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2014/12/25

【歌舞伎】玉三郎演出の「幻武蔵」が残念なことに。2014年12月歌舞伎座昼の部

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 12月の歌舞伎座は、夜の部の海老蔵の「雷神不動北山櫻」は以前に観たことがあるので、昼の部だけ観劇しました。とはいえ愛之助の「義賢最後」も、今年の浅草歌舞伎で見たばかり。今日も体を張って頑張ってました。公式サイトはこちら

 ちと残念だったのが玉三郎演出の「幻武蔵」。ぽん太は初めて観たのですが、チラシの解説を読むと、姫路城の天守閣の最上階に棲む化け物を宮本武蔵が退治しに行くという話しだそうで、なんだか「天守物語」とかぶっているような……。「幕が開いたらいきなり腰元たちが釣りしてたら怒るで」などと思って観てましたが、さすがにそんなことはありませんでした。
 どうやら天守閣の化け物は、人間に幻を見せることによって、自分の過去の行いに対する迷いや後悔の念を生じさせるようです。武蔵もこの幻に苦しめられますが、自己と向き合うことによって妖術を破り、化け物をやっつけます。
 ところがここで武蔵の心の中で、どのような変化があったのかが良くわかりません。幻たちが武蔵を責めて「人を殺して名声を得て来た」とか、「巌流島の決闘で、本来の二刀流を捨てて長い木刀を使うという卑怯な手を用いた」などと言うのを聞いてると、なかなか説得力があって、ぽん太などは「その通りだよな〜」と思ってしまいます。武蔵が自己と向き合ったというのはどういう心理的な変化なのか、何をきっかけにそのような変化が生じたのか、その結果得た武蔵の境地がどういうものなのか、ぽん太には理解できませんでした。
 過去の自分の行為に潜む醜さに苛まれるというのは、普通にあるというか、むしろそれが全くなかったら人間おしまいだと思うのですが、どうやったらそういう後悔から解き放たれるとこの芝居は言いたいのか、(タヌキの)精神科医のぽん太としてはもっと分かりやすく示して欲しかったです。
 もひとつ今回の「幻武蔵」が残念に思えたのは、ほとんどセリフのやり取りで構成されていること。舞台作品なんですから、武蔵の心の変化が物語的な出来事として表現されていないとダメだと思うんですが。
 もっとも照明を変えたり舞台を廻したり、武蔵の分身たちが様々にフォーメーションを変えたりして、目先の変化は作ってましたが、歌舞伎としては斬新かもしれませんが、演劇としてはありきたりな表現で、幻想的な雰囲気も感じられませんでした。
 海老玉の公演ということで、周りの客席は観光バスで乗り付けて歌舞伎を観にきたようなご婦人たちが多かったのですが、芝居が終わったあと、「何これ〜」「わかんない」などとも言わないで、何も見ず、何事もなかったかのように振る舞っていたのが面白かったです。
 ついでに事実関係をぐぐって調べて見ました。長壁姫|Wikipediaによると、姫路城の天守閣には長壁姫(小刑部姫)と呼ばれる女性の妖怪が棲みついているという伝説があるそうです。宮本武蔵が若かりしころ姫路城に奉公していて、この妖怪を追い払ったという伝説があるそうで、これが「幻武蔵」のモトになってるんでしょうね。
 大阪夏の陣で大阪城から救出された千姫がなんで姫路城にいるのかとぽん太は思ったのですが、千姫|Wikipediaによると、大阪城から逃れた千姫は、元和2年(1616年)に桑名藩主・本多忠政の嫡男・本多忠刻(ほんだただとき)と結婚。この時、津和野藩主・坂崎直盛が輿入れの行列を襲って千姫を強奪しようとして未遂に終わった事件があったそうで、これがこの芝居で千姫の前に現れた血だらけの亡霊ですな。翌年の元和3年(1617年)に本多家が播磨姫路に移封になったため、千姫も姫路城に移り、播磨姫君と呼ばれるようになったそうな。1626年に夫・忠刻が死去し、本多家を出て江戸城に戻り、出家したそうです。
 そういえば昔姫路城を訪れたとき、千姫ゆかりの百間廊下とか化粧櫓とかがあった気がするぞ。ふふふ、ホントにお馬鹿なぽん太さん、何でも忘れてしまうのね。
 こちらの姫路市のサイトによると、宮本武蔵の妖怪退治の伝説は、木下家定が城主だった頃と書いてありますから、1585年から1600年の間ということになり、千姫が姫路城にいた時代とはずれてますね。しかし後年、姫路城主となった本多忠刻と関係が深かったということですから、千姫との接点もあったと思われます。

 最後は海老玉の美しい「二人椀久」で締めくくり。

歌舞伎座
十二月大歌舞伎
平成26年12月17日

昼の部

一、源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)
  義賢最期
   
木曽先生義賢 愛之助
下部折平実は多田蔵人 亀三郎
九郎助娘小万 梅 枝
待宵姫 尾上右近
進野次郎 道 行
矢走兵内 猿 弥
葵御前 笑 也
九郎助 家 橘

新作歌舞伎
二、幻武蔵(まぼろしむさし)
   
宮本武蔵 獅 童
小刑部明神 松 也
千姫 児太郎
秀頼の霊 弘太郎
坂崎出羽守の霊 道 行
宮本造酒之助 萬太郎
淀君の霊 玉三郎

三、二人椀久(ににんわんきゅう)
   
松山太夫 玉三郎
椀屋久兵衛 海老蔵

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コメント

玉三郎の提案する美は、かなり修行積まないと理解できないと思う。だから、古典が好き。

投稿: 通りすがり | 2017/09/05 04:03

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