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2016/03/13

【オペラ】あちこちからすすり泣きが……「イェヌーファ」新国立劇場

 ヤナーチェクの「イェヌーファ」、ぽん太は生まれて初めて観ましたが、とっても感動しました。特にラストでは、客席のあちこちからすすり泣きが……。もちろんぽん太もぐっすん(ノω・、)。ここは歌舞伎座か!?オペラでこんなの初めてです。
 ヨーロッパのオペラを聴いても心底共感するという感じにならないのですが、東欧と日本は共通するところがあるんですかね〜。

 ぽん太はヤナーチェクといったら、子狸の頃に買ったドヴォルザークの交響曲8番のLPのB面に入っていた「利口な女狐の物語」の組曲しか聞いたことはありません。子供ながら、同じチェコスロヴァキア人でも(当時はチェコとソロヴァキアが一つの国でした)、ドヴォルザークのような土臭さがない、透明な音色に聞き入っていたのを覚えています。

 あれから40年!(綾小路きみまろの口調で)、久々に聴いたヤナーチェクは、音楽の素晴らしさはもちろん、脚本、歌手、演出のすべてがそろった名演でした。

 舞台はキリスト教的な倫理が支配するド田舎の小さな村で、誰が何してるか村人全員が知っているような息苦しさがあります。血縁も濃密にして複雑で、イェヌーファを育てているコステルニチカは義理の母親。イェヌーファが愛しているシュテヴァはいとこで、イェヌーファと最後に結ばれるラツァはシュテヴァの腹違いの弟、といった具合。
 日本でいえば「おしん」だか「楢山節考」だか「八墓村」みたいなドロドロした話しですが、ヤナーチェクの音楽は透明にして清浄。それでいて底知れぬ不安感を掻き立てます。

 脚本はガブリエラ・プライソヴァー(1862年 - 1946年)という女性の、「あの女(ひと)を育てた娘」(1890年)という戯曲だそうです。公演プログラムの演出家クリストフ・ロイのインタビューによれば、この戯曲は作者自身によって1930年にノベライズされたそうで、そこでコステルニチカの人生も描かれているそうです。すなわち、コステルニチカはトマを愛していましたが、トマは別の女性と結婚します。女性はイェヌーファを授かりますが、出産直後に死亡。コステルニチカが後妻となりますが、トマはDVのアル中男となり、夜は夫の暴力から逃れて森の中をさまようありさま。トマがようやく死んで、コステルニチカはイェヌーファを育てているということで、オペラにつながります。

 こうしてみると、コステルニチカが、愛する人(トマ)が別の人と生した子供(イェヌーファ)を育てるという構造が、ラツァが、愛する人(イェヌーファ)が別の人と生した子供(殺された赤ん坊)を育てるという形で、世代を替え、人を替え、反復されていることがわかります。
 また、出産後間もなく母親が死んだことで後妻になれたという経験を持つコステルニチカが、今度は出産後間もなく子を殺すことで母親を救おうとしたことになります。
 このあたり、極めて精神分析的です。

 ヤナーチェクが生まれたのは1854年、場所はモラヴィアのフクヴァルディです。当時はオーストリア帝国の支配下で、現在はチェコに属します。
 モラヴィアと聞くと、精神科医のぽん太が思い出すのは、そこがフロイトの出生地だということで、フロイトは、ヤナーチェクの誕生の2年後の1856年に、モラヴィアのフライベルク(現在の呼び名はプジーボル)で生まれました。
 フクヴァルディ(図の赤)とプジーボル(図の青)は、下の地図のように、車で10分ほどの近さです。

 ということで、なんかフロイトとヤナーチェクに関係があるかと思ってちと調べてみましたが、特に交流の証拠は見つかりませんでした。フロイトはあんまり音楽には興味がなかったのかもしれません。
 プライソヴァーが「あの女を育てた娘」をノベライズするときに、当時流行していたフロイトの影響を受けていた可能性もありますが、みちくさはこのあたりで止めて、引き返すことにしましょう。

 コステルニチカは、イェヌーファが私生児を産むことを隠すため、ウィーンに行ったことにして何ヶ月も自宅に閉じ込め、そしてついに生まれたばかりの赤ん坊を凍てつく冬の川に沈めて殺してしまいます。私生児を産むことが極めて恥ずべき、穢らわしいことであったという、当時のキリスト教道徳という前提は、受け入れるべきでしょう。
 子供を川に沈めて家に帰って来たコステルニチカは、手がかじかんでカギを開けることができず、窓からカギを投げ込んで、イェヌーファにドアを開けさせます。ぽん太は、自分の手にも冷たさの感触がして、恐ろしくなりました。
 春になって川の氷が溶け、子供の水死体が見つかります。イェヌーファは、自分が編んだ服を赤ん坊が来てたことから、それが自分の子供であることを知ります。かつては恋の炎に胸を焦がしたこともあり、飲んだくれのDV夫にひどい目にもあい、心を閉ざして村人から変人のように思われながらも、因習的な村のなかでささやかな幸福を追い求めていたコステルニチカが、罪深い行為を告白するシーンは哀れみと同情をさそうやるせない場面で、客席のあちこちからすすり泣きが聞こえて来ました。
 このオペラは「イェヌーファ」というタイトルですが、登場人物の中で一番ドラマチックなのはコステルニチカでした。

 一方イェヌーファは、最初こそチャラチャラしたお姉ちゃんかと思って観てましたが、だんだんと汚れのない聖女の姿を現して来ます。頬の傷は言ってみれば「聖痕」か。私生児を身ごもったために自宅に閉じ込められているのに、義母を恨むこともなく、人目を避けて夜だけ明けることを許された窓から見た夜の森の美しさに見とれます(この窓の外の夜景は、目映いばかりの光で表現されていました)。最後にイェヌーファが、我が子を失った悲しみのなか、自分を裏切って村長の娘と結婚するシュテヴァを許し、我が子を殺したコステルニチカを許し、自分の頬に傷をつけたラツァの愛を受け入れて前向きに歩き出そうとする姿は、とってつけたエンディングにも見えますが、ほのかな「希望」を感じました。ただ、二人が歩んで行く先が漆黒の闇というのは演出の妙。

 今回の公演のプロダクションは、ベルリン・ドイツ・オペラで2012年に初演されたものを、シュテヴァ役以外、歌手も同じ人たちを連れて来たものだそうで、歌手も演出も、極めて質の高いものでした。
 歌手に関しては、演出家の考えだと思うのですが、全体にちょっと固めのぶっきらぼうな歌い方で、舞台が現代演劇風に感じられました。
 演出・美術も素晴らしかったです。舞台は黒い壁で覆われていて、小さな真っ白の直方体の空間が開けられています。赤ん坊を入れて運んだ黒いカバンを抱きしめたままコステルニチカが中に導き入れられます。そこからオペラが始まり、その狭い空間で劇が行なわれるのですが、その圧迫感と透明感が絶妙でした。最初の場面がコステルニチカが牢屋に入れられる場面で、そこからさまざまな回想が甦ってきてオペラが始まるという設定であることは、ぽん太は最後にようやくわかりました。内容を知ってる人なら最初からわかったんでしょうね。
 始まって少したって、ふと気がつくと、いつの間にか直方体がさっきより横に広がってます。よく見ると、じわじわと大きくなったり、ゆっくり背景が動いたりしてるみたいです。脳トレのaha!体験か、と突っ込みたくなりました。

 チェコの指揮者トマーシュ・ハヌスと東京交響楽団の演奏も良かった気がします。合唱指揮がいつもの三澤洋史ではなく冨平恭平でした。交替したのかしら?

レオシュ・ヤナーチェク
「イェヌーファ」
2016年2月28日
新国立劇場

原作:ガブリエラ・プライソヴァー
台本・作曲:レオシュ・ヤナーチェク

指揮:トマーシュ・ハヌス  
演出:クリストフ・ロイ

美術:ディルク・ベッカー     
衣裳:ユディット・ヴァイラオホ
照明:ベルント・プルクラベク  
振付:トーマス・ヴィルヘルム
演出補:エヴァ=マリア・アベライン 
舞台監督:斉藤美

ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ: ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
粉屋の親方:萩原 潤
村長:志村文彦
村長夫人:与田朝子
カロルカ:針生美智子
羊飼いの女:鵜木絵里
バレナ:小泉詠子
ヤノ:吉原圭子

合唱指揮:冨平恭平
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
芸術監督:飯守泰次郎

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