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2013/02/17

【拾い読み】軍政が平和的に民政移行した理由が少しわかった・春日孝之『未知なるミャンマー』

 ミャンマー旅行に行って来たぽん太は、ミャンマーの理解を深めるため、春日孝之の『未知なるミャンマー』(毎日新聞社、2012年)を読んでみました。著者の春日孝之は毎日新聞の記者で、2011年の夏にミャンマーに3週間滞在し、その体験をまとめたのが本書だそうです。
 悪名高い軍事政権だったミャンマーは、2007年から改革を開始。2010年11月にアウンサンスーチーの軟禁が解かれ、2011年3月にはテインセインがミャンマー大統領に就任し、民政に移管しました。著者がミャンマーを訪問した20011年夏はその直後ですが、いまだ軍政時代の名残が見受けられ、ジャーナリストであることを隠して「紙幣研究家」という名目で入国したそうです。なんかぽん太には、紙幣研究家の方が新聞記者よりよっぽど怪しい気がしますが……。
 ぽん太がミャンマーを訪問して一番疑問に思ったのは、なぜ軍事政権が、武力闘争もなく民政に移行できたのかということです。本書を読んで、その疑問は解決したわけではありませんが、西欧社会とは一風違った仏教的な考え方など、おおいに参考になりました。
 いつものように、興味ある方は自分で読んでいただくことにして、ぽん太が面白いと思った点を抜き書きいたします。

 ミャンマーでは1987年に、45チャット札と90チャット札という何とも中途半端な金額の紙幣が発行されたんだそうです。なんでこんな金額の紙幣が発行されたのかよくわからないそうですが、占星術が関係していたという見方が定説なんだそうです。45も90も9の倍数であり、ミャンマーでは9が縁起のいい数字とされているんだそうです。
 民政移管を控えた2011年2月、政府の公式夕食会に集まった軍政の最高幹部たちは、女性用のロンジー(民族衣装の巻きスカート)を着用して女装していたそうです。これはヤダヤ(厄払い)の可能性が高いそうで、おそらくは占星術師が「近く女性が政権を取る」とでも占ったため(アウンサンスーチーさんのことか?)、女装することによって、「われわれがその女性だ」とアピールしたと考えられるそうです。
 ミャンマーの電力事情が悪いことは、以前のブログに書きました。しかしかつての軍事政権は、ミャンマー北部のカチン州に、中国と協同で水力発電用のダムをいくつも建設してきました。しかしその電力の大半は中国に送られていたそうです。テインセイン大統領は2011年にこうしたダムの建設を中止するという英断を下したそうです。
 ミャンマーでは地方の小都市にいたるまで各地に大学が設置されていますが、これは「地方のすみずみまで教育を普及させる」などという崇高な理念に基づくものではなく、軍政時代に学生たちが集まって民主化運動を起こさないように、大学を解体して分散したんだそうです。
 かつてシャン州北部の山岳地帯が麻薬の一大供給源となっており、「黄金の三角地帯」と呼ばれていたことは以前のブログに書きました。第二次大戦後に中華人民共和国が誕生したとき、共産党と戦ってきた国民党の一部が国境を越えてシャン州に逃げ込みました。アメリカは反共産主義の立場から国民党を後押しし、資金源としてアヘンの栽培を奨励した過去があるそうです。
 ミャンマーといえば、旧日本兵の遺骨収集団がトピックスのひとつですが、ミャンマー人は、遺骨を粉々の灰になるまで焼いて、処分してしまうそうで、いわゆる「お墓」もないそうです。また、死んでしまった人のことをいつまでも悲しんだりせず、一定の期間が過ぎたら忘れてしまうのがいいと考えられているそうです。
 「ラングーン事件」というのは、ぽん太は知りませんでした。1983年に韓国の全斗煥大統領がラングーン(今のヤンゴンですね)を訪問したとき、北朝鮮が全斗煥殺害を狙って爆弾テロを起こしたんだそうです。ところがその場所がアウンサン将軍の霊廟であったためミャンマーは激怒し、北朝鮮との国交を断絶し、国家承認まで取り消したんだそうです。
 ミャンマーの政治指導者は、北朝鮮のように自分をカリスマとして演出したりはしませんでした。また、親族を主要ポストにつけたり、ましてや権力の世襲もありませんでした。著者は、軍事政権が平和的に権力を委譲した背景に、仏教に基づくミャンマー人の精神性が関係しているのではないかと書いています。
 少数民族問題は、ミャンマーの重要な問題のひとつですが、かつてのイギリスの植民地政策が少なからぬ影響を与えているそうです。イギリスがミャンマーを植民地支配したとき、連れて来たインド人を重用しましたが、現地人としては少数民族を優遇し、多数派のビルマ族を最下層に押し込めて抑圧したそうです。民族どうしを互いに反目させ、支配者のイギリスに反目しないようにする、いわゆる「分断統治」政策だったそうです。そこで日本はビルマ族と結託してイギリスと戦おうとする、という流れだそうです。

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