« 【蕎麦】手打ちそば かたせ(長野県北安曇郡池田町) | トップページ | 【バレエ】これだけのダンサーを集めたのにちと物足りず・バレエの王子さま »

2016/08/10

【仏像】平安時代の5躯の重文は圧巻・放光寺(山梨県甲州市塩山)

Img_1414 6月上旬、ぽん太とにゃん子は、山梨県は塩山にある放光寺を訪れました。 場所は、武田氏の菩提寺として有名な恵林寺の少し北。ここは平安時代の国重文が何躯もあります。こちらが放光寺の公式サイトです。
Img_1426 放光寺は、平安時代に山岳仏教として一之瀬高橋に建立されました。一之瀬高橋は、現在の位置から北東の山中で、埼玉県との県境近く、多摩川の源流として知られる笠取山の南に位置します。
Img_1412 寿永3年(1184年)、甲斐源氏の一族であった安田義定により、現在の地に移されました。義貞は、大日如来、愛染明王、不動明王などの仏像を京都から勧請し、また奈良の仏師成朝を招いて金剛力士像や毘沙門天像などを造らせました。大小の伽藍は武田氏滅亡のおりに織田軍によって焼き払われ、現在の建物はその後に再建されたものだそうです。

 宝物殿のなかに、大日如来坐像、不動明王立像、愛染明王坐像が安置されております。平安時代の重文の仏像が並んだ様は、なかなかの迫力です。
 中央に位置する大日如来坐像は、智拳印を結ぶ金剛界のお姿。写真撮影禁止なので、たとえば放光寺のサイト(こちら)を御覧下さい。まことに整った都風の仏像で、優美で厳かな感じがします。円派の作と考えられるそうですが、院派と円派の違いはぽん太には皆目わかりません。

 目を引くのが向かって左側の愛染明王坐像です。写真はこちらをどうぞ。ちなみに冒頭の写真は、現在愛染堂に祀られているものです。
 三眼六臂のお姿は定番ですが、空に向かって弓を引いているのが珍しいです。『瑜祇経』第五品のなかにある偈頌(げしゅ)「衆星の光を射るが如し」の部分を再現したものだそうで、他には高野山金剛峯寺や、京都府木津川市の神童寺の像が有名だそうです。放光寺のものは、天弓愛染明王としては日本最古だそうです。
 憤怒の相を浮かべ、六本の腕の日本で空に向かって弓を引き絞るという複雑な造形ですが、躍動感溢れる鎌倉時代の仏像とは異なり、平安らしくパワーを内に秘めた仏様です。

 不動明王立像(写真)もまた、腰を軽く右にひねり、羂索を持つ左手はだらりと下げられており、衣紋も細かく流麗。不動明王とはいっても、優しい感じで、ちょっと素朴な像です。

Img_1429 金剛力士像も重文ですが、こちら写真撮影可です。大仏師・成朝の作と言われております。こちらは鎌倉時代らしい力強い造形で、肋骨部分のボコボコや、胸筋の中央に走る横の線など、デフォルメされた筋肉の表現も見事です。
Img_1428両像の鬢だけを剃り残した髪型や、吽形の裾が風でまくれ上がって腿が見えるような表現は、全国的にも珍しいものだそうです。

Img_1410 毘沙門堂には、県指定の毘沙門天像が安置されております。絢爛豪華に彩色されておりますが、これは江戸時代になされたものだとのこと。しかし、弓なりに反った身体や、威張ったような表情など、なんか平安後期から鎌倉時代の仏像とは思えないところがあります。彩色と同時に改修もされたのかしら?

Img_1422 最後に、お茶とお菓子のサービス付き。お庭を見ながら頂きました。


放光寺(山梨県甲州市塩山)

木造大日如来坐像 木造漆箔 像高95.4cm 平安時代 国指定重要文化財
木造天弓愛染明王坐像 檜材・寄木造・彩色 像高は89.4cm 平安時代 国指定重要文化財
木造不動明王立像 平安時代 国指定重要文化財
木造金剛力士立像(2躯) 檜材・寄木造・彩色。像高阿形像263.0cm・吽形像264.0cm。鎌倉時代 国指定重要文化財

毘沙門天像 江戸時代に彩色 像高147.8cm 平安後期・鎌倉時代 県指定

|

« 【蕎麦】手打ちそば かたせ(長野県北安曇郡池田町) | トップページ | 【バレエ】これだけのダンサーを集めたのにちと物足りず・バレエの王子さま »

思想・宗教」カテゴリの記事

旅・宿・温泉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/63979021

この記事へのトラックバック一覧です: 【仏像】平安時代の5躯の重文は圧巻・放光寺(山梨県甲州市塩山):

« 【蕎麦】手打ちそば かたせ(長野県北安曇郡池田町) | トップページ | 【バレエ】これだけのダンサーを集めたのにちと物足りず・バレエの王子さま »