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2014/10/15

【拾い読み】DSM-5を使う前に読んでおこう。アレン・フランセス『<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』

 たまたま気が向いて、アレン・フランセスの『<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』(大野裕監修、講談社、2013年)を読んでみました。
 DSMというと、ぽん太はどのバージョンも一緒くたにしてましたが、DSM-IVの作成委員長だった著者が、DSM-5の問題点を批判したのが本書です。最大の論点は、著者が「診断のインフレーション」と呼ぶ、なんでもかんでも精神障害に診断してしまう傾向への警告です。こうしたことは精神科医なら誰でも感じていることで(例えば現在でもすでに何でもかんでもうつ病です)、その裏には製薬会社の営利主義があることなども衆知の事実ですが、自らDSMに関わった人が言っているところに説得力があります。また、うちわを知っている人だからこその証言もあって、面白い本でした。もちろん著者の主張が正しいかどうかもわからないので、本書を読むときも批判的な精神を忘れてはなりません。最近流行の、ドグマチックな精神医学批判の本ではございません。
 さて、興味がある人は自分で読んでいただいて、ぽん太が興味を持ったところの抜き書きです。

 「DSMは正常と精神疾患のあいだに決定的な境界線を引くものであるため、社会にとってきわめて大きな意味を持つものになっており、人々の生活に計り知れない影響を与える幾多の重要な事柄を左右しているーーたとえば、だれが健康でだれが病気だと見なされるのか、どんな治療が提供されるのか、だれがその金を払うのか、だれが障害者手当を受給するのか、だれに精神衛生や学校や職業などに関したサービスを受ける資格があるのか、だれが就職できるのか、養子をもらえるのか、飛行機を操縦できるのか、生命保険に加入できるのか、人殺しは犯罪者なのかそれとも精神異常者なのか、訴訟で損害賠償をどれだけ認めるのかといった事柄であり、ほかにもまだまだたくさんある」(p.17)
 ぽん太が思うに、DSMの分類が、純粋な医学的・科学的なものではなく、アメリカ社会の、アメリカの医療制度のもとでの分類であることは常識でしょう。また精神科医の診断という行為も、常に社会的な側面を持つことを忘れてはなりません。

 フランセスは、DSM-IVの作成にあたって、リスクのあるもの、科学的データによる裏付けがないものをすべて却下しました(その結果、DSM-IVはDSM-IIIRとあまり変わりませんでした)。一方DSM-5は、正常な多くの人を新たな「患者」にしたてる危険性があり、それを製薬会社がいかに利用してやろうかと、手ぐすね引いて待っていると彼は言います。
 そのように用心して作成したDSM-IVでさえも、三つの精神疾患のまやかしの流行を引き起こしました。それは自閉症、ADHD、小児双極性障害だそうです。
 「アメリカ人の成人の5人にひとりが、精神的な問題のために一種類以上の薬を飲んでいる。2010年時点で、全成人の11パーセントが抗うつ薬を服用している。小児の4パーセント近くが精神刺激薬を飲み、ティーンエイジャーの4パーセントが抗うつ薬を服用し、老人ホーム入居者の25パーセントに抗精神病薬が与えられている」(p.20)
 日本の現状はどうなのでしょうか。ここまではひどくないような気がしますが。常々ぽん太思うには、精神的な問題を解決するには、つべこべ言わずに薬を飲めというのに、快楽を得るためには薬を使ってはいけないというのは、筋が通らないですよね。覚せい剤や危険ドラッグの使用が増えるのは、仕方ないことに思えます。

 「DSM-IVのADHDは慎重に作成されたが、変更の提案による有病率の上昇は15パーセントにとどまるとわれわれは予測していた。データが収集された1990年代はじめの現実を考えれば、これはかなり正確な推定だったと言えよう。われわれは1997年にこの現実が一変するとは予見できなかった。この年、製薬会社がADHDの高価な新薬を売りだし、しかも同時に、親や教師に直接宣伝することが認められたのである。まもなく、ADHDの診断を商品として売るのが、雑誌やテレビや小児科病院のどこでも見られるようになったーー予想外の流行が発生したわけで、ADHDの有病率は3倍になった」(p.86)。
 高価な薬が出ることと、診断が流行していることは確かにリンクしているとぽん太も思います。双極性障害の流行も、ラミクタールの発売と関係しているのではないでしょうか。これまで双極性障害の第一選択薬であったリーマスは、標準使用量1日600mgで62.7円ですが、2008年12月に発売されたラミクタールは1日200mgで547.6円と、ほぼ十倍の価格です。さらに2012年9月にリーマスの添付文書(こちら)が改訂され、わざわざ医薬品医療機器総合機構から「炭酸リチウム投与中の血中濃度測定遵守について」という文書(こちら)まで出されました。これによると、リーマスを服用中の患者さんは、2〜3ヶ月に一度血液検査が事実上義務づけられることになりました。ごていねいに「適切な血清リチウム濃度測定が実施されずに重篤なリチウム中毒に至った症例などは、基本的に医薬品副作用被害救済 制度においても、適正な使用とは認められない症例とされ、救済の支給対象とはなっておりません」という文言もあります。「リチウム中毒を防ぐ」という大義名分はありますが、背後に、有効で安価なリーマスを使いにくくさせようとする何らかの圧力があったのでは、と考えるのは考え過ぎでしょうか。ここらの裏事情を知る立場にぽん太はありません。
 また最近、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬の使用を制限する動きが出ており、これはこれで過剰使用を防ぎ、依存を減らすという大義名分があるのですが、一方で代わりにSSRIや非定型抗精神病薬を売りたいという製薬会社の意図があるのではないか、というのもぽん太の妄想でしょうか?
 また、たとえば風邪薬など薬局で売っている薬はテレビのCMで宣伝することができますが、病院で医者が処方する薬は宣伝することができませんでした。ところがいつの頃からか、薬の名前こそ言わないものの、「〇〇の症状があったら、よく効く薬があるので、病院を受診しましょう。××製薬」というCMが流れるようになりました。これは製薬会社の申し出によって、コマーシャルの基準が変更されたのだと思いますが、これがどこの管轄で、どのように決められ、具体的にどこに明記されているのか、ぽん太はいまだにわかりません。
 ついでに上の引用の「ADHDの診断を商品として売るのが、雑誌やテレビや小児科病院のどこでも見られるようになった」というのは、ADHDの診断チェック表みたいなのが、雑誌やテレビでやってたり、病院に(製薬会社が作った)パンフレットとして置かれていることを言ってるんだと思いますが、原文にあたるのは面倒なのでよくわかりません。

 精神疾患の定義を、統合失調症80・双極性障害10みたいに数値で表すという考え方にかんしては、将来的には主流になるのかもしれないが、現時点では実現不可能と書いてます。

 DSM-IIIに関して。1970年代、精神疾患の診断の不正確さに対する批判が強まりました。ひとつはイギリスとアメリカの国際共同研究で、アメリカとイギリスで診断が大きく異なることが示されました。もうひとつは、正常な人が症状を偽ることで、誤った診断や不適切な治療に誘導できることがわかりました。
 こうしたことで、統一した診断システムを作ることが必要となり、ロバート・スピッツァー(1932 - )がDSM-III(1980年)の責任者に選ばれました。診断のパラダイムシフトをもたらしたDSM-IIIですが、診断基準の作成は科学的なものとは言えませんでした。十人弱の専門家が一室に閉じ込められ、午前中はそれぞれが、科学的データではなく実体験に基づく診断基準を無秩序に主張し合い、昼食が済むとスピッツァーが論点を神業のように整理して草案を作成し、それを疲れて眠気を催した専門家が微調整したそうです。「論争がつづくときは、声のいちばん大きな者、自信に満ちた者、頑固な者、年長の者、ボブ(スピッツァー)に最後に話したものがいつだって有利になった(p.117)そうです。ひどい方法でしたが、当時としては最上の方法で、しかもうまくいったそうです。
 DSM-IIIは病因論を棚上げにしたので生物学的・心理学的・社会的モデルのどれにも利用できるとされましたが、実際は生物学的モデルによくあてはまり、心理学的・社会的側面は軽視される結果をもたらしました。またいわゆる「多軸診断」を導入しましたが、これはほどなく忘れ去られました。
 DSM-IIIが非常に売れて、いわゆるバイブルになってしまったことは、良く知られたとおり。

 DSM-IIIR(1987年)に関しては、著者は「誤りであり、混乱のもとだった」と批判的です。その内容というよりも、DSM-IIIからわずか7年後に改訂をしたことを問題としているようです。DSM-IIIが科学的データの裏付けがある診断基準ではない以上、思いつきで安易に変更すべきではなく、科学的研究が追いついて、基準が確認されたり、変更の必要性が実証されるのを待つべきだったと言います。

 DSM-IV(1994年)の作成委員長に著者はなったわけですが、IIIRからの変更は最小限とし、科学的な必要性が証明されない変更は却下したそうです。また彼は、DSM-IVをバイブルではなく、ガイドブックとしたかったそうで、このことを「序文」に書いておいたそうです。ぽん太はDSMの序文なんて読んだことありませんでした。こんど読んでみたいと思います。
 著者は、当時は予測できなかったけれど、後から振り返ると、過剰診断がおきないようにもっと注意を払うべきだったと書いてます。特にADHDの診断基準をわずかに緩めたこと、双極II型を導入したことを後悔しています。また、「性的倒錯の項目でずさんな表現を使ったために、憲法に違反する精神科病院への強制入院が広く乱用されることになった」と反省していますが、ぽん太には具体的にはわかりません。

 著者は、早期診断のリスクを指摘します。正常だけど「病気になりかけている」人を発掘することで、医産複合体は急速に成長していますが、それによって必要ない人に過剰な医療が行われ、必要としている人に適切な医療が施せていません。
 最近「かくれ〇〇病」や「〇〇病予備軍」といった言葉がマスコミに溢れてます。また最近言われている「統合失調症の早期発見と早期治療」という考え方も、ひとつ間違えば、発病以前の「前駆期」の名のもとに、正常な人たちへの過剰診断・過剰医療が行われる可能性がありそうです。

 過去に流行して、消えてしまった疾患として、彼は「悪魔憑き」と並べて、神経衰弱やヒステリー、多重人格などを挙げてます。たとえば多重人格を、「保険会社が支払いをやめ、疲れたセラピストが現実に目覚めると、多重人格の治療を求める声は激減した」と切って捨ててます。

 現在の流行に関して、ADHDや小児双極性障害、自閉症などをあげて検討しておりますが、この辺は現役の精神科医にとっては周知の事実なので省略。

 DSM-5に関して、高く飛ぼうとしすぎて燃え尽きたイカロスに例えて、3つの点から批判しています。DSM-5は、第一に、神経科学の進歩を土台にもってきて精神科の診断を一新することを目標にしましたが、それは時期尚早で、現実離れした目標でした。第二に、早期発見・予防医学の観点から精神医学の領域を広げようとしましたが、これも行き過ぎた目標でした。第三に、数量化によって診断をもっと正確に下そうとしましたが、臨床現場で使いようのない複雑な多元評価を作っただけでした。

 また著者は、DSM-5の作成の手順についても疑問を呈しています。全体をコントロールするリーダーシップを発揮する人がおらず、作業グループごとに検討の方法や質のばらつきがった、また事前に時間定期な計画を立てなかった。また、文献調査を独立した評価者が行うといった、公平性を保つ手段も講じなかった。

 またフィールドトライアル(診断基準を実際に使ってみて、妥当性を評価すること)に関しても、DSM-IVでは、外部の研究者が方法を評価した上で、アメリカ国立精神保健研究所(NIMH)の資金を得て行われました。しかしDSM-5は、計画は非公開で、NIMHは十分な資金を調達できず、実施機関も短すぎたため、低い信頼性しか得られませんでした。しかもアメリカ精神医学会(APA)は、利益を見込んである2013年の出版予定日を守るため、必要な修正や検証を行わずに、出版してしまったそうです。

 DSM-5には、診断のインフレーションを引き起こしかねない疾患が多く見られます。小児の「重篤な気分調節不全障害」は、ただの癇癪を病気と診断する危険があります。また老人の「軽度神経認知障害」も、アルツハイマー病の早期発見と早期治療という専門家の無邪気な善意から作られたのでしょうが、多くの人に有害無益な検査や投薬が行われ、結局は医産複合体だけが喜ぶという結果になりかねません。「大食い」が精神病とされ、「成人注意欠陥・多動性障害」は過剰診断の危険性があります。また、死別後の喪が「うつ病」と混同されかねないなどなど。

 著者は大胆にも、製薬会社と麻薬組織を併せて論じております。そして、製薬会社が利益を上げるために行っているマーケティング能力を制限することを求めます。また、精神科医の同業組合であるAPAが、DSMによって精神疾患の診断を独占する状況を批判します。精神疾患の診断は、現在医学的な領域を遥かに越えてしまっています。とはいえその任を担うのにふさわしい組織も、今のところ見当たりません。

 もう飽きてきたので、この辺でやめておくことにします。アレン・フランスセスの基本的なスタンスとしては、精神疾患の診断は医療の領域を越えて大きな影響力を持つようになっていて、しかも製薬会社に代表される医産複合体が利益を拡大するために、過剰診断が行われる危険性が高い(診断のインフレーション)。そのためDSMは、過剰診断が行われにくいものにしておく必要があるが、DSM-5は質の確保をおろそかにしたうえ、拡大解釈されやすい新たな疾患を盛り込んでしまった……ということになりましょうか。
 冒頭に書いたように、これはあくまでもアレン・フランセスの考えてあって、これが正しいのかどうかわかりませんが、これからDSM-5を使って行くうえで、これらの点に注意を払って行く必要があるのは確かでしょう。

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