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2016/08/21

【寺院】仏像も多いけどいわれは不明・成田山新勝寺(千葉県成田市)

Img_1687 6月末。天気、曇り。ぽん太とにゃん子、成田山に行く。
 普通お寺というと、たとえ「浅草寺」という寺の名前は知っていても、○○山という山号は知らないものですが(ちなみに浅草寺は金龍山)、成田山の場合は、山号は知っていてもお寺の名前は知られてないのが不思議です(ちなみに成田山新勝寺です)。
 公式サイトはこちらです。
 上の写真は国重文の三重塔。ぽん太はこのように色付けされた三重塔は初めて見ました。きれいですね。正徳2年(1712)建立。
Img_1705 写真は国重文の仁王門。天保2年(1831)建立です。
 平将門の乱にあたって寛朝大僧正は、弘法大師が自ら刻んだ不動明王を京都から持参して成田の地に据えて、戦乱が治まるよう祈祷を行いました。平将門が敗北して平和が訪れたため、寛朝大僧正は像を持って京都へ帰ろうとしましたが、像がまった動かず、このちに留まるように告げたたため、ここに成田山新勝寺が開山されました。このとき天慶3年(940)でした。
 永禄年間(1558〜1570)、現在の成田市並木町の「不動塚」近辺に不動明王像が遷座されて伽藍が作られました。しかし戦国時代に荒廃し、寂れてしまっていたそうです。
 江戸時代になって、あちこちで出開帳が行われ、さらに歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗って人気を集めたことなどから、成田不動も信仰を集めるようになりました(成田山新勝寺 - Wikipedia)。
Img_1685 大本堂はコンクリート造の新しいものです。不動明王が安置されており、横の扉からなかに入って参拝することができるのですが、どんなお不動様だったか覚えてにゃい!ああ、にっくきはぽん太の狸脳。老化も加わって記憶力低下が著しいです。御本尊の不動明王と矜羯羅(こんがら)童子・制多迦(せいたか)童子(国重文、鎌倉時代)は秘仏ですから、拝観したのは前立の不動明王だと思います。写真撮影は禁止ですが、どうせあとでネットで写真を見つけられるだろうと思ったのが運のつき。写真も見当たりません。検索で出てくる、極彩色の建物のなかの青いお不動産は、平和の大塔のなかのoものだと思います。
Img_1689 ということで建物に戻って、こちらは国重文の釈迦堂。安政5年(1858)建立。
 先日観た米沢市の笹野観音堂と屋根の形が似てますね。あちらは天保4年(1843)年の建立でした。だいたい同じ時期ですね。この頃流行した形なんでしょうか?
 内部には釈迦如来と、普賢・文殊・弥勒・千手観音菩薩が祀られてます。これらの仏様のいわれもよくわかりません。国指定文化財等データベースで御本尊の不動明王の項を見ると、解説にわざわざ「これまで秘仏として一般の眼にふれなかったが、このほど寺の英断で調査を終えた」と書いてあります。多くの建物が重文に指定されている新勝寺ですが、仏像に関しては、文化財的な価値よりも信仰の対象としての役割を重視し、調査を積極的に受け入れなかったのかもしれません。
Img_1693 周りの壁は五百羅漢などの丹念な彫刻で飾られています。
Img_1694 奥へ進んで、額堂です(国重文、文久元年(1861)建立)。
Img_1696 奉納された額や絵馬がところせましと飾られています。
Img_1695 七代目市川團十郎の石像もありました。ちなみに先日他界した團十郎は12代目。七代目は1791年に生まれ、1859に他界しました。
 冒頭に書いたように、成田山は歌舞伎の市川團十郎家と深いつながりがあります。そういえば12代目團十郎の息子の市川海老蔵が、先日、新勝寺に得度したというニュースもありましたね。
 成田山のなかには、團十郎家ゆかりのスポットもあるようですが、こんかいは省略しました。
 そういえば以前に歌舞伎座で何かをやったとき、新勝寺のお不動様が出開帳していた記憶がありますが、あの不動産はどのお不動産なんでしょう?
Img_1698 さらに奥へと進み、光明堂。元禄14年(1701)建立。国重文です。大日如来、不動明王、愛染明王が安置されてます。
Img_1699 その裏側には奥之院の洞窟がありますが、門は固く閉ざされております。祇園会のときだけ門が開かれ、秘仏の大日如来を参拝できるそうです。
Img_1710 門前町もなかなかの風情です。写真は大野屋さん(公式サイト)。創業は寛政2年(1790)。現在の建物は昭和10年築で、国の登録有形文化財に指定されております。木造三階建て望楼つき。以前は旅館でしたが、現在は和食処です。あゝ、旅館の頃に泊まりたかった。
Img_1709 梅屋さんも残念ながら旅館を廃業し、現在はお食事処です。
Img_1712 成田山といえば鰻ですね。駿河屋さんの店先でうなぎをさばく職人さんたち。ぽん太とにゃん子は、今夜の宿の夕食を食べれるよう、鰻は残念ながら割愛しました。

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