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2014/01/04

【歌舞伎】新春なのになんか地味・2014年1月歌舞伎座昼の部

 2014年の幕開けを歌舞伎鑑賞で華やかに迎えたいという気持ちだったのですが、意外に地味でちと期待はずれでした。最初こそ「七笑い」でしたが、これはあくまでも悪役の高笑い。新春を祝う明るい笑いではありません。次の「梶原平三誉石切」も暗い印象。「松浦の太鼓」の吉右衛門は、さすがに持ち前の明るさでパッと花咲くようでしたが、でも何で1月に忠臣蔵なの?お雛様だって早く仕舞わないと婚期が遅れると言うぞ。最後の踊りも、殺された雌鳥と、雄鳥が踊るという恨みの踊りでした。なんか目出たくない。公式サイトはこちらです。
 さて、最初は我當の「時平の七笑」。ぽん太はたぶん初めて見たと思います。藤原時平の陰謀によって菅原道真の太宰府左遷が決定する評定の場を描いたものです。最後に幕が閉まってからも時平の笑いが聞こえてくるという趣向が面白かったです。ただ、見所は最後の我當の大笑いだけで、それまでは、その場面設定のための寸劇という感じでした。
 我當の演技はさすが。前半の慈愛に満ちた印象が一転して、最後に悪の本性を現してからの高笑い。その笑いも、そこいらの若手では決してできません。芝居のうまい歌六ですが、菅原道真としては品格と聡明さに欠け、好々爺といった感じで、時平に一方的に騙された上、子供たちに囲まれて泣いてました。
 「梶原平三誉石切」は、有名な演目でありながら、ぽん太はこれまであまり面白いと感じたことがありませんでした。そこで今回はあらかじめ脚本を読んでみました。白水社の『歌舞伎オン・ステージ4』に収録されているもので、底本は明治23年12月12日初日の新富座における上演台本だそうです。比べてみると、いくつかの部分が省略されていることがわかります。その結果、ドラマとしての面白さが減ってしまってるとぽん太は思いました。
 例えば今回の舞台では、梶原景時、大庭景親、 俣野景久が揃ったところから始まりますが、古い台本では、立役の大名と敵役の大名が弓矢の腕を競っている場面が最初にあります。両者はその後も何度か言い合いをすることで、対立をさらに明確にします。今日の舞台では、敵役にはセリフがありますが、立役の方はほとんどセリフも演技もありませんでした。
 また、冒頭で梶原景時が戦における神の力を讃えると、俣野景久が「武士が戦いにおいて神の力を頼むとはみっともない」と言い返します。これに対し、古い台本では梶原が坂上田村麻呂の例を引いて反論して、俣野をやりこめますが、現行台本ではこれも省略されてます。
 つまり元々の台本では、梶原と大庭の対立が明確にあって、そこで梶原が二つ胴をし損じることで面目を失うが、実は……という流れになっているのですが、原稿台本ではこうしたドラマが不明確です。
 それから、二つ胴で斬られなかった六郎太夫が自害しようとする理由について、今日の舞台では「三百両を娘婿に渡せないのでは面目が立たない」という趣旨でしたが、もともとの台本ではその前に、「小さい頃から持っていたこの刀を、人の褒めそやす言葉に乗って、名剣だと思い込んでいたことに対する後悔」が付け加わっております。そこで梶原が「この刀は実は名剣であるが、自分の技によって一人しか斬らなかった」というので、六郎太夫と梢は刀を名剣と言ってもらった(証明されてはいないが)ことに対して「ありがとうございます」と喜びます。梶原の暖かい態度に、梢は自分が源氏方であることを思わずもらしそうになりますが、六郎太夫は「源氏方と知れた上は手討ちにしてくれ」と言います。そこで梶原は自分の本心(源氏方に付いたということ)を明かします。しかし六郎太夫は「この刀が名剣だと言ってはもらえたが、その証拠が示されていないので、安物を売りつけようとしたと思われたことに反論できず、面目が立たない」と言い出します。そこで梶原は手水鉢を真っ二つにすることで名剣の証拠を示します。六郎太夫は梶原に「この刀を差し上げたい」と言いますが、梶原は「希望のお金を与えよう」と答えて、結末という流れです。
 ところが本日の演出では、先ほども書いたように、六郎太夫が自害するのは「婿にお金を渡せないから」でした。そして自害を止めに入った梶原が「(刀を)買ってやる、買ってやる」と言うのに対し、六郎太夫が「ありがとうございます」と感謝して頭を下げてました。この結果、ようするに「お金の話し」になってしまい、「普通の刀を名剣と思い込んでいた自分の愚かさ、普通の刀を名剣と言って売りつけようとしたという恥」といった主題が失われてしまいました。「金の話し」だったら、刀を買ってもらえた時点で話しは終わってしまい、わざわざ手水鉢を斬って名剣を証明する必要もなくなってしまいます。
 ぽん太には、ほかの役者がどのような演出で「石切梶原」を演じているかわからないのですが、少なくとも本日の演出は、いろいろと問題があると感じました。
 心理や状況の刻々の変化をきっちりと表現するのが得意な仁左衛門の演ずる「石切梶原」を、一度見てみたいと思いました。
 梶原景時の幸四郎、大きさや明るさに欠け、上記のように劇的構成が混乱してました。六郎大夫の東蔵、持ち前の涼やかさが邪魔して、哀れみが少なかったです。六郎太夫はぽん太は歌六の方が好きです。梢の高麗蔵、福助の代役で仕方ないのかもしれませんが、娘らしい可愛らしさがありませんでした。全体として糸に乗ってない感じで、義太夫狂言らしいリズム感がありませんでした。
 「松浦の太鼓」。なぜ1月に忠臣蔵なんだという疑問は上にも書きました。吉右衛門の松浦鎮信はさすがに明るく大らかでしたが、まわりが今ひとつのため、劇全体としては意外と面白く感じられませんでした。お縫の米吉はまだ無理。美少年で揃えた家臣たちも、劇を面白くする「間」がとれてませんでした。まだ2日目だからかもしれません。
 「おしどり」は、魁春の品格ある踊りはすばらしく、また染五郎の若々しさもよかったですが、二人そろうとバランスが悪く、魁春の「年齢」が目立ってしまいました。福助の代役なので仕方ないのかもしれませんが。染五郎、こうした踊りだと涼やかで色気もあって実に美しいです。芝居だとなぜこうならないのでしょうか。


歌舞伎座
歌舞伎座新開場柿葺落
壽初春大歌舞伎
平成26年1月3日

昼の部

一、天満宮菜種御供(てんまんぐうなたねのごくう)
  時平の七笑
   
    藤原時平 我 當
    判官代輝国 進之介
    左中弁希世 由次郎
    春藤玄蕃 錦 吾
    天蘭敬 松之助
    藤原宿祢 宗之助
    頭の定岡 松 江
    菅原道真 歌 六

二、梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
  鶴ヶ岡八幡社頭の場
   
    梶原平三景時 幸四郎
    俣野五郎景久 錦之助
    梢 高麗蔵
    山口十郎 松 江
    川島八平 廣太郎
    岡崎将監 隼 人
    森村兵衛 宗之助
    剣菱呑助 秀 調
    大庭三郎景親 橋之助
    六郎太夫 東 蔵
    秀山十種の内

三、松浦の太鼓(まつうらのたいこ)
   
    松浦鎮信 吉右衛門
    宝井其角 歌 六
    鵜飼左司馬 歌 昇
    江川文太夫 種之助
    渕部市右衛門 隼 人
    里見幾之亟 桂 三
    早瀬近吾 由次郎
    お縫 米 吉
    大高源吾 梅 玉

四、鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)
  おしどり
   
    遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精 魁 春
    河津三郎/雄鴛鴦の精 染五郎
    股野五郎 橋之助

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