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2013/05/10

【フロイト「不気味なもの」を読む(8)】同じ事態の反復、フロイトとマーク・トウェイン(P30〜31)

 フロイトの「不気味なもの」を読むシリーズの8回目です。あきっぽいぽん太にしては、よく続いております。テキストは岩波書店版の『フロイト全集17』(2006年)に収録されているもので、書かれているページはすべて本書のページです。
 不気味と感じられるものを次々と検討しており、前回はドッペルゲンガーでしたが、今回は「同じ事態の反復」です。
 フロイトは、同じ事態の反復が、あらゆる人に常に不気味な感じを与えるものとは言えないが、一定の条件のもとでは不気味な感情を引き起こすと言います。フロイトはこれが、夢で示される寄る辺なさを思わせると書いています。寄る辺なさ(Hilflosigkeit)はフロイトの重要な概念のひとつですが、ここではみちくさはしないでおきます。
 ここでフロイトは、自分自身の体験を述べます。イタリアで道に迷い、娼館地域から逃れようと歩き回ったが、三回同じところに戻ってしまったという話しです。ホントは興味があったんでしょうかhappy01。その他の例として、森の中で迷って何度も同じ地点に戻ってしまう場合や、暗い部屋のなかで何度も同じ家具にぶつかる場合を挙げています。
 この最後の場合に関してフロイトは、「もっともこうした状況も、マーク・トウェインの手にかかると、グロテスクに誇張され抗いがたく滑稽なものに変容してしまうのだが」(31ページ)と書いてます。ぽん太はマーク・トウェインといったら「トム・ソーヤー」ぐらいしか知らず、しかも読んだことがありません。訳注を見ると、マーク・トウェインの『国外放浪』という本が挙げられていますが、アマゾンで探してもそんな本はありません。Wikipediaを見てみると、1880年に「A Tramp Abroad」という作品がありますので、このことでしょう。日本では『ヨーロッパ放浪記』と訳されているようです。
 これなら邦訳もあるようで、例えば右のリンクがそれです。読んでみると、第十三章の「闇の中での悪戦苦闘」というのがそれのようです。夜中に目が覚めてしまったトウェインは、イライラしながら部屋から外に出ようとしますが、真っ暗な部屋の中で位置がわからなくなり、たくさんの椅子やソファーに次々とぶつかります。物音に驚いた宿の人々が明かりをもって駆けつけると、自分は狭い部屋のなかの自分のベッドの近くにいて、椅子もソファもそれぞれたった一つしかなかった、という話しです。ぜんぜん不気味な感じはなく、筒井康隆を思わせるドタバタで滑稽なショート・ショートで、みなさんにもぜひご一読をお勧めします。
 しかし何でフロイトが、ちっとも不気味でないマーク・トウェインのエッセイをわざわざ引用したのかが、ぽん太には気になります。二人の間には何か関係があるんでしょうか。
 ググってみても何もみつからなかったのですが、試しに英語でググってみると、トウェインとフロイトについて書いた本も何冊かあるようです。でも、ぽん太はそこまで買ってみる気にはなりません。ありがたいことに、googleブックスで一部を読めるものがありました(→こちら)。Dan Vogel, Mark Twain's Jews, Ktav Pub Inc, 2006/5/15 という本で、日本のアマゾン(→こちら)で買うと50万以上するようですが、海外のアマゾン(→こちら)では約448ドルですから4万円程度なので、送料を払ったとしてもお得です。でもそれでも高い本ですね。著者のDan Vogelという人はぽん太は全く知りませんが、アマゾンのカスタマーレビューには、イェシーバー大学の英語の教授と書いてあります。Wikipediaによると、ニューヨークにあるユダヤ教関連の大学のようです。
 どうやらマーク・トウェインがユダヤ人に対してどのようなスタンスをとっていたか、というのがひとつのトピックスのようです……が、狸のぽん太には難しすぎてわかりません。
 で、グーグルブックスで58ページと59ページが読めるのですがが、それによれば、マーク・トウェインはフロイトに言及してないけれど、フロイトはトウェインについて何回か書いているそうです。カール・ドルメッチ(Carl Dolmetsch)の『われわれの有名な客ーーウィーンのマーク・トウェイン』("Our Famous Guest": Mark Twain in Vienna, Univ of Georgia Pr, 1992。邦訳はなさそうです。ご購入はこちら)という本によれば、フロイトとトウェインが一緒にトランプをしたり、特別な行事(?)や演劇に同席していた記録があるそうです。また、トウェインの娘ジーン(『足ながおじさん』の著者ですね)がてんかんだったため、診察を受けにトウェインがフロイトを訪れた可能性が高いけれど、その記録は見つかっていないそうです。
 フロイトがマーク・トウェインを引用した例としては、「同情の節約」という概念を例証するために、"Roughing It"、"A Burlesqu Biography"、"Innocents Abroad"が引用されているようです。また、トウェインが後にウィーンに滞在した時(1989年2月9日)、フロイトは有名な心理学者の講義をさぼり、旧友のマーク・トウェインの話しを聞きにいったと、「フリースへの手紙」に書いているそうです。講演のタイトルは「スイカの盗み方」で、その講演のことはトウェインの手紙にも書かれているそうです。また1938年、癌に犯されイギリスに逃げていたフロイトは、反ユダヤ主義に関する論文集に寄稿しました。この小論の大部分は、ユダヤ人を誉め讃える文章の引用からなっていますが、フロイト自身、今となっては誰の何という文章なのか思い出せないと書いています。出典は長く謎でしたが、1980年、Marion A. Richmondが、出典がマーク・トウェインの"Concerning the Jews"であることを突き止めたそうです。
 さて、以上に関して子細に検討してみましょう。同情の節約云々というのは、どうやらフロイトの「機知ーーその無意識との関係」(1905年)のようです。マーク・トウェインが引用されているのは「VII節 機知および諸種の滑稽なもの」で、岩波の全集8巻では277ページからです。フロイトは三つの例を挙げていて、最初は、トウェインの兄が道路建設現場で働いていたときに爆発で吹き飛ばされ、一命は取り留めたものの、職場離脱という理由で賃金をカットされたという話し。二番目は、自分の祖先がコロンブスの随行者だったが、手荷物が下着だけだったという話し。最後は、兄がむかし地下に穴を掘って暮らしていたが、まいにち穴から牛が落ちて来て、46日目に兄が「ちょっと飽きてきた」と言ったという話しです。フロイトは出典を明記しておらず、訳注も特にありません。
 まず最初の爆発で吹き飛ばされる話しですが、"Roughing It"に似たような話しが書かれています。1872年に出版されたこの旅行記には邦訳があります(『西部放浪記 下 マーク・トウェインコレクション (11B)』彩流社、1988年)。第77章、邦訳では下巻の257ページで、ある男がカリフォルニアの鉱山のひどさを説明するために語ったホラ話しです。それによれば、ある作業員が、発破のための火薬を詰めた地面を鉄梃(かなてこ)で打ち固めていたところ火花が引火し、爆風で作業員は高く高く飛ばされてしまった。地面に落ちて来るまで16分かかったが、会社は16分間分の給料を差し引いたんだそうです。
 なんかフロイトの引用とは、人物も状況もちょっと異なるような気がします。ひょっとしたら他のトウェインの著作に、フロイトが引用したようなヴァージョンの話しが書かれているのかもしれませんが、だとしたらDan Vogel氏が気付いていそうなもの。フロイトの引用は、あんがいいい加減なのかもしれません。
 次の祖先がコロンブスの随行者だったという話しは、"A Burlesqu Biography"に書かれていることですが、おそらく"Mark Twain's Burlesque Autobiography"(1871年)のことでしょうか。邦訳はないようですが、原文をこちらで読むことができます。ほとんど冒頭の、首つりの挿絵の三つ下の段落に書かれています。
 最後の、地下に住んでいる話しの出典は、"The Innocents Abroad",(1869年)で、邦訳はは『イノセント・アブロード〈上〉―聖地初巡礼の旅』(文化書房博文社、2004年)でしょうか。邦訳では上巻の第27章に出ています。但し主人公は兄ではなくてオリバー判事。ラバが2回落ちたので、家の場所を変えたところ、今度は牛が落ちて来たという話しで、フロイトのいうように毎日続けて46日間も落ちたわけではありません。この笑い話は、トウェインらがフンボルト山脈の銀鉱山に行った時のこととなっておりますが、おそらくそれは『西部放浪記』に書かれていた兄との旅のことでしょうから、フロイトが混同したのかもしれません。あるいはまた、これはぽん太の推測ですが、こういった笑い話はトウェインの持ちネタで、フロイトが直にトウェインからそんな話しを聞いたのかもしれません。
 さて次に「フリースへの手紙」ですが、『フロイト フリースへの手紙 1887-1904』(誠信書房、2001年)というタイトルで邦訳されています。1989年2月9日の手紙を見ると、確かにトウェインの名前があります。該当箇所は短いの引用すると、「こちらでのおしゃべりサーカスにおけるシュヴェニンガーの態度はひどい恥さらしでした。僕はもちろん出席しませんでした。その代わりに僕は、僕たちの古い友人マーク・トウェーンその人の声を聞くという楽しみを自分に与えました」(邦訳315ページ)となってます。シュヴェニンガー Ernst Schweninger (1850–1924)はビスマルクの主治医として有名で、またエスの概念の「発見者」であるグロデックは、ベルリン大学医学部時代に彼の講義を受けております。
 『フリースへの手紙』の注によると、このトウェインの講演会については「文化への不満」(1930年)でも触れられているそうで、確かにVII節の注で、フロイトはトウェインが『わたくしが盗んだ最初のメロン』という短編を朗読するのを聞いたことがあると書いています。
 さて、最後の反ユダヤ主義に関するフロイトの論文ですが、これは「反ユダヤ主義にひとこと」(1938年)(岩波版フロイト全集22巻に収録)のことでしょう。フロイトは、非ユダヤ人がユダヤ人を擁護した論説を引用したあと、この論説が誰のもので、いつ読んだのか、もはや覚えていないと告白しております。訳者の渡辺哲夫の解題でも、「フロイトが引用した文章は、じつはフロイト自身によるものと考えられている」と書いております。ということは、もしそれがマーク・トウェインの文章だったら、新発見か?
 トウェインの"Concerning the Jews"(1899年)は、こちらで原文を読むことができ、またなんと邦訳が『全集・現代世界文学の発見〈第4〉亡命とユダヤ人 』(學藝書林、1970年)の中に収録されております。読んでみると、たしかに非ユダヤ人であるトウェインが、ユダヤ人は決して劣った民族ではないということを書いております。しかしフロイトが特に引用の前半で書いているような、教皇も抵抗の声を上げたこととか、「ユダヤ人は劣っているけれど、彼らを愛さなければならないという論法はおかしい」といったことは、トウェインは書いておりません。やはりフロイトの引用元をトウェインの"Concerning the Jews"と考えるのは、ちょっと無理があるようにぽん太は思います。
 (以下2013年6月2日追記)アーネスト・ジョーンズのフロイトの伝記に、1890年代のフロイトの個人生活に触れたところがありますが、「また彼は時折講演会に出席した。そういう機会に彼は昔から大好きであったマーク・トウェインの講演をきいて大いによろこんだことがあった」と書かれています(アーネスト・ジョーンズ『フロイトの生涯』竹友安彦他訳、紀伊国屋書店、1969年、223ページ)。時期的にいって、上に書いた、1989年2月9日の講演会の可能性が高いと思われます。
 また、「アンケート『読書と良書について』への回答」(岩波書店『フロイト全集9』に所収)を読むと、1906年に書店から10冊の良書を挙げよと依頼されたフロイトは、10冊のなかにマーク・トウェインの『「ジム・スマイリーとその跳ね蛙」他短篇集』を含めております。

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