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2017/02/27

【仏像】中山文殊と吉備観音・金戒光明寺(京都)

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 「京の冬の旅」特別公開の金戒光明寺に行ってきました。高校の修学旅行で行ってなければ、たぶん初めてだと思います。

 幕末に、京都守護職を仰せつかった会津藩主の松平容保公が陣を張ったところとしても有名で、一度訪れたいと思っておりました。
 またこのお寺は浄土宗の法然上人が開いたもので、「黒谷」と呼ばれております。法然は比叡山の黒谷で修行をしておりましたが、承安5年(1175年)に山を下って歩いていて、大きな石に腰を下ろしたところ、紫の雲と金色の光が現れたことからそこに草庵をむすんだのが、金戒光明寺の始まりだそうです。そこでこの地も黒谷と呼ばれるようになりましたが、区別するために比叡山の方を元黒谷、こちらを新黒谷と呼んだりもしたそうです。
 黒谷というと、歌舞伎好きのぽん太が思い出すのは、「一谷嫩軍記」で熊谷直実が出家を決意して言う「われは心も墨染めに、黒谷の法然を師と頼み教えを受けん」という台詞。その黒谷は、比叡山か、金戒光明寺か!?
 ぐぐってみると、熊谷直実の出家は建久4年(1193年)頃とされてますので、熊谷直実は、ここ金戒光明寺を訪ねたことになりますね!! ま、どうでもいいんですけど。
 仏像としては、重要文化財の千手観音と、イケメンの渡海文殊菩薩が見所ですね。


【寺院名】浄土宗大本山 紫雲山・くろ谷 金戒光明寺
【住所】京都府京都市左京区黒谷121
【拝観】拝観料、忘れたけどたぶん600円くらい。ボランティアの人(?)があちこちにいて、詳しく説明してくれます。
【仏像】
吉備観音 像高260cm 重要文化財
中山文殊 市指定 
 文殊菩薩・優填王・仏陀波利三蔵・最勝老人 伝運慶 市指定
 善財童子 

五劫思惟阿弥陀仏 江戸中期
【ホームページ】http://www.kurodani.jp/
【写真】小さめですが、上記のホームページにあります。


 広々とした伽藍を持つお寺です。万延元年(一八六〇年)に造られた壮大な山門(冒頭の写真です)をくぐって境内に入ります。仁王様はおりませんね。

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 御影堂(大殿)は昭和19年再建の新しい建物。中に入ると、正面に法然上人の御影(絵)が祀られておりますが、手前に御簾がかかっていてあまりよく見えません。
 ここまでは無料ですが、奥に入って中山文殊・吉備観音や庭園などを見るには、拝観料を納める必要があります。

 御影堂の向かって左奥に、まず中山文殊が安置されており、かなり近くで見ることができます。
 獅子に乗った文殊菩薩を中心に、手綱を執る優填王(うてんおう)・仏陀波利三蔵(ぶっだはりさんぞう)・最勝老人(さいしょうろうじん)・善財童子(ぜんざいどうじ)がそろった渡海文殊です。
 渡海文殊は、仏教を広めるために旅をしている姿だと言われておりますが、なぜこの5人なのかは、以前に調べてみたけどよくわかりません。中国の五台山の「文殊説話」が元になっているなどと書いているサイトもありました。
 5人のうち善財童子は、他の仏像が市指定文化財になったおりに、新しく造られたものです。
 文殊様はなかなかのイケメン。獅子がかなりがっしりしていて、大きく感じます。文殊様の衣が、まるで絹のように薄くてヒラヒラしていて柔らかいです。
 元々は中山宝幢寺(ほうどうじ)の本尊でしたが、応仁の乱で廃寺になったあと小堂で祀られていたところを金戒光明寺の方丈に遷座。あとに書く三重塔ができたとき、その本尊としておさめられたそうで、このような由来から中山文殊と呼ばれるそうです。

 御影堂の向かって右奥には、吉備観音が安置されてます。
 奈良時代に遣唐使の吉備真備が船で遭難しそうになったとき、「南無観世音菩薩」と唱えたところ難を逃れたことから、その時に唐から持ち帰った栴檀香木を使って行基菩薩に彫ってもらったという言い伝えから、吉備観音と呼ばれているそうです。元々は吉田中山の吉田寺に祀られておりましたが、寛文8年(1668年)に廃寺となったため、金戒光明寺へ移されたそうです。
 数メートル離れての拝観で、像が黒くて見えずらかったのですが、目は逆三日月で、口元も引き締まり、ちょっと厳しい表情に見えました。
 隣にはその吉備真備の像がありました。

 また、涅槃図が公開されてました。大きな絵で、よく見ると刺繍が施されて盛り上がってました。

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 特別公開の紫雲の庭です。枯山水の美しい庭で、拝観ルートを歩いて奥の方までいくことができます。

 幕末に会津藩の詰め所になっていたとのことで、松平容保や八重の書なども展示してました。松平容保が近藤勇らと謁見した間や、虎の間も公開されていました。
 恵心僧都最終の作といわれる本尊の阿弥陀如来さまは、残念ながら公開されておりませんでした。

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 三重塔(重要文化財)です。徳川秀忠の菩提を弔うために建立されたそうで、中山文殊は以前はこのなかに祀られていたそうです。

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 アフロの仏様、五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀仏です。「無量寿教」によると、阿弥陀さまは衆生を救うために非常に長い間思惟をこらして修行をしていたそうで、その間に髪の毛が伸びてしまって羊のクリス(CNNニュース)のようになってしまったんだそうです。全国で16体しかないんですってよ、奥さま。

 ぐぐってみると、熊谷直実鎧掛けの松や熊谷堂(蓮池院 )、熊谷一族墓所などの、熊谷直実ゆかりのスポットもあるようで、公開してるかどうかわかりませんが、そのうちチェックしてみたいです。

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