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2010/12/16

【遷都1300年の奈良・近江の旅(3)】義経ゆかりの吉野めぐり・栄山寺・當麻寺

Img_2345 本日は、山鳩湯から再び北上し、まず吉野を見学。吉野は昔ちらっと通り過ぎたことはありますが、じっくり観るのは今回が初めてです。桜の時期じゃないから空いているかと思ったら、あにはからんや、紅葉の時期で大混雑でした。
 吉野は源義経ゆかりの地で、歌舞伎の『義経千本桜』にも、静御前と佐藤忠信が満開の桜のなか吉野を行く「道行初音旅」(みちゆきはつねのたび)があります。義経ゆかりの地を訪れるのも楽しみです。
Img_2308 まずは一番奥にある金峯神社(きんぷじんじゃ)から。この時期、吉野の中心の参道は車が入れません。近鉄吉野駅の横を通るバイパスを通って行く必要がありますのでご注意を。ここまで来るとさすがに観光客もまばらで、静かな山奥の雰囲気が感じられます。写真は隠れ堂です。なかに入って戸を閉めると真っ暗になり、暗闇の中で修行を行うのだそうです。文治元年(285年)11月、この堂のなかに隠れていた義経が屋根を蹴破って追っ手から逃れたことから、「義経の隠れ塔」「蹴抜けの塔」とも呼ばれているそうです。う〜ん、いったい出典はなんだろう。『義経記』を読み返して見ると(こちらのサイトで岩波文庫版を読むことができます)、巻第五が義経が吉野に隠れていた時にあたるようですが、屋根を蹴破って逃げた話しは出てきません。『義経記』とは別の伝承があるようです。ちなみに巻第五のあらすじは以下の通りです。

 吉野に潜伏する義経は、連れ添ってきた静御前とここで別れ、静を都に返す決心をします。義経は静に、初音の鼓などの財宝を与え、供の者を付けて都に送り出しますが、供の者たちは我が身を案じて、静御前を山中に置き去りにし、財宝を持って逃げ去ります。冬の山中をさまよった静御前は、ようやく吉野の寺にたどり着きますが、追っ手に正体を見破られ、ついに義経の居所を明かしてしまいます。追っ手が迫りつつあることを察知した義経一行は、道なき道を東へと落ち延びて行きますが、佐藤忠信がただ一人残って戦いをいどみます。

 なるほど、義経と静が別れる歌舞伎の「鳥居前」は、京都の伏見稲荷が舞台になっているけど、『義経記』では吉野の出来事だったんですね。義経が静かに与える初音の鼓は、「紫壇の胴に羊の革にて張りたりける啄木の調の鼓」と書かれており、歌舞伎のように狐の皮ではありません。また義経は忠信に、歌舞伎と同じように「緋威の鎧」(ひおどしのよろい)を与えたと書いてあります。また追っ手の代官として「川つら(川蓮)法眼」の名前が出てきます。
Img_2314 金峯神社から少し下って、吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)です。写真の本殿は重要文化財で、豊臣秀吉が再建したものだそうです。
Pb230171 吉野水分神社から少し下ったところに、花矢倉と呼ばれる見晴らしのいいところがあります。佐藤忠信は、ここから追っ手に向かって矢を射たのだそうです。近くには、忠信が討ち取った横川覚範(かくはん)の首を埋めたと言われる、横川覚範の首塚もあります。
Img_2317 如意輪寺です。裏手の山に、後醍醐天皇の御陵があるそうです。
Img_2318 バイパスを通っていったん吉野川近くまで下り、再び吉野に向かって登り返して観光客用の駐車場に車を停め、そこから歩いて観光です。まずはロープウェイの吉野山駅。おもちゃみたいなかわいらしい車両ですね。
Img_2319 銅鳥居(重要文化財)は、もともと東大寺の大仏を造る時に余った銅で造られたのだとか。現在のものは、室阿智時代の再建だそうです。
Img_2321 金峯山寺(きんぷせんじ)の仁王門は国宝です。
Img_2322 金峯山寺の本堂である蔵王堂です。天正20年(1592年)頃に再建されたものですが、桧皮葺屋根の木造建築としては最大で、国宝に指定されております。秘仏の金剛蔵王権現像(重要文化財)が、遷都1300年祭で特別開帳されておりました。蔵王堂の再建と同じ頃に造られたと考えられているそうですが、青い色に塗られ、例の片足を上げたポーズの巨大な像が3体並んでおり、なかなか迫力がありました。
Img_2327 次いで吉水神社へ。ここはスゴイですよ。まず最初の写真は、「源義経潜居之間」です。義経はこの寺に5日間かくまわれていたのだそうです。
Img_2328_2 座敷の一角には「弁慶思案の間」もあります。
Img_2330 こちらは後醍醐天皇玉座。後醍醐天皇は、まずここを居所として、南朝を立ち上げたのだそうな。また豊臣秀吉は文禄3年(1594年)に、吉水神社を本陣として花見を行ったのだそうです。さらに奥に行くと、「義経の鎧」とか「静御前の衣装」とか百人一首で有名な「蝉丸の琵琶」とかが陳列してるんですけど、ホンモノでしょうか?なんかアヤシイ気もするけど、世界遺産に登録されている神社が嘘はつかないだろうし、「ひょっとしたら本物?」と思わせるところが、奈良の奥深さですね。信じるも信じないもあなた次第です。
Pb230204 吉野といえば柿の葉ずし。吉水神社への分岐点にある醍予の柿の葉ずしをいただきました。奥にちっちゃな小上がりがあり、店内でいただくこともできます。おいしゅうございました。
Img_2336 吉野といえば吉野葛。どこで食べようか迷った末、八十吉(やそきち)さんでいただきました(公式サイトはこちら)。レトロモダン風の真新しいオシャレなお店です。おいしゅうございました。

Img_2339 さて、吉野を離れて次は栄山寺。写真の梵鐘は国宝に指定されているそうですが、ぽん太には鐘の優劣はまったくわかりません。また、本日の記事の冒頭の写真が、ここ栄山寺の八角円堂です。天平宝字年間(757年〜765年)に造られたものだそうで、国宝に指定されております。確かに天平らしく延びのびとしてリズム感のある、美しい建物ですね。

Img_2348 本日最後の見学は當麻寺(たいまでら)です。もともとは真言宗のお寺でしたが、平安末期から浄土霊場として信仰を集めたのだそうです。写真は国宝の本堂です。内部には国宝の當麻曼荼羅のレプリカが、これまた国宝の厨子に納められております。この當麻曼荼羅は、天平時代に中将姫という女性が一夜にして織あげたという伝説があり、厚い信仰を集めたそうです。
Img_2350 隣接する小高い丘の上に、天平時代に造られた二つの三重塔が建っており、どちらも国宝に指定されております。こちらは東塔です。
Img_2361 そしてこちらが西塔です。奈良時代に多かった双塔形式の、現存唯一の遺構なのだそうです。そういえば興福寺も二つの塔がありますが、片方は近年の再建ですね。

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