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2016/12/16

【仏像】気迫みなぎる5体の運慶仏・浄楽寺(神奈川県横須賀市)

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 10月中旬、ぽん太とにゃん子は、秋のご開帳にあわせて横須賀市の浄楽寺に運慶作の仏像を拝観しに行ってきました。
 年に2回のご開帳ということで、どのぐらい混むのかなと思ってましたが、上野の国立博物館の仏像展ほどは混んでないけど、かといって人影まばらというほどでなし。仏像ファンの微妙な広がりぐあいを認識しました。


【寺院名】金剛山勝長寿院大御堂 浄楽寺
【住所】神奈川県横須賀市芦名2-30-5
【拝観】3月3日と10月19日にご開帳。その他は要予約
【仏像】
木造阿弥陀三尊像 桧材 寄木造り、彫眼 像高:中尊141cm、脇侍178cm 鎌倉時代前期 運慶作 重要文化財
木造不動明王立像 寄木造り、玉眼 像高138cm 文治5年(1189) 運慶作 重要文化財
木造毘沙門天立像 寄木造り、玉眼 像高139.5cm 文治5年(1189) 運慶作 重要文化財
【公式サイト】
http://www.jorakuji-jodoshu.com/blank-4
【写真】例えば以下のページなど。この議員さんとぽん太は別に関係はありません。
http://hasedon.info/blog/
http://skipio.sakura.ne.jp/15kamakura-fall/kamakura-aki-unkei2.htm


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 本堂の裏手の収蔵庫の中に、重文の仏様が安置されております。

 収蔵庫のなかに入ると、正面に阿弥陀三尊像が祀られております。中央が阿弥陀如来、向かって右が観音菩薩、向かって左が勢至菩薩ですね。そして三尊の左側やや手前に毘沙門天、右側やや手前に不動明王が置かれております。
 さすがに運慶の作品だけあって、力がみなぎっていて、見る人に迫ってきます。

 阿弥陀如来さまは、胸から肩にかけての肉付きががっしりしており、重量感があります。お顔は写実的で、鼻が高く、きりっと引き締まった表情。まるで若い力士のようです。衣紋の表現もリアルで、加えて勢いと変化があります。両手はふっくらと肉感的で、さわったら柔らかそうな感じさえします。
 両脇侍は、ほぼ左右対称なお姿です。細くくびれた腰は超人的なものを感じさせますが、お顔は中尊と同じように写実的で、人間のようです。

 ぽん太とにゃん子が以前に拝観した伊豆の願成就院にも、運慶作の阿弥陀如来、不動明王、毘沙門天立があります。これらは文治2年(1186)の作であり、その3年後に浄楽寺の諸仏が作られたことになります。ということで、両者を比較したくなってきます。(願成就院の諸仏の写真は、たとえばこちらの伊豆の国市のホームページを御覧下さい)。

 願成就院の阿弥陀如来は、胸の前で両手で説法印を結ぶなど、空間的な構成は優れてますが、お顔は写実的ではありません。一方で浄楽寺の阿弥陀如来さまは、お姿は定型的ですが、若武者のような力強い表情が特徴的です。
 毘沙門天は、願成就院のものは、右手で肩の高さで杖を持っているのが珍しく、独特な空間構成を生み出しています。また右足は、ひざ伸ばしたまま開いています。一方浄楽寺のものは右手を高く上げ、右足をくの字に曲げており、躍動感と迫力が強く感じられます。

 不動明王は、願成就院のものは、左の肘を曲げて高い位置で羂索を持ち、右手の剣も高めの位置で構えております。こうしてできた両腕の下の空間に、制吒迦童子と矜羯羅童子が収まっている訳で、これまた造形的な空間構成がとられております。また、一般的な像容とは異なり、両目は正面を睨み、牙は2本とも下向きに生えています。一方浄楽寺の不動明王は、しきたりに従って、一方の目が天を睨み、他方は地を睨んでおり、牙も一方は下から他方は上からはえております。羂索を持つ左手は力強く下に伸ばされ、剣を持つ右手も力を込めて腰に据えられていて、歌舞伎の見得を見ているかのような力強さがあります。

 まとめると、願成就院の諸像は、定型からはずれる像容をとりながらも、空間構成に工夫がこらされており、静的です。一方、浄楽寺の諸像は定型的なお姿ですが、表情がリアルで人間的であり、ダイナミックで力強く気迫が感じられる、とぽん太は思いました。

 これらの諸像が運慶作であることが判明する根拠となった、像内に納入されていた銘札も展示されておりました。ぽん太は「運慶」という字だけかろうじて見つけることができました。


 さて浄楽寺は浄土宗の寺院ですが、公式サイトによると、詳しい歴史はよくわからないそうです。元々は、平安後期から鎌倉にかけての武将、和田義盛の阿弥陀堂だったそうです。
 運慶に仏像制作を依頼したのはこの和田義盛で、奥州遠征の祈願のためとも言われておりますが、一方で、運慶仏を祀った願成就院を建立した北条時政に対する対抗心があったとも言われているそうです。頼朝の死後、時政と義盛の対立は激しさを増し、建暦3年(1213)の鎌倉合戦で和田一族は滅亡することになります。
 運慶が同時期に作った素晴らしい仏像の背後に、このような血なまぐさい歴史があったんですね。そう思って改め運慶の諸仏を見ると、また違った面が見えてくるかもしれません。


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 収蔵庫の奥にある墓地に、前島密のお墓がありました。
 前島密って誰やねん。なんか郵政選挙のときの国会の討論の紙芝居で、出て来たきがするが……。
 ぐぐってみると、日本の政治家・官僚で、天保6年(1835) に生まれ大正8年(1919)に死去。郵便制度の創始者のひとりとのこと。ふ〜ん、そうだったのか〜。

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