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2011/03/27

【フランス大周遊(4)】サンテティエンヌ大聖堂(ブールジュ)、シュノンソー城(ロワール)、モン・サン・ミッシェル

Img_2704 リヨンのホテルを出発し、一路バスで300キロ、ブールジュのサンテティエンヌ大聖堂を見学しました。世界遺産です。1195年に創建され、100年近くかけて完成した、壮大なゴシック建築です。写真は裏側になりますが、傾斜地に建てられているため、こちらから見ると3階建てですが、正面から見ると2階建てです。
Img_2713 地盤が悪いため、向かって右の鐘楼が傾いてしまい、補強してあります(写真右手の低い部分が補強部分です)。
Img_2714 左側の鐘楼は崩れてしまって新しく造り直したため、建築様式が若干異なっております。
Img_2718 美しいステンドグラスで有名だそうです。

Img_2738 さらにバスで移動してロワールへ。ロワールといえば古城!シュノンソー城を見学いたしました。夕暮れの曇り空、淡い色彩のなか佇むシュノンソー城は、とても美しいです。
Img_2735 この城は、ロワーヌ川の支流のシェール川をまたぐように造られています。16世紀に造られたものだそうです。
Img_2733 シュノンソー城の内部はあちこちで紹介されていると思うので省略し、ルイーズ・ド・ロレーヌの居室だけご紹介しておきます。ルイーズ・ド・ロレーヌ(1553年〜1601年)は、夫のアンリ3世が暗殺されたあと、この城にこもって瞑想と祈りの生活を続けました。天井も壁紙も暗い色彩で、陰鬱で哀しみに満ちた部屋です。彼女はうつ病だったとも言われているそうです。抗うつ剤がなかった時代ですから、無理矢理元気を出させるのではなく、哀しみに沈んだ彼女にふさわしい環境を整えて、上手に引きこもらせてあげるという考え方も、ひとつの達見かもしれません。

Img_2758 ロワール近郊の街ツールで一泊したのち、バスで移動してモン・サン・ミッシェルへ。この超有名な世界遺産も、既に数多くの情報があると思うので、大幅に省略します。現在は島の入り口まで道路が通っておりますが、そのために砂が堆積し、かつてのような海にぽっかりと浮かぶ姿がみられなくなってきてしまいました。現在工事が進められており、道を壊して橋をかけ、観光客は本土側の駐車場に車を停めて、シャトルバスで島に渡るかたちになるそうです。
Img_2821 これが島の周囲の砂ですが、非常に粒が細かく、泥のような感じです。
Img_2774 西側テラスの床の石には、ひとつひとつ、切り出した人を識別するための番号が刻まれています。8番(だったかな?)の石がやけに目につき、「8番は勤勉ですからきっと日本人ですね」というのが、ガイドさんの定番のギャグになっているようです。
Img_2793 当時のトイレのドアです。穴からはるか下方に落ちて行くしくみになっており、それを肥料として使ったそうです。
Img_2812 お土産屋さんのポストカード。こ、こ、こ、これはどっかで見たような構図ですね。
Img_2750 モン・サン・ミッシェル名物のふわふわオムレツです。表面にナイフをいれると、なかからメレンゲのようになめらかでジューシーなオムレツが出てきます。おいしゅうございました。

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