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2014/10/07

【登山】裏剱遊歩(2)剱澤小屋から剱沢を下って池ノ平小屋まで

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Img_0576 さて、二日目です。写真はこれから下って行く剱沢の上部。正面は剱岳の八ッ峰になりますが、御覧の通り途中から上はガスっています。日が昇に連れてガスが晴れるといいのですが……。
Img_0577 剱澤小屋の人が言うには雪渓の上部は薄くなってるとのことで、教えてもらったとおり、雪渓が始まってから20〜30メートル下ったあたりから、雪渓に入ります。
Img_0584 シュカプラ(雪渓のでこぼこ)はけっこう深いですが、この時期冷え込んできて雪がかなり固くなっているので、アイゼンは必携です(6本爪で十分です)。もっとも、仙人温泉小屋で一緒になったお嬢さんは、折立から入って親不知まで抜ける計画だそうですが、剱沢のためだけにアイゼンを持って来るのは面倒だからと、登山靴で雪渓を下ったそうです(良い子は真似しないでね)。
Img_0587 平蔵谷です。「へいぞうたん」と発音するみたいですね。上部は残念ながらガスってます。
Img_0593 こちらは長次郎谷。明治時代の名山岳ガイド、宇治長次郎にちなんで名付けられました。映画『剱岳 点の記』で、香川照之演じる宇治長次郎の案内で、明治40年(1907年)に陸軍測量部が剱岳に登頂したのが、このルートからでした。
Img_0594 どんどん下っていくと雪渓が途切れて滝になっているそうなので、これまた剱沢小屋で教わった通り、長次郎谷出合を過ぎたら左岸よりにルートを取り、適当な所から夏道に入ります。やがて真砂沢ロッジが見えてきます。小屋主がこの先のルートを詳しく案内してくれるので、立ち寄るのが吉。少し先の三ノ沢出会の雪渓の様子によって、ルートが変わってきます。こんかいは、ハシゴ谷乗越に向かって剱沢を渡る雪渓は残ってましたが、三ノ沢を横切る雪渓はすでに消えていたので、三ノ沢を渡渉して進んでいきました。真砂沢ロッジは二日後に宿泊しますので、後ほどご紹介いたします。
Img_0596 剱沢を振り返る。こうしてみると、けっこう急に見えますネ。
Img_0598 二股吊橋デス。
Img_0599 二股から北西を眺める。向かって右の谷が北股で、左の谷が、「氷河」に認定された三ノ窓雪渓です。2012年、氷雪学会によって、剱岳の三ノ窓雪渓と小窓雪渓、立山の御前沢雪渓が、氷河に認定されました。なんだかよくわからないけど、お目出度い限りです。
 これから登っていく仙人新道は、沢を少し登ってから、向かって右の尾根に取り付く急登です。
Img_0600 急登を喘ぎあえぎ登っていくと、ご褒美に、三ノ窓雪渓の素晴らしい景色を見ることができます。
Img_0602 絶景を眺めながら昼食タイム。剱澤小屋のお弁当です。おかずは塩鮭にウィンナー。富山名物の赤巻かまぼこもついてます。美味しゅうございました。
Img_0607 お弁当を食べているうちに、少しガスがあがって、三ノ窓雪渓の上部が見えて来ました。
Img_0610 後ろには、下ってきた剱沢が、溝のように見えます。上の方にちょっと雪渓が見えていて、左下には二股付近の河原が望めます。
Img_0618 仙人峠の分岐を西に進むと、やがてちっちゃな小屋が見えて来ます。池ノ平小屋です。ホームページはこちらです。
Img_0620 赤いペンキが可愛らしい、おもちゃみたいな建物です。
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 看板は、なかなか味わいがあります。
Img_0623 内部もホントに狭くて、手前に畳敷きの食事スペースがあり、短い廊下をコの字型に囲んで、上下二段の宿泊スペースがあります。壁には、この小屋を訪れた登山者の写真が貼ってあります。
Img_0626 宿泊スペースから食事スペースを撮った写真です。ところで、山小屋というと、普通は若い従業員がかいがいしく働いているのが普通ですが、この山小屋は定年退職後のおじさん&おじいさんが、ちっちゃな小屋なのに4人もいて、なんだか不思議な雰囲気です。おいおい聞いた話では、みな小屋番の友だちというか山仲間で、交替に1週間ぐらいずつ、ボランティアで手伝いに来てるんだそうです。みな若い頃は(今でも?)剱岳の岩場をブイブイ言わせながら登ってた強者とのこと。見ているとボランティアというより、昔の仲間が集まって楽しんでいるという感じで、宿泊客は疲れて早々に寝てしまったのですが、おじさんたちは消灯まで酒宴を開いておりました。消灯後も場所を移して二次会に突入したようで、遠くの方から楽しげな声が微かに聞こえました。
 宿泊客は、ぽん太とにゃん子以外に4人でしたが、3人は剣岳山頂から北方稜線を越えて下山して来たパーティー。もう一人は真砂沢ロッジの大工さんで、これまた若い頃は岩場でブイブイ言わせていたようでした。クライミング技術を持たない軟弱山行のぽん太とにゃん子は、恥ずかしいやら肩身が狭いやらで、「こんなとこに居て申し訳ありません」という感じでしたが、皆で和気あいあいといろいろな話しができて、とっても楽しかったです。
 槍ヶ岳周辺の設備が整った巨大な山小屋もいいですが、こういう昔ながらのこじんまりした山小屋もいいですね。
Img_0639 小屋の裏からは、剱岳の八ッ峰が見えます。右上の方の、横長の楕円形の岩は、雪が付くと唇のように見えるそうで、小屋主さんが「モンローの唇」と命名したそうです。年代を感じさせるネーミングが素敵です。
 小家主さんも、昔はこの小屋の常連客だったそうですが、先代に頼まれてあとを引き継いだそうです。鉱山の技師をしていたそうで、剱岳やその他の山にあったモリブデン鉱山の調査研究をライフワークにしているそうです。
 。なんか宮沢賢治的な響きがあります。合金の添加元素として使われるそうで、自転車に乗る人には、フレームの素材のクロモリ(クロムモリブデン鋼)でおなじみです。
 剱岳の北にある池ノ平山にはモリブデンの鉱脈があり、小黒部鉱山と呼ばれ、大正時代には日本最大のモリブデン生産地でした。池ノ平小屋があるところには、鉱山の事務所があったそうです。掘り出されたモリブデンは、人に背負われて小黒部沢を下り、大窓雪渓を登って、大窓から索道で白萩を経て馬場島まで運ばれ、そこから馬車などで北陸本線の滑川駅に運ばれたそうです。このモリブデンは、東京の赤羽飛行機製作所に運ばれ、飛行機「つるぎ号」のエンジンに使われたそうです(小黒部鉱山史|池ノ平小屋ホームページ)。つるぎ号の写真は、例えばこちらのサイト(岸一太氏の赤羽飛行機工場とつるぎ号)で見ることができます。
Img_0629 2畳ほどの「乾燥室兼談話室」には、「剱岳 点の記の木村大作監督の寝室になりました」の貼紙が。てっきり映画のロケ隊は、きれいな仙人池ヒュッテに泊まったのかとぽん太は想像してましたが、実はこの池ノ平小屋に泊まったんだそうです。スタッフのは総勢30人くらいだったそうで、さぞぎっしりだったことでしょう。小屋の壁に、香川照之や浅野忠信らの写真が貼ってありましたが、肖像権があるでしょうから、アップはいたしません。「合宿」みたいに和気あいあいとして活気にあふれる写真でした。香川照之がなんかの番組で、9時間歩いて、2カット撮って、また9時間歩いて帰った、みたいなことを言ってた気がしますが、ここのことでしょうか?
Img_0627 こちらのちっちゃな小屋が、お風呂でございます。
Img_0628 湯船はちっちゃくて一人ずつしか入れませんが、汗を流し、湯船につかって疲れを取ることができるのは、有り難い限りです。
Img_0633 お父さんたちが作ってくれた夕食も、品数が多くて美味しかったです。
Img_0632 すり鉢一杯の山芋が供され、ご飯にかけていただきます。これは精がつきますね。夕食も美味しかったですが、宿泊客・従業員交えて、酒を酌み交わしながらの山談義が楽しかったです。従業員の人たちは二次会、三次会へとなだれ込んで行ったのは、先ほど書いた通り。
Img_0637 こちらが朝食です。今日もがんばるぞ!……(続く)

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