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2011/05/28

【歌舞伎】藤十郎の『封印切』2011年4月新橋演舞場昼の部

 観てからだいぶ時間がたって印象が薄れてしまったので、覚え書きです。公式サイトはこちら
 『お江戸みやげ』は初めて観た演目ですが、ほろりとする人情話。三津五郎のお辻が品が良いお芝居で、未曾有の大災害のあとでは心が暖まりました。
 『一條大蔵譚』も初めてでした。常磐御前が清盛の次に嫁いだ一条大蔵卿は、NHK大河ドラマの『義経』では確か蛭子能収が演じてましたが、「一条大蔵卿=阿呆」という定型があるのでしょうか?(蛭子さん、ゴメンなさい)。Wikipediaを見ても書いてありません。常磐御前が一条大蔵卿に嫁いだという話しの出典はどこでしょう。『平家物語』をめくってみても書いてないようです。Wikipediaの常磐御前を見てみると、『尊卑分脈』『公卿補任』が出典とされておりますが、ちょっとそこまでみちくさする気にはなれないので省略!飄々とした阿呆ぶりのおかしみと、本性を現したときのカッコよさは、菊五郎の独壇場でした。
 藤十郎と三津五郎の『封印切』は、平成19年10月の歌舞伎座以来。関東者のぽん太には、封印を切るにいたるやりとりはちょっとクドく思えますが、忠兵衛と梅川のじゃらじゃらや、最後の死への旅立ちのしっとりした抒情など、とてもよかったです。
 ところで、花道での「梶原源太は私かしらん」という台詞。梶原源太は、義経の宿敵と言われている梶原景時の、息子の梶原景季(かじわらかげすえ、Wikipedia)のことだそうです。『源平盛衰記』には、一ノ谷の戦いで景季は、箙(えびら:矢を入れる容器)に梅の枝を差して戦ったという逸話が残っており、後世には色男の典型とされたそうです。


新橋演舞場
四月大歌舞伎
平成23年4月
昼の部

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
                  お辻  三津五郎
                 文字辰  扇 雀
                  お紺  孝太郎
               鳶頭六三郎  亀 鶴
               角兵衛獅子  巳之助
                女中お長  右之助
                市川紋吉  萬次郎
                阪東栄紫  錦之助
                 おゆう  翫 雀

二、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
  檜 垣
  奥 殿
              一條大蔵長成  菊五郎
                常盤御前  時 蔵
               八剣勘解由  團 蔵
                  鳴瀬  家 橘
                  お京  菊之助
               吉岡鬼次郎  團十郎

  恋飛脚大和往来
三、玩辞楼十二曲の内 封印切(ふういんきり)
               亀屋忠兵衛  藤十郎
                傾城梅川  扇 雀
             丹波屋八右衛門  三津五郎
              井筒屋おえん  秀太郎
              槌屋治右衛門  我 當

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