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2010/06/17

【オペラ】自由からの逃走 『カルメン』新国立劇場

 『カルメン』を観てきました。カメルーンじゃないよ。新国立劇場の公式サイトの演目紹介はこちらです。
 オペラといえば『カルメン』というほど有名な演目ですが、ぽん太が観るのはまだ2回目。しかも1回目は、今を去ることウン十年前、ぽん太が中学生だか高校生だった頃です。当時田舎に住んでいたぽん太は、はるばる隣りの市まででかけて、生まれて初めて生でオペラを観たのです。日本人による公演で、たぶん二期会だったような気がします。その頃は電光掲示板で歌詞の日本語訳を表示するシステムなどはありませんでしたから、恐らく日本語で歌っていたのでしょう。
 まだガキンチョだったぽん太は、ウブな男が奔放な女にさんざん振り回されたあげく捨てられて、はらいせに刺し殺す話し、といった理解しかできませんでした。序曲や「ハバネラ」など、『カルメン』を実際に観たことがない人でも知っているポピュラーな曲も多く、通俗的な底の浅いオペラだと思い込んでいました。
 しかし今回ウン十年ぶりに『カルメン』を観て、音楽的にもメロディーラインは確かに聴きやすいけどなかなか複雑で豊かだし、内容もそう単純ではないことがわかりました。世界中の人から愛されるに値する、すばらしい作品であると思いました。
 カルメンは確かに男を堕落させる移り気な女性に違いありませんが、一方で彼女は何度も「自由」という言葉を口にします。第一幕の終わりの<セキディーリャ>では「あたしの心は空気みたいに自由なの」と歌います。第二幕の最後では「すてきですもの さすらいの暮らし!世界をねぐらに 気ままに生きる!そして なによりすばらしいのは、自由よ!自由なのよ!」と自由を讃えます。そしてフィナーレの二重唱<あんたね?おれだ>では、もう一度一緒にやり直そうというホセに対し、「カルメンはいうことなんか聞かない。自由に生まれて 自由に死ぬのよ!」と言い切ります(歌詞の邦訳は、以下のものも含めて[1]から引用しました)。
 ホセは、軍隊という階級社会のなかで伍長という「そこそこ」の地位に甘んじています。牢屋から出て酒場でカルメンに再会した時も、帰営のラッパを聞くと急にそわそわして、兵営に戻ろうとします。カルメンのために密輸団に身をやつした後でも、母親の期待を裏切ったことを後悔し、死にかけた母に会うために家に帰っていきます。一方カルメンは、定住とタバコ工場での労働とを捨て、法に反する密輸団の一味として、国境を越えて移動していきます。社会制度と規律に縛られたホセと自由なカルメンが対比されています。
 このような解釈によれば、カルメンは「自由で主体的な近代的な女性」ということになるのですが、そこに収まりきれない何かが残ります。それは「死」のテーマです。第三幕、密輸団の野営地で行ったカルタ占いでカルメンは、自分がホセによって殺され、そしてホセも死ぬ運命にあることを知ります。この後フィナーレの殺人に向かって、劇は一直線に進んでいきます。
 フィナーレのホセとカルメンの二重唱は、とても奇妙です。ホセは最初からカルメンを殺しに来たわけではなく、なんとかカルメンの愛をつなぎ止め、もう一度人生をやり直そうと望んでいます。「おれはおまえを助けたい おれも一緒に助かりたいんだ」とホセは言います。しかしカルメンは「わかってるの、あんたがあたしを殺すってことが。でも 生きようと死のうと、いや、いや、いや!」と答えます。なんだか自分を殺すようにホセを挑発しているようにさえ思えます。これに対してホセは、「おれと一緒に逃げてくれ、二人の命が助かるんだ」と答えており、ホセも、このままでは二人とも死んでしまうと考えているように取れてつじつまがあいませんが、原文はTe sauver, toi que j'adore, Et me sauver avec toi.ですから、「命が助かる」というのは訳し過ぎで、「二人とも救われるんだ」ぐらいの感じでしょう。さらにカルメンは、「カルメンはいうことなんか聞かない。自由に生まれて、自由に死ぬのよ!」、「好きよ! 彼(エスカミーリョ)を愛しているわ、たとえ死ねといわれたって、あたし 何度でも好きというわ」と畳み掛けます。そして最後には、「そう! それならあたしを刺せばいいわ でなければ行かせて」と言い放ち、さらにホセにもらった指輪を投げ返します。ト書きによれば、ここでようやくホセは短刀を手にして、カルメンに襲いかかるのです。
 カルメンが、愛しているエスカミーリョと結ばれたいのだったら、ホセに命を助けてくれるよう懇願するはずです。彼女はむしろ自ら、ホセが自分を殺すようにしむけ、挑発しているように思えます。当時の男性中心社会においては、女性が自由を求めることなど不可能でした。彼女は、自由を求めて止まない自分の心を、持て余していたのかもしれません。彼女はまたそれが、ホセをも不幸にしていることに気づいていました。第三幕でカルメンはホセに対して、この仕事は向いていないから母親の元に戻るようにと、繰り返します。
 ぽん太には、カルメンが死を恐れずに自由を求めたとは思えません。自由を求める心をもてあまして、死を望んだとしか考えられないのです。
 自由を求めながらも、間接的な自殺を遂げるカルメンを目の当たりにしてぽん太が思い浮かべたのは、ボーダーライン(境界性人格障害)と呼ばれる若い女性の患者さんたちです。彼女らも、普通のひとたちが当たり前に適応している社会になぜか安住することができません。病名の通り、彼女らはひとところにとどまることができず、境界を超えていきます。しかしそれは、彼女自身にも周囲の人にも苦しみをもたらすのであり、彼女らは自傷行為や自殺未遂を繰り返します。ぽん太の頭のなかでは、カルメンの苦しみと、彼女たちのもがく姿が、重なって見えました。
 『カルメン』が初演されたのは1875年。スペインを舞台にしていますが、作曲者ビゼーはフランス人で、パリのオペラ=コミック座で初演されました。1870年に第二帝政下でナポレオン三世がおこした普仏戦争は、敗北に継ぐ敗北を重ねます。帝政は崩壊して第三共和制が宣言されますが、戦争は継続され、ついにパリはプロイセン軍によって包囲されるにいたり、1871年にフランスは降伏します。しかしパリ市民は降伏を認めずに武装蜂起し、革命政府パリ=コミューンを樹立し、革新的な政策を行います。しかしヴェルサイユの政府軍と北ドイツ連邦軍の前に、3万人の死者を伴う激しい戦闘のすえ、樹立からわずか72日間でパリは鎮圧されます。この時代のフランスで「自由」とは何だったのか大変興味深い問題ですが、タヌキには難しすぎるテーマなので、みちくさはまたの機会に譲りましょう。

 カルメンのキルスティン・シャベスは、声だけ聴くと可愛らしい感じですが、ボリュームある体格。最初の<ハバネラ>は声が定まらず、音程も少し不安定。早めのテンポを求める指揮者と息があわないところもあり、妖艶な感じに欠ける気がしました。挑発的な仕草も、なんか開けっぴろげすぎる気がしましたが、2幕以降は良かった気がします。カスタネットを鳴らしながらの歌も上手でした。ドン・ホセのトルステン・ケールも、出だしがちょっと不調のようでしたがだんだん声が出て来て、伸びやかな高音が美しかったです。エスカミーリョのジョン・ヴェーグナーは、ちょっと年ですがダンディな映画の悪役みたいでかっこ良かったです。低音が少しきつかったか。盛り上がっているオペラの途中で突然出て来ていきなり歌い、かっこいい印象を残して颯爽と立ち去る役で、難しそうですね。以前に新国立のコンサート・オペラ『ペレアスとメリザンド』でメリザンドを歌った浜田理恵がミカエラ。声が透明で、清楚な雰囲気がミカエラぴったりでした。ぽん太が好きな長谷川顯がスニガ。指揮者のマウリツィオ・バルバチーニは、序曲からして早めのテンポで軽快に演奏。全体的にはぎれはよかったけど、あっさりとした演奏で、情熱的でねっとりした感じには欠けました。鵜山仁の演出はオーソドックスですが、あんまりコレという特徴が感じられませんでした。なんか群衆がやけに多かったです(合唱団だから仕方ないのか)。舞台装置も、前回の『影のない女』に続き、ちょっと貧弱。新国立劇場の売りの四面舞台は使わず。ここ最近、急に装置にお金をかけなくなった気がしますが、仕分けされてしまったのでしょうか?どうせ仕分けするなら、現場ではなく、仕事をしてない天下りの役員を仕分けしないと意味がありません。
 ところでハバネラでカルメンが投げる花がバラでないので驚きました。ピンクレディーも、「バラの花、口にして踊っている、イメージがあると言うのです〜」と歌っているではないか。一幕の背景にもなってた、なんか釣り下がっているような花でした(名称不明)。公演パンフレットの荻内勝之の「『カルメン』の中の闘牛とフラメンコ」によれば、メリメの原作ではこの花はカシア(la fleur de cassie)だそうで、日本ではキンゴウカン(金合歓)と呼ばれ、学名はAcacia farnesianaとのこと。写真はたとえばこちらのサイトをどうぞ。

『カルメン』
Georges Bizet:Carmen
ジョルジュ・ビゼー/全3幕
2010年6月13日 新国立劇場オペラ劇場

【指 揮】マウリツィオ・バルバチーニ
【演 出】鵜山 仁
【美 術】島 次郎
【衣 裳】緒方規矩子
【照 明】沢田祐二
【振 付】石井 潤

【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場

【カルメン】キルスティン・シャベス
【ドン・ホセ】トルステン・ケール
【エスカミーリョ】ジョン・ヴェーグナー
【ミカエラ】浜田理恵
【スニガ】長谷川顯

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

 
【参考文献】
[1] 『カルメン 名作オペラブックス(8)』音楽の友社、1988年。

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