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2014年12月の16件の記事

2014/12/29

【観光】島原・天草のキリスト教関連遺産を訪ねる

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 今年のブログは今年のう〜ち〜に……って、間に合わないか。島原・天草のキリスト教関係の見どころをいくつか廻りました。
Img_1429 まずは島原半島の南端近くにある「原城跡」(国指定史跡)。写真が本丸周辺です。無学なぽん太は全く知りませんでしたが、島原の乱で天草四郎らが最後まで立てこもり、幕府軍によって壊滅させられたのが、ここなんだそうです。
Img_1428 遺跡の一角にあるお地蔵さんは、「ホネカミ地蔵」と呼ばれております。
Img_1427 案内板です。島原の乱から数十年後、敵味方の区別なく骨を拾い集めて祀ったものだそうです。
Img_1431 原城の石垣はあちこちで崩され、このように穴に投げ込まれているそうです。穴の中からは多くの人骨も見つかり、一揆軍の死体が埋め込まれたと考えられています。
 ぽん太が思うに、単なる戦だったら、石垣をここまで徹底的に破壊する必要はないような気がします。天草四郎率いる一揆軍に対して、「汚れ」のようなものを感じていたのではないでしょうか。
Img_1439 天草四郎の墓碑です。
Img_1437 案内板です。「この墓碑は、西有家町にある民家の石垣の中にあったものをこの場所に移したものです」と書かれているので、この場所に天草四郎の遺体が埋まっているわけではなく、またこの墓碑がホントの「墓碑」かもわからない気がします。
 近くにある有馬キリシタン遺産記念館(旧原城文化センター)で、原城から出土した人骨や、メダイ・ロザリオなどを見学いたしました。学芸員のお姉さんが詳しく解説してくれて、島原の乱のことがよく理解できました。
Img_1444 口之津港から島鉄フェリーに乗って、天草の鬼池へ。
 まずは本渡市立天草切支丹館に行きました。ここには国指定文化財の天草四郎陣中旗があるとガイドブックに書いてあったのですが、あいにく展示されていたのはレプリカ。嬉しさも中ぐらいなりでした。
Img_1450 崎津天主堂です。最初はアルメイダ神父によって永禄12年(1569年)に建てられたそうですが、現在の建物は昭和9年(1934年)に建てられたものだそうです。施行は鉄川与助。無学なるぽん太は初めて聞いた名前ですが、鉄川与助|Wikipediaをみてみると、長崎を中心に多くの教会建築を手がけた人だそうです。
Img_1452 ステンドグラスもとってもシンプル。ゴシック風ではありますが、なんか可愛らしい建物です。
Img_1449 1857年に練習艦「観光丸」に乗って崎津に寄港した勝海舟が、この場所にあった庄屋・吉田家に宿泊したそうです。
Img_1456 次いで大江天主堂。フランス人ガルニエ神父により昭和8年に作られたものです。
Img_1459 これも鉄川与助が手がけた建築です。ロマネスク様式で、明るくモダンな印象です。
Img_1458_2 教会の一角にあるお墓。仏教のような、キリスト教のような、不思議な造形です。この地域のお墓は、仏教のお墓でも、文字が金色に塗られているものが多いようですね。
Img_1462 また別の一角にはルルドの聖母が祀られてました。ルルド|Wikipediaに書いてありますが、フランスのスペイン国境に近い町ルルドに、1858年以降何度も聖母マリアが現れ、そこに泉が湧いたという言い伝えがあります。先に書いたようにこの教会の神父さんはフランス人でしたから、ルルド信仰を持ち込んだのでしょう。

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2014/12/28

【クラシックホテル】温泉もある山岳ロッジ風の建物が心地よい/雲仙観光ホテル(★★★★★)

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 11月下旬、前から泊まりたいと思っていた雲仙観光ホテルに行きました。公式サイトはこちらです。

★楽天トラベルからの予約は、右のリンクをクリック→


Img_1408_2 雲仙観光ホテルは、長崎県は島原半島の雲仙岳の西麓にあります。山岳ロッジ風の建物で、登録有形文化財に指定されています。創業は昭和10年(1935年)。現在はスーパーゼネコンのひとつに成長した竹中工務店が設計・施行を担当。設計は竹中工務店の早良俊夫だそうで、現存する作品としては神戸市のジェームス邸(現・望淡閣)や、この雲仙観光ホテルが有名だそうです(早良俊夫|竹中工務店)。こちらのサイト、早良俊夫|レトロな建物を訪ねてにもいろいろと写真が載ってます。
Img_1415 玄関です。派手はでしくなく、落ち着いた感じです。
Img_1407 ホールも暗めの色調に塗られた木材が多用され、重厚な印象です。
Img_1339 上階の客室フロアへと登る階段。
Img_1318 客室フロアの廊下もとてもシンプルな構成です。
Img_1317 客室ドアも品のある木製。
Img_1310 客室は緑の色調でまとめられています。
Img_1313 サニタリーもタイル張りでクラシックな雰囲気です。
Img_1335 ビリヤードルームです。
Img_1336 図書室です。
Img_1340 バーの看板です。
Img_1341 バーの内部ですね。
Img_1357 夕食はダイニングで頂きました。
Img_1348 こんかいのお料理のメニューです。
Img_1345 アミューズです。真っ白なプレートの上の紅葉が映えますね。
Img_1351 「雲仙きのこと牛蒡を詰めた……」ですが、盛りつけも楽しいですね。
Img_1366 メインは鹿肉のロティとソーセージを選択しました。柔らかくて美味しかったです。
Img_1368_2 圧巻はデザート!ワゴンサービスで、何品でもオーケーとのこと。ぽん太は3品も食べてしまいました。
Img_1379 ホテルでありながら温泉に入れるのも魅力。温泉に行くのには部屋着でオーケーです。レトロなドアが素敵です。
Img_1381 浴室は、レトロでモダンな雰囲気。アール・デコ調でしょうか。近年改修されたものだそうです。
Img_1394 天井のカーブは、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」の貝を思わせます。
Img_1383 開放感はありませんが、露天風呂も付いてます。お湯はちょっと褐色がかっていて、とても酸っぱいです。
Img_1392 ところが翌朝になったら、露天風呂のお湯だけが真っ白に濁っていてびっくり!う〜ん、温泉は生き物ですな〜。
Img_1397 温泉分析表その1です。泉温94.5度!、pH1.9!です。アンモニウムイオン29.1mg/kg、アルミニウムイオン58.7あたりが濃厚、さらに鉄イオン71.6はスゴいと思いますが、それにしてはまっ茶っちゃじゃないな。
Img_1399 温泉分析表その2です。硫酸水素イオン469.5、硫酸イオン1107は最高クラス。非解離成分のメタケイ酸442.3も突出しております。全体として、蔵王と類縁のお湯のような気がします。
Img_1400 朝食はバイキング。奥にあるのは、蜂の巣から直接蜜をしたたらせる装置。ぽん太は初めて見ました。
Img_1402 パンとスープです。
Img_1403 卵料理はぽん太はオムレツを選択。
Img_1404 にゃん子は追加料金を払ってエッグベネディクトを選択。なんだそりゃ。初めて聞いたぞ。一緒に暮らしてて、なんでにゃん子だけ知ってるんニャ。
 歴史あるクラシックホテル。建物よし、料理よし、温泉よしで、お値段もいいですが、ぽん太の評価は5点満点です。
 
Img_1416 翌日、仁田峠循環自動車道路を走りました。料金は「寸志」です。曇っていましたが、時々雲が晴れ、長崎市方面が見えました。
Img_1419 第二展望所から見た雲仙。雲の上に平成新山があり、右の斜面は火砕流で焼かれた跡です。

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2014/12/27

【温泉】トンネル風呂と洞窟風呂、そして美味しい魚/鵜原温泉鵜原館(★★★★)、鵜原理想郷、鮨芳@館山

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 11月中旬、ぽん太とにゃん子は千葉県は外房の勝浦市にある鵜原温泉鵜原館に泊まりました。公式サイトはこちら
Img_1259 カーナビに従って、国道から細い道に入って行くと、車一台がやっと通れるような素堀りのトンネルが……。恐るおそる進んで行きます。
Img_1258 やがて、高台に広々と立つ鵜原館の建物が見えてきます。
Img_1255 「房総」という感じの明るさのある建物です。
Img_1253 看板も、ホンワカしたいい味わいです。
Img_1257 目の前が鵜原港になっています。眺めがいいのはもちろんのこと、夕食の海の幸の期待が高まります。
Img_1249 部屋は、新しく改装されており、きれいで居心地がよいです。
Img_1216 さて、温泉ですが、まずは「トンネル風呂」。低いくぐり戸を抜けて……
Img_1208 暗いトンネルを進んで行くと……
Img_1212 広々とした海を見渡せる岩風呂に出ます。鵜原港とは別方向の海で、西側に面しており、もう少し時間が早ければ美しい夕日が見えたことでしょう。お湯は、無色透明で、ちょっと塩っぱく、すべすべして美人の湯系です。
Img_1251 温泉分析書その1。泉温16.6度。pHは7.8とアルカリ性です。
Img_1252 温泉分析表その2。泉質はナトリウムー塩化物泉とのこと。
Img_1237 こちらがもう一つの「洞窟風呂」。やはり岩を彫った感じで、上の方に開口部があります。
Img_1234 洞窟風呂の案内板です。第二次世界大戦中に、勝浦に人間魚雷の基地が作られたそうで、特攻隊員がつるはしを使って掘り広げた飲料水の貯水槽が、このお風呂なんだそうです。ひえ〜〜〜〜っ!!
 夜中に一人で入りに行ったにゃん子は、怖くて泣きそうになって戻って来ました。勝浦から人間魚雷が発進するということは考えにくいですから、訓練基地かなんかがあったんですかね。
Img_1242 こちらは展望風呂。長く改装しておりましたが、完成直後で入ることができました。男女別になっており、鵜原港側の展望が開けた、明るく広々したお風呂です。
Img_1250 ここ鵜原館は、与謝野晶子ゆかりの宿で、晶子は鵜原理想郷(鵜原館の経営者が岬に作った別荘地)を訪れ、いくつもの歌を詠んだそうです。
Img_1225 さあて待ちに待った夕食です。これが刺し盛二人前だぜぃ。新鮮でシャキシャキしています。
Img_1222 海鮮の紙鍋。これまたうまい。
Img_1220 イチジクの煮物です。甘酸っぱくて美味しいです。ぽん太は生まれて初めて頂きました。
Img_1229 唐揚げの素材はスズキだそうです。スズキ君を唐揚げで頂くのも初めてでした。
 この他にもいろいろお料理があり、ボリュームも満点。期待通り、いや期待以上で、房総の海の幸を堪能することができました。
Img_1248 朝食も、アジの干物がふっくらしていてとても美味しかったです。
 建物の古さこそありませんが、トンネル風呂と洞窟風呂が珍しくて極めて高得点、房総の魚を満喫できて、ぽん太の評価は4点です。

Img_1262 翌朝、勝浦の朝市に行って見ました。想像していた朝市の賑わいとはまったく異なり、住宅街の道の両側に、ポツリポツリとお店が並んでおります。しかしそれはそれで、のんびりホンワカした感じが房総とマッチしてました。

Img_1277 次いで、鵜原理想郷を散策。鵜原理想郷は、鵜原館があるところから南に伸びる岬で、周囲は切り立った断崖になっており、浸食された岩がとっても美しいです。大正時代初期に、鵜原館の経営者がここに別荘地を作ろうとし、「鵜原理想郷」と名付けたそうです。
Img_1275 どこまでも広がる太平洋。世界は広いぜよ〜。
Img_1278 ハイキングマップです。普通に歩いて一周1時間くらい。
Img_1271 岬の先端にある大杉神社。
Img_1272 祠のなかには、安政時代に地元の漁民が奉納したという、鯨の頭蓋骨があります(向かって左)。
 大杉神社の総本社は、茨城県稲敷市阿波にあります(大杉神社|Wikipedia大杉神社ホームページ(音楽あり!))。阿波の高台に大杉があり、航路標識とされていたことから、水上交通の神様などとして信仰が広まったようです。

Img_1287 館山のお寿司屋さん鮨芳(公式サイト)に寄りました。千葉でゲットした観光案内に載ってた写真が美味しそうだったので立ち寄ったのですが、期待以上でした。
Img_1282 頂いたのは地魚の鮨8個セット。房総の海が口いっぱいに広がりました。
鮨芳
鮨芳
ジャンル:寿司
アクセス:館山道富浦I.C. 車25分
住所:〒294-0226 千葉県館山市犬石161-5(地図
周辺のお店のプラン予約:
おやじの台所 もぐもぐ のプラン一覧
居酒屋 寧々家 市原店のプラン一覧
うまい飯とうまい酒 浜焼太郎 木更津店のプラン一覧
周辺のお店:ぐるなびぐるなび 館山×寿司
情報掲載日:2014年12月25日

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2014/12/26

【歌舞伎】名場面「岡崎」長く上演されなかった理由がよくわかる・吉右衛門の「伊賀越道中双六」国立劇場

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 12月の国立劇場は、吉右衛門の「伊賀越道中双六」。公式サイトはこちらです。
 「伊賀越道中双六」というと「沼津」が有名で、ぽん太も大好きな演目ですが、今回はナシ。変わりに幻の名場面「岡崎」が上演されるそうな。この「岡崎」は、戦後の歌舞伎では2回しか上演されておらず、今回が44年振りの上演なんだそうな。
 で、その「岡崎」ですが、実際に観て、上演が長く途絶えていた理由が分かりました。
 仇に味方する山田幸兵衛の家に、身元を偽って潜入した唐木政右衛門は、自分の正体がばれないように、雪のなか息も絶えだえになって訪ねて来た妻のお谷を追い返し、そして初めて会った幼い我が子も殺してしまいます。
 かなり残酷なシーンで、観ていて苦しくなるというか、残虐だな〜という気がします。
 「仇討ち」というものが妻子を犠牲にしてまでやり遂げなければならないとっても大切なものなんだ、という前提があればいいのかもしれませんが、現代の我々からすると、「いくら仇討ちのためとはいえ、そこまでしなくても……」と思ってしまいます。
 こんかいの上演では、「岡崎」の前の「藤川」が滑稽な場面だったので、いきなりのシリアスな展開に付いて行きにくかったという点もあるかもしれません。
 戦後GHQが、占領に対する「仇討ち」を恐れてか、「忠臣蔵」の上映を禁じたことはよくしられてますが、伊賀上野の仇討ちなど、その他の仇討ち物の上演も禁じられたのでしょうか?無学なぽん太は知りません。しかし占領が終わって、「忠臣蔵」はあちこちで一斉に上演されるようになりましたが、「岡崎」は上演されたなかったということは、単に禁止されていたからだけではなく、戦後の人々のメンタリティに会わない部分があったのでしょう。
 とはいえ「歌舞伎」としてはなかなか見応えがある舞台で、なんだか同じ演目ばっかりやっている歌舞伎座より面白かったです。「岡崎」も、先ほど書いたように「仇討ちがとても大切だ」という前提に立てば素晴らしい芝居で、貴重な場面を観ることができてよかったと思います。
 
 吉右衛門の芝居はありかわらず素晴らしかったです。姻戚関係となった菊之助が吉右衛門劇団に加わり、役者陣に幅が出ました。お谷の芝雀も、特に「岡崎」の悲壮感を引き立てておりました。

 ところで、よく見る「沼津」は、今回の芝居のなかでどういう位置づけになってるんでしょう。こちらの文化デジタルライブラリーに「伊賀越道中双六」の詳しい情報があって、とても参考になります。
 平作の娘お米が、和田志津馬の妻になり、志津馬は怪我の養生をしてるんですね。そして十兵衛が持っていた印籠が、仇・沢井股五郎のものでした。ん?まてよ、確か「沼津」の最後で、股五郎は九州に逃げたとか言ってたような……地理的におかしいぞ?ぐぐってみると、「股五郎が落ち行く先は九州相良、九州相良。道中筋は参州の吉田で逢ふた、と人の噂」というセリフのようで、九州へ逃げようとして東海道を下っている最中で、三河にある34番目の宿場、吉田で見かけたということのようです。
 「伊賀越道中双六」は元々は全十段からなっております。こんかいの序幕「和田行家の場」が二段目。「大和郡山」が四段目、そしてここに「沼津」が六段目、「藤川新関」が七段目、「岡崎」が八段目、大詰の敵討ちが十段目です。

 ところで、唐木政右衛門のモデルの荒木又右衛門は、荒木又右衛門|Wikipediaによれば、12歳のとき(1611年頃)に本多政朝(ほんだまさとも)の家臣・服部平兵衛の養子となり、28歳ごろ(1627年頃)に養家を離れて浪人したとのこと。
 本多政朝は、後の姫路城主・本多忠政の次男。ちなみに長男は忠刻(ただとき)で、千姫と結婚した人ですね。1611年には、父・忠政は桑名藩主でしたから、政朝も桑名にいたんでしょうか。1615年に叔父の跡を次いで千葉県の上総大多喜藩の藩主となります。1617年に父・忠政が姫路藩主に着任し、同じ年に政朝は播磨龍野藩に移封。1626年には兄であり嫡男の忠刻(千姫のダンナ)が死亡したため姫路藩本多家の嫡子となり、1631年に父・忠政が死去したため姫路藩主となりました。
 ということは、政朝が姫路藩の嫡子となったすぐ後くらいに、又右衛門は浪人したのですね。
 千姫は、桑名藩時代の1616年に兄・忠刻と結婚。1617年に姫路城に移り、1626年に姫路を去って江戸に戻りました。ということは、荒木又右衛門と千姫は、同時期に姫路城にいたかどうかはわからないけど、会う機会があったかも。奇しくも国立と歌舞伎座の演目がシンクロしてて面白いですね。

通し狂言「伊賀越道中双六」 (いがごえどうちゅうすごろく) 五幕六場

近松半二ほか=作
国立劇場文芸研究会=補綴
国立劇場美術係=美術

序  幕 相州鎌倉 和田行家屋敷の場
二幕目 大和郡山 誉田家城中の場
三幕目 三州藤川 新関の場
      同         裏手竹藪の場
四幕目 三州岡崎 山田幸兵衛住家の場
大  詰 伊賀上野 敵討の場

(出演)
中 村 吉右衛門 (唐木政右衛門)
中 村 歌   六 (山田幸兵衛)
中 村 又 五 郎 (誉田大内記・奴助平)
尾 上 菊 之 助 (和田志津馬)
中 村 歌   昇
中 村 種 之 助
中 村 米   吉
中 村 隼   人
嵐    橘 三 郎
大 谷 桂   三
中 村 錦 之 助 (沢井股五郎)
中 村 芝   雀 (政右衛門女房お谷)
中 村 東   蔵 (幸兵衛女房おつや)
ほか

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2014/12/25

【歌舞伎】玉三郎演出の「幻武蔵」が残念なことに。2014年12月歌舞伎座昼の部

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 12月の歌舞伎座は、夜の部の海老蔵の「雷神不動北山櫻」は以前に観たことがあるので、昼の部だけ観劇しました。とはいえ愛之助の「義賢最後」も、今年の浅草歌舞伎で見たばかり。今日も体を張って頑張ってました。公式サイトはこちら

 ちと残念だったのが玉三郎演出の「幻武蔵」。ぽん太は初めて観たのですが、チラシの解説を読むと、姫路城の天守閣の最上階に棲む化け物を宮本武蔵が退治しに行くという話しだそうで、なんだか「天守物語」とかぶっているような……。「幕が開いたらいきなり腰元たちが釣りしてたら怒るで」などと思って観てましたが、さすがにそんなことはありませんでした。
 どうやら天守閣の化け物は、人間に幻を見せることによって、自分の過去の行いに対する迷いや後悔の念を生じさせるようです。武蔵もこの幻に苦しめられますが、自己と向き合うことによって妖術を破り、化け物をやっつけます。
 ところがここで武蔵の心の中で、どのような変化があったのかが良くわかりません。幻たちが武蔵を責めて「人を殺して名声を得て来た」とか、「巌流島の決闘で、本来の二刀流を捨てて長い木刀を使うという卑怯な手を用いた」などと言うのを聞いてると、なかなか説得力があって、ぽん太などは「その通りだよな〜」と思ってしまいます。武蔵が自己と向き合ったというのはどういう心理的な変化なのか、何をきっかけにそのような変化が生じたのか、その結果得た武蔵の境地がどういうものなのか、ぽん太には理解できませんでした。
 過去の自分の行為に潜む醜さに苛まれるというのは、普通にあるというか、むしろそれが全くなかったら人間おしまいだと思うのですが、どうやったらそういう後悔から解き放たれるとこの芝居は言いたいのか、(タヌキの)精神科医のぽん太としてはもっと分かりやすく示して欲しかったです。
 もひとつ今回の「幻武蔵」が残念に思えたのは、ほとんどセリフのやり取りで構成されていること。舞台作品なんですから、武蔵の心の変化が物語的な出来事として表現されていないとダメだと思うんですが。
 もっとも照明を変えたり舞台を廻したり、武蔵の分身たちが様々にフォーメーションを変えたりして、目先の変化は作ってましたが、歌舞伎としては斬新かもしれませんが、演劇としてはありきたりな表現で、幻想的な雰囲気も感じられませんでした。
 海老玉の公演ということで、周りの客席は観光バスで乗り付けて歌舞伎を観にきたようなご婦人たちが多かったのですが、芝居が終わったあと、「何これ〜」「わかんない」などとも言わないで、何も見ず、何事もなかったかのように振る舞っていたのが面白かったです。
 ついでに事実関係をぐぐって調べて見ました。長壁姫|Wikipediaによると、姫路城の天守閣には長壁姫(小刑部姫)と呼ばれる女性の妖怪が棲みついているという伝説があるそうです。宮本武蔵が若かりしころ姫路城に奉公していて、この妖怪を追い払ったという伝説があるそうで、これが「幻武蔵」のモトになってるんでしょうね。
 大阪夏の陣で大阪城から救出された千姫がなんで姫路城にいるのかとぽん太は思ったのですが、千姫|Wikipediaによると、大阪城から逃れた千姫は、元和2年(1616年)に桑名藩主・本多忠政の嫡男・本多忠刻(ほんだただとき)と結婚。この時、津和野藩主・坂崎直盛が輿入れの行列を襲って千姫を強奪しようとして未遂に終わった事件があったそうで、これがこの芝居で千姫の前に現れた血だらけの亡霊ですな。翌年の元和3年(1617年)に本多家が播磨姫路に移封になったため、千姫も姫路城に移り、播磨姫君と呼ばれるようになったそうな。1626年に夫・忠刻が死去し、本多家を出て江戸城に戻り、出家したそうです。
 そういえば昔姫路城を訪れたとき、千姫ゆかりの百間廊下とか化粧櫓とかがあった気がするぞ。ふふふ、ホントにお馬鹿なぽん太さん、何でも忘れてしまうのね。
 こちらの姫路市のサイトによると、宮本武蔵の妖怪退治の伝説は、木下家定が城主だった頃と書いてありますから、1585年から1600年の間ということになり、千姫が姫路城にいた時代とはずれてますね。しかし後年、姫路城主となった本多忠刻と関係が深かったということですから、千姫との接点もあったと思われます。

 最後は海老玉の美しい「二人椀久」で締めくくり。

歌舞伎座
十二月大歌舞伎
平成26年12月17日

昼の部

一、源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)
  義賢最期
   
木曽先生義賢 愛之助
下部折平実は多田蔵人 亀三郎
九郎助娘小万 梅 枝
待宵姫 尾上右近
進野次郎 道 行
矢走兵内 猿 弥
葵御前 笑 也
九郎助 家 橘

新作歌舞伎
二、幻武蔵(まぼろしむさし)
   
宮本武蔵 獅 童
小刑部明神 松 也
千姫 児太郎
秀頼の霊 弘太郎
坂崎出羽守の霊 道 行
宮本造酒之助 萬太郎
淀君の霊 玉三郎

三、二人椀久(ににんわんきゅう)
   
松山太夫 玉三郎
椀屋久兵衛 海老蔵

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2014/12/24

【クラシック】スペクタクルな演奏だけど、なんか年末っちゅう感慨がないな〜/エッティンガー指揮東京フィルの『第九』

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 オーチャードホールに東京フィルの『第九』を聞きに行ってきました。
 ぽん太は何年か前にオーチャードホールで『第九』を聴いた時、1階のS席なのに音響が悪くてとても残念な思いをいたしました(その時の記事はこちら)。そこでこんかいは、オーチャードホールのなかで音響がいいと伝え聞いた3階席をとってみました(2列目やや右寄りです)。結果として、音はまとまってしっかりと聴こえて来るのですが、やはりちょっと舞台から遠すぎます。音圧がちょっと弱くなってしまうのと、各楽器の音がクリアに分離されず、オケの音全体がごっちゃになって聞こえてしまいました。木管の音などがしっかり聞こえないのです。
 ということで、次はどのあたりの席にするかというよりも、もうオーチャードではクラシックのコンサートは聴かない、という結論に達しました。近くていいんだけどネ。

 エッディンガー、東フィルの『第九』はぽん太は2度目です。前回は4年前のようで、その時の記事(こちら)を読み返してみると、だいたいおんなじ感想でした。
 第一楽章の出だしはかなりゆっくりですが、途中で加速。全体としては早めのテンポで、ビートをきかせたきびきびとした演奏でした。メロディーラインや細部のニュアンスは、あまり重視してない感じでした。
 ところが第四楽章に入ると、突然歌劇のような劇的な音楽になったのにはびっくり。チェロとコントラバスのレシタティーヴォは、大きな音量ですごいネバリがありました。第一楽章の主題が再現される直前と、喜びの歌が出て来る直前の、管楽器とティンパニによる「ジャン……ジャン」という音形も、とても短くするどく鳴らされました。一番最後の部分の「チャチャ、チャチャ、チャチャ、チャチャ、チャチャチャチャチャチャ……」というところも、すごくゆっくりと始めて、加速していきました。
 全体として、たしかにドラマチックで迫力ある演奏ではあったのですが、なんか「効果」ばかりで「情感」がないというか、「神聖さ」に欠けるというか、日本人が『第九』に求める「あゝ、今年一年もいろいろあったが何とかやってこれた、来年もまた頑張ろう」みたいな感慨が生じてきませんでした。
 ソロや合唱も、ちと速度が速くててこずってたか?テノールの望月さん、気合いが入りすぎたのか、行進曲のところでちょっと声がうわずってました。

 一曲目の伊福部昭の「SF交響ファンタジー 第1番」より、ゴジラのテーマが出て来るのが眼目ですが、景気のいい割りには音楽的な出来事が少ない曲でした。なんでこの曲を『第九』の前に演奏したんだろう。


ベートーヴェン『第九』特別演奏会
2014年12月23日
Bunkamura オーチャードホール

【演奏】
指揮:ダン・エッティンガー
ソプラノ:澤畑 恵美
アルト:竹本 節子
テノール:望月 哲也
バリトン:クリストファー・モールトマン
合唱:東京オペラシンガーズ

【曲目】
伊福部 昭/SF交響ファンタジー 第1番より
ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調『合唱付』作品125

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2014/12/15

【雑学】ツキノワグマは(自然界で)共食いするのか本で調べてみた【拾い読み】

P9190308←クマの共食い(?)シーン。グロ注意。

 今年の夏に黒部でクマに遭遇したぽん太は(そのときの記事はhttp://ponta.moe-nifty.com/blog/2014/10/4-1b46.html)、二つの疑問を抱いたのでした。すなわち(1)ツキノワグマは共食いするのか、(2)ツキノワグマは草食のくせに、なぜ無駄に力が強いのか、です。この謎を解明すべく、『山でクマに会う方法』(米田一彦著、山と渓谷社、2011年)を読んでみましたが(そのときの記事はこちら)、まだ十分には納得できませんでした。
 そうこうしているうちに、熊本県「阿蘇カドリー・ドミニオン」でクマの共食い事件が起きたというニュースが飛び込んできました(ライブドア・ニュース)。今年の11月23日、ヒマラヤグマの檻の中で、一頭のクマに6〜7頭のクマが折り重なるように襲いかかり、共食いをしたとのこと。
 ニュースの写真を見ると、首のところに白い三日月型の斑紋が見えます。調べてみると、ヒマラヤグマ(ヒマラヤツキノワグマ:Ursus thibetanus thibetanus)は、ニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)と同じく、アジアクロクマ(Ursus thibetanus)という種に含まれる仲間のようです。
 ということで、(ニホン)ツキノワグマの共食いも大いにありそうですが、ただ今回の事件は動物園での出来事。果たして自然界でツキノワグマの共食いがあるかどうかは、はっきりしません。
 そこでぽん太は、ツキノワグマに関する本をさらにいくつか読んで見ました。

 まずは『日本のクマ―ヒグマとツキノワグマの生物学』(坪田敏男他編、東京大学出版会、2011年。日本に棲むに種類のクマ(ヒグマ、ツキノワグマ)について専門家が分担執筆したもので、ちと専門的で読みにくいです。
 進化論的には、中新世にイヌの仲間が大型でがっしりした動物に進化し始め、鮮新世には大きな頭と頑丈な歯を持つ動物が出て来ました。新生代中期から後期には、クマ類が、四肢が短く、獲物を追いかける習性が薄れた食肉類として進化してきました。日本には、草原性に進化したヒグマ、森林性に進化したツキノワグマが分布するようになりました。
 クマは食肉目でありながら、雑食性あるいは草食性に傾いていきました。現存する5種のクマでは、完全肉食性がホッキョクグマ、完全昆虫食性がナマケグマ、完全草食性がジャイアントパンダとメガネグマ、中間的な雑食性がヒグマ、クロクマ、ツキノワグマ、マレーグマとなるそうです。
 しかしクマの消化器官は、いわゆる草食動物のように複数の胃があったり食べ物を反芻したりはせず、胃袋が一つしかなく、草食に適した構造にはなっていません。冬眠からさめた草食性のクマは、草や葉を食べている春から夏はどんどん体重が減っていき、イチゴ類や木の実などを食べるようになって、ようやく体重が増えて来るのだそうです。
 共食いに関しては、この本には書かれておりませんでした。

 次いで、『ツキノワグマ―追われる森の住人』(宮尾嶽雄編著、信濃毎日新聞社、1995年)。ツキノワグマに関する分かりやすい総説。
 体が大きいことの利点について、相対的に体表面積が小さくなるため、体温を保つためのコストが少なく、寒冷気候に対して優位なこと、絶食に対する抵抗力が大きいことが挙げられています。また寿命が長くなることで、親の経験を学ぶ機会が得られるという利点もあるといいます。
 寒さに強いということは、逆にいえばオーバーヒートしやすいということで、真夏に熱そうにしているホッキョクグマの様子はテレビのニュースの定番ですよね。
 長野県筑摩山地でのクマの糞の分析からは、動物性食物の糞も見つけられています。哺乳類と昆虫類があるそうで、哺乳類ではカモシカとノウサギが食べられていたそうです。
 ツキノワグマに食べられたと推定されるカモシカの死骸が見つかっておりますが、生きたまま襲われたとは考えにくく、死亡後に食べられたと推定されるそうです。

 そのほかに、『ツキノワグマ―クマと森の生物学』(大井徹著、東海大学出版会、2009年)や、『ツキノワグマ―滅びゆく森の王者』(岐阜県哺乳動物調査研究会編著、岐阜新聞社、1997年)を読んでみましたが、共食いに関する記載はありませんでした。

 う〜ん、(2)の草食性のくせに体が大きい理由は、進化の過程や、大型動物の利点から、何となくわかってきたけど、(1)の共食いについてはよくわかりません。というか、生きた動物は滅多に襲わないと考えられているようです。するって〜とぽん太が見たのは、たまたま死んでいたクマを、他のクマが食べていたということなのか?そんな偶然ってある?そもそもいくら死んでたからって同じクマの肉を食べるのか。
 謎は謎のまま、もうみちくさがめんどくさくなってきました。クマの件は、ここらで一休みにしたいと思います。
 なお、先日イタリア料理店で熊肉入りのスパゲッティーがあったので、それを食べて、人を脅かしたクマさんに復讐してやりました。

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2014/12/14

【登山】岩の上に建つ不思議建築・笠森観音堂、気持ちよいハイキングコース・笠森グリーンルート(途中で折り返し)

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 11月中旬、ぽん太とにゃん子にとって、多摩の巣穴から一泊二日で行ける残された秘境、千葉県に行って来ました。宿の魚料理を気持ちよく食べるために、まずはハイキングでカロリー消費です。山と渓谷社の『千葉県の山 (新・分県登山ガイド)』で見つけた笠森グリーンルートを歩くことにしました。

【山名】笠森グリーンルート
【山域】房総・三浦
【日程】2014年11月12日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り
【ルート】笠森神社駐車場12:51…笠森観音13:00-13:24…折り返し地点14:20…笠森神社駐車場15:15

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】笠森神社駐車場に、数十台駐車可能な駐車場がありますが、神社の参詣者も駐車するので、日によっては混むかも。
【山行URL】
観音様の道|千葉県|関東ふれあいの道:コースマップはこちらから。
笠森観音公式サイト

Img_1165 参道の入り口には、小さなお地蔵さんがいっぱい備えられた祠があります。これは水子供養でしょうね。
Img_9082 以前にブータンを訪れたとき、左の写真のように似たようなものがありましたが、こちらは主に死者を祀ったものでした。
Img_1166 参道は、うっそうとした森のなかを登っていきます。
Img_1167 南方系の見慣れない樹々が生い茂っており、いつもの登山で見り樹林とは雰囲気が違います。それもそのはず、「笠森寺自然林」として国の天然記念物になっております。こちらの文化遺産オンラインのページを見てみると、笠森寺が創建された延暦年間(782年〜806年)から現在に至るまで伐採を禁じられてきたと言い伝えられており、貴重な自然林だそうです。
Img_1168 名木三本杉。
Img_1171 「霊木子授楠」です。根元のウロをくぐると子供を授かるんだそうです。
Img_1176 松尾芭蕉の句碑です。案内板によると、「五月雨にこの笠森をさしもぐさ」と書かれているそうです。こちらの「芭蕉発句全集」というサイトには掲載されていないようです。地衣植物に覆われた下の崖の部分にもご注目を。温暖湿潤な気候が想像されます。
Img_1178 山門が見えて来ます。
Img_1181 中には仁王様……と思ったら、風神雷神でした。浅草の雷門と一緒ですね。左が雷神。
Img_1183 そして右が風神です。素朴だけど迫力がありますね。
Img_1184 左側の門の裏側です……な、何の像だったかな……。
Img_1185 右側の裏側。これは仁王様ですね。
Img_1179 山門をくぐると、見えて来ました、聳え立っております、笠森寺観音堂です。国の重要文化財に指定されております。
Img_1187 巨大な岩の上に柱を建てて造られてます。清水の舞台に似てますが、それが一方向だけなのに対して、この観音堂は四方向がそうなっており、「四方懸造」と呼ばれる、日本で唯一の建築様式なんだそうです。麓から見上げると、ポタラ宮とか、チベットのお寺をちと思い出します。
14121101 写真は二代目歌川広重(1826年〜1869年)(有名な歌川広重は初代です)の「諸国名所百景」のなかの「上総笠盛寺岩作り観音」です(国立国会図書館デジタルコレクションより)。ちょっと誇張されてますが、雰囲気がよく出てますね。
Img_1190 急な階段を登って行きます。先に登った住職さんも、ぜいぜい息を切らしてました。Wikipediaによれば、観音堂は長元元年(1028年)に建立されたと伝えられていますがその後焼失。現在の建物は文禄年間(1592年-1595年)の再建とされているです。
Img_1194 回廊が四方に巡らしてあります。全然知らなかったのですが、ご本尊の十一面観世音菩薩の御開帳が行われてました。素朴で暖かく包み込んでくれるような観音様でした。お寺の床下にめり込んでいるかのように見えますが、お堂が建てられている岩のてっぺんにお立ちになっているのだそうです。
Img_1196 お堂の床下ですが、中央の岩の上に立っているのですね。
Img_1193 回廊から境内を見下ろす。高いですね。あいにくの曇り空で、遠くの展望はありませんでした。
Img_1198 観音堂の裏側です。一部コンクリートで補強しているのがわかります。それにしても圧倒的な迫力です。
Img_1202 笠森グリーンルートは、観音堂の裏から南へ下って行く道で、関東ふれあいの道に「観音様のみち」という名で指定されており、十分に整備されております。写真のような美林に囲まれたルートで、11月だというのにポカポカと暖かく、寒がりネコのにゃん子も喜んでおりました。けっこう細かなアップダウンがあり、それなりに運動になりました。今宵の宿に間に合うよう、適当な時間で折り返して返りました。
Img_1205_3 観音堂まで戻らず、途中から駐車場方面に降りました。この道は展望台のところで分かれているので、展望台の巻道をゆくと、気がつかずに通り過ぎてしまいます。写真は弁天谷池。緑色の水面に、ちょっと霧がかかって、ちと神秘的な雰囲気でした。

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2014/12/13

【クラシック】教会という雰囲気がいい・オラトリオ「メサイア」品川教会

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 キリスト教品川教会に、年末恒例の「メサイア」を聴きに行きました。公式サイトはこちら
 合唱団はアマチュアですが、教会という空間で聴くと、格別な味わいがあります。演奏もパイプオルガンにチェンバと、トランペット2本、ティンパニと小編成ですが、こじんまりした感じがまた好ましいです。でも「ハレルヤ」はやっぱり迫力があって、けっこう感動してしまいます。
 バリトンは青戸知が代役で歌いましたが(とはいえ、昨年まで何年か彼が歌ってたので、なじみの舞台でしょうが)、オペラを思わせるドラマチックな歌声でした。
 しかし、歌詞を見ながら聴いていると、日本人にとってキリスト教が異質であることを、改めて感じます。イエスが民衆にひどい目にあわされているところなど、なんだかな〜という気がするし、「ついに全能の神である主が王になった、ばんざ〜い」とか言われても、ちと困ってしまいます。

2014年・第23回メサイア公演
ヘンデル・オラトリオ「メサイア」
2014年12月2日
キリスト品川教会礼拝堂

指 揮  藤本 敬三
ソプラノ 日比野 幸
アルト 愛甲 久美
テノール 土師 雅人
バス   青戸 知
パイプオルガン 筒井 淳子
チェンバロ 寺村 朋子
トランペット 小泉 貴久/鳥越 洋
ティンパニー 高橋 泰生
合唱 品川メサイア合唱団

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2014/12/12

【展覧会】土佐日記(藤原為家筆)の装丁が美しい「日本国宝展」東京国立博物館

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 東京文化会館でボリショイ・バレエを観た帰りに、東京国立博物館の「日本国宝展」を見てきました。公式サイトはこちら、出品目録のpdfファイルはこちらです。
 とにかく全て国宝というのがすごかったです。一つひとつじっくり見てたら、いくら時間があっても足らないので、適度に省略せざるを得ませんでした。
 一番印象に残ったのが、藤原為家が書写した「土佐日記」。装丁の美しさに惚れました。ぽん太は昔の本というと、いわゆる和本や、絵巻物というイメージがあったのですが、この「土佐日記」は縦横15センチくらいの小さな紙に、適度な余白を保ちながら大小の文字で書かれており、まさに工芸品と言ってもいいくらいの美しさ。当時の女御たちが「かわい〜heart01」と手に取った様子が思い浮かびます。
 それから雪舟の「天橋立図」。最晩年の作とは思えない、細かくそして力強く描き込まれた大作。一見すると山の上から写生して描かれたように見えますが、このような構図にするには空高くから俯瞰する必要があり、実は雪舟が自分の頭の中で空間構成したものだと、以前にテレビでやってた気がします。
 入り口付近に会った「玉虫厨子」も、たぶん昔見たことあるはずだと思うのですが、圧倒的な存在感でした。
Img_1692 土偶は、国宝に指定されている5体全てが展示されてました。「縄文のビーナス」を所蔵している尖石縄文考古館は以前に行ったことがありますが、「仮面の女神」の方も今年国宝に指定されたのですね。ミュージアムショップに土偶ガチャ(300円也)があったので一つ買ってみたら、見事に「縄文のビーナス」が当たりました!
 仏像では、ポスターになっていた快慶の「善財童子立像」が可愛かったです。
 金印や鳥毛立女屏風が展示替えで見れなかったのが残念でした。


「日本国宝展」
東京国立博物館
2014年11月4日

主な出品作

玉虫厨子
阿弥陀聖衆来迎図・有志八幡講十八箇院、
国宝土偶全5体
大井戸茶碗銘喜左衛門
土左日記・藤原為家筆
多聞天立像・興福寺
元興寺極楽坊五重小塔
広目天立像・法隆寺
支倉常長像・仙台市博物館
琉球国王尚家関係資料
善財童子立像・仏陀波利立像(文殊菩薩および眷属のうち)・快慶作

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2014/12/11

【バレエ】今回のソロルは嫌なヤツだな〜「ラ・バヤデール」ボリショイ・バレエ

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 ボリショイ・バレエの日本公演、ザハーロワの「白鳥の湖」に続いて、今日は「ラ・バヤデール」です。公式サイトはこちら
 ニキヤはアンナ・ニクーリナ。ソリストとして踊るのを観るのは初めてです。おめめぱっちりの美形、スタイルも良く、なによりも背骨が柔らかくて、ニキヤのようなアジアな役にはうってつけかもしれません。
 ソロルのミハイル・ロブーヒンは、以前にマリインスキー・バレエ団の来日公演で、「イワンと仔馬」のイワンを踊ったのを観たことがありますが、ボリショイに移籍したのかしら。がっしり体型が戦士らしく、ジャンプ、ピルエットと何でもソツなくこなして欠点はないのですが、もひとつ何か引きつけるものが欲しい気がしました。
 ガムザッティのクリスティーナ・クレトワはたぶん初めて見たと思いますが、藩主の娘らしいセレブっぽさがありました。普通カムザッティは、タカビーで冷酷な嫌な女に描かれていることが多い気がするのですが、今回は、甘やかされて育った箱入り娘ではあるけれど、ソロルが好きになって結婚を願う乙女といった感じでした。むしろやなやつはソロルの方で、結婚式で無理矢理踊りを強いられたニキヤが悲しそうに踊る前でガムザッティとキスするし、ニキヤが毒蛇に噛まれて苦しんでいるのに、目をそらして横向いてたりします。
 青銅の仏像はデニス・メドヴェージェフ。これって金の仏像じゃなかったっけ?まあいいや。踊りとしては悪くなかったんですが、仏像らしい重々しさがありません。踊りと踊りのつなぎで、普通に力をぬいてテクテク歩いたりします。なんといっても仏像は岩田守弘さんだね。

 3幕は言葉にできぬほどの美しさで、やはり精霊系は、手足が長くて氷のような表情のロシア美人が似合うな〜。ニクーリナも群舞も、ほんとに宙を舞っているかのようでした。

ボリショイ・バレエ2014年日本公演
≪ラ・バヤデール≫全3幕
2014年12月4日マチネ
東京文化会館

原振付:マリウス・プティパ(1877年)
追加振付:ワフタング・チャブキアーニ、コンスタンチン・セルゲーエフ、
     ニコライ・ズプコフスキー
振付改訂:ユーリー・グリゴローヴィチ(2013年)
音楽:ルートヴィヒ・ミンクス
台本:マリウス・プティパ、セルゲイ・フデコフ
台本改訂:ユーリー・グリゴローヴィチ
舞台装置・衣装:ニコライ・シャロノフ
舞台装置・衣装顧問:ワレリー・レヴェンターリ
照明:ミハイル・ソコロフ
指揮:パーヴェル・クリニチェフ
管弦楽:ボリショイ劇場管弦楽団

<出演>
ニキヤ(寺院の舞姫):アンナ・ニクーリナ
ソロル(戦士、ニキヤの恋人):ミハイル・ロブーヒン
ドゥグマンタ(藩主):イリヤ・ヴォロンツォフ
ガムザッティ(ドゥグマンタの娘):クリスティーナ・クレトワ
大僧正:アレクサンドル・ファジェーチェフ
トロラグワ(戦士):イワン・アレクセーエフ
奴隷:デニス・ロヂキン
マグダヴェヤ(托鉢僧):アントン・サーヴィチェフ
アイヤ(奴隷の娘):クリスティーナ・カラショーワ 
ジャンペの踊り:ユリア・ルンキナ、スヴェトラーナ・パヴロワ
パ・ダクション:ダリア・ボチコーワ、エリザヴェータ・クルテリョーワ
        スヴェトラーナ・パヴロワ、マルガリータ・シュライネル
        ネッリ・コバヒーゼ、オルガ・マルチェンコワ、
        ヤニーナ・パリエンコ、アンジェリーナ・カルポワ、
        アルテミー・ベリャコフ、ドミトリー・エフレーモフ
太鼓の踊り:アンナ・バルコワ、エフゲニー・ゴロヴィン
      アレクセイ・マトラホフ
青銅の仏像:デニス・メドヴェージェフ
マヌー(壷の踊り):アンナ・レベツカヤ
精霊たち
第一ヴァリエーション:エリザヴェータ・クルテリョーワ
第二ヴァリエーション:アンナ・チホミロワ
第三ヴァリエーション:チナーラ・アリザーデ
子役:日本ジュニアバレヱ(指導:鈴木理奈)

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2014/12/10

【オペラ】エスコバルの美声に酔う「ドン・カルロ」新国立オペラ

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 新国立劇場オペラの「ドン・カルロ」を観てきました。公式サイトはこちらです。前半は風邪のなごりか睡魔に襲われましたが、後半は舞台に引き込まれてバッチリ目が覚めました。
 こんかいの公演は、男性歌手陣が充実していたように感じました。特にタイトルロールのセルジオ・エスコバルはすばらしい美声で、フォルティッシモで余裕が感じられる豊かな声量、表現力も抜群でした。ロドリーゴのマルクス・ヴェルバもイケメンで知的な雰囲気があり、ラファウ・シヴェクもフィリッポ二世の暴君的な側面と苦悩とを見事に表現しておりました。
 対する女性陣も悪くはなかったのですが、今回の男性陣に比べると、もすこし声量が欲しい気がしました。エリザベッタのセレーナ・ファルノッキアは、容姿、歌声とも慎ましやかで品格がありました。エボリ公女のソニア・ガナッシは、なんか愛くるしい顔で、ちと役柄にニンが会ってない気がしました。
 妻屋秀和の宗教裁判長が、杖と錫杖をたよりにずるずると歩み出てくる怪異な姿で、以前の「ヴォツェック」の医者役を思い出しました。
 マルコ・アルトゥーロ・マレッリの演出・美術はシンプルで現代的。壁がいろいろと動いたり回転したりするアイディアは面白かったですが、ドラマチックな展開や盛り上がりにはちと欠けてる気がしました。また、先帝カルロ五世を、舞台上にいる修道士の大塚博章が歌っているのは、見ていてちょっと違和感を感じました。

オペラ「ドン・カルロ」/ジュゼッペ・ヴェルディ
Don Carlo/Giuseppe Verdi
2014年11月30日
新国立劇場オペラパレス

指揮:ピエトロ・リッツォ
演出・美術:マルコ・アルトゥーロ・マレッリ
衣裳:ダグマー・ニーファイント=マレッリ
照明:八木麻紀

フィリッポ二世:ラファウ・シヴェク
ドン・カルロ:セルジオ・エスコバル
ロドリーゴ:マルクス・ヴェルバ
エリザベッタ:セレーナ・ファルノッキア
エボリ公女:ソニア・ガナッシ
宗教裁判長:妻屋秀和
修道士:大塚博章
テバルド:山下牧子
レルマ伯爵/王室の布告者:村上敏明
天よりの声:鵜木絵里

合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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2014/12/09

【バレエ】ようやくグリゴローヴィチ版の意味がわかった。ボリショイ・バレエ「白鳥の湖」

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 ハラショー、ハラショー、ボリショイがやってきた。まずはザハーロワだ!公式サイトはこちらだ。
 前回ザハーロワの白鳥を見たのはいつだったか。自分のブログをググってみると、2008年とのこと。う〜ん、あれから6年。しかしザハーロワはまったく衰えてません。それどころか優美さが増しているのでは?少女漫画のような顔、まさしく宙を舞う羽毛のような手足の繊細な動き、ポーズの美しさ、思わずため息とヨダレが出てしまいます。白鳥のウルウル感は世界一だとぽん太は思います。それでいて黒鳥の妖艶さも見事です。いったい何歳?1979年6月10日生まれの35歳とのこと。まだまだやれそう。しかし、こんなすばらしいダンサーが新国立劇場バレエのシーズンゲストダンサーを務めたなんて、信じられないですよね。
 王子のロヂキンは、ソリストとして観るのは今回が初めて。手足が長く、ジャンプも高く大きく、やわらかく優雅な踊りでした。
 ロットバルトのベリャコフも素晴らしかった。グリゴローヴィチ版のロットバルトは、2幕第1場に見せ場の踊りがあるので、ちゃんと踊れる人じゃないとだめですね。突然ロットバルトが素晴らしい踊りを見せたので、観客は皆まずびっくりし、そして盛大な拍手を送ってました。
 道化のメドヴェージェフは、ジャンプもピルエットもいまひとつ。岩田守弘さんにはかなわんぞえな〜(岩田さんの道化の動画はこちら)。

 さて、グリゴローヴィチ版の特徴を、思い出すままに書いてみます。
 なんといっても悲劇的な結末が特徴で、白鳥は死んでしまって王子が一人とりのこされます。
 全体の構成が対称的になっていて、第一幕が一場の舞踏会と二場の白鳥シーン、第二幕が一場の花嫁選びのパーティーと二場の白鳥シーンとなっております。
 第一幕第一場は、城内の貴族たちの舞踏会で、民衆のパーティーではありません。王子があちこちの群舞に加わります。パ・ド・トロワも王子です。道化はありです。王子に対して、長老(?)たちが剣を送り、母親の女王は首飾りを送ります。この象徴的な意味は不明。「明日は花嫁を選ぶんですよ」みたいなマイムはなし。マザコン王子のゆううつ踊り(通称)はありませんが、最後に王子のソロがあり、それにあわせてロットバルトが影のように踊りに加わります。王子が白鳥に会う前なのに、ロットバルトが王子に絡んで来るのが不思議です。
 第一幕第二場になると、いきなり湖になり、白鳥が登場。何のために王子が湖に来たのかもよくわかりません。その後は普通の版とだいたい同じ。最後にまたしても王子とロットバルトの踊りがあります。音楽は第二幕第二場のものでしょうか?
 第二幕第一場。民族舞踊はロシアもあり。すべてに女性のソロが加わっていると思ったら、それがお妃候補でした。各国のお妃が、舞踊団を伴ってやってきたという設定か。ということで、黒鳥も、黒鳥舞踊団を引き連れて登場。音楽は第二幕第二場のものだったか?黒鳥のパ・ド・ドゥの途中で背景に白鳥が現れるのはナシ。王子が黒鳥に愛を誓ってしまってから、白鳥が現れました。黒鳥のヴァリアシオンは蛇使いみたいな音楽の方。32回転はいつもの音楽の方。王子は、黒鳥は白鳥と別だとわかっていながら、魅力に負けて愛を誓ってしまったように見えました。最後にロットバルトの素晴らしいソロがあるのは、先ほど書きました。
 第二幕第二場、親白鳥が子白鳥に飛び方を教えるという振付けはありませんでした。最後は悲劇的な結末。

 ということで、なんか全体の意味がわからんな〜、あゝ、プログラムでも買っておけばよかったと思ったら、なんとプログラムがあった!じゃぱんあーつの夢倶楽部に入ったら、ダンサーの自筆サイン付きプログラムをプレゼントしてくれたのでした。ちなみにサインはマリーヤ・アレクサンドロワとウラディスラフ・ラントラートフでした。
 で、グリゴローヴィチ自身の書いた「解説」を読んでみると、彼はこのバレエをおとぎ話のジャンルからロマンス小説のジャンルに移し替えようとしたのだそうで、ロットバルトは運命の擬人化であり、白鳥たちのいる湖は、ロットバルトが王子に見せた空想上の理想の愛の世界だそうです。そしてロットバルトは、黒鳥を使って彼を悲劇的結末に導き、絶望させるんだそうな。
 さらに「あらすじ」を読んでみると、第一幕第一場で長老たちが王子に剣をわたすのは、王子が騎士に任ぜられたことを意味しているようです。なるほどね。
 ただ、この解釈でいくと、「オデットが魔法によって白鳥に変えられてしまった」という設定があやふやなのと、白鳥が空想の世界だとして、黒鳥は現実なの?といった疑問も湧いて来るのですが、そこは所詮バレエだからいか、といったところでしょうか。

2014年11月20日(木)
≪白鳥の湖≫全2幕4場
オーチャードホール

振付:マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、
   アレクサンドル・ゴールスキー、ユーリー・グリゴローヴィチ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本・演出:ユーリー・グリゴローヴィチ
美術:シモン・ヴィルサラーゼ
照明:ミハイル・ソロコフ
音楽監督・共同制作:パーヴェル・ソローキン
指揮:パーヴェル・ソローキン
管弦楽:ボリショイ劇場管弦楽団
プティパ・イワノフ版初演:1895年1月15日、ペテルブルグ帝室マリインスキー劇場
グリゴローヴィチ新改訂版初演:2001年3月2日、モスクワ・ボリショイ劇場

<出演>
オデット/オディール:スヴェトラーナ・ザハーロワ
ジークフリート王子:デニス・ロヂキン
王妃(王子の母):クリスティーナ・カラショーワ
悪魔ロットバルト:アルテミー・ベリャコフ
王子の家庭教師:ヴィタリー・ビクティミロフ
道化:デニス・メドヴェージェフ
王子の友人たち:アンナ・ニクーリナ、クリスティーナ・クレトワ
儀典長:アレクサンドル・ファジェーチェフ
花嫁候補たち
ハンガリー:アンジェリーナ・カルポワ
ロシア:アンナ・レベツカヤ
スペイン:アンナ・チホミロワ
ナポリ:ダリア・コフロワ
ポーランド:マリーヤ・セメニャチェンコ
3羽の白鳥:アンジェリーナ・カルポワ、オルガ・マルチェンコワ、アナ・トゥラザシヴィリ
4羽の白鳥:ユリア・ルンキナ、アンナ・ヴォロンコワ、スヴェトラーナ・パヴロワ、マルガリータ・シュライネル
ワルツ:アンナ・レベツカヤ、ネッリ・コバヒーゼ、アナ・トゥラザシヴィリ、ヤニーナ・パリエンコ、ミハイル・クリュチコフ、イワン・アレクセーエフ、ドミトリー・エフレーモフ、クリム・エフィーモフ

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2014/12/08

【展覧会】運慶の「八大童子立像」に見とれる。「高野山の名宝」サントリー美術館

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 明治座の歌舞伎が終わってから、サントリー美術館の「高野山の名宝」展を見に行って来ました。公式サイトはこちらです。また、出品作品リストのpdfファイルはこちらです。
 義弟のシロフクロウさんに感化されて、ぽん太は運慶はなるべく見ることにしています。運慶の作と伝えられる像は全国にあまたありますが、史料等によって確認されたものは多くありません。Wikipediaを見ても、「運慶の真作」、「運慶作と推定される作品」、「運慶作とする説がある作品」、の三つのカテゴリーに分けて記載されておりますが、全部あわせても数十体しかありません。運慶はまさに日本のフェルメールといったところか。
 こんかいの高野山の「八大童子立像」は、真ん中の「運慶作と推定される作品」に分類されており、また8体のうち2体は南北朝時代に作られたものだそうです。。
 ここで豆知識をひとつ。高野山といえば空海が開いた真言宗ですが、真言宗のお坊さんたちは、実はお釈迦様を信仰しているのではなく、空海を信仰してるって知ってました?高野山奥之院に「弘法大師の御廟」というのがあるのですが、そこは空海のお墓ではありません。空海は死んではおらず、一種の瞑想状態に入って、現在も奥之院にいると考えられております。真言宗はその空海を信仰しているのです。真言宗で唱える言葉に「南無大師遍照金剛」(なむだいしへんじょうこんごう)というのがあり、四国のお遍路さんの白衣にも書かれておりますが、これは弘法大師空海(と、その背後にいる大日如来)に帰依しますという意味ですね。
 で、元に戻って、運慶の八大童子立像は、表情にしても、体の軸のひねり方にしても、衣服の襞の表現にしても、やはり別格の素晴らしさでした。その他、国宝の「諸尊仏龕」の精緻な細工、同じく国宝の「五大力菩薩像」の恐ろしさ、快慶作の重要文化財「孔雀明王坐像」のバランスのとれた美しさ、様々な法具なども面白かったです。


高野山開創1200年記念
高野山の名宝
サントリー美術館、2014年11月19日

主な出品作
国宝:八大童子像(運慶作)、聾瞽指帰(空海筆)、諸尊仏龕、五大力菩薩像のうち竜王吼菩薩像
重要文化財:孔雀明王坐像(快慶)、執金剛神立像(快慶)、四天王立像(快慶)

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2014/12/07

【歌舞伎】「高時」の右近が良かったと思うよ。2014年11月明治座昼の部

 11月の明治座は猿之助一座の公演。夜の部は、ぽん太は急性胃炎で欠席。にゃん子だけ観に行って来ましたが、市川團子(=香川照之の息子)が頑張ってたそうで、観たかったな〜。公式サイトはこちら。今月は歌舞伎座の方は、見飽きた演目ばかりなので省略です。

 夜の部のメインは「夏姿女團七」。有名な「夏祭浪花鑑」の舞台を江戸に移し、団七と義平次が女役なるという、けれん味たっぷりの演目です。
 もちろん猿之助が團七縞のお梶。猿之助は、こういうシャキシャキした女性はお手の物。見せ場たっぷりサービス満点のエンターテイメントでしたが、なんか感動がないというか、心に響くものがない。観客を意識した演技で、写実性が乏しいため、感情移入できません。たとえばお梶が義母のおとらを斬り殺したあと、刀を鞘に納めようとして手が震える場面。猿之助は「どうです、震えてますよ〜」とばかりに思いっきり手を振るわせ、観客も拍手喝采でしたが、勢い余って親殺しの大罪を犯してしまったことに対する不安やおののきの感情は伝わってきませんでした。
 竹三郎の義平次婆おとら、とっても面白くて達者でしたが、ちょっとやりすぎかも。男の義平次とは異なる女らしさも欲しかった気がします。この芝居は、昨年8月に大阪で行われた傘寿記念の「坂東竹三郎の会」で上演されたものとのこと。竹三郎さん、まだまだ活躍が続きそうですね。
 この芝居の作者はパンフレットに三世桜田治助(1802年〜1877年)と書いてあります。明治座周辺が舞台になっていて面白かったです。

 ということで実はぽん太は、その前の「高時」の方が、「歌舞伎」としては面白かったです。ぽん太は初めて観る演目でしたが、前半は、高時が自分の飼っていたお犬様を殺した男を手打ちにしようとしたところ、忠臣に諌められるという話しで、後半は、高時が烏天狗の集団に化かされるという話しという、極めて歌舞伎的な訳の分からぬ内容です。公式サイトには「史実を基にした活歴物の代表作」と書かれておりますが、「これのどこが史実なんじゃい!」という感じです。
 しかし、高時役の右近がよくて、右近が演じると何ともいえない味わい、艶やかさ、柔らかさが感じられます。烏天狗を田楽法師と間違えて踊っているうちに、蹴られたり叩かれたりするという滑稽な演目なのに、「歌舞伎」としての面白さが感じられるのは、右近のうまさだと思いました。
 

市川猿之助奮闘連続公演
明治座 十一月花形歌舞伎
平成26年11月19日

昼の部

一、新歌舞伎十八番の内 高時(たかとき)  
 北条高時 市川 右 近
 大佛陸奥守 市川 猿 弥
 安達三郎 市川 弘太郎
 秋田入道 市川 寿 猿
 愛妾衣笠 市川 笑 也

二、夏姿女團七(なつすがたおんなだんしち)
 序 幕 柳橋草加屋の場
 二幕目 両国橋橋詰錨床の場
 大 詰 浜町河岸の場 
   
 團七縞のお梶 市川 猿之助
 玉島磯之丞 市川 門之助
 琴浦ことおはつ 尾上 右 近
 一寸お辰 市川 春 猿
 釣船の三婦 市川 猿 弥
 義平次婆おとら 坂東 竹三郎

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2014/12/06

【バレエ】あのチケット代の価値があります/モーリス・ ベジャール振付、メータ指揮イスラエルフィル「第九交響曲」東京バレエ団、 モーリス・ベジャール・バレエ団

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 急性胃腸炎からひどい風邪に移行し、しばらくブログの更新ができませんでした。ぽん太です。だいぶ時間があいて記憶が薄れてしまいましたが、「第九交響曲」の感想です。公式サイトはこちら。です。
 何年か前に「奇跡の響演」と銘打って、メータ指揮のイスラエル・フィルとベジャール・バレエ団の共演がありましたが、奇跡が二度起きるとは思ってませんでした。うれしや、うれしや。
 今回は大奮発をして、1階の席を取りました。NHKホールの1階は生まれて初めてです。舞台が近いにゃ〜。ありがたや、ありがたや。
 前回は「ペトルーシュカ」と「春の祭典」でしたが、今回は「第九」。まさかオケと合唱団がみっちりとオケピに詰まっているわけでは……。幕が開くと、舞台の後方に一段高いステージがしつらえてあり、そこにオケと合唱がおりました。そりゃそうだよね。でも、ということは、メータはダンサーたちを背にして指揮をするということ?つまり、メータがダンサーに合わせて振る気は最初からないということね。でも、おおまかなテンポの指定とかはあるんだろうな。3楽章では、メータも余裕が出て来たのか、時々ダンサーの方を向いて棒を振ってましたが、実はメータが踊りを見たかったからだったりして……。
 第一楽章は東京バレエ団が踊りました。この「奇跡の響演」に慣れないぽん太、ついつい音楽に聞き惚れてしまってバレエを見逃したり、バレエに集中すると音楽を聞き逃したりと、うまく鑑賞できません。贅沢な悩みですね。振付けは、いかにもベジャールといった動きが多く、音楽のニュアンスをうまく捉えておりました。バランシンほど音楽に忠実ではないですけどね。
 第二楽章以降はモーリス・ベジャール・バレエ団が踊りました。う〜ん、東京バレエ団創立50周年記念公演なのに言いづらいけど、なんか全然違う。東京バレエ団のこれまでの歩みは十分に、十分に評価いたしますが、このギャップ埋めるためにさらなる精進を期待いたします。
 ベジャールの振付けですが、祝祭的で、エロチックなものでした。プロローグでジル・ロマンがニーチェのテキストを朗読しましたが、まさにディオニソス的祭典といった感じでした。「歓びの歌」ではなくて「悦びの歌」か?第九の第二楽章は、ちょっと鬼気迫る不穏な音楽だと思うのですが、振付けはあくまでも男女の悦楽に満ちた明るいものでした。男性ダンサーの大貫真幹、なかなか良かったです。細マッチョなのに、相手の女性ダンサーがムッチリ体型で、ちょっと気の毒な気もしましたが。
 第三楽章も、曲だけ聴くと天上の世界を描いたかのような甘美な音さですが、ベジャールの振付けは「パリの街角の大人の恋人たち」という感じでした。
 第四合唱も、フィナーレは皆が輪になって回転というベタな振付けでしたが、なかなか盛り上がりました。
 第九のバレエといえば、以前にKバレエの「第九」を観てぽん太はあまり感心しなかったのですが、振り返って考えてみると熊川哲也の振付けは、意味と物語を盛り込みすぎていたような気がします。そのときの記事にも書きましたが、「第九」自体が交響曲に合唱を加えるという超複雑な音楽なので、さらにその上に物語を重ねるのは無理な気がします。ベジャールのように、あくまでも音楽に寄り添いながら祝祭的・エロス的なニュアンスを付け加える程度の、ちょっと能天気なくらいの振付けで十分なのかもしれません。とはいえ熊川は、ベジャールの振付けを踏まえた上で、その先を目指さなくてはいけない立場なので、仕方ないのかもしれませんが。
 歌の方では、バスのヴィノグラードフが、ギャングのボスのようなドスのきいた声で、ちと面白かったです。
 音楽よしバレエよし。「あの」チケット代が高く感じられない素晴らしい舞台でした。


<東京バレエ団創立50周年記念シリーズ 7>
「第九交響曲」
2014年11月9日、ソワレ
NHKホール

テキスト: フリードリヒ・ニーチェ 
音楽: ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン
オリジナル美術・衣裳:ジョエル・ルスタン、ロジェ・ベルナール 
照明:ドミニク・ロマン
衣裳制作:アンリ・ダヴィラ

指揮:ズービン・メータ
演奏:イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
出演:東京バレエ団、モーリス・ベジャール・バレエ団 

ソプラノ:クリスティン・ルイス  
メゾ・ソプラノ:藤村実穂子
テノール:福井敬 
バス:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

パーカッション:J.B.メイヤー、ティエリー・ホクシュタッター(シティーパーカッション)
合唱指揮:栗山文昭 
合唱:栗友会合唱団

◆主な配役◆

≪プロローグ≫
フリードリヒ・ニーチェのテキスト朗読  
ジル・ロマン

≪第1楽章≫
柄本弾
上野水香

梅澤紘貴 吉岡美佳

入戸野伊織  高木綾
岸本秀雄  奈良春夏

乾友子、渡辺理恵、村上美香、吉川留衣、岸本夏未、
矢島まい、川島麻実子、河合眞里、小川ふみ、伝田陽美

安田峻介、杉山優一、吉田蓮、松野乃知、原田祥博、
和田康佑、宮崎大樹、上瀧達也、山田眞央、河上知輝

≪第2楽章≫
キャサリーン・ティエルヘルム
大貫真幹

コジマ・ムノス、アルドリアナ・バルガス・ロペス、大橋真理、
沖香菜子/キアラ・ポスカ、クレリア・メルシエ

ヴァランタン・ルヴァラン、ウィンテン・ギリアムス、
ドノヴァン・ヴィクトワール、マッティア・ガリオト、アンジェロ・ペルフィド

≪第3楽章≫
エリザベット・ロス
ジュリアン・ファヴロー

リザ・カノ、ファブリス・ガララーギュ
ポリーヌ・ヴォワザール、フェリペ・ロシャ

ジャスミン・カマロタ、渡辺理恵/キアラ・ポスカ、
カルメ・マリア・アンドレス、アルドリアナ・バルガス・ロペス

スン・ジャ・ユン、エクトール・ナヴァロ、
ヴァランタン・ルヴァラン、ハビエル・カサド・スアレス

≪第4楽章≫
導入部
オスカー・シャコン

これまでの楽章のソリスト
柄本弾  大貫真幹  ジュリアン・ファヴロー

「歓喜の歌」
オスカー・シャコン(バス) 那須野圭右(テノール)
マーシャ・ロドリゲス(ソプラノ) コジマ・ムノス(アルト)

フーガ
大橋真理、ウィンテン・ギリアムス
アルドリアナ・バルガス・ロペス、エクトール・ナヴァロ

フィナーレ
アランナ・アーキバルド

モーリス・ベジャール・バレエ団、東京バレエ団
アフリカン・ダンサー(特別参加)

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