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2011/06/02

【東北】震災後初の東北旅行/出羽屋、松島・塩竈・七ヶ浜

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 ここ数年この時期は、山形県の月山の近くにある出羽屋に、山菜料理を食べに行くのが習いとなっております。今年はどうしようか迷ったのですが、余震や原発もある程度落ち着いているようだし、自粛ばかりでは経済の悪化を来すので、5月下旬、例年どおり出かけることにしました。
 東北道で福島県内に入ると、かなり路面がうねっていて速度規制が行われていましたが、その他は特に地震の被害を感じずに、山形に到着しました。
Img_3799 いつもながら芸術的とさえいえる、出羽屋の山菜料理です。ああ、地震があろうとなかろうと、東北には春がやって来たんだな〜。仲居さんの話しでは、揺れはかなりひどかったですが、大きな被害はなかったそうです。
Img_3813 こちらは朝食です。ちなみにこちらが出羽屋の公式サイトです。公式サイトで販売している『出羽屋の山菜料理』という本に、それぞれの料理の紹介と簡単なレシピが書いてあります。各部屋にも常備してあるので、わからない山菜は調べることができます。

Img_3818 さて翌日、未曾有の大災害の様子をこの目で見たいものの、単なる物見遊山で行くのはあまりにも不謹慎。いつぞやの新聞にも地元の人が「見物して写真だけ撮って帰るバカどもがいる」と怒っているという記事が出てました。先日テレビで、津波に襲われた松島が観光を再開して観光客を心待ちにしていると放送していたので、復興支援を兼ねて行ってみることにしました。仙台南部有料道路を東に進んで行くと、青いビニールシートを屋根にかけた家が目に止まります。仙台若林JCTから三陸縦貫自動車道を北上すると、水田地帯となりますが、津波に洗われた様子で瓦礫が散在し、とうぜん田植えも行われていません。海岸からは3〜4km内陸のはずです。少し南にある仙台空港が津波に襲われた映像は頭に残っています。
 写真は、松島を代表する建築物、重要文化財の五大堂です。建物は損傷してなかったようですが、写真左下に移っているように、灯籠は倒れていました。観光客はまばらでした。
Img_3820 写真は酒屋のむとう屋さん。1階が津波でやられ、2階で仮営業しておりました。1階にあったものは、すべてどこかに流されてしまったそうです。
Img_3868 「日高見 震災復興酒 希望の光」をゲット。使用米は、ひとめぼれ、蔵の華、山田錦、短幹渡舟、山田穂とのこと。やけに多いですね。それもそのはず、このお酒は、震災で生き残ったお酒を、ブレンドして出荷したものだからです。
Img_3870 石巻にある平孝酒造では、地震の揺れで発酵中のお酒がタンクから溢れ出しました。その後ライフラインの寸断によって管理ができず、発酵中のお酒を放置せざるをえませんでした。2週間ほどしてようやくライフラインが普及し、諦めかけていたお酒を飲んでみたところ、とても力強く生命力あふれる味がしたとのことです。ぽん太はまだ飲んでおりませんが、機会を選んでいただきたいと思っております。
Img_3822 松島から先に行くと、石巻など被害が甚大だった地帯となりますが、興味本位で行くのは気が引けるので止めました。酒屋の奥さんの話しでは、塩釜まで下の道も走れるし、寿司屋もやっているとのことなので、丸長寿司(まるちょうずし)に行きました。途中のところどころには、津波によるがれきが見受けられました。お店のあたりは大きな被害はなく、普通に営業しているようでした。とてもおいしいお寿司でしたが、東京から来て寿司を食べていることに罪悪感を感じました。そういうわけで黙々とお寿司をいただいていたのですが、「どこから来たんですか」という大将の問いかけに「東京から」と答えると、大将や板さんが、いかに地震や津波の被害がひどかったかを、堰を切ったように語り始めました。
Img_3823 家をなぎ倒して行くような強い津波はこなかったものの、このあたりもかなり浸水したそうです。店の外に水の跡がついておりますが、この線よりもさらに1〜2メートル高かったそうです。もともとこのあたりは低地で浸水の被害が多かったので、店を建て替えるときに、地面から階段を上ったところに床があるようにしたのですが、それでも店の床から70〜80センチの所まで水が来たそうです。店内のその高さの所に、テープが張ってありました。
 大将や板さんの言うには、ぜひこの大災害のありさまを実際に見て、目に焼き付けていって欲しい、家族や友人に語り継ぎ、決して忘れないで欲しいとのことでした。地元の人たちは、震災を体験していないよそ者に、地震の話しなどしたくないのではないかとぽん太は思っていたのですが、実際はむしろ反対で、彼らは自分たちの恐ろしい体験を、それを知らない人にぜひ伝えたいと願っているようでした。塩釜の南にある半島状の七ヶ浜町が、集落ごと津波に持ってかれるような被害に遭っているので見て行くようにと、地図まで持ってきて道を教えてくれました。「こうやって店を開いていられるだけ幸せだ」という大将の言葉の裏には、今回の震災で亡くなったり家や店を破壊された人たちへの深い思いが感じられました。
Img_3839 ということで七ヶ浜町を見て行くことにしたのですが、その前に塩釜神社塩釜神社にお参りし、亡くなられた方々のご冥福と、被災者の方々の少しでも早い復興をお祈りしました。
Img_3837 5月も下旬というのに、まだ桜が咲いてました。縦皺が入った沢山の花びらがある、不思議なサクラです。「鹽竈神社の鹽竃桜」(しおがまじんじゃのしおがまざくら)といって、国の天然記念物に指定されているそうです。
Img_3824 塩釜神社の近くには、「浦霞」の醸造元の株式会社佐浦がありました。土蔵の壁が崩れ落ちていました。お酒もだいぶ被害にあったそうです。
Img_3854 七ヶ浜町から北側を見た風景です。砂浜に無惨にもコンテナが打ち寄せられています。彼方には松島方面の美しい島々が見えます。
Img_3855 半島の東側に来ると、ショッキングな風景が目に入ります。町ごと津波に押し流された状態で、テレビでは何度も映像を見ておりますが、実際に見ると言葉が出ません。
Img_3862 冒頭の船の写真もそうですが、津波のパワーと破壊力には驚くばかりです。
Img_3867 感想は……ありません。唯ただ目の前の光景を記憶に焼き付けました。

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