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2014年4月の12件の記事

2014/04/30

【登山】権太倉山(ごんたくらやま)でカタクリやキクザキイチゲを見ながら足慣らし。

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 福島県の南部、羽鳥湖の東にある低山、権太倉山(ごんたくらやま)に足慣らしに行ってきました。

【山名】権太倉山(ごんたくらやま)(976m)
【山域】磐梯・吾妻・安達太良
【日程】2014年4月23日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】快晴
【ルート】聖ヶ岩ふるさとの森駐車場11:11…馬の背分岐…権太倉山12:42-13:17…(田の沢林道)…聖ヶ岩ふるさとの森駐車場14:47

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【見た花】ヒトリシズカ、カタクリ、キクザキイチゲ
【マイカー登山情報】天栄村から聖ヶ岩ふるさとの森に向かう県道58号は、冬季は途中で通行止めになります。聖ヶ岩ふるさとの森は正式には5月1日から開設で、それに向けて通行止めも解除されるようなので、注意が必要です。聖ヶ岩ふるさとの森駐車場は、閉鎖されていなければ、数十台停められる広さがあります。
 田の沢林道は途中でがけ崩れがあるので、入らない方が吉。車高の高い小型のSUVなら入れないこともないかもしれませんが、自己責任で。

Img_8486 駐車場から見える聖ヶ岩です。なかなか迫力がありますね。
Img_8487 明るい雑木林のなかを登っていきます。東北道を北上する過程で季節が逆戻りし、樹々はまだ全く芽吹いておりません。
 途中、「風穴」を探したのですが、どこにあるのかよくわかりませんでした。
Img_8489 ヒトリシズカちゃんが咲いてました。
Img_8493 馬の背分岐が近づくと、権太倉山の山頂が見えてきます。
Img_8500 カタクリんもあちこちに咲いてました。一見可愛く見えるけど、けっこうパンクな奴です。
Img_8504 キクザキイチゲも結構咲いてました。ぽん太が見たことないような大きな花もありました。指と比べて下さい。
Img_8510 山頂に到着です。
Img_8511 枝の間から羽鳥湖の一部が見えます。
Img_8514 二岐山ですね。
Img_8515 那須岳です。
Img_8519 下りは、田の沢林道コースを選びました。「上を見て通って下さい」みたいな看板に気付いて見上げると、不思議な岩がありました。柱状節理ってやつでしょうか。ちょっと気持ち悪いです。立ち止まって写真を撮ったりしましたが、看板の元々の意味は、「落石に注意してさっさと通り過ぎて下さい」という意味だと思うので、なんだか逆効果ですね。
Img_8522 権太倉山の名前の由来が書かれています。
 田の沢林道コースは、あっというまに下ってしまって、あとは延々と林道歩きが続きます。しかもクネクネ曲がっているのけっこう時間もかかります。下りで使うのはいいかもしれませんが、この道の往復はお勧めできません。ぽん太とにゃん子は、取り残されたフキノトウ(もう伸びかけたやつ)を採りながら歩きました。
 足慣らしには悪くない山。カタクリやヒトリシズカなどの春の花が楽しめ、キクザキイチゲはおっきかったです。雑木林も美しいです。福島県南部から会津にかけての雑木林はとっても美しく、ぽん太は大好きです。

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2014/04/29

【温泉】尾瀬鎌田宿温泉・梅田屋旅館再訪(★★★★)(付/水沢うどん山源)

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 4月上旬、玉原のスノーハイクを堪能したぽん太・にゃん子・ひつじちゃん・フクロウさん一行は、車で武尊山をぐるりと回り込み、東麓にある尾瀬鎌田宿温泉の梅田屋旅館に宿を借りました。ぽん太とにゃん子は実は以前に泊まったことがあります。その時の記事はこちらです。
Img_8475 入り口の建物はとても歴史がありそうで、宿場の雰囲気が感じられます。奥の客室は新しく建てられたものですが、内部は古民家風大正レトロ風になっております。
Img_8472 所々にシャレたインテリアがしつらえられております。
Img_8453 お風呂はなぜかとっても長く、泳ぎがいがあります。お湯は無色透明・無味無臭で、お肌に優しいお湯です。循環加温はしてますが、源泉掛け流しのようです。
Img_8456 露天風呂は岩風呂になっております。周りが囲われていて開放感はありませんが、とっても気持ちがいいです。
Img_8459 温泉成分等の表示です。pH8.8のアルカリ性単純温泉です。
Img_8466 男湯と女湯は時間で入れ替わりとなります。こちらはもう一つの露天風呂へのアプローチ。ちょっと楽しい路地ですね。
Img_8468 明るい脱衣室のガラス戸には色とりどりの紙が貼られていて、なんかひな祭りのような雰囲気です。
Img_8470 こちらが女性用露天風呂ですね。
Img_8478 こちらが女性用内風呂。蛇の目傘の半分のようなお風呂です。
Img_8462 夕食は地元の食材を使った美味しい郷土料理です。
Img_8465 食堂の戸に書かれている書は何と「立川談志」。端から端までなかなかの分量です。よっぽど機嫌が良かったんでしょうか。
Img_8477 朝食も美味しゅうございました。
 本館の旅籠風の古い建物が好印象です。二階の以前の客室は狭くて現在は使ってないようですが、こちらにも泊まってみたい気がします。肌に優しいお湯、美味しい郷土料理が楽しめ、ぽん太の評価は4点です。

Img_8484 帰りは途中の山道でフキノトウを採ったり、川場の道の駅(田園プラザ)に寄ったりして帰りました。廃業した「萱の家」の前を通りましたが、茅葺き屋根が崩れかけており、廃墟化が始まってました。貴重な建物、何とかならないでしょうか。
 昼食は水沢うどん。お気に入りの清水屋さんが定休日だったので、水沢でも数少ない手打ちの店のひとつ「山源」さんに入りました(食べログはこちら)。
Img_8483 清水屋さんと同じように胡麻だれで頂きます。麺は塩味があり、コシも強くて美味しかったです。量がけっこう多くて、お腹いっぱいになります。

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2014/04/28

【スノーシュー】玉原お気楽スノーハイクでブナの美林を愛でる

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 義妹のひつじちゃんと義父のふくろうさんをスノーハイクにご招待したいということで、玉原に行ってきました。すばらしい快晴に恵まれ、美しいブナ林を堪能することができました。
 歩くテレマークでは何回か訪れたことがある玉原ですが、今回はひつじちゃんとふくろうさんがいるのでテレマークは無理。スノーシューをレンタルすることにしました。玉原ではペンション「もるげんろーて」さん(公式サイトはこちら)で、宿泊しなくても、スノーシューをレンタルすることができます(ただし玉原初心者のみでは不可)。もちろん泊まっても、料理がとても美味しくて心地よい宿です(ぽん太も以前に泊まったことがあります)。

【山名】武尊山西麓
【山域】谷川・武尊
【日程】2014年4月2日
【メンバー】ぽん太、にゃん子、ひつじちゃん、ふくろうさん
【天候】快晴
【ルート】たんばらスキーパーク11:58…玉原湿原(昼食)13:34-14:10…たんばらスキーパーク15:03

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】たんばらスノーパーク駐車場は、平日と、春スキー期間は無料です。
【参考URL】
http://www.city.numata.gunma.jp/introduction/yuhodo.html 夏用ですが、玉原高原遊歩道マップが見やすいです。
http://www.tambara.or.jp/morgen/ 今回スノーシューをお借りしたペンション「もるげんろーて」さんのサイト。

Img_8418 駐車場の脇で必死にスノーシューを装着するみなさん。実はぽん太もスノーシューは初めてです。
Img_8421 ブナ林のなかをゆっくりと歩いて行きます。美しくて大きなブナを楽しむために、やや山側に進路をとりました。それにしても玉原のブナはすばらしいですね。車から降りてほんの少し歩くだけで、これほどのブナ林が見れるのは珍しいと思います。みなさんも、手軽にブナ林を楽しみたい時は玉原へどうぞ。
Img_8431 熊棚(くまだな)がありました。鳥の巣みたいに見えるやつです。森のクマさんは、冬眠前に木に登り、枝を折ってドングリなどを食べますが、食べ終わった枝をお尻の下に敷いて行きます。こうして熊棚ができるのです。
Img_8432 湿原の入り口にある十二山宮の鳥居は、ここまで埋まってました。十二山神の信仰に関しては、以前の記事(→こちら)で簡単に触れたことがあります。
Img_8435 日差しが強かったので、湿原の木陰でお昼にしました。インスタントラーメンを最も美味しく食べる方法は、実はスノーハイクです。体がとってもあったまります。
Img_8437_2 湿原からブナ平方面を望む。あそこまで行けばさらに立派なブナを見ることができますが、今回はおあずけです。
Img_8443 春が近づいて来て、ところどころ清流が顔を出してました。
Img_8444 帰りは道路を利用してなるべく近道で帰りました。ひつじちゃんとふくろうさんも、だいぶスノーシューに慣れてきたようです。何度か転んだけどドンマイ、ドンマイ。
Img_8448 たんばらスノーパーク駐車場に到着。初めてのスノーシューに、けっこうバテバテでした。

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2014/04/27

【温泉】原生林のなかで頂くpH1.9の硫黄泉/中ノ沢温泉御宿万葉亭(★★★★)

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 3月下旬、にゃん子が雪見の露天風呂に行きたいというので、安達太良山の西麓にある中ノ沢温泉の御宿万葉亭に行ってきました。ちょっと時期が遅く、雪は少なかったですが、なかなか良かったです。公式サイトはこちらです。
Img_8417 中ノ沢温泉の温泉街は、地方の寂れた温泉街といった風情ですが、御宿万葉亭はちょっと離れた川沿いに位置し、自然に囲まれた静かな雰囲気です。建物は新しいですが、2階建てと高さが抑えめで広々しており、落ち着いた和風建築です。
Img_8396 ロビーもご覧の通り、新しくて明るい雰囲気です。
Img_8380 お部屋もきれいで落ち着きます。窓からは、残雪の残こる冬枯れの森を眺めることができます。
Img_8389 男女別のお風呂には、それぞれ露天風呂がついています。ちょっと湯気で煙ってますが、こちらが内湯。木でできた床や浴槽が心地よいです。お湯は、いかにも温泉らしい酸性の硫黄泉。色はすこし灰緑っぽいですけど殆ど透明で、オリはありません。微かに硫黄臭があり、なめると酸っぱ苦いです。もちろん源泉掛け流しです。
Img_8384 こちらが露天風呂。にゃん子ご希望の「雪に囲まれた」というわけにはいきませんでしたが、まあこれで我慢してもらいましょう。原生林がとても美しいです。
Img_8390 温泉分析書です。源泉は安達太良山の噴火口近くにあるそうで、泉温が71.8度と高く、pHが1.9と強酸性です。自然湧出で、その量は毎分13,400リットル。単一口の自然湧出量としては、秋田県玉川温泉の9,000リットルを抜いて、日本一だそうです。そこから7kmの距離を引湯して、中ノ沢温泉で利用されております。
Img_8394 下半分です。遊離硫化水素がないので、硫黄臭があまりしないのでしょうか。泉質は酸性−カルシウム・アルミニウム−硫酸塩・塩化物温泉です。
Img_8408 貸し切り露天風呂(和合の湯)が宿の裏手にあります。
Img_8410 陶器製の湯船が二つ置かれているという面白い造りです。
Img_8399 夕食は彩りも華やかで、女性的な感じの美しい食器や、折り鶴の箸置きなど、細かいところに気が行き届いております。
Img_8407_2 お料理は、一品ひとしな出て来るので、集合写真がありません。かわりにメニューをご覧下さい。地元の食材を使った美味しい郷土料理でした。
Img_8400 会津と言えば酒どころ。利き酒セットを注文しました。ぽん太やにゃん子が好きな「花泉」も入ってました。
Img_8405 デザートの苺ムースには乾燥オレンジが乗ってました。味もさることながら見た目があまりにきれいなので、写真を載せておきます。
Img_8415 地元の美味しい食材を使った朝食にも満足。会津伝統の「こづゆ」もうれしいです。
 いかにも温泉らしい強酸性の硫黄泉。きれいな建物においしいお料理。原生林に囲まれた静かな雰囲気。奇をてらわずオーソドックスに良い宿で、ぽん太の評価は4点です。
 ところで中ノ沢温泉といえば、鉄道ファンには沼尻鉄道の沼尻駅があったところとして有名です。国道115号から中ノ沢温泉に入る交差点付近に、旧駅舎が残っているそうですが、うっかり見忘れました。またの機会に訪ねてみたいと思います。

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2014/04/21

【温泉】源泉は素晴らしいんだけど……。元泉館@塩原元湯温泉(★★★)(付:二代目高尾大夫)

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 塩原温泉発祥の地と言われる塩原元湯温泉は、江戸初期には「元湯千軒」と呼ばれるほとの賑わいを見せたそうですが、現在は3軒の旅館がひっそりと身を寄せ合うだけで、温泉街の賑わいとはほど遠い静かな佇まいをみせてくれます。ぽん太はこれまで「ゑびすや」さんと「大出館」さんには泊まったことがあるので(ゑびすやの記事大出館の記事)、残るひとつの元泉館に泊まって参りました。公式サイトはこちらです。
Img_8341 秘湯とは相容れない真新しいコンクリート造りの建物です。
Img_8344 お部屋もこのとおり綺麗です。
Img_8345 浴衣の柄がちょっといいですね。
Img_8374 この宿の売りは、なんと言っても三つの自家源泉を持つことです。まずは「高尾の湯」。男女別の大浴場で、それぞれ露天風呂が付いております。お客さんでつねに賑わっていて、写真は撮れませんでした。灰緑色に濁ったお湯で、硫黄臭がしますが、なめると酸っぱさはなく、pH6.5です。むしろ苦みを感じますが、そんなにマグネシウムイオンが多いわけでもなく、よくわかりません。
Img_8375 硫化水素イオン19.7mg/kgはぽん太の知る限り最高レベル、炭酸水素イオン1039.1mg/kgも結構多いと思います。泉質は、含硫黄ーナトリウムー塩化物・炭酸水素塩温泉です。
 「高尾の湯」という名前の由来ですが、江戸時代の有名な吉原の遊女、二代目高尾太夫が、ここ奥塩原元湯の出身と言われているそうです。
 二代目高尾太夫というと、「吊るし斬り」で有名です。例えばこちらの「芳村直樹のブログ」ご覧下さい。伊達政宗の孫に当たる仙台藩主伊達綱宗は、二代目高尾にぞっこんとなり、身請けをしようと必死に口説いたものの袖にされたのを恨んで、大川(隅田川)の三つ又あたりで船上で逆さ吊りにした上で斬り殺したんだそうな。どうやらこれは作り話のようですが、江戸時代には広く知られていたようです。
 歌舞伎がお好きな方に言えば、「伽羅先代萩」の冒頭の「花水橋の場」で、廓での遊蕩にふけっている足利頼兼のモデルが、伊達綱宗ですね。
 現場となった隅田川の「三つ又」は、現在でいうと新大橋と清洲橋のあいだ、日本橋中洲のあたりです(goo地図)。上のタグから「明治の地図」を選択するとわかるように、浜町から箱崎に抜ける首都高の下は昔は川(箱崎川)になっていて、日本橋中洲はその名の通り中洲になってました。
 数日後、太夫の遺体が引き上げられましたが、人々はそこに神社を建てて供養しました。それが高尾稲荷神社で、詳しくはたとえばこちらをご覧下さい。実物の頭蓋骨が祭神として祀られているとっても珍しいお稲荷さんだそうです。
 二代目高尾太夫といえば、落語の「反魂香」にも出て来て、「そちゃ女房、高尾じゃないか」のセリフは有名ですね。
 郷土資料に基づいた高尾大夫の出生に関しては、こちらのサイトが詳しいです。
Img_8379 お次ぎは邯鄲の湯(かんたんのゆ)。混浴ですが、女性専用タイムがあります。岩風呂で、浴槽や床には結晶が析出し、なかなか趣きがあります。胃腸に良く効くそうで、朝食ではこの源泉を使った温泉粥を頂けます。
Img_8367 飲泉所も設けられております。
Img_8372 温泉分析表です。
Img_8373 右ページです。「邯鄲の夢」という中国の故事から取った名前だそうですが、狸のぽん太は聞いたこともありません。故事ことわざ辞典によると、邯鄲という町で貧しい若者が仙人から不思議な枕を借りて寝たところ、自分の一生の栄枯盛衰を体験しましたが、実はそれは束の間の夢に過ぎなかったという話しで、人の世の栄枯盛衰がはかないものであることのたとえだそうです。へ〜え、こりゃ勉強になったと思っていたら、なんと5月の明治座の花形歌舞伎に「邯鄲枕物語」という演目があるではないか(→こちら)。う〜ん、何とも不思議な因縁じゃな〜。
Img_8356 最後は宝の湯。男女別の檜風呂です。
Img_8358 こちらが温泉分析表の左ページ。
Img_8359 そして右ページです。
 泉質がちょっと似てるとはいえ、三種類の源泉をどれも掛け流しで入れるというのはなかなか得点が高いです。
Img_8365 しかし、ちょっと残念なのがお料理。写真でみると品数も多く、豪華に見えますが、よくある温泉旅館のお料理という感じでした。栃木の山の中で頂くのなら、ぽん太はマグロのお刺身よりも、地元の山菜を使った料理などが食べたいです。
Img_8366 箸袋の裏に地元の民謡の歌詞が書いているのは時おり見かけますが、一番左にあるのは「〽めでためでたの若松様よ」で始まる「花笠踊り」です。こ、これは山形の民謡ではないか。確かに塩原は、会津西街道で会津若松に到り、さらに米沢街道を辿れば米沢に通じておりますが、距離的には200kmぐらい離れてます。う、う、う、わからん。
Img_8376 こちらが朝食です。温泉粥がおいしゅうございました。
 とにかく源泉は素晴らしいのですが、建物を新しく建て替え、食事が温泉旅館料理ということで、栃木県内の人が泊まるにはいいのでしょうが、東京からわざわざ泊まりに行く宿ではなくなってしまいました。ぽん太の評価はちょっと残念な3点。

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2014/04/20

【オペラ】やっぱり不気味「ヴォツェック」新国立劇場

 新国立オペラの「ヴォツェック」は、2009年のプロダクションの再演です。公式サイトはこちら
 前回は、おどろおどろしい演出や、アルバン・ベルクの音楽に、あっけにとられるだけでしたが、今回は2回目ということで、少し冷静に聞くことができ、舞台を楽しむことができました。
 ベルクの音楽は、いわゆる「現代音楽」ですが、美しく豊かで面白く、壮大な音楽であることがわかりました。全体的な構成を感じ取る能力はぽん太にはありませんが、Wkipediaを見てみると、一見わやくちゃに聴こえる音楽も、実は緻密な古典的構成を有しているとのこと。次の再演までにもう少し聞き込んでおきたいと思います。
 不気味でありながらちょっと可愛い登場人物たちや、水を使った演出も面白かったです。ただ全体として「貧困のもたらす悲劇」として描かれているのは、「いまさらマルクス主義かい?」と思いました。普段から精神障害に関わっているぽん太としては、ヴォツェックの錯乱が「貧困」に還元されてしまうのは、ちと物足りなかったです。
 この作品のなかに出てくる「局部的錯乱」「第二種症状」「固定観念」などの医学用語に関しては、以前の記事で論じたことがありますので、興味のある方はご参照下さい(→「グリージンガーの『精神疾患の病理と治療』の抄訳を読む」
 タイトルロールのゲオルク・ニグルは、かつてはウィーン少年合唱団に所属する「天使」だったそうですが、いかにも神経質そうで、鬼気迫る感じがよかったです。マリー訳のエレナ・ツィトコーワは、新国立の「ニーべルングの指輪」のフリッカや、「タンホイザー」のヴェーヌスでおなじみの、細身の美人さん。こんかいは不気味な化粧で、貧困の苦しみから浮気に走り、一方でそのことを後悔するという下層階級の女性を好演。でも、ヴォツェックに対する愛や、次第に発狂して行く彼に対する恐怖との表現はもう一つかな。大尉のヴォルフガング・シュミットは、時おり混ぜるクラシック的でない発声が効果的でした。妻屋秀和の医者、前回同様気持ち悪い。


オペラ「ヴォツェック」/アルバン・ベルク
Wozzeck/Alban Berg
新国立劇場オペラパレス
2014年4月13日

指揮:ギュンター・ノイホルト
演出:アンドレアス・クリーゲンブルク
美術:ハラルド・トアー
衣裳:アンドレア・シュラート
照明:シュテファン・ボリガー

ヴォツェック:ゲオルク・ニグル
鼓手長:ローマン・サドニック
アンドレス:望月哲也
大尉:ヴォルフガング・シュミット
医者:妻屋秀和
第一の徒弟職人:大澤 建
第二の徒弟職人:萩原 潤
白痴:青地英幸
マリー:エレナ・ツィトコーワ
マルグレート:山下牧子

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
[共同制作]バイエルン州立歌劇場

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2014/04/18

【歌舞伎】藤十郎一世一代の「曽根崎心中」2014年4月歌舞伎座昼の部

 藤十郎一世一代とうたった「曽根崎心中」が絶品でした。公式サイトはこちらです。
 まずWikipediaで歴史のおさらいです。「曽根崎心中」は言わずと知れた近松門左衛門の名作。教科書にも出てました。初演は文楽で元禄16年(1703年)竹本座。しかし、本作を初めとする心中ものブームによる、リアル心中の増加により、幕府は享保8年(1723年)に心中物の上演、出版を禁止し、上演は途絶えました。
 昭和28年(1953年)、200年以上のブランクののちに新橋演舞場で再演。宇野信夫の脚色により、九平次の悪が露見する場面が加えられました。徳兵衛は2代目中村鴈治郎(現藤十郎の父)、お初は現在の4代目藤十郎である2代目中村扇雀で、以後約60年余にわたり、藤十郎はこの役を演じ続け、育ててきたのです。
 この「曽根崎心中」のストーリーはちょっと「微妙」です。ふつう「悲劇」というと、心中へと否応なしに追い込まれていく過程を描いていきます。しかしお初と徳兵衛は、劇の前半で心中を決意するのであって、ちょっとあっけないくらいです。宇野信夫が付け加えた九平次の悪の露見によって、かろうじて「悲劇性」が保たれています。替わりに描き込まれているのは、曽根崎の森で心中する二人の情愛です。ここにこそ、この芝居の眼目があると言えましょう。
 藤十郎のお初は完成された芸で円熟の極み。傘寿を越えたおじいさんが、若い娘に見えます……が、時としてちょっと独力を要します。直前の演目の又五郎の女大名が一瞬重なりました。翫雀の徳兵衛もお見事。ただ今回の公演、その他の役者が関東系だったのが残念。歌舞伎座だから仕方ないかもしれませんが、橋之助や左團次、東蔵が持ち味を出してたものの、上方の役者で固めていたら、もっと和事のはんなりした情感が出たと思います。
 今後は扇雀や壱太郎がお初を演じるのでしょうか。ちょっと寂しいですが、それはそれで楽しみでもあります。
 幕開きの「壽春鳳凰祭」は、歌舞伎座新開場を祝う鳳凰祭の最後を飾る雅やかな踊り。「鎌倉三代記」は申し訳ありませんが日頃の疲れから寝倒しました。
 「壽靱猿」では膵臓癌の手術をした三津五郎が登場。こうした滑稽な踊りを、爽やかかつ洒脱に演じるのは三津五郎ならでは。小猿の子役が名演で、猿らしくもありながら、けなげで可愛らしく、かつ哀れでした。殺されるとも知らずに一生懸命芸を演じる姿が、震災やら原発事故やら、様々な危険のなかで無邪気に生きる無知なる我々を思わせ、また弱者を守ろうとする人々の暖かな気持ちが、この不寛容の時代と重なって、ちとウルウルしました。
 話しは変わりますが、松竹さんにお願い。ホームページに義太夫や鳴り物の人の名前も表示して下さい。ぽん太は最近筋書きを買わないので、よろしくお願いします。
 

歌舞伎座新開場一周年記念
歌舞伎座松竹経営百年
先人の碑建立一年
鳳凰祭四月大歌舞伎

歌舞伎座
平成26年4月10日 昼の部

歌舞伎座新開場一周年記念
一、壽春鳳凰祭(いわうはるこびきのにぎわい)  
   女御 時 蔵
   女御 扇 雀
   大臣 橋之助
   大臣 錦之助
   女御 梅 枝
   同 新 悟
   大臣 萬太郎
   同 隼 人
   従者 進之介
   帝 我 當

二、鎌倉三代記(かまくらさんだいき)
  絹川村閑居の場  
   佐々木高綱 幸四郎
   時姫 魁 春
   母長門 歌 江
   おくる 歌女之丞
   富田六郎 桂 三
   三浦之助義村 梅 玉

三、壽靱猿(ことぶきうつぼざる)
  鳴滝八幡宮の場  
   猿曳寿太夫 三津五郎
   奴橘平 巳之助
   女大名三芳野 又五郎

坂田藤十郎一世一代にてお初相勤め申し候
四、曽根崎心中(そねざきしんじゅう)  
   お初 藤十郎
   平野屋徳兵衛 翫 雀
   油屋九平次 橋之助
   天満屋惣兵衛 東 蔵
   平野屋久右衛門 左團次

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2014/04/17

【演劇】(ネタバレ注意!)STAP問題と奇しくもシンクロ「酒と涙とジキルとハイド」三谷幸喜

 以下の文章には「ネタバレ」が含まれておりますのでご注意下さい。

 恐らく三谷幸喜は「よしきた〜〜!!」と叫んだのではないでしょうか。ジキル博士の人格を分裂させる薬、学会発表の前日になっても実は完成しておらず、苦肉の策で別人格のハイド氏を役者に演じさせるというお話。昨今話題のSTAP細胞問題と見事にシンクロしております。折しもぽん太が観に行った日は、ケビン・コスナー笹井の記者会見が、劇と同時進行で行われておりました。ジキル博士を演じる片岡愛之助は、「これまで200回も実験に成功してるんだ〜」とか「実験ノートが4〜5冊ある〜」とか叫んで、笑いを取ってました。
 STAP細胞の発見の記者発表が行われたのは今年の1月29日、画像データの不自然さが海外の研究者から指摘されたのが2月13日。論文の無断引用の発覚が2月28日。一方で「酒と涙とジキルとハイド」の制作発表は昨年の10月8日。ん?まてよ。当時の記事を探してみると……。ありました、ありました。たとえばこちらのサンスポの記事「愛之助、優香と初共演「関西の血が騒ぎ始めています」」(2013年10月9日)には、次のように書かれています。
 「酒と涙とジキルとハイド」は、19世紀のロンドンが舞台。人格が善と悪に二分化される薬品を発明したジキル博士が飼い猫に薬を飲まれたことから、助手(迫田孝也=36)のアイデアで、売れない役者のアンドリューにハイド氏を演じさせることに…。
 そ、そうか〜。ということは、事前の設定では「薬は発明したけど猫に飲まれてしまう」というものだったけど、STAP事件があってから、「実験が失敗して薬は作れなかった」という設定に変えたんでしょうね。う〜ん、さすが三谷、機を見るに敏。
 さらに上の記事には、「優香は婚約者の役以外にもジキル博士と出会う娼婦のルイーザを演じ、初舞台にして2役に挑戦する」と書いてあります。ここも理由は分からないけど、変更になったようですね。

 で、こんかいの舞台ですが、三谷お得意の人物入れ替わり系のドタバタ・コメディで、ひたすら楽しく面白く、なんだか初期の舞台に戻ったかのようでした。
 ただ、配役がちょっと弱かったかな〜。愛之助は歌舞伎ではもはや中堅、「半沢直樹」の黒崎検査官の怪演で話題になりましたが、やはりコメディの舞台では、テンポが悪かったりメリハリがなかったり。初舞台の優香ちゃんを含め、話題の役者たちに頑張ってもらおう!という企画だったと思うんですが、ベテランのコメディアンで固めたら、もっと面白かったと思います。藤井隆はさすがによしもと所属のお笑いタレント、笑いの間の取り方は見事でした。
 とはいえ、最初から最後まで大笑い。愛之助もそれなりに健闘。ちゃんとオネエ言葉の場面もあって、観客の期待を裏切りませんでした。初舞台の優香ちゃん。テレビでは可愛いという印象でしたが、実際見てみると「美人」でした。ちょっと見ててこちらが恥ずかしくなっちゃうところもありましたが、初舞台としては合格点。今後も舞台に出て欲しいですね。藤井隆がお笑いのプロらしく、舞台を引き締めました。迫田孝也、舞台では初めて見ましたが、う〜ん、もう一息、実は事態を全て仕切っている風が欲しかった。
 優香ちゃんが演じるイブが自分の殻を破った状態が、なんだかSMまがいだったのはちょっとがっかりしました。自分の殻を破るというのにも少しドラマがあって、ちょっとウルウルくるような場面があったら「さらに」よかったのですが。
 舞台上(屋上?)の二人のアーティストの生演奏による音楽と効果音もシャレてました。
 「酒と涙と……」と言えば、河島英五の「酒と泪と男と女」が頭に浮かびますが、今回のタイトルはなぜ「泪」じゃやなくて「涙」なのか……。ま、どうでもいいですけど。
チケットぴあ
「酒と涙とジキルとハイド」
池袋芸術劇場 プレイハウス
2014年4月16日 14:00

作・演出:三谷幸喜
出演:片岡愛之助 優香 藤井隆 迫田孝也

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2014/04/11

【温泉】湯西川温泉で隠れ里の雰囲気が残る数少ない宿/清水屋旅館(★★★★)

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 3月中旬、ぽん太とにゃん子は、湯西川温泉の清水屋旅館に泊まってきました。公式サイトはこちらです。
Img_8335 前回湯西川温泉に行ったのは20年以上も前でしょうか。工事中のダムの横を通り過ぎ、川沿いのすれ違いも困難な細い道を、うねうねと走って行った記憶があります。まさに平家の落人伝説にふさわしい人里離れた雰囲気でした。
Img_8336 と、ところが今回行ってみると、立派な二車線(片側一車線)の道路が温泉まで続いており、途中には立派な温泉センター(湯西川水の里)や、真新しい集落が造られていました。
Img_8337 あとで聞いたところでは、湯西川ダムのダムマネーで作られたそうです。湯西川の人たちにとって、確かに便利になり、観光客も増えたものの、日帰り客が増えて宿泊客が減ってしまったそうです。ぽん太には、隠れ里の雰囲気が薄れてしまったのが、なによりも問題であると思えました。
Img_8331 古い建物が残っているのは、湯西側沿いのこの一角だけのようでした。一番左が清水屋旅館さんです。
Img_8338 その一角のなかでも、こちらの建物(旭館と書いてあります)は廃屋と化しているようで、ドアが外れ、屋根の一部が崩れております。茅葺きの立派な建物なのにもったいない。
Img_8292 さて、清水屋旅館に戻りまして、こちらが玄関です。茅葺き屋根だった頃が忍ばれます。
Img_8334 窓がアルミサッシュに変更され、一部に補修の跡がありますが、築800年という昔ながらの建物が残されています。
Img_8326 囲炉裏のところには薪ストーブが置かれ、宿の人の居間として使われています。
Img_8306 客室へと続く廊下。東日本大震災の影響でだいぶ歪みが出たそうです。
Img_8295 こちらが客室です。昔ながらのこじんまりとした客室で、とても落ち着きます。
Img_8317 使い込まれた漆塗りの天井です。
Img_8303 小さいながらも岩風呂のお風呂は、もちろん源泉掛け流しで、湯量も豊富。無色透明でかすかに硫黄臭がします。
Img_8307 ちと見にくいですけど温泉分析表です。pH9.3とアルカリ性で、お肌がすべすべになります。
Img_8308 温泉分析表の右っかわ。フッ素イオンが10.2mg/kgというのは結構多いと思います。泉質はアルカリ性単純温泉。
Img_8319 夕食はお部屋でいただきます。豪華ではありませんが、一つひとつ心のこもった手作り料理で、とっても美味しかったです。
Img_8320 特に鹿刺しは、柔らかくて臭みがなく、脂も少なくてヘルシーでした。
Img_8323 こちらが朝食。よくあるお惣菜の数々ですが、素朴で美味しゅうございました。
 湯西川温泉にわずかに残る昔ながらの宿。なんといってもこの建物が財産です。部屋も食事も気張らずに、田舎に帰ったかのようにほっとできます。掛け流しの温泉も泉質は最高。コスパもよく、ぽん太の評価は4点です。そろそろ廃業も考えているそうなので、早めにお泊まりになることをオススメします。

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2014/04/10

【観光】江ノ島旅行補遺(猫・その他)

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 江ノ島というと、最近は猫島としても有名です。ぽん太とにゃん子が訪れた2月中旬のこの日は、大雪の名残もあり、冷たい北風が吹いていたので、猫はいないかもしれないね〜などと話してました。が……
Img_8043 いた。栄養がいいのか、でかいです。のんびりと日向ぼっこしております。まてよ。この猫ちゃん、どっかで見たような……。例の遠隔操作ウイルス事件で、犯人がピンク色の首輪を付けた猫ちゃんに似ているような。家に帰ってからぐぐってみたら当たりでした。当時のニュース記事は例えばこちら、写真はこちらです。
Img_8076 第2猫のトラちゃんです。
Img_8080 第3ネコ。江ノ島の猫ちゃんはみな大きいですね。
Img_8102 こちらは集団で日向ぼっこ。
Img_8108 上の金属パイプの真ん中あたりにいるリスを狙ってます。
Img_8228 木の上で勝ち誇る猫。
Img_8243 聖天島付近も猫スポットです。

Img_8039 猿田彦大神と書かれた石碑です。オペラの「蝶々夫人」には「猿田彦」が何度も出てきますが、実際に猿田彦を信仰しているのを見るのは初めてだったので、写真を撮ってみました。
Img_8038 解説を見ると、天保3年(1832年)に建てられた庚申塔だそうです。Wikipediaによると、申が猿に通じることから江戸時代に結びつきが生まれたそうです。
Img_8060 キッチュな仁王像を発見!
Img_8062 片方の門柱には「江の島大師」と書かれており、もう一方の門柱には「高野山真言宗 最福寺別院」と書かれてます。最福寺、さいふくじ……これまたどこかで聞いたような。
 公式サイト(こちら)を見てみると、池口恵観が住職を務める鹿児島の最福寺と関係があるそうです。朝鮮総連の本部ビルの第一回競売で落札したものの、資金不足から購入を断念したニュースは記憶に新しいです。
Img_8073 猿の群れのレリーフで飾られた石塔です。
Img_8072 「群猿奉賽像庚申塔」(ぐんえんほうさいぞうこうしんとう)だそうです。これまた庚申塔なんですね。猿が山王神を祝うという図で、大変珍しいものだそうです。江戸時代後期のもので、台座にある蛇は弁天信仰にちなんでいるそうです。
 Wikipediaを見ると、山王信仰は、比叡山麓の日吉大社から生じた信仰。猿を神使としますが、その由来は明らかではないそうです。
Img_8074 なんか、宗教的というより世俗的な感じで、素朴でユーモラスですね。ムーミンみたいというか、マンガっぽいです。
Img_8098 奥津宮の社殿です。よく見かける切妻造りの神社建築ではなく、瓦葺きの入母屋造になっているのが面白いですね。天保13年(1842年)に再建されたものだそうです。
Img_8131 江の島岩屋です。江の島の宗教の原点とも言える場所です。こちらの歌川広重の『相州江の島 弁才天開帳詣 本宮岩屋の図』にあるように、古くから多くの参拝客で賑わいました。昭和46年以降閉鎖されていましたが、平成5年から内部の公開が再開されました。しかし、元々の入り口とは違う所に入り口が作られ、落石などの事故を防ぐためか頑丈な屋根付きの通路が作られており、岩屋入り口付近の広々とした空間を楽しむことはできません。代わりに人工的な置物や光の演出でお茶を濁されているのが残念です。
Img_8153 江の島から橋を渡り、片瀬江ノ島に通じる参道を歩いていた所、古めかしい旅館を発見。「旅館 貸席 石政」と書いてあります。営業はしていない雰囲気ですが、泊まってみたいですね。
Img_8278 鎌倉に移動して瑞泉寺の庭園。開山した夢窓国師の作です。鎌倉特有の地形をうまく利用しており、まるで中国の水墨画のような風景ですね。
Img_8283 鎌倉駅前のイワタコーヒー店(食べログ)でパンケーキを頂きました。

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2014/04/09

【歌舞伎自由研究】弁天小僧菊之助ゆかりの地@江ノ島

 ぽん太とにゃん子は2月中旬、登録有形文化財のローマ風呂がある岩本楼に泊まって、江ノ島を観光してきました。江ノ島といえば超有名な観光地。江ノ島を紹介したブログは浜辺の砂の数ほどあるでしょうから、ぽん太は、歌舞伎の弁天小僧菊之助の名セリフに出てくるところを選んでご紹介することにしましょう。
 弁天小僧菊之助は、河竹黙阿弥作の歌舞伎「青砥稿花紅彩画」(あおとぞうしはなのにしきえ)、通称「白浪五人男」(しらなみごにんおとこ)の登場人物です。「浜松屋店先の場」で弁天小僧は、武家娘に化けてゆすりを働きますが、悪事が露見して正体を明かすときのセリフが歌舞伎の名台詞として有名で、黙阿弥一流の七五調が耳に心地よく響きます。

知らざあ言って聞かせやしょう
浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の
種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き
以前を言やあ江ノ島で、年季勤めの稚児が淵
百味講で散らす蒔き銭をあてに小皿の一文字
百が二百と賽銭のくすね銭せえ段々に
悪事はのぼる上の宮
岩本院で講中の、枕捜しも度重なり
お手長講と札付きに、とうとう島を追い出され
それから若衆の美人局
ここやかしこの寺島で、小耳に聞いた爺さんの
似ぬ声色でこゆすりたかり
名せえゆかりの弁天小僧菊之助たぁ俺がことだぁ!

 このセリフの解説は、あちこちにあるので、どうぞ参照して下さい。
http://www.shinchosha.co.jp/books/html/610024.html
http://srnm5men.seesaa.net/article/8797488.html
http://hanautakurabu.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/1-f7fc.html
 また、これから解説する地名が江ノ島のどこにあるかは、例えば、藤沢市観光協会のサイトにある江ノ島イラストマップをご覧下さい。
http://www.fujisawa-kanko.jp/pamph/eno2010.pdf
Img_8045 まずは「七里ヶ浜」です。江ノ島から見た写真ですが、江ノ島の付け根から東に伸びる砂浜です。正確には付け根よりやや東にある小動岬から稲村ケ崎までを指すようです。
Img_8138 「稚児ヶ淵」です。江ノ島の一番奥、江ノ島岩屋へと下る手前の崖の上から見下ろすことができます。
 名前の由来ですが、たとえばこちらのサイトにあるように、鎌倉の建長寺広徳院の自休蔵主という僧侶が、江ノ島で出合った鶴岡相承院の稚児・白菊に恋をしてしまいました。自休の一方的なアタックに白菊はにっちもさっちも行かなくなり、江ノ島の断崖絶壁から身を投げました。それを知った自休は、白菊の後を追って身を投げたそうです。
 写真ではわかりませんが、打ち寄せる波が岩にぶつかって複雑な流れが生じ、身を投げるには良い場所のようです。
 ちなみにこの自休・白菊をモデルにした歌舞伎が、鶴屋南北による「桜姫東文章」(さくらひめあずまぶんしょう)で、僧清玄が稚児白菊丸と心中をはかる発端は、「江の島稚児が淵の場」となっております。
Img_8056 「上の宮」です。江ノ島神社には辺津宮(へつのみや)、中津宮(なかつのみや)、奥津宮(おくつのみや)という三つの宮がありますが、このうち中津宮が「上の宮」です。
Img_8050 境内には歌舞伎に関連するアイテムがいっぱい見受けられます。写真は、当代菊之助お手植えのしだれ梅。平成11年(1999年)の「江の島大歌舞伎」の折りに菊之助が植えたものだそうです。
Img_8052 これが、その時の菊五郎と菊之助の手形です。
Img_8054 こちらは「菊五郎のしだれ桜」。昭和60年(1985年)に当代の尾上菊五によって植えられたものだそうで、江戸時代の天明2年(1782年)に中村座が石灯籠を寄進して200年を記念して植樹したものだそうです。
Img_8046 で、こちらがその200年前の中村座寄進の石灯籠でしょうか?
Img_8048 角度を変えてみると、確かに天明2年と書かれています。 Wikipediaによると、この時期の中村座は堺町(現在の日本橋人形町3丁目)にあったようです。近くには、歌舞伎の市村座のほか、多くの人形浄瑠璃の小屋などもあって、演劇の待ちとして賑わっていたようです。天保12年(1841年)に中村座からの出火により市村座ともに焼失し、天保の改革によって浅草聖天町へ移転させられました。
Img_8047 別の角度です。名前が書いてありますが、よくわかりません。
Img_8049 別の角度です。名前が書いてありますが、よくわかりません。
Img_8056 市村座と書いている灯籠もありました。同じ頃に市村座が寄進したものでしょうか?
Img_8029 「岩本院」は、現在は岩本楼という旅館になっております。詳しくは、ぽん太がここに泊まったときの記事(こちら)を参照してください。
Img_8037 「弁天小僧」の名前の由来は、「江ノ島弁財天」です。現在の江の島には「江島神社」があり、多紀理比賣命、市寸島比賣命、田寸津比賣命といった神様が祀られてますが、明治時代の神仏分離によって神社になる以前は、弁財天の信仰が盛んでした。江ノ島弁財天は、琵琶湖に浮かぶ竹生島の宝厳寺、安芸の宮島の大願寺とともに、三大弁財天に挙げられておりました。
 写真の奉安殿のなかには、八臂弁財天と妙音弁財天という二つの弁財天が祀られております。江ノ島の信仰の歴史を示すものですが、拝観料がかかるせいか(150円ですが)、多くの観光客が素通りしていたのが残念です。
 弁財天というときれいなお姉さんが琵琶を弾いている姿を思い浮かべますが、「八臂弁財天」は、その名の通り八本の腕を持ち、密教的なおどろおどろしさが感じられます。江島神社の公式サイトによれば(こちら)、源頼朝が奥州藤原氏を調伏祈願のために文覚証人に造らせたものだそうです。Wikipediaによれば、弁財天の八臂の姿は『金光明最勝王経』に基づくものだそうで、鎮護国家の戦神としての姿だそうです。
 奉安殿のもう一つの弁財天である「妙音弁財天」は、なんとも艶かしい全裸のお姿で、琵琶を弾いておられます。時代もやや下るそうです。同じ神様が、このように対照的な像として表現されるということは、とても興味深いですね。「妙音」というのは琵琶の妙なる音色を思わせますが、実は『法華経』の妙音菩薩との同一視によるのだそうですが、これ以上は難しくてよくわかりません。
 岩本楼のロビーにも、室町時代末期の作とされる八臂弁財天が祀られてましたが、なかなか見事でした。

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2014/04/01

【宿】登録有形文化財のローマ風呂は工芸品レベル・岩本楼@江ノ島(★★★★)

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 2月中旬、ぽん太とにゃん子は江ノ島にある旅館「岩本楼」に泊まってきました。登録有形文化財に指定されたローマ風呂が有名な宿です。公式サイトはこちらです。
Img_8158 江ノ島といえば超有名な観光地。東京で育ったぽん太は、子供の頃に遠足やらなんやらで、当然何度も訪れていると思い込んでいたのですが、今回来てみたら全く記憶ににゃい!ひょっとしたら、こんかい生まれて初めて江ノ島を訪れたのかもしれません。
Img_8030 土産屋で賑わう参道を少し上がると、右手に岩本楼が見えてきます。
Img_8224 表札には「旧岩本院」と書かれております。岩本楼は、もともとは「岩本坊」と呼ばれ、その後「岩本院」と名を変えましたが、江ノ島三宮の別当職(住職みたいなものですね)を務め、また参詣する人々の宿泊所としても栄えました。岩本院と聞くと、歌舞伎の弁天小僧菊之助の名台詞「〽さてその次は江ノ島の、岩本院の稚児あがり……」を思い出しますが、その岩本院がここなのです。弁天小僧と江ノ島に関しては、日を改めてアップいたします。
Img_8222 建物は残念ながらテッコンキンクリート造り。建て替えを繰り返し、残念ながら古い建物は残っていないそうです。あゝ、もったいなや!
Img_8159 客室は落ち着いた和室です。窓からは海をはさんで七里ケ浜が見渡せます。
Img_8198 さて、お目当てのローマ風呂です(冒頭の写真をご覧下さい)。時間によって男女入れ替わりとなります。ブルー系のタイルが美しく、エンタシスを組み入れた窓も美しいです。そこらの温泉旅館のローマ風呂と違い、工芸品としての価値がありそうです。また、浴室と脱衣室の境には、左の写真のように美しいステンドグラスがはめ込まれています。
 宿に置かれていた新聞記事のコピー(出典不明)によると、このローマ風呂は1930年頃に作られたそうで、当時の経営者が伊豆や熱海の温泉地に対抗できるようにと考えたのだそうです。また壁のタイルやテラコッタは、有名なタイル職人の小森忍の手になるものだそうです。
Img_8191 天井を見上げれば、まるで宇宙船のごとし。これは未知との遭遇か。
Img_8192 ライトアップされた岩盤が見える大きなガラス窓と、その上にリズミカルに明けられた無機的な四角い窓。
Img_8193 昔は噴水になっていたんでしょうね。
Img_8195 昭和時代の蛇口だそうです。水はでません。
Img_8201 昔はシャワーが取り付けられていたと思われます。
Img_8206 鳥や植物が透かし彫りになっているタイルです。これは見事!
Img_8161 さて、ローマ風呂と男女入れ替わりになるもうひとつの風呂は、弁天洞窟風呂です。江ノ島岩屋を模したものと思われます。
Img_8166 かなり奥深いです。
Img_8216 洗い場もこの通り細長いです。ひょっとしたら昔は、こちらも湯船だったのかもしれません。
Img_8165 洗い場の奥には鳥居が並び、その突き当たりには仏像が置かれております。
Img_8219 この岩盤の中に洞窟風呂が掘られていると思われます。
Img_8184 さて夕食です。これに天ぷら、サザエのつぼ焼き、デザートがつきます。普通に美味しい会席料理でしたが、これにシラスとか地元の食材を入れたりして特色を出したら、もっとお客さんが増えるかも。でもそうしたら、値段がバカ高くなっちゃいますよね。
Img_8213 朝食です。こちらも普通に美味しいです。
 古い建物が残っていないのが残念。お食事も普通ですが、なんといってもこのローマ風呂は一回入浴のしてみる価値あり。ぽん太の評価は4点です。江ノ島というと日帰りが多いかと思いますが、ぜひ一泊してゆっくり観光してみては?

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