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2011/12/15

【中国地方の温泉と世界遺産(7)】出雲の阿国ゆかりの地を訪ねる/連歌庵・阿国の墓・安養寺・出雲阿国終焉之地碑・於國塔・稲佐の浜

Img_0796 出雲大社から西に向かって海岸に至る道は、歌舞伎の創始者の出雲阿国にゆかりの史跡が並んでいます。ちょっとググってみたけどいい地図がないので、出雲観光協会のパンフレットにあった地図をアップしておきます。
Img_0190 まずは阿国寺の連歌庵。案内板によれば、「歌舞伎の始祖として一世を風靡した出雲阿国は、晩年は大社に帰り、尼僧「智月」となり、読経と連歌に興じて静かに余生を過ごしたと言われています。そのため、この草庵は阿国寺”連歌庵”と呼ばれるようになりました。連歌庵はもともと中村町にありましたが、中村の大火で焼失して、二代目は明治4年、廃仏毀釈によって取り壊され、昭和11年、「劇祖阿国会」によって再建されました。」
Img_0191 阿国の像です。Wikipediaによれば、阿国は出雲国松江の鍛冶中村三右衛門の娘として1572年に生まれ、出雲大社の巫女となり、文禄年間に出雲大社勧進のため諸国を巡回して評判になったそうです。晩年がどのようなものであったかは、はっきりしていないようです。
Img_0192 こちらは出雲阿国の墓の入り口です。階段を登っていくと……
Img_0194 これが阿国のお墓だそうです。
Img_0196 安養寺(あんようじ)です。案内板によると、先の連歌庵が廃寺になったと、阿国の持仏であった三十三体の観音像や遺品が、この寺に移されて祀られたそうです。現在は、三十三体のうち二体の観音像と、阿国愛用の数珠が残っているそうです。残念ながら、それらを見ることはできませんでした。
Img_0197 「出雲阿国終焉地之碑」です。このあたりの中村の里が、阿国が生まれ、また亡くなった地とされているようです。この日は昭和55年(1980年)に建てられたもので、題字は二代目中村鴈治郎(現坂田藤十郎(四代目)や中村玉緒の父)によるものです。
Img_0198 その横の石段を上っていくと、於國塔(おくにとう)があります。昭和11年に当時の名優たちの寄付によって建てられたものだそうですが、現在の塔は昭和43年(1968年)に再建されたものだそうです。
Img_0203 再び石段を降りたところにあった「公衆有線」です。若いひと、知ってますか?知らない人はWikipediaをどうぞ。
Img_0206 さらにその横には「乳房イチョウ」という樹があります。写真のように、乳房のような枝が垂れ下がっております。
Img_0207 海に出た所が弁天島を望む稲佐の浜。大国主命の国譲り神話の舞台で、大国主命が建御雷神に国譲りを決意した場所だそうです。岩波文庫の『古事記』をみると、「出雲國の伊那佐の小濱に降り到りて」(61ページ)となっておりますが、別の『口語訳古事記 完全版』(三浦佑之訳注、文藝春秋)では「伊耶佐」(いざさ)とされ(90ページ)、訳注で、出雲国風土記では「伊奈佐」(いなさ)となっていると書かれています。また『日本書紀』では「五十田狭」(いたさ)となっておりますが(『日本書紀(上)』講談社学術文庫、57ページ)、何がなんだかぽん太にはわかりません。

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