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2011年6月の9件の記事

2011/06/30

【バレエ】吉田都の笑顔に癒される。英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団「真夏の夜の夢」「ダフニスとクロエ」

 こ、これも一ヶ月たってしまい、忘れつつあります。公式サイトはこちら
 とにかく吉田都ちゃんを見たい一心で切符を取りました。その都ちゃんが踊る「真夏の夜の夢」は後半の演目でした。
 先日Kバレエで「真夏の夜の夢」を観たときは、無知なるぽん太はストーリーを全く知らなかったため、舞台上でいったい何が起きているのか全くわからなかったのですが、今度はシェイクスピアの原作を(日本語で)読んでしっかり予習。話しの筋がよくわかりました。
 さすがシェイクスピアの国のバレエ団だけあって、演劇的な表現も巧みで、みな生きいきと踊っている感じで、「ダフニスとクロエ」よりも格段とよかったです。都ちゃんの満面の笑みを浮かべての軽く柔らかい踊り、すばらしかったです。観ているぽん太も知らず知らずに笑顔になってました。前に観た「ロミオとジュリエット」の迫真の演技とは全く異なった表現で、芸域の広さに驚きました。パックのアレクサンダー・キャンベルは長身で筋肉質。ダイナミックで迫力がありましたが、熊哲の方がキレがあったかも。
 「ダフニスとクロエ」は、ラヴェルの音楽は知っていますが、バレエは初めて見ました。なんか、筋があんまり面白くない。こちらはコンテンポラリー風な衣裳でした。なんか振付けに「牧神の午後」が入ってる感じでした。印象派の音楽で牧神(パン)が出てくると、やはり例の手つきが出てくるのか。恐るべしディアギレフ。


英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団2011年日本公演
「真夏の夜の夢」「ダフニスとクロエ」
5月29日 東京文化会館
 
「ダフニスとクロエ」

音楽:モーリス・ラヴェル
振付:フレデリック・アシュトン
衣裳・装置:ジョン・クラクストン
照明:ピーター・テイゲン

クロエ(羊飼い):ナターシャ・オートレッド
ダフニス(山羊飼い):ジェイミー・ボンド
リュカイオン(都会から来た人妻):アンブラ・ヴァッロ
ドルコン(牧夫):マシュー・ローレンス
ブリュアクシス(海賊の首領):アレクサンダー・キャンベル
パンの神:トム・ロジャース
ニンフたち:ヴィクトリア・マール、ジェンナ・ロバーツ、アンドレア・トレディニック
羊飼いたち、海賊たち:英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団

「真夏の夜の夢」

音楽:フェリックス・メンデルスゾーン
振付:フレデリック・アシュトン
衣裳・装置:ピーター・ファーマー
照明:ジョン・B. リード

オベロン:セザール・モラレス
タイターニア:吉田 都
インドからさらってきた男の子:小林 巧 (東京バレエ学校)
パック:アレクサンダー・キャンベル
ボトム:ロバート・パーカー
村人:ロバート・グラヴノー、キット・ホールダ-、ロリー・マッケイ、ヴァレンティン・オロヴィヤンニコフ、ルイス・ターナー
ハーミア:アンドレア・トレディニック
ライサンダー:トム・ロジャース
ヘレナ:キャロル=アン・ミラー
デミトリアス:マシュー・ローレンス
蜘蛛の精:アランチャ・バゼルガ
エンドウの花の精:レティシア・ロ・サルド
蛾の精:ローラ・パーキス
カラシナの精:ジャオ・レイ
妖精たち:英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団

指揮:フィリップ・エリス (「ダフニスとクロエ」)/ポール・マーフィー (「真夏の夜の夢」)
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
合唱:江東少年少女合唱団 (「真夏の夜の夢」)

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2011/06/29

【オペラ】この状況では浮気もやむなし。新国立「コジ・ファン・トゥッテ」

 う〜ん、これもだいぶ前なので、忘れてきてしまってます。公式サイトはこちら、特設サイトはこちらです(音楽が流れます!)。
 設定が奇抜で、現代のキャンプ場が舞台になっており、グリエルモとフェルランドはアルバイトの若者、アルフォンソはキャンプ場の経営者です。フィオルディリージとドラベッラの姉妹は、キャンピングカーに宿泊しているギャルです。こんな設定では浮気するのは当然といった感じで、キャンプファイヤーを見つめ合いながら、アルバニア人ならぬバイク野郎に愛を語られたら、落ちてしまうのも無理ありません。「貞操」とか言われても逆にピンとこないのです。
 ラストも普通は仲直りして、めでたしめでたしとなるのですが、今回はみな傷ついて立ち去ってしまい、アルフォンソだけがひとり残るというものでした。そういう演出もありかな、とは思うのですが、最後の音楽が「仲直りしてめでたし」という曲なので、ちょっと違和感がありました。
 セットは小屋があって森があって池があって、ぐるぐるまわって、なんだかジオラマみたいでした。
 座席が3階の一番奥で、ちょっと音が通らなかった気がします。歌手ではフィオルディリージのマリア・ルイジア・ボルシと、フェルランドのグレゴリー・ウォーレンが良かった気がします。デスピーナのタリア・オールも、あばずれっぽい雰囲気が面白かったです。
 オケと指揮の善し悪しは、ぽん太にはよくわかりませんでした。


コジ・ファン・トゥッテ
[New Production]
Wolfgang Amadeus Mozart:Così fan tutte
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト/全2幕
新国立劇場 オペラ劇場
2011年6月2日

スタッフ
【指 揮】ミゲル A・ゴメス=マルティネス
【演 出】ダミアーノ・ミキエレット
【美術・衣裳】パオロ・ファンティン
【照 明】アレッサンドロ・カーレッティ

キャスト
【フィオルディリージ】マリア・ルイジア・ボルシ
【ドラベッラ】ダニエラ・ピーニ
【デスピーナ】タリア・オール
【フェルランド】グレゴリー・ウォーレン
【グリエルモ】アドリアン・エレート
【ドン・アルフォンソ】ローマン・トレーケル

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2011/06/28

【拾い読み】高所低酸素適応の秘密『生老病死のエコロジー―チベット・ヒマラヤに生きる』

 ぽん太が以前にネパールのエベレストに行ったとき、現地の人たちが極寒のなか、素手で平気で雪かきをしているのを見て、どうやって熱産生をしているのか不思議に思いました(そのときの記事はこちら)。たまたま先日、『生老病死のエコロジー―チベット・ヒマラヤに生きる』(奥宮清人編、昭和堂、2011年)という本を見かけたので、ひもといてみました。総合地球環境研究所の「人の生老病死と高所環境-「高地文明」における医学生理・生態・文化的適応」という研究プロジェクトの成果と課題をまとめた本だそうです。
 人類(ホモ・サピエンス)の誕生は約20万年前と考えられておりますが、人類は早くから高地への進出を行ったようで、ペルーの4,200メートル地点で9千年前とみられる人骨が発見されているそうです。
 アンデス高地、チベット・ヒマラヤ高地、エチオピア高地に住んでいる人々は、どうやって高所の環境に適応しているのでしょうか。それは遺伝的な順応の結果である、と著者は言います。私たちが高所に滞在した時の高所適応とは根本的に異なり、世代を重ねて初めて成し遂げられるものなのです。じじつスペイン人が南米に進出し、標高約4,000メートルの高所にポトシという鉱山町を建設した時、現地のインディオたちは普通の出産・生育が可能だったのに対し、外部から来たスペイン人は、長くそこに住んで高地順応していても、不妊だったり乳児が育たなかったりしたそうです。
 高地で暮らすには低酸素状態に適応する必要がありますが、その戦略は同一ではなく、アンデス、チベット・ヒマラヤ、エチオピアで、それぞれ異なるのだそうです。まずアンデス、チベット・ヒマラヤでは、血液の酸素飽和度の低下が認められました。そこで必要な酸素を運ぶために、アンデスではヘモグロビンを増加させ、一方チベット・ヒマラヤでは血流量を増加させているんだそうです。驚くべきことにエチオピア人は、酸素飽和度の低下もヘモグロビンの増加も認められず、その適応戦略の詳細はいまだに解明されていないそうです。
 こうした適応戦略は、いいことばかりではありません。ヘモグロビンの増加により低酸素環境に適応しているアンデス地方では、モンゲ病と呼ばれる慢性高山病が報告されています。赤血球の増加により血液が濃くなって、細い血管内の血流が悪化します。この結果、頭痛、思考の混乱、睡眠障害、眠気、痛み、息切れなどの症状が出現します(メルクマニュアル)。一方、血流量を増やしているチベット・ヒマラヤでは、慢性肺高血圧がみられるそうです。
 こうした遺伝的な低酸素適応とは別に、エベレスト無酸素登山における適応戦略についても書かれていました。1981年にエベレストに遠征した「アメリカ医学調査遠征隊」が収集した医学データが、1984年の「サイエンス」に発表されているそうです。それによると、エベレスト無酸素登頂の成功には3つの鍵があったそうです。第1の鍵は、エベレスト山頂の気圧が、予測よりも高かったこと。成層圏に冷たく重い空気の固まりがあるため、予想した気圧より実際の気圧が17mmHgほど高かったそうです。第2の鍵は、登山家の低酸素換気応答が普通の人よりも強いことで、彼らは、酸素不足になったときに呼吸(換気)を増やす反射が一般よりも強いそうです。第3の鍵は呼吸性アルカローシスで、血液が予想以上にアルカリ性に偏ることで、ヘモグロビンの肺胞における酸素の捕獲が促進されていたのだそうです。
 本書では、こうした医学・生理学的な内容だけでなく、高所生活における食事、生活、農業、幸福感、宗教などについても書かれています。しかし、ぽん太が最初に疑問に思っていた、寒さに対する適応、熱産生についてはまったく触れておりませんでした。う〜ん残念!この問題の解決は、また次の機会を待ちたいと思います。

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2011/06/27

【映画】こわおもしろい『ブラック・スワン』(ネタバレ注意)

 「バレエ」と「狂気」ということで、見てきましたが、こわおもしろかったです。公式サイトはこちら、goo映画はこちらです。
 バレリーナのニナは、「白鳥の湖」の公演で主役の座を射止めます。内気で神経質な彼女は、元バレリーナのステージママに牛耳られており、純真な「白鳥」の踊りはテクニックも演技も完璧ながら、「黒鳥」を踊るための妖艶さや邪悪さがありません。公演に向けて踊りこむなか、彼女の精神は次第に異常をきたしていきます……。
 とにかく、ニナを演じるナタリー・ポートマンがすばらしかったです。前半の内向的でおどおどした感じと、後半のうってかわった鬼気迫る姿が、見事に演じ分けられておりました。バレエ・シーンもすばらしかったです。子供の頃バレエを習っていたことはあるそうですが、その後ダンスやバレエのトレーニングを継続していたわけではなく、この撮影に向けて1年間の特訓をしただけなんだそうです。それだけでこんなに踊れるとは。身体もかなり絞り込んだとのことで、体型もバレリーナそのものでした。すごい女優ですね、初めて見ました、と思ったら、ググッてみたら『レオン』や『スター・ウォーズ』に出てたとのこと。どっちも見てるはずだがね。『レオン』って、あの赤毛の女の子の役か?ぜんぜんわかりませんでした。
 さらに彼女は、ハーバード大学で心理学を学んだらしい。なるほど、心理的な変化がうまく演じられておりました。当初の、ステージママの支配下にあって、感情に乏しく、世間知らずでおどおどしている状態。彼女は葛藤を自覚することもできず、小児のように背中を掻きむしることしかできません。
 そこから自我の芽生え、母親との闘いとなっていくのですが、ヴェロニカの挑発に乗るかのようにして出かけた夜遊びで、麻薬の誘いを一度は断ったものの、こっそり飲み物に入れられて気がつかずに飲んでしまいます。ここがぽん太にとっては残念な部分で、以後の幻覚と現実が入り乱れる場面が、なんかぽん太には薬物中毒の症状に見えてしまいました。明瞭で現実的な視覚体験を伴った幻覚・妄想状態は、薬物による精神病でよく見られます。例えば覚せい剤精神病では、電信柱の影に、自分を見張っている警察官が見えたりします。映画のなかの場面が、どこまでが現実で、何処からが彼女の狂気が生み出したものなのか、見ている方も次第に混乱してきて、こちらの精神状態がアヤシくなってくるような感じだと良かったのですが、「クスリの影響」という印象を受けてしまいました。推測ですが、映画の製作にあたって、麻薬体験者がアドバイスをしていたのでは。
 ということで、殺したと思ったら実は殺してなかったとか、シャワールームのドアの下から血が流れ出しているのは錯覚だった、とかいうシーンは、ぽん太はあまり怖くありませんでした。壁一面に張られた絵が動いて笑っているように見えるシーンなどは、ちょっと陳腐でがっかりしました。実はぽん太が一番怖かったのは、ニナが遅くまで残って練習している時に、伴奏をしていたピアニストが急に演奏を止めたシーン。ニナが「何で止めたの」と聞くと、「こんな遅くまでやってられるか」みたいなことを言います。なんてことはない普通の会話なんですが、不意打ち、思いがけない拒絶と敵意、取り残されたような不安・恐怖感が感じられ、恐ろしかったです。
 バレエ・シーンには、アメリカン・バレエ・シアターが協力をしているそうな。映画中の『白鳥の湖』の舞台セットがやけに簡素に見えましたが、あんなもんなんでしょうか?もっと豪華にすればいいのに。
 しばらくは、バレエで『白鳥の湖』をみるたんびに、この映画を思い出しそうです。


「ブラック・スワン」(Black Swan)
監督 ダーレン・アロノフスキー
製作年 2010年
製作国 アメリカ

キャスト(役名)
ナタリー・ポートマン(Nina Sayers)
ヴァンサン・カッセル(Thomas Leroy)
ミラ・クニス(Lily)
バーバラ・ハーシー(Erica Sayers)
ウィノナ・ライダー(Beth Macintyre)
バンジャマン・ミルピエ(David)
クセニア・ソロ (Veronica)
クリスティーナ・アナパウ (Galina)
セバスチャン・スタン(Andrew)
トビー・ヘミングウェイ(Tom)

脚本 マーク・ヘイマン
アンドレス・ハインツ
ジョン・マクラフリン
音楽 クリント・マンセル

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2011/06/16

【歌舞伎】なんか覚えてません/2011年5月新橋演舞場昼の部

 遅ればせながら5月の新橋演舞場、昼の部です。公式サイトはこちら
 『敵討天下茶屋聚』はぽん太は初めてでしたが、ホンットにすみません、風邪で体調最悪でぼーっとしていてしっかり観れませんでした。おまけにだいぶ時間がたってしまったので、印象もすっかり薄れてしまいました。
 仇討ち者で悪の二役というと、今年の3月に仁左衛門が国立劇場で演じた『絵本合法衢』を思い出しますが、なんかそっちの方がよかったかな〜。幸四郎演じる巨悪の東間三郎右衛門は仁左衛門の左枝大学之助のゾクゾクするような悪の美学が感じられなかったし、安達元右衛門の滑稽さもいまいちでした。
 四幕目で早瀬伊織が足をやられていざり車に引かれて登場するシーンがありましたが、「四天王寺」とくればいざり車のやつしはお約束なのでしょうか。


新橋演舞場
五月大歌舞伎
平成23年5月
昼の部

一、敵討天下茶屋聚(かたきうちてんがぢゃやむら)

  浮田館
  四天王寺
  東寺貸座敷
  福島天神の森
  天下茶屋聚

      安達元右衛門/東間三郎右衛門  幸四郎
                早瀬伊織  梅 玉
                妻染の井  魁 春
               早瀬源次郎  錦之助
                 妻葉末  高麗蔵
               坂田庄三郎  友右衛門
               岡船岸之頭  桂 三
               田楽師松阿  廣太郎
               田楽師竹阿  廣 松
                 奴腕助  錦 吾
                安達弥助  彌十郎
                京屋萬助  歌 昇
               片桐造酒頭  歌 六
               早瀬玄蕃頭  段四郎
             人形屋幸右衛門  吉右衛門

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2011/06/11

【歌舞伎】『籠釣瓶花街酔醒』の通し。次郎左衛門の病気って何?2011年5月新橋演舞場夜の部

 遅まきながら5月の新橋演舞場の感想です。まずは夜の部から。こちらが公式サイトです。
 メインは『籠釣瓶花街酔醒』の通し。「見染」から「殺し」までは、吉右衛門も含めて何回か観たことがありますが、通しは初めて。歌舞伎でよくあるいくつかの名場面を集めたプログラムは、バレエでいえばガラ公演。「通し」はバレエなら「全幕物」になるでしょうか。ガラでテクニックを楽しむのもいいけど、やっぱり全幕物の感動にはかないません。歌舞伎もなるべく「通し」でやって欲しいというのがぽん太の希望です。ただ通しにすると、どうしても面白みにかける場面が出て来てしまうのですが、今回の『籠釣瓶』の通しでも、そういうところがありました。現代の観客が楽しめる「通し」になるように、脚本や演出をさらに工夫していく必要があるのかもしれません。

 今回の上演は、発端の「お清殺し」から大詰の「大屋根捕物」まで。「お清殺し」は、佐野次郎左衛門の父親の佐野次郎兵衛が、妻のお清(おせい)を斬殺する場面。女郎だったお清は次郎兵衛の女房となりましたが、瘡病を患ったために次郎兵衛に捨てられて、乞食に身を落としております。偶然通りかかった次郎兵衛は、新しい妻とのあいだに子まで儲けております。洗いざらい過去をぶちまけてやるというお清を、次郎兵衛は斬り殺します。
 この父親の因果によって佐野次郎左衛門は醜いあばた顔となり、遊郭で恥をかかされ、女郎を斬り殺すにいたるわけですね。
 ところで、医者のはしくれのぽん太としては、お清と次郎左衛門の病気がなんだったのかが気になります。あばた顔というと天然痘(疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう))が思い浮かびますが、次郎左衛門は天然痘にかかってあばた顔になったのでしょうか。でも以前の筋書きには、次郎左衛門のあばた顔が「生まれつき」だったと書いてあった気がしました。天然痘は生まれつきではありません。父親の因果でによって「生まれつきのあばた顔」になったという話しでしょうか?
 今回の筋書きによれば、お清はもともと女郎でしたが佐野次郎兵衛の女房となり、その後に瘡病となたために次郎兵衛に捨てられたと書いてあります。天然痘は強い感染力を持っているので、かかるなら子供の頃にかかっていそうなもの。
 ちなみに、『籠釣瓶』の初演(明治21年、1888年)の直前の1885年から1887年にかけて天然痘の大流行があり、約3万2千人が亡くなったと、こちらのサイトに書かれています。天然痘の皮疹の写真は、例えばこちらのサイト(誰でも出来る天然痘の診断)にありますが、かなり衝撃的な写真なのでご注意を。治癒後に残った痘痕(あばた)の写真はここには出ておりませんが、こちらのブログ(ヒポクラテスの木)には、幕末の幕府の通訳だった塩田三郎の痘痕顔の写真が出ております(こちらはまあ、普通に見れます)。
 しかし、天然痘にこだわってはいけないのかもしれません。女郎がのちにかかる瘡病といえば、梅毒も考えられます(Wikipedia)。梅毒では第2期に、バラ疹や丘疹性梅毒疹と呼ばれる特徴的な皮疹が現れます。ううう、写真がみつからん。今では抗生物質による治療で治る病気ですから。こちらの中国(?)のサイトに丘疹性梅毒疹の写真がありました(下の方の足のやつ)。なんか『籠釣瓶』の次郎左衛門のあばたのメイキャップは、こっちの方が似ている気がします。ということは次郎左衛門は先天梅毒(メルクマニュアル)か?現代では先天梅毒が治療されずに放置されることはありませんから、先天梅毒がどんな瘢痕を残すのか、あるいは未治療だとどういう経過をたどるのか、ぽん太にはよくわかりません。10年程度で第4期に移行して神経症状が出現し、亡くなってしまうような気がしますが。それで錯乱して百人斬りをしたのかしら?
 なんだか辻褄があいません。いくつかの病気が混ざっている気もします。まあ歌舞伎ですから、医学的に正しい必要性はありませんが。河竹新七の原作は、正確にはどういう表現(言葉)を用いていたのでしょうか。今度調べてみます。

 すっかり話しがそれてしまいましたが、序幕と2幕目で、なぜ次郎左衛門が妖刀籠釣瓶を手に入れたかが明らかになります。また、僧空月が次郎左衛門の相を観て「いったんこうと思い込むと突き進む性格なので、よくよく我慢しなさい」と言います。この言葉が、次郎左衛門の執念深い殺しの場面の、フラグになっているんですね。都築武助が死の床についているのは「病気つながり」か。
 「見染」から「殺し」は何回か観てますが、やはり通しだと、一つひとつが全体のストーリーのなかに収まって、面白さひとしおです。
 「九重部屋」はあまり上演されない珍しい場面だそうですが、縁切りでともすれば悪役っぽく見えてしまう八ッ橋も、実は意外といい娘なんだな〜と思われて、最後に殺される場面での哀れさが増しました。
 最後の「大屋根捕物」は、意外と盛り上がりませんでした。なんせ、ふわりとなでただけで相手がまっぷたつになるという妖刀なので、タテに力が入りません。

 吉右衛門の次郎左衛門、よかったです。執念深さを包み隠して善良そうに魅せておいて最後に……というあたりも見事でした。愛想づかしでお膳を持つ手が震えて食器ががたがたと音を立てるのも、観ていてぐっとつばを飲み込みました。福助も、花魁らしい華やかさと風格がありました。一時の大げさな表情や台詞まわしがなくなって、ホントにすばらしくなってきました。「見染」で花道で微笑む表情が、座席の関係で見れなかったのが残念でしたが、どうだったんでしょう?この芝居一番の悪者というか大バカ者の栄之丞を、梅玉がきざったらしく演じきりました。段四郎の佐野次郎兵衛はお手の物といった感じ。歌江がお清をしっかりと演じてました。二枚目の錦之助は今回はむさ苦しい盗賊役。こういうのもうまい。芝翫が立花屋のお駒で顔を見せました。彌十郎の釣鐘権八もこういうゴロツキは手慣れてます。

 凄惨な話しを観た後、芝雀、錦之助、歌昇の、アヤメを背景にした爽やかな踊りで口直し。


新橋演舞場
五月大歌舞伎
平成23年5月・夜の部

一、籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)

  発端 戸田川原お清殺しの場より
  大詰 立花屋大屋根捕物の場まで

             佐野次郎左衛門  吉右衛門
                 八ツ橋  福 助
              立花屋おきつ  魁 春
                  九重  芝 雀
                下男治六  歌 昇
                盲の文次  錦之助
                  七越  高麗蔵
                腹太弥七  松 江
               禿山の松蔵  種太郎
             初菊/娘お千代  壱太郎
              赤目の卯左吉  種之助
               土竜の石松  米 吉
                  お清  歌 江
               絹商人丈助  桂 三
              絹商人丹兵衛  由次郎
                釣鐘権八  彌十郎
                都築武助  歌 六
              佐野次郎兵衛  段四郎
              立花屋長兵衛  東 蔵
           高松安之進妻おとし  秀太郎
               繁山栄之丞  梅 玉
               立花屋お駒  芝 翫

二、あやめ浴衣(あやめゆかた)
                 若い女  芝 雀
                 若い男  錦之助
                 若い男  歌 昇

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2011/06/04

【歌舞伎】亀治郎の源九郎狐は達者だね/2011年5月明治座昼の部

 今回の公演の公式サイトはこちらです。
 まずは亀治郎の「四の切」。猿之助バージョンで、もちろん宙乗り付き。なんか「四の切」は若手がやったほうが安心して見てられます。以前に菊五郎で観たときは、汗だくでしんどそうで気の毒に思えてしまいました。
 冒頭の佐藤忠信は、さわやかな色男というより、ちょっと無骨に見えてしまいました。源九郎狐になってからは、実に達者でした。海老蔵だと笑いが起きてしまう狐言葉も、上手にこなしてました。身体能力もしばらしく、グランフェッテじゃなくって、クルクル回るヤツも回転が速かったです。ただ、亀治郎は実にうまいんだけれども、うまさがちょっと鼻についてしまって、源九郎狐が両親を思う心情、みたいなところがちょっと弱い気がします。でも、席が2階左袖だったので、目の前を宙乗りの亀治郎が通って行って、楽しかったです。静御前は門之助。席が2階左袖で舞台から少し遠かったので、きれいで可愛く見えました。
 「蝶の道行」は体調不良も重なり、羽ばたく巨大な蝶を見ているうちに催眠術にかけられて意識喪失。妻のにゃん子によると、染五郎も七之助もきれいでなかなかよかったそうです。
 「封印切」は、勘太郎の忠兵衛、七之助の梅川、染五郎の八右衛門という配役で、東京の役者で固めたせいか、大阪風のはんなりした感じに欠けた気がします。染五郎の八右衛門がちっともやなやつに見えませんでした。前に観た三津五郎はホントにイヤな奴でしたが、染五郎と勘太郎だと、なんだか若者が二人でふざけてる感じでした。二百五十両入りの財布をど〜んと置いて、「おお、まだ揺れとる」というところは、大地震の後のためか笑いが起きてました。とうとう封印を切ってしまったあと、身請けを祝う人々のなか、忠兵衛と梅川が死を覚悟して立ち去る辺りのしっとりとした情感は、まだまだ花形では無理か。関西弁ネイティブの吉弥のおえんが流石の演技で、ラストシーン、何も知らずに笑顔で忠兵衛を見送る表情には、涙がこぼれそうになりました。


明治座
五月花形歌舞伎
平成23年5月3日
昼の部

一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
  川連法眼館
   佐藤忠信/忠信実は源九郎狐  市川 亀治郎
             静御前  市川 門之助
            駿河次郎  中村 亀 鶴
            亀井六郎  市川 弘太郎
            川連法眼  市川 寿 猿
             妻飛鳥  上村 吉 弥
         源九郎判官義経  市川 染五郎

  けいせい倭荘子
二、蝶の道行(ちょうのみちゆき)
              助国  市川 染五郎
              小槇  中村 七之助

三、恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)
  封印切
           亀屋忠兵衛  中村 勘太郎
            傾城梅川  中村 七之助
          井筒屋おえん  上村 吉 弥
          槌屋治右衛門  片岡 亀 蔵
         丹波屋八右衛門  市川 染五郎

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2011/06/03

【歌舞伎】「牡丹燈籠」七之助のお峰/2011年5月明治座夜の部

 明治座での歌舞伎公演は16年振りとのこと。明治座の歴史に関しては以前の記事で触れたことがあります。今回の公演の公式サイトはこちら
 夜の部は「牡丹燈籠」の通しから。1幕目は染五郎が伴蔵と新三郎、七之助がお峰とお露ですが、なんかバタバタしていて落ち着きませんでした。特に染五郎の口調がときどき「小劇場風」に聞こえました。
 幸手の荒物屋に舞台が移ってから、お峰の七之助の演技に引き込まれ、俄然面白くなりました。玉三郎から教わったんでしょうか、なかなかよかったです。馬子から夫の浮気を聞き出す部分でのやりとりや、憮然とした表情。昔なじみのお六と会ったときの喜びようや、困った時はなんとか助けてあげたいという気持ち(意外といい人なんだ)、夫に対してすねたり怒ったり再びほだされたりするあたり……。対する染五郎は、なんか軽々として風格がなく、若いチンピラ風に見えてしまうのが残念。やはり、お峰(と観客)を引きつけるような惚れぼれするイイ男でないと。ラストシーンは、前回見た仁左衛門と玉三郎では、伴蔵がお峰を殺す場面を芸で魅せて終わりましたが、さすがに花形歌舞伎では無理。本水を使った演出で盛り上げてくれました。
 吉弥のお国は若々しさには欠けるものの、色気と寂しさが漂って好演。亀鶴も頼りなさがよい。亀蔵の馬子久蔵は至芸。門之助風格あり、萬次郎は一見地味なのにおかしかったです。勘太郎の円朝はきっちり演じてました。
 「高坏」では勘太郎が下駄タップを披露。お父さんに負けずに芸達者ですね。楽しかったです。


明治座
五月花形歌舞伎
平成23年5月

夜の部

通し狂言
一、怪談 牡丹燈籠(ぼたんどうろう)

  大川の船の場より
  幸手堤の場まで

        伴蔵/萩原新三郎  市川 染五郎
           お峰/お露  中村 七之助
          宮野辺源次郎  中村 亀 鶴
              お国  上村 吉 弥
            酌婦お絹  澤村 宗之助
       女中お竹/酌婦お梅  坂東 新 悟
            馬子久蔵  片岡 亀 蔵
          飯島平左衛門  市川 門之助
            乳母お米  市村 萬次郎
        船頭/三遊亭円朝  中村 勘太郎

二、高坏(たかつき)
            次郎冠者  中村 勘太郎
             高足売  中村 亀 鶴
            太郎冠者  澤村 宗之助
             大名某  片岡 亀 蔵

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2011/06/02

【東北】震災後初の東北旅行/出羽屋、松島・塩竈・七ヶ浜

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 ここ数年この時期は、山形県の月山の近くにある出羽屋に、山菜料理を食べに行くのが習いとなっております。今年はどうしようか迷ったのですが、余震や原発もある程度落ち着いているようだし、自粛ばかりでは経済の悪化を来すので、5月下旬、例年どおり出かけることにしました。
 東北道で福島県内に入ると、かなり路面がうねっていて速度規制が行われていましたが、その他は特に地震の被害を感じずに、山形に到着しました。
Img_3799 いつもながら芸術的とさえいえる、出羽屋の山菜料理です。ああ、地震があろうとなかろうと、東北には春がやって来たんだな〜。仲居さんの話しでは、揺れはかなりひどかったですが、大きな被害はなかったそうです。
Img_3813 こちらは朝食です。ちなみにこちらが出羽屋の公式サイトです。公式サイトで販売している『出羽屋の山菜料理』という本に、それぞれの料理の紹介と簡単なレシピが書いてあります。各部屋にも常備してあるので、わからない山菜は調べることができます。

Img_3818 さて翌日、未曾有の大災害の様子をこの目で見たいものの、単なる物見遊山で行くのはあまりにも不謹慎。いつぞやの新聞にも地元の人が「見物して写真だけ撮って帰るバカどもがいる」と怒っているという記事が出てました。先日テレビで、津波に襲われた松島が観光を再開して観光客を心待ちにしていると放送していたので、復興支援を兼ねて行ってみることにしました。仙台南部有料道路を東に進んで行くと、青いビニールシートを屋根にかけた家が目に止まります。仙台若林JCTから三陸縦貫自動車道を北上すると、水田地帯となりますが、津波に洗われた様子で瓦礫が散在し、とうぜん田植えも行われていません。海岸からは3〜4km内陸のはずです。少し南にある仙台空港が津波に襲われた映像は頭に残っています。
 写真は、松島を代表する建築物、重要文化財の五大堂です。建物は損傷してなかったようですが、写真左下に移っているように、灯籠は倒れていました。観光客はまばらでした。
Img_3820 写真は酒屋のむとう屋さん。1階が津波でやられ、2階で仮営業しておりました。1階にあったものは、すべてどこかに流されてしまったそうです。
Img_3868 「日高見 震災復興酒 希望の光」をゲット。使用米は、ひとめぼれ、蔵の華、山田錦、短幹渡舟、山田穂とのこと。やけに多いですね。それもそのはず、このお酒は、震災で生き残ったお酒を、ブレンドして出荷したものだからです。
Img_3870 石巻にある平孝酒造では、地震の揺れで発酵中のお酒がタンクから溢れ出しました。その後ライフラインの寸断によって管理ができず、発酵中のお酒を放置せざるをえませんでした。2週間ほどしてようやくライフラインが普及し、諦めかけていたお酒を飲んでみたところ、とても力強く生命力あふれる味がしたとのことです。ぽん太はまだ飲んでおりませんが、機会を選んでいただきたいと思っております。
Img_3822 松島から先に行くと、石巻など被害が甚大だった地帯となりますが、興味本位で行くのは気が引けるので止めました。酒屋の奥さんの話しでは、塩釜まで下の道も走れるし、寿司屋もやっているとのことなので、丸長寿司(まるちょうずし)に行きました。途中のところどころには、津波によるがれきが見受けられました。お店のあたりは大きな被害はなく、普通に営業しているようでした。とてもおいしいお寿司でしたが、東京から来て寿司を食べていることに罪悪感を感じました。そういうわけで黙々とお寿司をいただいていたのですが、「どこから来たんですか」という大将の問いかけに「東京から」と答えると、大将や板さんが、いかに地震や津波の被害がひどかったかを、堰を切ったように語り始めました。
Img_3823 家をなぎ倒して行くような強い津波はこなかったものの、このあたりもかなり浸水したそうです。店の外に水の跡がついておりますが、この線よりもさらに1〜2メートル高かったそうです。もともとこのあたりは低地で浸水の被害が多かったので、店を建て替えるときに、地面から階段を上ったところに床があるようにしたのですが、それでも店の床から70〜80センチの所まで水が来たそうです。店内のその高さの所に、テープが張ってありました。
 大将や板さんの言うには、ぜひこの大災害のありさまを実際に見て、目に焼き付けていって欲しい、家族や友人に語り継ぎ、決して忘れないで欲しいとのことでした。地元の人たちは、震災を体験していないよそ者に、地震の話しなどしたくないのではないかとぽん太は思っていたのですが、実際はむしろ反対で、彼らは自分たちの恐ろしい体験を、それを知らない人にぜひ伝えたいと願っているようでした。塩釜の南にある半島状の七ヶ浜町が、集落ごと津波に持ってかれるような被害に遭っているので見て行くようにと、地図まで持ってきて道を教えてくれました。「こうやって店を開いていられるだけ幸せだ」という大将の言葉の裏には、今回の震災で亡くなったり家や店を破壊された人たちへの深い思いが感じられました。
Img_3839 ということで七ヶ浜町を見て行くことにしたのですが、その前に塩釜神社塩釜神社にお参りし、亡くなられた方々のご冥福と、被災者の方々の少しでも早い復興をお祈りしました。
Img_3837 5月も下旬というのに、まだ桜が咲いてました。縦皺が入った沢山の花びらがある、不思議なサクラです。「鹽竈神社の鹽竃桜」(しおがまじんじゃのしおがまざくら)といって、国の天然記念物に指定されているそうです。
Img_3824 塩釜神社の近くには、「浦霞」の醸造元の株式会社佐浦がありました。土蔵の壁が崩れ落ちていました。お酒もだいぶ被害にあったそうです。
Img_3854 七ヶ浜町から北側を見た風景です。砂浜に無惨にもコンテナが打ち寄せられています。彼方には松島方面の美しい島々が見えます。
Img_3855 半島の東側に来ると、ショッキングな風景が目に入ります。町ごと津波に押し流された状態で、テレビでは何度も映像を見ておりますが、実際に見ると言葉が出ません。
Img_3862 冒頭の船の写真もそうですが、津波のパワーと破壊力には驚くばかりです。
Img_3867 感想は……ありません。唯ただ目の前の光景を記憶に焼き付けました。

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