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2011/09/16

【歴史】三重塔が美しい五智国分寺、謙信ゆかりの春日山城跡

Img_4074 次にぽん太とにゃん子が訪れたのは、上越市の五智国分寺です。こちらが公式サイトです。実はむかし訪れたことがあるはずなのですが、よく覚えてません。
Img_4069 国分寺は、もともとは聖武天皇が日本全国に建立したものですが、越後国分寺が当時どこにあったのかは、諸説があってわからないそうです。現在の五智国分寺は、永禄5年(1562年)に上杉謙信によって再興されました。何度か火災にあっており、現存の三重塔(上の写真)は、安政3年(1856年)に着工したものだそうです。
Img_4073 芭蕉の句碑です。写真では読みづらいですが、「薬欄にいづれの花をくさ枕」という句が刻まれています。案内板によると、元禄2年(1689年)に始まったおくの細道の旅の途中、旧暦7月8日に高田の医師細川春庵を訪れた時に作った句だそうですが、いわゆる『おくの細道』には収録されていません。またこの句碑は、明和7年(1770年)に建てられてそうです。
Img_4078 世界初のステンレス製の梵鐘です。案内板には「不銹の鐘」と銘打ってあります。「ふしゅうのかね」と読むのでしょうか。読んで字のごとく「さびない」という意味ですね。平成9年に住友金属工業株式会社、直江津製造所が寄進したものだそうです。
 また、国分寺の境内に、流罪になった親鸞が住んでいた「竹ノ内草庵」があったそうです。承元元年(1207年)、法然は土佐に流され、また親鸞は還俗のうえ越後に流罪となりました。親鸞はこの庵に約1年間住んでいたのだそうです。

Img_4092 次に訪れたのは上杉謙信の居城として有名な春日山城址です。上越市ホームページにリンクしておきます。まずは春日山神社にお参り。
Img_4091 神社の境内に、なんと上杉おもてなし武将隊が出陣しておりました。さまざまなパフォーマンスで楽しませてくれました。本日の武将は上杉景虎です。上杉信玄の養子で、武将でありながら歌舞音曲に優れ、関東一の美貌を誇りましたが、謙信の死後に上杉景勝との跡目争いに敗れ、自害しました。
Img_4095 前回来た時は、春日山神社だけ観て帰ったのですが、今回は時間もあるし、運動不足解消もかねて、城跡も見学することにいたしました。すごい絶壁ですが、この上に天守閣があったのです。上まで登らなくてはなりません。ぽん太が城跡を訪ねた時に必ず参考にするサイト「埋もれた古城」にリンクしておきます。とっても詳しいです。
Img_4103 途中さまざまな遺構を見学しながら、いよいよ天守閣跡へ。南の方角を望みます。遥かかなたに宿敵武田信玄の領地である甲斐があります。
Img_4110 上杉謙信と言えば毘沙門天信仰が有名ですね。こちらが護摩堂跡です。
Img_4114 こちらが再建された毘沙門堂。
Img_4113 内部には毘沙門天像が安置されていますが、もちろん本物ではありません。本物は、上杉景勝の移封に伴って米沢に移り、現在は米沢の法音寺(こちらが公式サイト)にあるようです。う〜ん、ぽん太は米沢は何回か行ってるのに、ここは訪れたことがありませんでした。次の機会があったらみちくさしてみます。
 で、この毘沙門堂にあるのは単なるレプリカかというとそうでもなくて、本物の像を昭和3年に高村光雲が修復したのだそうですが、その際に本物の像の欠け損じを体内に入れて作った御分身が、この像なのだそうです。この御分身が完成したのは昭和5年、上越市(当時は春日村)に寄贈され、翌昭和6年にこの毘沙門堂が作られ、安置されたそうです。
Img_4116 こちらは直江屋敷跡。大河ドラマ『天地人』で妻夫木聡が演じて有名ですね。

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