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2013/09/22

【登山】スキー場で有名だけど実は信仰の山・鶏頂山

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 8月の話しになりますが、手頃な山ということで、栃木県の鶏頂山に登ってきました。ぽん太は何も知らずに行ったのですが、冬はスキーヤーで賑わうこの山は、実は信仰の山でした。

【山名】鶏頂山(1765m)
【山域】那須・塩原
【日程】2013年8月7日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】晴れ
【ルート】西口登山口11:36…弁天沼12:43…鶏頂山13:23…御岳山14:14…弁天沼…西口登山口15:50

(※大きい地図や3D地図、当日の天気図などはヤマレコの記録へ)
【マイカー登山情報】日塩有料道路西側に駐車場あり。登山口の鳥居が目印です。
Img_5717 赤い鳥居が登山口の目印。「鶏頂山神社」と書かれており、周辺には狛犬や石仏があります。
Img_5723_2 登り始めは深い笹薮のなかを行きますが、やがて明るい広葉樹の林になります。
Img_5724 鶏頂山スキー場の廃墟などを見ながら登っていくと、やがて第二の鳥居が見えてきます。ここが弁天池で、山頂の案内板によれば、祠には弁財天や金山彦命が祀られているそうで、ちょっとしたパワースポットの雰囲気があります。
 金山彦命(かなやまひこのかみ)というのはぽん太は初耳ですが、Wikipediaにも書いているように、『古事記』においては、イザナミが火の神カグツチを産んで火傷で苦しんでいるとき、嘔吐物から化成した神で、鉱山や荒金の神とされております。
 で、鶏頂山近辺に鉱山があったのかどうかということになるわけですが、Wikipediaの「東武矢板線」の項には、矢板線が「高原山麓沿線の木材や鉱物資源を搬送するために開発された」と書いてあります。また、こちらの小山高専金野研究室のサイトのなかの「鉱物探索記」を見ると、鶏頂山を含む高原山の南東斜面にはいくつかの鉱山があったようです。
 あるいは鶏頂山には金鶏伝説があり、これを有すると長者になれるという金の鶏が、この山の頂上で休息したと言われているそうです(→こちら)。金山彦命が祀られているのは、この伝説と関係しているのかもしれません。
 ただ、『古事記』に記載されているような神々が祀られるようになったのは、明治以降の可能性も高いので、はっきりしたことは言えません。
Img_5725 ご覧の通り、それほど大きくはありませんが、とてもきれいな水をたたえた池があり、小さな祠が祀られています。
Img_5726 こちらの石碑には「栄明霊社」と書かれています。鶏頂山山頂の案内板に、「中興の祖栄明霊神」という文言があることから推測すると、中興の祖である栄明というお坊さんを、神様として祀っているのだと思います。「霊神」という言葉はぽん太は初めて聞いたのですが、コトバンクには、「霊験あらたかな神」のことと書いてありますが、さらに下の方を見てみると、『世界大百科事典』の【生祠】の項目の中に、「…〈尋常ならずすぐれたる徳のありて,可畏き物を迦微(かみ)とは云なり〉という本居宣長の考え方によれば,人間でも優れた資質があれば,神にまつられることになる。人を神にまつると,吉田神道では,これに霊神(れいじん)号を与えた。その生祠を霊社(れいしや)と称している」と書かれているそうです。生前に少なからぬ徳があった人が、死んでから神として祀られたものとのことですから、中興の祖を神として祀るという観点からは、これが近いような気がします。鶏頂山が「吉田神道」と関連があるのか、それとも他の神道でも「霊神」という考え方があるのか、ぽん太には全くわかりません。今後のみちくさの課題としたいと思います。
Img_5728 こちらの比較的新しい石碑は、「弁天池平家一門有縁の地」というタイトルです。壇ノ浦の戦いに破れた平家の残党が、弁天池周辺に落ち延びておりましたが、弁天池の霊力によって残党狩りを免れたそうです。ここから先は神域となるので、心を正して登っていきます。
Img_5732 やがて到着した山頂には、鶏頂山神社の奥社があります。
Img_5734 案内板によると、猿田彦大神が御祭神で、社殿は、神々が降臨したと言われる宮崎県の高千穂の峰に向かって建てられているそうですが、現在の建物は平成9年に造営されたものだそうです。
 サルタヒコノカミは、邇邇芸尊(ニニギノミコト)が神の国から地上に降り立とうとしたとき、その先導をした神です。社殿が、神が降臨した高千穂の峰に向いているのは、これと関係しているのでしょう。またサルタヒコノカミは、道の神、旅人の神とも見なされております。鶏頂山の西山麓(日塩有料道路のやや西)をかつて会津西街道が通っていて、きぬがわ高原カントリークラブのやや南には高原新田という宿場があったことと関係があるのでしょうか?
 高原新田宿は後に廃村となり、その住民が川治温泉に移住したため、川治温泉には鶏頂山神社の里宮が造られたそうです。廃村となった高原新田宿は、大戦後、引揚者によって開拓され、鶏頂開拓と呼ばれたそうです。このあたりは興味がつきませんが、みちくさはこのあたりまで。
Img_5736 山頂から東を眺めると、正面に釈迦ヶ岳が見え、その左の稜線上には御岳山の小ピークがあります。できれば釈迦ヶ岳まで行きたいところでしたが、時間が足りないため、御岳山まで行くことにしました。
Img_5740 御岳山の山頂(?)には、小さな祠がありました。木曽御岳山から神様を勧請したと言われているそうです。こちらの信州大学図書館のサイトで、『木曽総社御嶽山縁起/下野国塩谷郡鶏頂山開闢登山縁起』(井上 岩次郎著、1918年)という本を見ることができます。ちらりと読んでみると、鶏頂山には、もともと鶏頂山大権現と呼ばれる神が祀られておりましたが、嘉永元年(1848年)に御岳山神事を行っていたところ神懸かり状態となって言うことには、「自分は道祖神すなわち猿田彦命鶏頂山大権現である。お前たちが信じる御岳山の赤岩の神と同体である。天地開闢のとき、鶏鳥がこの山に止まって道しるべとなった。そのために鶏頂山という名がついた。のちに天富命(あめのとみのみこと)が、それをこの山の祭神とした……」といったようなことが書かれているようです。ちょっと全部読む記にはなれんし、そのうちまたみちくさするということで。
Img_5745 帰りは、大沼に寄りました。静謐な感じのする美しい池でした。

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