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2017年1月の8件の記事

2017/01/31

【温泉】雪見露天で今年の温泉入り初め・中山平温泉花渕荘(鳴子温泉郷・宮城県)(★★★★)

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 ぽん太とにゃん子の今年の初温泉は、「雪見露天風呂」がテーマ。とはいえ大寒波が次々と訪れる昨今、山奥や豪雪地帯は危険です。ということで、宮城県は鳴子温泉郷、中山平温泉の花渕荘に泊まってきました。公式サイトはこちらです。
 上の写真の通り、望み通りの雪見露天風呂を満喫!夜はライトアップされるなか雪が降りしきり、さらにきれいでした。お湯はいまいち特徴がありませんが、湯量豊富な源泉かけ流し。お料理も美味しくてもりだくさん。さらにウサギちゃんのお出迎えもついて一泊7000円はコスパ最高です。建物も小ざっぱりときれいですが、古めかしさがないのがぽん太の好みからはかえって減点となり、ぽん太の評価は堂々の4点。でも満足度は満点かな。

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 東北道を走っているときは晴れ間も見えましたが、鳴子温泉に近づく頃から雪が降り出しました。ただ、国道からちょっと入ったところにあるので、運転の心配はありません。花渕荘の建物は、ご覧の通り新しく小ざっぱりしております。
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 うさちゃんのお出迎え。とっても大人しいです。
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 お部屋も小ざっぱりとしてきれいです。
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 温泉は、男女別の内湯・露天に、貸切露天風呂があります。写真は内湯です。けっこう広いです。お湯は無色透明、無臭で、微かな甘みがあります。ぬるぬる系のお湯を期待していたのですが、若干ぬるぬる感がある程度でした。
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 ドアから外に出ると、こんかいのお目当の露天風呂があります。泉温もややぬるめなので、雪を眺めながらゆっくりと温まることができます。
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 温泉分析表です(クリックで拡大します)。泉質は単純温泉。泉温は72.1度と高温。これだから雪見露天風呂が可能なんですね。加水なしの源泉かけ流しですが、内湯は循環と消毒をしているようです。露天は正真正銘の源泉掛け流しのようです。
Img_4284 温泉分析表その2です(クリックで拡大します)。大きな特徴はありませんネ。
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 こちらは貸し切り露天風呂。あまり広くはありませんが、のんびりできます。

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 さて、夕食です。正直、料金からいってあまり期待してなかったのですが、豪華さにびっくり。しかもぽん太とにゃん子の好みの、地元の食材を使ったお料理です。
 台の物は牛タン、岩魚はなんと「天然」です。お造りもとっても新鮮で。酢の物には干し柿が入ってました。ご飯は地元で作っているつや姫。
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お味噌汁の具は雪茸(初めて食べました)と緑の葉っぱ(う〜ん名前忘れた)。

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 朝食もおいしゅうございました。宮城名物しそ巻きがついてました。

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2017/01/30

【オペラ】ラストは思わずうるうる「カルメン」新国立劇場

 このプロダクションの新国立の「カルメン」はこれで3度目。「まあ見とくか」みたいな感じで行ったのですが、とっても感動しました。素晴らしい舞台だった気がします。

 エレーナ・マクシモワは、容姿といい声質といいカルメンにぴったり。ほどほどにグラマーな体格で、ちょっとドスが利いた声。情熱的で奔放で、ちょっとすれっからしの雰囲気をみごとに歌い、演じてました。ぽん太は、新国立の「ウェルテル」でシャルロットを歌ったのを聞いているようです。
 最初の方で、後ろ手に縛られた状態でドン・ホセを籠絡しようとして、長椅子に座り、口を使ってスカートをたくし上げて脚を見せる演技には虚をつかれました。これまでもこんな演出あったかな?

 ドン・ホセのマッシモ・ジョルダーノはなかなかの男前。ぽん太は初めて聴きました。イタリア生まれとのことで、いかにもイタリアっぽい歌い方。嫌いではありませんが、フランス・オペラの「カルメン」では若干違和感もありました。彼もまた演技力抜群。

 この二人による闘牛場の前のラストシーンは圧巻でした。建物の陰からうつむいて現れたドン・ホセが姿は、カルメンへの愛に翻弄されて人生めちゃくちゃになり、すっかりやつれて、もう行っちゃってる感じ。危ないです。「僕はお前(カルメン)を救いに来たんだ。二人で幸せになろう」などと甘いメロディーで歌いますが、典型的なストーカーというか、自分勝手な言い草です。エスカミーリョを愛しているというカルメンの言葉に身悶えし、地面に巻かれた花を蹴散らします。感情が暴力的行動を引き起こし初めており、とっても危険。そして「お前を救いたい」という言葉が、だんだんと「言う通りにしないと殺すぞ」という色調を帯びてきます。「これほど脅してもか」と思わず本音をいうホセ。身の危険がせまっているのに、自分を偽ることをせず、しまいにはもらった指環を投げ返すカルメン。ラストシーン、ホセは舞台中央で観客の方を向き、ナイフの一撃を受けたカルメンは観客に背を向けて崩れ落ちて行きますが、まさに映画の一場面を見ているかのような迫真の演技でした。

 エスカミーリョのガボール・ブレッツは、以前にスカラ座の「ドン・カルロ」の修道士役を聴いてるはずですが、記憶になし。お目当ての「闘牛士の歌」は、なんか声があんまり出てなくて、ちょっとがっかりでした。でもその後では迫力あるバスを聴かせてくれていて、ちょっと不思議。闘牛士の歌は音程が合わなかったのかしらん。

 砂川涼子のミカエラが、声量も外国勢に引けを取らず、ミカエラの清楚さが出ていてとても素晴らしかったです。妻屋秀和がスニガ、星野淳のモラレスもいつもながらいい仕事。


 公演後に、芸術監督の飯守泰次郎さんによる、来シーズンのラインナップの説明会がありました。いつもながら、誠実で音楽愛に満ちた飯守さんのお話しでした。
 再演であっても、これまでよりも良い舞台にするために、キャストや演出などいろいろ努力や工夫をしているということを飯守さんはおっしゃっていて、今回の「カルメン」の舞台の素晴らしさの理由ががわかりました。
 「え〜日本人〜?」とパスするつもりだった「松風」にも行ってみたくなりました。ベルギー王立モネ劇場で初演されたサシャ・ヴァルツの演出が素晴らしいそうで、音楽・舞踊・声楽が一体となったコレオグラフィック・オペラだそうです。ベルギー王立モネ劇場と言えば、かつてベジャールの20世紀バレエ団の本拠地だったところ。これは見逃せません。
 最後の質問コーナーでは、飯守さんや劇場の人の本音(?)も聞けて興味深かったです。四面舞台を駆使した演出が減った理由としては、予算や、他の劇場とセットを融通できなくなることがあるそうです。また、ロシア・オペラの公演がないという質問に対しては、実は飯守さんは「ボリス・ゴドノフ」を提案したのだけど、言葉の問題や予算の関係で実現できなかったとのことでした。
 


オペラ「カルメン」/ジョルジュ・ビゼー
Carmen / Georges BIZET
新国立劇場 オペラパレス
2017年1月22日

指揮:イヴ・アベル
演出:鵜山仁
美術:島次郎
衣裳:緒方規矩子
照明:沢田祐二
振付:石井潤
再演演出:澤田康子
舞台監督:斉藤美穂

カルメン:エレーナ・マクシモワ
ドン・ホセ:マッシモ・ジョルダーノ
エスカミーリョ:ガボール・ブレッツ
ミカエラ:砂川涼子
スニガ:妻屋秀和
モラレス:星野淳
ダンカイロ:北川辰彦
レメンダード:村上公太
フラスキータ:日比野幸
メルセデス:金子美香

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
ダンサー:新国立劇場バレエ団
管弦楽:東京交響楽団

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2017/01/29

【居酒屋】有名店だけどとっても気さく・鍵屋(鶯谷)(★★★★★)

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 有名な居酒屋さん鴬谷の鍵屋に行ってきました。ホームページはないみたいなので、食べログにリンクしておきます。

 ぽん太は東京に住んでいながら(と言っても多摩だけど……)、鴬谷駅で降りるのはたぶん生まれて初めて。いつぞやのアド街で誰かが言ってたように、立ち並ぶラブホの合間に雰囲気のある建物がある感じでした。言問通りからちょっと路地を覗いたら、明治の洋館のような建物があり、あとで睦奥宗光の屋敷と知ってびっくりしたり……。

 で、鍵屋さんは、交通量の多い言問通りからちょっと入った路地にあります。ちょっと料亭風の雰囲気で、歴史を感じさせます。とはいえ昭和49年に言問通りの拡幅にともなって移転したのがこの建物だそうで、それ以前の安政3年に建てられた建物は、小金井公園にある江戸東京たてもの園に移築保存されているそうです。

 開店時間の5時数分過ぎに入店したのに、すでに常連風のお客さんが4人ほど入店していて、「いつもの」なんて言っている。ぽん太とにゃん子はおどおどしながらカウンターに着席。女将さんの「飲みものは何にしますか」の問いかけに、反応しきれずにスルー。

 見回すと昭和な建物で、木の柱が飴色に光って美しいです。6〜7人でいっぱいになりそうなカウンターと、テーブルが二つ置かれた小上がりがあるこじんまりしたお店。昔のビールのポスターや、木の看板などが飾られています。目の前の銅製の燗付け機からは湯気が上がってます。老夫婦と若い衆の3人で店を回していて、お父さんがカウンターでお酒のお燗と串焼きを担当し、お母さんは中でつまみを作る感じ。

 お通しは煮豆。メニューは小さな板に書かれていて、20種類ぐらいしかありません。うなぎからくり焼きは、表面カリカリなかはふくっらで、脂が乗っていておいしかったです。他のお客さんが食べているの見て頼んださらしくじらや煮こごりも美味しゅうございました。
 お酒は3種類で、寒い日だったので熱燗をいただきました。お父さんが手でとっくりを握ってお燗の具居合いを確かめていたのが面白く思われました。

 有名な居酒屋さんは、お客さんも含めてちょっと怖かったりするとこもあり、またこの店は女性のみの入店を断っているなどという事前情報もあったので、ちょっとドキドキしてましたが、ここの大将はとっても気さく。「初めての人!」と言うので「は〜い」と手を挙げたら、近隣の観光マップをくれました。忙しさが一段落したところで果敢ににゃん子が話しかけると、いろいろとお話をしてくれました。昔は酒屋をやっていて、大名屋敷に納入したりしていたんだそうな。
 歴史ある有名居酒屋でありながら、物見遊山の一見さんのぽん太とにゃん子を暖かくもてなしていただいて、とっても幸せな気分になりました。

 ぽん太とにゃん子がちょっと気になったのは、店内にあった古いワインの木の看板。「佛國機那葡萄酒」「機那鐵葡萄酒」と書かれてました。ワインもちょっと好きなぽん太とにゃん子ですが、「キナ・ワイン」というのは聞いたことがありません。
 調べてみると、フランスのデュボネ社が販売している、赤ワインにキナの樹皮をつけ込んだ飲み物があり、カクテルやアペリティフで飲まれるんだそうです。これが明治初期に日本に輸入されて、「猫印機那葡萄酒」という名で販売されていたそうです。そういえば看板に、樽の上に猫が座っている絵が書いてありました。

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2017/01/23

【美術館】猫好きも歌舞伎好きも・朝倉彫塑館(日暮里)

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 猫好きのにゃん子が以前から行きたいと思っていたという、日暮里の朝倉彫塑館に行ってきました。公式サイトはこちらです。
 「猫のブロンズ像がある」という事前情報だけで行ったのですが、有名な彫塑家・朝倉文夫(1883-1910)のアトリエ兼私邸を利用して、同氏の作品を展示しているんだそうです。
 朝倉文夫と聞いても、皆さんはご存じないでしょう。ぽん太もご存じありません。でも、早稲田大学の大隈重信の銅像なら、皆さん知っているかと思います。あの銅像の作者が朝倉文夫です。
 歌舞伎ファンなら、歌舞伎座の2階にずらりとならんだブロンズ像が記憶にあるはず。大谷竹次郎、九代目市川団十郎、五代目尾上菊五郎、初代市川左団次、白井松次郎の5体の銅像は、すべて朝倉文夫によるものだそうです。
 途中のビデオコーナーで、朝倉文夫と、朝倉塑像館についてお勉強。狸のぽん太もなんとなくわかりました。

 建物は、正面にコンクリート製の建物があり、背後には池のある中庭を囲んで木造の住居があります。コンクリートの方は美術館にするときに建てたのかと思ったら、朝倉自身がアトリエとして造ったものだそうです。増改築を繰り返し、完成したのは昭和10年(1935)、現在建物は国の登録有形文化財に、敷地全体が国の名勝に指定されているそうです。

 収蔵品のなかでは、「墓守」(明治43年、1910年)が自然主義的写実を方向付けたターニングポイントとなるの作品で、この像の石膏原型は国の重要文化財に指定されているそうです。

 そしてにゃん子お目当の猫の彫塑群は、かつては東洋蘭の温室として使われていた蘭の間に飾られています。餌を食べたり、伸びをしたり、居眠りをしたりという様々な猫の姿が、細かな筋肉や腱にいたるまで、とても写実的に表現されていました。

 猫好きの皆さんには、ぜひオススメいたします。

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2017/01/22

【仏像】宙に浮くがごとき薬師三尊像・覚園寺(鎌倉)

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 昨年の10月下旬のご報告。ぽん太とにゃん子は鎌倉の覚園寺に行ってきました。公式サイトはこちらです。


【寺院名】真言宗泉涌寺(せんにゅうじ)派 鷲峰山(じゅぶせん)真言院 覚園寺(かくおんじ)
【住所】神奈川県鎌倉市二階堂421
【拝観】1日数回、決められた時刻に団体で案内をしてくれます。所要時間50分、拝観料500円。細かい拝観の時間は公式サイトをご覧ください。境内での撮影は全面禁止です。
【仏像】
木造薬師如来及日光菩薩・月光菩薩坐像 重要文化財 写真1写真2
  薬師如来 像高181.3cm 鎌倉時代
  日光菩薩 像高149.4cm 室町時代(応永29年(1422)) 法橋朝祐作
  月光菩薩 像高150cm 室町時代
木造十二神将立像 像高152.6cm〜189.7cm 室町時代 6躯に法橋朝祐の銘 重要文化財
木造地蔵菩薩立像(黒地蔵) 鎌倉時代 重要文化財 写真

木造阿弥陀如来坐像(鞘阿弥陀) 写真

木造愛染明王坐像 鎌倉時代
木造阿閃如来坐像 鎌倉時代
鉄蔵不動明王坐像 鎌倉時代

 まず冒頭の写真のように、愛染堂の前に集合して拝観スタートです。愛染堂には木造愛染明王坐像、木造阿閃如来坐像、鉄蔵不動明王坐像が祀られておりますが、外部からの見学なので、暗くて遠くてよく見えません。阿閃如来(あしゅくにょらい)という名は初めて聞きましたが、密教の仏様のようです。愛染堂は、廃寺となった安楽寺の本堂を移築したものだそうです。

 次に訪れたのが本堂の薬師堂。禅宗様の大きくて立派な建物。現存の建物は、足利尊氏が再建したものを、江戸時代に改修したもので、この時少し小さくなったそうです。
 このなかに重要文化財の木造薬師三尊坐像が安置されております。三尊とも坐っており、像高は2メートルに満たないもののかなり大きく感じます。高い位置に祀られ、お座りになっている蓮華座の下の台座が細いので、まるで宙に浮かんでいるかのようです。薬師如来は、一見きびしいお顔をしておりますが、近寄って見上げると穏やかな表情に変化します。両手を脚の上で重ねる印を結んでおり、その上に薬壷が置かれているのは、ちょっと珍しい気がします。衣の裾が台座から下に垂れ下がっております。脇侍の日光・月光菩薩は、ちょっと足を崩して座った色っぽいお姿。衣の襞の表現も美しいです。向かって右の日光菩薩がなかなかの美仏でした。
 まわりには等身大の十二神将が祀られてますが、戌だけなんか造形が変。このお寺に伝わる戌神将伝説と関係しているのでしょうか?
 建保6年(1218年)、戌神将が北条義時の夢に現れ、お告げを授けました。義時は薬師堂を建立して、薬師如来と十二神将を祀りましたが、これが覚園寺の期限となりました。義時はこのお告げによって、実朝暗殺に巻き込まれるのを免れて、命拾いしたそうです。

 三尊の向かって右には、阿弥陀如来が祀られております。元は理智光寺の本尊で、胎内に別の仏像が納められていたため、鞘阿弥陀と呼ばれているそうです。川端康成がこのお顔に魅せられて、覚園寺に通ったそうです。いわゆる「土紋」が残っている仏様のひとつです。

 次に、宝永3年(1706)に造られたという内海家住宅を見学。昭和56年に境内に移築されたそうですが、逆に言うと、それまでこの家に人が住んでいたそうで、そっちの方がすごい感じがします。

 やぐらの十三仏をお参りしたのち、地蔵堂の黒地蔵を拝観。こちらも重文ですが、お堂の外から見ると、中が暗くて、仏様も暗いので、あまりよくわかりませんでした。

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2017/01/21

【歌舞伎】新右近クンが6歳とは思えない演技。2017年1月新橋演舞場昼の部

 1月の新橋演舞場は右團次の襲名披露公演。市川右近が三代目市川右團次を、息子の武田タケル君が二代目市川右近を襲名いたしました。見たことない演目の昼の部だけを観劇しました。公式サイトはこちらです。

 『雙生隅田川』は右團次の師匠の猿翁が約250年振りに復活した演目だそうで、しかも初代右團次が得意とした「鯉つかみ」も入っており、まさに右團次の襲名にぴったりでした。

 右團次、なかなか良かったです。いつもながら品がよくてツヤがある芝居でした。猿島惣太役の世話物、七郎天狗の後シテ風の舞い、宙乗りもこなして、最後は本水の鯉つかみと大活躍。お疲れさまでした。
 ただちょっと気になるのは、右團次の屋号が高嶋屋であること。澤瀉屋を捨てたことは何か意味があるのか、今後の立ち位置をどうしていくのか、ちと気になります。
 そして息子さんの右近君も父に負けじと大活躍。昨年6月に安徳帝で初お目見得したばかりなので、今回もチョイ役かと思ったら、最初から最後まで出ずっぱりで、一人二役、早変わりも見せてくれました。平成22年4月18日生まれとのことですから、まだ6歳。う〜ん、末恐ろしいです。

 猿之助の班女御前は、物狂いの道行きの踊りと、隅田川の渡しの場面が素晴らしく、子供を失って気がふれた女性の悲しみ・苦しみ・哀れさが胸を打ちました。

 海老蔵が県権正武国、中車が大江匡房。


 ところでこの『雙生隅田川』(ふたごすみだがわ)という演目、何の予備知識もなく観に行ったぽん太、大川じゃなくて隅田川だし、京のお芝居がいきなり江戸に飛んだりして、明治以降の新しい芝居かな〜などと思ってたのですが、チラシを見ると近松門左衛門の作とのこと。恐れ入りました。
 「隅田川」というのは、能の「隅田川」をふまえているのだそうです。

 能の「隅田川」のあらすじなどは、例えばこちらのサイトに出ています。
 隅田川の渡し場に京都に住んでいた狂った女が現れ、舟に乗せてくれというので、船頭は、舟に乗りたければ面白く狂ってみせろと言います。女は『伊勢物語』の都鳥の古歌を引いて船頭らを感心させ、無事舟に乗り込みます。舟の上で船頭は、一年前に命を落とした梅若丸の話しをします。女は梅若丸こそが自分の子であるとうちあけます。梅若丸の塚に案内された女はが念仏を唱えて弔うと、塚から梅若丸の亡霊が現れます。女は抱きしめようとしますが、亡霊は腕をすりぬけるばかりで、やがて夜明けとともに消え去ると、母は草ぼうぼうの塚にただただ泣き崩れるのでした。

 なるほど、あの隅田川の渡しのシーンが、能の「隅田川」を引用しているんですね。そういえば長唄が「〽都鳥〜」とか唱ってました。あゝ、無知は恐ろしい。

壽新春大歌舞伎

市川右近改め
三代目 市川右團次 襲名披露
二代目 市川右近 初舞台

新橋演舞場
平成29年1月18日

昼の部

  近松門左衛門 作
  戸部銀作 脚本・演出
  奈河彰輔 脚本・演出
  市川猿翁 脚本・演出
  石川耕士 補綴・演出
三代猿之助四十八撰の内
通し狂言 雙生隅田川(ふたごすみだがわ)
  市川猿之助
  市川右團次  宙乗り相勤め申し候
  市川右近

  猿島惣太後に七郎天狗/奴軍介 右近改め右團次
  班女御前 猿之助
  大江匡房 中車
  淡路前司兼成 男女蔵
  小布施主税 米吉
  次郎坊天狗 廣松
  梅若丸/松若丸 初舞台右近
  局長尾 笑三郎
  勘解由兵衛景逸 猿弥
  惣太女房唐糸 笑也
  吉田少将行房 門之助
  県権正武国 海老蔵

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2017/01/20

【歌舞伎】巳之助の吃又が鬼気迫る演技/2017年1月浅草歌舞伎第1部・第2部

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 今年の歌舞伎初めは浅草から。根性を入れて第1部、第2部と通しての観劇です。今年は、このところ常連の松也、巳之助、隼人、梅丸に、壱太郎が3年ぶりに加わっての公演。公式webサイトはこちら、歌舞伎美人のページはこちらです。

 「傾城反魂香」の巳之助の浮世又平の鬼気迫る演技に感動しました。この役を得意とした父・三津五郎への思いも込められているのかもしれません。ちょっと歌舞伎っぽさに欠ける気もしましたが、写実的な演技で吃り故に差別される又平の苦悩を迫真の演技で表現いたしました。
 出だしは飄々とした感じがなくて今ひとつでしたが、妻にはもう任せておけぬと、不自由な口で自ら訴え始めてからテンションがアップ。
 極めつけは妻おとくの「気違い」という言葉尻に腹を立て、おとくを打ち据えるシーン。普通だと、行き場のない気持ちを思わず妻にぶつけてしまうという、情けなくもやるせない場面ですが、巳之助の場合、「気違い」という妻の言葉に完全にブチ切れて自分を失い、妻を殴りまくってました。そのあとの両目をひんむいて天を仰ぎ吠えるかの様な表情は、恐ろしい限りでした。ちょっとしたことで切れたり、怒り出すと何をするか分からなかったり、無差別殺人が頻発したりという、昨今の精神性につながるものを感じました。
 その後だっけ、他のところだったか忘れてしまいましたが、登場人物全員が凍り付いて動かない長い間がありました。なんだこりゃ、流行のマネキン・チャレンジか?それとも誰かがセリフを忘れてるの?ちょっとドキドキしました。

 対するおとくの壱太郎にはちょっと不満が残りました。最初のおしゃべりも、あまりリズムに乗ってないというか、「ぺらぺらとよくしゃべる」という感じがありませんでした。初役ということで猿之助に習ったとのことですが、猿之助得意のちょっとわざとらしいスタンドプレーを踏襲して、手水鉢を抜けた絵を覗き込む仕草で笑いを取ったり、そのあと腰を抜かしていざる演技で拍手喝采をもらったりしてましたが、巳之助の写実的な演技とはスタイルが合わないのではないかい?初役は習った通りに演じないといけないというしきたりがあるから仕方ないのかもしれないけど、それなら時蔵にでも教われば良かったのに……。ちょっと残念でした。

 ところでこの「傾城反魂香」、吃りという「障害」故に土佐の名字をもらうことができない又平が、我が身の不幸を嘆くという話しだと思ってました。ところが今回聞いていて、師の土佐将監は「吃りだからだめだ」とはちっとも言ってない気が。修理之助は筆で寅をかき消したから名字を与えたんだとか、武道で功を立てたとしても、絵の功がなければ名字はやれぬとか、絵がだめだから名字はやれんと言っているのを、又平夫婦が勝手に「吃りのせいで名字がもらえない」と思い込んでるように思えました。う〜ん、これでは障害者のひがみ根性になってしまう……。

 ということで、脚本を読んでみることにしました(鳥越文蔵編著『傾城反魂香 歌舞伎オン・ステージ12』白水社、1989年)。又平が吃りだから名字はやれないと言っている部分は……。
 まず、土佐将監が「娘を傾城つとめさせてまで貧しい思いをしているのは、土佐の名を大切に思っているからだ」と言う部分。「琴指書画は肱の業、貴人高位の御座近く参るは絵書。物も得云わぬ身を以て及ばぬ願い。似合うたように大津絵書いて世を送れ」と言ってます。
 琴指書画は、君子の余技とされていた琴・囲碁・書・画を意味するそうです。ここでは「貴人高位の人と間近に接することになるのだから、吃りのお前は無理だ」と言っているようです。
 もう一つは、姫君を取り返しに行く役を自分に申し付けて欲しいと懇願する又平に対する、将監の「片輪の癖に述懐涙不吉千万。相手になって果てしなし」というセリフ。
 他には見当たりません。う〜ん、そんなに又平の吃りを差別してないような気もします。

 ひょっとしたら近松門左衛門の原作ではもっと差別してるけど、近年の上演に合わせて差別的なセリフを減らしたのかもしれません。ということで原作にあたってみましょう(『近松全集 第五巻』岩波書店、1986年)。

 上で最初にあげた部分。現行脚本では義太夫が「将監も不憫さの、ともに心は乱るれど、わざと声を荒ららげ」と、将監も又平が哀れだと思ったけれど、わざときっぱりと言ったことになってますが、近松の原作では「将監もとよりきみじかく」と、元々気が短い将監は本当に怒っていたことになってます。そうして「ヤア又しては又してはかなわぬことを吃りめが……琴棊書画ははれのげい。貴人高位の御座近く参るは絵書。物もゑいはぬ吃りめが推参千万。似合ふた様に大津絵かいて世をわたれ」と言います。内容的に近いとはいえ言葉遣いが厳しく、又平のことを「吃りめ」と呼び、「琴・囲碁・書・画絵書は晴れの芸だ。貴人高位の人のお近くに出向くのだから、お前のような吃りが貴人の前に出向くなどありえんわい!」と言ってます。

 こうしてみると、近松の原作ではやや表現はきついものの、現行の台本と同じように、そんなに吃りに対する差別は強調されていないようですね。
 当時としては、吃りの人が差別されるのは当たり前のことで、わざわざ強調する必要もなかったのかもしれません。
 さらに考えてみれば、江戸時代は身分制度などほかにもさまざまな差別があり、その中で、それを受け入れて、人々は生きていたわけです。歌舞伎には、身分制度の中で生きる人々の様々な苦しみが描かれておりますが、身分制度はいかんとか、身分制度をやめろみたいな話は決して出てきません。身体障害に関しても、吃りが差別されるのは当たり前と考え、差別のなかで生きる苦しみを表現しようとしたのかもしれません。

 この話題とは関係ありませんが、台本を読んでみてちょっとびっくりしたのは、歌舞伎オンステージの脚本では、又平が修理之助を止めようとして、弟弟子に「修理様」と様づけで呼ぶ部分がないですね。
 吉右衛門は以前に「修理…様」と間を入れて、目下に様をつけるところを強調していましたが、次に見た時は普通に「修理様」と言ってました。
 近松の原作では、「殿共いはぬスッすゝすすつすり様」(修理殿とは呼ばない、す、すす、修理様)と、もっと分かりやすくなってますね


 その他、第2部の「角力場」の隼人クンの山崎屋与五郎がよかったです。実になよなよ軟弱でお調子者のつっころばしで、可愛らしさや色気もありました。ぜひ精進を続けて、やがては「吉田屋」の伊左衛門を演じて欲しいです。


新春浅草歌舞伎

浅草公会堂
平成29年1月11日

第1部
  お年玉〈年始ご挨拶〉
    中村壱太郎

  近松門左衛門 作
一、傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
  土佐将監閑居の場

    浮世又平後に土佐又平光起:坂東巳之助
    又平女房おとく:中村壱太郎
    狩野雅楽之助:中村隼人
    土佐修理之助:中村梅丸
    将監北の方:中村歌女之丞
    土佐将監光信:大谷桂三

  義経千本桜
二、吉野山(よしのやま)

    佐藤忠信実は源九郎狐:尾上松也
    早見藤太:坂東巳之助
    静御前:中村壱太郎

第2部
  お年玉〈年始ご挨拶〉
中村隼人

  双蝶々曲輪日記
一、角力場(すもうば)

    放駒長吉:尾上松也
    山崎屋与五郎:中村隼人
    藤屋吾妻:中村梅丸
    濡髪長五郎:中村錦之助

  四世鶴屋南北 作
二、御存 鈴ヶ森(ごぞんじすずがもり)

    白井権八:中村隼人
    幡随院長兵衛:中村錦之助

  岡村柿紅 作
三、棒しばり(ぼうしばり)

    次郎冠者:尾上松也
    曽根松兵衛:中村隼人
    太郎冠者:坂東巳之助

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2017/01/19

【登山】快適々々、鎌倉アルプス(天園ハイキングコース)

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 10月下旬、鎌倉を訪れたぽん太とにゃん子は、少しは運動をということで、鎌倉のハイキングコースを歩くことにしました。こんかい選んだのは天園ハイキングコース。別名鎌倉アルプスとも呼ばれいてる、最もハード(?)な縦走路です!でも、運動靴でも歩ける楽しいコースです。平日だというのに、けっこう多くの人が歩いていたのには驚きました。天気も良くて気持ちよかったです。最後は建長寺まで行かず、覚園寺に下山しました。


【山名】大平山(159m)、天台山(141.4m)
【山域】関東 鎌倉
【日程】2016年10月20日(日帰り)
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】晴れ
【ルート】瑞泉寺登山口11:19…天台山11:42…大平山12:15…12:45覚園寺

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】登山のための駐車場はありません。一般の駐車場を利用してください。
【関連サイト】
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kamakura-kankou/0500hiking.html
 鎌倉市役所の観光案内の、散策・ハイキングの案内ページ。コース案内やマップがあります。


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 瑞泉寺近くの住宅の間にある緑のトンネルが登山道です。別世界への秘密の入り口みたいです。

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 崖の上にネコ登場。上から登山客を見下ろしてご満悦。登山道でネコが見れるというのはなかなかいいです。

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 「やぐら」もあります。登山道の最初は、鎌倉独特の地質の岩の上の、滑りやすい道が続きます。

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 大亀石です。木の根や落ち葉でよくわかりませんが、左に頭があり、右のほうが甲羅です。

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 貝吹地蔵です。なにやら昔、新田義貞が攻め込んできたときに、お地蔵さんが貝を吹いて知らせたとか、逃げ道を教えたとかいう伝説が伝わっているそうです。

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 これから歩いていく北側の稜線です。

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 天園休憩所です。お食事やビール、アイスクリームなどをいただけます。

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 休憩所にいたネコ。右耳をかじられたみたいで目もやぶにらみ。百戦錬磨のようです。

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 鎌倉市を見晴らすことができました。海まで見えますね。

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 横浜市の最高地点がありました。標高159.4メートルでうす。

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 ゴルフ場の隣を通過。

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 大平山に向けて最後の岩場です!

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 山頂から、横浜の高層ビル群が見えました。へ〜え、横浜と鎌倉って、こんな位置関係になってたんだ。初めて知りました。

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