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2013/08/25

【映画】(ネタバレ注意!)いったい何度泣いただらう。「風立ちぬ」

(★このプログはネタバレがありますのでご注意下さい。)
 いや〜良かったです。ぽん太、何度も泣いちゃいましたweep。久しぶりに優れた映画を見た感じです。映画の公式サイトはこちら
 前回の「崖の上のポニョ」のテーマが「海」なら、今回は「風」。時には傷ついた心を癒すそよ風、時には我々を前へと突き動かす追い風、しかしそれは、思わぬところに我々を運んでいってしまうこともある。またある時には我々を脅かす突風、そして「千の風になって」のような死。宮崎駿は見事に風の諸相を描いてくれました。
 この映画は、堀越二郎と堀辰雄をモチーフにしているそうですが、零戦を設計したのが堀越二郎という人物だったことを、ぽん太は初めて知りました。Wikipediaを見てみると、明治36年(1903年)に群馬県藤岡市で生まれ、昭和57年(1982年)に死去。東京帝国大学を主席で卒業したあと、三菱内燃機製造に入社。戦前には七試艦上戦闘機、九試単座戦闘機(後の九六式艦上戦闘機)、戦時中は零式艦上戦闘機、雷電、烈風などを設計したそうな。映画に出て来たW型の羽をしたやつは、九試単座戦闘機(Wikipedia)でしょうか?戦後はYS-11の設計に加わり、新三菱重工業を退社したあとはいくつかの大学で教鞭をとったそうです。
 ついでに堀辰雄の方もWikipediaでおさらいしときます。明治37年(1904年)、東京麹町区平河町生まれ。堀越二郎と1歳違いなんですね。関東大震災で母を失う。堀辰雄も東京帝国大学の国文学科を卒業。自身が肺結核となり、軽井沢で療養することが多くなる。
 1933年、軽井沢で矢野綾子と知り合う(里見菜穂子のモデルですね)。1934年に婚約するが、綾子も結核をわずらっていたため、翌1935年、富士見高原療養所にふたりで入院。しかしその年の冬に綾子は死去し、この体験が『風立ちぬ』(1936-37年)の題材となったそうです。この療養所は、現在も富士見高原病院として残っています。そこに「旧富士見高原療養所資料館」というのがあり(ホームページはこちら)、ぽん太は一度行ってみたいと思っていたのですが、機会に恵まれぬまま休館ととなってしまいました。今ホームページを見たら、2012年9月に解体されてしまったそうで、復元公開は2015年以降になるそうです。ううう、残念。それkら『風立ちぬ』もむかし読んだけど、すっかり忘れちゃったな〜。もう一度読み返してみようっと。
 1938年に加藤多恵と結婚。戦後は体調の悪化により、ほとんど作品を書けずに信濃追分で闘病生活を送り、1953年になくなったそうです。なんとにゃん子(ぽん太の妻)は学生時代、信濃追分の堀辰雄文学記念館を訪れた際、多恵夫人に会っていろいろとお話を聞かせてもらったそうです。
 映画の話しに戻ると、菜穂子は自分の美しいところだけを見せようと、ひとり療養所に戻っていきます。ものごとには必ず美しい面とそうでない面があるのです。堀越二郎も美しい飛行機の夢を追っていきますが、美しくない結果にも直面することになります。堀越の美しい飛行機のあいまいなイメージが、具体化していくに連れて、徐々に零戦に近づいていくあたり、時代のなかで生きることの難しさを思って涙が止まりませんでした。
 この映画は、もちろん福島の原発事故を意識しているわけですが、原発関係者を堀越二郎になぞらえることはできません。彼らは、美しい技術を生み出そうとすらしていたわけではなく、利権、名誉、権力などに突き動かされていい加減な仕事をしていただけですから。
 菜穂子が軽井沢で油絵を描いているシーンが、モネの「日傘をさす女」(画像)のパクリだということは、すでにあちこちで言われているようです。ぽん太は以前に「崖の上のポニョ」を見たとき、ワグナーの「ワルキューレ」が随所で引用されている意味がつかめなかったのですが、こんかいの「風立ちぬ」も勘案すると、宮崎駿は過去のいろいろな作品を引用して映像を作るのが好きみたいですね。ポストモダン的な引用なのか、江戸歌舞伎的な綯い交ぜ(ないまぜ)なのか、オタク的な趣味なのか、そこまではぽん太にはわかりません。
 軽井沢の場面になると、急に絵が油絵調になるのも面白いですね。こういう表現は実写では決してできません。関東大震災のシーンも、立ち並ぶ家が波のように隆起するかたちで描かれていました。地震の表現にしては不自然で、明らかに東日本大震災の津波、あるいは原爆の爆風を意識したダブルイメージだと思います。
 軽井沢のホテルは、赤いトタン屋根の木造建築で、各部屋にバルコニーが付いてますから、上高地帝国ホテル(画像)でしょうか。名前は「草軽ホテル」になってましたが、むかし軽井沢と草津を結ぶ草軽電気鉄道というのがありました。この軽便鉄道は、映画には出てこなかったような気がします。鉄道で言えば、アプト式の電気機関車EC40や、蒸気機関車9600が出てましたな。ダブルルーフ、デッキ付きの客車も味わいがありました。
 鉄道以外でも、レトロなパーツが細かく描き込まれていてなつかしかったです。シベリヤとか、便所のカラカラとか、久しぶりに思い出しました。計算尺なんて、いまのひとたちは使ったことないでしょうね。
 庵野秀明の声も、朴訥でよかったです。「棒読み」という批判の理由がぽん太にはわかりません。久石譲の音楽は、なぜだか今回はあまり耳に残りませんでした。ユーミンの「ひこうき雲」、どこまでも透明で明るくて、そして哀しくて、心に響きました。それから人の声で効果音を作ったそうですが、機械や自然現象が擬人的に感じられて、とても面白かったです。物音が意味ありげに感じられるという点で、幻聴っぽい体験なのかもしれません。
 見たのが夏休みの日曜日だったので、ちびっこたちがいっぱいでしたが、子供たちには面白くなかったんじゃないかな。様々な飛行機のイメージは楽しかったけど、かわいいキャラも出てこないし、恋愛話だし。でもぽん太にとっては素晴らしい夏の思い出になりました。


「風たちぬ」
堀越二郎 堀 辰雄に敬意を込めて
2013年8月11日

原作・脚本・監督:宮崎 駿
制作:星野康二 スタジオジブリ
音楽:久石 譲 (サントラ/徳間ジャパンコミュニケーションズ)
プロデューサー:鈴木敏夫
配給 東宝

声の出演
  堀越二郎 庵野秀明
  里見菜穂子 瀧本美織
  本庄 西島秀俊
  黒川 西村雅彦
  カストルプ スティーブン・アルパート
  里見 風間杜夫
  二郎の母 竹下景子
  堀越加代 志田未来
  服部 國村隼
  黒川夫人 大竹しのぶ
  カプローニ 野村萬斎

スタッフ
 作画監督:高坂希太郎
 動画検査:舘野仁美
 美術監督:武重洋二
 色彩設計:保田道世
 撮影監督:奥井 敦
 音響演出・整音:笠松広司
 アフレコ演出:木村絵理子
 編集:瀬山武司
挿入曲:“Das gibt’s nur einmal”  作詞:Robert Gilbert  作曲:Werner Richard Heymann  (C)1931 by Universal Music Publ. Group Germany
朗読詩:「風」 原詩:Christina Rossetti 訳詩:西條八十 (日本コロムビア)
原作掲載:月刊モデルグラフィックス
主題歌:「ひこうき雲」 作詞・作曲・歌  荒井由実 (EMI Records Japan)
カラー/ビスタサイズ/モノラル 上映時間126分 (C)2013 二馬力・GNDHDDTK

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コメント

ぼとむずさん、コメントありがとうございますheart04
「装甲騎兵ボトムズのテレビシリーズのキリコの声」、Youtubeを探してみましたがよくわかりませんでしたcoldsweats01
「セリフも効果音のひとつ」というのは、なかなか深みがある言葉ですね。
「風立ちぬ」はホントにいい映画ですよね。宮崎監督が引退宣言をして、なおさらこの映画に対する思いが強まりました。

投稿: ぽん太 | 2013/09/21 13:56

はじめまして

エヴァの監督の棒読みが
どう評価されるかは別にして
装甲騎兵ボトムズのテレビシリーズ
のキリコの声をきいてほしい。
この声もものすごい棒読みですが
やがてこのキャラの本質を表現していることに
気が付くはずです。
映画「切腹」の仲代達也がセリフも
効果音のひとつといっていたような
ことがいえるはず・・。

私、この映画すきですよ。
ちっとも右翼くささなんてないし。
むしろラブストーリーでしょう。

投稿: ぼとむず | 2013/09/17 22:18

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