« 【仏像】鎌倉の仏像を巡る(2)水月観音菩薩半跏像に惚れたぜ!東慶寺 | トップページ | 【オペラ】あちこちからすすり泣きが……「イェヌーファ」新国立劇場 »

2016/03/10

【仏像】鎌倉の仏像を巡る(3)重厚な阿弥陀如来と優美な両脇侍・浄光明寺

Img_8825 今回の鎌倉の仏像を巡る旅、最後は浄光明寺です。木・土・日・祝日だけの拝観ですが、お寺の人が丁寧に案内・説明してくれました。
 このお寺はブラタモリでも取り上げられたそうで(#5 鎌倉 800年前の『まちづくり』とは? | タモリのブラブラ足跡マップ | ブラタモリ - NHK)、谷戸と呼ばれる谷を、鎌倉石を削ることによってひな壇状に造成した、鎌倉の寺院の典型的な景観を見ることができます。
Img_8824 そのひな壇を一段登ったところに阿弥陀堂がありますが、お目当ての重要文化財「木造阿弥陀如来及両脇侍坐像」は隣りの収蔵庫に納められております。写真はないので、各自ぐぐって下さい。
 実際に対面してみると、その迫力に圧倒されます。大きさも確かに大きいのですが、それにも増して力強さが感じられます。慶派のものとされる由縁でしょう。そして鎌倉独特の「土紋」(型押しした土を貼付ける装飾)もあり、鎌倉らしい仏様です。
 阿弥陀如来坐像は、胸の前で両手を広げる説法印を結んでおり、それもまた、見る者に訴えかける力があります。如来には珍しく、金属製の宝冠を付けておりますが、後の時代の補作だそうです。その理由は定かではありませんが、案内してくれたお坊さんは、江戸時代に水戸光圀のおかげで鎌倉が人気になったとき、宝冠をつけた阿弥陀様ということで話題を作ろうとしたのではないかと推測しておられました。正安元年(1299年)の作。
 両脇侍の観音・勢至菩薩は、ちょっと雰囲気が違って、柔らかで流麗です。首を少し傾け、足も少し崩していて、衣類の襞の表現もうねるようで美しいです。お坊さんが、東慶寺の水月観音菩薩半跏像と関連があるとおっしゃっていたのですが、すみません、細かいところを忘れてしまいました。
 また収蔵庫には、木造彩色地蔵菩薩立像(県重要文化財)も納められています。別名を矢拾地蔵といい、足利直義が戦で矢がつきた時、この地蔵が姿を変えて矢を拾い集めたとの伝説があるそうです。
 なお、元々阿弥陀三尊像が安置されていた本堂(阿弥陀堂)には、現在は三世仏が置かれています。

Img_8818 本堂の向かって右手には、「やぐら」を利用したお墓があります。
Img_8820 こちらは、代々鶴岡八幡宮の神主をしていた大伴神主家の墓所。笏の形をして、足元に鳥居が彫られた、珍しい形です。
Img_8821 その後ろにある、なんか恐ろしい墓石はなんだ!?たんに表面が風化して崩れたものだそうです。

Img_8816 さて、本堂の裏手から、ひな壇のもうひとつ上の段に上がると、やぐらのなかに「石造地蔵菩薩坐像」があります。
Img_8814 別名は「網引地蔵」。漁師の網にかかって海から引き上げられたという伝説があります。

Img_8812 ひな壇の最上段にあるのは「冷泉為相墓」(国史跡)。藤原定家の孫で、『十六夜日記』を書いた阿仏尼の子。
Img_8809 そこからの眺めは素晴らしく、鎌倉の海まで見ることができました。

|

« 【仏像】鎌倉の仏像を巡る(2)水月観音菩薩半跏像に惚れたぜ!東慶寺 | トップページ | 【オペラ】あちこちからすすり泣きが……「イェヌーファ」新国立劇場 »

思想・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/63320138

この記事へのトラックバック一覧です: 【仏像】鎌倉の仏像を巡る(3)重厚な阿弥陀如来と優美な両脇侍・浄光明寺:

« 【仏像】鎌倉の仏像を巡る(2)水月観音菩薩半跏像に惚れたぜ!東慶寺 | トップページ | 【オペラ】あちこちからすすり泣きが……「イェヌーファ」新国立劇場 »