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2016年3月の14件の記事

2016/03/31

【温泉】築110年以上の美しい木造建築!小野川温泉扇屋旅館(★★★★)

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 山形県は米沢市の南西、車でわずか20分ほどのところに位置する小野川温泉。あまり知られていない小さな温泉郷ですが、そこにレトロな旅館が残ってました。110年以上の歴史を刻む木造建築は、玄関の上の破風や、観音堂が組み込まれているなど、ちょっと見たことのない形式で、かなりの高得点です。お風呂がタイル張りで新しいのが残念ですが、お湯は源泉掛け流し。無色透明のお湯はお肌に優しく、ほのかに硫化水素の香りがして、ラジウムも多く含んでいます。お料理も地元の食材を生かした郷土料理。お値段も、通常プランで約1万円。浴室が新しいことだけが減点で、ぽん太の評価はほとんど5点に近い4点です。なぜか温泉雑誌にはあまり取り上げられませんが、素晴らしい宿で、オススメです。
 こちらが公式サイトです。

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Img_8957 正面から見た建物です。「旅籠」の雰囲気が漂います。向かって右の部分が、手前に張り出しているのが面白いですね。
 歴史ある小野川温泉ですが、明治34年の大火で温泉街はほぼ全焼しました。その後に再建されたのがこの建物で、110年以上の歴史があります。
 小野川温泉はかつては伊達政宗も訪れたそうです。さらに遡れば小野小町が東北旅行中に発見したとされてますが、これはもう伝説の世界。
Img_8961 張り出している部分の一階は、観音様の祠になってます。お姿は拝見できませんでした。この上の部屋は、観音様を踏んづけていることになるので、なんだか畏れ多いですね。
Img_8963 玄関の上は、曲線が入った入母屋起り(むくり)破風となっております。軒の垂木など、寺院建築の様式が取り入れられています。
Img_8996 玄関の内部です。
Img_8987 実は敷地の奥行きがとても深いです。写真は裏側から見た本館。う〜ん、こっちに泊まってみたかったです。
Img_9017 こちらの建物は、一見新しそうに見えますが、実はこの宿で一番古い部分。
Img_9015 その証拠に反対側から見てみると……。そう、土蔵です。
 上に、小野川温泉は明治34年の大火でほぼ全焼したと書きましたが、この土蔵は焼けずに残ったそうで、江戸時代まで遡ることができます。
Img_8964 今回泊めて頂いた客室。一番奥にあり、広い庭に面しております。建物は比較的新しいです。
Img_8967 窓の外は一面の雪の原。実は雪に埋もれた庭園ですね。右の建物が浴室で、宴会場として造ったものを改装したそうです。

Img_9012 こちらが温泉です。湯気で霞んでて申し訳ありません。白いタイル張りの新しく清潔な浴室です。大きな窓から先ほどの庭園が見えますが、今は雪景色です。無色透明なお湯は、やや熱めの設定が、小野川温泉のデフォルトだそうです。硫化水素臭があり、なめるとちと塩っぱいです。男湯と女湯の浴槽が、中でつながってます。露天がないのがちと残念。以前に作ったそうですが、今は使われてないそうです。
Img_8975 ちとピンボケですが温泉分析表です。泉質は「含硫黄ーナトリウム・カルシウムー塩化物泉」。中性でお肌にやさしいお湯。この分析表には出てませんが、ラジウムも多く含まれているそうです。
Img_8976 循環・加水・加温なしの源泉掛け流しです。

Img_9000 夕食は、江戸時代にさかのぼる土蔵を改装したお部屋で頂きました。ぽん太とにゃん子が大好きな山菜などの地元の素材に、鯉の洗いと甘煮、米沢牛のすき焼きもあり、品数が多く華やかな印象で、大満足。
Img_9001 小野川で300年前から作られたという伝統野菜、豆もやしのかき揚げです。普通のもやしに比べて長く、繊維質でシャキシャキしてます。小野川豆もやしについては、例えばこちらの鉄腕DASHのサイトを御覧下さい。

Img_9020 朝食です。炊き込みご飯にラジウム卵。うれしいですね〜。右下のお味噌汁ですが……
Img_9019 このような、味噌に出汁と、食用菊などの具材を練り込んだものに、お湯をかければハイ出来上がり。昔のインスタント味噌汁だそうです。
 小野川温泉は、お味噌でも有名です。
Img_8983 この旅館は多くの文人も訪れたそうで、様々な書や色紙が飾ってあります。写真の右は伊藤整、左は村松友視。この他、戸川幸夫、藤沢周平、胡桃沢耕史などがありました。
Img_8989 高松宮様もかつてお泊まりになったようです。

Img_8959 扇屋の真ん前に、共同浴場の「尼湯」があります。玄関の上に大きな唐破風が乗った古風な造りですが、建物自体は新しそう。写真を見ると、やはり白いタイルの長方形の湯船で、底で男女の浴槽がつながっており、扇屋さんのお風呂と似ています。これが小野川温泉のデフォルトなのか、それともたまたま同じ工務店が造ったのか、ぽん太にはわかりません。お湯も扇屋さんと変わらないそうなので、あえて入浴はしませんでした。
 まずは高砂屋旅館さん。公式サイトはこちらです。
 そしてこちらが二階堂旅館さん。公式サイトは見つかりません。
 どちらも玄関の上の大きな屋根が特徴です。ただ、建物の外装は新しくなっているようです。内部にどれくらい古い部分が残っているのか、ちとわかりません。

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2016/03/27

【温泉】年季を感じさせる風呂と厳選した素材の創作料理のリーズナブルな宿・みはらしの宿・故郷(こきょう)@蔵王温泉(★★★★)

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 スキー場でも栄えている蔵王温泉は、ぽん太好みの古い和風旅館が少ないのが残念なところ。素敵なお風呂があったおおみや旅館も、いつの間にかきれいに改装されてしまいました……。
 ぽん太とにゃん子が2月下旬にお世話になったのは、蔵王温泉見晴らしの宿「故郷」さん。こちらが公式サイトです。
 男5人でやってる宿だそうですが、むさ苦しさはなく、ちょっとオシャレで、お食事も新鮮な素材を使って一手間加えたこだわりの創作系。なによりも蔵王温泉の硫黄泉を源泉掛け流ししたお風呂がぽん太の好みにピッタリ。黒光りする浴槽に真っ白な硫黄泉が掛け流されています。これで布団の上げ下ろしを自分でやるセルフプランなら、2名1室で1人約8,000円と、信じられないコスパのよさ。ぽん太の評価は堂々の4点です。
 ただエレベーターがないので、足の悪い人はご注意を。

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Img_8950 場所は、蔵王中央ロープウェイの温泉駅近く。建物はスキーロッジ風です。
Img_8951 雰囲気がある看板。
Img_8949 広々としたロビーは落ち着いた感じです。
Img_8910 お部屋は、普通に落ち着いた和室です。

Img_8924 お風呂は、男女別の内湯と、自由に入れる貸し切り風呂があります。
 写真は男性用の内湯。あまり広くはありませんが、黒光りする木材が年季を感じさせます。お湯はちょっと透明っぽく見えますが、浴槽の底に湯の花が沈殿していて、かき回すと真っ白になります。硫化水素の匂いがして、舐めると酸っぱくて、いわゆる蔵王のお湯です。これは気持ちがいい。
 にゃん子の話しだと、女湯の方が広めなようです。
Img_8930 お湯の注ぎ口です。
Img_8918 温泉分析表です。泉質は「酸性・含硫黄ー硫酸塩・塩化物温泉」。pH=1.8です。
Img_8919 加水・加温・循環・消毒なしの、正真正銘の源泉掛け流しですね。
Img_8915 こちらは貸し切り風呂。露天風呂がないのがちょっと残念です。

Img_8932 お食事はレストランで頂きます。山菜や野菜など地元の食材が使われていて、品数も多くて美味しそうですね。
Img_8933 お品書きです。茶碗蒸しは、フキノトウとチーズが入ってます。
Img_8935 メニューにはないピザが出ました。
Img_8937 山形といえば芋煮ですね。とっても暖まります。ご飯も美味しゅうございました。お料理も素晴らしいですね。

Img_8948 朝食も美味しゅうございました。

Img_8956 蔵王スキー場は、暖冬の影響か、樹氷がまったく見られませんでした。でも、雪が凍り付いたブナ林は美しかったです。
Img_8905 積雪も少なく、お地蔵さんが胸まで出てました。

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2016/03/26

【仏像】悲しい伝説がある「岩屋堂の穴薬師」@作並温泉

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 2月下旬、宮城県は作並温泉に泊まったぽん太とにゃん子は、近くにある「岩屋堂の穴薬師」を見に行きました。場所は下の地図を御覧下さい。田んぼの中の細い道を進んで行くと、右側にあります。


Img_8896 登り口の石段です。
Img_8888 階段を登って行くと、建物があります。山門のようにも見えますが……
Img_8887 神社の拝殿のようでもあります。
Img_8886 さらにちょっと登ったところに鐘楼が。いや、「楼」ではありませんね。
Img_8885 道ばたに小さな石の祠。狐が祀ってあるのでお稲荷さんでしょうか。
Img_8882 さらに道を登っていくと、岩になにやら洞窟が見えてきました。
Img_8864 洞窟の内部です。
Img_8865 壁龕になにか祀られてますね。なんかキリスト教的な雰囲気です。
Img_8867 真ん中は鬼子母神ですね。実はこの穴薬師は、安産のご利益があります。その裏には、悲しい伝説があります。
 この村に住んでいた娘とその叔父が恋に落ちます。娘の父親は、結婚を諦めさせようと思って、「岩に薬師様を祀る岩屋を掘ったら、結婚を認めてやると言います。ところが叔父は3年かけて岩屋を彫り上げます。二人は目出たく女夫となり、やがて女は子を身ごもりますが、出産の時に母子ともに死んでしまいます。ひとり残された叔父は、悲しみにくれながらさらに岩屋を掘り続け、堀終えたあとに息を引き取ったそうです。
 詳しくは、昔ばなし絵巻 岩屋堂の穴薬師や、民話万象 第三十二話 穴薬師様などを御覧下さい。微妙な違いはあります
Img_8868 向かって左はなにやら石碑。なんと書いてあるかわかりませんでした。
Img_8869 向かって右は空っぽ。石が積み上げられてます。
Img_8863 洞窟の左には、お地蔵さんがいらっしゃいます。
Img_8870 薬師如来はどこだ?洞窟の右を見ると、狭い階段があります。登っていくと、冒頭の写真のような、太い柱を備えた新たな洞窟があります。
Img_8872 薬師だけど、狛犬がいます。神仏習合のなごりですね。まずは向かって右。
Img_8873 向かって左です。
Img_8874 正面の格子の中にある厨子に薬師如来が安置されているようですが、手前に白い布がかかっていて、お姿は見れませんでした。上の看板には、「大和薬師瑠璃光如来」と書かれています。
Img_8878 向かって右には、石碑と仏様が。仏様は、蓮華を持っておりますが、衣服や頭髪は如来っぽいです。薬師如来の脇侍だと日光菩薩か?像容がはっきりしません。
Img_8881 振り返って外を見る。

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2016/03/25

【絵画】悪い奴ほどよく描く。カラヴァッジョ展・国立西洋美術館

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 歌舞伎の帰りに上野の西洋美術館に寄って、「カラヴァッジョ展」を見てきました。こちらが公式サイト、こちらが出品リスト(pdf, 783.3K)です。また上の絵は「法悦のマグダラのマリア」(1606年、個人像)、出典はWikipediaです)。

 カルパッチチョといえば、薄切りの生の牛ヒレ肉にチーズやソースをかけたイタリア料理で、刺身を使う魚のカルパッチョは実は日本が発祥とのこと。
 で、カラヴァッジョといえばイタリア人の画家。フルネームはミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ( Michelangelo Merisi da Caravaggio)で、1571年にミラノで出生、1610年にトスカーナ州モンテ・アルジェンターリオでわずか38歳でこの世を去りました。
 人間的には素行不良のならず者で、何度も暴行・傷害事件を起こし、挙げ句の果てに殺人まで犯しましたが、逃亡中の潜伏先で極めて精神性の高い名作を
描きあげました。人間性と芸術性が無関係であることの例証として有名です。強烈な明暗を劇的に使ったリアルな表現は、バロック絵画の誕生に大きな影響を与えたと言われております。

 カラヴァッジョの現存作品は60点あまり。英語のウィキペディアに全作品のリストがあります(こちら)。
 今回はそのうち11点が来ており、日本では過去最多、世界的にも有数の規模だそうです。また、カラヴァッジョの悪行が記載された資料も展示されておりました。

800pxmichelangelo_caravaggio_062 「果物籠を持つ少年」(画像はWikipediaより)は、カラヴァッジョが22〜23歳の作品ですが、過去に入った果物の描写が素晴らしいテクニックです。サクランボやリンゴの皮の艶、桃のうっすらとはえた産毛、ブドウの独特の質感など、すべて的確に描き込まれています。
 果物に比べて人物はぼんやりと描かれてますが、これについて解説板には、昔ゼウクシスというギリシャの画家がブドウを持った少年の絵を描いたところ、小鳥が本物と間違えてついばみに来たので人々は賞賛たが、ゼウクシスは喜ぶどころか、「人物も見事に描いていれば小鳥は怯えて来なかったのに」と落胆した、という逸話があり、それにちなんで人物を薄く描いた、みたいなことが書いてありました。
 ぽん太は、゙ゼウクシスとパラシオスの競作の逸話は知ってますが、上の逸話は知りませんでした。出典はどこでしょう?

800pxnarcissuscaravaggio_159496_edi  「ナルキッソス」にはびっくりしました。写真だとあんまり感じませんが、ナルシスとその水に映った姿が多角形をなしてkて、中央に闇のなかに照らし出された丸い膝小僧があり、まるで抽象絵画のようでした。膝小僧は妙にリアルに生々しく描かれており、ちょっとダリみたいでした。

 また、冒頭の「法悦のマグダラのマリア」は、長く個人が秘蔵していたものが2014年に発見され、カラヴァッジョの真作と認定されたもので、世界初公開なんだそうです。この絵が「悔悛」の場面なのか「聖天」の場面なのか、狸のぽん太にはさっぱりわかりませんが、目を半開きにした表情は性的なエクスタシーを思わせます。マグダラのマリアにはお決まりの髑髏は、袋に入っているのか、シャツのなかに包み込んでいるのか、描かれておりません。カラヴァッジョはこの絵を、殺人を犯して逃亡中に描いたそうです。

800pxmichelangelo_merisi_da_caravag 「洗礼者ヨハネ」。先日のオペラ「サロメ」で首を斬られた人ですね。オペラとだいぶイメージが違います。

日伊国交樹立150周年記念
カラヴァッジョ展
2016年3月10日
国立西洋美術館

主な出品作

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
 「女占い師」1597年、ローマ、カピトリーノ絵画館
 「トカゲに噛まれる少年」1596-97年頃、フィレンツェ、ロベルト・ロンギ美術財団
 「ナルキッソス」1596-97年頃、ローマ、バルベリーニ宮国立古典美術館
 「果物籠を持つ少年」1593-94年、ローマ、ボルゲーゼ美術館
 「バッカス」1597-98年頃、フィレンツェ、ウフィツィ美術館
 「マッフェオ・バルベリーニの肖像」1596年頃、個人像
 「エマオの晩餐」1606年、ミラノ、ブレラ絵画館
 「メドゥーサ」1597-98年頃、個人像
 「洗礼者ヨハネ」1602年、ローマ、コルシーニ宮国立古典美術館
 「法悦のマグダラのマリア」1606年、個人像
 「エッケ・ホモ」1605年頃、ジェノヴァ、ストラーダ・ヌオーヴォ美術館ビアンコ宮

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2016/03/19

【歌舞伎】ちと物足りず。2016年3月歌舞伎座昼の部

 3月歌舞伎は芝雀の雀右衛門襲名披露公演。ぽん太とにゃん子は昼の部だけ観劇。こちらが公式サイトです。

 高校生の団体が3階席のほとんどを占め、いい席(3階ですけど)がとりずらかったです。

 最初は「寿曽我対面」。橋之助が祐経、松緑の曽我五郎、勘九郎の十郎。特に感想はないです。なんで3月に対面なのか?

 続いて踊りで、「女戻駕」と「俄獅子」。常磐津のタテはあまり見ない人でしたが、兼太夫さんでしょうか。艶やかでなかなかいい喉でした。松竹さん、何度か書いてますが、「歌舞伎人」にも唄や鳴り物さんの名前を出して下さい。お願いします。

 「鎌倉三代記」は新雀右衛門が三姫のひとつ時姫を初役で演じました。この演目、動きが少なくてぽん太はちと苦手。今回も一部意識を消失してしまいました。菊五郎の休演で三浦之助義村は菊之助。秀太郎と吉右衛門が印象に残りました。雀右衛門は、まだちょっと、ぐっとくるものを感じませんでした。

 最後は仁左衛門と孝太郎で「団子売」。明るく楽しい踊り。今回の演目、踊りが多くない?

 ここのところ、オペラやバレエで名舞台を立て続けに観たこともあり、ちょと今回の歌舞伎は物足りなく感じました。

中村芝雀改め
五代目中村雀右衛門襲名披露
三月大歌舞伎
平成28年3月10日
歌舞伎座

昼の部

一、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)

 工藤祐経    橋之助
 曽我五郎    松緑
 曽我十郎    勘九郎
 化粧坂少将    梅枝
 近江小藤太    廣太郎
 八幡三郎    廣松
 喜瀬川亀鶴    児太郎
 梶原平次景高    橘太郎
 梶原平三景時    錦吾
 大磯の虎    扇雀
 小林朝比奈    鴈治郎
 鬼王新左衛門    友右衛門

二、女戻駕(おんなもどりかご)
  俄獅子(にわかじし)

〈女戻駕〉
 吾妻屋おとき    時蔵
 浪花屋おきく    菊之助
 奴萬平    錦之助

〈俄獅子〉

 鳶頭梅吉    梅玉
 芸者お孝    孝太郎
 芸者お春    魁春

三、鎌倉三代記(かまくらさんだいき)
  絹川村閑居の場

 時姫  芝雀改め雀右衛門
 佐々木高綱    吉右衛門
 おくる    東蔵
 富田六郎    又五郎
 母長門    秀太郎
 三浦之助義村    菊之助

四、 団子売(だんごうり)

 杵造    仁左衛門
 お福    孝太郎

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2016/03/18

【オペラ】サロメの愛は真実なの?「サロメ」新国立劇場

 新国立劇場の「サロメ」。このプロダクションはぽん太は2回目。こちらが公式サイトです。

 ぽん太は「サロメ」というと、二期会のコンヴィチュニー演出の舞台が頭に残っています。というか、頭にこびりついていて取れません。どうしてくれるんだ、コンヴィチュニー!
 そういえばコンヴィチュニー、あのあとは日本で演出してませんんね。やっぱりあの「サロメ」の演出で日本出入り禁止になったのかしら(^_^)。

 というわけで、コンヴィチュニーの演出を踏まえて、こんかい改めてリヒャルト・シュトラウスの音楽に耳を傾けてみました。
 「サロメ」というと、グロテスクで官能的な物語で、サロメは色きちがいの極悪人、という固定観念をぽん太は持ってました。しかし実際に音楽をよく聴いてみると、不安感は感じられますが、世紀末的な官能性はあんまりないですね。そしてコンヴィチュニーの言う通り、サロメがヨハナーンへの愛を語る部分の音楽はとても美しく、肉欲的な汚らしさはありません。ラストのサロメのアリアも、心底美しい真実の音楽でした。
 そこからコンヴィチュニーは、不道徳な酒池肉林のヘロデ王の世界にサロメは違和感を感じているが、そこからの出口がわからない、サロメは、ヘロデ王の不道徳を告発するヨハナーンに愛を抱くが、ヨハナーンは愛を受け止めることができない、しかしラストでサロメとヨハナーンは手に手を取って、新しい世界へと踏み出していく、という物語を引き出したわけです。
 しかしシュトラウス自身は、このオペラをどういう考えで作ったのか、ぽん太にはわかりません。サロメの愛は真実ではあったけど、「時代」によって歪められてしまったと考えたのでしょうか。
 オケピが奏者でみっちり埋まるほどの大編成のオケから発する、ボリュームたっぷりの複雑な音楽。コンヴィチュニーの言う通り、ヨカナーンが井戸から出てくるだけのところに、素晴らしい充実した音楽が付いてたりします。ひょっとしてシュトラウスは、凄い音楽を作りたかっただけで、あんまり内容は考えてなかったのかしら。むむむ、謎です。

 さて、新国立のプロダクション、でっかい井戸が真ん中にある舞台美術は悪くはなかったけど、演出はいまいちな気がしました。歌ってる人以外が、ぼーっと佇んでいたりします。サロメがひどいことを歌っているあいだ、ヘロデ王はじっと立っていて、サロメが歌い終わると、ヘロデ王が突然激怒して歌い出すといった具合。
 また「7つのヴェールの踊り」は、カミッラ・ニールント自身が踊り、最後は下着姿まで晒しましたが、たいへん申しわけありませんが、なんか「見たくない」って感じでした(^_^;)。ダンサーの吹き替えでもいいのでは?確かコンヴィチュニーも、「歌手の下手な踊りを延々と見せられるのは苦痛だ」みたいなことを言ってた気がしますが……。

 歌としてはサロメのカミッラ・ニールントは見事でした。ヨハナーンのグリア・グリムスレイも、容姿を含めて予言者らしい迫力あり。ヘロデ王のクリスティアン・フランツは何度か新国立で聴いてますが、こんかいも演劇的な表現力が素晴らしかったです。ヘロディアスは、「イェヌーファ」に出演中のハンナ・シュヴァルツ。急遽の代役でしょうか。ご苦労様です。

 エッティンガー指揮、東京交響楽団の音楽も、キレと迫力があってよかったと思います。最後の最後の盛り上がりでホルンが裏返ったのがちと残念。

 とうことで、コンヴィチュニーという麻薬を摂取したせいかもしれませんが、歌手は悪くなかったと思うのですが、なんか演出が物足りなくて、十分感動できませんでした。「イェヌーファ」や「リリオム」を観たあと、というせいもあるかしら。

 さるやんごとなきお方が観に来てました。どうせならもっと楽しい演目にすればいいのに。

オペラ「サロメ」/リヒャルト・シュトラウス
Salome/Richard Strauss
新国立劇場オペラパレス
2016年3月9日

指揮:ダン・エッティンガー
演出:アウグスト・エファーディング
美術・衣裳:ヨルク・ツィンマーマン
振付:石井清子
再演演出:三浦安浩
舞台監督:大澤 裕

サロメ:カミッラ・ニールント
ヘロデ:クリスティアン・フランツ
ヘロディアス:ハンナ・シュヴァルツ
ヨハナーン:グリア・グリムスレイ
ナラボート:望月哲也
ヘロディアスの小姓:加納悦子
5人のユダヤ人1:中嶋克彦
5人のユダヤ人2:糸賀修平
5人のユダヤ人3:児玉和弘
5人のユダヤ人4:青地英幸
5人のユダヤ人5:畠山 茂
2人のナザレ人1:北川辰彦
2人のナザレ人2:秋谷直之
2人の兵士1:大塚博章
2人の兵士2:伊藤貴之
カッパドキア人:大沼 徹
奴隷:松浦 麗

管弦楽:東京交響楽団
芸術監督:飯守泰次郎

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2016/03/17

【バレエ】ノイマイヤーとルグランの素晴らしい出会い「リリオム―回転木馬」ハンブルク・バレエ団

 ハンブルク・バレエ団を観に行ってきました。まずは「リリオムー回転木馬」。
 前回ハンブルクを観たのは7年前の「人魚姫」でしたが、なんとそれ以来の来日公演なんですね。「人魚姫」も大感動でしたが、こんかいも素晴らしい舞台でした。こちらがNBSの公式サイトです。
 舞台に先立って、ノイマイヤーのプレトークが付いておりました。インタビュアーは三浦雅士。ニューアカ時代はブイブイ言わせていて、どんな人かと思ってましたが、今やいいおじいちゃんでした。
 ジョン・ノイマイヤーと言えば、昨年の映画・演劇部門の「京都賞」を受賞しましたね(こちらが京都賞のサイトです。記念講演の動画もあります)。ちなみにその前の年は玉三郎が受賞しました。

 「リリオムー回転木馬」は2011年に初演。けっこうあたらしい演目ですね。
 原作はフェレンツ・モルナール(Molnár Ferenc, 1878年 - 1952)の戯曲「リリオム」(
1909年)。モルナールはブダペスト(当時はオーストリア=ハンガリー帝国)生まれ。第二次大戦中にユダヤ人迫害から逃れてアメリカに移住しました。彼の戯曲「リリオム」は1945年に「回転木馬」(Carousel )というタイトルでブロードウェイ・ミュージカル化されて有名になったらしいです。映画かも何度もされており、1934年にはフリッツ・ラングが監督してますね。今ならYouTubeで観ることができます(こちら)。ただしフランス語版・字幕なしです。
 ちなみにぽん太は、ミュージカルも映画も見たことなし。

 で、ノイマイヤーの「リリオム」ですが、素晴らしかったです。も〜う涙が出ました。齢とって涙腺が緩んでるせいもあるかもしれませんが。
 単なる「振り付け」ではなく、音楽や美術を含め、「バレエ作品」を創造するノイマイヤーの才能には、驚くしかありません。
 舞台奥には一段高くジャズのビッグバンドが配置され、生演奏と、録音テープとで音楽が演奏されます。ジャズの生演奏が、サーカスらしい雰囲気を盛り上げ、無声映画のような郷愁をかもし出します。
 音楽はミシェル・ルグラン。ぽん太は初耳ですが、「シェルブールの雨傘」の音楽(これはぽん太も知ってます)を作曲した人だそうです。俗っぽいところもなく、かといって難渋な感じもせず、クラシック風の録音部分と、ジャズ風の生バンドがうまくクロスして、音楽だけ聴いていたも素晴らしいものでした。

 振り付けの素晴らしさ、面白さは言うまでもありません。踊りの動き自体が演劇的な表現になっているのもいつも通り。
 ダンサーと役がいつもながらピッタリ合っていますが、ノイマイヤーは当て書きをしてるんでしょうか。ならず者のリリオムがカーステン・ユング、コジョカルが純朴可憐な妻ジュリー、息子ルイスのアレッシュ・マルティネス、あの世とこの世をつなぐ風船を持った男のサシャ・リーヴァ、権威的な官僚のカリカチュアのような天国の門番のエドウィン・レヴァツォフなど、どれもこの人しかないという配役でした。

 現在バレエの新作、短い作品ではなくて全幕物を作れる人って、数少ないですよね。ビントレーはあまり好きじゃないし。振り付けだけならモンテカルロのマイヨーとか、オーソトラリアのマーフィーとかいるけど、脚本や音楽も含めてだと、ノイマイヤーしかいないかしら?
 バレエとしてだけではなく、舞台芸術全体のなかで、現代のワンノブザベストだと思います。


ハンブルク・バレエ団
「リリオム―回転木馬」
─ プロローグ付き全7場のジョン・ノイマイヤーによるバレエ伝説 ─
2016/03/06
東京文化会館

リリオム:カーステン・ユング
ジュリー:アリーナ・コジョカル(ゲスト・ダンサー)
ルイス:アレッシュ・マルティネス
風船を持った男:サシャ・リーヴァ
マダム・ムシュカート:アンナ・ラウデール
マリー:レスリー・ヘイルマン
ウルフ:コンスタンティン・ツェリコフ
フィスカー:ダリオ・フランコーニ
水兵:キーラン・ウェスト
天国の門番:エドウィン・レヴァツォフ
内気な青年:アリオシャ・レンツ
悲しいピエロ:ロイド・リギンズ
エルマー:エマニュエル・アムシャステギ
幼少時のルイス:ヨゼフ・マルキーニ

指揮:ジュール・バックリー
演奏:北ドイツ放送協会ビッグバンド、および録音音源

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2016/03/14

【温泉】広瀬川に面する天然岩風呂は、温泉ファンなら一度入るべし・鷹泉閣岩松旅館@作並温泉(★★★★)

Photo 2月下旬、ぽん太とにゃん子は宮城県は作並温泉の鷹泉閣岩松旅館に泊まってきました。こちらが公式サイトです。
 ブログの読者ならご存知の通り、秘湯や鄙びた温泉旅館が好きなぽん太とにゃん子ですが、岩松旅館はふつ〜の立派なホテルです。
Img_8828 内部です。ふつ〜の立派なロビーです。
Img_8829 客室です。ふつ〜の立派な和室です。

 秘湯好きのぽん太とにゃん子が、どうしてこの旅館に泊まったのかというと……、それは……

 この温泉があるからです!!

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 広瀬川の渓流沿いにある天然岩風呂。それぞれ源泉が異なる四つの岩風呂があり!、しかもすべて自噴!!、もちろん源泉掛け流しです!!!
 一つひとつの浴槽が広く、それぞれ源泉が違います。しかもポンプで汲み上げているのではなく、岩の割れ目から自然に湧き出しているのです。これは素晴らしい!!
 これで好きなお料理を好きなだけ食べれるブッフェプランを選べば、一泊二食付きでなんと1万円を切るリーズナブルなお値段で。近代的なホテルは好みでないぽん太ですが、天然岩風呂がE難度の加点となり、後から書くようにブッフェでも確実に得点を加え、ぽん太の評価は堂々の4点!!
 う〜ん仙台の人は、市内から車で30分で、こんな素晴らしいお湯に入れるなんて、うらやまし〜な〜。

 この風呂は混浴なので撮影禁止。上の写真は宿のホームページからお借りしてきました。ホントは著作権違反ですが、宣伝になってるから、まあ、いいかしら?問題があったらご連絡いただければ、すぐ写真を消しますm(_ _)m。

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Img_8833 天然岩風呂に行くには、まるで「時をかける少女」のようなレトロな階段を、川縁まで八十八段降りて行かなくてはいけません。
Img_8837 レトロな脱衣所。
Img_8834 脱衣所の窓から広瀬川を望む。
Img_8839 まず「滝の湯」の温泉分析表。泉質はカルシムー硫酸塩・塩化物泉。泉温59.0度です。
 全体にお湯は無色透明、無味無臭ですが、弱アルカリでお肌に優しいお湯です。
 このお風呂は混浴ですが、女性タイムもあります。
 また、女性専用の清流風呂、「香華の湯」もあります。
Img_8841 「新湯」の温泉分析表。泉質はナトリウム・カルシムー硫酸塩・塩化物泉。泉温52.9度です。
Img_8843 「鷹の湯」の温泉分析表です。泉質はナトリウム・カルシムー硫酸塩・塩化物泉。泉温54.4度です。
Img_8845 「河原の湯」です。泉質は同じくナトリウム・カルシムー硫酸塩・塩化物泉。泉温54.6度です。
Img_8849 大浴場「不二の湯」。男女別の内湯ですが、とっても広いです。
Img_8850 「不二の湯」の温泉分析表です。泉質はナトリウム・カルシムー硫酸塩・塩化物泉。泉温61.6度です。
Img_8854 こんかいぽん太とにゃん子は、とってもリーズナブルな夕食ブッフェプランを選択。なんと一泊二食つきで1万円を切るお値段です。
Img_8852 正直ブッッフェ・スタイルの夕食は期待してなかったのですが、和洋中華に宮城の郷土料理もあり、それぞれとっても美味しかったです。
 普通の会席料理だと、どうでもいい茶碗蒸しとかがあったりしますが、ブッフェスタイルだと自分の好きなものを好きなだけ選んで食べられるのがいいです。
 右下は三角油揚げ。作並のご当地グルメです。揚げたての天ぷらも美味しゅうございました。もちろんお刺身も充実。ぽん太もにゃん子は何度もおかわり。お酒は宮城や山形の銘酒がそろい、その他のお酒も充実。ブッフェを見直しました。
Img_8858 作並温泉の由緒が書いてありました。この岩松旅館が、作並温泉の営業許可の始まりだそうです。
Img_8860 朝食もブッフェでした。美味しゅうございました。
 お風呂もお食事も、大満足の宿でした。

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2016/03/13

【オペラ】あちこちからすすり泣きが……「イェヌーファ」新国立劇場

 ヤナーチェクの「イェヌーファ」、ぽん太は生まれて初めて観ましたが、とっても感動しました。特にラストでは、客席のあちこちからすすり泣きが……。もちろんぽん太もぐっすん(ノω・、)。ここは歌舞伎座か!?オペラでこんなの初めてです。
 ヨーロッパのオペラを聴いても心底共感するという感じにならないのですが、東欧と日本は共通するところがあるんですかね〜。

 ぽん太はヤナーチェクといったら、子狸の頃に買ったドヴォルザークの交響曲8番のLPのB面に入っていた「利口な女狐の物語」の組曲しか聞いたことはありません。子供ながら、同じチェコスロヴァキア人でも(当時はチェコとソロヴァキアが一つの国でした)、ドヴォルザークのような土臭さがない、透明な音色に聞き入っていたのを覚えています。

 あれから40年!(綾小路きみまろの口調で)、久々に聴いたヤナーチェクは、音楽の素晴らしさはもちろん、脚本、歌手、演出のすべてがそろった名演でした。

 舞台はキリスト教的な倫理が支配するド田舎の小さな村で、誰が何してるか村人全員が知っているような息苦しさがあります。血縁も濃密にして複雑で、イェヌーファを育てているコステルニチカは義理の母親。イェヌーファが愛しているシュテヴァはいとこで、イェヌーファと最後に結ばれるラツァはシュテヴァの腹違いの弟、といった具合。
 日本でいえば「おしん」だか「楢山節考」だか「八墓村」みたいなドロドロした話しですが、ヤナーチェクの音楽は透明にして清浄。それでいて底知れぬ不安感を掻き立てます。

 脚本はガブリエラ・プライソヴァー(1862年 - 1946年)という女性の、「あの女(ひと)を育てた娘」(1890年)という戯曲だそうです。公演プログラムの演出家クリストフ・ロイのインタビューによれば、この戯曲は作者自身によって1930年にノベライズされたそうで、そこでコステルニチカの人生も描かれているそうです。すなわち、コステルニチカはトマを愛していましたが、トマは別の女性と結婚します。女性はイェヌーファを授かりますが、出産直後に死亡。コステルニチカが後妻となりますが、トマはDVのアル中男となり、夜は夫の暴力から逃れて森の中をさまようありさま。トマがようやく死んで、コステルニチカはイェヌーファを育てているということで、オペラにつながります。

 こうしてみると、コステルニチカが、愛する人(トマ)が別の人と生した子供(イェヌーファ)を育てるという構造が、ラツァが、愛する人(イェヌーファ)が別の人と生した子供(殺された赤ん坊)を育てるという形で、世代を替え、人を替え、反復されていることがわかります。
 また、出産後間もなく母親が死んだことで後妻になれたという経験を持つコステルニチカが、今度は出産後間もなく子を殺すことで母親を救おうとしたことになります。
 このあたり、極めて精神分析的です。

 ヤナーチェクが生まれたのは1854年、場所はモラヴィアのフクヴァルディです。当時はオーストリア帝国の支配下で、現在はチェコに属します。
 モラヴィアと聞くと、精神科医のぽん太が思い出すのは、そこがフロイトの出生地だということで、フロイトは、ヤナーチェクの誕生の2年後の1856年に、モラヴィアのフライベルク(現在の呼び名はプジーボル)で生まれました。
 フクヴァルディ(図の赤)とプジーボル(図の青)は、下の地図のように、車で10分ほどの近さです。

 ということで、なんかフロイトとヤナーチェクに関係があるかと思ってちと調べてみましたが、特に交流の証拠は見つかりませんでした。フロイトはあんまり音楽には興味がなかったのかもしれません。
 プライソヴァーが「あの女を育てた娘」をノベライズするときに、当時流行していたフロイトの影響を受けていた可能性もありますが、みちくさはこのあたりで止めて、引き返すことにしましょう。

 コステルニチカは、イェヌーファが私生児を産むことを隠すため、ウィーンに行ったことにして何ヶ月も自宅に閉じ込め、そしてついに生まれたばかりの赤ん坊を凍てつく冬の川に沈めて殺してしまいます。私生児を産むことが極めて恥ずべき、穢らわしいことであったという、当時のキリスト教道徳という前提は、受け入れるべきでしょう。
 子供を川に沈めて家に帰って来たコステルニチカは、手がかじかんでカギを開けることができず、窓からカギを投げ込んで、イェヌーファにドアを開けさせます。ぽん太は、自分の手にも冷たさの感触がして、恐ろしくなりました。
 春になって川の氷が溶け、子供の水死体が見つかります。イェヌーファは、自分が編んだ服を赤ん坊が来てたことから、それが自分の子供であることを知ります。かつては恋の炎に胸を焦がしたこともあり、飲んだくれのDV夫にひどい目にもあい、心を閉ざして村人から変人のように思われながらも、因習的な村のなかでささやかな幸福を追い求めていたコステルニチカが、罪深い行為を告白するシーンは哀れみと同情をさそうやるせない場面で、客席のあちこちからすすり泣きが聞こえて来ました。
 このオペラは「イェヌーファ」というタイトルですが、登場人物の中で一番ドラマチックなのはコステルニチカでした。

 一方イェヌーファは、最初こそチャラチャラしたお姉ちゃんかと思って観てましたが、だんだんと汚れのない聖女の姿を現して来ます。頬の傷は言ってみれば「聖痕」か。私生児を身ごもったために自宅に閉じ込められているのに、義母を恨むこともなく、人目を避けて夜だけ明けることを許された窓から見た夜の森の美しさに見とれます(この窓の外の夜景は、目映いばかりの光で表現されていました)。最後にイェヌーファが、我が子を失った悲しみのなか、自分を裏切って村長の娘と結婚するシュテヴァを許し、我が子を殺したコステルニチカを許し、自分の頬に傷をつけたラツァの愛を受け入れて前向きに歩き出そうとする姿は、とってつけたエンディングにも見えますが、ほのかな「希望」を感じました。ただ、二人が歩んで行く先が漆黒の闇というのは演出の妙。

 今回の公演のプロダクションは、ベルリン・ドイツ・オペラで2012年に初演されたものを、シュテヴァ役以外、歌手も同じ人たちを連れて来たものだそうで、歌手も演出も、極めて質の高いものでした。
 歌手に関しては、演出家の考えだと思うのですが、全体にちょっと固めのぶっきらぼうな歌い方で、舞台が現代演劇風に感じられました。
 演出・美術も素晴らしかったです。舞台は黒い壁で覆われていて、小さな真っ白の直方体の空間が開けられています。赤ん坊を入れて運んだ黒いカバンを抱きしめたままコステルニチカが中に導き入れられます。そこからオペラが始まり、その狭い空間で劇が行なわれるのですが、その圧迫感と透明感が絶妙でした。最初の場面がコステルニチカが牢屋に入れられる場面で、そこからさまざまな回想が甦ってきてオペラが始まるという設定であることは、ぽん太は最後にようやくわかりました。内容を知ってる人なら最初からわかったんでしょうね。
 始まって少したって、ふと気がつくと、いつの間にか直方体がさっきより横に広がってます。よく見ると、じわじわと大きくなったり、ゆっくり背景が動いたりしてるみたいです。脳トレのaha!体験か、と突っ込みたくなりました。

 チェコの指揮者トマーシュ・ハヌスと東京交響楽団の演奏も良かった気がします。合唱指揮がいつもの三澤洋史ではなく冨平恭平でした。交替したのかしら?

レオシュ・ヤナーチェク
「イェヌーファ」
2016年2月28日
新国立劇場

原作:ガブリエラ・プライソヴァー
台本・作曲:レオシュ・ヤナーチェク

指揮:トマーシュ・ハヌス  
演出:クリストフ・ロイ

美術:ディルク・ベッカー     
衣裳:ユディット・ヴァイラオホ
照明:ベルント・プルクラベク  
振付:トーマス・ヴィルヘルム
演出補:エヴァ=マリア・アベライン 
舞台監督:斉藤美

ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ: ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
粉屋の親方:萩原 潤
村長:志村文彦
村長夫人:与田朝子
カロルカ:針生美智子
羊飼いの女:鵜木絵里
バレナ:小泉詠子
ヤノ:吉原圭子

合唱指揮:冨平恭平
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
芸術監督:飯守泰次郎

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2016/03/10

【仏像】鎌倉の仏像を巡る(3)重厚な阿弥陀如来と優美な両脇侍・浄光明寺

Img_8825 今回の鎌倉の仏像を巡る旅、最後は浄光明寺です。木・土・日・祝日だけの拝観ですが、お寺の人が丁寧に案内・説明してくれました。
 このお寺はブラタモリでも取り上げられたそうで(#5 鎌倉 800年前の『まちづくり』とは? | タモリのブラブラ足跡マップ | ブラタモリ - NHK)、谷戸と呼ばれる谷を、鎌倉石を削ることによってひな壇状に造成した、鎌倉の寺院の典型的な景観を見ることができます。
Img_8824 そのひな壇を一段登ったところに阿弥陀堂がありますが、お目当ての重要文化財「木造阿弥陀如来及両脇侍坐像」は隣りの収蔵庫に納められております。写真はないので、各自ぐぐって下さい。
 実際に対面してみると、その迫力に圧倒されます。大きさも確かに大きいのですが、それにも増して力強さが感じられます。慶派のものとされる由縁でしょう。そして鎌倉独特の「土紋」(型押しした土を貼付ける装飾)もあり、鎌倉らしい仏様です。
 阿弥陀如来坐像は、胸の前で両手を広げる説法印を結んでおり、それもまた、見る者に訴えかける力があります。如来には珍しく、金属製の宝冠を付けておりますが、後の時代の補作だそうです。その理由は定かではありませんが、案内してくれたお坊さんは、江戸時代に水戸光圀のおかげで鎌倉が人気になったとき、宝冠をつけた阿弥陀様ということで話題を作ろうとしたのではないかと推測しておられました。正安元年(1299年)の作。
 両脇侍の観音・勢至菩薩は、ちょっと雰囲気が違って、柔らかで流麗です。首を少し傾け、足も少し崩していて、衣類の襞の表現もうねるようで美しいです。お坊さんが、東慶寺の水月観音菩薩半跏像と関連があるとおっしゃっていたのですが、すみません、細かいところを忘れてしまいました。
 また収蔵庫には、木造彩色地蔵菩薩立像(県重要文化財)も納められています。別名を矢拾地蔵といい、足利直義が戦で矢がつきた時、この地蔵が姿を変えて矢を拾い集めたとの伝説があるそうです。
 なお、元々阿弥陀三尊像が安置されていた本堂(阿弥陀堂)には、現在は三世仏が置かれています。

Img_8818 本堂の向かって右手には、「やぐら」を利用したお墓があります。
Img_8820 こちらは、代々鶴岡八幡宮の神主をしていた大伴神主家の墓所。笏の形をして、足元に鳥居が彫られた、珍しい形です。
Img_8821 その後ろにある、なんか恐ろしい墓石はなんだ!?たんに表面が風化して崩れたものだそうです。

Img_8816 さて、本堂の裏手から、ひな壇のもうひとつ上の段に上がると、やぐらのなかに「石造地蔵菩薩坐像」があります。
Img_8814 別名は「網引地蔵」。漁師の網にかかって海から引き上げられたという伝説があります。

Img_8812 ひな壇の最上段にあるのは「冷泉為相墓」(国史跡)。藤原定家の孫で、『十六夜日記』を書いた阿仏尼の子。
Img_8809 そこからの眺めは素晴らしく、鎌倉の海まで見ることができました。

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2016/03/09

【仏像】鎌倉の仏像を巡る(2)水月観音菩薩半跏像に惚れたぜ!東慶寺

 仏像初心者のぽん太とにゃん子が巡る鎌倉の仏像の旅。続いて東慶寺です。こちらが公式サイトです。
Img_8804 東慶寺。なかなか頑張ってるお寺ですね。入口にはオシャレなショップがあるし、境内の草花はしっかりと手入れされております。おりしも梅が満開で、多くの観光客が撮影に興じてました。

Img_8799 このお寺は、いわゆる「縁切り寺」、「駆込み寺」だったそうです。女性の側からの離婚が許されなかった封建時代に、寺に駆け込むと、離婚することができたというアレです。そういえばぽん太は、飛行機の中で、『駆込み女と駆出し男』という映画(Yahoo!映画)を見ましたが、あれってこの東慶寺が舞台だったんですね。2015年松竹。監督は原田眞人、主演は大泉洋、樹木希林が好演。映画としてはフツーですが、縁切り寺についてよくわかります。
Img_8801 本堂の「泰平殿」は、昭和10年建立の新しい物。
 東慶寺はもう一つ、豊臣秀頼の娘が住職をしていたことでも有名です。天秀尼(てんしゅうに、1609 - 1645)がその人です。
 真田丸で真田信繁(幸村)が活躍した大坂夏の陣(1615年)の敗北で、豊臣秀頼は自害。2代目将軍の徳川秀忠の娘で、秀頼の正室として嫁いでいた千姫は、救い出されました。秀頼の娘・天秀尼は、千姫との間の子供ではありませんでしたが、千姫の養女となることを条件に助命され、8歳で東慶寺に入りました。そして後に、20世住職になったそうです。
Img_8802 本堂のご本尊は、「釈迦如来坐像」。右手を上げ(施無畏印:せむいいん)左手を膝の上に置く(与願印:よがんいん)施無畏与願印を結んだ典型的なお姿。関東大震災で大破したのを昭和元年に修復したそうです。
131224tkhz09 境内の松岡法蔵には、重要文化財の「聖観音菩薩立像」が常設展示されております(写真はWikipedia)より)。
 元々は、いまは廃寺となった鎌倉の太平寺の本尊として仏殿に安置されておりました。この仏殿は円覚寺に移築されて「舎利殿」(国宝)となっております。で、仏像の方は、鎌倉に攻め入った里見氏によって安房に持ち去られましたが、後に東慶寺の尼が取り返し、以来東慶寺に安置されているそうです。
 「土紋」という技法を使っているのが特徴で、土を型に入れて作った立体的な文様(らくがんみたいな感じ)を、多数衣に貼付けた装飾です。中国の南宋で使われた技法ですが、日本では鎌倉周辺に少数見られるだけだそうです。
 ちなみに鎌倉に現存する土紋を使った仏像は7体で、本像のほか、来迎寺・如意輪観音半跏像、覚園寺・阿弥陀如来坐像、宝戒寺・歓喜天像、浄光明寺・阿弥陀如来坐像、浄智寺・韋駄天立像(鎌倉国宝館に寄託)、伝宗庵・地蔵菩薩坐像です。
 像容を見ると、聖観音菩薩は通常は、出家前の釈迦を想定して、インドの王族風の衣装を身につけたものが多いですが、この像では、頭髪こそ菩薩風に結い上げてますが、衣は如来形です。これも宋風の形式だそうです。

 そして今回の目玉、「水月観音菩薩半跏像」。普段は水月堂に安置されて特別拝観となってますが、ちょうど松岡法蔵で行われていた「東慶寺仏像展」で参拝することができました。著作権フリーの写真が見つからなかったので、写真は例えばこちらの東慶寺の公式サイトでどうぞ(水月観音菩薩半跏像 | 北鎌倉 松岡山 東慶寺)。
 岩にしなだれかかったようなお姿の観音菩薩で、天女というか、まるで湯上がりの女性のような色っぽさです。ぽん太はこんな仏像は生まれて初めてで、衝撃的を受けました。鎌倉時代13世紀の作だそうですが、この時代にこんな彫刻が作られてたんですね〜。ぽん太は日本の彫刻というと、厳粛なる仏像しか頭にありませんでしたが、こういうのも彫ろうと思えば彫れたんですね。考えてみれば当たり前ですけど。
 そういえば、昔の日本の「仏像以外」の彫刻って、何があるんだろう。ぽん太は、あと埴輪ぐらいしか思いつかん。これは今後のみちくさの課題に残しておきましょう。
 衣服の襞の流れも流麗にして自由奔放。仏像彫刻が、わざと様式的にデザインされていることがよくわかりました。
 水月観音とは、補陀落山(ふだらくせん)の水辺の岩上に座って、水面の月を眺めている姿の観音様とのこと(コトバンク)。中国の宋から元の時代に流行った様式で、観音と仙人が重ね合わされているのだそうです。水墨がなどで多く見られ、中国では大流行しましたが、日本では鎌倉周辺にしか見られないそうです。
 日本では東慶寺以外にどこに水月観音があるのか、これも今後の宿題です。

 今回の「東慶寺仏像展2016」(2/3〜4/3)て展示されていたものは、他に、「如来坐像」(奈良時代・8世紀 像高38.09cm、木心乾漆造、漆箔)、「木造地蔵菩薩半跏像」(鎌倉時代・14世紀 像高49.3cm、木造、彩色、玉眼)、「如来立像」(平安時代・11〜12世紀 像高84.5cm、木造)、「香薬師如来像」(像高73cm、銅造)、「木造聖徳太子立像」(鎌倉時代・14世紀 像高55.0cm、木造、漆塗り)、「阿弥陀如来立像(天秀尼 念持仏)」(江戸初期)、「達磨図」(白隠慧鶴筆、江戸時代 18世紀)。

 またこのお寺には、鈴木大拙、小林秀雄、西田幾多郎、和辻哲郎など、多くの著名人のお墓があるそうですが、自力で見つけるのはちょっと無理でした。

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2016/03/08

【仏像】鎌倉の仏像を巡る(1)三世仏ってなに?浄智寺

Img_8772 熱海の宴会の後、ぽん太とにゃん子は、鎌倉へ仏像を見に行きました。

Img_8806 まずは浄智寺。鎌倉五山の第4位、入り口にある湧き水は鎌倉十井のひとつ「甘露の井」だそうですが、無知なるぽん太はまったく知らず。
Img_8771 さらに石段を登っていくと、新しい山門があります。三門の上層が鐘楼になっているのは、ちょっと珍しいのだそうな。
Img_8772 仏殿に祀られているのは「木造三世仏坐像」です。15世紀半ば(南北朝時代)の作とのこと。衣の裾を台座に長くたらしているのは、鎌倉地方に多い様式だそうです。左から阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来で、過去・現在・未来を表すそうです。

 「三世仏」をもう少し知ろうとググってみましたが、あまり情報がありませんね。あまり一般的ではない形式なのかもしれません。

 こちらのサイト(三世如来 - つらつら日暮らしWiki〈曹洞宗関連用語集〉)によると、阿弥陀如来は、十劫の大昔に仏陀となり、極楽浄土を治めるので過去仏であり、釈迦如来は歴史上の仏なので現在仏であり、弥勒は釈迦入滅後五十六億七千万年後に、次の仏陀として現れるので未来仏とするそうです。また、過去仏は釈迦だったり薬師だったり盧舎那仏だったりと、一定ではないそうです。
 さらに江戸時代の学僧・面山瑞方は、『洞上伽藍諸堂安像記』において、やや違った見解を述べていて、中国の天童寺の仏殿に釈迦・弥陀・弥勒を祀って「三世如来」と読んでいるのに倣って、永平寺や泉涌寺が三世物を祀ったのであり、釈迦が過去、阿弥陀が現在、弥勒が未来である、と書いているそうです。

 確かに、永平寺の許可を得て作成されたサイト(曹洞宗大本山永平寺)には、永平寺の仏殿には三世如来が祀ってあり、左が阿弥陀仏(過去)、中央が釈迦牟尼仏(現在)、右が弥勒仏(未来)であって、中国天童山の三世如来に準じたものと書かれております。

 また、泉涌寺のホームページ御寺 泉涌寺|公式サイトには、阿弥陀(過去)・釈迦(現在)・弥勒(未来)の三世仏(これは運慶作ですね!)が仏殿に祀られているけれど、こうした形式は日本には少なく、南宋仏教の影響であると書いてあります。

 宋は中国の王朝。北宋(960年から1127年まで)と南宋(1127年から1279年まで)に分けられます。永平寺の開祖・道元が宋の天童寺に留学したのが1223年から1228年まで。泉涌寺を開山した俊じょう(しゅんじょう)の宋留学は、1199年から1211年。
 本家の中国の天童寺はどうかというと、こちらのサイト(感動大陸 | 中国観光地情報 - 天童寺)には、大雄宝殿に高さ13.5mの三世物坐像が安置されていると書いてありますが、いつ頃のものなのかちとわかりません。

 ちなみに「弥勒」は普通は「菩薩」なのに、この三世仏では「弥勒如来」です。弥勒は現在は修行中の菩薩ですが、仏陀の入滅後56億7千万年後の未来に悟りを開いて如来となり、人々を救うとされています。その如来になった姿を先取りして表現したのが「弥勒如来」ですね。

 狸のぽん太がぼんやり分かったところでは、三世仏は日本では珍しい形式で、宋の禅宗の影響を受けたもののようです。
Img_8773 続いてこちらは「木造観音菩薩立像」。南北朝時代の作で、元々は三門の上に祀られていたものだそうです。細かい装飾が美しい、優美な仏様です。案内板に、関東大震災で破損したものを昭和初期に復元したと書いてありました。

 浄智寺には他に重要文化財の「木造地蔵坐像」がありますが、現在は鎌倉国宝館に貸し出し中とのこと。
Img_8775 境内にあった石仏。古い物ではなさそうですが、子どもに対する母親の慈しみが感じられます。
Img_8776 書院は、茅葺きの瀟洒な建物です。
Img_8777 体がとぐろを巻いた蛇になっている石仏。これは宇賀神(うがじん)ですね。Wikipediaによると、日本で中世以降信仰された神様で、日本の神話に登場する宇迦之御魂神(うかのみたま)に由来するものと言われているものの、はっきりとはせず、のちには弁財天と習合したりしたそうです。
Img_8781 「横井戸」です。用水として彫られたものだそうです。少し入ってみましたが、真っ暗なので撤退。
Img_8784 「やぐら」と呼ばれる横穴です。かつては墓として、住居として、そして倉庫として使われて来たそうです。
Img_8792 猫だにゃ〜。浄智寺には澁澤龍彦の墓もあるそうですが、後の祭り。

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2016/03/07

【うなぎ】うなぎ亭友栄・一夜城(小田原)、かんぽの宿熱海

Img_8759
 2月中旬、どうぶつ精神科医仲間の旅行が、かんぽの宿・熱海で行われました。
 前日、グルメのゴールデンレトリバー君の案内で、有志が小田原のうなぎ亭友栄で昼食。こちらが公式サイトです。
Img_8743 席の順番が来るまで1時間かかるということなので、近くの一夜城跡に行きました。小田原城を包囲した豊臣秀吉が、1590年(天正18年)に築いた城ですね。「一夜城」と呼ばれてますが、実際は小田原城から見えないようにして80日かけて築き、目隠しの木を切り倒すことで一夜にして築いたように見せたそうです。秀吉は側室の茶々や千利休を呼び寄せ、連日茶会を開いて大騒ぎ、箱根の温泉を楽しんだりして、北条方の戦意を喪失させたそうです。戦わずして勝つという、秀吉ならではの戦略ですね。
Img_8747 一夜城から見た小田原市内。中央に見える緑地の左端の上のあたりに小田原城が見えます。

Img_8754 ほどよくお腹がこなれたところで、うなぎの順番がまわってきました。
Img_8757 うなぎもです。ふっくらしてプリプリ。うなぎもは生臭い物と思っていたぽん太はびっくり!
Img_8758 うな重は冒頭の写真を御覧下さい。とろりととろけるような柔らかさで、とても美味しゅうございました。
Img_8765 かんぽの宿・熱海は高台にあるので(隣りが星野リゾート)熱海の街並が絶景でした。夜は宴会。ぽん太も、ぶんぶく茶釜に化けて綱渡りをしながら腹鼓をたたくという芸をご披露いたしました。

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2016/03/06

【温泉】秘湯ブームの先駆け、いまだ健在!法師温泉長寿館(★★★★★)

Img_8729
 2月の初旬のことですが、日本の秘湯を守る会のスタンプ帳のご招待で、法師温泉長寿館に泊まってきました。言わずと知れた秘湯ブームの先駆け。あれからずいぶん時が流れましたが、いまだあの「秘湯」は健在でした。こちらが公式サイトです。
 人気が出たからといって高級化したりせず、ましてや品質を落とすこともなく、歴史ある一軒宿の風情を保ち続けて来たことに拍手喝采。ぽん太の評価はこれ意外なしの5点満点です。

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Img_8642 ぽん太は3回目くらいの宿泊になるでしょうか。何度観ても美しい佇まい。渡り廊下も風情があります。本館の建物は明治初期のもの。2006年に別館・法師乃湯とともに登録有形文化財に指定されております。
Img_8725 こんかいはご招待だったので、本館から渡り廊下を渡った「法隆殿」のお部屋でした。平成5年に建て替えられたそうですが、外観は古い雰囲気を保ってます。なによりもアルミサッシュを使ってないのが偉いです。
Img_8713 内部はこのように吹き抜けの廊下があったりして、現代的なセンスが感じられます。
Img_8648 こちらが客室です。部屋が三つもあって、ぽん太とにゃん子にはもったいないくらい立派です。いわゆる「温泉旅館」っぽい華美さはなく、格式を感じさせる造りです。
Img_8652 本館と渡り廊下が生み出す造形。
Img_8694 本館を正面から眺める。
Img_8711 つららが宿の灯りに光ってます。
Img_8715 夜の本館。
Img_8670 廊下の板の張り方がちょと素敵。
Img_8666 温泉内は撮影禁止です。有名な法師乃湯と、玉城乃湯・長寿の湯の三つのお風呂があります。法師乃湯は混浴で、女性タイムあり。玉城乃湯と長寿の湯は男女時間制に変更になっており、それを知らなかった女性客にぽん太のヌードを見られてしまいました(女性は浴衣着てました(´・ω・`))。
Img_8663 温泉分析表です。長寿乃湯と、玉城乃湯の内風呂に使われている源泉です。泉質は、カルシウム・ナトリウムー硫酸塩温泉。
Img_8705 玉城乃湯の野天風呂の温泉分析表ですね。泉質は単純温泉です。
 法師乃湯の温泉分析表の写真は撮れませんでした。
Img_8672 館内にフルムーンのポスターが貼ってありました。なつかしゅすな〜。ぐぐってみたら1982年の国鉄(!)のCMだそうです。
Img_8698 夕食のメニューです。
Img_8699 イワナは塩焼きじゃなくって、唐揚げの南蛮漬け。お造りのオレンジ色のお魚は「ギンヒカリ」。群馬県がブランド化を進めているニジマスですね。
Img_8701 リンゴの上に乗った焼き物。
Img_8703 赤城鳥や麦豚のタジン鍋とご飯です。
Img_8717 こちらが朝食です。

Img_8736 翌日はかぐらスキー場の田代エリア(いつのまにか「かぐら・みつまた・田代スキー場」じゃなくなってた)でスキーを楽しみました。天気は快晴!真っ白な谷川岳周辺の山々が望めました。

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