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2013年1月の13件の記事

2013/01/31

【バレエ】このエネルギーで復興だ〜!「ダイナミック・ダンス!」新国立劇場バレエ団

 2011年3月下旬に公演が予定されていながら、東日本大震災のために公演中止となっていた「ダイナミック・ダンス!」を、ついに観てきました。特設サイトはこちら、公式サイトはこちらです。
 まずはバランシンの「コンチェルト・バロッコ」。ぽん太は初めて観る演目です。バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」( B.W.V.1043)に振り付けられたいわゆる「抽象バレエ」です。予想通り、独奏楽器に見立てた2人の女性ダンサーと、オーケストラに見立てた群舞による踊りでした。ただ、ソロダンサーとコールドはうまく対比されていたのですが、二人のソロダンサーどうしの関係性は、今ひとつでした。バッハの曲では二つのヴァイオリンが、メロディと伴奏になったり、掛け合いをしたりと、様々に絡み合うのですが、ダンスの方ではそういった面白みは感じられませんでした。この作品が振り付けられたのは1941年。Wikipediaによれば、バレエ・リュスに関わっていたバランシンがアメリカに渡り、アメリカン・バレエ学校を創設したのが、1933年。1935年に卒業生からなるアメリカン・バレエを設立、1946年に現在のニューヨーク・シティ・バレエ団の前身の「バレエ協会」を設立しました。有名な「シンフォニー・イン・C 」の初演が1947年、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」が1960年ですから、「コンチェルト・バロッコ」は、抽象バレエのなかでは初期のものなのかもしれません。第2楽章の、手をつないだダンサーたちがさまざまな複雑な動きをし、最後は渦巻きのように回転する動きは、はっとしました。
 小野絢子と長田佳世は、柔らかさと力強さが対照的でした。ヴァイオリンは漆原啓子と藤江扶紀。オケは「新国立劇場弦楽アンサンブル」と書いてありますが、その実体は?よーするに今回の公演のために寄せ集められたメンバーでしょうか?
 続いて、ビントレー振付の「テイク・ファイヴ」。オケピのなかにジャズ・カルテットが入ってるのは不思議な光景でしたが、迫力ある演奏でした。クラシックのテクニックを駆使しながら、大人のショー的な雰囲気をにおわすビントレーらしい振り付けでした。なんでもビントレーの父親は、ジャズ奏者だったそうな。新国のダンサー面々も頑張ってましたが、どうしても優等生的でジャズ的な妖艶さには欠けるところがあります。キム・ヨナのような色っぽさも身につけて欲しいところです。そのなかでも湯川麻美子は濃厚さありました。寺田亜沙子、井倉真未、加藤朋子の「スリー・トゥ・ゲット・レディー」は可愛らしかったです。八幡顕光が、キレのよい動きと、持ち前のアピール力で、大きな拍手を得ておりました。「トゥー・ステップ」は、先日の『シルヴィア』で力強い踊りを見せてくれた本島美和と、オラリオンの厚地康雄のコンビ。大きくて優雅な踊りでしたが、やはりプラスアルファの表現力が欲しいです。おそらくこの踊りのなかに、甘え、挑発、恍惚、誘惑、情熱、喜びといった、様々な男女の愛の様相が含まれていると思うのですが、それが見えてきませんでした。そういったものは、表情や視線、ちょっとした動きのなかに現れてくるものだと思うのですが。
 最後は「イン・ジ・アッパールーム 」。振付けのトワイラ・サーブは、新国立の「Ballet the chic」(2009年)で「プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ」を観たことがありますが、今回は、エネルギッシュでパワフルな舞台でした。でも、日本人だとやっぱり外人さんのような迫力がありませんね。縦縞の服を着た女性ダンサーたちはパジャマで踊っている女の子という感じで、キメのポーズも「せ〜の、ガンバ!」みたいで、なんだかかわゆく見えてしまいます。しかしラストは、フィリップ・グラスの反復しながら高まって行く音楽とあいまってとっても盛り上がりました。グラスの音楽は、このバレエのために作曲されたもののようですね。CDが出てるみたいです。スモークがたかれた舞台に、背景の黒い幕からダンサーが出入りすることによって、ダンサーが突然現れたり消えたりするように見せる効果も面白かったです。
 

「ダイナミック ダンス!」
新国立劇場バレエ団
2013年1月27日 新国立劇場中劇場

「コンチェルト・バロッコ」 Concerto Barocco
【音 楽】ヨハン・セバスティアン・バッハ(二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調)
【振 付】ジョージ・バランシン
【指 揮】大井剛史
【演 奏】漆原啓子/藤江扶紀(vl.)、新国立劇場アンサンブル
男性プリンシパル:山本隆之
女性プリンシパル:小野絢子、長田佳世

「テイク・ファイヴ」 Take Five
【音 楽】デイヴ・ブルーベック/ポール・デスモンド
【振 付】デヴィッド・ビントレー
【美 術】ジャン=マルク・ピュイッサン
【演 奏】荒武 裕一朗(ピアノ)/菅野 浩(アルト・サックス)/石川 隆一(ベース)/力武 誠(ドラム)
テイク・ファイヴ:湯川麻美子
スリー・トゥ・ゲット・レディー:寺田亜沙子、井倉真未、加藤朋子
フライング・ソロ:八幡顕光
トゥー・ステップ:本島美和、厚地康雄
フォー・スクェア:八幡顕光、奥村康祐、古川和則、小口邦明 

「イン・ジ・アッパールーム 」In the Upper Room
【音 楽】フィリップ・グラス
【振 付】トワイラ・サープ
【衣 裳】ノーマ・カマリ
【照 明】ジェニファー・ティプトン
小野絢子、本島美和、厚木三杏、米沢 唯、丸尾孝子、大和雅美、盆子原美奈
福岡雄大、福田圭吾、古川和則、輪島拓也、小口邦明、清水裕三郎

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2013/01/21

【歌舞伎】また「勧進帳」かぁ。2013年1月浅草公会堂第2部(付:居酒屋志婦や)

 第1部に引き続き、第2部を観劇しました。公式サイトはこちら、特設サイトはこちらです。
 第2部は「口上」があるためか、お年玉挨拶はナシでした。
 最初の演目は「毛谷村」です。あちこち省略された短縮版。すでにお幸が訪ねてきて奥の部屋におり、六助が子供をあやす場面もありません。六助が微塵弾正に額を割られるところも省略かと思いましたが、なんでも筋書きによれば(ぽん太は買ってないのでネット情報の受け売りですが)、我當の「六助ほどの剣の達人が額を割られるのはおかしい」という意見にしたがって意図的に省いたんだそうです。たしかに理屈ですが、額を割られても相手を思いやっている六助の善良さを見せた方がいいような気もしました。また六助が、庭石を踏むケレンもなくて、ちょっと寂しかったです。
 とはいえ愛之助の六助が素晴らしく、愛之助持ち前の人の良さが役柄によく合ってました。ぽん太ごひいきの壱太郎がお園。体の線が細いので、怪力の女丈夫らしさはありませんでしたが、正統派の見事な演技でした。ぽん太は壱太郎を見ていると、マリインスキー・バレエのロパートキナを思い出します(誉め過ぎか?)。客にこびるような安易な感情表現をしないなので、いっけん硬質な印象を受けますが、高いレベルでの深い感情表現があり、一つひとつの動きが実に美しいです。ぜひとも、観客受けを狙った小芝居などは身につけず、正道を歩んで欲しいと思います。海老蔵の杣斧右衛門が、とぼけた味でおかしかったです。以前に見た「神田ばやし」の桶屋留吉もそうでしたが、海老蔵が滑稽な役を演じると、普段とのギャップが大きくて面白いですね。吉弥のお幸が舞台を締めてました。
 次いで海老蔵の「口上」。なんと「にらみ」が付いていて、目玉がぽとりと落ちるんじゃないかと思うほど飛び出ていて、迫力満点でした。なんでも、にらんでもらうと一年間の無病息災が約束されるそうで、ぽん太も来月大腸ポリープを取る予定なのですが、きっと良性ですむことでしょう。
 最後は「また勧進帳」。松竹は、なんで同じ演目を年に何度もやるんでしょう。一生に数回しか歌舞伎を観ないひとにはいいかもしれませんが、毎月歌舞伎を見ているとさすがに飽きてきます。「白鳥の湖」を年に何回も上演するバレエ団や、「ハムレット」を何度も上演する劇団はあるんでしょうか。松竹は「歌舞伎座さよなら公演」とうたって1年4ヶ月にわたって超有名な演目を延々と上演しましたが、こんどは「歌舞伎座杮落公演」と銘打って、また一年間超有名作品を上演し続けるのでしょうか。ぜひ演目を工夫して欲しいとぽん太は願ってます。
 ゴッホン、愚痴はさておき、海老蔵と愛之助の初顔合わせの「勧進帳」、他の配役もあいまって、若々しくて勢いがありました。愛之助の問答も迫力がありましたし、海老蔵も声が鼻に抜ける悪い癖がだいぶ直ってきたような気がします。弁慶が葛桶の蓋に注がれたお酒を飲む前に、ふーっと吹く仕草がありませんでしたが、成田屋はこうなんでしたっけ?ぽん太はこれまで意識してませんでした。孝太郎の義経は品格がありましたが、顔が小さくて表情が乏しいせいか、慈愛がにじみ出て来るといわけにはいきませんでした。
 6時終了だったので、居酒屋の志婦"や(しぶや)に寄りました(食べログ)。観光客で賑わう浅草ですが、地元の常連さんばかりのお店で、日本酒もいろいろ揃っていてなかなか良かったです。

新春浅草歌舞伎
浅草公会堂
平成25年1月16日 第2部

  彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)
一、毛谷村(けやむら)
               毛谷村六助  片岡愛之助
                  お園  中村壱太郎
                  お幸  上村吉 弥
          微塵弾正実は京極内匠  中村亀 鶴
               杣斧右衛門  市川海老蔵

二、寿初春 口上(こうじょう)
                  口上  市川海老蔵

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
               武蔵坊弁慶  市川海老蔵
               富樫左衛門  片岡愛之助
                亀井六郎  尾上松 也
                片岡八郎  中村壱太郎
                駿河次郎  中村種之助
               常陸坊海尊  片岡市 蔵
                 源義経  片岡孝太郎

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2013/01/20

【歌舞伎】愛之助の水野十郎左衛門の迫力。2013年1月浅草公会堂第1部

 正月だ!歌舞伎だ!浅草だ!公式サイトはこちら、特設サイトはこちらです。
 愛之助の浅草恒例のお年玉ご挨拶に続いて、まずは「寿曽我対面」。ぽん太ごひいきの壱太郎が曽我十郎。品格のあるしっかりした演技でしたが、こうした役柄の色っぽさや爽やかさにはちと欠けました。松也の曽我五郎は、一生懸命声を張り上げておりましたが、ちょっと声が甲高くて、工藤祐経に迫っていく勢いが不十分でした。梅丸と米吉が化粧坂少将と大磯の虎。可愛かったですが、花魁らしい色気と風格がないのはいたしかたありません。信吾がさすがに上手でした。海老蔵が初役の工藤祐経。
 次いで「極付 幡随長兵衛」。海老蔵のこれまた初役の幡随院長兵衛は、たしかに男前で、眼光鋭くドスが利いてて凄みはありますが、江戸っ子らしい気っ風の良さや親分肌の包容力は感じられませんでした。このあたりは芸を磨くだけでなく、人間的な成長が必要なのかもしれません。終幕の死んでいくときの表情も、横で支えていた右之助の表情の方が美しく、ついついそっちに目が行ってしまいました。愛之助の水野十郎左衛門が思いのほか良かったです。旗本奴らしい大きさと、巨悪らしい凄みが感じられました。風呂を勧められた長兵衛は一度は断りますが、十郎左衛門が重ねて風呂を勧めるセリフがすばらしく、有無を言わさぬ迫力があって、場が一挙に静まりかえりました。壱太郎、こういうイナセな若者役もいいですね。松也の出尻清兵衛が楽しく、片岡孝太郎の女房お時は堅実な演技。
 ところで、幡随院長兵衛のお墓は上野の源空寺にあり(「猫のあしあと」のページにリンクしておきます。源空寺には、伊能忠敬や谷文晁の墓もあるそうです)、また水野十郎左衛門の墓は中野区の萬昌院功運寺にあるそうです(こちらが公式サイト。吉良上野介や歌川豊国、林芙美子のお墓もあるそうです)。そのうちみちくさしてみたいと思います。


新春浅草歌舞伎
浅草公会堂
平成25年1月16日 第1部

お年玉〈年始ご挨拶〉
                      市川愛之助

一、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
                工藤祐経  市川海老蔵
                曽我五郎  尾上松 也
                曽我十郎  中村壱太郎
               近江小藤太  中村種之助
                八幡三郎  中村隼 人
               化粧坂少将  中村梅 丸
                大磯の虎  中村米 吉
               小林妹舞鶴  坂東新 悟
              鬼王新左衛門  中村亀 鶴

二、極付 幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)
  「公平法問諍」(きんぴらほうもんあらそい)
              幡随院長兵衛  市川海老蔵
             水野十郎左衛門  片岡愛之助
               唐犬権兵衛  中村亀 鶴
               出尻清兵衛  尾上松 也
                極楽十三  中村壱太郎
                雷重五郎  中村種之助
                神田弥吉  中村米 吉
                小仏小平  中村隼 人
               御台柏の前  坂東新 悟
               伊予守頼義  上村吉 弥
                坂田公平  片岡市 蔵
               近藤登之助  市川右之助
                女房お時  片岡孝太郎

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2013/01/19

【演劇】首藤もいいけど近藤良平にも着目。「音のいない世界で」新国立劇場

 にゃん子が「しゅと〜、しゅと〜」と鳴くので、大雪のなか観に行ってきました。公式サイトはこちら
 会場は新国立劇場の小劇場です。ぽん太は大劇場はしょっちゅう、中劇場は何回か行ったことがありますが、小劇場は初めてでした。当然のように正面玄関から入っていったのですが、別の入り口があるんですね。知りませんでした。椅子の配置が、あまり前だと前の人の頭が邪魔になって見にくそうでした。次から切符を取る時は注意しないと……。
 普段は演劇をあまり観ないぽん太は、見始めは演劇独特のセリフまわしや演技が気恥ずかしく感じられます。でも30分ぐらいすると、演劇の世界に没入できるようになります。
 首藤と松たか子は貧しい労働者の夫婦。蓄音機で奏でる音楽を聴くのが、二人の幸せな時間。ところが二人の悪人が蓄音機を盗み出します。その結果、この世界から「音楽」が消えてしまい、しかも「音楽というものがあった」ことも忘れてしまうのですが、その辺りがちょっとわかりづらかったです。タイトルは「音のいない世界で」ですが、「音」はあります。さらに首藤は愛する妻の記憶も失いますが、妻の方は夫のことを覚えていて、ちと複雑。二人は蓄音機を取り返すために旅に出て、音楽を失って困っている様々な人々と出会いますが、最後には悪人たちから蓄音機を取り戻し、世の中に音楽が戻って来てめでたし、めでたし。大人のメルヘンという感じです。
 脚本と演出は、こんかい俳優としても出演している長塚圭史だそうです。ぽん太は初めて見たはずですが、顔は記憶にあります。ぐぐってみたら常盤貴子の旦那だそうで、以前にテレビで見たのかも。むむむ、長塚京三の息子か。一つひとつのエピソードは面白かったですが、最後の音楽が戻っての幸せ感がいまひとつでした。夫が炭坑夫で奥さんが時計工場で働いているという設定も、首藤と松のキャラには合ってますが、場当たり的でいいです。ふつう鉱山がある町に精密機械の工場はないでしょう。回り舞台を使ったまるでからくり時計のような舞台装置や、窓ガラスのシールを徐々にはがしていくなどの演出、でっかいフクロウの仕掛けも面白かったです。
 首藤はバレエのテクニックを完全に封印(一度、男とすれ違いざまにクルクルっと回っただけ)。バレエでも演技はありますから、今回のようなマイム的な表現はやりやすかったかもしれません。セリフも言ってましたが(あたりまえか)、なかなか上手でした。松たか子も可愛らしかったです。長塚圭史は、これぞ本職の役者と思わせる演技でした。
 それよりもぽん太が驚いたのが近藤良平。長塚圭史と演じたカバン泥棒の兄弟は、多くがマイムで演じられますが、体の動きだけで気持ちが見事に伝わって来て、まるでセリフが聞こえるかのようでした。またランニングシャツで演じた羊さんは、一つひとつの筋肉の動きが見事で、顔は人をくったような表情の羊のお面で、滑稽でありながらシュールな雰囲気を漂わせていました。テーブルを傾けてビンを滑らせるパフォーマンスもお見事。ググってみると、ダンサーが本職とのこと。どうりで体の使い方が巧いわけです。なんとNODA・MAPの「THE BEE」が役者デビューと書いてある。ぽん太も観てたはずだがね。その時はあまり印象に残ってませんでした。彼が主催するコンドルズのステージも観てみたくなりました。こんどうだからコンドルズか?それとも顔も禿鷹みたいだから?
 「子どもに開かれた大人の演劇」と銘打ってましたが、祭日だというのに子供があんまり観に来てなかったのは残念。
 それからこの公演、なぜかチラシに4種類の絵柄があって、どれもなかなか素敵です。せっかくなので4枚全部集めてみました。イラストは吉村宗浩とのこと(公式サイト)。

「音のいない世界で」
2012年1月14日
新国立劇場小劇場

作・演出:長塚圭史

振付:近藤良平
美術: 乘峯雅寛
照明:笠原俊幸
音響:加藤 温
衣裳:伊藤佐智子
ヘアメイク:稲垣亮弐
演出助手:渡邊千穂
舞台監督:大垣敏朗

芸術監督: 宮田慶子
主催:新国立劇場

キャスト:近藤良平 首藤康之 長塚圭史 松たか子

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2013/01/17

【バレエ】浅田良和が観れてよかった「ドン・キホーテ」日本バレエ協会関東支部神奈川ブロック 第30回自主公演

 にゃん子が「アサダ、アサダ」と鳴くので、はるばる神奈川まで行ってきました。
 浅田良和は2009年3月、Kバレエカンパニーに20歳の若さでソリストとして入団。将来を嘱望される若手ということで、ぽん太とにゃん子も成長を楽しみにしていたのですが、いつの間にか退団していたようです。こちらの浅田良和のブログを見てみると、現在はシンフォニーバレエスタジオの講師をししているようです。
 う〜ん、まさか、バレエ教室で小銭を稼いでの安定した生活を選んだわけでは……。11月19日の記事には手術を受けたと書いてあるので、体調の問題があったのかも。事情はよくわかりませんが、ファンとしては、どこかのバレエ団に所属して、世界に通用するダンサーになって欲しいです。
 で、久々に見た浅田良和の踊りですが、「こんなにうまかったけ?」と思うくらい良かったです。ジャンプの高さ、足の開き、回転の速度と安定性、踊りのキレ、どれをとっても見事でした。今回出演していた他のダンサーと比べても、一段ぬきんでていたように思います。ただ、キトリの樋口ゆりが浅田と比較して大柄だったせいか、片手リフトはなく、また体ごと飛び込んできたキトリを受け止める技(名称不明)は、キトリの体が立ったままで、飛び込み方が不十分でした。
 キトリの樋口ゆりも、Kバレエを退団してバレエ教室を開いているようです。ううう。「くるみ割り」のアラビア人形や、「ピーターラビット」のアヒルちゃんが記憶に残っておりますが。バレエ界って、けっこう出入りが多いんですね。ハツラツとキトリちゃんと踊ってましたが、やはり冒頭の開脚ジャ〜ンプも足の開き方が不十分で、全体としてテクニックが見劣りしました。今後の活躍を期待します。
 オケの俊友会管弦楽団は、アマチュアながら健闘。このようなバレエ伴奏ができるアマチュアオケがあるおかげで、経済的な面で、録音ではなく生オケでのバレエ公演が開けるわけですから、ありがたい限りです。指揮の冨田実里(女性)は、バレエ伴奏での指揮は初めてだそうですが、新国立劇場バレエ団などでのリハーサルピアニストの経験が豊富だそうで、踊りにピッタリ合ってました。最初のお辞儀でオーケストラボックの壁にオデコをぶつけたのはご愛嬌。
 あとすいません、ぽん太はプログラムを買うお金がないので、ぜひ配役表を配って下さい。お願いします。


(公社)日本バレエ協会関東支部神奈川ブロック 第30回自主公演
Ballet Art KANAGAWA 2013
「ドン・キホーテ」全幕
1月13日(日) 神奈川県民ホール大ホール

演出・振付:横瀬三郎

キトリ:樋口ゆり
バジル:浅田良和
ドン・キホーテ:桝竹真也
サンチョ・パンサ:岩上純(谷桃子バレエ団)

指揮:冨田実里
演奏:俊友会管弦楽団

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2013/01/14

【ミャンマー旅行(8)】バガン(シュエズィーゴン・パゴダ、ティーローミンロー寺院、アーナンダ寺院)

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Img_4279 バガンの宿はルービィ・トルゥ・ホテルでした。客室はいくつかのロッジに別れていて、内装もエスニック風です。蚊が多いのが玉に瑕ですが、蚊取り線香が用意されています。
Img_4284 食事は中庭でいただきます。この時期、日没後や早朝は、肌寒いくらいでした。
Img_4302 最初に訪れたのはシュエズィーゴン・パゴダです。バガンを代表する大きなパゴダで、黄金色に輝いています。
 バガンはエーヤワディー川(イラワジ川)のほとりにある町で、広々とした土地にたくさんのパゴダや寺院が建ち並び、仏教の世界三大遺跡のひとつと呼ばれています(ちなみに他の二つは、カンボジアのアンコールワットと、インドネシアのボロブド-ル寺院だそうです)。建物のほとんどは、11世紀から13世紀のパガン王朝時代に作られたそうです。ちなみに、王朝の名前は「パ」ガンで、町の名前は「バ」ガンです。
Img_4293 境内ではちょうど得度の儀式が行われておりました(冒頭の写真もそうです)。綺麗に着飾って化粧をしているのが得度する子供達。周りにいるお父さんお母さんが喜んでおります。
 ここでミャンマーの仏教について、狸のぽん太に理解できる範囲で、簡単に説明しておきましょう。ミャンマーの仏教は「上座部仏教」と呼ばれ、日本に伝わった「大乗仏教」とは系統が違います。上座部仏教は、仏教の初期の姿を引き継いでおり、一人ひとりが戒律を守って修行をすることによって自らを高め、悟りを開くという考え方です。一方、大乗仏教では、「仏陀はあらゆる人を救いたいのだ」という考えに基づいており、例えば毎日動物を殺している猟師さんも、「南無阿弥陀仏」と唱えることによって救われる、といった考え方が出てくるわけです。大乗仏教の側からは、上座部仏教を否定的に見て「小乗仏教」と呼んだりもしたようですが、この言い方は今日は使われません。
Img_4294 ミャンマーの人たちは仏教の信仰が厚く、僧侶は尊敬されています。お坊さんは尊敬されており、托鉢などでは人々は喜んでお布施をします。女性は決してお坊さんに触れてはいけません。
 「得度」をすると、子供達は僧となって僧院に入り、戒律を守って暮らします。
 ただ、僧をいつまで続けるかはその人自身が決めてよいそうです。ガイドさんは、これまで3回得度しましたが、1回目は2時間、2回目は3日で僧を辞めたそうです。1回目は小さな子供の頃で、何も分からず得度の儀式を受けましたが、親と離ればなれになって泣き止まず、2時間で家に帰されたそうです。キリスト教の洗礼みたいなものですかね。でも、親にとっては、子供が得度するということは、とっても嬉しいことなんだそうです。
Img_4308 参道の田中さんじゃなくってタナカー屋さん。あの、顔を白く塗るおしろいですね。木を、下に置いてある砥石のようなもので水で濡らしながら粉にして、顔に塗るのです。
Img_4367 ちなみにこちらが、別のところで撮った写真ですが、タナカーの木です。
Img_4310 さて、2番目に訪れたのはティーローミンロー寺院。ティーローミンローというのは「傘の王」という意味です。この寺院を造ったナンダウンミャー王が、5人の王子のなかから傘の倒れた方向で王位継承者になったため、別名「傘の王」と呼ばれたのだそうです。
Img_4319 境内には首長族のおばさんが…。お金を1ドルほど払って写真を撮らせていただきます。テレビではよく見ますが、ミャンマーに住んでたんですね。インレー湖があったシャン州周辺に住んでいて、タイにもいるそうです。
Img_4332 ミャンマーでも御多分に洩れず物売りが寄ってきます。絵はがき5枚組を、1ドルとか2ドルとかで売っているのですが、この子供は自分で描いた絵を売ってました。上手、上手。ぽん太もあちこち海外旅行をしましたが、こういうパターンは初めてです。ただ、なかには大人が子供っぽく描いたような絵を売ってたりもしますから、油断はなりません。
Img_4348 次はアーナンダ寺院。パガン王朝の最盛期の1090年にチャンスィッター王によって建てられた寺院で、非常に壮麗で複雑な構造をしております。
Img_4336 内部は、フレスコ画の修復作業が行われていました。信者さんがよかれと思ってお金を出して、白いペンキを塗ってしまったりしたのだそうです。
Img_4337 アーナンダ寺院には4体の仏像が納められています。この仏像はチーク製。この角度から見ると、まるで木喰の仏像のような微笑みをたたえてますが、近くから見ると真面目な表情に見えます。
Img_4350 参道の途中にあった水飲み場。甕のなかに入れられた水を、すくって飲みます。ちょっと金粉が入れてあるのは、習慣だそうです。良い子は決して飲んではいけません。

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2013/01/13

【ミャンマー旅行(7)】インレー湖観光(ファンドーウー・パゴダ・織物工房)

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Img_4261 インディン遺跡の観光が終わり、再び船で移動です。足で櫂をあやつる男性。片足で立ち、片足で櫂を操るのがここいらのスタイルです(写真では右手も添えてますが)。こうすると、両手を自由に使うことができます。
Img_4225 浮き島の上に建つ家。水平に渡された木と、垂直に立てた柱をうまく使って建ってます。
Img_4231 織物工場を見学。
Img_4227 蓮の茎から天然の繊維を取り出す所です。
Img_4260 ファンドーウー・パゴダに到着。かつては浮き島の上にあったそうですが、現在は、地面の上にある大きな建造物です。
Img_4243 祭壇には5つのたこ焼きが飾られています。実はたこ焼きではなくて芯に仏像が入っているのですが、長い間人々が金箔を貼付けてきたため、このような姿になってしまったそうです。男性は、祭壇の上に登ってたこ焼きのさわることができますが、手のひらが金色になります。
Img_4246 パゴダの下がマーケットになっておりました。
Img_4248 タマリンドの樹。サヤのなかに甘酸っぱい実が入っていて、料理やお菓子となります。
Img_4259 パゴダの近くにあるミスタートー・レストランで昼食。
Img_4252 こちらは新年の特別メニュー。餅米を使ったお料理ですが、名前は忘れてしまいました。
Img_4257 レストランからの風景。カラッとした心地よい風にサトウキビの白い穂が揺られて、とてもきれいでした。
 インレー湖の観光はこれで終了。夕方の飛行機でバガンに向かいます。

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2013/01/12

【ミャンマー旅行(6)】インレー湖観光(インディン遺跡)

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 インレー湖の初日の出です。みなさん、明けましておめでとうございます。今年もぽん太のブログをよろしく!
Img_4118 朝食はバイキングです。その場で作ってくれる麺(写真向かって右)が薄味で美味しかったです。向かって左は、ユーラシア旅行社恒例の元旦サービスのお雑煮です。
Img_4122 食事をしていると、突然ネコが膝に飛び乗ってきて、びっくり仰天。可愛いですね。ビルマはこんな感じのネコが多いです。
Img_4137 元日の朝靄にけぶるインレー湖。
Img_4143 ホテルの水盤に浮かべられた花。なんの花でしょう?
Img_4147 ホテル前の桟橋からボートに分乗して、インレー湖の観光に出発です。細身のスラッとしたボートで、エンジンがつけてあり、湖面を滑るように走って行きます。椅子が固定されているので快適です。水しぶきは、備え付けの傘で防御します。
Img_4157 網を打とうとしている漁師さん。
Img_4158 何やら物資を運搬するボート。インレー湖ではボートが主な交通手段として使われております。後ろに見える陸地のようなものは、「浮き島」です。
Img_4164 やがてボートは緩やかな流れの川を遡って行きます。川に架かる橋の写真です。
Img_4166 川岸の道をゆく女性。
Img_4169 ここから上陸してちょっと歩きます。ワンちゃんのお出迎えです。
Img_4175 店先で朝からビールを飲んでいるおじいさん。
Img_4180 川の水で炊事や洗濯をしています。
Img_4181 この地方の典型的な民家。高床式になっているのは、風通しを良くするだけでなく、水害に備える意味もあるそうです。数年で傷んでしまいますが、そうなると村人総出で手伝って建て替えるんだそうです。
Img_4182 お土産屋さん一家の朝食の様子を見させていただきました。例の弁当箱にご飯とおかずを分けていれて、食べておりました。
Img_4183 ビルマ語のアルファベットが書かれたTシャツ。ビルマの文字は独特の丸文字ですが、古代エジプト語が起源なんだそうです。
Img_4188 やがてインディン遺跡に到着。広い敷地に無数のパゴダが立っていますが、どれも朽ち果て、あるものは崩れ落ちています。2300年前から存在していましたが、現在のようなスタイルになったのは11世紀のアノーヤター王の時代だそうです。
Img_4195 細かい装飾も美しく作り込まれています。
Img_4211 リニューアルされている一角もあります。善意のお坊さんがお金を集めて行っているんだそうですが、ガイドさんは、ここは遺跡としてそのまま保存して欲しいと言ってました。ぽん太も同感です。写真からはわかりませんが、風が吹くと吊り下げられた小さな鐘が鳴って、まさに天国のような美しい音を奏でます。
Img_4214 両腕のない男性が、足で描いた絵皿を売ってました。とても細かく描かれていました。
Img_4216 お土産屋さんで売っている怪しいもの。売れ残っているうちに骨董品化していくそうです。
Img_4217 小学校から出て来る子供達。今日は元日ですが、地域によっては元日は学校が休みにならないそうです。

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2013/01/11

【ミャンマー旅行(5)】ヘーホー空港からインレー湖、シュエパンピェー僧院

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Img_4057 国内線でヘーホー空港まで飛びます。ヘーホー空港での荷物運びは荷車で行っておりました。
Img_4059 インレー湖観光に使うバスは「西武」でした。
Img_4274 この鉄橋は、日本軍が作ったものだそうです。それだけではなく、ヘーホー空港や、空港からインレー湖に向かう道も、日本軍によるものなんだそうです。「ヘーホー」という名前もいわれがはっきりせず、「日本語から来ているのではないか」とガイドさんが言ってました。
Img_4062 馬車が交通手段として使われています。このあたりは標高1000メートルを超える高原地帯で、気候も涼しくて過ごしやすいです。
Img_4067 道ばたを歩いて家に帰る牛くんたち。
 しかし一方でかつてこのあたりは、黄金の三角地帯(Wikipedia)と呼ばれる麻薬・覚せい剤の密造地域でした。
Img_4270 近年ケシ栽培の禁止令が出され、写真のようにサトウキビ畑などに転換されました。しかしこの地域のある程度以上の年齢の人たちは、かつては麻薬を使用していた経験があるそうです。現在でもお酒を飲む人が多く、こうした依存性物質に対する抵抗が少ないそうです。
Img_4093 インレー湖の近くにあるシュエパンピェー僧院です。チークで造られた、高床式の建物です。
 以前に「パゴダ」については説明しましたが、「僧院」というのは、お坊さんたちがそこで生活をしたり修行をしたりするところです。またいわゆる「寺院」もあります。
Img_4080 側面からみると、楕円形の窓が面白いです。
Img_4083 内部では、子供のお坊さんたちがお経をあげたりしています。
Img_4095 インレー湖が見えてきました。
Img_4140 今宵のホテルのフーピン・カウンダイン・リゾートホテルです(翌朝撮影)。
Img_4142 広い敷地のなかに、転々とロッジがあります(翌朝撮影)。
Img_4108 客室も、竹などが多用されていてビルマ風の雰囲気があります。
Img_4114 この地方(シャン州)の料理は薄味であっさりしています。写真は魚の甘酢あんかけ(?)。
Img_4109 高原地帯の気候を利用して、ワイン用のブドウも栽培されているそうです。写真が地元の白ワイン。なかなか美味しかったです。
 今日は大晦日。ホテルの裏庭で年越しパーティーが行われていたようですが、ぽん太は旅の疲れで早々に寝てしまいました。

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2013/01/10

【ミャンマー旅行(4)】チャイティーヨーの参道風景

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Img_4016 旅行3日目の朝だ〜!まだ5時30分だというのに、多くのひとたちが参道を登ってくるのには驚きました。
Img_4021 客待ちのタクシーじゃなくって輿の列。
Img_4026 昨日のぼってきた道を下ります。お土産の陳列の手伝いをする子供。
Img_4027 托鉢をしながら登ってきたお坊さんです。
Img_4028 この時期のミャンマーはスイカの収穫期。バスで走っていても、街道のあちこちでスイカ売りを見ることができます。みずみずしくて甘くてとて、日本みたいに塩をかけなくても、とっても美味しいです。左の緑のソーメンみたいなのは、ゼリーのようなものです。女の子のほっぺやおでこが白くなっておりますが、これが「タナカー」という化粧です。木の幹を砥石のようなもので摺って粉にしたものを水に溶いて塗ったもので、化粧でもあり、日焼け止めでもあるそうです。男性も15歳くらいまでは塗るそうです。
Img_4029 学校に行くために坂を下って行く子供達。男の子が肩にかけている緑色の袋は、シャンバッグと呼ばれます。
Img_4030 荷物を運ぶカゴに便乗している子供たち。かぶり物がかわいいですね。ミャンマーでは、このような帽子をかぶった子供たちをよく見かけます。
Img_4033 荷物運びの途中で、一休みしながら笛をふく少年。
Img_4035 ヤテタウンまで下ってきました。こちらは見目麗しい女学生。金属の3段重ねのお弁当箱は、ミャンマーではよく使われておりますが、ぽん太はインドでも見かけたことがあります。冒頭の写真は、ヤテタウンの商店です。
Img_4038 ここからは再びトラックバスで下ります。ツアーでチャーターしたトラックですが、後ろの空いている席には子供達が乗り込みます。
Img_4050 昼食はヤンゴン空港近くのレストランで。写真は野菜たっぷりの麺です。鶏肉と豆腐が入っています。ツユは意外と薄味で、香辛料を(辛くならない程度に)ちょっと入れると美味しいです。


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2013/01/09

【ミャンマー旅行(3)】落ちそで落ちない不思議な岩、チャイティーヨー・パゴダ

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Img_3923 昼食後、豊鉄交通のバスで、チャイティーヨーに向かいます。道の両側には水田が続いております。年に2回お米が収穫できるそうです。
Img_3936 こちらはゴム園ですね。
Img_3926 ピンぼけの写真で恐縮ですが、どこかの村のお祭りの車列。飾り付けられたトラックの上には仏像が乗せられており、大きな音で音楽を流していました。
Img_3942 キンプンに到着。バスが入れるのはここまでです。ここからトラックバスに乗り換えます。「バス」というのは名ばかりで、荷台に長椅子があるだけです。
Img_3941 トランクはバスに置いて、一泊分の荷物だけ持って行きます。荷物はポーターさんに預けます。独特の籠に入れて運びます。
Img_4040 細くて急なうねうね道を、すごいスピードで登っていきます。ほとんどジェットコースター状態です。振り落とされないように注意!
Img_3947 揺られること30分でヤテタウンに到着。ここでトラックを降り、あとは歩いて山頂まで登ります。
Img_3943 お金がある人や、体力がない人は、輿に乗って登ることもできます。
Img_3949 参道の両側には、様々な店が並んでいます。こちらは竹製のマシンガンのおもちゃ。
Img_4022 これはご存知ですか?そう、噛みタバコですね。
Img_4023 こちらは怪しげな薬類を打っている店。中央にヤギ(?)の骸骨が写ってます。ほかに熊の胆とか乾燥した蛇とかも売ってます。
Img_3951 登ること50分で今宵の宿マウンテン・トップに到着。手荷物を置いて一休みしたら、チャイティーヨー・パゴダの見学に出発です。
Img_3954 パゴダの見学(参拝)は、裸足にならなければなりません。靴下も禁止です。また服装も短パンや、女性のタンクトップなど、肌が露出するようなものはダメです。
Img_3972 参道の両側には地元の人達がシートを敷いて食事をしています。ガイドさんによれば、彼らはこのままここに泊まるんだそうです。ティチャイヨー・パゴダはミャンマーでは有数の聖地ですが、ミャンマーの一般の人たちにとっては、一生に何度も来れる所ではないそうです。ですから彼らはここで寝泊まりして数日間滞在し、お参りをするのだそうです。
Img_3963 チャイティーヨー・パゴダの周囲は、お参りにきたミャンマー人や、外国からきた観光客で賑わっています。
Img_3991 ひとつの岩の上に、落ちそうで落ちない別の大岩が乗っかっており、その上に仏塔が建てられています。この落ちそうで落ちないところが有り難いです。仏塔に納められた仏陀の頭髪の力によって、バランスが保たれているんだそうです。
 ここで「パゴダ」について説明しておきましょう。パゴダ(pagoda)は実は英語で、ビルマ語では「パヤー」といい、日本語では仏塔、サンスクリット語ではストゥーパです。ストゥーパというのは、もともとはお釈迦様のお骨(仏舎利)を納めた墓だったのですが、それが信仰の対象となり、かたちも空に向かって尖った形状へと変化しました。日本でいえば、三重塔や五重塔がそれにあたります。三重塔や五重塔のなかには仏舎利が納められているって知ってました?日本では、三重塔や五重塔はお寺の建物の一つとしてお寺の境内の一角にありますが、ビルマではそれが単独で独立して造られて、信仰の対象になっていると考えればいいわけです。
 「ストゥーパ」という言葉は、「卒塔婆」と中国語訳されましたが、省略されて「塔婆」、さらに「塔」となったのです。一方日本語で「卒塔婆(そとば)」というと、お墓の横に立てる文字が書かれた細長い板を意味します。ちょっとわかりにくいですが、もともとはストゥーパがお墓である、ということが伺えます。
 ところで、以前に新国立劇場でブリテンのバレエ「パゴダの王子」を見たけど、「パゴダ」というのが地名あるいは王国の名前として使われていたような。またブリテンの音楽はガムランの影響を受けていましたが、ガムランといえばインドネシア。「パゴダの王子」はどこの国という設定なのか。う〜ん、よくわかりません。
Img_3980 女性は一定のところまでしか立ち入れませんが、男性は大岩のところまで行ってさわることもできます。地元の人達は、金箔を買って貼付けていました。この岩にまつわる言い伝えについては省略。
Img_3984 ロウソクを灯して祈りを捧げるミャンマーのひとたち。
Img_3995 こちらは無数のロウソクを並べてのライトアップ。
Pc300196 ホテルの部屋は、豪華ではありませんが、素朴で落ち着きます。入り口が最上階で、そこから崖にそって下方に客室が造られており、行き帰りの階段が大変です。
Img_4012 夕食は豆のスープ、豆腐のせんぺい、野菜炒め、チキンカレー(写真)、魚カレー。
Img_4015 デザートは揚げバナナでした。
 山登りが疲れました。おやすみなさ〜い。

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2013/01/07

【ミャンマー旅行(2)】ヤンゴン国際空港からバゴーの寝仏、ミャンマーの概略

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Pc300053 早朝にホテルを出発し、タイ国際空港から空路でミャンマーに入りました。写真がヤンゴン国際空港です。まあまあ立派です。
Img_3879 バスでヤンゴンの西にあるチャイティーヨーに向かいます。あちこちにあるパゴダ(仏塔)が目につきます。
Img_3882 途中で通り過ぎたちいさな街の風景です。
Img_3885 こちらは三輪のタクシー。
Img_3901 途中、バゴーという町にあるシュエターリャウン寝仏を訪れました。全長55メートル。994年に建立されました。18世紀に王朝が滅ぼされた後に忘れ去られ、密林に覆われて単なる丘のようになっていたところを、イギリス植民地時代に偶然発見されたのだそうです。
 ガイドさんの話しでは、映画の「ビルマの竪琴」において水島上等兵が潜んでいたとされるのが、この寝仏だそうです(ビルマに寝仏は複数あります)。う〜ん、むかし観たけど覚えとらん。ぐぐってみると、同じ市川崑監督で、1956年版(日活)と1985年版(東宝)があるようですね。ぽん太の記憶は白黒だったから1956年版のほうか。原作は竹山道雄で1947年から1948年にかけて雑誌に掲載されたそうです。これも子供のころ読んだはずだが記憶なし。こんど映画と原作を見直してみようっと。(2012年1月9日付記:日活版の「ビルマの竪琴」では、寝仏のなかに隠れているシーンはありますが、それがシュエターリャウン寝仏だという示唆はありませんでした。原作にもそのような記載はありません。東宝版ではあるのかもしれませんが、それを確認するためにわざわざ見るのは面倒なので省略)。

Img_3898 寝仏の裏手に回ると、地元の人々があちこちに車座になっております。よく見ると弁当を広げて食事をしているのには、ちょっとびっくり。
Img_4043 ところで、こんかいお世話になったバスがこちら。といっても豊鉄観光のツアーではありません。ミャンマーでは、たくさんの日本の中古車が、再塗装もせずそのまんまで使われています。ミャンマーでは車は右側通行なので、右ハンドルでの追い越しは乗っててヒヤヒヤしますが、ちゃんと助手さんが合図をしていたようです。
Img_3907 ミャンマーの正式名称はミャンマー連邦共和国。名前からもわかるように、ビルマ族以外にも多くの少数民族が住んでいます。首都はネピドー。人口は約5千万人です。公用語はビルマ語ですが、各民族の言葉もあるようです。宗教は9割が仏教です。日本に伝わった大乗仏教とは異なる系統の上座部仏教ですが、それについては後ほどみちくさいたしましょう。キリスト教徒やイスラム教徒などの信者も少数いるそうです。

 地図を見ながら、地理を確認しておきましょう。面積は67万平方キロメートルで日本の約倍。場所はタイの北西になります。東側ではタイ以外に、ラオス、中国と接しており、西側ではインド、バングラデシュと接しております。中央を南北に大きな川が流れております。エーヤワディー川という名前ですが、ぽん太は「イラワジ川」という名前で教わりました。
Img_3908 気候は亜熱帯に属します。南部の海近くにあるヤンゴンはかなり蒸し暑いですが、真冬の時期、朝晩はけっこう涼しくなり、ホテルで冷房がいらないくらいでした。このあと行ったインレー湖付近は、やや北方に位置し、千メートル以上の山地となりますが、かなり涼しく、朝晩はフリースが必要なくらいでした。インレー湖のやや西にあるバガンは、一転して乾燥地帯でした。
Img_3909 政治体制は現在は大統領制の共和制。現在はテイン・セイン大統領です。主な産業は農業。通貨はチャットで、10チャット=1円くらいです。ホテルやレストラン、観光地のお土産やなどでは米ドルが使えますが、古びた札は拒否されます。
Img_3916 昼食はミャンマー風中華料理。おいしゅうございました。
Img_3915 こちらがミャンマーのビールです。値段はレストランによりますが、3ドルから5ドルくらい。味はスッキリとしていて、暑い気候と、油っぽい料理に合ってます。

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2013/01/06

【ミャンマー旅行(1)】日程のご案内、バンコクでの一泊

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 みなさん、開けましておめでとうございます。本年もぽん太のブログをよろしくお願いします。
 今年の年末年始は、ミャンマーに行ってきました。え?ミャンマーってどこかって?あのノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチーさんが長く軟禁されていた国で、昔はビルマって呼ばれてましたね。ミャンマーは長く軍事政権が支配しておりましたが、2010年に総選挙が行われて2011年には民主制に移行しました。最近は国際社会における重要な投資先とされ、昨年の11月にはアメリカのオバマ大統領がミャンマーを訪問しました。今年は多くの旅行会社がツアーを企画しているようですし、だいぶ安全になったようなので、行ってみることにしました。
 今回お世話になったのは、ユーラシア旅行社の「ミャンマーハイライト8日間」です。とっても楽しかったです。ありがとうございました。
 ちなみに上の写真は、バガンの風景です。
 まずは日程のご案内から。

【1日目】成田空港…airplane…バンコク
nightチャオパヤ・パーク(CHAOPHAYA PARK)泊
【2日目】…airplane…ヤンゴン…busshoe…チャイティーヨ
cameraチャイティーヨ・パゴダ観光
nightマンテントップ(MOUNTAIN TOP)泊
【3日目】…shoebus…ヤンゴン空港…airplane…ヘーホー空港…インレー湖
cameraシュエヤンピェー僧院
nightフピンカウンダイン(HUPIN KHAUNG DAING)泊
【4日目】camera船に乗ってインレー湖観光(インデイン遺跡、水上パゴダ)
airplane…バガン
nightルービィ・トルゥ(RUBY TRUE)泊
【5日目】cameraバガン観光
 シュエズィーゴン・パゴダ、ティーローミンロ寺院、アーナンダ寺院、ダビィニュ寺院、日本人戦没者慰霊碑、プー・パゴダ、マヌーハ寺院、ダマヤンヂー寺院、馬車に乗車、シュエサンドー・パゴダ(夕日鑑賞)、ダマヤッズィカ・パゴダ(ライトアップ)
nightルービィ・トルゥ(RUBY TRUE)泊
【6日目】ダマヤッズィカ・パゴダで朝日鑑賞
cameraタウン・カラッ観光、バガン考古学博物館
airplane…ヤンゴン
nightユザナ・ホテル(YUZANA HOTEL)泊
【7日目】cameraヤンゴン市内観光
 シュエダゴォン・パゴダ、チャウッタッヂー・パゴダ、アウンアンスーチーさんの家、インヤ・レイク・ホテルでコーヒータイム
airplane…バンコクにてトランジット…airplane
【8日目】…airplane…早朝成田着

Img_3864 成田からタイ国際航空でバンコクに飛び、初日はここで一泊。写真がスワンナプーム空港です。とっても大きくて、成田空港は完全に負けております。アジアにおける日本の国力の低下が実感できます。ただ、考えてみれば、巨大なハブ空港を造るには広大な土地が必要ですから、土地代の高い日本に造る意味はないのかもしれません。ハブ空港は他国に任せ、日本は日本にしかできないことをやるしかないのでしょう。
Img_3868 チャオパヤ・パーク・ホテルはなかなか立派でした。
Img_3873 夕食は各自でいただきますが、到着が夜だったので、ぽん太とにゃん子はホテルのレストランでタイ料理をいただきました。辛くて美味しかったです。
 おやすみなさい。明日はいよいよミャンマーです。

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