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2017/01/20

【歌舞伎】巳之助の吃又が鬼気迫る演技/2017年1月浅草歌舞伎第1部・第2部

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 今年の歌舞伎初めは浅草から。根性を入れて第1部、第2部と通しての観劇です。今年は、このところ常連の松也、巳之助、隼人、梅丸に、壱太郎が3年ぶりに加わっての公演。公式webサイトはこちら、歌舞伎美人のページはこちらです。

 「傾城反魂香」の巳之助の浮世又平の鬼気迫る演技に感動しました。この役を得意とした父・三津五郎への思いも込められているのかもしれません。ちょっと歌舞伎っぽさに欠ける気もしましたが、写実的な演技で吃り故に差別される又平の苦悩を迫真の演技で表現いたしました。
 出だしは飄々とした感じがなくて今ひとつでしたが、妻にはもう任せておけぬと、不自由な口で自ら訴え始めてからテンションがアップ。
 極めつけは妻おとくの「気違い」という言葉尻に腹を立て、おとくを打ち据えるシーン。普通だと、行き場のない気持ちを思わず妻にぶつけてしまうという、情けなくもやるせない場面ですが、巳之助の場合、「気違い」という妻の言葉に完全にブチ切れて自分を失い、妻を殴りまくってました。そのあとの両目をひんむいて天を仰ぎ吠えるかの様な表情は、恐ろしい限りでした。ちょっとしたことで切れたり、怒り出すと何をするか分からなかったり、無差別殺人が頻発したりという、昨今の精神性につながるものを感じました。
 その後だっけ、他のところだったか忘れてしまいましたが、登場人物全員が凍り付いて動かない長い間がありました。なんだこりゃ、流行のマネキン・チャレンジか?それとも誰かがセリフを忘れてるの?ちょっとドキドキしました。

 対するおとくの壱太郎にはちょっと不満が残りました。最初のおしゃべりも、あまりリズムに乗ってないというか、「ぺらぺらとよくしゃべる」という感じがありませんでした。初役ということで猿之助に習ったとのことですが、猿之助得意のちょっとわざとらしいスタンドプレーを踏襲して、手水鉢を抜けた絵を覗き込む仕草で笑いを取ったり、そのあと腰を抜かしていざる演技で拍手喝采をもらったりしてましたが、巳之助の写実的な演技とはスタイルが合わないのではないかい?初役は習った通りに演じないといけないというしきたりがあるから仕方ないのかもしれないけど、それなら時蔵にでも教われば良かったのに……。ちょっと残念でした。

 ところでこの「傾城反魂香」、吃りという「障害」故に土佐の名字をもらうことができない又平が、我が身の不幸を嘆くという話しだと思ってました。ところが今回聞いていて、師の土佐将監は「吃りだからだめだ」とはちっとも言ってない気が。修理之助は筆で寅をかき消したから名字を与えたんだとか、武道で功を立てたとしても、絵の功がなければ名字はやれぬとか、絵がだめだから名字はやれんと言っているのを、又平夫婦が勝手に「吃りのせいで名字がもらえない」と思い込んでるように思えました。う〜ん、これでは障害者のひがみ根性になってしまう……。

 ということで、脚本を読んでみることにしました(鳥越文蔵編著『傾城反魂香 歌舞伎オン・ステージ12』白水社、1989年)。又平が吃りだから名字はやれないと言っている部分は……。
 まず、土佐将監が「娘を傾城つとめさせてまで貧しい思いをしているのは、土佐の名を大切に思っているからだ」と言う部分。「琴指書画は肱の業、貴人高位の御座近く参るは絵書。物も得云わぬ身を以て及ばぬ願い。似合うたように大津絵書いて世を送れ」と言ってます。
 琴指書画は、君子の余技とされていた琴・囲碁・書・画を意味するそうです。ここでは「貴人高位の人と間近に接することになるのだから、吃りのお前は無理だ」と言っているようです。
 もう一つは、姫君を取り返しに行く役を自分に申し付けて欲しいと懇願する又平に対する、将監の「片輪の癖に述懐涙不吉千万。相手になって果てしなし」というセリフ。
 他には見当たりません。う〜ん、そんなに又平の吃りを差別してないような気もします。

 ひょっとしたら近松門左衛門の原作ではもっと差別してるけど、近年の上演に合わせて差別的なセリフを減らしたのかもしれません。ということで原作にあたってみましょう(『近松全集 第五巻』岩波書店、1986年)。

 上で最初にあげた部分。現行脚本では義太夫が「将監も不憫さの、ともに心は乱るれど、わざと声を荒ららげ」と、将監も又平が哀れだと思ったけれど、わざときっぱりと言ったことになってますが、近松の原作では「将監もとよりきみじかく」と、元々気が短い将監は本当に怒っていたことになってます。そうして「ヤア又しては又してはかなわぬことを吃りめが……琴棊書画ははれのげい。貴人高位の御座近く参るは絵書。物もゑいはぬ吃りめが推参千万。似合ふた様に大津絵かいて世をわたれ」と言います。内容的に近いとはいえ言葉遣いが厳しく、又平のことを「吃りめ」と呼び、「琴・囲碁・書・画絵書は晴れの芸だ。貴人高位の人のお近くに出向くのだから、お前のような吃りが貴人の前に出向くなどありえんわい!」と言ってます。

 こうしてみると、近松の原作ではやや表現はきついものの、現行の台本と同じように、そんなに吃りに対する差別は強調されていないようですね。
 当時としては、吃りの人が差別されるのは当たり前のことで、わざわざ強調する必要もなかったのかもしれません。
 さらに考えてみれば、江戸時代は身分制度などほかにもさまざまな差別があり、その中で、それを受け入れて、人々は生きていたわけです。歌舞伎には、身分制度の中で生きる人々の様々な苦しみが描かれておりますが、身分制度はいかんとか、身分制度をやめろみたいな話は決して出てきません。身体障害に関しても、吃りが差別されるのは当たり前と考え、差別のなかで生きる苦しみを表現しようとしたのかもしれません。

 この話題とは関係ありませんが、台本を読んでみてちょっとびっくりしたのは、歌舞伎オンステージの脚本では、又平が修理之助を止めようとして、弟弟子に「修理様」と様づけで呼ぶ部分がないですね。
 吉右衛門は以前に「修理…様」と間を入れて、目下に様をつけるところを強調していましたが、次に見た時は普通に「修理様」と言ってました。
 近松の原作では、「殿共いはぬスッすゝすすつすり様」(修理殿とは呼ばない、す、すす、修理様)と、もっと分かりやすくなってますね


 その他、第2部の「角力場」の隼人クンの山崎屋与五郎がよかったです。実になよなよ軟弱でお調子者のつっころばしで、可愛らしさや色気もありました。ぜひ精進を続けて、やがては「吉田屋」の伊左衛門を演じて欲しいです。


新春浅草歌舞伎

浅草公会堂
平成29年1月11日

第1部
  お年玉〈年始ご挨拶〉
    中村壱太郎

  近松門左衛門 作
一、傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
  土佐将監閑居の場

    浮世又平後に土佐又平光起:坂東巳之助
    又平女房おとく:中村壱太郎
    狩野雅楽之助:中村隼人
    土佐修理之助:中村梅丸
    将監北の方:中村歌女之丞
    土佐将監光信:大谷桂三

  義経千本桜
二、吉野山(よしのやま)

    佐藤忠信実は源九郎狐:尾上松也
    早見藤太:坂東巳之助
    静御前:中村壱太郎

第2部
  お年玉〈年始ご挨拶〉
中村隼人

  双蝶々曲輪日記
一、角力場(すもうば)

    放駒長吉:尾上松也
    山崎屋与五郎:中村隼人
    藤屋吾妻:中村梅丸
    濡髪長五郎:中村錦之助

  四世鶴屋南北 作
二、御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)

    白井権八:中村隼人
    幡随院長兵衛:中村錦之助

  岡村柿紅 作
三、棒しばり(ぼうしばり)

    次郎冠者:尾上松也
    曽根松兵衛:中村隼人
    太郎冠者:坂東巳之助

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