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2011/01/25

【拾い読み】共感覚に基づく驚異的な記憶力 ルリヤ『偉大な記憶力の物語』

 A.R.ルリヤの『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』(天野清訳、岩波書店、2010年、岩波現代文庫)を読んでみました。
 ルリヤ(Алексндр Ромнович Лрия、1902年 – 1977年) はソ連の神経心理学者・発達心理学者として有名です。日本語のWikipediaには項目がないようですが、英語版Wikipediaには出ています。それによれば彼はユダヤ人で、差別的な待遇を受けたこともあるようです。ちょっと面白かったのは、カザン州立大学の学生だった頃(1921年卒業)、彼はカザン精神分析協会を設立し、フロイトと手紙のやり取りをしていたのだそうです。へ〜え、ということで、エレンベルガーの『無意識の発見 下 — 力動精神医学発達史』(木村敏、中井久夫監訳、弘文堂、1980年)を読んでみたら、しっかり出てました。「ロシアのすぐれた心理学者アレクサンドル・ルリヤ(Алексндр Лрия)は、精神分析を熱烈に支持する著書と論文を発表し、精神分析を『一元的心理学体系』で、『真のマルクス主義心理学を構成するための基本的な唯物論的原理』であると考えた」(502ページ)。これは1925年の『心理学とマルクシズム』に掲載された「一元論的心理学体系としての精神分析学」という論文だそうです。
 ルリヤを含む20世紀初頭のロシアと、精神分析との関係については、国分充「20世紀初めのロシアにおける精神分析の運命 ─覚え書─」東京学芸大学紀要1部門 56 pp . 309 ~320, 2005(https://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/2085/1/03878910_56_24.pdf)、国分 充・牛山 道雄「ロシア精神分析運動とヴィゴツキー学派 ──ルリヤのZeitschrift 誌の活動報告──」東京学芸大学紀要 総合教育科学系 57 pp.199~215,2006(https://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/1467/1/18804306_57_20.pdf)という面白そうな論文がネット上に見つかりましたが、みちくさは別の機会にいたしましょう。
 
 さて本書は、驚異的な記憶力を持つひとりの人物について書かれています。その記憶力たるや、50のランダムな数字が書かれた表を3分ほどで覚えてしまい、それを数十秒で再現することができたそうです。その記憶は数ヶ月たっても完全に保たれており、記憶の再生にかかる時間は、記憶直後に再生した場合とほとんど変わりませんでした。それどころか彼は、一度覚えたことは決して忘れることがなく、時間とともに記憶が薄れてくるということもありません。数ヶ月どころか10年経っても20年経っても、完全に思い出すことができたそうです。
 彼は単に記憶力がいいというだけでなく、実は「共感覚」の持ち主であって、それが記憶力と関連していたのです。普通は感覚は、五感というように、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の5つに別れており、それらが混じり合うことはありません。「共感覚」とは、音を聞くと形や色が見えたり、形や色を見ると匂いがしたりする現象です。
 彼は、言葉や数字を見たときに生じる形やイメージを、風景の中に配列することによって、言葉や記号を記憶しました。そしてそれを思い出す時は、風景の中に配置されている「もの」を読み取っていくだけでよかったのです。と、書いても分かりにくいと思いますが、例えば「緑の」という言葉を聞くと、色のついた緑色のツボがあらわれ、「赤い」という語を聞くと、似合った赤い服を着た人が現れる。そうしたツボや人を、見慣れた通り沿いに配置していくのだそうです。思い出す時はその通りの風景を再現し、置かれている物を読み取っていくのだそうです(よけいわからないですか?あとは自分で読んで下され)。
 こうした共感覚に裏付けられた記憶は、彼の思考や人格にさまざまな影響を与えており、そこらの記述が、この本の面白さであります。普通の人なら忘れているような、1歳以前の記憶が残っていたりします。また、言葉によって浮かぶイメージが思考の邪魔をすることもあり、言葉の意味と、言葉から生じるイメージがずれていると、その言葉がうまく使えなかったりするそうです。また、「誰々が一本の木によりかかっていた」という文章を読むと、森の中で男が菩提樹によりかかっている風景が浮かんできますが、次の文章が「彼はショーウィンドウを覗き込んだ」だったりすると、今度は街の中の風景に、一から作り直さないといけないという苦労もあったそうです。

 いや〜、記憶力の弱いぽん太はうらやましい限りです。ぽん太がブログを書いているのも、「あのバレエ誰が踊ってたっけ」とか、忘れそうなことを記録しておく意味もあり、自分の記憶をグーグルで検索できるのでとっても重宝しております。便利な世の中になったものですね。
 本書に書かれている人の場合は極端な例ですが、ものごとの捉え方は人によってさまざまなんだな〜と、改めて思いました。他人も自分と同じように、感じたり考えたりしていると思うと、大間違いということですね。
 共感覚といえば、有名な精神医学者の中井久夫先生も共感覚があったことはよく知られており、そのことは例えば『私の日本語雑記』(中井久夫著、岩波書店、2010年)にも書かれております。「私には共通感覚があって、語の記憶は色彩と結びついている。これは記憶の助けにもなるが、『色合わせ』がよくないと、その部分は異質なものとして放り出したくなる。……ただ、色として認識されるのは十八歳ごろに覚えたギリシャ文字までであって、大学に入ってからのロシア文字は全体として黒っぽく、ハングルは白っぽい。」氏は「共通感覚」という言葉を使われておりますが、文脈から「共感覚」のことでしょう。また氏は、本の背表紙を見ると内容が頭に浮かんできて苦しいので、背表紙を向こう側にして本箱に入れておく、とどこかで書いていた気がします。著作から推察するに、氏も卓越した記憶力をお持ちなようで、微分的認知と積分的認知という図式は、「かすかな予兆、徴候的なものが、時間とともにやがて積分的な知識となっていく」という氏の時間体験に基づいていると思われます。ぽん太のように予測力も記憶力もない者にとっては、未来の出来事は突然目の前に現れて行く手を妨げ、過去に遠ざかるとともにやがて記憶が薄れたり混乱したりして、ぐちょぐちょになっていきます。ぽん太は自分の記憶を信じておりません。
 ぽん太の患者さんで、共感覚の持ち主にはお目にかかったことがありませんが、共感覚の有無をわざわざ聞いたりすることはないので、実は隠れているかもしれません。記憶力に関しては、統合失調症の患者さんで、前回血液検査をした日とか、数年前にある薬を初めて投与した年月日とかを、正確に記憶している人が2〜3人います。でも、その患者さんの記憶力一般についてチェックしたことはありません。記憶力とは若干異なりますが、統合失調症の妄想型で家に閉じこもっている患者さんに、息抜きは何をしているのか尋ねたところ、頭のなかで敵味方それぞれ100隻くらいの戦艦を思い浮かべ、それらを(頭の中で)戦わせて遊んでいる、と答えた人がおりました。

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