、遺体(仮死状態ではありますが)と踊るというのが猟奇的ですし、リフトされてぐったりしている様子があまりに生々しいです。表現がリアルすぎて、劇として距離感をもって見ることがでず、悲劇を「楽しむ」ことができませんでした。また、ロレンスの伝言がロミオに伝わらない、というシーンが省略されてました。このシーンがあることによって観客は、劇が悲劇的結末に向かって突き進んでいくのを、はらはらどきどきしながら見守ることになるわけです。マクミランは、ドラマチックな構成よりも、一つひとつの場面の迫真性に重きを置いていると思いました。


英国ロイヤル・バレエ団
「ロミオとジュリエット」
2010年6月28日ソワレ 東京文化会館

振付:ケネス・マクミラン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
美術/衣裳:ニコラス・ジョージアディス
照明:ウィリアム・バンディー

ジュリエット:吉田都
ロミオ:スティーヴン・マックレー
マキューシオ:ブライアン・マロニー
ティボルト:トーマス・ホワイトヘッド
ベンヴォーリオ:セルゲイ・ポルーニン
パリス:ヨハネス・ステパネク
キャピュレット公:ギャリー・エイヴィス
キャピュレット夫人:ジェネシア・ロサート
エスカラス(ヴェローナ大公):ベネット・ガートサイド
ロザライン:タラ=ブリギット・バフナニ
乳母:クリステン・マクナリー
僧ロレンス:アラステア・マリオット
モンタギュー公:アラステア・マリオット
モンタギュー夫人:ローラ・マッカロク
ジュリエットの友人:リャーン・コープ、べサニー・キーティング、イオーナ・ルーツ、
エマ=ジェーン・マグワイア、ロマニー・パジャク、サマンサ・レイン
3人の娼婦:ヘレン・クロウフォード、フランチェスカ・フィルピ、ラウラ・モレーラ
マンドリン・ダンス:ホセ・マルティン、
ポール・ケイ、蔵健太、ミハイル・ストイコ、アンドレイ・ウスペンスキー、ジェームズ・ウィルキー
舞踏会の客、街人たち:英国ロイヤル・バレエ団

指揮:ボリス・グルージン
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/27

【苦情】年金事務所の方へお願い・このような文書を送らないで下さい

 年金事務所から、障害基礎年金を受給されている方に、次のような文書が送られたようです。

障害基礎年金診断書の提出についてのお願い(お知らせ)

 障害基礎年金を受給されている方につきましては、その障害の状態を確認させていただくため、定期的に診断書の提出をお願いしております。
 あなたは、今年の7月に診断書の提出が必要となりますのでお知らせ致します。

 この届書は、「国民年金 障害状態確認届・受給権者所得状況届」等(届書名は年金受給者の方によって異なります)となっており、平成22年6月30日に当年金事務所より送らせていただきます。

 この届書は、平成22年8月2日(月)までに、お住まいの市役所の国民年金担当係までご提出いただく必要があります。短い期間でのお手続きとなりますので、お手数ではありますが、7月中に診断書の作成が出来るよう、かかりつけの医師に手配するなどの準備をお願いいたします。

 なお、診断書は必ず平成22年7月中の診断内容を記入いただくようお願いいたします。
            平成22年6月11日
            ●●年金事務所
            お客様相談室


 お願いです。このような文書を送らないで下さい。何人もの患者さんに、「こんなものが送られて来たのですが、いったいなんでしょう?」と聞かれ、その説明をするために余分な時間と手間が必要になりました。はっきり言って診療の邪魔です。また、患者さんを不安にさせます。
 国民年金の障害年金の診断書の提出は7月になっており(厚生年金の方は誕生月なので、分散しています)、医者が書類を書くのに追われることは、以前にも7月は障害年金の診断書で大忙しです(2006/07/09)や【医療改革】書類を減らすだけで医者不足は解消できる(2009/08/15)に書きました。1ヶ月に1度受診する患者さんも多いので、7月下旬に来られて「7月中に診断書を」と言われると、医者は書類書きに追われることになります。
 そこで恐らく年金事務所の職員が、診断書の作成・提出がスムーズに行くようにと考えて、この文書を郵送したのだと思いますが、これは医者にさらによけいな仕事を増やす結果となっております。
 こんな文書を送るなら、かわりに同じ日(6月11日)に診断書の用紙を早めに送れば済むだけの話しではないか。そうすれば、次の受診のときに医療機関に診断書を持っていき、その次の受診時に診断書を受け取れます。診断書の日付を「6月から7月のあいだ」に広げてくれればなおさらいいけど、それが無理でも、だいだい書いておいて、必要なところだけを7月に診断して書き加えればいいわけです。
 ある問題を解決するためにさらに屋上屋を架して、いっそう分かりにくくし、余分な仕事を増やすというのは、お役所仕事の典型で、おかしいやら腹立たしいやら。人員削減にならないように、わざと自分たちの仕事を増やしているとしか思えません。社会保険庁の体質は、年金機構になっても変わってないようですね。
 だいいち、「届書」などという言葉は、ぽん太は生まれて初めて見ました。典型的なお役所言葉ですね。goo辞書によれば、「届け出る内容を書き記した書面」とのこと。
 まあ、ぽん太が患者さんのためを思って、いちいち説明してあげるからいけないのかもしれません。来年から「年金事務所に電話してみたらどうですか?」という対応をしますので、年金事務所の方は電話攻撃に覚悟しておいて下さい。ん、仕事が増えて喜ぶのかしら?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010/06/26

【バレエ】鬼気迫るコボーのルドルフ「うたかたの恋」英国ロイヤル・バレエ団

 「うたかたの恋」は初めてのぽん太は、題名からして「リーズの恋」みたいな話しかと思ってたら、とんでもない、とっても深刻で重〜い話しでした。いきなり埋葬から始まるは、暴力的なシーンは多いは、主人公は頭がおかしくなって、最後はジャンキーになって心中するは……。お母さんと見に来てたお嬢ちゃんたち、お気の毒様でした。こちらが公式サイトです。
 このバレエの題材になっている「マイヤーリング事件」に関しては、無学なタヌキのぽん太は全く知りませんでした。Wikipediaに出ています。1889年、ハプスブルグ家の皇太子ルドルフが、ウィーン近郊のマイヤーリングの狩猟小屋で、十代の女性マリー・ヴェッツェラと心中した(といわれる)事件だそうです。
 原題は"Mayerling"とのこと。なんか「リーズの結婚」に続き、邦訳が悪いんじゃないの?「うたかたの恋」なんて甘く切ない感じはしませんが……。クロード・アネが1930年に書いた小説"Mayerling"を邦訳するときに「うたかたの恋」と訳し、その後同名の映画の邦題にも使われたため、定着したのでしょうか??
 ま、その辺はおいといて、ヨハン・コボーの入魂の踊りが凄かったな〜。エキセントリックな主人公ルドルフを踊って、傲慢、孤独と悲しみ、愛欲、不安、狂気などを完璧に表現してました。最後にモルヒネの力で踊り続ける姿は、鬼気迫ってました。こういうのを見ると、サッカーでは日本はデンマークに勝ったけど、バレエではまだまだ及ばないなと思いました(コボーはデンマーク人です)。
 マリー・ヴェッツェラを踊ったリャーン・ベンジャミンも表現力豊かでしたが、「愛のために死ぬ」という思いに取り憑かれた娘の危なそうな雰囲気に欠けていた気がします。ステファニー王女のエマ=ジェーン・マグワイアは凄い美人。こんな美人なら、たとえ政略結婚であろうともルドルフも満足しそうなもの。ハンガリー高官たち男性4人の踊りも、迫力がありました。居酒屋の娼婦たちの踊りも濃厚。
 マクミランの振付けも、全幕では初めて観ましたがとてもおもしろく、難しそうなリフトがてんこもりでした。薄暗い幕の前をルドルフが歩いていると、四人のハンガリー高官が一人ひとり幕の襞から現れ、ルドルフに何やらささやきかけるシーンは、4回の反復が強迫的で恐ろしく、観ていて発狂しそうになりました。歌手の歌を、ダンサーたちがじっとたたずんで聴くシーンは、斬新でとても効果的でしたが、普段オペラの合間にバレエを踊らせれていることに対する腹いせか?舞台装置や衣装も豪華で重厚。貴族たちがずらりと並んだ様子は、それだけで存在感がありました。
 音楽は、フランツ・リストの曲を編曲したものだそうです。彼はハンガリー人で、1811年に生まれ1886年に亡くなっていますが、時代的にも一致しています。ロマンチックな暗さと貴族的なエレガンスがあり、とてもバレエに会ってました。
 う〜ん、ロイヤルのイメージが変わった。さあ、明日は都ちゃんの「ロミオとジュリエット」だ!


英国ロイヤル・バレエ団
「うたかたの恋」
2010年6月23日 東京文化会館

音楽:フランツ・リスト
編曲:ジョン・ランチベリー
振付:ケネス・マクミラン
美術:ニコラス・ジョージアディス
台本:ジリアン・フリーマン

ルドルフ(オーストリア=ハンガリー帝国皇太子):ヨハン・コボー
男爵令嬢マリー・ヴェッツェラ(ルドルフの愛人):リャーン・ベンジャミン
ステファニー王女(ルドルフの妻):エマ=ジェーン・マグワイア
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ(ルドルフの父):クリストファー・サウンダース
エリザベート皇后(ルドルフの母):クリステン・マクナリー
伯爵夫人マリー・ラリッシュ(皇后付きの女官、ルドルフの元愛人):ラウラ・モレーラ
男爵夫人ヘレナ・ヴェッツェラ(マリー・ヴェッツェラの母):ジェネシア・ロサート
ブラットフィッシュ(ルドルフの個人付き御者、人気者の芸人):ジョナサン・ハウエルズ
ゾフィー大公妃(フランツ・ヨーゼフの母):ウルスラ・ハジェリ
ミッツィ・カスパー(ルドルフの馴染みの高級娼婦):ヘレン・クロウフォード
ベイミードルトン大佐(エリザベートの愛人):ギャリー・エイヴィス
四人のハンガリー高官(ルドルフの友人):ホセ・マルティン、ブライアン・マロニー、ヨハネス・ステパネク、アンドレイ・ウスペンスキー
カタリーナ・シュラット(独唱):エリザベス・シコラ
アルフレート・グリュンフェルト(ピアノ独奏):ポール・ストバート
エドゥアルド・ターフェ伯爵(オーストリア=ハンガリー帝国の首相):アラステア・マリオット
ホイオス伯爵(ルドルフの友人):ヴァレリー・ヒリストフ
ルイーズ公女(ステファニーの妹):サマンサ・レイン
コーブルグ公フィリップ(ルイーズの夫、ルドルフの友人):デヴィッド・ピカリング
ギーゼラ公女(ルドルフの姉):オリヴィア・カウリー
ヴァレリー公女(ルドルフの妹):セリサ・デュアナ
ヴァレリー公女の子供時代:ロマニー・パジャク
マリー・ヴェッツェラの子供時代:リャーン・ベンジャミン
ロシュック(ルドルフの従者):ジェームズ・ヘイ
ラリッシュ伯爵:ベネット・ガートサイド
その他、来客、メイド、娼婦、紳士、使用人、侍女など:英国ロイヤル・バレエ団

指揮:バリー・ワーズワース
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/25

【バレエ】のどかで楽しい「リーズの結婚」英国ロイヤル・バレエ団

 ついに来た!英国ロイヤル・バレエ団だ!!まずは「リーズの結婚」。こちらが公式サイトです。
 初めてみる演目でしたが、のどかで明るくておしゃれでとても楽しいバレエで、ほんわかした気分になれました。まるで絵本を見るかのようなセットや幕の絵。冒頭のニワトリたちの踊りもかわいいです。ストーリーは、リーズとコーラスという二人の若い娘と農夫が、全幕を通して逢い引きしまくるというもの。
 リーズとコーラスを踊ったモレーラとセルヴェラは、以前に「眠れる森の美女」で妖精のと、お付きの騎士を踊ったのを観ているはずですが、記憶なし。ういういしくて溌剌として、とてもよかったです。マリオットが踊ったシモーヌは、ユーモラスですが下品にならずに踊ってました。木靴のタップダンスも上手でした。ポール・ケイのアランも、とてもかわいらしかったです。別に何も悪いことはしてないのに、皆に馬鹿にされて、リーズにも振られてしまい、なんだかかわいそうでした。もっとイヤなやつに描いてくれれば、すっきりしたのに。でも、傘を取りに戻って来た様子を見ると、彼はめげていないようで、少しほっとしました。
 リボンの使い方が面白く、最初はリーズが目印を残すための小道具として使われますが、以後ダンスのなかでリボンが巧みに使われ、あやとりのような動きもあります。そして最後はダンサーたちが踊りながらリボンを編んでいくシーンです。
 「リーズの結婚」の元タイトルはLa Fille mal gardéeとのこと。フランス語かいな。ちょっと訳しにくいですが、「うまく見張られてない娘」、「ちゃんと守られてない娘」といった意味でしょうか。お母さんがリーズがコーラスを引き離そうとあれこれ手を尽くしても、いつのまにかまた一緒にいちゃついているというあたりを表現したのでしょう。「リーズの結婚」よりも「リーズの逢い引き」の方がいいような気がします。
 初演は1789年にフランスのボルドーで行われたそうですが、このときの振付けは失われてしまったそうです。今回の公演は、アシュトンの振付けで1960年に初演した版で、音楽は1928年のパリ・オペラ座公演で使われたものを元に編曲したものだそうです。音楽も、いかにもバレエの伴奏といったものではなく、なかなかよかったです。


英国ロイヤル・バレエ団
「リーズの結婚」
2010年6月20日 東京文化会館

振付:フレデリック・アシュトン
台本:ジャン・ドーベルヴァル
音楽:フェルディナン・エロール
編曲:ジョン・ランチベリー
美術/衣装:オズバード・ランカスター

シモーヌ(裕福な農家の未亡人):アラステア・マリオット
リーズ(その娘):ラウラ・モレーラ
コーラス(若い農夫、リーズの恋人):リカルド・セルヴェラ
トーマス(金持ちのぶどう園主):クリストファー・サウンダース
アラン(その息子):ポール・ケイ

おんどり:ジェームズ・ウィルキー
めんどり:エリザベス・ハロッド、べサニー・キーティング、エマ=ジェーン・マグワイア、ロマニー・パジャク
リーズの友人:タラ=ブリギット・バフナニ、セリサ・デュアナ、フランチェスカ・フィルピ、
メリッサ・ハミルトン、クリステン・マクナリー、ピエトラ・メロ=ピットマン、
サマンサ・レイン、ララ・ターク

村の公証人:トーマス・ホワイトヘッド
公証人の書記:ジェームズ・ウィルキー

その他、村人達、穫り入れをする人たち、馬丁たち:英国ロイヤル・バレエ団

指揮:ダニエル・キャップス
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/24

【歌舞伎】ちょっとアジ演説風すぎたかな「佐倉義民傳」シアターコクーン

 今年のコクーン歌舞伎の「佐倉義民傳」は、正直言ってちょっと物足りなかったです。公式サイトは こちらです。
 いつもながら音楽にはパーカッションやエレキギターを用い、さらに今回はラップを組み合わせたのは悪くありません。けれんの仕掛けも、『四谷怪談』の「本水」の次は「火」か!?などと思わせておいて、地味に「土」というところがしゃれてます。
 しかし脚本がイマイチか。悪政に苦しむ農民を救うために我が身を犠牲にした名主・佐倉惣五郎。彼の「義民」としての思いや行為を、現代の人々に投げかけようというものでした。しかし、惣五郎の物語を劇中劇にしたて、観客に自分を意識させるという手法はちょっと陳腐。またラップによって、「惣五郎の心を無にしてはいけない。ガンジーや、天安門広場で戦車の前に立った青年とかを思い出せ。皆も人々のために行動せよ」みたいなこと(正確に覚えてませんが、そんな内容)が歌われるのですが、ちょっと生すぎて、政治的なアジテーションを聞いているような気分になります。ぽん太としては、その辺はストレートに表現せず、言外にほのめかして欲しい気がします。
 それに、「義民」の典型とするには、惣五郎の物語は地味すぎる気がします。「甚兵衛渡し」や「子別れ」といった名場面はあるものの、全体の構造としては、代官・領主・将軍と、相手を変えながら訴えが三回繰り返されるという単調なものです。そこで話しを膨らませるために、橋之助の駿河弥五右衛門や七之助のおぶんが加えられたのだと思うのですが、あまり効果的ではありませんでした。弥五右衛門がおぶんを斬る下りも、心情がよくわかりませんでした。
 惣五郎が磔になるシーンで、死を覚悟して念仏を唱えようする長男を制止し、成仏せずに怨霊となって地上に留まることを誓う、というのも、納得できませんでした。惣五郎は、一揆を起こそうとする農民たちを引き止め、怒りの感情に駆られることなく、一貫して冷静かつ非暴力的に行動していたのでした。そして、将来の名主として殊勝な言葉を述べる長男を誇りに思っていました。成仏を拒否して怨霊になるのでは、民のため「義」に基づいて行動していた惣五郎が、恨みや怒りといった感情に支配されたことになってしまいます。ちなみに『忠臣蔵』の「おかる勘平」でも、切腹した勘平が死ぬ間際に怨霊となることを宣言することは、以前のブログで書きました。
 惣五郎は礼節正しく真面目で立派な人物なので、勘三郎が世話物で見せる演技術のかなりの部分が封印されていたのが残念。笹野高史のテレビではわからない「舞台」でのうまさが光り、ちょっとした間の取り方や演技で客席を泣かせ、またおおいに湧かせていました。

 以下、ぽん太の覚え書き。
 まず、ぽん太は「義民」という言葉が初耳なので、コトバンクで引いてみると、「江戸時代,農民闘争において私財・生命を賭して活動した者。明治維新後に義人,大正期から義民の呼称が一般化した……」とのこと。ナルホド……。
 『歌舞伎事典』(平凡社、2000年)によれば、「佐倉義民傳」はもともと「東山桜荘子」(ひがしやまさくらそうし)という題で嘉永4年(1851年)に江戸・中村座で初演されたとのこと。歌舞伎には、困窮する農民を一命をなげうって救う「義民」を描く、「義民物」というジャンルがあるのだそうな。17世紀後半から、将軍家や大名を出版物や演劇で扱うことは法律で禁じられていましたが、嘉永年間(1848〜1854年)になって幕府の統制が緩み、義民物が上演されるようになったそうです。義民物の上演の背景には、幕末・明治期の百姓一揆や自由民権運動が関係しているのだそうです。
 シアターコクーンで出開帳してましたが、佐倉惣五郎を祭った宗吾霊堂が成田市にあるそうです。公式サイトはこちらです。佐倉惣五郎は、本名木内惣五郎という実在の人物で、慶長17年(1612年)に生まれ承応2年(1653年)に処刑されたのだそうですが、史実と伝説が入り交じってはっきりしないというのがホントのところでしょうか。


渋谷・コクーン 歌舞伎第十一弾
「佐倉義民傳」
2010年6月 シアターコクーン

演出・美術:串田和美
脚本:鈴木哲也

木内宗吾:勘三郎
駿河弥五衛門:橋之助 
甚兵衛の姪おぶん/徳川家綱:七之助
渡し守甚兵衛/座長:笹野高志 
幻の長吉:亀蔵
家老池浦主計:弥十郎 
堀田上野介正信/宗吾女房おさん:扇雀

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/17

【オペラ】自由からの逃走 『カルメン』新国立劇場

 『カルメン』を観てきました。カメルーンじゃないよ。新国立劇場の公式サイトの演目紹介はこちらです。
 オペラといえば『カルメン』というほど有名な演目ですが、ぽん太が観るのはまだ2回目。しかも1回目は、今を去ることウン十年前、ぽん太が中学生だか高校生だった頃です。当時田舎に住んでいたぽん太は、はるばる隣りの市まででかけて、生まれて初めて生でオペラを観たのです。日本人による公演で、たぶん二期会だったような気がします。その頃は電光掲示板で歌詞の日本語訳を表示するシステムなどはありませんでしたから、恐らく日本語で歌っていたのでしょう。
 まだガキンチョだったぽん太は、ウブな男が奔放な女にさんざん振り回されたあげく捨てられて、はらいせに刺し殺す話し、といった理解しかできませんでした。序曲や「ハバネラ」など、『カルメン』を実際に観たことがない人でも知っているポピュラーな曲も多く、通俗的な底の浅いオペラだと思い込んでいました。
 しかし今回ウン十年ぶりに『カルメン』を観て、音楽的にもメロディーラインは確かに聴きやすいけどなかなか複雑で豊かだし、内容もそう単純ではないことがわかりました。世界中の人から愛されるに値する、すばらしい作品であると思いました。
 カルメンは確かに男を堕落させる移り気な女性に違いありませんが、一方で彼女は何度も「自由」という言葉を口にします。第一幕の終わりの<セキディーリャ>では「あたしの心は空気みたいに自由なの」と歌います。第二幕の最後では「すてきですもの さすらいの暮らし!世界をねぐらに 気ままに生きる!そして なによりすばらしいのは、自由よ!自由なのよ!」と自由を讃えます。そしてフィナーレの二重唱<あんたね?おれだ>では、もう一度一緒にやり直そうというホセに対し、「カルメンはいうことなんか聞かない。自由に生まれて 自由に死ぬのよ!」と言い切ります(歌詞の邦訳は、以下のものも含めて[1]から引用しました)。
 ホセは、軍隊という階級社会のなかで伍長という「そこそこ」の地位に甘んじています。牢屋から出て酒場でカルメンに再会した時も、帰営のラッパを聞くと急にそわそわして、兵営に戻ろうとします。カルメンのために密輸団に身をやつした後でも、母親の期待を裏切ったことを後悔し、死にかけた母に会うために家に帰っていきます。一方カルメンは、定住とタバコ工場での労働とを捨て、法に反する密輸団の一味として、国境を越えて移動していきます。社会制度と規律に縛られたホセと自由なカルメンが対比されています。
 このような解釈によれば、カルメンは「自由で主体的な近代的な女性」ということになるのですが、そこに収まりきれない何かが残ります。それは「死」のテーマです。第三幕、密輸団の野営地で行ったカルタ占いでカルメンは、自分がホセによって殺され、そしてホセも死ぬ運命にあることを知ります。この後フィナーレの殺人に向かって、劇は一直線に進んでいきます。
 フィナーレのホセとカルメンの二重唱は、とても奇妙です。ホセは最初からカルメンを殺しに来たわけではなく、なんとかカルメンの愛をつなぎ止め、もう一度人生をやり直そうと望んでいます。「おれはおまえを助けたい おれも一緒に助かりたいんだ」とホセは言います。しかしカルメンは「わかってるの、あんたがあたしを殺すってことが。でも 生きようと死のうと、いや、いや、いや!」と答えます。なんだか自分を殺すようにホセを挑発しているようにさえ思えます。これに対してホセは、「おれと一緒に逃げてくれ、二人の命が助かるんだ」と答えており、ホセも、このままでは二人とも死んでしまうと考えているように取れてつじつまがあいませんが、原文はTe sauver, toi que j'adore, Et me sauver avec toi.ですから、「命が助かる」というのは訳し過ぎで、「二人とも救われるんだ」ぐらいの感じでしょう。さらにカルメンは、「カルメンはいうことなんか聞かない。自由に生まれて、自由に死ぬのよ!」、「好きよ! 彼(エスカミーリョ)を愛しているわ、たとえ死ねといわれたって、あたし 何度でも好きというわ」と畳み掛けます。そして最後には、「そう! それならあたしを刺せばいいわ でなければ行かせて」と言い放ち、さらにホセにもらった指輪を投げ返します。ト書きによれば、ここでようやくホセは短刀を手にして、カルメンに襲いかかるのです。
 カルメンが、愛しているエスカミーリョと結ばれたいのだったら、ホセに命を助けてくれるよう懇願するはずです。彼女はむしろ自ら、ホセが自分を殺すようにしむけ、挑発しているように思えます。当時の男性中心社会においては、女性が自由を求めることなど不可能でした。彼女は、自由を求めて止まない自分の心を、持て余していたのかもしれません。彼女はまたそれが、ホセをも不幸にしていることに気づいていました。第三幕でカルメンはホセに対して、この仕事は向いていないから母親の元に戻るようにと、繰り返します。
 ぽん太には、カルメンが死を恐れずに自由を求めたとは思えません。自由を求める心をもてあまして、死を望んだとしか考えられないのです。
 自由を求めながらも、間接的な自殺を遂げるカルメンを目の当たりにしてぽん太が思い浮かべたのは、ボーダーライン(境界性人格障害)と呼ばれる若い女性の患者さんたちです。彼女らも、普通のひとたちが当たり前に適応している社会になぜか安住することができません。病名の通り、彼女らはひとところにとどまることができず、境界を超えていきます。しかしそれは、彼女自身にも周囲の人にも苦しみをもたらすのであり、彼女らは自傷行為や自殺未遂を繰り返します。ぽん太の頭のなかでは、カルメンの苦しみと、彼女たちのもがく姿が、重なって見えました。
 『カルメン』が初演されたのは1875年。スペインを舞台にしていますが、作曲者ビゼーはフランス人で、パリのオペラ=コミック座で初演されました。1870年に第二帝政下でナポレオン三世がおこした普仏戦争は、敗北に継ぐ敗北を重ねます。帝政は崩壊して第三共和制が宣言されますが、戦争は継続され、ついにパリはプロイセン軍によって包囲されるにいたり、1871年にフランスは降伏します。しかしパリ市民は降伏を認めずに武装蜂起し、革命政府パリ=コミューンを樹立し、革新的な政策を行います。しかしヴェルサイユの政府軍と北ドイツ連邦軍の前に、3万人の死者を伴う激しい戦闘のすえ、樹立からわずか72日間でパリは鎮圧されます。この時代のフランスで「自由」とは何だったのか大変興味深い問題ですが、タヌキには難しすぎるテーマなので、みちくさはまたの機会に譲りましょう。

 カルメンのキルスティン・シャベスは、声だけ聴くと可愛らしい感じですが、ボリュームある体格。最初の<ハバネラ>は声が定まらず、音程も少し不安定。早めのテンポを求める指揮者と息があわないところもあり、妖艶な感じに欠ける気がしました。挑発的な仕草も、なんか開けっぴろげすぎる気がしましたが、2幕以降は良かった気がします。カスタネットを鳴らしながらの歌も上手でした。ドン・ホセのトルステン・ケールも、出だしがちょっと不調のようでしたがだんだん声が出て来て、伸びやかな高音が美しかったです。エスカミーリョのジョン・ヴェーグナーは、ちょっと年ですがダンディな映画の悪役みたいでかっこ良かったです。低音が少しきつかったか。盛り上がっているオペラの途中で突然出て来ていきなり歌い、かっこいい印象を残して颯爽と立ち去る役で、難しそうですね。以前に新国立のコンサート・オペラ『ペレアスとメリザンド』でメリザンドを歌った浜田理恵がミカエラ。声が透明で、清楚な雰囲気がミカエラぴったりでした。ぽん太が好きな長谷川顯がスニガ。指揮者のマウリツィオ・バルバチーニは、序曲からして早めのテンポで軽快に演奏。全体的にはぎれはよかったけど、あっさりとした演奏で、情熱的でねっとりした感じには欠けました。鵜山仁の演出はオーソドックスですが、あんまりコレという特徴が感じられませんでした。なんか群衆がやけに多かったです(合唱団だから仕方ないのか)。舞台装置も、前回の『影のない女』に続き、ちょっと貧弱。新国立劇場の売りの四面舞台は使わず。ここ最近、急に装置にお金をかけなくなった気がしますが、仕分けされてしまったのでしょうか?どうせ仕分けするなら、現場ではなく、仕事をしてない天下りの役員を仕分けしないと意味がありません。
 ところでハバネラでカルメンが投げる花がバラでないので驚きました。ピンクレディーも、「バラの花、口にして踊っている、イメージがあると言うのです〜」と歌っているではないか。一幕の背景にもなってた、なんか釣り下がっているような花でした(名称不明)。公演パンフレットの荻内勝之の「『カルメン』の中の闘牛とフラメンコ」によれば、メリメの原作ではこの花はカシア(la fleur de cassie)だそうで、日本ではキンゴウカン(金合歓)と呼ばれ、学名はAcacia farnesianaとのこと。写真はたとえばこちらのサイトをどうぞ。

『カルメン』
Georges Bizet:Carmen
ジョルジュ・ビゼー/全3幕
2010年6月13日 新国立劇場オペラ劇場

【指 揮】マウリツィオ・バルバチーニ
【演 出】鵜山 仁
【美 術】島 次郎
【衣 裳】緒方規矩子
【照 明】沢田祐二
【振 付】石井 潤

【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場

【カルメン】キルスティン・シャベス
【ドン・ホセ】トルステン・ケール
【エスカミーリョ】ジョン・ヴェーグナー
【ミカエラ】浜田理恵
【スニガ】長谷川顯

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

 
【参考文献】
[1] 『カルメン 名作オペラブックス(8)』音楽の友社、1988年。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010/06/16

江戸時代からあった相撲と暴力団の関係?

 琴光喜の野球賭博や、暴力団の大相撲観戦などの問題で、相撲と暴力団の関係がいろいろ取りざたされています。朝日新聞の記事「 角界と暴力団、根深い関係 用心棒・祝儀・後援会…」(2010年6月16日7時12分)によれば、暴力団と相撲界は縁が深く、そもそも大相撲は暴力団の有力な資金源のひとつだったそうです。山口組は昭和初期から、大相撲の興行に力を入れていたそうです。
 しかし、先日読んだ『清水次郎長――幕末維新と博徒の世界』(高橋敏著、岩波書店、2010年)によれば、相撲と暴力団のつながりは、実は江戸時代まで遡れるようです。清水次郎長が博徒の世界の中心に躍り出るきっかけとなったのは、安政年(1859年)の保下田久六(ほげたきゅうろく)惨殺事件です。保下田久六は、尾張から三河・伊勢に勢力を持つ博徒の親分でしたが、以前は力士でした。

 久六はかつて次郎長の盟友であった。もとはとえいば、尾張名古屋の相撲興行で八尾嶽惣七(やおがたけそうしち)の四股名で活躍した力士であった。事実、天保七年(1836)から嘉永元年(1848)の相撲番付に八尾嶽の四股名が認められる。相撲取りが博徒になるケースはよくあり、下総の飯岡助五郎、笹川繁蔵、勢力富五郎はじめ、寺津の治助(今天狗)、平井の亀吉(雲風)らはみな力士くずれである。(58ページ)
 江戸時代から相撲と博徒のあいだに関連があったことは確かなようです。しかしながらこれは、力士が直接博徒になるという話しなので、昨今の暴力団と相撲との関係とはちょっと違うかもしれません。
 それに、清水次郎長らの博徒と、現在の暴力団は、直接的なつながりがあるのでしょうか?Wikipediaによれば、博徒のみならず、町火消、的屋などが暴力団の起源になっているようです。
 また、ついでに、現在のような興行としての相撲が行われるようになったのは、いつ頃からなのかという疑問もわいてきます。これも困った時の Wikipediaによれば、江戸時代の初期(17世紀)だそうで、18世紀末あたりから江戸相撲の興行は人気を博したようです。有名な雷電爲右エ門(明和4年(1767年)〜文政8年(1825年))が活躍したものこの頃ですね。
 歌舞伎では、「双蝶々曲輪日記」(ふたつちょうちょうくるわのにっき)の主人公が濡髪長五郎という相撲取りですが、この狂言の初演は寛延2年(1749年)です。1890年(明治23年)に初演された『め組の喧嘩』は、文化2年(1805年)に実際にあった町火消「め組」の鳶職と江戸相撲の力士たちの乱闘事件を題材にしております。長谷川伸の「一本刀土俵入り」は、出世できなかった相撲取り駒形茂兵衛が博徒になるという話しで、時代は江戸時代に設定されておりますが、書かれたのは1931年(昭和6年)です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/05

【ドイツ旅行(4)】ノイシュバンシュタイン城、ヴィース教会、ミュンヘンの白ソーセージ

Img_0478 ローテンブルクで一泊したぽん太とにゃん子は、ロマンティック街道を南下し、ドイツ観光の目玉のひとつノイシュバンシュタイン城に向かいました。写真はマリエン橋から観た風景です。にゃん子は初めてですが、ぽん太は20年前にドイツに来た時に観ました。この20年間に、ワグナーのオペラもいくつか観たので、部屋のテーマや壁画など、以前よりも深く理解することができました。
Img_0474 さすが人気の観光地。城へ向かうバスの乗り場は、長い行列ができていました。すでに上からガスが降りて来ていますが、帰りには雨が降り出し、城もすっかり霧の中に隠れてしまいました。
 ルードヴィヒ2世のお父さんであるマクシミリアン2世が造ったホーエンシュヴァンガウ城ですね。
Img_0495 ノイシュバンシュタイン城からバスで数十分のところにある、ヴィース教会です。世界遺産です。ロココ様式の明るく美しい教会で、涙を流したという奇跡で有名な「鞭打たれる姿のキリスト像」が祀られておりますが、どこが世界遺産に認定されるほど貴重なのかは、浅学のぽん太にはよくわかりませんでした。
Img_0496 この日は、さらにミュンヘンまでバスで移動。写真は新市庁舎です。「新」とはいっても、1867〜1909年にかけて造られたネオ・ゴシック様式の古めかしい建物です。
Img_0502 ミュンヘンも雨でとても寒く、観光は早々に切り上げ、お目当てのホーフブロイハウスへ。とても大きなビアホールで、音楽の生演奏もあり、各国の観光客でにぎわっておりました。ビール、おいしかったです。1920年2月24日、ヒトラーはこのビアホールでナチスの集会を行い、それが事実上ナチスの旗揚げとなったのだそうです。この部屋かしら……?そう思うと、心から酔うことはできません。
P5030136 翌朝早々にニュルンベルクに向けて出発しなければならなかったので、ミュンヘンをゆっくり観光できなかったのが残念です。そんななかでうれしかったのが、ホテルの朝食のバイキングに出た白ソーセージ。ミュンヘン名物です。傷みやすいので午前中しか食べられないそうです。ナイフで皮を切って中身を食べますが、ふわふわしてやらかい食感です。おいしゅうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/04

【ドイツ旅行(3)】ローテンブルクのホワイトアスパラガス

Img_0425 ハイデルベルクから、古城街道を通って、ローテンブルクに向かいます。ところどころ車窓から、写真のような古城が観られます。
Img_0428 古城街道はまず、ハイデルベルクを流れていたネッカー川に沿って、上流に向かって走っていきます。ネッカー川は大して川幅も広くないし、うねうねと曲がっていますが、写真のような大きな船が通ります。ドイツの川は流れがゆるやかなため、川を使った水運が発達しているそうです。1992年にはマイン川とドナウ川をつなぐライン・マイン・ドナウ運河が開通し、北海からライン川、マイン川、ドナウ川を経て、黒海まで船で抜けられるようになりました。
Img_0426 川にはところどころに水門があります。ちとわかりずらいですが、水門の向かって右側が、船の通る閘門(こうもん)となっていて、水門を閉め、水位を調整して、船を通します。
Img_0463 ローテンブルクは、城壁に囲まれた、中世の面影を残す美しい街です。今回のツアーでは、城壁のなかの旧市街のホテルに宿泊することができました。写真がぽん太たちが泊まったReichs Küchenmeister Hotelです。外壁に見える木組み構造が美しいです。内部も古めかしくていいかんじです。
Img_0434 部屋の調度品もレトロな雰囲気です。
Img_0442 街の西側の城壁の外側にあるブルク公園から見たブルク門です。
Img_0443 同じくブルク公園から、街の南端を望んだ景色です。まんま誰かの絵みたいですね。新緑の淡い緑と、紅い屋根の対比が美しいです。
Img_0451 ローテンブルクの観光名所の写真は、ガイドブックや他のブログに出てますから省略でいいですよね。写真はいくつかある泉のひとつです。一番上は、馬に乗った人が龍を槍でやっつけていますから、聖ゲオルギウスですね。
Img_0449 こちらの泉のてっぺんは、ちょっとアルカイックな像ですが、下半身が魚になっているので、ポセイドンの息子のトリトーンでしょうか。
P5010046 お土産屋さんにあった人形。こ、こ、これはくるみ割り人形ではないか。バレエの「くるみ割り人形」で見かけますね。作曲者のチャイコフスキーはロシア人ですが、原作のホフマンはドイツ人ですからね。
Img_0447 こちらはシュネーバル(Schneeball)というお菓子。スノーボールという意味だそうです。ヒモ状の生地を丸めて油で揚げたもので、サクサクしたドーナツというか、厚みのあるパイ皮という感じです。
Img_0464 夕食は、シュパーゲル(Spargel)を追加注文いたしました。いわゆるホワイトアスパラガスです。ドイツ、そしてオーストリアあたりでは、ホワイトアスパラガスは春の味覚であり、まるで日本の桜前線の北上のように、ホワイトアスバラガスが市場に出回るのを待ちわびているのだそうです。そしてこの時期、ほとんどのレストランでシュパーゲルを食べることができます。バター風味にしたり、タルタルソースをかけたりと、いろいろな食べ方があるそうですが、日本のものより太くて、とてもジューシーで柔らかくておいしかったです。帰国後探してみたら、日本の八百屋さんでもけっこうホワイトアスパラガスを売ってるんですね。これまで気がつきませんでした。誰か仕掛人になって、日本でも春のホワイトアスパラガス・ブームを作ればいいのに……。
Img_0467 などといいつつ、ローテンブルクの夜は更けていったのでした。写真はホテルの窓からの風景です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010/06/03

【オペラ】第一次大戦の光と影 『影のない女』新国立劇場オペラ

 ぽん太は初めての演目です。リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタールのコンビは、以前に観た「ばらの騎士」と同じで、一説にはリヒャルト・シュトラウスの最高傑作とも言われているとのこと。楽しみです。公式サイトはこちらです。
 いきなり霊界の壮大な物語から始まりますが、やがて物語は地上に移り、貧しいが黙々と仕事に打ち込む染物屋バラクと、愛を感じられない生活から脱出しようとする妻という、現実的で卑近な話しとなります。非常によくある家庭ドラマに、霊界の部分をくっつけて高尚な雰囲気にしたみたいです。演出のドニ・クリエフは、バラクの妻(名前さえありません)がこのオペラの主人公であり、霊界は彼女の妄想だという解釈で、このオペラを演出したそうです。だからなおさらそう感じるのかしら。
 それにしてもこのオペラは、象徴的な美しさに満ちています。皇后は動物の姿に変身することができましたが、皇帝に捕まった時に護符をなくし、その能力を失います。皇后が影を持たないため、皇帝は3日以内に石となってしまいます。皇后は地上に降りて、女性から影を買い取ろうとしますが、その女性は影を売ると、子供を産むことができなくなります。『影のない女』の初演は1919年にウィーンで行われましたが、ウィーン世紀末美術の影響を感じます。
 音楽は、オペラ初心者のぽん太にはよくわかりませんが、リヒャルト・シュトラウスにしては不協和音も少なくメロディックで、聴きやすかったような気がします。
 歌手では、やはりバラクの妻のステファニー・フリーデがよかったと思います。乳母のジェーン・ヘンシェルも、「千と千尋の神隠し」のゆばーばみたいで雰囲気もあり、演技も上手でした。ただ、とても可愛らしい乳母だったので、最後に皇后に自分から立ち去るように言われるシーンでは、ちょっとかわいそうな感じがしました。こういう筋書きだったら、もっと過保護で差し出がましい乳母の方がよかったのかもしれません。
 指揮者とオケの善し悪しは、例によってぽん太には判断できませんが、よかったような気がします。
 オペラの結末もめでたしめでたしで、今は辛い世の中だけど、子供を産めよ育てよ、未来はきっと明るい、というベタなもの。しかも調性もハ長調。ずいぶん単純明快だな〜という気がしますが、このオペラが1919年に初演されたことを思い出すと、違って見えてきます。1914年に始まった第一次世界大戦は、1918年にドイツやオーストリア=ハンガリー帝国が属する同盟国側の敗北で幕を閉じました。戦争は、人々の心に大きな傷跡を残したはずで、彼らは言ってみれば、みな影を持つ存在だったのです。このオペラが、そうした人々に対する励ましのメッセージだったと考えると、単純なメッセージの裏側に深い悲しみと祈りの気持ちを感じとることができます。
 しかしまた一方で、自分を犠牲にして「生まれざる子供たち」の幸福を願うこと、架空のユートピア的な世界を想定することなど、後のナチスにつながるような危なげな要素も気にかかります。
 むむ、してみると、ドニ・クリエフの、すべてはバラクの妻の妄想であるという解釈は、そのことも踏まえた上で、苦しい現実から目をそらして、理念的な世界へと逃げ込むことを、批判しているのかもしれません。
 ところでドニ・クリエフはパンフレットに掲載されたインタビューにおいて、ホフマンスタールは、オペラにフロイト流の考え方を持ち込んだ先駆者だった、と語っております。浅学のぽん太は、『影のない女』にフロイトの影響を読み取ることはできないのですが、興味あるテーマなので、また機会があったらみちくさしてみたいと思います。


影のない女
[New Production]
Richard Strauss:Die Frau ohne Schatten
リヒャルト・シュトラウス/全3幕

2010年5月23日 新国立劇場・オペラ劇場

【指 揮】エーリッヒ・ヴェヒター
【演出・美術・衣裳・照明】ドニ・クリエフ

【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場

【皇帝】ミヒャエル・バーバ
【皇后】エミリー・マギー
【乳母】ジェーン・ヘンシェル
【霊界の使者】平野 和
【宮殿の門衛】平井香織
【鷹の声】大隅智佳子
【バラク】ラルフ・ルーカス
【バラクの妻】ステファニー・フリーデ

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/06/02

【バレエ】急に都合がついて、マラーホフの贈り物・Aプロ

 ちと前の話しですが、ゴールデンウィークにベルリンで観たばかりのマラーホフ(その話しはそのうちに……)、最初は観ない予定だったのですが、直前になって都合がついたので行ってきました。ちょっと間があいたので印象が薄れてきてしまっているのですが、私的メモがわりに書いておきます。公演の公式サイトはこちらです。
 第一部、まずはカブレラとカニスキンのベルリン国立コンビが、コミカルでありながらとってもオシャレなパフォーマンスで、一気に観客の心をつかみました。「ザ・グラン・パ・ド・ドゥ」は初めて観ましたが、カブレラが黒ブチ眼鏡にハンドバックを持って登場!まるでデートに現れた女子大生のよう。カニスキンとパ・ド・ドゥを踊りますが、カニスキンにハンドバックを放り投げられ、踊りの途中で拾ってホコリをはらったりします。とても楽しかったですが、すばらしいテクニックがあればこその演目で、そうでなければ単なる悪ふざけになってしまいます。カブレラはベルリンで観ていたようです。次いでポリーナとマラーホフの「ダイヤモンド」。これはただもううっとりと見とれるばかり。シュツットガルトのアイシュヴァルトとラドメイカーが踊った「ボリショイに捧ぐ」は、とても複雑で高度なリフトの連発でした。「アレクサンダー大王」では、冒頭でコミカルな演技を見せたカブレラが、今度は色気たっぷりの妖艶な踊り。お相手のヤコヴィーナも、ベルリンで見たダンサーです。サレンコとタマズラカルのベルリン国立コンビの「コッペリア」のパ・ド・ドゥ……覚えてませんcrying
 次いで第二部は、マラーホフの振付けによる、「仮面舞踏会」より「四季」。冬・春・夏・秋の四つの踊りからない、夏をポリーナとマラーホフが踊り、他は東京バレエ団のダンサーが踊ります。ん〜、東京バレエ団は頑張ってるけど、引き立て役か……?
 第三部、「カラヴァッジオ」のパ・ド・ドゥは、マラーホフとヤコヴィーナの男二人の踊りでした。とてもすばらしかったのですが、細かいところは記憶が薄れてしまいました。サレンコとタマズラカルの「ゼンツァーノの花祭り」は、サレンコのバランスのよさが光りました。第一部でリフトのスーパー・テクニックを披露したアイシュヴァルト、ラドメイカーは、「椿姫」の3幕のパ・ド・ドゥでは、一転してすばらしい表現力を見せました。ドラマチックで、とても色っぽくて、会場も大受けでした。クノップとヤコヴィーナの「トランスパレンテ」は、フラメンコのような踊り。
 最後はマラーホフの「瀕死の白鳥」。今回最も楽しみにしていた演目です。マウロ・デ・キャンディアというひとの振付けだそうですが、カクカク動いてちょっと「牧神の午後」が入ってる感じで、手で白鳥の首をかたどったりして、ちと変でした。


<マラーホフの贈り物>
Aプロ
2010年5月19日 東京文化会館

「ザ・グラン・パ・ド・ドゥ」
振付:クリスティアン・シュプック/音楽:ジョッキアーノ・ロッシーニ
エリサ・カリッロ・カブレラ - ミハイル・カニスキン

「ジュエルズ」より"ダイヤモンド"
振付:ジョージ・バランシン/音楽:P・ I.チャイコフスキー
ポリーナ・セミオノワ - ウラジーミル・マラーホフ

「ボリショイに捧ぐ」
振付:ジョン・クランコ/音楽:アレクサンドル・グラズノフ
マリア・アイシュヴァルト - マライン・ラドメーカー

「アレクサンダー大王」
振付:ロナルド・ザコヴィッチ/音楽:ハンス・ジマー
エリサ・カリッロ・カブレラ - レオナルド・ヤコヴィーナ

「コッペリア」よりパ・ド・ドゥ
振付:アルテュール・サン=レオン/音楽:レオ・ドリーブ
ヤーナ・サレンコ - ディヌ・タマズラカル

「仮面舞踏会」より"四季"
振付:ウラジーミル・マラーホフ/音楽:ジュゼッペ・ヴェルディ
冬:上野水香、長瀬直義、宮本祐宣、梅澤紘貴、柄本弾
春:吉岡美佳、柄本武尊
夏:ポリーナ・セミオノワ、ウラジーミル・マラーホフ
秋:田中結子、松下裕次
東京バレエ団

「カラヴァッジオ」より第2幕のパ・ド・ドゥ
振付:マウロ・ビゴンゼッティ/音楽:ブルーノ・モレッティ
ウラジーミル・マラーホフ - レオナルド・ヤコヴィーナ

「ゼンツァーノの花祭り」
振付:オーギュスト・ブルノンヴィル/音楽:エドヴァルド・ヘルステッド
ヤーナ・サレンコ - ディヌ・タマズラカル

「椿姫」より第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー/音楽:フレデリック・ショパン
マリア・アイシュヴァルト - マライン・ラドメーカー

「トランスパレンテ」
振付:ロナルド・ザコヴィッチ/音楽:アルシャク・ガルミヤン、マリーザ
ベアトリス・クノップ - ミハイル・カニスキン

「瀕死の白鳥」
振付:マウロ・デ・キャンディア/音楽:シャルル・カミーユ・サン=サーンス
ウラジーミル・マラーホフ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »