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2013年4月の9件の記事

2013/04/30

【フロイト「不気味なもの」を読む(7)】ドッペルゲンガーについてのフロイトの見解、「プラーグの大学生」(p27〜30)

 さて、フロイトの論文に戻りましょう。フロイトはランクの研究に言及したあと、ドッペルゲンガーという現象について次のように解説します。
 ドッペルゲンガーはもともと、一次的ナルシシズムにおいて「死後における生の継続を保証するもの」でした。つまり複製によって破壊から身を守ることであり、古代エジプトで死者の像を作って永遠に残そうとしたのがこれにあたります。精神分析の臨床では、夢において、性器の象徴を二重、多重に複製することで去勢を表現するそうです。心理的発達とともに一次的ナルシシズムは没落していきます。そして自我のなかに、自我の残余の部分と対峙する自己批判の審級が形成されるにしたがって、ドッペルゲンガーの表象のなかに新たな内容が割り振られます。それは、自己批判の対象となる、克服された古いナルシシズムに属するあらゆるものです。これによってある人物が自分の分身と同一人物とまわりから見なされたり、二人のあいだで体験や感情が共有されたり、分身と同一化したけっか自らの自我に混乱を来したり、互いに自我を交換したり……ということが起きるわけです。
 オットー・ランクの原論文とフロイトの要約を比べてみると、原論文の方は、さまざまな実例に基づいて、細かい説明を加えている反面、理論の構築が弱くて雑多な印象を与えます。フロイトの要約では、心理発達的な軸を中心に据え、生を守ろうとする一次的ナルシシズムの段階と、自我のなかに自我を批判する審級が形成された段階という、二つの段階として捉えます。しかしこの総括の仕方は、ランクの考え方には準じているものではなく、フロイトがこれから述べようとしている不気味なものに関する考えを説明しやすいように、まとめられているようです。
 一次的ナルシシズムにおいて死から身を守る物としてのドッペルゲンガーという考えは、ランクは論述の途中で触れているにすぎません。それから、夢のなかでは性器の象徴を多重化することで去勢を表現するというのは、ランクの論文には書かれておらず、フロイトの臨床経験を盛り込んだものでしょう。
 それから、自我のなかに自我を批判する審級が作られるというのは、まわりくどい言い方に感じられますが、訳注に書かれているように、フロイトが「自我とエス」で「超自我」の概念を導入したのは1923年で、この論文「不気味なもの」が書かれた1919年時点では、まだ使われていなかったのです。
 再びフロイトの本文に戻りましょう。
 さらにドッペルゲンガーの表象には、実現されなかった空想、貫徹されなかった自我追求、押さえ込まれた意思決定なども併合されます。その例として、原註に書かれているように、エーヴァースの『プラハの学生』の主人公は決闘の相手である恋敵を殺さないと約束しますが、一足先に自分の分身が恋敵を殺してしまいます。大人の事情により主人公が達成できなかった欲望を、ドッペルゲンガーが実現するわけです。
 ちなみに原註でフロイトは、「H. H. エーヴァースの作品『プラハの学生』は、ドッペルゲンガーについてのO. ランク研究がその出発点にしているものだが」(29ページ脚注)と書いておりますが、厳密に言えばランクが言及しているのは、エーヴァースのシナリオによる映画『プラハの学生』です。ランクは「ハンス・ハインツ・エーヴェルス原作による劇映画の影のようにはかない、だが心を打つ映像を書きとめてみよう」(邦訳4ページ)とか、「心の出来事を映像で具象的に示す映画技術の特殊性」(邦訳11ページ)とはっきり書いています。
 『プラハの学生』は何回かリメイクされてますが、ランクの「ドッペルゲンガー」が発表されたのが1914年であることを考えると、彼が言及しているのは1913年に公開されたオリジナル版だと思われます。この作品のデータやあらすじは、例えば こちらサイトで見ることができます。部分的にコピペさせていただくと、以下の通りです。「巨人ゴーレム」で有名なヴェーゲナーが出演してますね。
 監督:シュテラン・ライ Stellan Rye
 脚本:ハンス・ハインツ・エーヴァース Hanns Heinz Ewers
 カメラ:グゥイド・ゼーバー Guido Seeber
 キャスト:パウル・ヴェーゲナー Paul Wegener
      ジョン・ゴットヴト John Gottowt
      グレーテ・ベルガー Grete Berger
      ロタール・ケルナー Lothar Körner  
 制作国:ドイツ
 公開年:1913年;日本公開1914年
 実は日本語字幕つきでビデオが出てますが(邦題『プラーグの大学生』)、現在入手しようとすると非常に高価なようです。Youtubeで見ることが可能かもしれません(少なくともいまは見れます)。
 この映画を小説化(近頃はやりのノベラライズですね)したものがあり、邦訳が創元推理文庫で出ています(『プラークの大学生』前川道介訳、1985年)。解説によると底本は1930年で、小説化した人物はDr. Langheinrich-Anthosと書かれています。小説化がもっと以前から存在したのかどうかはわかりませんが、フロイトの「不気味なもの」が書かれたのが1919年ですから、脚注でフロイトが挙げている「エーヴァースの作品『プラハの学生』」は、映画を指していると考えていいでしょう。ちなみに人文書院版の『フロイト著作集』の邦訳(高橋義孝)では、誤って「小説」と訳してます。
 さてフロイトのテキストに戻りますと、フロイトは、以上の考察からドッペルゲンガーの内容は明らかになったけれど、なぜそれが不気味なのかは分からないという。幼い頃の自我と外界とがはっきり境界づけられていない状況は、当時は友好的な意味合いを持っていたはずですが、大人になってそれがドッペルゲンガーとして現れた場合には、なぜか不気味なものとなります。この理由についてはフロイトは一時保留をします。そしてハイネの『流刑地の神々』を引き合いに出し、神々だったものが、その宗教が失墜したあとには、魔物とみなされるようになったことを挙げています。
 このハイネの本は、『流刑の神々・精霊物語』というタイトルの岩波文庫に収録されています( 小澤俊夫訳、1980年)。この文庫は、以前にバレエ「ジゼル」の原作について調べたときに言及しましたネ。「ジゼル」の元となる伝説が、「精霊物語」のなかに書かれていたのでした。こんかいフロイトが言及しているのは「流刑の神々」のほうで、キリスト教が広まると同時に、これまで信仰されていたギリシャ・ローマの神々が、魔物へ変えられてしまったという内容で、要するにキリスト教的世界観・価値観を否定するものです。この本の要約をお示しする必要はないかと思いますが、一例をあげれば、アポロンは下オーストリアで牧童として暮らしておりましたが、あまりに歌声が美しいので異教の神と見破られ、教会で拷問を受けた末にアポロンであることを告白してしまいます。処刑の前に許しを得て歌った歌があまりに見事だったので、女たちは泣き崩れたり、病気になる者もいたそうな。そこで村人たちは、こいつは吸血鬼に違いないと踏んで、従ってアポロンの死体を引きずり出して、しきたりに従って胴体に丸太を通そうとしたんだそうです。
 日本の場合は、仏教が伝来してからも神道の神々は残って、神道の神々は仏教の神々の化身であるなどという本地垂迹説も生まれましたし、さまざまな民間信仰も江戸時代までは残っていましたから、キリスト教世界とはだいぶ状況が違うようです。明治時代の神仏分離において、廃仏毀釈で仏教が退けられただけでなく、実は土着の神々が打ち捨てられて、かわりに日本書紀に出てくる「公式の」の神様を信仰するように強いられたのが、ちょっと似てると言えば似ていますが、だからといって土着の神々が魔物に変貌するということはなかったと思います。

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2013/04/28

【フィギュア】真央ちゃんは永遠のお嬢様でいてほしい/エキシビション(世界フィギュアスケート国別対抗戦2013)

 真剣勝負も見てみたかったのですが、平日は無理なので、エキシビションを観に行ってきました。
 ぽん太がフィギュアスケートを観に行くのは2回目。前回は数年前の「新生銀行presents dream of Ice」で、初めて生で見たフィギュアスケートの迫力に圧倒されました。しかしそのときは真央ちゃんを見れなかったのが心残りでした。
 今回は、その真央ちゃん目当て。ただ順位が5位だったのが残念でした。演目は定番のメリー・ポピンズ。とっても可愛らしいです。う〜ん、生で見てみると、真央ちゃんにキム・ヨナのような色気や媚びを求めるのは無理、というより間違っているということが、よくわかります。真央ちゃんは最後まで、育ちのいいお嬢様という感じの清純派で行って欲しいと思いました。
 高橋大輔は、存在感、表現力ともに圧倒的ですね。これで4回転ジャンプが飛べれば完璧なんですが。高橋大輔がバレエダンサーになってたら、凄かっただろうな〜。
 鈴木明子は、テレビで見るとちょっとぽってりした感じがありますが、生で見るとまったくそんなことはなく、シャープで力強く、安定感がありました。見ている人を引き込む力は、真央ちゃんに決してひけをとりませんでした。
 それから印象に残ったのは、ロシアのタチアナ・ボロソジャー、マキシム・トランコフのペア1位コンビ。「ペア」なのに、まるでアイスダンスのような、いや、コンテンポラリーダンスのような美しさでした。テレビでも、ペアやアイスダンスをもっと放映して欲しいです。そのためにも、ぜひ優秀な日本人選手が育って欲しい!でも、バレエ界にも入って下さい。
 パトリック・チャンや アシュリー・ワグナーも素晴らしかったです。
 今回は、席が少し遠かったせいなのか、それとも伴奏の音楽の関係なのか、滑る時にシュッ シュッと氷を削る音はあまり聞こえなかったのが残念です。
 

世界フィギュアスケート国別対抗戦2013
エキシビション
2013年4月14日 国立代々木競技場第一体育館

チームJAPAN
ノービス男子 西山真瑚(日本)
ノービス女子 本田真凛(日本)
男子4位 マックス・アーロン(アメリカ)
ペア3位 チェン・ペン/ハオ・ジャン(中国)
男子3位 ケビン・レイノルズ(カナダ)
アイスダンス2位 ケイトリン・ウィーバー/ アンドリュー・ポジェ(カナダ)
ゲストスケーター デニス・テン(カザフスタン) Singin' in the Rain
ペア5位 マリッサ・カステリ/サイモン・シュナピア
男子6位 ジェレミー・アボット(アメリカ)
男子5位 無良崇人(日本)
女子5位 浅田真央(日本)
チームUSA
ノービス女子 坂本花織(日本)
ノービス男子 山本草太(日本)
女子3位 グレイシー・ゴールド(アメリカ)
アイスダンス4位 キャシー・リード/クリス・リード(日本)
男子2位 パトリック・チャン(カナダ)
ペア2位 メーガン・デュアメル/エリック・ラドフォード(カナダ)
女子2位 アシュリー・ワグナー(アメリカ)
ゲストスケーター デニス・テン(カザフスタン) Per Te
アイスダンス1位 マディソン・チョック/エバン・ベーツ(アメリカ)
女子1位 鈴木明子(日本)
ペア1位 タチアナ・ボロソジャー/マキシム・トランコフ(ロシア)
男子1位 高橋大輔(日本)
フィナーレ

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2013/04/25

【歌舞伎】祝歌舞伎座新開場、2013年4月歌舞伎座第1部第・2部

 本日は、第一部・第二部の観劇です。
 第一部、まず初めは「鶴寿千歳」。歌舞伎座新開場を祝う雅やかな舞いです。藤十郎の典雅な踊りが素晴らしかったでが、團十郎の雄鶏がいないので、ちょっと寂しそう。しかし新しい出発にふさわしく、若手も大勢出演しておりました。そのなかではやはり壱太郎が目を引きました。身体のちょっとした動きや、キメのポーズの美しさが違ってました。
 高雅なお祝いの舞いのあとは、民衆の「お祭り」。こちらは勘三郎が出演するはずだった演目。その代役は三津五郎が務めましたが、勘九郎が息子七緒八くんの手を引いて花道から登場すると、観客からは拍手と歓声があがりました。可愛いです。目が離せません。「きちっと座ってられるかな〜」と思って見たのですが、まったくの取り越し苦労。それどころか、踊っている役者を見ながら、扇を広げたり肩に担いだりと、真似をしておりました。大人になった時には、「物心ついた時から舞台の上にいた」というふうになるんでしょうね。さすが歌舞伎役者の跡取りです。
 第一部の最後は「熊谷陣屋」。吉右衛門、玉三郎、仁左衛門と大役者がそろいました。さすがに部分ぶぶんはすばらしかったのですが、ぽん太は全体としては今ひとつ楽しめませんでした。
 吉右衛門の熊谷直実の素晴らしさは、以前に観てわかっております。しかしこれだけの役者のなかで、藤の方の菊之助はちょっと若すぎる気がしました。吉右衛門、玉三郎にしっかりと対することができる格の役者にして欲しかったところ。
 玉三郎の相模は、それだけ取り出せば、非常に格調があり、造形的にも美しい名演技だったと思います。ただ芝居全体の流れからすると、もっと悲しみをだだ漏れさせてよかったんじゃないでしょうか。息子を案じて戦場まで駆けつけてしまうお母さんですから、「私が腹を痛めて産んだのが、この敦盛様」みたいなセリフ(不正確です)で、かろうじて一線を保って「建前」を守ってはいるものの、子を失った悲しみと驚きがもっと出ていい気がします。この相模は、前半で夫に叱られたことを肝に銘じたのか、自らの悲しみを首相にも押さえ込んでいました。それから息子の首は、あんなに着物に包んでいるもんでしたっけ。ぽん太の記憶では、もっと首のまま出していたように思うんですが。
 仁左衛門の義経も、非常に味があり、いつもながら場面ばめんでの動きや表情による表現がしっかりしてました。そのせいで義経が、梅玉の義経があたかも「神」に見えるのに比べ、現実的な「人」として感じられました。
 こうして大役者が3人そろい、それぞれが見事な演技をしていながら、吉右衛門の無常感と、玉三郎の抑制された様式美と、仁左衛門の人間味のあるうまさと、菊之助の若さと美とが噛み合ず、劇として統一感がなかったように思われました。

 第二部の最初の演目は「弁天娘女男白浪」。菊五郎も年取ってきて劣化してきたかな〜などと思っていたのですが、まったくそんなことはなく、すばらしい演技でした。左團次との息もあって、これぞ歌舞伎世話物の世界。幸四郎の鳶頭清次が、脇役なのに暗くて重すぎ。最後、屋根の上の立ち回りも付いてました。
 最後の「将門」はすばらしかったです。玉三郎の、歌舞伎の枠を超えたアーティストとしての実力を堪能できました。ただこの常磐津の名曲は、人間国宝一巴太夫の名調子で聴きたかったです。


歌舞伎座
歌舞伎座新開場
杮葺落四月大歌舞伎
平成25年4月11日

第一部

一、壽祝歌舞伎華彩(ことぶきいわうかぶきのいろどり)
  鶴寿千歳
                鶴  藤十郎
              春の君  染五郎
             宮中の男  権十郎
                同  亀 鶴
                同  松 也
                同  萬太郎
                同  廣太郎
             宮中の女  高麗蔵
                同  梅 枝
                同  壱太郎
                同  尾上右近
                同  廣 松
               女御  魁 春

  十八世中村勘三郎に捧ぐ
二、お祭り(おまつり)
               鳶頭  三津五郎
                同  橋之助
                同  彌十郎
                同  獅 童
                同  勘九郎
                同  亀 蔵
               芸者  福 助
                同  扇 雀
                同  七之助
              若い者  巳之助
                同  国 生
                同  宗 生
                同  虎之介
                同  宜 生
              手古舞  新 悟
                同  児太郎


  一谷嫩軍記
三、熊谷陣屋(くまがいじんや)
             熊谷直実  吉右衛門
               相模  玉三郎
              藤の方  菊之助
             亀井六郎  歌 昇
             片岡八郎  種之助
             伊勢三郎  米 吉
             駿河次郎  桂 三
           梶原平次景高  由次郎
              堤軍次  又五郎
            白毫弥陀六  歌 六
              源義経  仁左衛門

第二部

一、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
  浜松屋見世先の場より
  滑川土橋の場まで
          弁天小僧菊之助  菊五郎
             南郷力丸  左團次
            赤星十三郎  時 蔵
             忠信利平  三津五郎
             岩渕三次  錦之助
           浜松屋宗之助  菊之助
             関戸吾助  松 江
            狼の悪次郎  市 蔵
            木下川八郎  團 蔵
            伊皿子七郎  友右衛門
           浜松屋幸兵衛  彦三郎
          青砥左衛門藤綱  梅 玉
             鳶頭清次  幸四郎
           日本駄右衛門  吉右衛門

二、忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)
  将門
       傾城如月実は滝夜叉姫  玉三郎
           大宅太郎光圀  松 緑

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2013/04/23

【歌舞伎】とにかく目出たい杮葺落、2013年4月歌舞伎座第3部

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 新しくなった歌舞伎座、ついに行ってきました♪
 隈研吾設計の新歌舞伎座、どうでしょうか?外観は建て替え前とほぼ同じで、「保存するほどの名建築かな」という疑問がわくことは、以前に書きました(どうせなら、戦前の形に復元すればいいのに)。入り口は前と同じく正面の二つのドアしかなく、あいかわらず入場で混み合います。地下から直接入れる入り口を作るのかと思ってました。建物内部の両側にエスカレーターが設置され、お年寄りには優しくなりました。そのせいで配置が難しくなったのか、一部の男子トイレに行くにはクネクネした長い廊下を歩かないと行けません。妻のにゃん子によれば、混雑で有名だった女子トイレは、改善されたようです。
 劇場内に入ると、「こんなに横長だったっけ?」と、舞台の左右の幅が広いのに改めて驚きます。しかし芝居が始まると、セットや役者がゆったりと納まり、この大きさが自然に感じられてきます。「そうだったよな〜これが歌舞伎座の尺だね〜」。まるで広げた絵巻物を見ているかのようで、ぽん太はとってもうれしくなりました。内部の装飾は、前とほとんど同じような気がします。
 今回の席は3階の最前列でしたが、花道の七三に立っている役者がちゃんと見えます。座席の前後の幅、左右の幅もこれなら十分です。音響も、舞台の奥の方にいるとやや聞き取りにくいのは仕方ないとして、天井に新設されたでっぱりが功を奏しているのか、悪くありませんでした。ただ、通路の階段を降りきったところの落下防止の補助柵を、舞台鑑賞の妨げにならないように、いちいち係員が手で取り外したり、また付けたりするのは大変そうです。一日数回、毎日まいにちこれをやるのはすごい手間ですし、そのうちだんだん歪んできてはまらなくなるのは目に見えています。開幕に工事が間に合わなかったのか、それとも最後に気づいて付け加えたのでしょうか。
 先走って書いておきますが、第1部は3階B席(3階の後ろの方)でしたが、そこからも前の人の頭が気にならずに舞台が見えました。第2部は3階の東袖の席で観ましたが、やはり舞台の手前側が見えないのは仕方ありません。が、ここで音響上の問題点を発見!袖の席だと、劇場左右の上部の広い平行な壁に音が反響して、ツケ打ちの音と、大向こうさんの掛け声が、鳴き龍のように響くのです。ただ、舞台や花道の上の役者の声は大丈夫です。これを改善するには、左右の壁の間で音が繰り返しこだましないように、反響板をつける必要があるのでしょう。でも、袖席は座席数も少ないし仕方ないとあきらめるしかないのかもしれません。
 それから字幕ガイド。解説、あるいはセリフを、字幕で見ることができます。なかなかいいアイディアですが、3階だと手で持ってないといけないのが大変です(けっこう重い)。セリフや義太夫はある程度聞き取れるぽん太ですが、所作事の長唄や清元などはほとんど何を言ってるのかわからないので、字幕ガイドが力を発揮するかもしれません。ただ、花道に集中するためという理由で、花道に役者がいるときは字幕が出ないようになっているのは、ちょっと不便です。花道にいるときも表示して欲しいと思いますが、そうすると一階のお客さんが、字幕を見たり花道を見たりで首を振るようになって、役者がやりにくいのかもしれません。
 さて、公演の感想に戻ります。公式サイトはこちら
 最初は「盛綱陣屋」。冒頭で仁左衛門と吉右衛門が並んで舞台に立つだけで、姿といい動きといいセリフといい、「ああ、いいな〜」と思います。やっぱり若手とは違います。ぽん太には具体的にどこがいいのか指摘できませんが、これが歌舞伎の「芸」というもんなんだと思います。金太郎くんが、いつの間にかおっきくなっていて、見た目も美しい若武者姿でした。まだ8歳とのこと。将来が楽しみです。大河くんはさすがにちっちゃすぎ。
 仁左衛門の佐々木盛綱は、偽首を見てからの演技が見事。心の段階的な変化を的確に表現しているだけでなく、一つひとつが絵になっており、リズムがあります。東蔵の微妙の情愛や、我當の時政の迫力も素晴らしかったです。
 もうひとつの演目は「又勧進帳」。松竹はやたらと「勧進帳」をやるので、ぽん太は「又勧進帳」と呼んでます。幸四郎の弁慶、菊五郎の富樫、梅玉の義経と役者が揃っていたのですが、なぜか感動が薄かったです。幸四郎の演ずる弁慶に、人間的な感情がありすぎ、ひょうきんさが目立つするせいでしょうか。それとも、杮葺落ということでの観客のウキウキした気分が役者に影響したのでしょうか。最後の花道での弁慶の一礼は、もちろん観客へのお礼も兼ねておりますが、本来は無事に危機を乗り越えたことを御仏に感謝する厳粛な礼のはず。ところが今日はそこで「日本一の弁慶!」の声がかかり、さらに六方に手拍子が湧くなど、なんだか地方公演のように盛り上がってました。おかげで弁慶の苦悩や真剣さが吹き飛び、目出たいお祭り騒ぎになってしまいました。


歌舞伎座新開場
杮葺落四月大歌舞伎
平成25年4月10日 歌舞伎座

第三部

  近江源氏先陣館
一、盛綱陣屋(もりつなじんや)
            佐々木盛綱  仁左衛門
               篝火  時 蔵
               早瀬  芝 雀
             伊吹藤太  翫 雀
             信楽太郎  橋之助
             竹下孫八  進之介
              四天王  男女蔵
                同  亀三郎
                同  亀 寿
                同  宗之助
          高綱一子小四郎  金太郎
          盛綱一子小三郎  藤間大河
           古郡新左衛門  錦 吾
               微妙  東 蔵
             北條時政  我 當
           和田兵衛秀盛  吉右衛門

二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
            武蔵坊弁慶  幸四郎
              源義経  梅 玉
             亀井六郎  染五郎
             片岡八郎  松 緑
             駿河次郎  勘九郎
            太刀持音若  玉太郎
            常陸坊海尊  左團次
            富樫左衛門  菊五郎

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2013/04/21

【演劇】長いよ!でも最高!「おのれナポレオン」(ネタバレ注意)

 ネタバレ注意。この記事は内容に関する記載があります。

 三谷幸喜は、前回観た「90ミニッツ」がちっとも笑えなかったので、ぽん太はちょっと引き気味になってましたが、野田秀樹が出るというので観に行ってきました。
 幕開きは、ナポレオンを取り巻く人たちによるナポレオンの死についての証言が、様々に交錯していくというシリアスな出だしで、「ひょっとしてまた笑えないのか」という不安を感じると同時に、ぽん太の脳は睡眠モードへと切り替わっていきます。
 その眠気を吹き飛ばしたのが野田秀樹のナポレオン。さんざんもったいぶって登場のお膳立てをした上で、「潮が満ちる〜」と言いながら舞台を駆け抜けていった時には、ぽん太もあっけに取られて、笑うのを忘れてしまいました。上着を脱いだナポレオンの衣装は、なんだからくだのシャツにステテコみたいで、志村けんの変なオジさんかと思いました。
 それ以降も野田秀樹の独壇場で、連戦連勝の英雄ナポレオンが、わがままで子供っぽくて自分勝手な(でありながら魅力的な)人物として描き出されます。
 しかし、ナポレオンって、ホントはどんな人物だったんだ?小学校のとき学級文庫で伝記を読んだけど、よく覚えてないぞ。
 Wikipediaを見てみると、ADHD説もあるくらいの変な人だったらしいです。死因についてもいろいろな説があるらしく、それが今回の芝居の元になっていたのか……。う〜ん、ぽん太の教養ではわからんかった。
 さらにナポレオンは癲癇だったとも言われてるそうです。それが、ナポレオンが首を絞められて何度も気を失う場面の下敷きだったのか……。
 ところで、このブログを読んでいる若い(?)人たちは知らんじゃろうが、昔、野田秀樹率いる劇団「夢の遊眠社」の芝居で「瓶詰のナポレオン」というのがあったのじゃ。ぽん太は1984年に見たのじゃ。この題名が、ナポレオンが軍用食として「瓶詰」を採用したことを踏まえているということを、ぽん太はいま初めて知ったのじゃ。
 しかしこの芝居、休みなしの2時間20分は、ちと長すぎます。死因に対する4人の証言を披露した上で、二重のどんでん返しが加わるので、長くなってしまうのでしょう。でも、実はナポレオンが周到に仕組んだ自殺であり、登場人物たちはナポレオンにチェスの駒のように操られていた、という最後のオチはちょっと陳腐な気がします。そういえば他人を操って自殺を仕組むというのは、『ろくでなし啄木』で既に使ったネタじゃん。実はみんなであなたにヒ素を盛りました、の最初のオチで終わるんでいいかも。
 とはいえ大いに笑えてスッキリしました。複雑なストーリー構成に、さまざまな笑いの手法が満載。三谷さん、最高!
 他に出演は、三谷幸喜ゆかりの山本耕史。先日「女信長」でコケた天海祐希は、舞台で初めて観ましたが、うまいところはうまく、カワユイところはカワユくて流石でした。内野聖陽も、大河ドラマの山本勘助役ではなんか地味でしたが、人物像の描き方が明確で間の取り方もうまく、さすが舞台俳優という感じで、野田秀樹の芝居をしっかり受け止めてました。


おのれナポレオン  L’honneur de Napoléon
2013年4月18日 東京芸術劇場プレイハウス

作・演出:三谷幸喜
出演:野田秀樹(ナポレオン・ボナパルト)
   天海祐希(アルヴィーヌ)
   山本耕史(シャルル・モントロン)
   浅利陽介(マルシャン)
   今井朋彦(アントンマルキ)
   内野聖陽(ハドソン・ロウ)
演奏:高良久美子、芳垣安洋
美術:堀尾幸男
照明:服部基
音響:井上正弘
音楽:高良久美子
衣裳:前田文子

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2013/04/20

【バレエ】まだまだ新たに進化し続けるルグリ《マニュエル・ルグリの新しき世界III》Aプロ

 3回目を迎えた「ルグリの新しき世界」ですが、予定していたホールバーグも出演中止となり、なんかあんまり知ってるダンサーがいません。客席もけっこう空席が目立ち、ちょっと気分は盛り下がってきたのですが、とっても素晴らしい公演でした。圧倒的なルグリのパフォーマンスだけでなく、他の演目も面白かったです。公式サイトはこちらです。
 まずは「カルメン」。昨年のウィーン国立バレエ団来日公演で「こうもり」のヨハンを踊ったクルラーエフは、ガタイがよくて顔もちょっと怖めですが、ドン・ホセの役柄がよく似合います。ポラコワとともに情熱的で迫力ある踊りで、幕開きを飾りました。コンテンポラリーな振付けで、音楽もビゼーのカルメンを含むリミックスという感じ。ラストシーンのドン・ホセがカルメンを刺し殺す場面のようです。振付けのダヴィデ・ボンバナDavide Bombanaという名はぽん太は初めて聞きました。ググってみると、日本では2012年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでの振付けが有名なようですね(もちろんその時のウィーン国立歌劇場バレエ団芸術監督はルグリです)。Youtubeで見ると、物語仕立てになってたりして、なかなか斬新です。Wikipedia(とその翻訳)によれば、1958年にイタリアのミラノで生まれた振付家。ミラノ・スカラ座バレエ団やモーリス・ベジャール・バレエ団などを振り出しにダンサーとして活躍しましたが、バイエルン国立バレ団に所属していた1991年から振付けを始めたようです。おっと、ボンバナの公式サイトもありました(こちら)。
 続いてルグリではもうおなじみのパトリック・ド・バナの「ウィンド・アンド・クラウド」。音楽は地中海〜アジア風で、エコーがかかったようなビートと、それにアラベスクのように絡みつく弦の音が心地よく、揺らめくようなたゆたうような踊りでした。衣装は上半身裸で、下半身は半透明のブルーの腰蓑風スカート。
 ここで古典的な演目が入り、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」。ヤコブレアが素晴らしく、にこやかで踊りも表情があり、とても魅力的でした。対するチェリェヴィチコはちょっとバタバタしていて、サポートもたどたどしかったですが、以前の自分の記事を読み返して見ると、昨年の「新しき世界」の「ドン・キホーテ」を誉めてたりするので、今回は急な代役だったせいなのかもしれません。
 お次ぎは東京バレエ団の群舞付きの「スプリング・アンド・フォール」。初めて観る演目……かと思ったら、2011年の「ギエム・オン・ステージ」でパ・ド・ドゥを観てるようです。ぜんぜん覚えてません。ダンサーはアッツォーニとリアブコのハンブルグ・ペア。しっとりとしたパ・ド・ドゥは、ルグリのような表情豊かな踊りが素晴らしかったです。でも群舞の振付けは、なんか変でした。振付けはノイマイヤーです。
 前半の〆の「こうもり」で待ちに待ったルグリの登場!ルグリが踊るウルリックが、ベラを美しく変身させるシーンです。絶品としか言いようがありません。表情も身体もすばらしく、シュトラウスの音楽のように流麗で、ただただ見とれるのみ。思わずこちらの表情もにこにこ微笑んできます。一部だけのなのに、全幕を観たかのような感動がありました。「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」で魅力的な踊りを見せたヤコヴレワが、ここでも見事な演技力を発揮。
 後半のハナはヘレナ・マーティンの「トリアーナ」。メタボなおばさんのスペイン舞踊です。確か2009年の「ルグリの新しき世界」でも踊ってましたが、ルグリと仲がいいのかしら。
 「バッハ組曲第3番」は、今回一番目を引いたヤコヴレワと、クルラーエフのペアでした。しっとりした踊りでよかったです。
 バナの「赤い涙」には見慣れない日本人女性が登場。秋山珠子という方で、スペイン国立ダンスカンパニーのソリストだそうです。日本の「舞踏」を思わせる身体の使い方が見事でした。
 アッツォーニ&リアブコの「ハムレット」は以前にも観ました。何の場面かいまだにわかりませんが、コミカルななかに現代の孤独と悲しみが感じられました。
 さあ、来たぞ、「ルートヴィヒ2世‐白鳥の王」!!思わずウキウキさせてくれた「こうもり」と違って、こんどは官能に満ちた苦渋で胸がいっぱいになりました。

《マニュエル・ルグリの新しき世界III》Aプロ
2013年4月17日/会場:ゆうぽうとホール

「カルメン」 より
振付:ダヴィデ・ボンバナ 音楽:ジョルジュ・ビゼーほか
ニーナ・ポラコワ、キリル・クルラーエフ

「ウィンド・アンド・クラウド」
振付:パトリック・ド・バナ 音楽:カイハン・カルホール、アリ・バーラミ・ファード
パトリック・ド・バナ

「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
マリア・ヤコヴレワ、デニス・チェリェヴィチコ

「スプリング・アンド・フォール」
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:アントニン・ドヴォルザーク
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ
小出領子、後藤晴雄、東京バレエ団

「こうもり」 より
振付:ローラン・プティ 音楽:ヨハン・シュトラウス2世
マリア・ヤコヴレワ、マニュエル・ルグリ
矢島まい

「トリアーナ」
振付:ヘレナ・マーティン 音楽:イサーク・アルベニス
ヘレナ・マーティン

「バッハ組曲第3番」 より
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:ヨハン・セバスティアン・バッハ
マリア・ヤコヴレワ、キリル・クルラーエフ

「赤い涙」
振付:パトリック・ド・バナ 音楽:カイハン・カルホール、アリ・バーラミ・ファード
秋山珠子、ディモ・キリーロフ・ミレフ、パトリック・ド・バナ

「ハムレット」 より
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:マイケル・ティペット
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

「ルートヴィヒ2世‐白鳥の王」
振付:パトリック・ド・バナ 音楽:リヒャルト・ワーグナー
マリア・ヤコヴレワ、ニーナ・ポラコワ、マニュエル・ルグリ

ピアノ:髙橋 望(「トリアーナ」)
※音楽は特別録音による音源を使用。(「トリアーナ」のみピアノ伴奏)

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2013/04/11

【歴史散歩】佐藤忠信ゆかりの医王寺・大鳥城址と桜にはちと早い花見山

Img_5031 高湯温泉玉子湯に泊まったぽん太とにゃん子ですが、翌日の4月4日は快晴の暖かい日となりました。近くの飯坂温泉周辺が、佐藤忠信のゆかりの地だと知り、訪ねてみることにしました。
 佐藤忠信は、歌舞伎ファンなら「義経千本桜」で誰でも知ってます。奥州藤原氏に使えておりましたが、義経の挙兵のおり、藤原秀衡の命によって、兄の継信とともに義経に従いました。二人は義経の郎党として平氏追悼の戦に加わりました。継信は、屋島の戦いで、義経の身代わりとなって矢に射たれて討ち死にしました。忠信は、壇ノ浦の戦いで平家を滅亡させたのち一転して頼朝に追われる立場になった義経に、同行しました。史実に近いとされる『吾妻鏡』によれば、忠信は宇治のあたりで義経と別れ、京都に潜伏しているところを襲われて自害したそうです。
 一方、室町時代初期に書かれた『義経記』では、忠信は、吉野で義経一行と別れ、義経の身代わりとなって壮絶な戦いを繰り広げ、やがて京都で自害することになっております。ぽん太が吉野を訪れた時の記事はこちらです。
 歌舞伎の「義経千本桜」では、「伏見稲荷の段」で、義経一行は、京都の伏見稲荷の前で静御前と別れますが、残された静が敵に襲われそうになったところを佐藤忠信が救出します。戻ってきた義経は、忠信に「源九郎義経」の名と自分の鎧を与え、静かに同道して護衛するように命じます。「道行初音旅」では、桜が満開の吉野山を行く静と忠信の優雅な踊りが繰り広げられます。「河連法眼館の段」では、これまで忠信だと思っていたのは実はキツネだということが明らかになります。本物の忠信は、壇ノ浦の戦いののち、故郷の母が病気だと聞いて里帰りをしていたが、母の病が治ったので戻ってきたのです。
Img_4989 さて、以上をふまえてまずは医王寺。公式サイトはなさそうなので、飯坂温泉オフィシャルサイトのページにリンクしておきます(こちら)。医王寺は佐藤一族の菩提寺です。佐藤継信・忠信の父親である佐藤基治は特に信仰が厚く、医王寺の整備に努めました。
Img_4993 杉並木の参道を歩いて行くと、奥に薬師堂があります。
Img_4994 お堂の手すりには、平べったい石がいっぱい吊り下げられていました。願い事が書かれているものもあるので、一種の「絵馬」でしょうか。このような風習は、ぽん太は初めて見ました。
Img_4997 薬師堂の裏手には大小の板碑が並んでいますが、こちらが忠信・継信のお墓と言われております。墓石を削って飲むと熱病に効くという言い伝えのために、墓石が削り取られているのだそうです。
Img_4998 板碑群の一角にある椿は、「乙和の椿」と呼ばれています。乙和御前は、継信・忠信の母。歌舞伎で病気になってた人ですね。息子二人を失った乙和御前の悲しみがこの椿に乗り移り、花が咲かずにつぼみのまま全部落ちてしまうのだそうです。
Img_5004 本堂には、佐藤一族の位牌を祀った内殿と、継信・忠信のそれぞれの妻の人形があります。妻たちは、息子たちの死を悲しむ乙和御前を慰めるために、それぞれ夫の甲冑をまとってみせたそうです。
Img_5005 本堂の傍らにある芭蕉の句碑です。「笈も太刀も五月にかざれ紙幟」という句が刻まれています。奥の細道の旅で、芭蕉もここを訪れました。『奥の細道』の該当部分とその現代語訳、解説などを、こちらの「俳聖松尾芭蕉・みちのくの足跡」というサイトで見ることができます。上に書いた妻たちの逸話にも言及してますね。芭蕉は、この寺の宝物とされていた弁慶の笈と義経の太刀を句に詠んだのですが、今回宝物館を見たところでは、弁慶の笈はありましたが、義経の太刀はありませんでした。
 上のサイトによれば、曾良の「随行日記」には、「寺ニハ判官殿笈・弁慶書シ経ナド有由。系図モ有由」と書いてあり、義経の太刀には触れていません。確かに弁慶の直筆だというお経はぽん太も見ましたから、曾良の書いたのが正しくて、「義経の太刀」というのは芭蕉の文学的な創造なのかもしれません。
Img_5007 医王寺のすぐ北にある小高い丘は、現在は舘ノ山公園と呼ばれていますが、かつては佐藤一族の居城である大鳥城があったところです。頼朝軍に敗れ、文治5年(1189年)に落城したそうです。
Img_5010 頂上の本丸跡に、なにやらソーラーエネルギーを使った装置が。線量計でした。ここが福島であることを思い出させます。ちなみに0.836μSv/hですから、年間約7ミリシーベルト。確かICRPの安全基準は、年間1ミリシーベルト。ん?多いがな。ずっと外にいるわけじゃないからいいってこと?今朝、高湯温泉からの帰り道で、天ぷらにして食べようと思ってフキノトウを摘んできたけど、大丈夫かしら。まあ、ぽん太もにゃん子も年寄りだから、少しぐらいの放射線は関係ないか。
 なんか基準が高すぎるとか低すぎるとかいろいろ議論があったけど、結局どうなったんでしょう。ちょっとググってみましたが、結局国の基準がどうなったのか、よくわかりません。ん〜ん、ぽん太にわからないんじゃ、他にも分からない人がいっぱいいるんじゃないでしょうか。困ったもんです。

Img_5026 次に、花見の名所として有名な「花見山」に行ってきました。ソメイヨシノの開花はまだでしたが、それでも様々な花が咲き乱れて美しく、観光客も少なくて静かな雰囲気を楽しむことができました。
 開花情報や交通情報などは、こちらのサイトがわかりやすいでしょうか。花見山公園園主の阿部一郎の公式サイトはこちらです。
Img_5021 花見山は、花木生産農家の阿部一郎さんの私有地です。父の後をついで、阿部さんは雑木林に少しずつ花を植え、手入れを続けてきたそうです。やがてすばらしい花を見たいという人が増えてきたため、1959年に公園として無料で開放しました。さらに周辺の農家や市の協力も加わって、現在に至っているそうです。
Img_5036 とはいえ阿部さんは、伊達や酔狂で花を植え続けていたわけではありません。何かのパンフレットで読んだのですが(たぶん「シティ情報ふくしま」別冊のフリーペーパー「春らんまんブック」(平成25年)だと思いますが、見つかりません)、戦争に行った阿部さんはそこで地獄を見、なんとか生き残って帰ってきたものの、そのことに深い罪悪感を感じ、結局は亡くなった人の分まで一生懸命働くしかないという結論に達し、山の整備を続けてきたのだそうです。花見山に俗悪さが感じられず、桃源郷あるいは極楽浄土のように見えるのは、そのためなのかもしれません。

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2013/04/10

【温泉】温泉は言うまでもなく料理もすばらしい/高湯温泉旅館玉子湯(★★★★)

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 福島県の高湯温泉にある旅館玉子湯は有名ですが、道路から通りがかりに見える建物がなんだか味気なかったので、これまで敬遠していました。しかし今回、東京都の福島県の旅行に対する助成金(被災地応援ツアー)を利用して、初めてお世話になりましたが、とっても素晴らしい宿でした。玉子湯さんの公式サイトはこちらです。
Img_4988 こちらが旅館玉子湯の建物です。普通はちょっと敬遠しますよね。よくある「建て替えちゃった」温泉旅館という感じです。屋根は、元はスレートか金属で葺いてあったのを、モルタルかなんかで埋めてしまったんでしょうか?
Img_4986 ロビーは意外と明るく広々としています。
Img_4985 こちらが客室。落ち着いた普通の和室です。
Img_4946 さて、旅館の建物はこんなもんですが、温泉は凄い。建物の裏手の川沿いに建つこの茅葺き屋根の小屋が、湯小屋『玉子湯』。宿の創業以来140年以上に渡って、原型を保っているそうです。内部はちゃんと男女別に別れています。
Img_4940 浴槽から天井まですべて木製の浴室は、細めの部材を使って重々しくならないように作られており、「湯小屋」という言葉がぴったりです。しっかり補修が行われていて、古びた感じもなく、とっても心地よいです。それほど大きくない浴槽に注がれたお湯は、真っ白に白濁しています。硫黄の匂いが香る、酸性のお湯です。
Img_4941 別室の脱衣場はなく、浴室の傍らに脱衣棚があるのは、古来のスタイルですね。また、シャワーはもとよりカランもありません。
Img_4979 広々とした露天風呂が二つあり、男女入れ替わりになります。写真は『天翔の湯』です。
Img_4980 女性専用露天風呂「瀬音」は、屋根の葺き替え中でした。このほかに、二つの男女別の内湯があります。
Img_4982 滝の湯と仙気の湯という2本の源泉があるようで、どちらも泉温は約50度、pH2.8の強酸性の硫黄泉です。加水なし、加温なし、循環なしの、正真正銘の源泉掛け流しです。さらに凄いのは「自然湧出」であるところ。地中深くボーリングをしてポンプで汲み上げるのではなく、大地から溢れ出てきたお湯をそのまま戴くという贅沢です。
Img_4970 温泉のあとの楽しみは夕食。部屋食でいただきました。山中の温泉旅館ということで、岩魚の塩焼きに山菜のてんぷらといった定番料理を想像していたのですが、良い意味で裏切られました。素材と調理法と見た目の美しさと、どれも素晴らしかったです。例えば真ん中の白いお皿の先付けは、黄色の辛子酢みそに桜を添えて見た目張るらしいですが、素材は「あまどころ」。登山をしていると花をよく見かけますが、食べられるとは知りませんでした。お造りも、献立には「牡丹海老」と書いてありましたが、模様から縞海老か。とっても新鮮でした。奥にある焼き物「銀宝春更紗焼・蛤とトマトのゼリー寄せ・桜餅」も、まるで貝合わせのような美しさです。
Img_4976 朝食は、右上の温野菜が予想を裏切る一品で、見た目も鮮やかで、新鮮でおいしゅうございました。
 茅葺き屋根の浴槽で、大地から自然湧出した硫黄泉を源泉掛け流しで楽しめるという点で、たぐい希な温泉です。料理も工夫がされていて美味しいです。ただやはり、建物がマイナスとなって、ぽん太の評価は4点!

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2013/04/02

【フロイト「不気味なもの」を読む(6)】オットー・ランクのドッペルゲンガー論(p26〜27)

 ホフマンの『砂男』を論じたフロイトは、ホフマンつながりで彼の長編小説『悪魔の霊液』に話しを移します。お読みになりたい方は、『悪魔の霊酒』というタイトルでちくま文庫に入っております(深田甫訳、2006年) 。あらすじだけ知りたい方は、たとえばこちらをどうぞ。
 さてフロイトは、『悪魔の霊液』で用いられている様々な不気味なモチーフのうち、「ドッペルゲンガー」を取り出します。ドッペルゲンガーは分身あるいは二重身などと訳され、狭い意味では、自分と同じ人間が世の中にもう一人いることを意味しますが、フロイトはもっと広い意味での、さまざまなドッペルゲンガーのタイプが、この本に描かれていると言います。


 ここでフロイトは、オットー・ランクの論文「ドッペルゲンガー」(1914年)を援用します。これも邦訳があります(『分身 ドッペルゲンガー』、有内嘉宏訳、人文書院、1988年)。出産外傷論で有名なオットー・ランクは、フロイトの弟子のひとりですが、例に漏れずのちにはフロイトと決別しました。
 邦訳を読んでみると、全体が5章からなっております。そのおおまかな内容は、第一章が問題提起、第二章が文学に描かれたドッペルゲンガー、第三章が作家たちのドッペルゲンガー体験、第四章がドッペルゲンガーの民族学・文化人類学、第五章がドッペルゲンガーの精神分析、という感じでしょうか。
 第一章から第四章までは、ドッペルゲンガーのさまざまな実例が、これでもかというほど挙げられています。そこで今回は、理論的解明を行っている第五章の内容だけ、簡単に要約しておくことにしましょう。
 ドッペルゲンガーが持つ死の意味作用は、ナルシシズム(自己愛)と密接に結ばれている。不快な死の表象を払いのけるために、愛(ナルシシズム)に置き換えられたのだろう。
 ナルシシズムに対する防衛が現れる場合もある。その形態は二通りあり、第一はドッペルゲンガーに対する恐怖や嫌悪、あるいは影や鏡像を失うことである。失われた影や鏡像が自分を追跡・迫害することもあるが、これは「抑圧されたものが抑圧するものの意識に回帰する」という心理現象である。第二は、ドッペルゲンガーに迫害されることによって狂気に陥り、しばしば自殺に終わることである。パラノイアがナルシシズムと関係することは、フロイトがシュレーバー症例で明らかにした。
 ドッペルゲンガーはしばしば兄弟と同一視される。こうしてドッペルゲンガーは競争相手になるのであって、またドッペルベンガーに対する死の願望や殺人衝動が理解可能となる。
 分裂した自我が投影されてドッペルゲンガーを作ることによって、内心が免責・解法されるというだけでは不十分である。「自我コンプレックスから生まれる恐怖」が「抑圧された欲望を実行する」「ドッペルゲンガーという恐ろしい化け物を形作る」のである。
 自我の分裂を引き起こす原因として、過大な罪の意識をあげることができる。自我の罪がドッペルゲンガーに転嫁されることによって、罪の意識から逃れることができる。反対にドッペルゲンガーが「良心」や「親切な警告者」となることもある。
 死への恐怖、老いへの恐怖は、「いつまでも若くありたい」というナルシシズム的願望と結びつく。一方で、死を待つことの恐怖、老いへの恐怖から逃れるために、自殺をするというパラドックスが生じることもある。
 死の恐怖は、単なる自己保存欲動の現れではない。自己保存のための自我欲動に、リビドー的欲動も関係した、複雑な葛藤に基づく神経症症状である。
 ドッペルゲンガーは、過去に自分がナルシシズム的に愛着していた自我の一発達段階の表現であり、それは繰り返し現れては、本人の行動を妨げる。
 未開人は、つねに人間に付着し、また人間の形の生き写しである「影」を、「魂」や「霊魂」と考えた。人間の死後も永遠に存在する霊魂は、死の恐怖を否認するための道具であった。エジプト人は死者を消滅から防ぐために、故人の肖像を作った。本来は死の恐怖を防衛するものであったドッペルゲンガーが、反対に死の前触れや、本人を損なうものに転嫁することもる。
 以上のように、原初的ナルシシズムと、そのざまざまな防衛反応が、ドッペルゲンガーのなかに現れている。

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