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2013/03/12

【フロイト「不気味なもの」を読む(4)】ホフマンの『砂男』のフロイトによる要約(p16〜22)

 さて、前回の記事に書いたように、フロイトは本論文の記述を、1:unheimlichという単語そのものを調べる、2:不気味なものの感情を呼び起こす事例を集め、共通する性質を推し量る、という順序で行うと述べましたが、いよいよ「2」の部分に入ります。
 フロイトは再びイェンチュから出発します。イェンチュは、不気味な効果を生み出す特別効果的な例として、生きているように見えるものが本当は生命がない場合や、生きていないはずのものが本当は生きているかもしれないと疑われる場合をあげていました。そして文学においてそれが、登場人物が人間なのか自動人形なのかはっきりしない、という技巧としてよく使われ、その第一人者としてホフマンの名前を挙げました。
 イェンチュはホフマンの具体的な作品名は挙げていませんが、フロイトは『砂男』を取り上げます。
 以下ぽん太は『砂男』に関しては、『ホフマン短編集』(池内紀編訳、岩波書店、1984年)を参照することにし、ページを付記した場合はこの本のページとします。またこの作品は手に入りやすいので、あらすじ等は省略いたします。
 『砂男』のドイツ語原文は、下記のサイトで読むことができます。
http://www.zeno.org/Literatur/M/Hoffmann
 フロイトは、『砂男』には確かに自動人形オリンピアが登場しますが、不気味なのはオリンピアよりも、砂男という登場人物だろうと言います。
 このあとフロイトは、18ページから21ページまで、『砂男』の内容を要約します。この要約に関して、いくつか気付くことを指摘しておきましょう。
 まずフロイトの要約では、ナタニエルとクララ(そしてロタール)とのやり取り、そしてナタニエルがオリンピアに対して恋に落ちる下りは、ばっさりと省略されています。これはフロイトが論考において、「砂男のモチーフ」を中心に据えているためだと思われます。
 仕事部屋に隠れていたナタニエルがコッペリウスに見つかったとき、コッペリウスは「炎のなかから灼熱した粒を取ってきて子供の目の中にまき散らそうとする」(19ページ10行目)と書かれていますが、池内訳では「炎の中からまっ赤に燃える火の玉を二つ取り出すと、ぼくの目に押しこもうとする」となっております。これは、原文に当たってみるとフロイトの方が正しいようです。そもそも砂男は、子供の目の中に砂を入れて目玉を奪っていくのですから、池内訳では筋が通りません。
 コッポラがナタニエルの目の前に眼鏡を並べ出したとき、「学生はぎょっとするが、差し出された目がどうということもない眼鏡にすぎないことが判明して、恐怖心はやわらぐ」(20ページ3〜4行目)とフロイトは書いてありますが、池内訳では、コッポラが今度は望遠鏡を取り出して並べ、眼鏡をしまい込んだので気持ちが落ち着いたことになっております。こちらは原文をチェックすると池内の勝ち。
 次に、コッポラがスパランツァーニからオリンピアを奪っていった場面。「機械技師スパランツァーニは、オリンピアの床にころがった血まみれの両目をナタニエルの胸に投げつけながら、それはコッポラがナタニエルから盗んだものだと言う」(20ページ9〜10行目)。池内訳では「ーー畜生、目玉を盗まれたーー追っかけろ、取りもどしてくれ、オリンピアを取りもどすんだーーおっ、そこに目玉があるぞ、ほら、そこだ!」(202〜203ページ)。池内訳の「目玉を盗まれた」という部分は、ドイツ語にあたってみるとdie Augen dir gestohlenですから、「お前(ナタニエル)から盗んだ目だ」が正解でしょう。しかしナタニエルの目玉を盗んだのがコッポラということは、原文には書かれていません。ただ、ちょっと前のコッポラがスパランツァーニが争っている場面でコッポラは、目玉を作ったのは俺だと言ってますから、コッポラが盗んだのかもしれません。では、いつコッポラがナタニエルの目玉を盗んだのかというと、それははっきりとは書かれていません。怪しいのは、コッポラがナタニエルに眼鏡を売りつけようとして、机の上いっぱいに眼鏡を並べ、それを再びしまったときです。このとき「やがて燃えるような眼差しが入り乱れて交錯し、ついにはまっ赤な光の束となってナタニエルの胸を射すくめた」(185ページ)と書いてありますが、これはかつてナタニエルが書いた詩の「するとその(クララの)目が血のように赤い火花となってナタナエルの胸に落ちてくる」(170ページ)を思い出させ、「目が落ちる」ということを連想させます。眼鏡ではなく望遠鏡をナタニエルに売りつけたコッポラが、大笑いをしながら階段を降りていくところも(168ページ)、ナタニエルは言い値で望遠鏡を買ったからだと解釈しておりますが、まんまと目玉を盗むのに成功したからかもしれません。ただこの辺りはホフマンがわざと曖昧に書いていると思うので、あれこれ詮索するのは、すでにホフマンの術中にはまっているのかもしれません。
 次いで、正気に戻った(と見える)ナタニエルがクララと塔の上に登る最後の場面。フロイトの要約では、「路上を近づいてくる何やら怪しげなものの姿がクララの注意を引きつける。ナタニエルは、コッポラの望遠鏡がポケットに入っているのに気づいて、この物体を観察する」(21ページ1〜2行目)とし、「彼(コッペリウス)が近づいてくるのを目撃したことこそが、ナタニエルに狂気の発作を引き起こしたと考えてよいだろう」(21ページ6〜7行目)と、フロイトの解釈を付け加えております。しかし池内訳では「小さな暗い薮かしら。変ね、なんだかこちらに近づいてくるみたい」(207ページ)というクララの台詞があるだけで、「路上を」という部分はありません(ドイツ語原文も同じ)。また「ナタニエルはコッポラの望遠鏡に気がついた。取りだして目にそえるとーーレンズのすぐ前にクララがいた!」(同ページ)となっており、ナタニエルは望遠鏡でクララを見つめているうちに発狂したのであり、コッペリウスは見てもいないはずです。ナタニエルがかつて、自分の部屋からまったく同じ望遠鏡で、オリンピアを凝視していたことが思い出されます。またクララが、例えば「冷淡でおもしろみのない女だという人も少なくない」(175ページ)というように、オリンピアと交差するようにホフマンが描いていることはいうまでもないでしょう。ここは、この小説の不気味さがオリンピアではなく砂男(コッペリウス、コッポラ)にあると主張したかったフロイトの、「フロイト的言い間違い」なのかもしれません。

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