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2011年11月の14件の記事

2011/11/30

【登山】古き道を辿る/島々宿から徳本峠・霞沢岳を経て上高地へ(1)

 今年の夏休みの登山は、島々宿から徳本峠(とくごうとうげ)を越えて上高地に入るという古い道を辿ってみました。徳本小屋に泊まって霞沢岳往復付きです。
 霞沢岳は穂高の展望がすばらしい山ですが、これまで老朽化した徳本峠小屋に泊まらなくては行けないというのがネックになっておりました。その徳本峠小屋が2010年にリニューアル・オープン。とても快適な小屋に生まれ変わりました。 上高地を訪れるには、いまでこそ釜トンネルを使えば簡単ですが、旧釜トンネルが開通したのが昭和8年(1933年)。それ以前は島々宿から徳本峠を越えて1日がかりで上高地に入っておりました。ウエストン卿や志賀重昂、高村光太郎・智恵子や芥川龍之介もこの峠を越えたそうです。

【山域】北アルプス
【山名】霞沢岳(2645.6m)
【日程】2011年8月8日〜8月10日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】(8/8)晴れ、(8/9)晴れ、(8/10)晴れ
【ルート】(8/8)島々宿6:58…徳本峠小屋14:04(泊)
(8/9)徳本峠小屋5:45…霞沢岳10:09…徳本峠小屋14:08(泊)
(8/10)徳本峠小屋6:01…明神7:34…合羽橋7:51

(※大きい地図や3Dグラフはこちら
【見た花】(8/8, 島々宿〜徳本峠小屋)トモエソウ、フシグロセンノウ、キツリフネ、ヤブカンゾウ(初)、シデシャジン(初)、ソバナ、ミソガワソウ、タマガワホトトギス、ジャコウソウ、センジュガンピ、メタカラコウ、オタカラコウ、ジンヨウイチヤクソウ、ミヤマトリカブト
(8/9, 徳本峠小屋〜霞沢岳)ゴゼンタチバナ、モミジカラマツ、バイケイソウ、ネバリノギラン、ハクサンフウロ、アザミの一種、エゾシオガマ、イワオトギリ、アキノキリンソウ、カニコウモリ、オタカラコウ、キヌガサソウ(実)、ニッコウキスゲ、ヤマハハコ、カンチコウゾリナ、クロウスゴ、ミヤマホツツジ、イワツメクサ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、コバイケイソウ、ウサギギク、ハクサンイチゲ、アオノツガザクラ、ハクサンチドリ、イワカガミ、クルマユリ、ギンリョウソウ
(8/10, 徳本峠小屋〜合羽橋)
【マイカー登山情報】島々谷川の左側(右岸)の道をどんどん登っていくと、広い駐車場があります(地図)。ただしぽん太が行った時は、7月末の豪雨による被害の復旧のため、手前数台分を残して閉鎖されていました。

Img_4387 先日の豪雨のせいで、島々谷川の水の色はご覧の通り。
Img_4388 吊り橋の上を、猿の群れが、「なんだ、なんだ」「人間だ、人間だ」と言いながら通り過ぎていきました。
Img_4395 登り始めは標高が低く、人里にも近いので、ぽん太が見たことのない里の花が咲いておりました。写真はシデシャジンです。細い花びらの紫の花がずらりと並んで、とても派手やかです。
Img_4398 夏の緑の間から差し込む木漏れ日が、とてもきれいで気持ちがいいです。
Img_4400 秀綱夫人慰霊碑です。釈迢空(折口信夫)の「をとめ子の心さびしも清き瀬に 身はながれつつ人恋ひにけむ」という歌が刻まれています。
Img_4399 隣りにある案内板です。「天正十三年(一五八五)」と書いてありますが、天正13年は1586年です。まあ、細かい年代はいいとして、飛騨高山にあった松倉城は秀吉方の軍勢に攻められて落城します。城主三木秀綱は信濃の国へ落ち延びようとしますが、一目に付かぬように夫人と別々の道をとります。秀綱夫人は、中尾峠(焼岳山頂のやや北側ですね)を越えて上高地に入り、さらに徳本峠を越えて島々谷を下ってきたところで、木こりたちに見つかって殺されたのだそうです。折口信夫が1926年(大正15年=昭和元年)にこの地を通りかかった時に詠んだ歌を刻んで、1975年(昭和50年)に地元のひとたちが供養碑を建てたそうです。
Img_4401 さらに少し進んだところに、秀綱夫人遭難の碑があります。
 ちなみに、焼岳の中尾峠から、新穂高方面へ登山道を少し下ったところに秀綱神社があり、秀綱夫人(?)が一夜をあかした場所とされているそうです。また松本市安曇野資料館には、木こりたちが剥ぎ取った秀綱夫人の服や持ち物(?)が展示されているそうです。また、島々宿にある島々神社(地図)は、秀綱夫人の慰霊のために作られた神社で、明治時代に現在の場所に移されたものだそうです。こちらのサイトが参考になります。
Img_4408 徳本峠越えは歴史ある道で、途中、「炭焼きがま」跡や「花木の石灰窯跡」などがありますが、写真は省略。
 このコース、何回か渡渉があるので注意が必要です。こんかいも豪雨の影響もあるのか、一カ所、靴を濡らして渡らないといけないかな、と思ったところがありましたが、丸太を探してきて橋渡しして、なんとか足を濡らさず渡ることができました。
Img_4418 岩魚留小屋です。なかなか渋いです。この日は営業はしておりませんでした。
Img_4427 ジンヨウイチヤクソウです。よく見る花ですが、偶然ピントが合ったので、アップしておきます。
Img_4430 徳本峠小屋に到着。奥がリニューアル・オープンした建物で、手前が昔ながらの旧館です。公式サイトはこちらです。
Img_4499 旧館のつっかえ棒は、建物と比較してかなり頑丈にできています。ゴシック建築のフライング・バットレスを思わせます(パリのノートルダム大聖堂の写真はこちら)。
Img_4431 こちらが旧館の内部。下は物置になってますが、上は泊まることもできます。旧館の風情が好きな人や、ちょっと飲みたい団体さんがこちらに泊まったりするようです。
Img_4432 こちらが新館の内部。新しくて清潔でとても快適です。
Img_4436 こちらが夕食です。トンカツにスイカもついて、なかなか豪華でおいしいです。
Img_4438 朝食もおかずが充実しております。エネルギーを蓄えて、さあ今日は霞沢岳登山です。

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2011/11/29

【歌舞伎】桜席に興味津々!2011年11月平成中村座夜の部

 平成中村座の仮設劇場、今回は桜席を取ってみたのですが、興味津々でした。本公演の公式サイトはこちら、平成中村座の特設サイトはこちらです。
 桜席というのは、二階の左右の一番前の方の席ですが、なんと幕の内側の舞台の袖のところに位置します。幕の内側ですから、幕が閉まった状態で、道具方さんがセットを造りかえているところや、舞台が終わって役者さんが引き上げて行くところも見ることができます。
 道具方に女性がいることも初めて知りました。また大道具さんが幕間に、幕を吊っている留め金が外れていたのをたちどころに直していました。何でもできるんですね。
 「猿若江戸の初櫓」では、囃子方の上下は座布団の上に置いてあって、舞台に出来ててから着用してました。ふだん前から見ていると分からない、踊りの前後の動きがよく見えました。背景が開いたとき、桜席の角度からだと後ろをジョギングしている人が見えて面白かったです。ジョギングしていた人もびっくりしたことでしょう。幕が閉まると、勘太郎ら役者陣が、囃子方に「ありがとうございました」とお辞儀をして帰って行きました。
 「沼津」では、真下にいた義太夫さんの譜面(?)が見えました。言葉はとっても大きい字で書いてありました。その横に小さく書かれている記号みたいなのは、節まわしでしょうか。また、途中から義太夫が入るところでは、その前の役者さんのセリフが書き込んであったりしました。雲助平作宅では、一番奥の人が家のセットで芝居が見にくいため、幕側に補助椅子を置いて座席ひとつ分ずつずれて観劇いたしました。「沼津」のラストでは、幕と同時に座席の前に黒い幕が降りて来て、桜席からも舞台が見えなくなりました。悲しい結末のあと、「や、どうもご苦労さん」みたいな感じで役者が引き上げて行くのを見て感動が薄れないようにするための、配慮でしょうか。
 「弁天娘女男白浪」では、額を割られた弁天小僧菊之助が後ろを向いているあいだ、額に傷をつけているだけだと思っていたのですが、化粧全体を直しているのを初めて知りました。カツラも一回外してかぶり直してました。お嬢様風のメイクから、美男の悪党風のメイクに変えているのだと思います。

 さて芝居の感想ですが、「沼津」の勘三郎の演技がすばらしかったです。昼の部の感想では「完全復調とは言い難い」みたいに書いたのですが、どうしてどうして、今日の演技は動きといい、表情といい、間の取り方といい、最高でした。本物のおじいさんのように目がしょぼしょぼしてて、口のなかの舌の動きまで役を演じておりました。荷物を担ごうとしたら意外と重くて、笑ってごまかしながら呉服屋十兵衛を見ているときの表情と間は、大笑いをしてしまいました。だって桜席だと、勘三郎の表情を正面から見ることになるんですもん。もちろん泣かせどころの素晴らしさは当たり前。
 呉服屋十兵衛は仁左衛門。以前に吉右衛門で観たことがありますが、持ち前の明るさのせいで、お米に一目惚れして家まで押し掛けるあたりに色っぽさがありませんでした。仁左衛門だと、こうしたところが色っぽて自然でした。
 「弁天娘女男白浪」では、男に戻ってからの七之助が、身体の線が細いせいか逆に侠気があって颯爽としていてよかったです。ただ七之助も勘太郎も、黙阿弥の名調子で客を酔わせるにはまだまだか。
 


平成中村座 十一月大歌舞伎
平成23年11月24日
夜の部

一、猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)
              猿若  勘太郎
           出雲の阿国  七之助
          奉行板倉勝重  彌十郎

二、伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)
  沼津
          呉服屋十兵衛  仁左衛門
              お米  孝太郎
            池添孫八  彌十郎
            雲助平作  勘三郎

三、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
  浜松屋より勢揃いまで
         弁天小僧菊之助  七之助
            南郷力丸  勘太郎
           赤星十三郎  新 悟
         浜松屋伜宗之助  国 生
            忠信利平  彌十郎
          日本駄右衛門  橋之助

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2011/11/28

【オペラ】無常感あふれる『ルサルカ』新国立劇場オペラ

 ドヴォルザークがオペラを作っていたなんて、ぽん太はちっとも知りませんでした。脚本にアンバランスな部分がありましたが、第3幕では涙が止まりませんでした。こちらが今回の公演の特設サイト、そしてこちらが公式サイトです。
 アントニン・ドヴォルザークは言わずと知れたチェコの作曲家。1841年に生まれ、1904年に62歳で生涯を閉じました。オペラは実は11も作っていて、『ルサルカ』は最後から2番目。1901年にプラハ国民劇場で初演されたそうです。ストーリーは「人魚姫」そのものですが、別にパクったわけではなく、類似したストーリーが各地にあり、スラブ系では「ルサルカ」と呼ばれているのです。Wikipediaをみると、以前の記事で書いた、『ジゼル』のウィリ(ヴィリ、ヴィーレン)とも重なっているようですね。でも考えてみると、日本にはこのような伝説はありませんね。「夕鶴」もちょと似てますが、つうは与ひょうに助けてもらった恩を返しにきたのであって、与ひょうに惚れたわけではありません。また与ひょうもつうの愛を裏切ったのではなく、知りたいという欲望に負け、約束を破っただけです。沖縄では海で泳ぐと足を引っ張られるなどと言いますが、引っ張る存在はキャラクター化されていませんし、物語化もされてません。
 さて冒頭で書いたように、『ルサルカ』は脚本的にはあちこちに破綻があるように思われます。ルサルカが王子を愛するようになった顛末が描かれていないので、ルサルカが声を失ってまで人間になろうとした動機がわかりません。また第二幕では、冒頭の森番と料理人のやり取りのなかで、王子が既に外国の公女に色目を使っていることが明かされてしまいます。第三幕、魔法使いがルサルカに、王子を殺すことによって水の精に戻れると教えます。ルサルカはそれを拒否しますが、その心理が十分に描かれていないように思えます。
 こうしたほころびが、ドヴォルザークの能力不足によるものなのか、チェコが田舎だったからなのか、それともドヴォルザークの才能ゆえの前衛的な表現なのか、ぽん太には判断する力がありません。プログラムの井辻朱美の「歌わない水の女」によれば、当時、水の精を題材にしたオペラはブームだったそうなので、細かい話しは聴衆にとって周知の事実で、繰り返す必要がなかったのかもしれません。
 しかし、それでも第三幕はぽん太の心の琴線に触れ、涙が止まらなくなりました。人間に裏切られ、水底の仲間たちの元に戻ることもできず、宙ぶらりんの状態で、死ぬこともできずに生き続けなければならないルサルカが哀れです。愛する王子に口づけをすると、王子の命を奪ってしまうという点でも宙ぶらりんであり、「愛する王子と一緒になりたい」という純真素朴な気持ちからの行動の結果、おぞましい精霊になってしまったことも哀しいです。アホで移り気な若者だった王子は、自らの非を悟り、浮き世への倦怠を訴えて、ルサルカの口づけによる死を望みます。
 これは、例えば『トリスタンとイゾルデ』のような、愛の絶頂が死につながるという「愛の死」ではなく、苦しくつらい現実世界から解放されることを願うもので、日本の「無常感」や「浄土思想」に近いように思われます。ただ極楽浄土は美しく穏やかな世界であり、水底の冷たく哀しい世界とは異なります。死者の霊が還っていくという、厚い雪に覆われた月山や鳥海山のイメージが、少し近いかもしれません。スラブ人のボヘミアの森や湖に対する感覚は、日本人の自然観と似ているような気もします。
 ルサルカを歌ったオルガ・グリャコヴァは、今年の6月に新国立で蝶々夫人を聴きました。蝶々夫人では柔らかさを欠くように感じた透明な声が、水の精という役柄にはとても会ってました。美人だし。王子のペーター・ベルガーは伸びのあるすばらしい声で、おバカな王子役ではもったいないです。外国の公女のブリギッテ・ピンターは、ルサルカと正反対で、「肉」で王子にせまるという感じのはまり役。ヴォドニクのミッシャ・シェロミアンスキーも、水の精という霊的な存在でありながら一人の父であるという役柄を見事に演じていました。また料理人の少年の加納悦子が、とってもコミカルで不思議な魅力のある演技で、個人的にはまりました。
 ドヴォルザークの音楽も、清澄かつ流麗でした。演出のポール・カランのボヘミアの森や湖の底を表現した透明感あるセットもよかったです。冒頭でベッドをグルグルまわしてましたが、第二幕の長いダイニングテーブルも回り出した時には笑いそうになりました。
 

『ルサルカ』
アントニーン・ドヴォルザーク
Antonín Dvořák : Rusalka
新国立劇場・オペラ劇場
2011年11月23日

【指揮】ヤロスラフ・キズリンク
【演出】ポール・カラン
【美術・衣裳】ケヴィン・ナイト
【照明】デイヴィッド・ジャック

【ルサルカ】オルガ・グリャコヴァ
【イェジババ(魔法使い)】ビルギット・レンメルト
【王子】ペーター・ベルガー
【ヴォドニク(水の精)】ミッシャ・シェロミアンスキー
【外国の公女】ブリギッテ・ピンター
【森番】井ノ上 了吏
【料理人の少年】加納悦子
【第一の森の精】安藤赴美子
【第二の森の精】池田香織
【第三の森の精】清水華澄
【狩人】照屋 睦

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2011/11/26

【バレエ】何とギエムの歌が聴けます「エオンナガタ」

 五反田のゆうぽうとでギエムの『エオンナガタ』を観てきました。公式サイトはこちら
 この前ギエムの公演を観たのは確か10月だったけど、それ以降ずっと日本にいたの?調べてみると、Hope Japanで東北も含めて地方を回っていたようです。あゝありがたや、ありがたや、ギエム大明神様!
 「エオンナガタ」というのは変なタイトルですが、なんでもルイ15世〜16世の時代に、エオンの騎士(Chevalier d'Eon, 1728年〜1810年)という男性だか女性だかよくわからないひとがいたそうで、これと歌舞伎の「女方」を掛けているのだそうな。シュヴァリエ・デオンという人物の存在は、ぽん太は初めて知りました。
 出演はご存知シルヴィ・ギエム。「ダイハツ、ミライース!」にちょっと似た風貌のラッセル・マリファントは、2007年の「シルヴィ・ギエム・オンステージ」で、彼自身の振付けの「Push」という作品をギエムと踊ったのを観たことがあります。二人が体重をあずけあいながら踊る面白い振付けでした。ロベール・ルパージュはぽん太はまったく初めてですが、演出をはじめ演劇のさまざまな分野で活躍するマルチ人間のようで、メトロポリタン歌劇場の演出も手がけているようです。カナダのケベック出身だそうで、同じケベックのシルク・ドゥ・ソレイユの演出などもしているそうです。ルパージュ自身が舞台に立つ(そして踊る)のを観れるのはとても貴重だそうです。

 さて今回の舞台、ストーリー性のあるコンテンポラリー・ダンスみたいなものを想像していたのですが、思ったより具象的・演劇的な作品でした。セットや衣装もしっかりあり、短めの場面をつなげていくことで、シュヴァリエ・エオンの生涯を描き出すというものでした。その一つひとつの場面が、武道の演武だったり、コンテンポラリー・ダンスだったり、歌だったり、コメディだったりと、まるでボードヴィル・ショーを見るような楽しさもありました。
 「女方」ということで、武道や着物、文楽人形の頭などジャポズニズムの要素が取り入れられております。とはいえ今回の来日のために作られたものではなく、2009年2月にロンドンで初演され、パリでも大好評を得たそうです。3人のワークショップのなかで作品が練り上げられていったそうで、そのプロセスはDVDの「シルヴィ・ギエム オン・ジ・エッジ」に収録されているそうです。
 冒頭でいきなりルパージュが剣の演武のような動き。次いでギエムが長い台詞でエオンの生涯を説明します。テーブルの上を滑る動きを取り入れたダンスや、鏡を使った演出など、アイディアが豊富で、印象的な場面が多かったです。ギエムのギロチンの歌も可愛かったです。「NBS NEWS Vol.294」(201年8月)のインタビューで「かさおあ自分も彼女やラッセルと踊ることになるとは予想だにしていなかったよ」と言っていたルパージュは、ダンスでは一生懸命付いていってる感じでしたが、表情や動きに演劇人らしい独特の存在感がありました。
 むかし人間は4つの手と4つの足、2つの性器を持っていたけど、神様がそれを半分に切ったために男と女が生まれ、以後失われた半身を求めるようになった、という話しは、プラトンの『響宴』に出てくるアリストパネスの演説が元ですね(→Wikipedia「響宴」)。


「エオンナガタ」
2011年11月20日 ゆうぽうと

【出演】
シルヴィ・ギエム
ロベール・ルパージュ
ラッセル・マリファント

【スタッフ】
照明デザイン:マイケル・ハルズ
衣裳デザイン:アレキサンダー・マックイーン
サウンド・デザイン:ジャン=セバスティアン・コテ

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2011/11/21

【歌舞伎】菊之助の「京鹿子娘道成寺」は眠くならんかったぞ・2011年11月新橋演舞場夜の部

 11月はいろいろと芸術鑑賞が目白押しなので、新橋演舞場は夜の部のみです。
 こんかいは何と言っても菊之助の「京鹿子娘道成寺」がすばらしかったです。といってもぽん太は、踊りの良し悪しはよくわからず、途中で寝てしまうことも多いのですが、そのぽん太が菊之助から目を離すことがでなかったのです。人間国宝の田之助が「聞いたか坊主」をやるという豪華な配役でしたが、それだけの価値がある菊之助の踊りでした。最初の乱拍子は格調が感じられましたし、手踊りなどはホントに色っぽかったです。また鞨鼓や鈴太鼓はリズミカルで勢いがありました。見た目の美しさに加えて、芸や表現の美しさがあり、脂が乗り切っているという感じでした。
 「道成寺」の前に松緑の「外郎売」。まことに弁舌はぎれよく、こういう古風な芝居はよく似合います。
 ところで、いまさらですが、小田原名物の外郎ってなんだ?ぽん太は聞いたことがないぞ。ういろうといえば名古屋の名物ではないのか。
 Wikipediaのういろう(薬品)ういろう(菓子)の項を見たらよくわかりました。「外郎売」の「ういろう」は、名古屋のお菓子とは別物の薬で、透頂香(とうちんこう)とも呼ばれるそうです。中国から伝わり、室町時代に京都の外郎家が外郎の製造販売を行いましたが、分家が小田原で外郎の製造販売をするようになりました。江戸時代には幕府の保護も受けて、小田原名物として有名になったそうです。小田原に今に残る「株式会社ういろう」の公式サイトはこちら。ではなぜお菓子のういろうが「ういろう」と呼ばれるようになったかについては、色が似ていたからという説と、宗奇が薬のういろうを足利義満に献上した際に添えたお菓子に由来するという説があるようです。
 最後は菊五郎の「髪結新三」。顔見世だからかでしょうけれど、これだけ実力のある役者がそろっているのですから、面白くないはずがありません。
 菊五郎の新三ははまり役で、ホントにあくどいヤツですが色気があってかっこよく、でもどこか可愛らしく、とぼけた雰囲気があります。下剃勝奴は菊之助。昨年(2010年)の5月に同じコンビで松竹座で観ているのですが(その時の記事はこちら)、前回よりも「悪者の弟分」らしい風格がでてきたように思いました。三津五郎の家主が、しゃべりのリズムと間が上手で、嫌ったらしくならずに品よく演じられておりました。時蔵の忠七、左團次の弥太五郎源七も文句なし。
 それにしても黙阿弥の台本もよく出来てますね。いろいろとわからない表現もあるので、そのうち「自由研究」してみたいです。


新橋演舞場
吉例顔見世大歌舞伎
平成23年11月17日・夜の部

一、歌舞伎十八番の内 外郎売(ういろううり)
        外郎売実は曽我五郎    松 緑
            小林朝比奈    権十郎
             茶道珍斎    亀三郎
            近江小藤太    亀 寿
             曽我十郎    松 也
             大磯の虎    梅 枝
             八幡三郎    萬太郎
            化粧坂少将  尾上右 近
             梶原景時    亀 蔵
            小林妹舞鶴    萬次郎
             工藤祐経    三津五郎

二、京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)
  道行より鐘入りまで
            白拍子花子    菊之助
              妙念坊    松 也
              喜観坊  尾上右 近
              雲念坊    男 寅
              阿観坊    小 吉
              仙念坊    團 蔵
              謹請坊    田之助

  梅雨小袖昔八丈
三、髪結新三(かみゆいしんざ)
             髪結新三    菊五郎
             手代忠七    時 蔵
             下剃勝奴    菊之助
           白子屋娘お熊    梅 枝
          家主女房おかく    亀 蔵
           加賀屋藤兵衛    権十郎
             車力善八    秀 調
          白子屋後家お常    萬次郎
            家主長兵衛    三津五郎
           弥太五郎源七    左團次

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2011/11/20

【歌舞伎】待ってました勘三郎、仁左衛門の「碇知盛」を満喫・2011年11月平成中村座昼の部

20111116_1510 平成中村座の今回のシリーズに、初めて行ってきました。平成中村座公式ウェブサイトはこちら、また公演情報はこちらです。
 今回の場所は隅田公園。リバーサイドスポーツセンターの下流側の山谷堀広場に、仮設テントの劇場が設営されておりました。ここは2000年に平成中村座の旗揚げ公演が行われた場所だそうです。
 さらに歴史を遡れば、天保12年(1841年)、堺町にあった中村座が失火により全焼。享保の改革で綱紀の粛正をはかろうとしていた水野忠邦は、この機をとらえて芝居小屋を中村座・市村座・森田座の三座に制限し、浅草聖天町に押し込めるという決定をいたしました。天保13年(1842年)、聖天町は「猿若勘三郎」の名にちなんで猿若町と改名され、同年に中村座のこけら落としが行われました(Wikipedia「江戸三座」を参照して下さい)。猿若町は、現代の地名でいえば浅草6丁目あたり。平成中村座の会場のやや西側にあたります。こちらのサイトも参考になります。
 平成中村座は、江戸時代の芝居小屋の雰囲気がただようこじんまりした劇場です。今回は来年5月までのロングランとのこと。今後も楽しみです。

 まずは『双蝶々曲輪日記』より「角力場」。こんかい二役の勘太郎は、いつも通りのテンションの高い演技で真正面から役と向き合います。放駒長吉のほうは米屋の丁稚の素人相撲らしい実直さと初々しさがあってよかったですが、つっころばしの山崎屋与五郎は、色気と可愛らしさが乏しく、滑稽さばかりがめだってしまいました。橋之助の濡髪長五郎、大きくてよかったです。
 次いで『お祭り』は、今年(2011年)の2月から病気で休養していた勘三郎が出演。「待ってました」のかけ声と盛大な拍手で、観客も心からの応援を送ります。ただ病気の影響は隠せず、やっぱり動きが悪く、キレや柔らかさがありませんでした。完全復調を願っております。途中で舞台の背景が開いて、隅田川の向こうにスカイツリーが見える趣向も、一瞬にして江戸時代から現代日本にタイムスリップしたみたいで、面白かったです。
 最後は『義経千本桜』から「碇知盛」。作者は二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳、人形浄瑠璃としての初演は延享4年(1747年)で、場所は先日の記事で紹介した大阪の竹本座。歌舞伎の初演は寛延元年(1748年)で、場所は堺町時代の中村座です。
 ぽん太は仁左衛門で観るのは初めてでしたが、いや〜やっぱり良かったです。銀平の侠気に富んだ男っぷり、知盛となってからの堂々たる武将の風格、そして大物浦になって怨霊のような鬼気迫る姿、最後の心からの述懐、一つひとつがため息の出る演技でした。 ただ、典侍の局の自害のあと、知盛が「ひとりの人間」に戻ってしまう感じなのが、ぽん太の個人的な好みにはあいませんでした。ここは「怨霊」のままでいて欲しいところ。例えていえば、怨念によってモンスターと化した知盛が、再び人間の姿に戻るのが仁左衛門の型ですが、モンスターの姿のまま心だけ人間に戻るのがぽん太の好みです。弁慶が首に掛けた数珠も、投げ捨てるのではなく引きちぎってほしいところ。ここは弁慶の数珠の力で知盛の霊が退散する能の『舟弁慶』のパロディですね。
 「歌舞伎が初めてのひとにも分かりやすく演じる」というのが仁左衛門の考え方で、それにはぽん太も賛成ですが、あまり現代心理的な理屈を通しすぎると、歌舞伎が現代劇みたいになってしまいます。ぽん太は、「碇知盛」は「改心のドラマ」ではなく「鎮魂の儀式」であってほしいのですが……。
 などと偉そうに書きましたが、全体としては本当に面白かったし、感動したし、見終わったあとに胸のなかに重いものが残りました。
 仁左衛門、さすがに最後は後ろに飛び上がるのは無理で、倒れ込むように落ちていきました。孝太郎が品格あるしっかりした演技。七之助の義経はホントに美しかったが、仏のような慈悲が満ちあふれて来るにはまだまだ。

 芝居が掃けて駅に向かって隅田川沿いを歩いていたら、天気がとってもよくって、乗ったことがない水上バスに乗りたくなり、思わず日の出桟橋まで往復してきました。隅田川の水上バスは、東京都観光汽船東京都公園協会の二つの会社があるようで、それぞれさらに何コースかを運行しております。ぽん太とにゃん子は、東京都観光汽船の隅田川ラインに乗ったのですが、1時間半くらいで日の出桟橋まで往復できます。いつもとは違った角度から東京の街を眺めることができて、楽しかったです。


平成中村座 十一月大歌舞伎
平成23年11月16日・昼の部

一、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
           濡髪長五郎  橋之助
     山崎屋与五郎/放駒長吉  勘太郎

二、お祭り(おまつり)
            鳶頭鶴松  勘三郎

三、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

  渡海屋
  大物浦

   渡海屋銀平実は新中納言知盛  仁左衛門
      女房お柳実は典侍の局  孝太郎
            入江丹蔵  勘太郎
             源義経  七之助
           武蔵坊弁慶  彌十郎
            相模五郎  橋之助

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2011/11/19

【登山】曇ってましたが花が綺麗でした/谷川岳天神尾根

 ぽん太とにゃん子は8月上旬、にゃん子の父と妹を連れて谷川岳に登ってきました。ロープウェイを使って天神尾根を往復するコースです。あいにくガスがかかっていて眺望は楽しめませんでしたが、さまざまな花が咲いていました。帰りがけには晴れてきて、谷川岳が全容をあらわにしてくれました。

【山域】上越国境
【山名】谷川岳(1977m)
【日程】2011年8月4日
【メンバー】ぽん太、にゃん子、フクロウさん、ひつじさん
【天候】曇り〜晴れ
【ルート】谷川岳ロープウェイ天神平駅9:40…トマノ耳12:49…オキノ耳…天神平駅15:38

(※大きい地図や3Dマップはこちら
【見た花】タマガワホトトギス、ヨツバヒヨドリ、クガイソウ、アザミの一種、ヤマアジサイ、オオバギボウシ、ツルリンドウ、ノギラン(初)、ツルアリオドシ(初)、ギンリョウソウ、イワオトギリ、タカネウコンギク(初)、ヒメシャジン、キオン、クルマユリ、ニッコウキスゲ、ミヤマキンポウゲ、ヤマハハコ、エゾシオガマ、シモツケソウ、ミネウスユキソウ、ウツボグサ、ハクサンフウロ、ハクサンオミナエシ、ワレモコウ、ホソバコゴメグサ、イブキジャコウソウ
【マイカー登山情報】谷川岳ロープウェイ土合口駅に、冬にはスキーのためにも使われる大きな室内駐車場があります。ちなみにこの時期、土合口駅から先、一ノ倉沢出合までの道は通行止めでしたのでご注意を。
【登山上の注意】1.ロープウェイ天神平駅から、さらに天神峠ペアリフトが運行されておりますが、谷川岳登山が目的ならば、リフトに乗る必要はありません。リフトに乗ってしまうと、しばらく稜線を下ることになります。登山道は、リフト乗り場の下を回り込んだところにあります。
2.手前のトマノ耳(1963.2m)まで行って戻って来る人が多いようですが、オキノ耳(1977m)の方が標高が高く、こちらが山頂なので、お間違えなく。
Img_4352 ぽん太が初めて見た花の写真だけご紹介。まずはノギランです。
Img_4355 ツルアリオドシも初めて見ました。写真では飛んでしまってますが、花びらに産毛が生えてます。
Img_4358 タカネコンギクです。これまでも見ている気もしますが、図鑑でチェックしたのは初めてでした。
Img_4384 ガスがかかっていて山頂からの展望は楽しめなかったのですが、最後にいい天気になってきて、谷川岳の姿を見ることができました。

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2011/11/18

【温泉】ぽん太は親近感がわくにゃ〜・湯の小屋温泉タヌキのお宿洞元荘(★★★)

 ぽん太とにゃん子は8月の初め、にゃん子の父のフクロウさん、妹のひつじさんと一緒に、群馬県の谷川岳に登ってきました。当初は登山→温泉の予定でしたが、平成23年7月新潟・福島豪雨の余波で天気の回復が遅れたため、温泉→登山に変更いたしました。
P8030399 温泉旅館に行くだけの初日はゆっくりスタート。埼玉県は高麗川のそば茶房遊蕎(ゆうきょう)で昼食においしいお蕎麦をいただきました。今回のメニューは「三種そば」です。そば粉の香りが口一杯に広がって美味しゅうございました。

Img_4325 こんかい泊まったのは洞元荘(どうげんそう)です。群馬県は水上から、坤六峠(こんろくとうげ)を経て尾瀬に到る群馬県道63号(水上片品線)の途中にあります。公式サイトはこちら。「タヌキのお宿」というキャッチフレーズに、親近感を感じます。
 しかし鄙びたネーミングとは裏腹に、途中の道は先日の豪雨で、あちこち土砂崩れや冠水の跡が見受けられ、3.11に続いて自然の猛威を感じさせられました。
 宿の入り口は古風ですが、奥の客室はホテル風で新しく、古めかしい建物が好きなぽん太とにゃん子には、ちょっと物足りなかったです。
Img_4327 こちらが内湯で、岩風呂風になっております。広々としております。窓の外の鉄骨が無粋ですが、豪雪地帯で建物を守るためには仕方がないところ。それよりも驚いたのは、窓の外に川が流れているのですが、建物ぎりぎりまで増水した形跡があること。むむむ、恐るべし、大自然。
Img_4335 こちらは混浴の露天風呂、「夕立風呂」です。とても広々としており、源泉が85度と高温だからこそ、このような大きな浴槽が可能なのでしょう。循環や加温はしておりませんが、源泉が熱すぎるので地下水を加えて温度調節をしているそうです。泉質は無色透明の単純温泉ですが、pHが8.35とアルカリ性に傾いているので、お肌がすべすべになります。
 「たぬき見学ホール」なる部屋があって、窓の外でタヌキの餌付けをしているのですが、大雨の傷跡が生々しかったせいか、この日は見ることができませんでした。
Img_4340 夕食はおいしい山の幸。群馬ならではのコンニャクが美味しかったです。
Img_4342 朝食もおいしゅうございました。
 群馬県の山のお宿。湯量が豊富な広々した風呂が魅力的ですが、建物がホテル風なのがぽん太の個人的な好みからは原点となり、普通に良いお宿という評価で3点です。

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2011/11/17

【大阪観光】歌舞伎にも由縁の竹本座跡・住吉大社

Img_4301 7月末、大阪の松竹座に歌舞伎を見に行ったついでの観光のご報告です。
 まずは竹本座跡。道頓堀の松竹座のすぐ近くです(地図)。敷地は工事中で塀が巡らしてありますが、石碑の部分だけ逃げてあって、通りから見えるようになっています。
P7270378 浄瑠璃の義太夫節の創始者である竹本義太夫(慶安4年(1651年)〜正徳4年(1714年))が、貞享元年 (1684年)に「竹本座」を開設したのがこの場所です。翌年からは近松門左衛門と組んで、数多くの人形浄瑠璃(文楽)を上演し、人気を博しました。元禄16年(1703年)に竹田出雲が経営を引き継いだ後も、数々の名作を生み出しましたが、人気が歌舞伎に移るにつれて衰退し、明和4年(1767年)に幕を閉じました。「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」「曽根崎心中」などの名作が、竹本座で初演されました。ちなみにぽん太が竹本義太夫の墓を訪れた時の記事はこちらです。

Img_4302 次に訪れたのは有名な住吉大社です。公式サイトはこちらです。住吉神社は海と縁が深いようです。御祭神は底筒男命(そこつつのをのみこと)、中筒男命(なかつつのをのみこと)、表筒男命(うはつつのをのみこと)、そして息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)= 神功皇后です。最初の三つの神様は、住吉三神あるいは墨江(すみのえ)三神と呼ばれています。『古事記』によれば、イザナギノミコトは、亡き妻のイザナミノミコト追いかけて黄泉の国を訪れますが、妻を連れ帰ることができずに地上に戻ります。黄泉の国の汚れを清めるため海に入って禊(みそぎ)を行ったときに生まれたのが、この住吉三神です。神功皇后は、三韓征伐のときに住吉三神を頼みとしましたが、その後自ら祭られるようになったそうです。
Img_4323 前の通りには、なつかしい路面電車が走っています。なんだかパンダっぽいです。江戸時代まではこのあたりまで海だったそうで、海の神様にふさわしい立地条件だったのですね。
Img_4304 住吉神社といえば、この反橋(そりばし)が有名ですね。真っ赤な欄干が緑に映えて、大阪らしい華やかな雰囲気がいたします。
Img_4308 橋を渡ったところにあるのが、この住吉鳥居です。柱が四角いのが特徴です。歌舞伎の『夏祭浪花鑑』で団七が放免される「鳥居前」は、この住吉鳥居の前ですね。
 また、『摂州合邦辻』の序幕では、玉手御前が俊徳丸に蚫の貝殻で毒酒を飲ませたうえ、道ならぬ恋を打ち明けますが、これも「住吉神社境内の場」です。
Img_4314 こちらが本殿で、第一から第四まで、四つの本宮からなっています。国宝に指定されております。
Img_4310 こちらが拝殿です。本殿・拝殿(と幣殿)を知らない方は、Wikipediaをどうぞ。
Img_4312 境内に巨大なクジラがっ。しかも目つきが怪しい!なんでも今年の7月に57年ぶりに行われた堺の「鯨祭り」で奉納されたものだそうです。なんと全長27メートル。この鯨が町を練り歩く世にも奇妙な映像は、Youtubeでご覧いただけます(→こちら)。
Img_4315 夏祭りに使われる御神輿でしょうか。とても美しいです。

Img_4318 こんどは巨大なお椀がっ。Wikipediaによれば、『一寸法師』は、子供に恵まれなかった老夫婦が住吉大社にお参りしたところ一寸法師を授かりましたが、一寸法師が武士になりたいとお椀の舟に箸の櫂で京に赴き、そこで鬼退治をするという話しだそうです。『一寸法師』が住吉大社と関係があるとは、初めて知りました。
Img_4321 御田(おんだ)です。実際に苗を植えて収穫までしている御田は全国でも珍しいそうです。
Img_4322 住吉大社の境内にある御所御前(ごしょごぜん)は、神功皇后が杉の木にシラサギが3羽止るのを見て、ここで住吉大神をお祭りすることに決めた場所だそうです。玉垣のなかの砂利に、「五」「大」「力」と書かれた小石が混ざっているそうで、三つ集めるとご利益があるそうです。「五大力」というと、歌舞伎の『盟三五大切』を思い出しますね。

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2011/11/16

【北海道ネイチャーツアー(3)】グルメ編/十勝乃長屋海鮮つどい・北の屋台居酒屋こころ

P7050284 アポイ岳から下山したぽん太とにゃん子は、一路、車を走らせ、帯広市のビジネスホテルに宿泊し、夜の街へと繰り出しました。まず向かったのが、「十勝乃長屋」の「海鮮つどい」(公式サイト)です。「十勝乃長屋」は、2010年7月2日にオープンしたばかりの飲食店街。長屋風の路地の両側に、20軒の店舗が軒を連ねています。そのなかの一軒の「海鮮つどい」は、新鮮な魚介類と、おいしい日本酒が楽しめます。
P7050287 お造りです。まるで花びらのような盛りつけは、女性の店主ならでは。
P7050286 「いかごろルイベ」です。お酒のおつまみにはぴったりですね。

P7050290 一軒だけではもったいない。十勝乃長屋から西に続く北の屋台居酒屋こころに流れていきました。十勝乃長屋はちょっとおしゃれな雰囲気ですが、こちらはいかにも「屋台」という感じのオープンな街並で、2001年7月29日開業ということですでに10年の歴史があり、たくさんのお客さんたちで賑わっておりました。居酒屋こころは、気さくな店主とおくさんが出迎える、アットホームなお店です。
P7050291 カキの酒蒸し。プリプリです。このほかにも新鮮な海産物がいただけます。
P7050297 こちらは「母ちゃんコロッケ」。オカラを油揚でくるんで揚げてあり、ヘルシーだけど美味しいです。

P7060299 帯広といえば……そう、六花亭ですね。にゃん子の希望で、朝食は六花亭のおいしいスイーツをいただきました。

P7060316 札幌へと向かい道すがら、いつも立ち寄る共働学舎新得農場のミンタルを今回も訪ねました。
P7060317 チーズの盛り合わせ。見た目もきれいですが、味もおいしいです。

P7060354 札幌の夜は、いつものお店で……。店名は秘密だよ。

P7070365 朝食は、にゃん子の希望で、札幌二条市場の魚屋の台所でいくら丼をいただきました。昨日の朝食は六花亭のスイーツ、今日は朝からいくら丼、なかなかディープです。ホントはこの時期、取れ立てのウニ丼のほうがおすすめで、イクラは時期外れの冷凍物なのですが、北海道に来たなら一度はいくら丼を食べておきたいということで選びました。地元の人からみると味が落ちるのかもしれませんが、内地のぽん太とにゃん子にとってはとっても美味しかったです。

P7070377 お昼は小樽の伊勢鮨で。それぞれに手が加えてあって美味しゅうございました。

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2011/11/15

【北海道ネイチャーツアー(2)】アポイ岳は固有種の花がいっぱい

 花の名所のアポイ岳についに行ってきました。しかし天気はsad。それでも、固有種を含め、様々な花を楽しむことができました。Img_4248_3
【山域】日高山脈(北海道)
【山名】アポイ岳(811m)
【日程】2011年7月5日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り〜ガス〜霧雨
【ルート】レストハウス8:12…アポイ岳10:58…幌満お花畑…レストハウス13:43

(※大きい地図や3Dグラフは「山行記録のページへ」をクリック)
【見た花】イブキジャコウソウ、エゾコウゾリナ(初)、キンロバイ、アポイアズマギク(初)、ヤマツツジ、サマニユキワリ(初)、アポイハハコ、サマニオトギリ(初)、ヤマブキショウマ、ハクサンシャクナゲ、アポイアザミ(初)、マルバシモツケ、チシマキンレイカ、ハクサンチドリ、ゴゼンタチバナ、チシマフウロ、イソツツジ、キタヨツバシオガマ(初)、ミヤマオダマキ、アポイゼキショウ(初)、ゴゼンタチバナ、チシマフウロ、ヒメエゾネギ蕾み、エゾルリムラサキ(初)、イチヤクソウの一種
【マイカー登山情報】レストハウスを通り過ぎた川沿いに登山者用の広い駐車場があります。

Img_4158 急ぐ必要はないので、民宿むかいでしっかり朝食をいただいて出発。アポイ岳の標高は811mと低いので、登り始めは登山というよりも、水平に移動している感じです。
 写真はかんらん岩。アポイ岳は、この岩でできていることによって、標高が低いにもかかわらず高山植物で覆われており、固有種が豊富です。
Img_4161 この花、なんでしょう?図鑑を見たのですがよくわかりませんでした。ご存知の方は教えてください。
Img_4167 アポイ岳の固有種、エゾコウゾリナです。お初にお目にかかりました。カンチコウゾリナに比べて花がやや大きく、茎の先に一個だけ花をつけるのが特徴です。
Img_4171 キンロバイです。珍しい花ではありませんが、雄しべが(偶然に)きれいに写ったので、アップしておきます。
Img_4178 アポイアズマギク(初)です。白い花も多いそうですが、これはごく薄い紫です。
Img_4183 花冠の切れ込みが浅いので、サマニユキワリかユキワリコザクラか。葉っぱが小型だし、場所柄からいっても、サマニユキワリとしておきたいところです。もちろんお初です。
Img_4187 アポイハハコです。タカネヤハズハハコに比べ、葉の幅が広く、厚くてぼってりしています。
Img_4191 ちょっと遠いですが、サマニオトギリ(初)か?ハイオトギリとは、花弁に黒点がないことで区別するそうですが、確認できませんでした。
Img_4230 キタヨツバシオガマ(初)かなあ?普通は花が7段から10段付くそうですが、時期が遅れていじけているのかも。顎と花の付け根で曲がっているという特徴は当てはまります。
Img_4197 ヒメエゾネギのつぼみと思われます。
Img_4238 山頂には祠があり、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の三柱が祀られておりました。もちろん古来のアイヌの信仰とは異質な神様で、これら三柱は復古神道で重視されました。おそらくは江戸時代の蝦夷統治や、明治時代の神仏分離のなかで、アポイ岳に押し付けられたものと思われますが、正確なところはぽん太ごときにはわかりません。
Img_4248 幌満お花畑にエゾルリムラサキ(初)が咲いていました。名前の通り瑠璃色の花が美しいです。霧雨のなか幌満お花畑に寄る人は少なく、登山道の両側の樹の露で服がびしょびしょになってしまいましたが、この花が見れただけで、苦労した甲斐がありました。ホントにきれいな花ですね。

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2011/11/14

【北海道ネーチャーツアー(1)】釧路川カヌー・温根内木道・様似町民宿むかい

 ようやく7月の旅行の報告です。ぜえぜえ。
 7月上旬、ぽん太とにゃん子は北海道に行ってきました。こんかいは、釧路湿原のカヌーツアーと、花で有名なアポイ岳登山が目玉です。
 釧路湿原は、以前に車で走り抜けたことと、冬に列車からタンチョウヅルを見たことはありましたが、ラムサール条約に批准したという大自然といまひとつ触れ合えた感じがしませんでした。そこで今回はカヌーツアーを選んでみました。お世話になったのは塘路ネイチャーセンター、こちらが公式サイトです。まずカヌーで塘路湖から細岡まで下り、休憩をはさんで温根内の木道を歩くというコースを選択しました。
P7040026 7月上旬といえば、東京は梅雨空に覆われていますが、北海道は天気がいいのが普通。しかし当日はあいにくの雨模様でした。登山用の雨具を着込んで完全武装でスタンバイ。まずはスタート地点の塘路湖にカヌーを運びます。
P7040027 こちらが今回乗せていただいたカヌー。インデアンカヌーですね。前ににゃん子とぽん太が乗り(先頭はにゃん子に譲りました)、後ろにガイドさんが乗ります。基本的にガイドさんが漕いでくれるので、客は漕いでるふりをして、雰囲気を楽しむだけでオーケーです。ちなみにぽん太は、以前に四万十川でカヤックによる川下りをしたことはありますが、インディアンカヌーは初めてです。
P7040031 湖上に漕ぎ出すと、初めての感覚に、思わず「わーっ」と歓声をあげてしまいました。水面に近いというか、足は水面下にありますので、水と一体化した雰囲気です。しかも滑るように水面を進んで行きます。
P7040041_2 釧路本線の鉄橋をくぐって、塘路湖から川へと入ります。
P7040047 オジロワシです。とんびじゃないよ。エゾシカの群れも見ることができました。
P7040068 浅瀬にカヌーを停めてコーヒーブレイク。これが元祖炉端焼きか?
P7040043 美しい風景が続くなか、あっと言う間に終点の細岡に到着。う〜ん、まだまだ乗っていたい。

P7040080 さて、一休みのあと、温根内の木道を案内していただきました。さてこれは……。ミズバショウじゃないよ、ヒメカイウだよ。葉っぱが違います。もちろんお初です。
P7040092 ヤナギトラノオです。これまた初対面。
P7040096 クロバナロウゲです。初お目見えです。
P7040100 カキツバタです。
P7040104 タヌキモです。なんか親近感がわきます。ちょっと見にくいですが、水面下の葉っぱがタヌキのしっぽのようなかたちをしています。
P7040117 遠くてピンぼけですが……サラワン。
P7040122 マメ科っぽい花。名前がわかりません。
P7040123 サワシバの花(果穂)です。
P7040124 これもなんだったかな〜。ツクシとスギナが合体したような植物です。後で調べたところでは「イヌスギナ」かしら?
P7040128 温根内からの帰り道、ガイドさんが「このへんによくタンチョウヅルがいるんだけど……」と脇道に入っていきました。すると……いました、いました。こんな民家の近くにいるのがなんだか不思議です。

P7050136 その夜は、翌日のアポイ岳登山にそなえて、様似町に宿をとりました。様似の宿というとアポイ山荘が有名ですが、いかにも公共の宿という感じなのでぽん太とにゃん子は敬遠し、ネットで探した「民宿むかい」さんにお世話になりました。公式サイトはなさそうなので、こちらにリンクしておきます。
P7040129 この日は貸し切りでした。夕食は「豪華」とはいきませんが、とっても美味しかったです。食事をしながらの宿の奥さんとの会話がとっても楽しかったです。
P7050132 朝食をとり、さあ、今日はアポイ岳登山です。でも、天気が……。

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2011/11/13

【バレエ】これは新国立の財産や 「パゴダの王子」新国立劇場バレエ団

 ビントレーの「パゴダの王子」を観てきました。こちらが公式サイト、そしてこちらが特設サイトです。
 昨シーズンから新国立劇場舞踏芸術監督となったデヴィッド・ビントレーですが、「アラジン」、「ペンギン・カフェ」と、なんかアメリカのショーみたいで、ぽん太はいまひとつピンと来ませんでした。でも今回は、だんだん目が慣れてきたのか、なかなか楽しめましたし、感動もいたしました。
 新国立劇場バレエ団は、牧阿佐美前芸術監督のときは、一流ダンサーのフィーチャリング方式で世界水準のパフォーマンスを観ることがでましたが、ビントレーになってからは新国立バレエ団員のみによる公演が増えました。今回の舞台も日本人ダンサーだけ。でもこの作品が新国立劇場のレパートリーとして財産になるのでしょうから、ビントレーには感謝、感謝です。日本を舞台にしたこのビントレー版が、『パゴダの王子』の世界標準版になるといいのですが……。
 幕が開く前から舞台中央に道化(吉本泰久)が座り込み、軽妙なマイムで会場をくすぐります。楽しいファンサービスで、当日は祭日だったため子供達も多かったので、みな大喜びでした。吉本は幕が開いてからもユーモラスな演技がひかり、キレのいいピルエットも見せてくれました。
 主役は長田佳世と芳賀望の元Kバレエコンビ。長田さんは動きが柔らかくポーズも美しく、何も知らない少女が試練を経て成長していく様子を見事に表現してました。芳賀君も、不気味だけど魅力的なサラマンダーと、頼もしく誠実な妹思いの兄を踊り分け、複雑なピルエットのD難度の連続技も見せてくれました。ただちょっと身体が固いのが気になり、前後に足を開くジャンプなど、少し物足りなかったです。川村真樹の女王エピーヌは、これぞバレエの本道という感じの端正な踊りでしたが、この役ならもっと下衆なあだっぽさが欲しい。皇帝のトレウバエフ、第三幕で呆けてしまって富士山の中腹にいじけて引きこもっているのが面白かったです。そのあとの我が子を思っての泣き叫ぶ演技は、胸に迫るものがありました。四人の王様も、新国立にまだ詳しくないぽん太は誰が誰やらよくわからないのですが、それぞれにすばらしかったです。コール・ドもよかったです。なんかダンサー全員が、とっても生き生きとして表現力豊かに踊っていたような気がします。これもビントレーのおかげか?
 ストーリーも面白かったです。オリジナルのシナリオは問題が多かったそうですが、ビントレーがかなり手を加えたのでしょうか(注1)。さくら姫と王子が兄妹で、恋人同士ではないため、パ・ド・ドゥの雰囲気が微妙でした。いっそのこと許嫁同士という設定にした方がいいのに、などと思いながら観てたのですが、それで第三幕が結婚式じゃ、確かにありきたりのパターンですよね。
 切絵風・アールヌーヴォー風のセットも奥行きが感じられて美しかったです。衣装も面白く、特に群舞の女性の着物など、着物らしく、踊りやすく、かつエレガントでした。
 ガムランを取り入れたブリテンの音楽も格調が高く、おかげで「アラジン」のように俗っぽくならずにすみました。
 今回の公演、ぽん太はかなり満足いたしました。

(注1)新国立劇場の情報誌「ジ・アトレ」Vol.174、2011年5月号に収録されている實川絢子の「『パゴダの王子』ーー日本とイギリスをつなぐファンタジー・バレエ」に、クランコ版(1975年)とマクミラン版(1989年)のストーリーが載ってました。
 クランコ版は、十九世紀古典バレエのスタイルを踏襲し、「眠れる森の美女」「美女と野獣」「シンデレラ」「リア王」など様々な要素が混ざり合ったストーリーだったそうです。これまでサポート役だった男性ダンサーに焦点を当てたことが特色で、サラマンダーの姿に変えられた王子や、東西南北の四人の王など、個性的な男性バリエーションが沢山あったそうです。
 マクミラン版は「リア王」のように年老いた皇帝が領地を二人の娘に分け与えるところから始まるそうです。皇帝がお気に入りの妹に領地のほとんどを与えたため、嫉妬した姉が、妹の婚約者の王子を魔法でサラマンダーに変え、さらに皇帝から王冠まで奪ってしまいます。旅に出た妹は、虚栄や暴力性などを象徴する四人の王を拒絶し、サラマンダーの住むパゴダの国に到着。精神的に成長をとげた妹は宮廷に戻り、キスによって人間に戻った王子と力を合わせて、四人の王を打ち負かして王冠を取り戻し、ついに二人は結ばれる、という複雑な筋だったそうです。(2011年11月27日付記)。


パゴダの王子
[New Production]
The Prince of the Pagodas
2011年11月3日 新国立劇場オペラ劇場

【振 付】デヴィッド・ビントレー
【音 楽】ベンジャミン・ブリテン
【美 術】レイ・スミス
【照 明】沢田祐二
【指 揮】ポール・マーフィー
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

さくら姫:長田佳世 
王 子:芳賀 望 
女王エピーヌ:川村真樹 
皇 帝:M. トレウバエフ 

北の王:福田圭吾
東の王:奥村康祐
西の王:小口邦明 
南の王:厚地康雄
道化:吉本泰久
宮廷官吏:貝川鐵夫
雲:西川貴子/北原亜希/千歳美香子/今村美由起/川口藍/成田遥
  古川和則/輪島拓也/アンダーシュ・ハンマル/小柴富久修/田中俊太朗/原健太/宝満直也/宇賀大将(交替出演)
星:大和雅美/石山沙央理/奥田花純/五月女遥/盆子原美奈/益田裕子
泡:さいとう美帆/高橋有里/寺島まゆみ/寺田亜沙子/堀口純/丸尾孝子/井倉真未/加藤朋子/柴田知世/細田千晶
タツノオトシゴ:八幡顕光/江本拓/奥村康祐/福田圭吾/小口邦明/清水裕三郎/林田翔平(交替出演)
深海:貝川鐵夫/小柴富久修
炎:大和雅美/奥田花純/盆子原美奈/益田裕子

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2011/11/02

【バレエ】わけわかんないけどイイ!「アジュー」シルヴィ・ギエム・オン・ステージ2011 Bプロ

 今回の来日公演でギエムは、一つひとつの作品ごとに全く違った世界を見せてくれましたが、本日のコンテンポラリーの公演で、さらに二つの世界がつけ加わりました。ギエムの表現の引き出しはいったいいくつあるんでしょうか。
 「リアレイ」は、フォーサイスの振付け。音楽のデヴィッド・モローという名は聞いたことがありませんが、ドイツ現代音楽風の暗い曲。舞台上も暗く、暗転をはさんで短い踊りがいくつも連なるさまは、なんだか句集を読んでいるような気になります。ただ疲れ気味のぽん太は、ライトの明滅につれて、意識も明滅してきました。
 「アジュー」はとても良かったです。一転してコミカルでペーソスを感じさせる作品ですが、根底には悲しさと寂しさが横たわっております。振付けはエッグ・マック……じゃやなくてマッツ・エック。例のジゼルを精神病院送りにしたヤツですね。舞台上に立てられたスクリーンに映し出されたギエムは、映像から抜け出すかのように舞台に現れ、その後も出たり入ったりします。まるでiPadマジック(たとえばこちらのYoutubeをどうぞ)みたいで、なかなかおもしろいアイディアです。次第にスカートにブラウス、カーディガンというオバハンのような服装で、動きもなんとなくださいです。やがてカーディガンや靴下を脱ぎ捨てて、はじけたように踊りまくります。スクリーンの向こう側には、犬が、そして男性が姿をみせます。最後には再び靴下をはいて、スクリーンのなかの人たちの元に戻って行きます。プログラムを買わないぽん太には、マッツ・エックの意図はわかりませんが、人生に疲れ、そこから逃げ出そうとした女性が、再びそこに戻ることを決意する話しのような気がします。使われている音楽は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番の第2楽章ですが、これはベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタであり、この曲が作曲されて(1821年から22年頃)から約5年後の1827年に、ベートーヴェンはこの世に別れを告げたのでした。ベートーヴェンというと「英雄」だ「運命」だと勢いある力強い音楽が頭に浮かびますが、晩年はピアノソナタや弦楽四重奏のジャンルで、自己の内部に沈潜して高みに登って行くような音楽を創っていたのでした。

 今日は東京バレエ団もなかなかよかった気がします。思わず(失礼!)集中して観てしまいました。「春の祭典」は、まあもともとの音楽もいいけれど、迫力があって見応えがありました。長瀬直義と吉岡美佳の二人の生け贄も悪くなく、特に吉岡さんは柔らかさと動きの緩急が心地よく、神々しさがありました。
 キリアンの「パーフェクト・コンセプション」は、穴のあいた座布団みたいなのを小道具にした、シャレたダンス。まんなかに穴があいていて、腰に持ち上げるとスカートみたいになったりします。これまた動きのおもしろさを楽しめました。バッハの『ゴールドベルク変奏曲』はうなり声も入っているのでグールドの演奏か?たしかジル・ロマンの『アリア』でも使われていたような……。この曲にカラスの鳴き声が加わると夕暮れの雰囲気になることを初めて知りました。
  

シルヴィ・ギエム・オン・ステージ2011 
HOPE JAPAN TOUR Bプロ
10月30日 東京文化会館

「春の祭典」
振付:モーリス・ベジャール、音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
生贄:長瀬直義
2人のリーダー: 柄本弾、森川茉央
2人の若い男:氷室友、小笠原亮
生贄:吉岡美佳
4人の若い娘:高村順子、西村真由美、佐伯知香、吉川留衣

「リアレイ」*
振付:ウィリアム・フォーサイス、音楽:デヴィッド・モロー
シルヴィ・ギエム、マッシモ・ムッル

「パーフェクト・コンセプション」
振付:イリ・キリアン
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ、ジョン・ケージ、レスリー・スタック
田中結子、川島麻実子、松下裕次、宮本祐宜

「アジュー」(Bye)*
振付:マッツ・エック
音楽:ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第32番Op.111 第2楽章
シルヴィ・ギエム

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