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2015年9月の7件の記事

2015/09/25

【文楽】歌舞伎でもこのくらい斬って欲しい「伊勢音頭恋寝刃」2015年9月国立劇場第一部

20150921_140922
 9月文楽の第一部。お目当ては「伊勢音頭恋寝刃」。歌舞伎のあの凄惨な滅多斬り場面を、人形でどう表現するのかが楽しみです。公式サイトはこちらです。また「伊勢音頭恋寝刃」の床本は、こちらで読むことができます。

 ロビーに日本刀が展示されてました。『葵紋康継』(葵下坂)という銘で、「伊勢音頭恋寝刃」に出てくる妖刀「青江下坂」のモデルだそうです。越前康継による17世紀後半の作。上にあるのがいわゆる「折紙」ですが、「葵下坂」のものではありません。元禄12年(1699)の発行。

 まず初めは「面売り」。「面売り」の娘と「案山子」の楽しい踊り。「案山子」というのは田んぼに立ってるやつではなく、占いなどをして話術を商売にする大道芸人だそうです。娘が次々と面を替えて踊るのですが、天狗やおかめなど、面の特徴を出しながらも、「娘が踊っている」感を出すあたりが見事でした。

 続いて「鎌倉三代記」。歌舞伎では2~3回観ているようですが、よく覚えてません。
 歌舞伎ではあまり演じられない、女房おらちの滑稽な場面が前に付いてました。病気療養中の三浦之助母の前で、忌み言葉をこれでもかと連発したり、炊事の手元がおぼつかない時姫に、片袖を脱いで乳まで出して、米の研ぎ方を指導したりします。紋壽が表情一つ変えずに、力一杯遣ってました。玉男の佐々木高綱はさすがに堂々としてました。時姫は清十郎。

 さて、お目当ての「伊勢音頭恋寝刃」。福岡貢が和生で、仲居万野が勘十郎。なんか反対の方がいいような気もしますが、これはこれで、和生の貢は不気味さがありました。勘十郎の万野は、人形の動きがとっても写実的なのに驚きました。簑助のお紺は流石。遊女らしい色気と、貢に体する恋心が漂い、死を覚悟しながらの縁切りも気迫が感じられました。
 歌舞伎と違って、最初に、お紺が浮世の義理から貢とは別の男に嫁がなければならず、それならば貢のために、岩次に帯を解いてでも折紙を取り返し、自害して果てようと決意する場面があり、状況が分かりやすかったです。万次郎は登場せず。徳島岩次と藍玉屋北六が入れ替わっているという下りはなし。
 さて、いよいよ滅多切りの場面です。歌舞伎では、華やかな伊勢音頭と斬殺との対比や、丸い障子窓を突き破って血だらけの福岡貢が出てくるあたりが見所です。でも、モデルとなった現実の油屋騒動(Wikipedia)の2名死亡、負傷者7名に比べると、ちょっと斬る人数が少ない気がします。また、滅多切りののちに刀と折紙が手に入り、ありがたやありがたや、めでたしめでたしみたいなエンディングがちと浮いてます。
 文楽では、女性たちによる伊勢音頭はなく、また、丸窓の演出もありませんでした。ただ、次々と人を殺していく感じは良かったです(ふと気がつくと、恐ろしいこと書いてますね〜)。何も知らない人がいる部屋の奥の開いた襖の間を、血だらけの貢がゆっくりと横切っていくあたりは、さながら現代のホラー映画のようで、恐ろしかったです。また、徳島岩次だと思って別人を追いつめてついに斬り殺したものの、顔を見て「違ったか〜」とまた岩次を探しにいくあたりも怖かったです。
 ラストはついに徳島岩次を斬り殺し、青江下坂と折紙を届けるために屋敷を目指すという感じで、歌舞伎ほど唐突感はなかったです。

 なかなか充実した公演で、大いに満足いたしました。

  
平成27年 9月文楽公演 
国立劇場
2015年9月21日
  
第一部

面売り

面売り娘 三輪大夫
案山子 睦大夫
     靖大夫
     小住大夫
     咲若大夫
     喜一朗
     清丈
     寛太郎
     錦吾
     燕二郎

おしゃべり案山子 玉佳
面売り娘 勘彌弥

 
鎌倉三代記

局使者の段
  希大夫
  清馗
米洗ひの段
  呂勢大夫
  宗助
三浦之助母別れの段
  津駒大夫
  寛治
高綱物語の段
  英大夫
  清介 

女房おくる  一輔
女房おらち  紋壽
三浦之助母  勘壽
讃岐の局   紋臣
阿波の局   簑紫郎
北条時姫   清十郎
安達藤三郎実は佐々木高綱 玉男
三浦之助   幸助
富田六郎勘市 玉佳

 
伊勢音頭恋寝刃
   
古市油屋の段
  切  咲大夫
     燕三
奥庭十人斬の段
     咲甫大夫
     錦糸

女郎お紺  簑助
仲居万野  勘十郎
福岡貢   和生
料理人喜助 簑二郎
徳島岩次  玉志
藍玉屋北六 玉勢
女郎お鹿  清五郎
起番男   勘次郎
仲居    玉彦
下女    玉路
小女郎   勘介
泊り客   紋吉
相方女郎  簑次

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2015/09/24

【オペラ】素晴らしい歌手と演出に(結末を除けば)大感動!「ドン・ジョヴァンニ」英国ロイヤル・オペラ

 英国ロイヤル・オペラの2015年来日公演は、日程の都合で「ドン・ジョヴァンニ」のみ鑑賞。とっても素晴らしい演奏でしたが、ラストはちょっと?でした。公式サイトはこちら、「ドン・ジョヴァンニ」の対訳はこちらの「オペラ対訳ブロジェクト」で、総譜はこちらの「新モーツァルト全集・デジタル版」で見ることができます。
 会場はバカでかいNHKホールですが、こんかいの座席はなんとS席なのだ、はっはっは。とはいっても、木の葉をお札に変える力に限界があるタヌキのぽん太。当初はB席を買っていたのですが、その座席が会場の設営の関係で座ることができなくなたため、NBSさんがS席に交換してくれたのです。しかもプログラムまでもらっちゃたheart04。長生きするといいことがあるもんですね〜。
 演出はカスパー・ホルテン。昨年春に、新国立劇場オペラで「死の都」を観ました。音楽のニュアンスをとても大切にする演出で、射影幾何学的に歪んだ舞台美術も印象的でした。
 今回のセットは、中央に白い石造りの二階建ての建物があり、回り舞台によって時々向きを変えます。そしてこの建物にプロジェクション・マッピングが行われます。
 プロジェクション・マッピングと聞いて、よくイベントなどで行われる派手派手しく俗っぽいものを想像していたのですが、安易な説明ではない抽象的な模様が多く、節度と品がありました。
 で、彼の演出はやはり音楽のニュアンスを大切にしていて、シェイクスピアの国イギリスのオペラだからなのかもしれませんが、とても演劇的で、歌がまるでセリフのようでした。タヌキごときにはうまく説明できないのですが、一例をあげれば、「ぶってよマゼット」の最後のあたりで、sì sì sì sì sì sì, notte e dì vogliam passar.(そうよ、夜も昼も私と過ごしましょう)が2度繰り返されるところがあります。音楽的には単なるリフレインで、あっさり歌ってもいいところですが、ホルテンの演出では、ツェルリーナがマゼットの手をにぎりながら「そうよ、夜も昼も私と過ごしましょう」と歌います。しかしマゼットは「そんなことを言われても」といった感じでそっぽを向こうとします。あわててツェルリーナがまゼットの手を強く引っ張って振り向かせ、「そうよ、夜も昼も私と過ごしましょう」と畳み掛けるのです。このように、歌と、心の動きと、演技が、非常にうまく噛み合ってました。
 ところで、「ドン・ジョヴァンニ」の演出上の解釈が分かれるところとして、冒頭でドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナは関係を持ったのかどうか、そしてアンナはジョヴァンニに好意を抱いているのかどうか、というところがあります。今回の演出では、アンナは恍惚とした笑みをたたえながらジョヴァンニと一緒に舞台に現れますから、二人は関係を持ち、そしてアンナはジョヴァンニに惚れてしまったという設定でしょう。そうするとアンナがジョヴァンニを憎むのは、犯されたからではなく、父を殺されたからということになり、アンナにとってジョヴァンニは、恋しい人であると同時に父を殺した憎い男ということになります。ということは、アンナがアリア「ドン・オッターヴィオ、私、死んでしまう」で、「手込めにされそうになったけど、振りほどいて逃げ出した」と歌っているのは嘘っぱちということになりますね。ああ、女は怖い。そしてオッターヴィオはアンナを愛する素朴で誠実な男性ではなくなり、ホントの愛の機微もわからずに、自分勝手な愛を押し付ける、青臭いお坊ちゃんになります。続く「彼女の心のやすらぎころ私の願い」だったか忘れてしまいましたが、オッターヴィオが切々と歌っているときに、アンナとジョヴァンニが二人きりで部屋に入って行く、というシーンもありました。
 それからもう一つ目に付いたのは、ドン・ジョヴァンニが、時おり深い苦悩の表情を見せることです。次々と女に手を出していきながら、それがジョヴァンニには喜びをもたらさず、かえって彼の苦悩は深まっていくようでした。「シャンパンの歌」も、普通は笑顔を浮かべながら快活に意気揚々と歌いますが、今回は何かの衝動に突き動かされている感じで、苦しそうにさえ見えました。
 さあ、ここまで伏線が張り巡らされたところで、あとは最後にどうまとめるのか、お手並み拝見です。期待しながら観ていたのですが、あれれ、晩餐といいながら、ジョヴァンニは階段に座って、一枚の皿に乗ったチキンか何かにむしゃぶりついているだけです。レポレッロの歌声も心がこもらず平板で、気がつくと顔が白っぽく化粧されてます。楽隊もなんだか亡霊みたいな動きです。フィナーレの六重唱も、舞台の手前の両袖の部分に三人ずつ歌手が並び、淡々と歌って終了。最後舞台上にはジョヴァンニがただ一人取り残され、身を屈めます。
 なんじゃこりゃ?わけかわらんぞ。そういえばレポレッロが、「みんな死んでしまいました」とか聞き覚えのないセリフを言ってたぞ。まわりが全部死んで、自分だけが生き残るのが「地獄」だという設定?う〜ん、こりゃ、ちょっとブーイングがあってもいいくらいじゃないのかしら……。
 そうだ、今回はNBSさんにもらったプログラムがあるのだ。読んでみよ……ということで帰りの電車の中で読んでみたところ、ドン・ジョヴァンニを、孤独からセックス依存症になった現代的な人間として捉えたようです。舞台は彼の意識を反映していて、彼が次第に精神に異常を来すにつれて、彼が殺した騎士長や、手込めにしてきた女性の亡霊が徘徊し始めます。最後は全ての人たちが彼から
離れて行き、幻想さえ消え去って、ジョヴァンニは現実の孤独に向き合うという罰を受けるのだそうです。
 う〜ん、なんか精神科医のぽん太には、ちょっと理屈っぽすぎてやだな。
 ちなみにレポレッロの「みんな死んでしまいました」というセリフは、Ah padron! Siam tutti morti.で、普通は「旦那、我々二人とも死んでしまいます」などと訳すもののようです。
 ということで、最後はなんだか尻つぼみでしたが、登場人物それぞれの人物像や感情の動きが面白く、とても面白く感じました。

 歌手のレベルがとっても高かったように思います。タイトルロールのイルデブランド・ダルカンジェロは、今回の歌手陣のなかでぽん太が唯一聴いたことがある人です。2008年にウィーン国立歌劇場の「コシ・ファン・トゥッテ」でグリエルモを歌っていたようですが、よく覚えてません。いつものジョヴァンニとは違う鬼気迫る雰囲気をよく出してました。レポレッロのアレックス・エスポージトは芸達者。アルビナ・シャギムラトヴァは肉感的なドンナ・アンナ。「むごい女ですって!」は感動しました。今回の演出では難しい役柄のドン・オッターヴィオをローランド・ヴィラゾンが好演。ドンナ・エルヴィーラのジョイス・ディドナートは美人。ユリア・レージネヴァは、背が低くてお茶目な声で、ツェルリーナははまり役。それでいて歌もうまかったです。騎士長のライモンド・アチェトの声が、やや凄みに欠けたのが残念。
 指揮はアントニオ・パッパーノ。フォルテピアノも弾いてたことは、あとでキャスト表を見て初めて知りました。

英国ロイヤル・オペラ2015年日本公演

W.A.モーツァルト作曲
Wolfgang A. Mozart

「ドン・ジョヴァンニ」
Don Giovanni

全2幕 
台本: ロレンツォ・ダ・ポンテ
Opera Buffa in Two Acts
Libretto: Lorenzo Da Ponte
2015年9月13日 NHKホール

指揮 アントニオ・パッパーノ
Conductor Antonio Pappano
演出 カスパー・ホルテン
Director Kasper Holten
演出助手 エイミー・レーン
Assistant Director Amy Lane

装置 エス・デヴリン
Set designs Es Devlin
ビデオ・デザイン ルーク・ホールズ
Video designs Luke Halls
衣裳 アニャ・ヴァン・クラフ
Costume designs Anja Vang Kragh
照明 ブルーノ・ポエト
Lighting design Bruno Poet
振付 シーニュ・ファブリチウス
Choreographer Signe Fabricius
殺陣 ケイト・ウォーターズ
Fight Director Kate Waters
合唱監督 レナート・バルサドンナ
Chorus Director Renato Balsadonna
コンサートマスター ヴァスコ・ヴァシレフ
Concert Master Vasko Vassilev

レポレロ アレックス・エスポージト
Leporello Alex Esposito
ドンナ・アンナ アルビナ・シャギムラトヴァ
Donna Anna Albina Shagimuratova
ドン・ジョヴァンニ イルデブランド・ダルカンジェロ
Don Giovanni Ildebrando D'Arcangelo
騎士長(ドンナ・アンナの父) ライモンド・アチェト
The Commendatore (Donna Anna's father) Raymond Aceto
ドン・オッターヴィオ(ドンナ・アンナの婚約者) ローランド・ヴィラゾン
Don Ottavio (Donna Anna's fiancé) Rolando Villazón
ドンナ・エルヴィーラ ジョイス・ディドナート
Donna Elvira Joyce DiDonato
ツェルリーナ ユリア・レージネヴァ
Zerlina Julia Lezhneva
マゼット(ツェルリーナの夫) マシュー・ローズ
Masetto (Zerlina's Husband) Matthew Rose
ドンナ・エルヴィーラの侍女 チャーリー・ブラックウッド
Donna Elvira's maid Charlie Blackwood

フォルテピアノ アントニオ・パッパーノ
Fortepiano continuo Antonio Pappano

ロイヤル・オペラ合唱団 / ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
Royal Opera Chorus (Wedding guests, Party guests, Musicians) / Orchestra of the Royal Opera House

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2015/09/18

【文楽】かわいそうなお三輪ちゃん「妹背山婦女庭訓」/2015年9月国立劇場第二部

 今回の「妹背山婦女庭訓」は、これまでぽん太が文楽でも歌舞伎でも観たことがない「井戸替の段」、「杉酒屋の段」、「入鹿誅伐の段」が付いての通し上演。公式サイトはこちらです。
 とは言えこれでも、全五段の中の四段目を上演したに過ぎません。まことにスケールの大きい長大な物語ですね。歌舞伎では三段目の「吉野川」もたまに上演されます。
 「妹背山婦女庭訓」に関しては、こちらの文化デジタルライブラリーのサイトが詳しいです。このサイト、よく使わせてもらうのですが、どうも微妙に税金の無駄遣い感が漂うのが気になるところ。でも、便利でありがたいです。

 「井戸替の段」は、お三輪の家の杉酒屋での井戸替えの風景が描かれます。借家に住む求馬は、井戸替えを手伝わなかったことを責められますが、知らなかったのなら仕方ないと許されます。荒々しい借家人たちの飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが楽しいです。
 「杉酒屋の段」では、求馬のところに美しいお姫様が来ていることをお三輪が知ります。お三輪は、七夕にそなえた赤い苧環を求馬にもたせ、自分が白い苧環を持つことで恋を確かめようとしますが、お姫様が求馬を連れて行こうとして争いになります。
 「入鹿誅伐の段」では、お三輪ちゃんの犠牲によって霊力を得た笛の力を借りて、蘇我入鹿は討ち取られます。三種の神器も取り戻されて、めでたしめでたし。

 通しで観ると、ストーリーも面白く、実ハもあって、道行きの踊りもあれば立回りもあり、なかなか見応えがあります。歌舞伎でもぜひ通しでやって欲しいと思うのですが、女性が二人とも可哀想な目にあうので、あまり上演しないのかもしれません。お三輪ちゃんは、恋人に裏切られ、さんざん女官にいたぶられたあげく、鱶七によって殺されながらも、「私のような卑しい女が、淡海様のお役に立てて幸せです」と死んで行きます。橘姫は、求馬への愛ゆえに兄入鹿を裏切って十握の宝剣を盗み出しますが、実はそれは偽物で、兄入鹿に斬りつけられます。五段目で、橘姫は生きていることがわかり、求馬(=淡海)の妻となるのですが、四段目を見る限り、二人の女性が、男たちの自分勝手な政略のために犠牲になる話のように取れます。

 文楽初心者のぽん太の感想ですが、「井戸替の段」で描かれた庶民の生きいきとした日常生活が楽しかったです。「道行恋苧環」は、三角関係の恋模様が面白く、また「姫戻りの段」で、橘姫と求馬とお三輪が、苧環でつながりながら出てくる理由がわかりました。「入鹿誅伐の段」、勧善懲悪で気持ちがすっきりするし、入鹿の首が宙を舞うあたりは、文楽ならではでした。
 義太夫では、「金殿の段」の千歳大夫の迫力ある語りが印象的でした。人形遣では、玉男の求馬が、ちょっと陰鬱な現代の若者っぽくて、主人公でありながら主人公らしくないというか、まわりに流されたり、自分の行動が周りに及ぼす波紋を憂えている雰囲気が良かったです。和生の橘姫も品格がありました。勘十郎のお三輪ちゃんが、とっても可愛くて、とっても哀れで、ぽん太はすっかり惚れてしまいました。

 ところで、この物語のなかにはいくつかの地名や神社名が出てきます。たとえばこちらで「妹背山婦女庭訓」の床本を見ることができますが、こちらの「姫戻りの段」の最後の方に、「小田巻塚」や「横笛堂」といった名前が見られます。こちらのサイトによると、小田巻塚は奈良の桧原神社にあり、横笛堂は同じく奈良の法華寺にあるそうです。またこちらによると、お三輪ちゃんゆかりの神社が大神神社(おおみわじんじゃ)で、杉酒屋のモデルは今西酒造(こちら)だそうです。
 


平成27年9月 文楽公演
国立劇場
2015年9月8日

第二部

「妹背山婦女庭訓」

井戸替の段
      松香大夫
      清友

杉酒屋の段
      咲甫大夫
      團七
  
道行恋苧環
  お三輪 呂勢大夫
  橘姫  芳穂大夫
  求馬  靖大夫
      小住大夫
      亘大夫
      清治
      清志郎
      龍爾
      清公
      清允
鱶七上使の段
  口   咲寿大夫
      寛太郎  
  奥   文字久大夫
      藤蔵
姫戻りの段
      睦大夫
      清志郎
金殿の段
      千歳大夫
      富助  
入鹿誅伐の段
  鎌足  津国大夫
  求馬  南都大夫
  入鹿  始大夫
  橘姫  芳穂大夫
  玄上太郎・金輪五郎 咲寿大夫
  宮越玄蕃・荒巻弥藤次 文字栄大夫
      団吾 

丁稚子太郎 簑一郎
土左衛門  勘市
五州兵衛  文哉
藤六    玉翔
野平    玉誉
お三輪母  文昇
求馬実は藤原淡海 玉男
家主茂次兵衛 文司
橘姫    和生
お三輪   勘十郎
宮越玄蕃  亀次
荒巻弥藤次 紋秀
蘇我入鹿  玉輝
漁師鱶七実は金輪五郎 玉也
豆腐の御用 勘寿
藤原鎌足  文司
玄上太郎  文昇

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2015/09/16

【歌舞伎】玉三郎の政岡に思う。2015年9月歌舞伎座夜の部

 9月歌舞伎座夜の部は玉三郎の政岡で「伽羅先代萩」の通し。公式サイトはこちらです。
 今期を限りに歌舞伎会ゴールド会員の資格を失う予定のぽん太、最後の機会なので、一階の最前列の席を取ってみました。さすがに細かい表情がよく見え、迫力がありました。
 「伽羅先代萩」は超有名な演目ですが、思い返してみると、ぽん太が観た政岡は限られている気がします。自分のブログをぐぐってみたところ、菊五郎、藤十郎、菊之助、魁春、そして玉三郎でした。玉三郎は、仁左衛門の八汐で通しを観たようですが、あゝ悲しきはぽん太の狸脳、あんまり覚えてません。
 政岡は、母親らしい愛情とともに強靭さを併せ持つ女性。立役もする役者の方が演じやすいのかもしれません。そこを女形専門の玉三郎がどのように演じるかが、こんかいの楽しみでした。

 で、結論から言うと、やはり玉三郎の線の細さが気になってしまいました。「竹の間」で政岡が八汐の詮議の果てに、上手に遠ざけられて「獄屋に送る」と言い渡されたとき、本当に怯えてオドオドしているように見えましたし、鶴千代の言葉に救われて「御前様有難う存じます」と礼を言うとき、心底安堵して平身低頭しているように見えました。このあたりは、八汐の計略にはまりながらも反撃の機会を伺っているくらいであって欲しいし、鶴千代に対しても「はいはい、よくできました」といった余裕が欲しい気がします。
 「御殿」で、目の前で我が子千松が八汐によってなぶり殺しになる場面でも、正面をきっと睨んだ玉三郎の顔は、苦悩に満ちていました。これでは「泪一滴目に持たぬ男まさりの政岡が、忠義は先代末代まで、又あるまじき烈女の鏡」という義太夫にあわない気がしますし、またその様子を栄御前が見て、取り替え子と勘違いするというのも不自然に思えます。
 ひょっとすると、玉三郎もその辺がわかっているので、小槙が出て来て「実は私が栄え御前に取り替え子ということを吹き込んだ」と言う、あまり見ない下りを入れたのかもしれません。
 一方で、なぶり殺しの場面で政岡が鶴千代を守る仕草は、主をお守りするという感じではなく、我が子を抱きしめるかのようで、これは栄御前の思い違いを補強する演技でした。

 そんなところは気になりましたが、もちろん玉三郎の演技は素晴らしかったです。特に「御殿」は、歌舞伎というよりシェイクスピアの劇を見ているかのような印象で、それも賛否があるんでしょうけど、歌舞伎以外の様々な演劇の経験を積んだ玉三郎ならではだと思いました。
 ちなみに「飯炊き」も入ってました。

 「花水橋」は梅玉の足利頼兼が絶品。漂う品格、ちょっとした目の動き、仕草が素晴らしいです。そして又五郎が絹川谷蔵。このクラスの役者がそろうと、単なる導入かと思っていた「花水橋」がまったく別物のごとしで、とても感動いたしました。
 歌六の八汐、実はあんまり期待していなかったのですが、憎々しさと滑稽さがうまく出ていて、歌六の芸の力を改めて見直しました。最後に渡辺外記左衛門まで演じてるんですから立派。
 吉右衛門の仁木弾正は、なんだかぬぼーっとしていて、「妖しい」というよりは、得体が知れず不気味な感じ。「床下」、「対決」は素晴らしかったですが、さすがに「刃傷」は体力が付いて行かなかったようで、鷺見得もふらついてしまいました。
 細川勝元の染五郎。若々しく颯爽とした正義の味方でしたが、これだけの役者を揃えた重厚な物語全体の捌き役としては、ちょっと若すぎたか。こんなワカゾーに手玉に取られた仁木弾正が、ちょっと可哀想な気がしました。酸いも甘いも噛み分けた名奉行という感じで、菊五郎くらいに演じて欲しかったです。

 


歌舞伎座
秀山祭九月大歌舞伎
平成27年9月6日

夜の部

通し狂言 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
  花水橋
  竹の間
  御殿
  床下
  対決
  刃傷

〈花水橋〉          
  足利頼兼 梅 玉
  絹川谷蔵 又五郎  
〈竹の間〉          
  乳人政岡 玉三郎
  沖の井 菊之助
  鳶の嘉藤太 吉之助
  小槙 児太郎
  八汐 歌 六  
〈御殿〉           
  乳人政岡 玉三郎
  沖の井 菊之助
  小槙 児太郎
  栄御前 吉 弥
  八汐 歌 六  
〈床下〉           
  仁木弾正 吉右衛門
  荒獅子男之助 松 緑 
〈対決・刃傷〉        
  仁木弾正 吉右衛門
  細川勝元 染五郎
  渡辺民部 歌 昇
  山中鹿之介 種之助
  大江鬼貫 由次郎
  山名宗全 友右衛門
  渡辺外記左衛門 歌 六

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2015/09/11

【日帰り温泉】ヌルヌル系の湯の源泉掛け流し・川俣湖温泉ふれあいの里・上人一休の湯(★★★★)

Img_5383
 手白澤温泉からの帰り道で2時間歩いたので、ひと風呂浴びて帰ることにしました。
Img_5380 その前に、ちょっと間欠泉に興味があるぽん太は、川俣温泉間欠泉展望台に立ち寄りました。
Img_5379 少し待ってみましたが、残念ながら間欠泉は吹き上がらず。

Img_5395 こんかい入浴したのは、川俣湖温泉ふれあいの里・上人一休の湯。
Img_5394 傾斜地に舞台のように張り出して建っています。なんでこんなことになっているのか、謎です。
Img_5382 浴槽はあまり広くはありません。無色透明のお湯ですが、ヌルヌル系の源泉掛け流しが自慢です。
Img_5381 露天風呂も付いてます。高いところにあるのに、まわりを塀で覆ってしまってるのが残念です。せめて男湯だけでも、もう少し開放的にして欲しかった気がします。
Img_5391 温泉分析表の左側です。pHはなんと9.6。泉温は49.7度です。
Img_5390 右側です。泉質はアルカリ性単純温泉です。
Img_5386 加温はしてますが、加水・循環・消毒なしの源泉掛け流しですね。オススメの立寄り湯です。

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2015/09/10

【歩かないと行けない温泉(12)】オシャレな秘湯・手白澤温泉(歩行時間片道2時間30分)(★★★★)

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 7月下旬、ぽん太とにゃん子は奥日光の手白沢温泉に行ってきました。ちょっとオシャレで、お料理も美味しく、温泉もこれでもかというほど湯量が豊富。おまけにワンコがお出迎え。宿泊料金もけっこういいお値段。でも客室にはテレビがないという、ロッジのような山小屋のような宿です。公式サイトはこちら
 これでぽん太とにゃん子は、奥鬼怒の4つの温泉全て(他に八丁の湯、加仁湯、日光沢温泉)に泊まったことになります。秘湯の会に属する和風旅館の八丁の湯、コンクリート造でアメニティのよい加仁湯、ボロ宿系の日光沢温泉、オシャレな手白澤温泉といった感じでしょうか。皆さんもお好みの宿にお泊まり下さい。
 八丁の湯と加仁湯は車による送迎がありますが、日光沢温泉と手白澤温泉は、自分で歩かないと行けません(一部のタクシーは入ることができます。宿のホームページを御覧下さい)。手白澤温泉までは、歩行時間は行きが2時間半、帰りが2時間弱といったところでしょうか。でも、鬼怒川源流沿いの美しい自然に囲まれたなだらかな道を、ハイキング気分で歩くことができます。とはいえ標高1000メートル以上の山道、油断は禁物です。天候急変などに十分なご注意を。

Img_5236 女夫渕温泉前の無料駐車場に車を停めて、歩き始めます。鬼怒川上流の美しい流れに沿って登っていきます。
 ところで、女夫渕温泉って、いつの間にか廃業してたんですね。こんかい初めて知りました。こちらのYOMIURI ONLINEの記事に出てました。東日本大震災を乗り越えたあと、2013年2月25日の日光地震で被害を受け、復旧を断念したようです。
Img_5238 吊橋で鬼怒川を渡り返します。
Img_5240 見事な巨木です。神々しいです。
Img_5241 樹々のあいだから見える清流。
Img_5243 そそり立つ岩壁。
Img_5246 そして広々とした明るい林。次々と変わる景観が目を楽しませてくれます。
Img_5248 八丁の湯に到着です。今回は通過します。
Img_5250 さらに加仁湯の前を通ってスーパー林道に出たら、階段から登山道に入ります。林道を行く道もありますが、こちらがオススメです。
Img_5253 というのも、美しいブナの樹林の中を歩けるからです。
Img_5377 朽ち果てた木です。神秘的ですね。
Img_5259 やがて林の中に、手白澤温泉の建物が見えてきます。ロッジ風の建物です。
Img_5262 看板犬の岳くんがお出迎え。川上犬という珍しい品種だそうです。
Img_5334 しばらくして、客室の窓側から、お客さんを一間づつ訪問してご接待。うちの前にもやってきました。でも、向こう向きに座って、こっちをチラチラ見てます。なんか微妙な距離感です。ぺたっと座ってますね。股関節が悪いのかしら。
Img_5373 ちょっと人見知りなワンコでした。
Img_5360 玄関を入ってフロントまわり。広々して明るくて、軽い感じの空間です。
Img_5278 廊下も天井が高く、トップからの採光で明るいです。鉄骨の梁を見せるなど、ちょっとしゃれてます。
Img_5263 お部屋はきれいな和室ですね。荷物を置くところや、衣類を掛けるところが広く取られているのは、山小屋風か。テレビはありません。
Img_5374 浴室は、天井が傾斜した空間で、「秘湯」らしさはありませんが、広い窓から見える緑が見事です。驚くべきはその湯量。とうとうと浴槽にお湯が注がれ、湯船の渕から溢れて行きます。言うまでもなく源泉掛け流しですね。
Img_5266 洗い場にも3カ所お湯が掛け流されており、これで身体を洗います。カランの掛け流しは、ぽん太は初めて見ました。源泉の湧出量は、なんと毎分300リットルとのこと。この量を、わずか6室のお客さんのために使っているのですから、贅沢な話しです。
Img_5269 露天風呂もついてます。お湯は無色透明で、白い湯の花が舞います。ちょっと硫黄臭がします。
Img_5272 温泉分析表です。泉質は単純硫黄泉。泉温は52.2度。
Img_5352 こちらがレストランです。
Img_5349 片隅には暖炉のスペースもあります。
Img_5339 夕食もオシャレですね。
Img_5338 お食事のメニューです。
Img_5342 定番のイワナの塩焼きも、美しい盛りつけで登場。
Img_5345 黒毛和牛のステーキです。
Img_5353 朝食です。美味しゅうございました。

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2015/09/09

【ホテル】天然秋田杉を使った木造三階建てのクラシックホテル/十和田ホテル(★★★★)

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 7月上旬のぽん太とにゃん子の青森・秋田の旅、最終日は十和田ホテルに泊まりました。前から一度泊まってみたいと思っていたホテルです。秋田杉を使った建物には独特の美しさがあり、国の登録有形文化財にも指定されています。築70年を経た今、磨きがかかった丸太が特有の飴色の光を放っており、堅牢な造りはまったく歪みが生じておりません。お値段も、梅雨時だったせいか意外とリーズナブルでした。こちらが公式サイトです。

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Img_5181 建物は木造の本館と、新しい別館があります。古い建物が好きなぽん太とにゃん子は、迷わず本館の和室を選択。
Img_5180 本館の全景です。木材を多用して山荘風ですが、和風建築の味わいもあって、独特の雰囲気です。西洋風のロッジは普通は壁の丸太が横に走ってますが、このホテルでは縦羽目のように縦に貼られているのが面白いです。
Img_5182 こちらが本館の玄関だったところ。現在も出入りは可能です。
 このホテルの歴史に関しては、公式サイトのこちらのページや、こちらのpdfファイルに書かれています。
 竣工は昭和13年、オープンが昭和14年。昭和15年に開催が決定されていた東京オリンピックを前にした国の観光政策に応じて、秋田県が造ったそうです。
Img_5183 丸太を使いながらも、屋根裏など、数寄屋風の印象があります。
 設計は長倉謙介。日本大学工学部土木建築科教授だったそうですが、ほかにどんな作品があるのか、ちょっとぐぐってみましたがわかりません。
Img_5175 玄関を入ると、このようになっております。素晴らしい眺めですね。こんなの見たことありません。木材が飴色に光り輝いています。ガラス戸や欄間の利用により、広がりを感じさせるとともに、複雑な空間を生み出しています。建築にあたっては青森、岩手、宮城から集められた約80人の宮大工が集められ、釘を使わない伝統的な工法で建てられたそうです。そういわれてみれば、宗教建築的な雰囲気もありますね。冒頭の写真のように、三階までの吹き抜けになっています。
Img_5187 つきあたりの壁には、大きな金庫の扉があります。昔はここにフロントがあったそうです。
Img_5189 山荘風重厚数寄屋。
 ご存知のように東京オリンピックは戦争へと向かう時勢の中で中止となり、ホテルは開業早々経営が悪化。昭和15年に鉄道省に経営が移管され、鉄道職員の保養、錬成のために使われたそうです。
Img_5190 階段を登ります。
 戦後は進駐軍に接収されましたが、昭和27年に秋田県が買い戻して経営。その後秋田県観光公社、第三セクターが経営を受け継ぎました。
Img_5191 木造の螺旋階段。
 平成に入って老朽化が目立つようになり、一時は解体も検討されましたが、秋田県は保存修復を決定。平成8年から2年間の大改修を経て、平成10年に営業を再開。経営はワシントンホテルで有名な藤田観光となりました。
Img_5192 吹き抜けを上から見ます。
Img_5197 3階廊下から見た吹き抜け部分。
Img_5199 中庭を見る。向かって左側が新館部分。渡り廊下で結ばれています。

Img_5171 客室は落ち着いた和室。改修のおかげで、新しくてきれいです。
Img_5202 お風呂は残念ながら温泉ではありませんが、広々として清潔で、いくつも浴槽があります。そして窓の外の半露天風呂からは、十和田湖を独り占めめ。他の建物はまったく見えず、大自然のみが広がっています。

Img_5211 夕食は、ダイニングルームで和洋折衷のコース料理をいただきました。
Img_5210 メニューはこちら。
Img_5212 今回のプランの特典のアワビ君です。
Img_5215 ヒメマスの田楽です。美味しゅうございました。
Img_5231 翌朝も天気はすっきりせず。墨絵のような十和田湖です。
Img_5233 朝食は洋風を選択しました。

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