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2012/08/08

【歌舞伎】猿之助の「黒塚」は哀しき哉。2012年7月新橋演舞場夜の部

 あ〜あ、暑くてだるくて頭も働かず、ブログも書けまひぇん。ぽん太です。七月の新橋演舞場、昼の部の「ヤマトタケル」は先月観たので、夜の部だけの観劇です。松竹の公式サイトはこちらです。
 まずは中車の山岡鉄太郎で「将軍江戸を去る」。脚本の真山青果は、理屈っぽいのでぽん太は嫌いです。以前に観たとき、「尊王と勤王の違いは〜」とか言ってたけど、どう違うんだかよくわからなかったので、今回は注意して台詞を聞いていたのですが、やっぱりよくわかりませんでした。 そこで家に帰ってから戯曲を読み直してみたところ(「真山青果全集 第7巻』講談社、1975年、に収録されております)、山岡の言うには、日本国の主権大権は天皇にあり、将軍家は一時的にそれを行使する役目を与えられているに過ぎない。そのことを忘れて、ただただ皇室を外面的にあがめているのは「尊王」にすぎない。皇室にこそ主権があることを認め、経済・軍事などもろもろの権力を皇室にお返しすることこそが真の「勤王」だ、ということのようです。
 う〜ん、やっぱ理屈っぽい。「江戸の町が火の海になるのを防ぎ、庶民の生活を守るため」などというのは全く関係ないようです。
 だいたい一度は江戸城を去ることを決めた慶喜が、再び反旗を翻そうと思った理由も、第十五代将軍として皇室に従い、大政を奉還するのは仕方ないが、それにつけても薩摩・長州にさんざんひどい仕打ちをされた恨みが忘れられず、今は一人の人間である徳川慶喜として、この汚辱を晴らしてくれよう、というもののようです。なんか小さいですね。
 話しは変わりますが、観劇から時間がたってしまって正確には覚えてないのですが、慶喜が突然「戦は二度と起こしてはならぬのだ〜」みたいなことを言いだして、軍国主義思想的な真山青果がそんなセリフを書いたのかとびっくりした記憶があるのですが、やはり原作にはそのようなセリフはありませんでした。戦後に付け加えたものでしょうか?
 市川中車が山岡鉄太郎。昭和8〜9年に発表された新歌舞伎だからやりやすいとはいえ、台詞でもって芝居全体を引っ張る難役。まさに体当たりの演技で、多少声をからしながらも、最初から最後までテンションを失わず、気魄を込めて演じきりました。ただ、台詞を張ったり、ふと声を落としたり、間をとったりというあたりはまだまだです。また、お辞儀をしたり、前に進み出たり、さっと退いたりといった所作も、形が決まりません。共演していた海老蔵が上手に見えましたhappy01
 慶喜を演じた團十郎は、言わずと知れた歌舞伎界の重鎮。対する中車は、初心者以前の赤子同然。二人の立場の差がそのまま舞台に出てしまった感じで、鉄太郎がただただかしこまり、平伏しつつ、将軍様にご意見申し上げている感じでした。山岡鉄太郎も人間の大きさをちらりと見せて、ぐっと慶喜に迫るようなところもあると良かったです。
 團十郎の様式的というか、リアルでないhappy01演技によって、舞台がとても歌舞伎らしく見えました。貫禄と居いい鷹揚さといい、最後の将軍の風格がありました。哀愁にひたったり、ぐっと気負い立ったり、ふと我に返って本音をもらしたりと、一つひとつの演技が見事。最後の江戸を去る場面も、個人的な思いはぐっと飲み込んで、歴史のなかでの自分の役割を果たそうとする姿が、ぽん太の胸を打ちました。
 口上は、猿之助、中車、團子と、團十郎、海老蔵という少人数。海老蔵が、猿之助が同じ本を3冊くれたとか、先月の團子の「猿翁さんより立派な役者になりたいです」という口上を聞いて、なんと大それたことを言うかと驚いただとか、軽妙な話題で笑いを誘ってました。
 口上を挟んで猿之助の「黒塚」。ぽん太は以前に右近で観ているはずですが、よく覚えてません。そのときの記事にも書きましたが、この舞踊は奥州安達が原の鬼婆伝説が元になっており、鬼婆の亡がらを祭った黒塚は、福島県二本松市の観世寺(Yahoo地図)にあるそうです。
 で、猿之助は、正体を現してからの迫力は言うまでもありませんが、救われると知った老婆が、童心に返って自らの影と戯れるという見せ場の、ちょっと猟奇的・倒錯的な詩情が素晴らしかったです。このあと阿闍梨が約束を破って家の中を覗くことによって、老女の喜びが束の間に終わることがわかっているので、なおささら哀しくてなりません。若い猿之助は、芸の力でもってこの踊りを踊ってみせたのですが、やがて猿之助自身が年老いたとき、どのような「黒塚」を踊るか観てみたいと思いました……が、そのときゃぽん太は死んでるか……。
 最後の「楼門五三桐」は何もかも切り詰めたとっても短いバージョンで、舞台の上で生身の猿翁を観れるというもの。ありがたや、ありがたや。カーテンコールで猿翁を支える黒衣が実は中車という演出も、既にあちこにか書かれていますが、自分のメモ代わりにあらためて書いておきます。


新橋演舞場
七月大歌舞伎
平成24年7月 夜の部

一、将軍江戸を去る(しょうぐんえどをさる)
                徳川慶喜       團十郎
               山岡鉄太郎       中 車
               間宮金八郎       猿 弥
               吉崎角之助       月乃助
                天野八郎       右 近
               高橋伊勢守       海老蔵

二、口上
  四代目市川猿之助・九代目市川中車 襲名披露
  五代目市川團子 初舞台
                      亀治郎改め猿之助
                           中 車
                        初舞台團 子
                           幹部俳優出演

三、猿翁十種の内 黒塚(くろづか)
         老女岩手実は安達原鬼女  亀治郎改め猿之助
               山伏大和坊       門之助
               山伏讃岐坊       右 近
               強力太郎吾       猿 弥
               阿闍梨祐慶       團十郎

四、楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
                真柴久吉  猿之助改め猿 翁
                左枝利家       段四郎
              石川五右衛門       海老蔵

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