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2011/11/20

【歌舞伎】待ってました勘三郎、仁左衛門の「碇知盛」を満喫・2011年11月平成中村座昼の部

20111116_1510 平成中村座の今回のシリーズに、初めて行ってきました。平成中村座公式ウェブサイトはこちら、また公演情報はこちらです。
 今回の場所は隅田公園。リバーサイドスポーツセンターの下流側の山谷堀広場に、仮設テントの劇場が設営されておりました。ここは2000年に平成中村座の旗揚げ公演が行われた場所だそうです。
 さらに歴史を遡れば、天保12年(1841年)、堺町にあった中村座が失火により全焼。享保の改革で綱紀の粛正をはかろうとしていた水野忠邦は、この機をとらえて芝居小屋を中村座・市村座・森田座の三座に制限し、浅草聖天町に押し込めるという決定をいたしました。天保13年(1842年)、聖天町は「猿若勘三郎」の名にちなんで猿若町と改名され、同年に中村座のこけら落としが行われました(Wikipedia「江戸三座」を参照して下さい)。猿若町は、現代の地名でいえば浅草6丁目あたり。平成中村座の会場のやや西側にあたります。こちらのサイトも参考になります。
 平成中村座は、江戸時代の芝居小屋の雰囲気がただようこじんまりした劇場です。今回は来年5月までのロングランとのこと。今後も楽しみです。

 まずは『双蝶々曲輪日記』より「角力場」。こんかい二役の勘太郎は、いつも通りのテンションの高い演技で真正面から役と向き合います。放駒長吉のほうは米屋の丁稚の素人相撲らしい実直さと初々しさがあってよかったですが、つっころばしの山崎屋与五郎は、色気と可愛らしさが乏しく、滑稽さばかりがめだってしまいました。橋之助の濡髪長五郎、大きくてよかったです。
 次いで『お祭り』は、今年(2011年)の2月から病気で休養していた勘三郎が出演。「待ってました」のかけ声と盛大な拍手で、観客も心からの応援を送ります。ただ病気の影響は隠せず、やっぱり動きが悪く、キレや柔らかさがありませんでした。完全復調を願っております。途中で舞台の背景が開いて、隅田川の向こうにスカイツリーが見える趣向も、一瞬にして江戸時代から現代日本にタイムスリップしたみたいで、面白かったです。
 最後は『義経千本桜』から「碇知盛」。作者は二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳、人形浄瑠璃としての初演は延享4年(1747年)で、場所は先日の記事で紹介した大阪の竹本座。歌舞伎の初演は寛延元年(1748年)で、場所は堺町時代の中村座です。
 ぽん太は仁左衛門で観るのは初めてでしたが、いや〜やっぱり良かったです。銀平の侠気に富んだ男っぷり、知盛となってからの堂々たる武将の風格、そして大物浦になって怨霊のような鬼気迫る姿、最後の心からの述懐、一つひとつがため息の出る演技でした。 ただ、典侍の局の自害のあと、知盛が「ひとりの人間」に戻ってしまう感じなのが、ぽん太の個人的な好みにはあいませんでした。ここは「怨霊」のままでいて欲しいところ。例えていえば、怨念によってモンスターと化した知盛が、再び人間の姿に戻るのが仁左衛門の型ですが、モンスターの姿のまま心だけ人間に戻るのがぽん太の好みです。弁慶が首に掛けた数珠も、投げ捨てるのではなく引きちぎってほしいところ。ここは弁慶の数珠の力で知盛の霊が退散する能の『舟弁慶』のパロディですね。
 「歌舞伎が初めてのひとにも分かりやすく演じる」というのが仁左衛門の考え方で、それにはぽん太も賛成ですが、あまり現代心理的な理屈を通しすぎると、歌舞伎が現代劇みたいになってしまいます。ぽん太は、「碇知盛」は「改心のドラマ」ではなく「鎮魂の儀式」であってほしいのですが……。
 などと偉そうに書きましたが、全体としては本当に面白かったし、感動したし、見終わったあとに胸のなかに重いものが残りました。
 仁左衛門、さすがに最後は後ろに飛び上がるのは無理で、倒れ込むように落ちていきました。孝太郎が品格あるしっかりした演技。七之助の義経はホントに美しかったが、仏のような慈悲が満ちあふれて来るにはまだまだ。

 芝居が掃けて駅に向かって隅田川沿いを歩いていたら、天気がとってもよくって、乗ったことがない水上バスに乗りたくなり、思わず日の出桟橋まで往復してきました。隅田川の水上バスは、東京都観光汽船東京都公園協会の二つの会社があるようで、それぞれさらに何コースかを運行しております。ぽん太とにゃん子は、東京都観光汽船の隅田川ラインに乗ったのですが、1時間半くらいで日の出桟橋まで往復できます。いつもとは違った角度から東京の街を眺めることができて、楽しかったです。


平成中村座 十一月大歌舞伎
平成23年11月16日・昼の部

一、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
           濡髪長五郎  橋之助
     山崎屋与五郎/放駒長吉  勘太郎

二、お祭り(おまつり)
            鳶頭鶴松  勘三郎

三、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

  渡海屋
  大物浦

   渡海屋銀平実は新中納言知盛  仁左衛門
      女房お柳実は典侍の局  孝太郎
            入江丹蔵  勘太郎
             源義経  七之助
           武蔵坊弁慶  彌十郎
            相模五郎  橋之助

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