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2010/09/08

【ダンス】思わせぶりに見えたけど実は奥深いのか?「アポクリフ」(シェルカウイ、首藤康之、ジュルド、ア・フィレッタ)

 ん〜、ひとことで言うとお洒落な「おのでらん」という感じかな。おもしろかったけど、感動はしませんでした。(註:「おのでらん」とは小野寺修二のこと。彼の主宰するカンパニー・デラシネの公式サイトはこちら。首藤と小野寺は、先日PARCO劇場で『空白に落ちた男』を再演しましたが、ぽん太とにゃん子はベニサン・ピットでの初演を見ているので、こんかいは割愛いたしました。そのときの記事はこちら)。
 クラシックバレエの首藤、ヒップホップやヨガの動きに基づくシェルカウイ、サーカスのアクロバットダンサー出身のジュルドという異能の3人のダンサーが、ときにはソロで、ときには絡み合いながら、ダンスやマイムを演じていきます。そして音楽は、コルシカ出身のアカペラ・グループのア・フィレッタが、舞台の上を移動しながら生で歌います。女性が一人も登場せず、酸いも甘いも噛み分けた大人の男たちだけによる舞台でした。ホントかどうかわかりませんが、シェルカウイがゲイだと書いてあるサイトがありましたが、それもうなづける男くさ〜い雰囲気でした。かつ、オシャレでしたけどね。
 異なるジャンルのアーティストがコラボレーションしてひとつの舞台を造り上げる。首藤は、『空白に落ちた男』以外にも、『時の庭』(2010年1月)ではインスタレーション作品とのコラボもしてますが(その時の記事はこちら)、他分野との交流が、首藤の近年のテーマのひとつなのでしょうか。
 ア・フィレッタの歌が存在感ありました。昨今の日本で「アカペラ」というと、先日もテレビで「アカペラ甲子園」という番組もやってましたが、ボイスパーカッションを入れて軽くて透明な印象がありますが、ア・フィレッタの歌は、男くさくて、コブシがきいてます。コルシカ出身らしく、イタリア土着っぽい感じがしますが、ときに聖歌風であったり、さらにイスラムっぽかったりもします。興味のある方は、こちらに動画がありますし、またamazonのサイトでは彼らの来日記念CD「ABエテルヌ~永遠にて~(来日記念盤)」の試聴をすることができます。
 ディミトリ・ジュルドは、サーカス学校出身らしく、手に持った本が宙に浮かび上がろうとする感じのダンスを踊ったり、人形を操ったり、また反対に自分が操り人形の動きをしたりしてましたが、あまりマイムがうまいとは言えません。マイムがリアルすぎると、ダンスというより「芸」っぽくなってしまうので、抑制していたのかもしれませんが。
 シェルカウイのダンスは床に近いところで低い姿勢で踊られ、ヒップホップ風の動きですが、とてもやわらかくしなやかでした。
 三人が縦にならび、手を千手観音のように動かして、三冊の本を開いたり手渡したりする動きは、なかなかおもしろかったです。顔を摺り合わせるようにして踊るデュオも、ちょっと気持ち悪い感じもしましたが、悪くありませんでした。
 ただ、ダンスとしては確かに面白かったのですが、どうも思想というか、主張というか、メッセージが伝わってきませんでした。ダンステニックとしても生まれ育った文化としても異なった出自を持つ三人が、一同に会してダンスをしました、というだけでは、ぽん太は満足しません。
 題名の「アポクリフ」という言葉はぽん太は初耳でしたが、キリスト教の聖書の外典を意味するそうで、Wikipediaにも出てます。それによれば、外典とは聖書の正典に加えられなかった文書のことだそうで、アポクリファapocrypha(な、なんだ、語尾が違うぞ、複数形か?)という言葉は、ギリシア語のαπόκρυφος(隠されたもの)に由来するそうです。してみると今回の舞台は、「正統から排除されること」や、「書物、あるいは言葉と人の関わり」がテーマとなってきそうですが、それに関して彼らはどのような考えを持っているのでしょうか。もちろんダンスは哲学ではありませんが、そのあたりの深い理解がなければ、三島由紀夫や日本刀、切腹を持ち出して、裸体に墨で漢字を書いても、単なる異国情緒の演出にすぎないものとなってしまいます。
 セリフで、コーランが神の啓示ではなく人間が作ったものであることを例証する部分がありますが、ぽん太の感覚からすると、「そんなの当たり前だろ、わざわざ大げさに言うことかよ」という気がします。しかし、モロッコからの移民の父親のもとにベルギーで生まれ、ベルギーのイスラム社会で育ったシェルカウイにとっては、大きな意味を持つのかもしれません。さらに彼がゲイでもあったとすれば、正統からの排除、宗教・文化の対立といったものは、とても切実な問題なのかもしれません。
 冒頭、ダンサーたちは足に鈴を巻いて踊っておりましたが、これはぽん太は、ギエムとアクラム・カーンの『聖なる怪物たち』で見ました(そのときの記事はこちら)。インドのカタックというダンスに使われるものですね。ググッて見ると、アクラム・カーンとシェルカウイは、2005年に『ゼロ度 zero degrees』という作品で共演しており、2007年には日本でも公演しているではないか!DVDも出ているようです(記事の末尾のamazonへのリンクをどうぞ)。Youtubeにも動画があるようですが(たとえばこちら)、それを見ると、人形を使うアイデアも『ゼロ度』で既に試みているようですね。
 『アポクリフ』では、足に巻かれた鈴を、ダンサーたちがもどかしそうに取り去る場面がありましたが、文化の足かせから逃れようとする行為を象徴しているのでしょうか?すると日本刀や切腹といった日本文化は、どう扱われてたかな。やっぱり最後には捨て去られたのかしら。ううう、よく覚えてない。
 また、人形が、自分を操っている人たちを一人けちらし、一人おっぱらい、全員振り切ったところで動かなくなり、床に崩れ落ちるという場面もありましたが、文化や宗教をすべて否定してしまったら、拠って立つところがなくなり、自分が存在できなくなることを現しているのでしょうか?
 なんか、けなすつもりで書き始めたのですが、実は深い作品のような気がしてきたぞ。チャンスがあったらもう一度観てみたくなりました。
 『アポクリフ』の製作はベルギー王立モネ劇場とのこと(初演は2007年)。ぽん太は初めて聞いた劇場でしたが、ベジャールの名声を決定づけた『春の祭典』を委嘱して初演した(1959年)のがこの劇場で、ベジャールの「20世紀バレエ団」は、ベルギー王立モネ劇場に所属していたのですね。し、知らなかった……sad
 最後にオーチャード・ホールの悪口を。抽選で取れた席が9列目だったときはがっかり。普通は9列目が取れたら大喜びですが、オーチャードホールの前の方の席は、舞台が観にくいので有名です。実際行ってみたところ、かろうじて9列目から床に段差が付き始めるので多少はましでしたが、舞台面より位置が低いのと、前の人の頭とで、舞台上に置かれた本はまったく見えず、シェルカウイの低い体勢での踊りもよく見えませんでした。


ベルギー王立モネ劇場 制作
「アポクリフ Apocrifu」
2010年9月5日
Bunkamura オーチャードホール

演出・振付・出演 : シディ・ラルビ・シェルカウイ
出演 : 首藤康之、ディミトリ・ジュルド
コーラス : ア・フィレッタ
衣裳 : ドリス・ヴァン・ノッテン
世界初演 : 2007年9月5日 ベルギー王立モネ劇場

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