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2010/10/21

【バレエ】オデットの哀しみが現代に甦る オーストラリア・バレエ団「白鳥の湖」

 オーストラリア・バレエ団の「白鳥の湖」、み・て・き・ま・し・たっheart04。とってもよかったです。なんか、「故ダイアナ妃をモデルにした」みたいなあおりで前宣伝してたので、女子供向きのメロドラマかとたかをくくっていたのですが、いや〜実にすばらしかったです。ホントにお見それいたしました。ちなみにこちらが公式サイトです。
 この「白鳥の湖」は3年前の来日公演でも大好評だったそうで、その時に散々語られているのでしょうから、いまさら驚いてあれこれ書くのも気恥ずかしいですけど、まあ勘弁してつか〜さい。

 グレアム・マーフィーの演出は、たんなる新振付けではなく、かなり自由な翻案です。それでいて、プティパ版(と、それを元にした他の振り付け)を踏襲すべきところは踏襲しており、まったくの新作ではありません。この、見慣れた「白鳥の湖」との近すぎず遠すぎずの絶妙な距離感が、大変心地よいです。歌舞伎なら「書き換え狂言」といったとこでしょうか。短歌の「本歌取り」、ポストモダン的な「引用」とも言えるでしょう。「男が、裏切って発狂した女性に救われる」という点では「ジゼル」を思い浮かべますし、「振った幼い娘が気高い貴婦人となって再び現れる」という点では「オネーギン」も入ってます。
 ジークフリート王子、オデット、ロットバルト男爵夫人(=ロットバルト+オディール)の三角関係という構造は、変わりありません。しかしジークフリート王子は最初からロットバルト男爵夫人と不倫の関係にあり、オデットとの結婚には愛がありません。
 第1幕のパ・ド・トロワは、この三角関係と、それによって傷つくオデットの心情を、実に見事に表現しておりました。このパ・ド・トロワは、プティパ版でもなんだか女性が余る印象を受けていましたが、それをうまく利用してます。この他にも、第2幕で王子の愛を失ったロットバルト男爵夫人の嫉妬と絶望を表現するロシアの踊りなど、原作とは違う振り付けなのに、原作以上に音楽と合っています。まるで複雑なジグソーパズルのピースがすべてぴたりとはまったかのような、見事な手際です。
 またマーフィー版では、プティパ版で第3幕の黒鳥に使われる曲が、第1幕でジークフリートとオデットによって踊られます。32回転の部分は、あまりの苦しみに心がはじけとんでしまったオデットの踊りとなります。心配して覗き込む人々の間から、いきなりオデットが回転しながら飛び出して来るシーンは印象的でした。また、回転しながら位置を変えて行くテクニックも見事でした。
 黒鳥の音楽を第1幕で使うというのは目新しいように見えますが、実はチャイコフスキーの初演版では、黒鳥の音楽は第1幕にありました。その他も今回の音楽は、第一幕のワルツも省略なしのフルヴァージョンだったし、第2幕のパ・ダクシオンの最後に早いパッセージが入っているし、第3幕の入場の音楽など、音楽に関してはむしろ初演版に回帰していた気がします。2,3知らない曲が入っていた気がしたのですが、ぽん太が覚えてなかっただけか?
 第3幕で、プティパ版だと黒鳥がパーティーに乱入して来るところで、純白のドレスを着て白いベールをかぶったオデットが登場するのも衝撃的でした。しかも入り口からではなく、舞台の奥から忽然と現れました。
 第2幕や第4幕の白鳥たちは、オデットの感情の象徴的な表現として使われておりました。第2幕を見ていた時は、いっそのこと精神病院の患者たちの踊りにしたらどうかと思ったりもしたのですが、よく考えたらそれでは「白鳥」の湖ではなくなってしまうし、リアルすぎて詩情がありません。白鳥たちが集まる湖が女性の深い悲しみを表しているという本質的な点を、マーフィー版はしっかりと押さえています。

 マーフィーにはユーモアのセンスもあります。冒頭でいきなり王子がオデットに誓いをたてます。誓うの早っ!しかも妙に背筋を伸ばして。また第1幕の最後は、オデットは精神病院に送られ、王子と男爵夫人が結ばれて終わります。をひをひ、不倫カップルが結ばれて終わっちゃったよ、という感じです。第2幕の四羽の白鳥の踊りも、パロディっぽくておもしろかったです。
 振付けも、古典的なテクニックを踏まえながらも、ダイナミックなリフトの連発や、床の上を滑ると言った目新しい動きがちりばめられておりました。また心理表現にも優れておりました。
 第3幕で、見違えるように自身に満ちた姿で現れるオデットに王子はたちまち魅了され、今度は男爵夫人が孤独と嫉妬に苦しみます。役割を変えてはいますが、第1幕とちょっとかぶっているようにぽん太には思えました。王子がオデットの堂々たる姿に驚き、だんだんと魅了されていくプロセスを描く部分が欲しかったです。
 マーフィーの紡ぎ出した物語は、なぜかわれわれの心を打ちます。オデットは愛のない結婚に傷つき、常軌を逸した行動に走り、精神病院に収容されます。夫の愛を取り戻したものの、彼女の傷ついた心が癒されることはなく、最後は永遠の愛を誓いながらも自ら命を絶ちます。精神病院におけるオデットとジークフリートのパダクシオンは、それが現実ではなく幻想なのに、いや幻想であるからこそ、哀しくも美しく思われます。

 心の奥底から離れない虚無感、あまりに純粋すぎる心、アクティングアウト、解離性の幻覚、自殺未遂。これらはボーダーライン(境界性人格障害)によく見られるものですが、なぜ彼女の悲劇がわれわれを感動させるのか、精神科医でありながらぽん太にはちっともわかりません。実は現代に生きるわれわれすべてが、ボーダーライン的な心性を持ち合わせているのだろうと推測するぐらいです。
 それにしても精神科医と精神病院の扱いってひどいですね。ぽん太が毎日頑張っているのは、こんな仕事なのか……。気持ちが暗くなってきます。それからなんでsanatoriumを「サナトリウム」と訳したいのか。「精神科病院」じゃ生々しすぎるからですかね。
 ダンサーもみな美男美女。オデットのアンバー・スコットの表現力はすばらしかったです。長身のアダム・ブルは、いかにも女性に振り回されそうな男性を好演。男爵夫人のダニエル・ロウは、ねっとりした雰囲気をよく出してました。
 指揮者は女性でした。オケの東京シティフィルも慣れないヴァージョンを見事に演奏。ご苦労様でした。


オーストラリア・バレエ団
「白鳥の湖」(全4幕)
2010年10月10日 東京文化会館

振付:グレアム・マーフィー
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本:グレアム・マーフィー、ジャネット・ヴァーノン、クリスティアン・フレドリクソン
装置・衣裳:クリスティアン・フレドリクソン
照明:ダミアン・クーパー

オデット:アンバー・スコット
ジークフリート王子:アダム・ブル
ロットバルト男爵夫人:ダニエル・ロウ

女王:シェーン・キャロル
女王の夫:ロバート・オルプ
第一王女:久保田美和子
第一王女の夫:マシュー・ドネリー
公爵:アンドリュー・キリアン
公爵の若い婚約者:本坊怜子
伯爵:ダニエル・ゴーディエロ
伯爵の侍従:ツ・チャオ・チョウ
提督:コリン・ピーズリー
侯爵:マーク・ケイ
男爵夫人の夫:フランク・レオ
ハンガリー人の踊り:ローラ・トン、ジェイコブ・ソーファー
宮廷医:ルーク・インガム
大きい白鳥:ラナ・ジョーンズ、ダナ・スティーヴンソン
小さい白鳥:リアーン・ストイメノフ、ハイディ・マーティン、
エロイーズ・フライヤー、ジーナ・ブレッシャニーニ
招待客、ハンガリー人、召使い、尼僧、従者、白鳥たち:オーストラリア・バレエ団

指揮:ニコレット・フレイヨン
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
協力:東京バレエ学校

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