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2013/02/05

【ミャンマー旅行(12)】タヌキでもわかるミャンマーの歴史、ヤンゴン(シュエダゴォン・パゴダ、アウンサンスーチーさん事務所、チャウッターヂー・パゴダ)

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Img_4609 ミャンマー観光も今日が最終日。本日はヤンゴン市内の観光です。写真はホテルの窓から見たヤンゴンの朝です。
 ヤンゴンよりも、昔のラングーンという名前の方がなじみがある人が多いのではないですか。ここでミャンマーの歴史を、タヌキのぽん太にもわかる範囲で簡単に振り返っておきましょう。
 18世紀までは、様々な民族が戦いを繰り広げ、あっちが勝ったりこっちが勝ったりしていたようです。このうち9世紀から13世紀がバガン王朝で、これはモンゴル軍によって滅ぼされました。日本の元寇のころですね。
Img_4688 19世紀になると、イギリスミャンマーにちょっかいを出しはじめます。ヤンゴン(当時はヤンゴンと呼ばれてました)をラングーンと改名し、イギリス流の都市開発をしていきます。ヤンゴンの地図(googleマップ)を見るとわかるように、市の南部の川沿いは、道路が整然としています。1885年にミャンマーはイギリスの植民地となり、ラングーンはイギリス領ビルマの首都となります。写真は、イギリス支配時代に建てられた、イギリス風の建物です。
Img_4679 アイスクリーム屋さんの写真です。とってもカラフルですね。
 1920年代から独立運動が開始されます。第二次世界大戦が始まると、日本軍がミャンマーに進軍します。ミャンマーから見れば敵の敵は味方ということで、ミャンマー独立運動と日本は利害が一致。1942年に結成されたビルマ国民軍(これを率いたのがアウンサンスーチーさんのお父さんのアウンサン将軍)は日本軍と協力してイギリスを追い出します。しかし第二次大戦の戦局が次第に日本劣勢に傾くにるて、今度は抗日運動がおこり(アウンサン将軍も加わりました)、第二次世界大戦の終結とともにミャンマーは再びイギリス領となります。1947年にアウンサン将軍が暗殺されます。ミャンマーがビルマ連邦としてイギリスから独立したのが1948年。1962年にはネウィン将軍が軍事クーデターを起こして社会主義政権を樹立し、中国の影響下に置かれます。
Img_4684 ここら辺は、イギリスの思惑、日本の軍国主義、ビルマ独立運動、ビルマ軍事勢力、社会主義運動、資本主義勢力、民族独立運動などが複雑に絡み合っており、誰々が、あるいはどの政権が、どのような立場に立っていたかは非常に複雑で、タヌキのぽん太にはとても整理できません。
 さて、ネウィンの社会主義政権は経済運営に失敗し、ビルマは世界の最貧国に成り下がるなどしたため、1988年に民主化運動が起こりました。アウンサンスーチーも国民民主連盟 (NLD) を結成して立ち上がりました。しかし1989年、再び軍事クーデターによって軍事政権が敷かれ、アウンサンスーチーは自宅に軟禁されます。
 ます。軍事政権は国名をビルマ連邦からミャンマー連邦に改め、ラングーンをヤンゴンとするなど古い地名を復活しました。また2006年、新たに作られた都市ネピドーを首都に定めました。なぜこの首都移転が行われたのかも、よくわかりません。
 軍政時代のミャンマーは、「ランボー/最後の戦い」で描かれていますが、いつ頃の時代に設定されているのか、ぽん太は見たことがないのでわかりません。そのうち見てみたいです。
Img_4686 独立記念日の休日のため、通りで遊んでいる若者たちです。
 2007年、ジャーナリストの長井健司が反政府デモの取材中に射殺された事件は話題になりました。同じ年、テインセインが首相の座につくと民主化が開始され、新憲法に基づいて総選挙が行われ、2010年にはアウンサンスーチーの自宅軟禁が解かれ、2011年にはテインセインは大統領に就任しました。
 ぽん太が理解できないのは、武力闘争もなく、軍事政権が民主化されたことです。普通なら、権力にしがみつく軍と、民主勢力との内戦が起きそうなもの。ガイドさんにチラッと聞いてみたりしたのですが(残念ながら詳しく聞くほど親しくなれなかったので)、納得できる答えは聞けませんでした。ぽん太には、仏教信仰が関係しているように思えてなりません。
Img_4619 まずは、ヤンゴンだけでなく、ミャンマーのシンボルであるシュエダゴォン・パゴダです。2500年以上もの歴史があり、高さは99.8メートル、塔の頂上には76カラットのダイヤを始め、さまざなま宝石が飾られているそうです。観光客だけでなく、多くのミャンマー人でも賑わっておりました。
Img_4618 並んでお経を読む女学生さん。
Img_4623 こちらの建物は、翡翠で装飾されているそうです。ミャンマーは、様々な宝石が採れることでも有名です。
Img_4624 こちらに祀られている賢者は、もともと錬金術師でしたが、実験がうまくいかずに落ち込み、自分で自分の両目をつぶしてしまいました。しかしその後、金を作ることに成功したため、ヤギの目と牛の目を入れて、視力を取り戻したんだそうです。
Img_4633 こちらはアウンサンスーチーさんの事務所。本日(1月4日)がミャンマーの独立記念日であることもあり、多くの支持者たちが集まっていました。ちなみにアウンサンスーチーさんの名前を、「アウンサン・スーチー」と表記したり、「スーチーさん」と略したりすることがありますが、厳密にいうと間違いです。お父さんがアウンサン将軍であることも手伝って、アウンサンが名字だと思っている人が多いようですが、ミャンマー人の名前には姓と名がないので、アウンサンスーチーという一続きの名前なのです。
Img_4641 次はチャウッターヂー・パゴダの寝仏です。比較的新しいものだそうですが、化粧をしていてちょっとオカマっぽいと言われているそうです。

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