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2011年9月の16件の記事

2011/09/17

【温泉】「秘湯」というには良すぎます!笹倉温泉(★★★)

Img_4122 6月下旬、上越観光を楽しんだぽん太とにゃん子が泊まったのは、笹倉温泉龍雲荘です。こちらが宿の公式ホームページです。日本海に面する糸魚川のやや東を、南に入って行ったところにあります。火打山や焼山の北側の山麓に位置し、美しい自然に囲まれています。
Img_4146 こちらが宿の外観です。この宿は日本秘湯を守る会に所属していますが、秘湯とは思えないような、ホテル風のモダンで立派な建物です。
Img_4127 こちらが客室です。広くて新しい和室です。
Img_4128 さらにもう一部屋あって、ベッドルームとなっております。こいつは贅沢。ぽん太とにゃん子には高級すぎます。
Img_4118 お風呂は三カ所にあり、それぞれ別の源泉が引かれています。まず冒頭の写真のお風呂、千寿の湯の露天風呂です。岩風呂風の浴槽と、木をふんだんに使った浴室が心地よく、半露天風呂になってます。そして外には、写真の陶器製の壷風呂があります。透明のお湯に、灰白色の湯の花が舞います。香りや味はしません。pH8.2とのことで、とてもすべすべします。
Img_4143 こちらがもう一つのお湯「龍雲の湯」です。こちらは近代的な広々とした浴室になっております。
Img_4142 露天風呂がついております。
Img_4124 これが三番目の浴室。小さくて少しひなびた感じのする浴槽ですが、実はこの浴槽こそが源泉掛け流しになっております。褐色の湯の花が舞い、すべすべ度が他の二つの湯とは異なります。泉質はナトリウムー炭酸水素塩・塩化物泉。炭酸水素イオンが多いことが、すべすべの理由だそうです。
Img_4129 いよいよ夕食です。一見、普通のホテルの会席料理に見えますが、実はいろいろと凝ってます。写真左上の鍋はその名も「翡翠鍋」。もちろん糸魚川が翡翠の産地であることにちなんだネーミングでしょうけど、ずんだ(枝豆をすりつぶしたもの)の味付けがおいしいです。
Img_4131 こちらは「山芋蒲焼」。うなぎのような感じに成形されてますが、山芋でできているヘルシーなお料理です。
Img_4132 「変わり和風春巻」。周りの皮がおいしかったです。他にもデザートのトウモロコシのプリンなど、一つひとつ手が込んでいて、工夫が感じられました。
Img_4141 こちらは朝食ですが、温泉粥や干物が美味でした。山のなかの宿ですが、よく考えれば日本海が近いので、夕食も含めてお魚もおいしかったです。
 実はこの温泉旅館の親会社は、糸魚川市や長野県小谷村に水力発電所を持つ電力会社だそうで、昔はそこで働いている人のために入浴施設を作ったのだそうです。それを近年一般の人に開放し、温泉旅館となったのだそうです。水力発電所を見学するツアーも、あらかじめ予約しておくと可能だそうです。
 とても快適な宿で、普通に評価すると4点は固いのですが、「ひなびた秘湯」を愛するぽん太の個人的な好みからは減点1となり、ぽん太の評価は3点。う〜ん、残念だが良すぎる。

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2011/09/16

【歴史】三重塔が美しい五智国分寺、謙信ゆかりの春日山城跡

Img_4074 次にぽん太とにゃん子が訪れたのは、上越市の五智国分寺です。こちらが公式サイトです。実はむかし訪れたことがあるはずなのですが、よく覚えてません。
Img_4069 国分寺は、もともとは聖武天皇が日本全国に建立したものですが、越後国分寺が当時どこにあったのかは、諸説があってわからないそうです。現在の五智国分寺は、永禄5年(1562年)に上杉謙信によって再興されました。何度か火災にあっており、現存の三重塔(上の写真)は、安政3年(1856年)に着工したものだそうです。
Img_4073 芭蕉の句碑です。写真では読みづらいですが、「薬欄にいづれの花をくさ枕」という句が刻まれています。案内板によると、元禄2年(1689年)に始まったおくの細道の旅の途中、旧暦7月8日に高田の医師細川春庵を訪れた時に作った句だそうですが、いわゆる『おくの細道』には収録されていません。またこの句碑は、明和7年(1770年)に建てられてそうです。
Img_4078 世界初のステンレス製の梵鐘です。案内板には「不銹の鐘」と銘打ってあります。「ふしゅうのかね」と読むのでしょうか。読んで字のごとく「さびない」という意味ですね。平成9年に住友金属工業株式会社、直江津製造所が寄進したものだそうです。
 また、国分寺の境内に、流罪になった親鸞が住んでいた「竹ノ内草庵」があったそうです。承元元年(1207年)、法然は土佐に流され、また親鸞は還俗のうえ越後に流罪となりました。親鸞はこの庵に約1年間住んでいたのだそうです。

Img_4092 次に訪れたのは上杉謙信の居城として有名な春日山城址です。上越市ホームページにリンクしておきます。まずは春日山神社にお参り。
Img_4091 神社の境内に、なんと上杉おもてなし武将隊が出陣しておりました。さまざまなパフォーマンスで楽しませてくれました。本日の武将は上杉景虎です。上杉信玄の養子で、武将でありながら歌舞音曲に優れ、関東一の美貌を誇りましたが、謙信の死後に上杉景勝との跡目争いに敗れ、自害しました。
Img_4095 前回来た時は、春日山神社だけ観て帰ったのですが、今回は時間もあるし、運動不足解消もかねて、城跡も見学することにいたしました。すごい絶壁ですが、この上に天守閣があったのです。上まで登らなくてはなりません。ぽん太が城跡を訪ねた時に必ず参考にするサイト「埋もれた古城」にリンクしておきます。とっても詳しいです。
Img_4103 途中さまざまな遺構を見学しながら、いよいよ天守閣跡へ。南の方角を望みます。遥かかなたに宿敵武田信玄の領地である甲斐があります。
Img_4110 上杉謙信と言えば毘沙門天信仰が有名ですね。こちらが護摩堂跡です。
Img_4114 こちらが再建された毘沙門堂。
Img_4113 内部には毘沙門天像が安置されていますが、もちろん本物ではありません。本物は、上杉景勝の移封に伴って米沢に移り、現在は米沢の法音寺(こちらが公式サイト)にあるようです。う〜ん、ぽん太は米沢は何回か行ってるのに、ここは訪れたことがありませんでした。次の機会があったらみちくさしてみます。
 で、この毘沙門堂にあるのは単なるレプリカかというとそうでもなくて、本物の像を昭和3年に高村光雲が修復したのだそうですが、その際に本物の像の欠け損じを体内に入れて作った御分身が、この像なのだそうです。この御分身が完成したのは昭和5年、上越市(当時は春日村)に寄贈され、翌昭和6年にこの毘沙門堂が作られ、安置されたそうです。
Img_4116 こちらは直江屋敷跡。大河ドラマ『天地人』で妻夫木聡が演じて有名ですね。

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2011/09/15

【温泉】樺太館(★★★)・岡倉天心堂・関川の関所・日本スキー発祥記念館

Img_4033 6月下旬、小楢山に登ったぽん太とにゃん子は、中央道から長野自動車道に入って北上し、新潟県は妙高山の中腹にある、燕温泉の樺太館に泊まりました。実は今年の2月頃に泊まろうと思って一度電話したのですが、雪が多くて営業をしておらず、今回が雪辱戦(雪だけに)でした。宿の公式サイトは見つからないので、日本秘湯を守る会の紹介ページにリンクしておきます。このページの地図では、妙高山の南西にあるように描いてありますが、実際は東側のやや北になります。このあたりにはいくつものスキー場がありますが、燕温泉はそのどん詰まりにあり、山深く落ち着いた感じの温泉街です。
Img_4054 こちらが樺太館の外観です。ロッジ風の建物です。
Img_4052 窓から東の方角をのぞいたところ。晴れた日には美しい緑の向こうに、遠く苗場山なども見えるそうですが、本日はあいにくの曇り空です。客室は普通のこぎれいな和室です。
Img_4036 温泉は、冒頭の写真とあわせてご覧下さい。「温泉力」十分です。白濁して硫黄の香りがし、白い湯の花が舞います。H2Sかと思われるアブラのような香りもあります。もちろん源泉掛け流しで、注ぎ口からとうとうとお湯が流れ込みます。泉質は含硫黄-カルシウム・ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物泉。浴室は新しく、清潔で明るい感じです。露天風呂がないのが残念。
Img_4042 夕食は食堂でいただきます。品数が多いのがうれしいですが、量はほどほどでヘルシーです。キクや生のウドやがおいしく、ニジマスの木の芽焼き、山菜のてんぷら、茶碗蒸しも山菜で、山の幸満載です。ナラタケのお味噌汁も美味しゅうございました。
Img_4045 こちらが朝食です。やっぱり山の幸がおいしゅうございました。
 宿のご夫婦も優しい感じで、温泉力もあり、山深く静かな環境でとても落ち着きますが、いまひとつ特徴に欠けるため、ぽん太の評価はやや良しの3点です(ちなみにぽん太の尺度は「普通」が2点)。

Img_4063 通りがかりに、「岡倉天心堂」という看板があったので、寄ってみました。場所はここです。岡倉天心(1863年 - 1913年)は、明治期に美術の分野で活躍したひとですね。
Img_4061 霊廟のような建物があり、周囲にいくつか石碑があります。建物のなかには、岡倉天心と思われる像が安置されておりました。
 案内板によれば、1906年(明治39年)妙高高原を訪れた天心はこの地をたいそう気に入り、その年に山荘を建てて夏の間ここですごすようになりました。天心が亡くなったのは1913年(大正2年)でしたが、息を引き取ったのがこの場所だったそうです。
Img_4065 翌1914年(大正3年)、天心を忍ぶ人たちによって、分骨墓所が設けられ、「天心岡倉先生終焉の地」の石碑が建てられたそうです。それがこの写真でしょうか?
 下って1958年(昭和33年)、「赤倉天心会」によって、六角天心堂が建てられたそうです。これが上の写真のお堂でしょうか。
 さらに1990年(平成2年)に墓所が「再発見」されたと書いてありました。このお墓は、草に埋もれて所在不明になっていたのでしょうか?ぽん太にはよくわかりません。
 でもぐぐってみると、岡倉天心の墓や六角堂って、あちこちにあるみたいですね。

Img_4067 続いて訪れたのが「関川の関所」です。妙高市の公式サイトにリンクしておきます。北国街道の関所の跡だそうですが、佐渡の金を江戸へ運ぶ道であったため、重要な関所だったそうです。写真の奥にあるのが復元された御番所の建物。手前は「きんさん、ぎんさん」の像です。何で「きんさん、ぎんさん」?案内板によれば、関所に続く関川にかかる橋を改修した際に、佐渡の金銀にちなんで、「きんさん、ぎんさん」の銅像を建てたのだそうです。
P6230116 こちらは「日本スキー発祥記念館」。日本のスキーは、1911年(明治44年)にレルヒ少佐によってここ金谷山において幕を開けたのだそうです。上越市ホームページにリンクしておきます。記念館の案内だけでなく、スキー発祥の事情や、レルヒ少佐に関する情報も豊富で、なかなか充実しております。

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2011/09/14

【登山】レンゲツツジ満開の小楢山

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 梅雨の晴れ間を利用して、レンゲツツジが咲き乱れるという山梨県の小楢山に行ってきました。「梅雨の晴れ間」と言っても、とても暑い日で、汗だくになりました。

【山域】奥秩父
【山名】小楢山1712.5m、大沢山1673m
【日程】2011年6月22日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】晴れ
【ルート】焼山峠(10:38)…小楢山(11:41)…幕岩(12:07)(昼食)…大沢山(12:40)…焼山峠(13:34)

(※大きい地図や3Dグラフは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】焼山峠へ行く道は、(1)県道206号で西へ向かい、富士見フィッシングセンターから入る道と、(2)県道219号を北上して、琴川ダムのところから南に下がって来る道があります。ぽん太は行きは(1)、帰りは(2)を通りましたが、(2)の方がダムのところまで道が整備されているぶん、走りやすいと思います。焼山峠には20台くらい止められるロータリー状の駐車場があります。

Img_3987 焼山峠からの登り口がわかりにくいですが、子授地蔵を左に見ながら歩いていくとご記憶下さい。
Img_3986 子授地蔵のいわれは、こちらの案内板に書かれています。
Img_3990 登山道は、登ったり降りたり、緩やかに起伏しながら水平に移動していく感じです。樹々の緑が美しいです。途中で道が旧道と新道に別れているのですが、ぽん太とにゃん子は行きは旧道、帰りは新道を通りました。新道は尾根通しの防火帯をジグザクに登っていく道、旧道は巻き道のようです。
Img_4026 二つの道は、的岩のあたりで合流します。樹が邪魔してわかりにくいですが、弓道の的のような、丸くて薄っぺらい岩です。
Img_4000 やがて頂上に近づくと、見えてきました見えてきました、あちこちにレンゲツツジが咲いています。あと一週間もしないで満開になるという感じで、まだちょっとつぼみがありましたが、なかなかきれいでした。
Img_4015 山頂からは、少し霞んだ版画のような富士山が見えました。
Img_4016 山頂は団体さんで賑わっていたので、そのまま幕岩に向かいました。どこから取り付くのかと思いましたが、一条の鎖が下がっておりました。間違えて違うところから登ろうとしていた登山者もいたので、ご注意下さい。
Img_4017 こちらが幕岩のてっぺんです。360度展望が開けて、ちょっと自分が偉くなった気分がします。
Img_4023 写真は北側の展望。甲武信岳から金峰山(向かって左のピークに、ちょこっと五丈岩が見えます。
 なんでもこの山は、かつて夢窓国師が修行の場とした所だそうです。レンゲツツジがいつの頃からあったのかはわかりませんが、美しい雑木林に覆われお椀を伏せたような優雅な山頂と、深山幽谷の趣きあふれる幕岩付近の風情をみると、その言い伝えも十分うなづけます。

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2011/09/13

【登山】唐沢鉱泉から天狗岳

 唐沢鉱泉でくつろいだぽん太とにゃん子、翌日も天気がなんとかもちそうだったので、せっかくなので天狗岳に登ってきました。

【山域】八ヶ岳
【山名】天狗岳2645.8m
【日程】2011年6月9日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り
【ルート】唐沢鉱泉(7:47)…天狗岳(西天狗)(10:41)…東天狗(11:04)……中山峠…唐沢鉱泉(13:54)

(※大きい地図や3Dグラフは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】唐沢鉱泉までの道は途中から未舗装だが、砂利が敷かれた平らで幅広い道なので問題ない。ぽん太は唐沢鉱泉に泊まったので宿の駐車場を利用しました。道路脇に20台ほど停められる駐車場もあります。

Img_3979 唐沢鉱泉から天狗岳まではひと登り。あいにく雲がかかっていて展望はありませんでした。東天狗から黒百合ヒュッテへの道は、以前に天狗の奥庭を通る道を歩いたことがあるので、今回は尾根通しに中山峠を経由する道を取りました。途中で少しガスが晴れて、稲子岳の荒々しい岩壁が見えました。


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2011/09/12

【温泉】シュワシュワの炭酸泉・唐沢鉱泉(★★★)

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 横岳でツクモグサを見てきたぽん太とにゃん子は、桜平から車で下り、分岐から今度は左の道を登って、唐沢鉱泉に宿を借りました。こちらが公式ホームページです。道は途中から未舗装になりますが、砂利が敷き詰められた平らな道で、幅もひろく、まったく問題はありません。
Img_3948 こちらが宿の外観です。ロッジ風の立派な建物です。八ヶ岳の美しい林に囲まれ、前を清流が流れており、周囲の景観も見事です。
Img_3967 室内にはドライフラワーが一面に飾られています。三井の森のゴルフ場近くの「蓼科三井の森売店」で販売しているそうです。
Img_3952 客室は普通に落ち着く和室です。
Img_3957 お風呂は冒頭の写真をご覧下さい。お湯は透明で臭いもありませんが、飲んでみるとシュワシュワと炭酸味がします。この炭酸がここのお湯の特徴。入っていると、身体に泡が着いてきます。成分表を見ると、溶存ガス成分で遊離二酸化炭素が1012mg/kg。これはなかなかのものです。ちなみにこれまでぽん太が入浴した温泉の中では、第一位が釜沼温泉大喜泉の1774mg/kg、第二位が八ヶ岳の反対側に位置する稲子湯旅館の1094mg/kg。この唐沢鉱泉は堂々の第三位です。泉質は、単純二酸化炭素冷鉱泉。泉温は10度と冷たいので循環加熱をしておりますが、源泉掛け流しのようです。
 浴室は、使い込まれたヒバの床に味わいがあり、岩や植物が山の雰囲気を高めています。
Img_3962Img_3963Img_3964 こちらが夕食です。山の素材を使った美味しい郷土料理です。
Img_3966 こちらが朝食でございます。
Img_3983 宿の裏手にはヒカリゴケが自生しております。泊まったらぜひご覧下さい。
 炭酸が強いお湯の温泉力はなかなかですが、建物と食事が普通なので、ぽん太の評価は3点です。ただ周囲の自然はすばらしく、八ヶ岳の登山基地としても利用価値大です。

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2011/09/11

【登山】八ヶ岳の横岳にツクモグサを見に行く

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 6月だ!八ヶ岳だ!ツクモグサだ!
 前回の記事の通り、前から来たかった夏沢鉱泉に泊まったぽん太とにゃん子ですが、小屋でツクモグサが咲き始めているという情報を得、また梅雨の時期ながら天気が持ちそうだったので、居ても立ってもいられなくなり横岳まで往復することにしました。

【山域】八ヶ岳
【山名】硫黄岳2760m、横岳2829m
【日程】2011年6月7日〜6月8日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】(6/7)曇り、(6/8)曇り時々晴れ
【ルート】(6/7)桜平駐車場(14:10)…夏沢鉱泉(14:55)(泊)
(6/8)夏沢鉱泉(6:47)…オーレン小屋…赤岩ノ頭…硫黄岳(9:05)…横岳(10:13)…峰の松目(13:14)…オーレン小屋…桜平駐車場(14:59)

(※大きい地図や3Dグラフは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】桜平までの道は未舗装で、すれ違い困難なところも多いが、一般の乗用車で侵入可能。桜平らには広い駐車スペースあり。

Img_3912 夏沢鉱泉に泊まったとこまでは、前回の記事をご覧下さい。オーレン小屋から道を右に折れ、赤岩ノ頭に向かう道を取りました。曲がってすぐ、オーレン小屋のキャンプ場のところでカモシカ君と接近遭遇。人に慣れているみたいですね。
Img_3921 天気は曇りでしたが、硫黄岳に着いた頃に晴れ間が出て、展望が開けました。
Img_3928 横岳のいつものあたりに、咲いてました、咲いてました。ふさふさした毛が可愛らしいですね。数はまだ多くなかったですが。
Img_3937 崖の上に立ち、遥か眼下を見渡しながら、鳴き声で自らを知らしめるイワヒバリ。
Img_3943 帰り道で「峰の松目」を経由することにしました。へんな名前です。ぽん太の古い(1995年版)地図には道が(点線ですら)書かれていませんが、にゃん子の地図にははっきりと道が書いてあります。
 ん?なんだろう。地味な花だけど、初めて見たな。帰ってから図鑑で調べてもなかなか見つかりませんが、ようやくありました。「オウレン」(あるいはセリバオウレン)です。よくある花のようですが、花期が3〜5月なので、これまで見かけなかったのかもしれません。
Img_3944 峰の松目への道は、しっかりしていて、まったく危険はありません。しかし山頂はご覧のように樹に覆われていて展望もなく、特に感動のない峰です。まあ、「行った」というだけか……。
Img_3946 峰の松目からオーレン小屋に下る道は、通る人が少ないせいか、雪が多くて難渋しました。というか中途半端にゆるみかけているので、ずぼずぼと足がもぐり、うっかりすると踏み抜いて太腿まで入ってしまいます。見ると誰かの足跡が続いているのですが、なんか変だな〜。やけに細いし。よく見ると蹄の跡があります。カモシカ君が歩いたんですね。
 普段使わない筋肉を使って、とても疲れましたが、梅雨の時期に雨に降られずツクモグサを見れてよかったです。

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2011/09/10

【歩かないと行けない温泉(4)】八ヶ岳の夏沢鉱泉(歩行時間45分)(★★★★)・手打蕎麦「眞」【蕎麦】

Img_3904 久々の歩かないと行けない温泉シリーズ。6月上旬、前から一度行きたいと思っていた八ヶ岳山麓の夏沢鉱泉に泊まりました。その前に、お蕎麦屋さんを一軒ご紹介。

Img_3878 中央道の小淵沢インターの近くにある手打蕎麦「眞」さんです。こちらがホームページでしょうか。「しん」と呼ぶのか「まこと」と呼ぶのかネットでも意見が割れてるようですが、富士見町公式ホームページで「しん」と書いているので、そちらが正しいようです。
Img_3874 八ヶ岳の美しい自然に囲まれた、和モダンの店内です。
Img_3872 突出しは葱坊主の酢みそ和え。ぽん太は初めてネギボウズを食しましたが、おいしゅうございました。
Img_3875 こちらが「もり」。細打の麺で、ふんわりした柔らかい食感です。おつゆは甘くて濃いめ。蕎麦の香りはそんなに強くないので、つゆをたっぷりつけて食べると美味しいです。薬味がネギと大根おろしで、ワサビがないのが面白いですね。食器も味わいがあります。

Img_3896 さて、次は夏沢鉱泉のご紹介。こちらが公式サイトです。八ヶ岳の西側、フォレストカントリークラブ三井の森の横を通り越して、どんどん登っていきます。やがて道が二つに別れているので、右側の未舗装の道に入っていきます。砂利道で、すれ違いができないくらい細い道が続きますが、一般の乗用車でも大丈夫です。終点の桜平に駐車スペースがありますので、他の車の邪魔にならないように上手に止めましょう。そこから歩くことになりますが、一般車は進入できませんが宿の車は入って来る道なので、広くてなだらかです。ぽん太の古い登山地図(1995年版)では、歩行時間1時間10分となっておりましたが、その頃よりも車が奥まで入れるようになっているようで、実際の歩行時間は45分程度でした。ですから、登山経験がない人でも大丈夫でしょう。
Img_3892 写真が夏沢鉱泉の建物です。けっこう新しくてきれいです。太陽光発電の青いパネルが壁に貼られ、屋根の上には風力発電。また、前を流れる沢の水を利用して水力発電を行っているため、電力はかなり豊富なようです。普通の山小屋のように夜になって自家発電機が止まると真っ暗闇になる、というようなことはありません。
Img_3897 こちらが客室です。実は本日は、ぽん太とにゃん子だけの貸し切り。二方向に窓がある明るい角部屋に案内していただけました。寝具も立派で、山小屋とは思えません。数人ずつの小部屋に別れており、原則として知らない人どうしが相部屋になることはないようです。ということで、宿泊には予約が必要ですのでお忘れなく。それから山小屋ですから、もちろんのこと、浴衣や手ぬぐいはありませんのでご注意を。
Img_3903 さて、いよいよお風呂。冒頭の写真をご覧下さい。男女別の内湯になっております。木製の浴室や浴槽の使い込まれた雰囲気がいいです。お湯は茶色く濁っていて、鉄味がします。泉温が5.6度(!)なので、もちろん加熱しております。加熱のためのボイラーも備わっておりますが、写真は、豊富な電力(電気は貯めておけないですからね)を利用した電気式の加熱装置です。なんかエレキテールな感じがします。石けんやシャンプーも使用できます。ついでに言うと、トイレもなんと水洗式です。
Img_3908 こちらが夕食です。山小屋とは思えないくらい豪華です。品数も多く、手が込んでいてい、味付けも美味しかったです。
Img_3910 こちらが朝食。ポテトサラダの小鉢があったり、ラディッシュが添えてあったりと、山小屋としてはなかなかのものです。さて、駐車場までの下りは30分程度ですが、ぽん太とにゃん子はツクモグサを見に横岳に登ることにしました。そのご報告は次回で……。
 鉱泉ながら茶色く濁ったお湯の温泉力が高く、山小屋とは思えない快適なアメニティ、おいしい食事と、ぽん太の評価は4点です。特にこんかい小屋番をしていたお姉さんが、汗をかきながら山小屋に到着したぽん太たちにお茶を出してくれたり、手の込んだ美味しい食事を作ってくれたりし、話しもおもしろく、心遣いが細やかで、今回の旅をとてもいいものにしてくれました。ありがとうございました。

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2011/09/09

【歌舞伎】芝翫休演、又五郎の足は?2011年9月新橋演舞場・夜の部

 今年の九月の歌舞伎は、三代目中村又五郎と、四代目中村歌昇の襲名披露つき。二代目又五郎の最後の舞台出演は2006年4月だったそうなので、残念ながら最近歌舞伎を観るようになったぽん太は、舞台を観る機会はありませんでした。
 『沓手鳥孤城落月』は、大阪城の落城を描いた、坪内逍遥の新史劇。なんといっても淀君の錯乱が見物ですね。あゝ、大河ドラマの宮沢りえちゃんも、あんなになってしまうのでしょうか……。はたして淀君が錯乱したというのは史実なのかどうか?ぽん太はよくわかりません。
 二の丸の若武者は、福助の息子の児太郎。タテの間合いが合ってない感じでした。
 場内になって、いよいよ芝翫が登場。腰元に介抱されていた淀君が立ち上がって演技を始めます。三階席で観ていたぽん太は、芝翫って、こうして見ると福助に似てるな〜。さすが親子、などと思っていたら、台詞を言い始めたら福助じゃん!! 芝翫は病気で本日は休演だったそうです。しかし福助の淀君も悪くはなく、特に内膳に言いよるあたりの凄まじさは福助ならではでした。又五郎が秀頼。
 口上では、芝翫が急に休演となったために代わりに仕切ることになった吉右衛門が言葉がつまったりして、笑いを取ってました。
 『車引』は、又五郎の梅王丸。なかなか迫力がありましたが、足を痛めたのでしょうか、歩くときびっこを引いていて、また見得でも足をやんわりと置いてました。藤十郎の桜丸は色気と柔らかさが絶品でした。80代のおじさんが芸の力で美男の若侍に見えてくるのが、まさに歌舞伎マジック。今回は特に上から見ていたのでアゴたるみが見えず、本当に美しかったです。なんでも珍しい上方の型だそうですが、細かい違いはぽん太にはよくわかりませんでした。吉右衛門の松王丸も迫力がありました。歌昇の杉王丸も気合いが入ってました。
 『石川五右衛門』は、染五郎が五右衛門役。身体の線の細さが気にならず、大きさが演技で出せるようになってきたようで、なかなか迫力があってよかったです。松緑も、こうした時代物は悪くありません。ただ節電のせいか三階席はけっこう暑く、なんだか眠くなって舞台に集中できなかったのが残念です。


新橋演舞場
秀山祭九月大歌舞伎
中村歌 昇改め 三代目 中村又五郎襲名披露
中村種太郎改め 四代目 中村歌昇襲名披露
平成23年9月7日
夜の部

一、沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)

  二の丸乱戦の場
  城内山里糒庫の場
                  淀君       芝 翫
                豊臣秀頼  歌 昇改め又五郎
                  千姫       芝 雀
              大住与左衛門       錦之助
                石川銀八       児太郎
                大蔵の局       吉 弥
                 正栄尼       東 蔵
              大野修理之亮       梅 玉
                氏家内膳       吉右衛門

二、三代目 中村又五郎襲名披露
  四代目 中村歌昇襲名披露  襲名披露 口上(こうじょう)

                      歌 昇改め又五郎
                      種太郎改め歌 昇
                           幹部俳優出演

  菅原伝授手習鑑
三、車引(くるまびき)
                 梅王丸  歌 昇改め又五郎
                 松王丸       吉右衛門
                 杉王丸  種太郎改め歌 昇
                藤原時平       歌 六
                  桜丸       藤十郎

  増補双級巴
四、石川五右衛門(いしかわごえもん)
    市川染五郎宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候

              石川五右衛門       染五郎
                三好長慶       松 江
                三好国長       亀 寿
                 左忠太       廣太郎
                 右平次       種之助
                次左衛門       錦 吾
               呉羽中納言       桂 三
                此下久吉       松 緑

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2011/09/08

【温泉】切明温泉「雪あかり」で山菜を満喫(★★★★)・そば茶房遊蕎(ゆうきょう)【蕎麦】

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 今年(2011年)5月上旬ぽん太とにゃん子は、長野県秋山郷の温泉宿「雪あかり」に行ってきました。ブログにアップするのに4ヶ月かかってしまいましたが、忙しかったからという理由だけではなく、大震災のあと温泉旅行の感想を書く気にならなかったのも事実です。
Img_3740 ゆっくりお昼前に自宅を出発し、埼玉県は日高市、高麗川駅近くのそば処「遊蕎」(ゆうきょう)で昼食です。こちらがホームページです。建物は写真のような土蔵風。内装も和風モダンで快適です。
Img_3739 手前が「田舎」、奥が「せいろ」です。せいろは二八そばだそうですが、そば粉の新鮮な香りがすばらしく、細打ちですが歯ごたえがあります。田舎はさらに濃厚ですが、ちとアゴが疲れます。麺つゆは辛口で濃く、蕎麦の香りを殺さず、しっかりと支えます。
 圏央道経由で関越に向かうとき、狭山日高インターで降りて遊蕎に立ち寄って鶴ヶ島インターから乗れるので利便性もよく、ぜひおすすめです。場所が大通りからちょっと入ったところにあり、わかりにくいのでご注意を。

Img_3786 さて、こんかいお世話になった温泉は、長野県の秘境秋山郷のそのまたどんづまりにある、「雪あかり」という温泉宿です。5月といえば山菜の季節。山菜好きのぽん太とにゃん子、おいしい山菜をいただけるとのことで、この宿を選びました。こちらがホームページです。
 写真が宿の外観です。小学校か倉庫を移築してきたかのような建物ですが、オリジナルとのこと。木の羽目板が美しく、山里の雰囲気をかもし出しています。
Img_3779 ねこ君がお出迎え。名前はとら吉くんです。なかなか精悍な顔つきですが、意外と素っ気なく、簡単にはさわらせてくれません。
Img_3760 内部はこのように吹き抜けの広々とした空間になっています。
Img_3781 客室は普通の和室ですが、とても落ち着きます。
Img_3746 こちらが露天風呂。あいにく雨模様でしたが、奥の山とのあいだには清流がながれ、広々として景色は最高です。お湯は無色透明ですが、はだざわりが柔らかです。泉質はカルシウム・ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉とのこと。泉温は54度と高いですが、露天風呂は浴槽が広いからなのか、循環加熱しているようです。でも加水なしの源泉掛け流しです。混浴ですが、女性専用タイムが設定されています。
Img_3752 こちがら内湯。石造りで落ち着きます。
Img_3762 さ〜待ちに待った夕食です。さまざまな山菜料理、岩魚の塩焼き、岩魚の刺身など、これでもかという山の幸です。さらに冒頭の写真の山菜(コゴミ、ゼンマイ、フキノトウ、ヤマニンジン、フキの葉、コシアブラ、エゴ)を、食堂の一角で、食事のすすみ具合を見ながら一つひとつ揚げてくれます。山菜の天ぷらがすべて揚げたてでいただける、これは山菜好きにはたまりません。なんとデザートもフキノトウ味の寒天でした。
Img_3766 こちらが朝食。目玉焼きにフキミソが会うことを初めて知りました。
Img_3774 宿の庭にはフキノトウがいっぱい芽吹いてました。山菜料理としては、ぽん太がこれまで食べたなかで最高レベル。食に景色に自然の豊かさを感じられる宿で、宿のひとたちも優しく親切。温泉力が若干欠けますが、ぽん太の評価は限りなく5点に近い4点です。

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2011/09/07

【歌舞伎】G2の新作は正統派の歌舞伎だ・2011年8月新橋演舞場・第二部

 8月歌舞伎、第一部に続けて観た第二部の感想です。公式サイトはこちら
 第二部のお目当ては、G2というどこが名字でどこが名前かわからない人の作・演出による新作歌舞伎、『東雲烏恋真似琴』(あけがらすこいのまねごと)です。8月歌舞伎の新作というと、一昨年のゾンビが思い出され、G2などという作者の名前とあいまって、どうせおチャラケだろうと殆ど期待していなかったのですが、どうしてどうして本格的な歌舞伎で、思いがけない展開や印象的なシーンの連続で、思わず引き込まれました。
 火事のなか藤川新左衛門(橋之助)は、妻となるはずの花魁小夜(福助)を必死に探しまわります。遺体が上がったにもかかわらず小夜の死を認めようとせず、人形を小夜と思い込んで結婚生活を始めます。このあと家督を失うことを恐れた家族が、新左衛門の妄想につじつまを合わせようとすることで、滑稽な展開になっていきます。
 しかし東日本大震災を体験したわれわれは、新左衛門をあざ笑う気にはなりません。妻を思う一途な気持ちに共感し、気がふれて人形を人と信じ込む姿に哀れみを感じます。第一部の演目の『花魁草』でも大地震が題材となっており、発端では逃げ延びる人々が描かれていますが、男女の出会いと別れや、「血」の問題がテーマであって、地震は「きっかけ」あるいは「背景」でしかありません。一方で『東雲烏恋真似琴』は、エンターテイメント風な印象にもかかわらず、今回の災害の悲惨さと真剣に向き合っている気がしました。
 またぽん太にはこの作品が、とっても「歌舞伎」らしく感じられました。台詞の言葉遣いが江戸っぽいとか、所作振る舞いが歌舞伎っぽいという理由もありますが、ぽん太が着目したいのは、本筋と関係ない部分がいろいろと組み込まれ、全体が不統一で雑多になっている点です。近代以降の演劇は、ひとつの目的に向かって劇全体が構成されていて、統一性があるかわりに複雑性が感じられません。しかし近世に作られた歌舞伎作品には、つねに不統一なところや余分なところがあり、それがぽん太が歌舞伎を好きな理由の一つなのです。『東雲烏恋真似琴』では、例えば小夜の人形を作るのが左甚五郎の末裔であるという設定になっております。それは本筋からいうとどうでもいいことなのですが、それによって様々な左甚五郎伝説とのつながりが出来てきたり、箱のなかの人形が動き出すというすばらしいスペクタクルが可能になりました。
 それから歌舞伎定番の要素がいろいろ出てくるのも、歌舞伎らしさの理由でしょうか。遊郭のシーンや、身請け、愛想尽かし。亀戸天神の鷽替えの護符も、お守りや臍の緒書きが劇の転回の重要なきっかけになることは歌舞伎では常識。妻を亡くしたのに楽しげに働く新左衛門を不思議に思い、同僚が次々と様子を伺いにいくところなどは、『暫』で鎌倉権五郎を追い返そうとして次々と試みるシーンが頭に浮かびます。ラストが怪談チックになっているところも、八月納涼歌舞伎という時宜を得ている気がします。
 浮世草子からプロットを借りてきて、改作によって話しを膨らませているところも歌舞伎っぽいです。また「真似琴=マネキン」という題名の洒落っ気もいいです。
 人形師左宝月が造った歌舞伎人形が、とつぜん命を吹き込まれたかのように動き出すところの視覚的効果には驚きました。どうせならもう少し動いているところを見ていたかったです。
 新作に強い福助、第一部に続きこの芝居でも大活躍。遊女はお手の物だし、最後に花道で新左衛門に付き従うときの、人形のような幽霊のような、愛しているようで取り憑いているような表情はすばらしかったです。
 橋之助、実直でありながら一途な思いを持ち、それ故に人形を妻と思い込む猟奇的な人物を見事に演じていました。
 獅童の左宝月が残念でした。他の登場人物が、歌舞伎として様式的に演じることで劇の品格が作られているなかで、ひとり学芸会調で浮いていました。
 七之助と萬次郎、きっちり歌舞伎らしく演じているからこそ、おかしいところが心から笑えました。目をそらした隙に食べ物を食べまくるというのは定番のギャグですが、この二人がやったからこそ面白かったです。扇雀の男役は久々に見ましたが、ちょっと軽はずみだけど根は真面目な若侍らしく見えました。扇雀も新作に強いですね。亀蔵に彌十郎、舞台を歌舞伎らしく締めてました。
 
 『夏魂まつり』は成駒屋一家による舞踊。震災に関連する演目が多いなか、癒された思いでした。橋之助の女形は久しぶりか。国生くん、踊りも頑張りましょう。


新橋演舞場
八月花形歌舞伎
平成23年8月24日
第二部

  新作歌舞伎
一、東雲烏恋真似琴(あけがらすこいのまねごと)
                藤川新左衛門  橋之助
                  関口多膳  扇 雀
                   左宝月  獅 童
                 高橋秋之丞  勘太郎
                    お若  七之助
                    宇内  巳之助
                伊勢屋徳兵衛  亀 蔵
                    お弓  萬次郎
                  潮田軍蔵  彌十郎
                    小夜  福 助

二、夏 魂まつり(なつ たままつり)
                若旦那栄太郎  芝 翫
                  芸者お梅  福 助
                  芸者お駒  橋之助
                 太鼓持国吉  国 生
                 舞妓よし鶴  宜 生

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2011/09/06

【歌舞伎】お蝶の福助の独壇場・2011年8月新橋演舞場・第一部

 例によって、ちと時間がたってしまいましたが、8月の歌舞伎の感想です。本日は第一部。公式サイトはこちらです。
 第一部は、『花魁草』と『櫓のお七』の二本立て。『花魁草』は安政の大地震の話しで、『櫓のお七』も江戸の大火事に関わりがあるので、なんだか東日本大震災が頭に浮かんで落ち着きませんでした。続いてみた第二部の『夏魂まつり』の大文字の送り火で少し癒されたものの、こんどは例の被災松の放射能事件が思い出されてしまいました。
 さて、『花魁草』はまさに福助の独壇場。吉原の女郎といっても、格が低くて値段も安い小見世女郎のお蝶。格式ある花魁とはちがう可愛らしさや安っぽさ、情の厚さや素朴さが、最初の場面から見事に表現されていました。第二場になってかいがいしく幸太郎の世話をする姿はいじらしく、幸太郎に好意を抱く娘に嫉妬する様子も、かわいらしくも面白かったです。ところがこの嫉妬心には実は裏があり、かつてお蝶は自分を裏切った許嫁を殺してしまった過去があり、またお蝶の母親も同じ過ちを犯していたのです。お蝶が幸太郎と夫婦になろうとしないのは「純愛」ゆえではなく、汚らわしい血をこの世に残さないためだったのです。笑顔で幸太郎を江戸に送り出すいじらしさ、最後のシーンで病み上がりの身で泣きながら華やかな舟乗込みを見送る姿など、一つひとつメリハリがあり、筋が通ってました。
 ということで福助の技には堪能しましたが、北條秀司の脚本自体はよくある話しで、「こう書けば泣くだろう」みたいなところが透けて見え、ぽん太は好きになれませんでした。
 獅童の幸太郎、頼りないけどカッコいい優男の大部屋役者という雰囲気はあってましたが、どうも演技が学芸会っぽい。勘三郎の百姓米之助は、いつもながらうまいけど力が入り過ぎ。美形の芝のぶがなんと百姓の女房という役柄でしたが、こういう田舎のおばさんいるよな〜という感じで、仕草や表情に味があり、ぽん太は密かに感動しました。

 それからぽん太がちと興味を持ったのが、劇中に出てきた「かさね神社」。米之助が幸太郎とお蝶に、「ついでにかさね神社にお参りしていったら〜、でもあの神様は嫉妬深いからな〜」みたいな感じで言っていた気がします。聞いたことはありませんが、円朝の怪談落語『真景累ヶ淵』(しんけいかさねがふち)や、先日みた鶴屋南北作の歌舞伎の『色彩間苅豆』(いろもようちょっとかりまめ)が関係している気がします。
 ググってみても「かさね神社」というのはなさそうですが、Wikipediaによれば、江戸時代の慶長17年(1612年)から寛文12年(1672年)にかけて下総国で起きた実話に基づくと言われる「累の物語」というものがあり、細かいことはWikipediaを見ていただきたいのですが、累(かさね)という女が自分を殺した夫の後妻を次々と呪い殺したという話だそうです。茨城県常総市に法蔵寺というお寺があり(Yohoo!地図)、そこに累一族の墓があるそうです。明治の神仏分離令の前にここが神社だった可能性はありますし、栃木から江戸に行く途中に寄るというのも、地理的に矛盾しない気がします。もちろん『花魁草』が創られたのは昭和56年(1981年)ですから史実に基づいていないかもしれないし、北條秀司の創作が加わっている可能性も否定できません。ちなみに累の霊を鎮めたのは祐天上人というお坊さんですが、目黒にある祐天寺の開祖だそうです。祐天寺には「累塚」があるそうで、ぽん太も機会があったら累ヶ淵と祐天寺をみちくさしてみたいと思います。

 『櫓のお七』は、お七が火の見やぐらに登って太鼓を叩くところを、人形振りで演じる舞踏劇。なんか観たことあるな……と思って調べてみたら、平成18年5月の新橋演舞場の『松竹梅湯島掛額』で、亀治郎が人形振りでお七を演じるのを観たようです。むむむ、関係がよくわからん。ちと調べてみましたが、「お七吉三もの」と呼ばれる様々な系列があり、複雑でよくわかりませんでした。
 七之助はのお七は、女形の役を一つひとつ身につけていこうという熱意と気迫が感じられました。人形振りも見事でした。


新橋演舞場
八月花形歌舞伎
平成23年8月24日
第一部

一、花魁草(おいらんそう)
                    お蝶  福 助
                   幸太郎  獅 童
                   米之助  勘太郎
                   客孝吉  亀 蔵
                    お糸  新 悟
                小料理屋女房  歌 江
                   五兵衛  市 蔵
                   お八重  高麗蔵
                  勘左衛門  彌十郎
                    お栄  扇 雀

  伊達娘恋緋鹿子
二、櫓のお七(やぐらのおしち)
                 八百屋お七  七之助

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2011/09/05

【キナバル登山(8)】マーケット見学、ロッカウイ・ワイルドライフ・パーク(動物園)

Img_3637 さて、楽しかったキナバル登山、ボルネオ観光の旅も今日が最終日です。午前中は、ホテルから歩いて行けるマーケットを見学しました。ぽん太とにゃん子は、旅先でマーケットを訪ねるのが大好きです。人々の暮らしや食べ物がとてもよくわかりますし、なによりもマーケットの雰囲気がいいです。ひるがえって日本を考えてみると、スーパーやコンビニばかりになってしまって、昔ながらの市場がなくなってしまったのが残念です。街ごとに市場を設置しなくてはならないという法律を作って欲しいくらいです。
Img_3638 おいしそうなケーキですが、
DURIAN……ドリアンですね。いままでドリアンの洗礼を受けたことがないぽん太は、ケーキぐらいなら大丈夫だろうと高をくくり、嫌がるにゃん子を説き伏せて、お買い上げしてしまいました。初体験のドリアンのお味は……う……うう。プロパンガスを食べているみたいでした。
Img_3639 コーヒー豆ですが、向かって右側の豆の方が、黒光りしているのがわかりますか?コーヒー豆にマーガリンを加えて煎ったものだそうで、植民地時代にコーヒー豆が貴重だった頃に増量するために考え出されましたが、現在でもそれを飲む風習が残っているのだそうです。買ってみて帰国してから飲んでみましたが、確かに少量の豆で濃い味が出ますが、ちょっと焦げっぽい苦みがあります。でも、それはそれで美味しいです。
Img_3643_2 こちらは羅漢果のジュース。暑くて喉が渇いていたのでとてもおいしかったです。
Img_3644 漢方のバイ○グラと呼ばれるものだそうです。
Img_3647 原色の色鮮やかなケーキです。なんだかパサパサしてまずそうですが、意外や意外、しっとりとしてバターの香りがしてとても美味しゅうございました。
Img_3649 昨日ガイドさんが、「マーケットで犬や猫も売ってますよ」と言ったのを冗談だと思っていたのですが、ホントに売ってました。かわいいです。まわりに子供が群がっているのは、マレーシアも日本も同じですね。なかには、野菜の店の横に猫が2匹ぐらい売られていて、自分の家で増えたのを売っているとしか思えないようなのもありました。
Img_3652 トウモロコシですが、値札がかわいかったもんで……。ちなみにマレーシアの通貨はリンギ(RM)で、1リンギが25円前後です。
Img_3653 こちらではさまざまなランが売られています。
Img_3656 ブルーシートの上に広げられたバナナなど。う〜ん南国!
Img_3660 歩き疲れたので中国の点心のお店で一休み。
Img_3661 餃子と小龍包。店先で湯気をもうもうとあげながら蒸されていて、とってもいいにおいがします。
Img_3668 これは……ナマコの石けんです。たしかに良く泡立ちそうですね(´д`;)。

Img_3672 マーケット見学を終え、昼食場所に向かう途中、車窓から見えた水上住居です。
Img_3673 こ、これは……。ド○アンのご本尊ですね。
Img_3677 コタキナバルの少し南にあるビーチです。名前はわかりません。とても水がきれいで、たくさんの人たちが海水浴を楽しんでいました。
Img_3685 ビーチ沿いにある海鮮レストランで昼食をとりました。看板に「富貴門海鮮樓 !st Beach Seafood Restaurant」と書いてあったのですが、ググってみてもよくわかりません。水槽で生きているのを茹でてくれる海老が、新鮮でまったく生臭さがなくて、とってもおいしかったです。

Img_3706 昼食の後は、ロッカウイ・ワイルドライフ・パークという動物園に行きました。コタキナバル市内から30分もかかりません。ボルネオといえばオラウータン。この動物園もオラウータンが目玉ですが、残念ながらオラウータン舎が改装中のため見学ができませんでした。写真はえさをおねだりするゾウサんです。
Img_3713 動物たちのショーに、一匹だけオラウータンの子供が登場してくれました。オラウータンが描いた絵をもらってうれしそうな(?)お客さん。
Img_3719 ショーを終えたオラウータンが、ベンチで飼育員と休憩中。
Img_3725 こちらがもうひとつの目玉のテングザルです。昨日の記事では、野生のテングザルだったため、遠くからのピンぼけの写真しかありませんでしたが、本日はじっくりとご覧下さい。天狗というよりお茶の水博士のような鼻ですね。表情といい、メタボなお腹といい、おじさんっぽいです。
Img_3734 こちらが子供。かわいいですね。
 今年のゴールデンウィーク、ぽん太とにゃん子のキナバル登山とボルネオの旅も、これで終わりです。山と動物と自然に触れることができた、とてもすばらしい旅でした。

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2011/09/04

【キナバル登山(7)】マリマリ文化村でボルネオの昔の暮らしに触れ、クリアス・リバー・サファリで野生のテングザルとホタルを観察

Img_3525 初日はお弁当だったので、これがガヤ・センターホテルでの最初の朝食です。カレーがおいしゅうございました。
Img_3526 ホテルの前の風景です。中国語の看板が目にとまるかと思いますが、ここ以外にも中国語を多く見かけます。しかも現代の中華人民共和国で使われているような簡体字ではなく、日本語と同じような漢字です。Wikipediaをみてみると、マレーシアの主要な民族はマレー系(約65%)、中国系(約25%)、インド系(約8%)だそうです。中国系といっても近ごろ引っ越してきた人たちではなく、18世紀末のイギリスによる支配を機に移住して来たひとたちで、マレーシア社会の立派な構成員となっております。だから簡体字を使用していないのですね。ぽん太は大昔の学生時代に「華僑」という言葉を習い、東南アジアで活躍する中国人のことは知っていたはずですが、それを「実感」するのは今回が初めてでした。ちなみに厳密にいうと、移住先の国籍を取得していないのが「華僑」、取得したのは「華人」と区別するそうですが、マレーシアの中国人が華僑なのか華人なのか、ぽん太はよく知りません。
 各民族はマレーシアのなかで、それぞれの言葉や風習・宗教を守って暮らしており、学校なども別々だそうです。ちなみに中国人系が最も裕福だそうで、マレー人であるガイドさんも、中国人系の小学校に通っていたそうです。
Img_3528 魚屋さんです。漁師さんだろうって? 魚を捕ると、岸にボートを着け、そのまま販売を開始するのだそうです。
Img_3531 本日の午前中の観光は、「マリマリ文化村」Mari Mari Cultural Villageです。ボルネオのさまざまな民族の伝統的な家が建てられたテーマパークで、ボルネオの昔の生活に触れることができます。吊り橋を渡って村に入っていくと、突然藪の中から雄叫びが聞こえてきて、半裸の原住民に取り囲まれます。観光客が掛けている眼鏡を興味深そうに眺め、手に取って自分で掛けてみて「をゝ、なんだこれは」みたいなジェスチャーをします。役者やの〜。なかなか演出が凝ってます。写真は、村長とわれわれ観光客のチームのリーダーによる入村の儀式です。
Img_3533 このように家のなかを見学することができます。左の青い帽子をかぶっている人は、マリマリ文化村のガイドさん。なんでもご兄弟が、四国にある宗教関係の農業研修施設に留学していたのですが、原発事故のために帰国したそうです。四国なら大丈夫だと思うのですが、マレーシア政府から帰国命令が出たので、仕方なかったのだそうです。四国の宗教関係の農業研修施設?ここでしょうか。
Img_3541 建物だけでなく、いろいろな食べ物も体験できます。これはお米で造ったワイン(?)です。
Img_3555 この地面に作られたワニさんは、観光客向けのオブジェではありません。ここは首狩り族の家の前で、狩りとって干し首にしたものを、ワニさんの上に並べておくのだそうです。するとこの家を襲おうとやってきた別の家族が、ワニさんの上に並べてある首を数えて、「だいぶ多いな〜。こりゃ強そうだ。襲うのやめとこ〜」となるのだそうです。
Img_3559 部屋の中に飾られた干し首です(もちろんレプリカ)。
Img_3561 葉っぱの上にトカゲさん発見!
Img_3563 ナベの底の多数の小穴から、粉を水で溶いたものを油に流し込むと……
Img_3564 このような美味しいお菓子の出来上がりです。
Img_3590 最後のダンスショーでは、バンブーダンスがすばらしかったです。テレビでは見たことあるけど、実際に見ると、よく足を挟まないものだと思います。
 ほかにも火おこし実演、吹き矢体験、室内トランポリン、ヘナの入れ墨など、おもしろいアトラクション満載ですが、長くなりそうなので省略します。
Img_3592 バイキングの昼食付きです。
Img_3593 竹筒のなかにバナナの皮でくるんだ食材を入れ、蒸し焼きにした料理。見学の最初に好みの食材を選んでおき、見学しているあいだに調理してくれます。

Img_3603 午後はクリアス・リバー・サファリです。ボートで川の上からテングザルやホタルを鑑賞するツアーです。クリアス川は、コタキナバルの南にある川で、車で片道2時間くらいかかります。
Img_3610 まずはカニクイサルです。見えますか?
P4300410 こちらがテングザルです。テングザルに関しては、次の記事で詳しくお話いたします。
Img_3617 いったん陸に上がり、夕食をいただいたのち、暗くなるのを待って再びボートで川に出ます。ホタルの見学です。ホタルといっても、風流な日本のホタルと違い、特定の木にぎっしりと群がり、フラッシュのように素早く点滅します。ひとつの木全体が同期して点滅するので、まるでクリスマスのイルミネーションのようで、それはそれは華やかですが、残念ながら写真には撮れませんでした。

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2011/09/03

【キナバル登山(6)】下山、Balsam Buffet Restaurantの昼食、kampung nelayanで民俗舞踊を楽しみながら夕食

Img_3488 登頂の興奮もさめやらぬまま、ラバンラタ小屋で一休みして、朝食をいただきます。
Img_3493 あとは登山口まで延々と長い下りです。登ったからには降りなくてはいけません。途中の休憩所に現れたリス君です。行きにもいたのですが、雨模様だったので写真を撮りませんでした。
Img_3497 太陽が出ているためか、昨日は咲いていなかった美しいランが目を楽しませてくれました。
Img_3504 3時間半ほどで登山口に到着。お疲れまさでした。
 公園本部の横にあるレストラン「Balsam Buffet Restaurant」で昼食です。
Img_3503 こちらがぽん太のメニューです。あ〜〜〜っ、ビールがうまい!!
Img_3507 食後、お迎えの車でコタキナバルに戻りました。ホテルの窓から見えた夕焼けです。
Img_3511 夕食は、kampung nelayanというレストランでいただきました。海に浮かぶテラスで、民俗舞踊を見ながら海の幸を堪能できるというお店で、コタキナバルでは人気があるそうです。ホームページはこちらです。
Img_3520 華麗なる民俗舞踊のショーです。
Img_3513 料理は魚介類の鍋でした。ツミレやチクワみたいなのも入ってます。おいしゅうございました。

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2011/09/02

【キナバル登山(5)】ついに山頂へ!絶景かな絶景かな

 真夜中の1時半に起床、軽い朝食(夜食?)をとり、2時半にラバンラタ小屋(3272.7m)出発です。真っ暗闇のなか、ヘッドランプの光をたよりに登山道を登って行きます。登山者のヘッドランプの光が、列になって続きます。昨日と違ってかなりの急登です。白人さんたちがガンガン追い越して行きますが、ぽん太とにゃん子は、昨日の歩行の疲れと寝不足と空気が薄いのとで、ピッチが上がりません。
 サヤッサヤッ小屋(3668.1m)(最後のトイレです)を過ぎると、足元は岩盤になってきて、張られている白いロープを目印に、一歩いっぽ登っていきます。
 だんだんと空が白んできて、稜線に林立する奇怪なピークがうっすらと見えて来ます。しかし今はそれらには目をくれず、山頂でのご来光を目指して足を進めます。
P4290165 最後の急登をあえぎながら登りきると、ようやく山頂です。登山客でいっぱいです。ご、ご来光は?
Img_3441 残念ながら雲がかかっていて、ご来光を拝むことはできませんでした。あたりはガスが立ちこめていて、展望も臨めません。悲しいかな、悲しいかな。
P4290164 とりあえず、順番待ちをして記念撮影。
Img_3436 しかし、ありがたきかな、日が登るに従って厚くたれ込めていたガスがだんだんと消え、展望が開けて来ました。写真はセントジョーンズ・ピーク(4091m)です。
Img_3438 画面左の親指を突き出したゲンコツみたいなのがアレクサンドラ・ピーク(3998m)、その右のノコギリみたいなのがウェスト・ピークです。
Img_3459 影鳥海ならぬ影キナバルです。影の伸びた先が、コタキナバル付近の海岸線です。
Img_3464 すばらしい風景に見とれてばかりはいられません。今日中に麓まで下山しないといけないのです。名残惜しいですが、頂上ともお別れです。振り返ると、今しがた降りてきた最高峰のローズピーク(4095m)がそそり立っています。
Img_3474 サウスピーク(3933m)です。その向こうは一面の雲海。暗くてわかりませんでしたが、このような岩盤の上を登って来たのですね。
Img_3479 その名もロバの耳(4054m)です。
 山小屋まで戻り、朝食と軽い休憩をとり、下山となります。
Img_3478 最後に、下山途中で見かけた花を三つ。
Img_3485 名称は不明です。
Img_3486 シャクナゲの一種でしょうか?

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