« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

2014年7月の7件の記事

2014/07/31

【ホテル】こじんまりとして落ち着けます。蒲郡クラシックホテル(★★★★★)

Img_9511
 7月上旬、ぽん太とにゃん子は愛知県の蒲郡クラシックホテルに泊まってきました。レトロな雰囲気のこじんまりとした素敵なホテルで、窓からのオーシャンビューも素晴らしく、お値段もお手頃。タヌキのぽん太は高級ホテルだとちと緊張してしまうのですが、ここはアットホームな雰囲気で、とってもくつろぐことができました。公式サイトはこちら

楽天トラベルからの予約は右のリンクをクリック。

Img_9464 蒲郡と聞いてもどこだかピンとこない人が多いと思いますが、愛知県の海沿いにある二つの半島(左が知多半島、右が渥美半島ですね)の間にある三河湾に面しています。ホテルは湾を見渡す小高い丘の上にあり、広い庭園に囲まれています。
 最上階に望楼を備えた和洋折衷の建物は、久野節の設計で昭和9年に竣工したものとのこと。
Img_9481 ぽん太は伊東温泉にある「いな葉」(現・ケイズハウス伊東温泉)や「東海館」を思い出しました。これらも木造ではありますが、望楼を持ってます。ぐぐってみると、東海館は昭和3年(1928年)創業で、望楼が増築されたのは昭和24年(1949年)頃(→参考サイト)、設計は山本造衛と書いているサイトがひとつありました(→こちら)。いな葉は大正末に建てられ、望楼のある部分は昭和4年(1929年)の増築だそうです(→こちらから「いな葉」で検索を)。ということは、あんまり関係がなさそうだな〜。単に望楼が共通してるから、似たような気がしただけか。やれやれ。
Img_9483 蒲郡クラシックホテルを設計した久野節(くの みさお)は、Wikipediaによると、明治15年(1882年)に大阪府堺市で生まれ、昭和37年( 1962年)に死去。鉄道省に属していたこともあって、浅草駅、浅草松屋や、南海ビルディング(南海難波駅)を設計しているようですね。府中市の東京競馬場も設計したみたいだけど、今は改修されちゃってますね。Wikipediaに出ているこの写真かしら?なんかいい雰囲気ですね。改築前の上野の聚落もそうみたいです。
Img_9479 Wikipedia公式サイトによれば、このホテルは昭和9年(1934年)にタキヒョーによって創業されましたが、昭和55年(1980年)にタキヒョーの経営悪化に伴い廃業し、一時蒲郡市に売却。昭和62年(1987年)に西武系の蒲郡プリンスホテルとして再オープンしましたが、やがて西武があのようなことになって、平成24年(2012年)に今度はホテルチェーンの呉竹荘グループが買収、蒲郡クラシックホテルと改称されたそうです。
Img_9484 ロビーに展示してあった新聞の切り抜きには、このホテルの創業以前の話しが書かれていました。名古屋で繊維問屋を営んでいた滝信四郎が、大正元年(1912年)自分の別荘の隣接地に料理旅館「常磐館」を開業しました。場所は現在「海辺の文学館」があるところのようです(Wikipedia)。ということは、その隣りに信四郎の別荘があったことになりますが、どっち隣りかは不明です。常磐館には多くの文人が訪れましたが、昭和55年(1980年)に廃業し、建物は2年後に取り壊されました。信四郎が、外国人観光客を誘致するために造ったのが、蒲郡クラシックホテルでした。
Img_9482 エレベーターの位置表示は金属製で、矢印が動くタイプ。飾りじゃなくてちゃんと現役で動いてます。ぽん太は実物は初めて見ました。
Img_9474 客室は、若干狭めではありますが、シンプルでいい感じです。
Img_9473 窓からは、竹島を眺めることができます。
Img_9468 バスルームも、外国のホテルのような雰囲気があります。
Img_9519 夕食は3つのレストランがありますが、メインダイニングを選択。窓辺の席を用意していただきました。食器も素敵ですね。
Img_9524 アスパラガスとフォアグラソテー香草風味。
Img_9527 ハモのコンソメゼリー寄せ。関西の夏の味覚ハモを使って、コンソメゼリーが涼しげです。
Img_9529 帆立貝と海老のラビオリ、野菜ソースで。
Img_9535 メインは国産牛フィレ肉ステーキです。
Img_9536 デザートもお見事です。
Img_9541 夕食後は、テラスで夜風に吹かれながら、お酒を頂きました。

Img_9548 朝食です。野菜のグリルが美味しかったです。
Img_9546 パンも食欲をそそります。
Img_9556 ホテルの周りは広い庭園になっております。ツツジの時期は見事だそうです。
Img_9549 玄関前の池に蓮が咲いてました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/30

【歌舞伎】中車の義平次の必死の演技に感動。2014年歌舞伎座昼の部

 公式サイトはこちらです。
 市川右近と笑三郎の動く錦絵のような舞踊「正札附根元草摺」に続いて、海老蔵、中車の「夏祭浪花鑑」。なかなか見応えがありました。
 こんかいは「お鯛茶屋」が付いていました。玉島磯之丞の門之助がやっぱり秀逸。連れ戻しにきたお梶の説教に、最初は迷惑そうに下を向いてるが、そのうちほっとけとばかりに説教も上の空で傾城琴浦といちゃつき始めます。徳兵衛らの芝居を見てオロオロし始めるあたりもいいです。
 海老蔵の団七九郎兵衛、やっぱりカッコいいですね〜。発声もよくなってきた気がします。昔のような大声こそ出ませんが、鼻にくぐもった感じがなくなりました。
 夜の部の夜叉王ではちと気の毒だった中車が、三河屋義平次を熱演。周囲の「歌舞伎」の演技からはちょっと浮き加減で、時々意図しない笑いが起きながらも、目玉をひんむいて必死に演技する姿を観ていると、以前にテレビで「息子を歌舞伎界に入れるためなら、自分はどんなことにも耐える」みたいなことを言っていたのが思い出され、ちょっとウルウルきました。
 ぽん太は中村座だかコクーンだかで笹野高史の義平次を見てるので、中車の義平次にはあまり違和感を感じませんでした。
 海老蔵の団七九郎兵衛も、中車に合わせたのか、なんか現代調だった気がします。
 玉三郎のお辰が、あの玉三郎にしてはいまひとつでした。こういうキップのいい女性の役だと、発音がちょっともっさりしてるのもあって、キビキビした感じが出てきません。

歌舞伎座
七月大歌舞伎
平成26年7月16日

昼の部

一、正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)  
    曽我五郎時致 市川右近
    小林妹舞鶴 笑三郎

二、通し狂言 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)
  お鯛茶屋
  住吉鳥居前
  三婦内
  長町裏
  団七内
  同屋根上

    団七九郎兵衛 海老蔵
    三河屋義平次 中 車
    一寸徳兵衛 猿 弥
    琴浦 尾上右近
    お梶 吉 弥
    玉島磯之丞 門之助
    おつぎ 右之助
    堤藤内 家 橘
    釣舟三婦 左團次
    お辰 玉三郎

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/29

【歌舞伎】中車の夜叉王はちときつい。2014年7月歌舞伎座夜の部

 7月の歌舞伎座は玉三郎と中車が見物。公式サイトはこちらです。

 まずは「悪太郎」ですが、以前に見た猿之助ほどは楽しめませんでした。右近の「悪太郎」は、ならず者っぽさはあるのですが、酔っ払いっぽさがあまり感じられませんでした。この舞踊は、二世猿之助(今の猿翁)がバレエの影響を受けて作ったものなので、日本舞踊っぽくない動きがあるのはわかるのですが、それでもそれが日本舞踊らしく見えないといけない気がしました。

 「修禅寺物語」では、中車が夜叉王を演じましたが、さすがに無理。夜叉王は能の面作りの達人という設定で、役者としての風格で演じる役柄です。また、源頼家が殺されたことを聞いて自分の技量に納得して高笑いしたり、芥川龍之介の『地獄変』よろしく死にかけた娘の顔をスケッチするなど、難しい演技が必要となります。こうした場面では、残念ながら客席から笑いが漏れました。中車に夜叉王を演じさせるのは、ちと気の毒な気がしました。そもそも歩き方など、あんまり老人に見えませんでした。月乃助、春猿、笑三郎、それぞれ好演。

 「天守物語」は、最近修復を終えた姫路城の天守閣が舞台。富姫たちは、修復中は、どこかに転居してたのでしょうか。今は新しい天守でくつろいでいることでしょう。
 以前に見たときと玉三郎、海老蔵は同じ配役でしたが、亀姫は尾上右近でした。右近も初々しくて綺麗でしたが、女二人のじゃらじゃらした感じは、以前に見た春猿の方があったように思います。海老蔵も、前回は玉三郎にリードしてもらってる感じでしたが、今回は自信を持って演じているように見えました。玉三郎は、門之助が首を舐めてる間の、小芝居が面白かったです。猿弥、門之助、吉弥も相変わらず上手。例によって我當が最後を締めましたが、だいぶ足が弱って来てるみたいですね。我當ができなくなったら、誰が近江之丞桃六を演じるんでしょう。左團次かしら。

歌舞伎座
七月大歌舞伎
平成26年7月13日

夜の部

一、猿翁十種の内 悪太郎(あくたろう)  
    悪太郎 市川右近
    修行者智蓮坊 猿 弥
    太郎冠者 弘太郎
    伯父安木松之丞 亀 鶴

二、修禅寺物語(しゅぜんじものがたり) 
    夜叉王 中 車
    源頼家 月乃助
    修禅寺の僧 寿 猿
    妹娘楓 春 猿
    姉娘桂 笑三郎
    春彦 亀 鶴

三、天守物語(てんしゅものがたり)  
    天守夫人富姫 玉三郎
    姫川図書之助 海老蔵
    舌長姥 門之助
    薄 吉 弥
    亀姫 尾上右近
    朱の盤坊 猿 弥
    山隅九平 市川右近
    小田原修理 中 車
    近江之丞桃六 我 當

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/28

【歌舞伎】仁左衛門の松王丸が素晴らしい!2014年7月松竹座昼の部

 公式サイトはこちらです。

 最初はぽん太の嫌いな真山青果の「天保遊俠録」。しきたりに捉われ意地悪で腐敗した役人たちを馬鹿にしているくせに、勝小吉を救うのは結局は叔母の中臈という「地位」です。そして遥か高みにいる将軍は立派ですべてを見通しているという世界観が、なんか軍国主義チックに感じられます。
 劇の好き嫌いは置いといて、橋之助は、豪放な小吉役がとっても似合ってました。秀太郎の中臈阿茶の局、なんか声が出てなくて、ちと元気がなかったですが、大丈夫でしょうか。

 「女夫狐」は、菊之助、扇雀、翫雀の踊りもよかったですが、一巴太夫の常磐津に聞き惚れました。9月には新歌舞伎座に初登場の予定とか。楽しみです。

 「寺子屋」は仁左衛門の松王丸が素晴らしかったです。この芝居はむしろ武部源蔵が主役みたいに思い込んでいたのですが、松王丸が主役であることがはっきりわかりました。
 どこがいいのかを何とか書こうと奮闘努力してみたのですが、どうにもうまく表現できないのが狸のぽん太の情けないところで、「とってもよかった」とだけ書いておきましょう。久々に感動いたしました。
 「菅原伝授手習鑑」全体を通しての、松王丸、梅王丸、桜丸の三兄弟の人間ドラマの最後(劇の終結としての五段目はあるけどね)を飾るにふさわしい大きな芝居だと思いました。
 橋之助の武部源蔵、松王丸が偽首を「菅秀才の首に、相違ない」と言った瞬間の、「なななんと、見破られなかった、これ幸い」という演技がありませんでした。

大阪松竹座
七月大歌舞伎
平成26年7月10日

昼の部

一、天保遊俠録(てんぽうゆうきょうろく)  
    勝小吉 橋之助
    坂本屋の八重次 孝太郎
    松坂庄之助 国 生
    芸者茶良吉 児太郎
    唐津藤兵衛 松之助
    井上角兵衛 橘三郎
    大久保上野介 市 蔵
    中臈阿茶の局 秀太郎

  吉野山雪の故事
二、女夫狐(めおとぎつね)  
    又五郎実は塚本狐 翫 雀
    楠帯刀正行 菊之助
    弁内侍実は千枝狐 扇 雀

  菅原伝授手習鑑
三、寺子屋(てらこや)  
    舎人松王丸 仁左衛門
    松王女房千代 時 蔵
    源蔵女房戸浪 菊之助
    涎くり与太郎 国 生
    百姓吾作 松之助
    春藤玄蕃 市 蔵
    武部源蔵 橋之助
    御台園生の前 秀太郎

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/27

【歌舞伎】上方風の情感漂う藤十郎の「沼津」2014年7月松竹座夜の部

 なにかと忙しくて観劇からだいぶ時間がたち、もう印象がうすれてきましたが、忘備録も兼ねてアップしておきます。公式サイトはこちら
 歌舞伎はここのところずっと3階からの観劇だったのですが、こんかいは久々に一階席。細かな表情もよく見えるし、迫力が全然違います。これからもたまには一階で見ようと思いました。

 まずは「沼津」。ぽん太は、題名からしても、この演目は関東系の芝居だと思っていたので、藤十郎一家が演じるとどうなるのか、ちょっと心配しておりました。ところが実際に見てみると、見事に上方風の情の芝居になっていたのでびっくりしました。
 むしろこれまでは、十兵衛が貧しい村娘のお米に惚れて、あばら屋に泊まり込み、結婚まで申し出ることに違和感があったのですが、藤十郎の十兵衛はちゃらちゃらしたボンボンという感じで、とても自然に見えました。
 まあ、元はと言えば大阪の文楽のために作られた作品なのですから、関西風が似合うのは当たり前と言えば当たり前ですが。
 雲助平作は翫雀。雲助平作というと、ぽん太は平成中村座の勘三郎が記憶に残っております。勘三郎一流の演技は「面白さ」という点では一級品でしたが、歌舞伎狂言のなかの一登場人物を演ずるという意味では、翫雀のやや抑えた演技が本筋なのかもしれません。
 進之介……う〜む。

 次いで「身替座禅」。仁左衛門の右京、翫雀の奥方玉の井 。「玉の井が妙に男っぽく凄んで笑いを取る」といったことはしないで、ちゃんと「歌舞伎狂言」として演じてました。普通だと、入れ替わっているとも知らずに、右京が玉の井の頭を扇子で叩いたりする場面がありますが、今回はそれもなかった気がします。
 仁左衛門の右京は、とても可愛らしかったです。翫雀、いろんな役を卒なく演じることができて、とっても器用ですね。橋之助の太郎冠者、揚幕から出て来た瞬間に舞台がパッと明るくなるのは、橋之助のキャラクターならばこそですが、この芝居ではもう少し抑えた演技でもよかった気がしました。
 常磐津は、人間国宝の一巴太夫が久々の出演。少し声量は落ちた気はしますが、見事な喉を聞かせてくれました。
 松竹の人にお願いがあります。「歌舞伎美人」の公演案内に、役者の配役だけでなく、義太夫や鳴り者の人などの名前も入れて下さい。よろしくお願いします。

 「真景累ヶ淵」は、納涼感満点の怪談。「身代座禅」に引き続き、深情けの女が男に付きまとうというお話でした。お客さんを怖がらせるのが主眼の演目で、筋はさしたることなし。というか、豊志賀が死んで行く様子を、噺家役が延々と語って聞かせるのでは、「芝居」になってません。
 時蔵は怖がらせ方が上手。竹三郎は、菊之助に急に引っ張られた時に首ががくんとなる演技が面白かったです。

 最後は孝太郎の「女伊達」。小柄な孝太郎ですが、どうだとばかりの得意げな表情など、演技力で女伊達ぶりを表現しておりました。萬太郎、こういった役はイナセな感じがぽん太が大好きです。国生くん、踊りというか器械体操のような……。もう少し頑張りましょう。


大阪松竹座
七月大歌舞伎
平成26年7月9日

夜の部

伊賀越道中双六
一、沼津(ぬまづ)  
    呉服屋十兵衛 藤十郎
    お米 扇 雀
    池添孫八 進之介
    雲助平作 翫 雀

二、新古演劇十種の内 身替座禅  
    山蔭右京 仁左衛門
    太郎冠者 橋之助
    侍女千枝 梅 枝
    同 小枝 児太郎
    奥方玉の井 翫 雀

三、真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)
  豊志賀の死 
    豊志賀 時 蔵
    お久 梅 枝
    噺家さん蝶 萬太郎
    伊東春海 橘三郎
    勘蔵 竹三郎
    新吉 菊之助

四、女伊達(おんなだて) 
    女伊達木崎のお秀 孝太郎
    男伊達淀川の千蔵 萬太郎
    同  中之島鳴平 国 生

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/08

【雑学】クラック(crack):ガタリ・バルテュス・リルケ・ブラックウッド

 これまでのみちくさのおさらいです。
 以前の記事「【展覧会】バルテュス展@東京都美術館」でのみちくさ。
 ぽん太が以前に読んだフェリックス・ガタリのバルテュス論が、「街路のなかの亀裂」(Cracks in the street、『分裂分析的地図作成法』所収)というタイトルだったのですが、このCrakという言葉の出所がよくわからないでいたのでした。ところが、その後に読んだ『バルテュス、自身を語る』によると、クラックという言葉は、バルテュスが幼かった時にリルケが語って聞かせたことだということが分かりました。
 その後の記事「【絵画】バルテュス展補遺・クラックとローランス・バタイユ」でのみちくさ。
 「ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家」に収録された江澤健一郎の「『裂け目』の画家バルテュス」という論文によると、リルケは「クラック」という言葉をアルジャーノン・ブラックウッドから取って来たそうで、夜中の零時に、今日と明日の間の裂け目(クラック)に滑り込むことによって、時間の外の王国に入ることができるんだそうです。

 で、ぽん太は邦訳されているブラックウッドの小説を何冊か読んでみたのですが、「クラック」の出所は分かりませんでした(小説は面白かったですが)。
 ところが今回、ようやく出典を見つけることができました。ふふふ……。
 それは「The education of Uncle Paul 」(1909年)という小説で、残念ながら邦訳はないようですが、こちらで英語の原文を読むことができます。Read onlineというリンク先の、巻頭辞と、181ページから182ペーじあたり(14章)に出てきます。
 カナダの大自然のなかから20年振りに故郷に戻ったポール叔父さんは、子供のような心を保ったままです。妹の子供たちに促されて、子供たちだけに見えるという、昨日と明日のあいだの亀裂(crack)を通って、もう一つの不思議な世界に入り込みます。ポールはその世界で体験したことを物語に書き、子供たちに読んで聞かせるのでした……。
 詳しい内容は、各自お読み下さい。これを元に「Through the Crack」 (1920)という演劇も作られたようですが、残念ながらぽん太はこちらの脚本を見つけることはできませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/06

【絵画】バルテュス展補遺:クラックとローランス・バタイユ

 いつぞやぽん太がバルテュス展について書いた記事(→こちら)のなかで、リルケが幼いバルテュスに語った「クラック」という言葉がバルテュスのキーワードのひとつであること、そして「ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家」に江澤健一郎の「『裂け目』の画家バルテュス」という論文が掲載されていることを書きました。
 手に入れて読んでみたところ、リルケは「クラック」という言葉を、アルジャーノン・ブラックウッドの小説から取って来たそうです。彼の小説の中に、「いつも零時に、終わる日と始まる日の間に微かな裂け目が生じて、非常に巧みな人物はそこにうまく滑り込み、時間の外に出て、われわれが耐え忍ぶいかなる変化とも無縁な王国に入り込むでしょう」と書いてあるんだそうです。
 な〜んだそうだったのか、これで納得……じゃなくて、じぇんじぇんわからんがね。第一アルジャーノン・ブラックウッドって誰じゃーのん。初めて聞いたぞ。「アルジャーノンに花束を」は関係ないよね。
 困った時のWikipedia先生に聞いてみると、アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Henry Blackwood、1869 - 1951年)は、イギリスのホラー・ファンタジー作家とのこと。翻訳もけっこう出てるみたいなので、2〜3冊読んでみよ〜っと。
 ただ、リルケが引用した文章が、どの小説のものなのかがわからんな〜。参考文献には、Rilke, Balthus, Lettre à un jeune peintre, suivi de Mitsou, が上がってますが、フランスのアマゾンで買えるようなので(→こちら)、興味のある方はどうぞ。ぽん太はそこまでみちくさする元気はありません。

 それからもひとつ、バルテュス展に来ていた「猫と裸婦」(1948-50年)や「決して来ない時」(1949年)、「地中海の猫」(1949年)のボートに乗ってる女の子のモデルって、ローランス・バタイユなんですってね。
 ローランス・バタイユ( Laurence Bataille, 1930 - 86年)は、ジョルジュ・バタイユとシルヴィア・バタイユの娘。ジョルジュ・バタイユ(Georges Albert Maurice Victor Bataille, 1897 - 1962年)は、フランスの作家・思想家。昼は真面目な図書館職員、夜になると妖しくエロチックな本を書いていた人ですな。ちなみにこちらのサイトでは、バタイユの代表作『眼球譚』を4コマ漫画で読むことができます(笑)。シルヴィア・バタイユ(Sylvia Bataille, 1908 - 1993年)はフランスの女優。代表作はジャン・ルノワール監督の「ピクニック」(1936年)でしょうか。
 普通はこのくらいまででしょうが、精神科医のぽん太はさらに書かなければならないことがあります。というのも、シルヴィア・バタイユは1938年頃から精神分析家ジャック・ラカンとダブル不倫状態となり、1941年に二人の間に娘が生まれます。この娘がジュディット(Judith)で、のちにジャック=アラン・ミレールと結婚し、ジュディット・ミレールとなるわけですな。ちなみにぽん太は昔、京都のシンポジウムで見たような気がしますが、いかにも気位の高い箱入りお嬢さんという感じでした。
 で、シルヴィアとラカンは1953年に正式に結婚しましたから、ローランス・バタイユは連れ子でラカンの娘となったわけです。ラカンの影響か、彼女もやがてラカン派の精神分析家になりました。
 彼女は16歳の頃からバルテュスの絵のモデルになったそうです。愛人であったという説もあるようですが、いまのところ真偽不明。その後、演劇の世界に入り、共産党に入党。アルジェリア独立運動に参加しましたが、1960年に逮捕され、6ヶ月間刑務所に入れられたそうです。ラカンは娘が政治に関わっていることを誇らしげに感じていたようです。物理学者アンドレ・バッシュ(Andrè Basch)と結婚して娘をもうけたそうです。興味がある方は、彼女の著書『夢のへそ』をフランスのアマゾンで購入できます(→こちら)。
 また、岩波書店の『 フロイト全集 第13巻』に挟み込まれている月報15に、向井雅明の「ローランス・バタイユの想い出に捧ぐ」という文章があります。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »