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2011/01/10

【拾い読み】「エス」はフロイトだけのものではない 互盛央『エスの系譜』

 「エス」といえば言わずと知れたフロイトの精神分析に措ける重要な概念です。「エス」という言葉はフロイトのオリジナルではなく、ゲオルク・グロデックの着想を借りたものでした。しかしフロイトは、グロデックの着想のもとにはニーチェがあると主張することによってグロデックの独創性を否定したため、オリジナリティを主張するグロデックとのあいだに対立が生じたことは有名です。
 しかし「エスが考える」(Es denkt)という表現を使ったのは彼らだけではありません。その表現を辿っていくと、シェリング、ハイネ、フォイエルバッハ、マッハ、ジェイムズ、シュタイナー、ヴィトゲンシュタインといった名立たる思想家が連なっており、その源流にはゲオルク・クリストフ・リヒテンベルクという人物がいます。彼らが「エスが考える」という言葉をどのような意味で使ったのかを考察することによって、脈々と連なる「エスの系譜」を浮かび上がらせたのが本書です。
 著者は、リヒテンベルクから始まってフォイエルバッハ・ニーチェ・フロイトへと続く第一の系譜と、そこから枝分かれした、フィヒテ・シェリング・ビスマルクに通じる第二の系譜があるといいます。前者は、デカルトの「我思う、故に我あり」以降の近代的な自我の概念を問い直すものですが、後者は「我」の変わりに「自然」や「人種」、「国民」を持ち込み、ナチスにもつながっていくものです。
 実に多くの人物が論じられており、読み物としても面白いですが、総論的になった分、個々の人物の掘り下げが物足りない気がします。おのおのの人物が、「エスが考える」という表現をたまたま使っただけなのか、それともその人の思想の中心的な概念なのか、いまいちよくわかりません。そのせいか、多くの思想家が取り上げられている割には、いまひとつ同時代の思想の全体像が浮かび上がってこないようにも思えます。著者は一見博学であるように思えますが、ひょっとしたら検索サイトで「es denkt」を検索して引っかかった文章を調べていったのではないか、という気もします。また、残念ながらラカンについてはほとんど論じられておりません。
 それにしても「エス」という考え方が、フロイトとグロテックの間でオリジナル争いをするようなものではなく、同時代的にさまざまな人が用いていた概念であることがよくわかりませいた。
 エスに関しては、最近始まったばかりの財津理のブログ(財津理の思想研究 ドゥルーズ/ラカン/ハイデガー)において、本職の「哲学屋」による綿密な読解が今後展開されそうな気配で、ぽん太はとっても楽しみにしております。

 以下は例によって、ぽん太が興味を持ったところの抜き書きです。
 フロイトは、グロデックがエスの概念をニーチェから持ってきたと言いながら、具体的にどこでニーチェがエスに言及したかを挙げておりませんが、例えば『善悪の彼岸』のなかで、「主語『私』は述語『考える』の前提である、と述べるのは事態の捏造である。それが考える[Es denkt]。」と書いているようです。
 「エスが考える」という言葉の源流と言える、ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルクという人物の名は、ぽん太は初めて聞きました。Wikipediaを見てみると、リヒテンベルク(Georg Christoph Lichtenberg、1742年 - 1799年)はドイツの物理学者、風刺家だそうです。一流の物理学者として尊敬を集め、ゲーテやカントなど多くの著名人と親交があったそうです。また、樹木状の放電パターンを示す「リヒテンベルク図形」という言葉に、名を留めているそうです。さまざまなリヒテンベルク図形の美しい写真はこちらをどうぞ。リヒテンベルクは、彼が「控え帳」(Sudelbücher)と読んだノートに(互の訳では「雑記帳」)、学生時代から死の直前までメモを書き続けました。そのノートは彼の死後に発見されて出版されましたが、その本は大変な話題となって多くの人に読まれ、さまざまな思想家に影響を与えたそうです。邦訳は平凡社ライブラリーで出版されていたようです(『リヒテンベルク先生の控え帖 』、池内紀訳、平凡社、1996年)。で、その『控え帳』のなかに、「私が考える[ich denke]と言ってはならず、稲妻が走る[es blitzt]と言うのと同じように、それが考える[es denkt]と言わねばならない」という言葉が書かれているそうです。
互盛央『エスの系譜  沈黙の西洋思想史』講談社、2010年。

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