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2017年3月の17件の記事

2017/03/31

【猫】猫寺として有名な御誕生寺に行って見た(福井県越前市)

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 2月中旬、ぽん太とにゃん子は、越前ガニを食べに行った帰りに、猫寺として有名な福井県の御誕生寺に寄って来ました。こちらが公式facebookでしょうか?

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 猫の石像がお出迎え。

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 こちらが境内です。猫がうじゃうじゃいるのかと思ったら、数匹いるだけ。全体で二十数匹いるんだそうですが、敷地が広いので密集感がないんだそうです。

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 こちらはエリザベスカラーをつけてお休み中。とっても日差しが暖かい日でした。

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 社務所のなかにも猫がいっぱい。肉球さらしていねむりしてます。

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 このミケちゃんは保護されて間もないんだそうな。他の猫にフ〜ッと言ったりして、まだ警戒感が強いらしく、ケージに入れられてます。

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 シンクに収まって落ち着いて、眠りかけている猫ちゃん。

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 しばらくすると、あちこちから猫が徐々に出現。ヒロシです……。

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 ね、眠い……。

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 何見とんじゃコリャ!

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 (ちょっとでも)高いところは落ち着くっす。

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 本堂にお参りさせていただきました。中には非常に素朴な木造の仏様が……。聞いて見ると、以前にお寺で修行をしていたお坊さんが、自ら彫ったものだそうです。


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 2月中旬とは思えない暖かい日差しの日。住職さんたちも猫と一緒に日向ぼっこ……ってゆ〜か、ひょっとしたら住職さんやお坊さんも、いつのまにか猫に入れ替わっているのでは!?

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2017/03/30

【越前蟹】美味しい越前ガニとオーシャンビュー露天風呂・三国温泉・荒磯亭(福井県)(★★★★)

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 2月中旬のことですが、ぽん太とにゃん子は越前ガニをいただきに北陸に行ってきました。ことし選んだのは福井県にある三国温泉荒磯亭(ありそてい)。公式サイトはこちらです。

 こんかい選んだのは、「【中蟹コース】越前蟹フルコース~ゆで・焼き・刺しの基本コース~」です。カニ刺し、ゆでガニ、焼きガニに名物 「蟹まま」があり、さらに前菜やお造りがつきます。蟹なべはありませんが、ぽん太とにゃん子はこれで十二分、お値段もリーズナブルです。もちろんタグ付きの越前蟹のお味は絶品です。コンクリート造りの綺麗な建物で、内部は高級和風旅館。そして日本海の水平線を見ながら入れる展望露天風呂は、なんと天然温泉。ちょっと温泉力は弱いけど、カニ目当ての今回の旅行、天然温泉であるだけで嬉しいです。サービスもとてもよいですが、ぽん太の好みからは鄙び度が-1点となり、評価は堂々の4点!

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 こちらが荒磯亭の建物です。とっても立派ですね。

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 中に入るとロビーに越前ガニの水槽が……。ふふふ、越前ガニくん、もうすぐぽん太の胃袋に納めてあげるからねheart01

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 客室も新しく綺麗な和室です。もちろんオーシャンビュー。

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 窓から日本海に沈む夕日を見ることができます。

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 この宿の向かいには、「若ゑびす」という趣ある木造建物の和風旅館があったのですが、いつの間にか廃業し、建物も取り壊されてしまったようです。写真はその跡地。


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 蟹の前に温泉です。オーシャンビューの展望風呂はとっても気持ちがよく、木製の湯船もくつろげます。無色透明のお湯で、舐めると塩っぱいです。

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 小さめですが露天風呂もあります。でも、北西の風が吹き付けて寒いです。

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 温泉分析表です(クリックで拡大します)。泉質はナトリウム・カルシウムー塩化物温泉。pHは記載せれていませんが、アルカリ性のようです。循環・加水・消毒されているのが残念ですが、蟹がメインですから問題ありません。


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 さあて夕食です。まずは見た目も美しい先付けから。豆まきバージョンの盛り付けですね。

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 こちらが本日のお品書きです(クリックで拡大します)。

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 酒どころ福井ということで、飲み比べセットを注文してスタンバイ。カニさん、いつでも来てください。

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 来た来たきたい!蟹刺しだい!う〜〜ん、甘くてぷりぷりで美味しいです。

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 お造りも負けず劣らず新鮮です。

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 ゆで蟹は二人で一匹。蟹ミソもうんまい。

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 さらに焼き蟹も。もちろん甲羅酒も美味しくいただきました。

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 こちらが荒磯亭名物の「蟹まま」。セイコ蟹の釜飯をまずいただき、次はすまし汁をかけて2度美味しい。おにぎりにすると3度美味しいです。

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 最後のデザートも手間が加えられてます。左から、さつまいもカステラ、八朔ブランデー漬け、黒胡麻ココナッツミルクです。
 蟹以外のお料理も美味しいのが嬉しいです。さらに写真を載せなかったお料理もありますよ。


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 朝食も品数が多く、美味しゅうございました。

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2017/03/29

【オペラ】グラスハーモニカで歌うオルガ・ペレチャッコ=マリオッティのベルカント「ルチア」新国立劇場

 「ベルカントの新女王」と呼ばれるというオルガ・ペレチャッコ=マリオッティの歌と、グラスハーモニカという珍しい楽器の音色を聞けて、満足のいく公演でした。全体にとっても質の高い企画で、芸術監督の飯守さんの意気込みを感じました。この公演のの公式サイトはこちらです。

 話題のオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは、ベルカントといっても軽くて甘い歌い方ではなく、ちょっと芯があるドラマチックな歌声。1830〜1840年代の舞台設定ながら、ルチアの衣装が乗馬服風のスラックスだったのも、彼女の雰囲気に合わせたのかもしれません。狂乱の場も、魂を失ったかのような歌い方ではなく、血だらけの白い室内着を着て、アルトゥーロの生首を突き刺した槍を片手に、迫力ある歌い方でした。歌舞伎の碇知盛みたいでした。
 歌唱テクニックはすばらしく、単に小節が回るだけでなく、ぽん太がこれまで聞いたことのないような声色もあり、声というより楽器みたいな節回しもあり、歌声を聞いているだけで酔いしれました。そのうえスタイルもよく、なかなかのべっぴんさん。いいものを見ました。

 狂乱の場の伴奏には、ドニゼッティが指定した楽器のグラスハーモニカが使われました。現在ではフルートで代用されることが多いようですが、今回の公演ではあえてオリジナルの楽器を使ったようです。
 もちろんぽん太は初めて聞きましたが、まさに天国的な魅力的で不思議な音色でした。
 原理は、水を入れたワイングラスのふちを手でこすって、ホワ〜〜〜ンという音を出す、アレです。
 ワイングラスをいっぱい並べ、水の量を調節して音階が出るようにしたものが、「グラスハープ」です。
 しかし、これでは場所を取るし、水の量の調節も大変なので、様々な大きさのお椀型のグラスを入れ子状に重ね合わせ、さらに中心軸で回転するようにして演奏しやすくしたのが、「グラスハーモニカ」です(写真)。
 今回使ったのはさらに異なる「ヴェロフォン」という楽器で、様々な長さのガラスの円柱を並べたもので、さらに高音用にワイングラスの形状のものを加えて使っておりました。マイクも使わず、4階席までしっかり音が届いておりました。新国立劇場ホームページにある下の動画をご覧下さい。

 「ルチア」はイタリアの作曲家ドニゼッティが1835年に作曲したオペラ。原題は「ランメルモールのルチア」(Lucia di Lammermoor)です。
 ランメルモールて何だ?ということになるのですが、原作がスコットランドの作家ウォルター・スコットが1825年に発表した小説「ランマーモールの花嫁」(The bride of Lammermoor)とのこと。こちらは英語読みですから、「ランマーモール」になります。英語版ウィキペディア(The Bride of Lammermoor - Wikipedia)を見ると、Lammermoorは、スコットランド語の地名Lammermuirを英語表記したものだそうで、Lammermuir Hillsはエジンバラの東の海沿いの丘陵のようです。
 スコットの「ランマーモールの花嫁」には狼岩という城が出てくるのですが、そのモデルは実在のFast Castleだそうです(Fast Castle - Wikipedia)。海に突き出た岩の上にお城があったそうで、今回のオペラの舞台装置とちょっと似てますね。
 で、ドニゼッティは、「ランマーモールの花嫁」から「ランメルモールのルチア」(Lucia di Lammermoor)にしたんでしょうけど、これは殉教者の「シラクサのルチア」を意識したんでしょうか?ぽん太にはよくわかりません。

 ドニゼッティの特色なのか、この頃の音楽はみんなそうだったのかわかりませんが、暗い場面でも音楽が明るいですね。第2部第1幕のラストの緊迫した六重唱も、目をつぶって聞いていると楽しい音楽に聞こえます。ここぞという悲惨な場面で、三拍子のワルツになるのも不思議。ぽん太は三拍子を聞くと「楽しい」と思ってしまいますが、ドニゼッティの頃は「精神的な動揺」だったんでしょうか。
 第一部第二場冒頭のハープの音楽も、なんかハープというよりギターっぽくて面白かったです。

 演出はジャン=ルイ・グリンダ。舞台装置は、中央に大きな岩があり、手前が海になっていて、打ち寄せる波がプロジェクションで表現されています。岩の割れ目に波が駆け上がって行くところなどとてもリアルで、どういうしくみになってるのかな、と思いました。こういうプロジェクションを使った演出は、長い人類の歴史の中で、この十数年に新しく登場したものですから、なんか感激しますね。で、この岩が、いろいろな角度から、オペラを通じて現れます。「すべては岩と海が見ていた」みたいな感じか。
 奇をてらわないオーソドックスな演出は良かったのですが、上にも書いた、狂乱の場の碇知盛の演出はやり過ぎか。ラストシーンでエドガルドがオルガの亡骸のマネキンを持って歌うシーンもあり、最後の見せ場がなんかリアリティがなく、嘘っぽくなってしまいました。
 カーテンコールでアルトゥーロ役の小原啓楼が、首をさすりながら出てきたのには笑いました。

 今回は、第二部第二幕冒頭のエドガルドとエンリーコが決闘を決意する場面が、珍しく上演されるんだそうですが、ぽん太にはありがたみがよくわかりませんでした。
 
 エドガルドのスマエル・ジョルディは、出だしは声が安定しませんでしたが、その後は明るく繊細な声を聞かせてくれました。エンリーコのアルトゥール・ルチンスキーもドスがきいていて迫力ありました。二人とも役柄にぴったりでした。


オペラ「ルチア」/ガエターノ・ドニゼッティ
Lucia di Lammermoor / Gaetano DONIZETTI
【共同制作】モンテカルロ歌劇場

2017年3月26日
新国立劇場 オペラパレス

指揮 ジャンパオロ・ビザンティ
演出 ジャン=ルイ・グリンダ
美術 リュディ・サブーンギ
衣裳 ヨルゲ・ヤーラ
照明 ローラン・カスタン
舞台監督 村田健輔

ルチア オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ
エドガルド イスマエル・ジョルディ
エンリーコ アルトゥール・ルチンスキー
ライモンド 妻屋秀和
アルトゥーロ 小原啓楼
アリーサ 小林由佳
ノルマンノ 菅野 敦

合唱指揮 三澤洋史
合唱 新国立劇場合唱団

管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
【グラスハーモニカ】サシャ・レッケルト

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2017/03/27

【展覧会】初めてのティツィアーノ 「ティツィアーノとヴェネツィア派展」東京都美術館

Tizian_011_2 ※この記事のティツィアーノの絵の画像は、List of works by Titian - Wikipediaに掲載されているPublic Domainのものです。

 ティツィアーノと聞いても、名前は知ってるけど、いつ頃の人でどんな絵を描いたかは全く知らないぽん太。狸だからしかたありません。今回のティツィアーノ展には、彼の作品が5点来てるんだそうです。特別ウェブサイトはこちら、東京都美術館のサイトはこちらです。

 困ったときのWikipeidaを見てみると、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio)は盛期ルネサンスのイタリア人画家。1488年/1490年頃に生まれ、1576年に死去。
 ルネサンスというと、ミケランジェロやダヴィンチが思い浮かびますが、彼らはいわゆるフィレンツェ派に属し、ティツィアーノの属するヴェネツィア派とは対立関係にありました。ヴェネツィア派は、色鮮やかな色彩が特徴だそうです。


ティツィアーノとヴェネツィア派展

【会場】東京都美術館
【会期】2017年1月21日(土)~4月2日(日)
【展示作品】
作品リスト(pdf)

主な作品
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
 《復活のキリスト》 1510-12年頃 ウフィツィ美術館
 《フローラ》 1515年頃 ウフィツィ美術館
 《教皇パウルス3世の肖像》 1543年 カポディモンテ美術館
 《ダナエ》 1544-46年頃 カポディモンテ美術館
 《マグダラのマリア》 1567年 カポディモンテ美術館


 冒頭の絵は《ダナエ》。ダナエって何だなえ。ギリシャ神話に出てくる話だそうだなえ。
 アルゴス王アクリシオスが、男児を授かるかどうかの神託を求めたところ、王自身は男児に恵まれないが娘のダナエが息子を産み、そしてその息子にアクリシオスは殺されるという予言が下ったそうです。そこでアクリシオスはダナエを地下室に幽閉して男が近寄らないようにしました。しかしダナエは、神託を知っていたにも関わらず、黄金の雨に姿を変えたゼウスに身を許し、男児を身ごもります(これが星座にもなっているペルセウスで、メドゥーサをやっつけたことでも有名ですね)。アクリシオスは、ダナエとペルセウスを箱に閉じ込めて海へ流しますが、幸運にも島に流れ着いて命を救われます。そして長じたペルセウスは、予言どおりにアクリシオスを殺すことになるそうです。
 この話から、ダナエは金に屈服した女として、堕落の象徴と見なされていたそうです。

 ティツィアーノの絵を見てみると、ダナエの表情は金に目がくらんだような欲深さは感じられず、また恍惚とした表情でもなく、恋人に会えることを喜ぶ娘のような上気した顔に見えます。降り注ぐ黄金も、そんな金ぴかに描かれておらず、むしろ不吉な暗い雲のようです。向かって右の羽が生えて弓を持った子供はエロース(ローマ神話のキューピットちゃんですね)ですが、エロース君もびっくりして恐れおののいている感じです。
 なんか、許されぬ彼氏に首っ丈になってしまい、訪問を喜ぶお姉ちゃんの絵に見えました。

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 続いて《フローラ》です。この絵の美しさは写真では伝わりません。透き通るような肌、白い服の肌との境の毛羽立ち、左肩にかかる髪の毛の繊細な表現、その外側にちょっと見えるピンク色のマントの襞は、まるで岩山の崖のようです。そして何よりも、画面全体の明るさと柔らかさが印象に残ります。

Titian__christ_resurrected_uffizi
 《復活のキリスト》です。なぜだかWikipediaのティツィアーノ作品リストには入ってません(写真はこちらのサイトのpublic domainのものです)。
 キリストが復活したことは聞いたことがありますが、そのとき旗を持っていたというのはぽん太は初耳です。ぐぐってみると(オリエンス宗教研究所)10〜11世紀ごろから、旗を持ったキリストが石棺から出てくる図象が出現したそうです。
 この絵をみると、キリストがすごく肉付きがいいのにびっくりします。キリストといえばガリガリに痩せていると思ってたのはぽん太だけでしょうか?別のひとなんじゃないかと思いましたが、ちゃんと足の甲には貼り付けの釘の跡があります。背景も素朴な描き方で、なんか不思議な絵です。

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 《教皇パウルス3世の肖像》。これも写真ではわかりませんが、絵全体が古びた年代物の家具のような味わいがあります。
 ん?このじじい、どっかで見た気がする。先日読んだ中野京子の『新 怖い絵』(角川書店、2016)に出てたような気が。同じティツィアーノが描いた《パウルス三世と孫たち》が取り上げられてたみたいです。ティツィアーノは自分の息子の将来を保証してもらうかわりに、パウルス三世の肖像を引き受けましたが、教皇が約束を反故にしたため、絵を完成せずに立ち去った……という話しでした。
 「教皇」とはいえ、とんだ食わせ者の生臭坊主だったようです。そう言われてみればこの絵も、ネズミのような小狡さが感じられます。

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 《マグダラのマリア》です。髑髏と本があってウルウルしてますから、いわゆる「改悛するマグダラのマリア」の像ですな。詳しいことは知りませんが。
 涙が溢れる目がとても印象的で、今回の4作品のなかでは、もっとも感情表現が豊かで、ドラマチックな印象を受けました。
 

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2017/03/26

【ダンス】ちとタヌキには分かりにくかったです。ベートーヴェン・ソナタ(中村恩恵×首藤康之・新国立劇場バレエ団)

 う〜ん、なんか、ピンと来ませんでした。でも、会場は拍手喝采だったから、タヌキのぽん太がボケてるのかな?

 登場人物は、ベートーヴェンと……ルートヴィヒ?別々かいな。自我の分裂というやつか?それにジュリエッタ、アントニエ、カール、ヨハンナ。ぽん太は、ベートーヴェンが「月光」を捧げたというジュリエッタと、自殺した甥のカールしか知らんがね。

 とゆ〜ことで、よく知らん人たちが、ベートーヴェンの音楽にのせて(最初だけはなぜかモーツァルト)ダンスを繰り広げるのですが、関係性がよくわからんというか、一つひとつのダンスの意味・テーマがわかりません。カールはピストルで自殺未遂してたな。
 具体的な人物が登場するのだから、もう少しどういうシチュエーションなのか、解説でもあった方がよかった気がします。パンフレット買わなかったのがいかんのか?そうでなかったら、予備知識なく見ても状況が分かるような振り付けにするとか。

 家に帰ってからぐぐってみると、アントニエは、ベートーヴェンの死後に発見された「不滅の恋人」宛の3通の手紙の相手と考えられている人。ヨハンナはカールのお母さんとのこと。へ〜そうだったのか。

 ひょっとして、それぞれの女性に関わる音楽が使われているのか?調べてみると、「月光」とジュリエッタ以外は、厳密には対応していないみたいですね。全体としては、第一幕は初期の曲を使い、ジュリエッタに始まりアントニエで終わり、第二幕は後期の曲を使い、カールとヨハンナというようになっているようです。
 でも、それぞれの女性とベートーヴェンの関係がどのように異なるのか、あるいはベートーヴェンが様々な女性との関わりのなかで、どう生きてどう変化していったのかみたいなところがよく分かりませんでした。

 ベートーヴェンの耳が聞こえなくなったのも第九の頃じゃないし。あんまり厳密に考えずに、ちらしに書かれていたうように「インスパイア」されたと思えばいいのか。

 舞台の奥行きの深さを利用してましたが、反面ダンサーたちが走り回るシーンが多く、ちょっと気になりました。中村恩恵の振り付けは、群舞よりも、男女のペアの方が面白い気がします。ルートヴィヒ(首藤康之)とヨハンナ(本島美和)のダンスは良かったです。首藤は上半身裸。体脂肪率が少なそうないい体してますね。本島美和も妖艶でしっとりしてました。

 最初、首藤が踊ると聞いたとき、「そういや髪型がベートーヴェンっぽいもんね」などと思ったのですが、当日はなぜかペッタリと七三に分け、エスパー伊藤かそれとも段田安則かという感じ。う〜ん、もうちょっと何とかならんものか。
 全体の振り付けでも首藤の特質が十分生かされてなかったようで、首藤ファンとしてはちょっと残念でした。
 最初にセリフを言ったけど、一回きりであとはナシ。何で一回だけなんだろう。

 最初に舞台上に斜めに吊るされていた大きな白布のフォルムは美しかったです。曲面に映し出されるダンサーの影が面白かったので、もっと使えばよかったと思いました。
 食卓を囲んでのコミカルでグロテスクなダンスは、あまり面白くありませんでした。

中村恩恵×新国立劇場バレエ団「ベートーヴェン・ソナタ」
Nakamura Megumi×The National Ballet of Japan "Beethoven Sonata"

新国立劇場 中劇場
2017年3月19日

振付 中村恩恵
音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
音楽監修 野澤美香
照明 足立恒
美術 瀬山葉子
衣裳 山田いずみ
舞台監督 森岡肇

ベートーヴェン 福岡雄大
カール 井澤駿
ヨハンナ 本島美和
ジュリエッタ 米沢唯
アントニエ 小野絢子
ルートヴィヒ 首藤康之

八幡顕光 貝川鐵夫 寺田亜沙子 福田圭吾
奥田花純 木下嘉人 五月女 遥 堀口 純 丸尾孝子 渡邊峻郁
清水裕三郎 中田実里 福田紘也 宝満直也 益田裕子
宇賀大将 小野寺 雄 関 晶帆 髙橋一輝 中島瑞生 盆子原美奈

第一幕
プロローグ モーツァルト作曲「レクイエム」
I ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」
II ピアノ・ソナタ第14番「月光」
III 「エグモント」序曲
IV 弦楽四重奏曲第9番
V 弦楽四重奏曲第7番
VI ピアノ・ソナタ第25番

第二幕
I 交響曲第7番
II 弦楽四重奏曲第15番
III ピアノ・ソナタ第31番
IV 交響曲第9番
V 弦楽四重奏曲第15番

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2017/03/19

【仏像】特別展示「再会ー興福寺の梵天・帝釈天」根津美術館(付:「高麗仏画 香りたつ装飾美」)

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 根津美術館所蔵の帝釈天の相方が、興福寺からやってくると聞いて、観に行ってきました。


特別展示「再会ー興福寺の梵天・帝釈天」

【会場】根津美術館 展示室3
【会期】1月7日(土)〜3月31日(金)
【仏像】
梵天立像 鎌倉時代 建仁2年(1202) 定慶作 興福寺蔵 重要文化財
帝釈天像 鎌倉時代 建仁1年(1201) 定慶作 根津美術館像
【関係サイト】・特別展示「再会ー興福寺の梵天・帝釈天」について|根津美術館
 小さめながらお写真もあります。


 奈良の興福寺は知る人ぞ知る仏像の宝庫ですが、あれでも明治維新の神仏分離・廃仏毀釈で多くの寺宝が失われたんだそうです。根津美術館所蔵の帝釈天もそうした寺宝のひとつでした。しかし、この帝釈天と対になっていた梵天は、興福寺に残っておりました。こんかい112年ぶりに、別れわかれになっていた梵天と帝釈天が、並んで公開されることになりました。
 これらは二つとも、運慶の父である康慶の弟子の、定慶によって、13世紀初頭に造られたものだそうです。

 こうして並べて観てみると、像高はほぼ同じで、長く垂れ下がった袖の造形はとっても似ております。鎌倉時代の慶派の作ですが、直立不動で静的な印象です。
 ただ、異なるところもあり、帝釈天の方は顔が大きめで、目鼻立ちが大きくはっきりしていて、ちょっと写実的というか、普通の人っぽいです(顔のアップのお写真は例えばこちら)。梵天の方は、丸顔でやや童顔ですが、なかなかいい表情をしております。
 衣服も、梵天がすっきりゆったりとして自然なのに対し、帝釈天はお腹から下半身にかけての襞が密集しすぎて、ちょっとくどい感じがします。
 帝釈天は、以上のような特徴があるうえに、ちょっと前のめりに設置されていることもあり、見る者に迫ってくる感じがあります。一方で梵天は、見る者の視線を引き込むかのようで、内面的・精神的な印象です。
 仏様を比べるのもなんですが、梵天様の方が優っていて、さすが重要文化財です。興福寺から持ち出された帝釈天様は、おそらく様々な紆余曲折を経たと思われますが、その過程で補修も受けたのかもしれません。

 ついでに(?)、「特別展 高麗仏画 香りたつ装飾美」を見る。
公式サイトはこちら。会期が終わると、たぶんこちらのアドレスになると思われます。


特別展
高麗仏画 香りたつ装飾美

【会期】2017年3月4日(土)〜3月31日(金)
【会場】根津美術館
【展示作品】
出品リスト(pdf)

水月観音像 徐九方(ソグバン)筆 1323年(至治3年・忠粛王10年) 泉屋博古館蔵 重要文化財
阿弥陀如来像 1306年(大徳10年・忠烈王32年) 根津美術館蔵 重要文化財
地蔵菩薩像 13~14世紀 神奈川・円覚寺蔵 重要文化財
阿弥陀三尊像 13~14世紀 大阪・法道寺


 阿弥陀三尊像や十菩薩・来迎図、水月観音、地蔵菩薩などの絵がありました。
 仏画はよくわからないのですが、観音様がみな髭を生やしたおっさんでした。水月観音菩薩も、以前に鎌倉の東慶寺で見た仏像などはなまめかしさまで感じるくらいでしたが(お写真はこちら)、高麗仏画ではやはりおじさん。観音様が女性的なのは、日本だけなんでしょうか?

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2017/03/18

【スイーツ】本場の抹茶パフェを満喫!伊藤久右衛門・宇治本店(京都府宇治市)

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 せっかく宇治に来たので、抹茶スイーツをいただくことに決定!車が停められるところということで、伊藤久右衛門・宇治本店を選びました。公式サイトはこちらです。 
 交通量の多い通り沿いにあり、広い駐車場を備えた大きなお店で、ちょっとどうかと思ったのですが、とっても美味しかったです。
 あれこれ迷った末に、定番の抹茶パフェを注文。味もボリュームもなかなかのものでした。
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 上の写真、入り口の抹茶パフェのオブジェが可愛いですね。
 半分は店舗になっていて、美味しそうなスイーツが並んでおりましたが、こんかいは宇治抹茶を購入するに留めました。

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2017/03/17

【仏像】こりゃでっかい!白鳳時代の銅造釈迦如来像(国宝)・蟹満寺(京都府山城)

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 とっても変わった名前のお寺で、紋まで蟹が図案化されておりますが、国宝の銅造釈迦如来像がおられます。


【寺院名】蟹満寺(かにまんじ)
【住所】京都府木津川市山城町綺田浜36
【拝観】500円
【仏像】銅造釈迦如来坐像 金銅造 像高240cm 飛鳥時代後期(白鳳期) 国宝
【関連サイト】ホームページはなさそうなので、下記にリンクしておきます。
木津川市観光ガイド
【写真】写真1写真2


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 彩鮮やかな布で飾り付けられた真新しい本堂(2010年落慶)の傍らには、ちゃんと拝観の受付があって、側面の戸から本堂に入ります。これまで見てきた山城の仏さまのつもりで見ると、その大きさとお姿にびっくり!いい意味期待を裏切られます。
 で、でっかいです。しかも銅像で、古風な表情やお姿です。
 像高240cmですから、丈六仏でしょうか。なんか奈良の飛鳥大仏のような雰囲気です。表面の鍍金は剥げて黒くなってます。
 右手は、胸の高さに上げて親指と人差し指で輪を作る定印、左手は脚の上で手のひらを上に向けた与願印です。正面から見るとウェストはけっこう細いのですが、斜めからみるとボリューム感があります。胸や肩、膝などにボリュームがあるからでしょうか。頭部も大きめです。眉を吊り上げて、口角を下げたお顔で、ちょっと威張っているような、すましているような表情です。頭髪には螺髪や白毫がありませんが、失われてしまったのでしょうか、元からでしょうか。縵網相という手の指の間のみずかきみたいなものは、とってもはっきり表現されております。衣紋の流れもとても美しいです。
 う〜ん、古風でいいですね。しかも飛鳥大仏より保存がいい気がします。

 この蟹滿寺には、「蟹の恩返し」という縁起話があります。その内容は、例えばこちらをどうぞ(木津川市観光ガイド)。このお話は『今昔物語』に収録されているそうです。
 実際の寺名は、綺田(かばた)という地名から来ているそうで、のちに縁起話が作られたようです。

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2017/03/16

【仏像】夜になると目を閉じる!重文の千手観音立像・寿宝寺(京都府山城)

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 今年の2月の京都山城仏像の旅、次に訪れたのは寿宝寺です。ここに祀られている十一面千手千眼観音立像(重文)は、実際に千の手を持ち、さらに千の目(?)を持ち、また素木(しらき)であるという珍しい仏様です。


【寺院名】高野山真言宗金剛峯寺派 開運山 寿宝寺
【住所】京都府京田辺市三山木塔ノ島20
【拝観】要事前連絡。拝観料300円
【仏像】
十一面千手千眼観音立像 像高180cm 檜 一木造 素木 平安時代後期 重要文化財 写真
降三世明王 素木 写真1写真2
金剛夜叉明王 素木 写真
【ホームページ】ホームページはなさそうなので、京田辺市観光協会のサイトにリンクしておきます。


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 仏様は、本堂とは別の収蔵庫に安置されております。庫裡で拝観を申し出ると、扉を開けて案内してくれます。正面に十一面千手千眼観音、その向かって左に降三世明王、右に金剛夜叉明王がおります。

 観音様は、像高180cmでほぼ等身大。実際に千の手を持っております。この仏像以外では、奈良の唐招提寺や、大阪の葛井寺などがあるそうです。
 彩色や金箔のない素木(しらき)の仏様で、手のひら一つひとつに墨で目が書いてあったため、十一面千手千眼観音と称されているそうです。現在は、一部の手のひらに目を認めることができます。また、唇にも朱が入ってますが、これは平安時代に作られた当初のものだそうです。
 実際に千の手がありながら、いわゆるウジャウジャ感はなく、すっきりとした優美な造形となっております。上半身はややがっしりしておりますが、千の手を支えるためには必要なのかもしれません。お顔もふっくらしていて、切れ長目尻のつり上がった逆三日月型の目、唇の厚いおちょぼ口で、やや厳しい表情に見えます。
 しかし、収蔵庫の扉を閉めて上からの蛍光灯だけで眺めると、あら不思議、両目を閉じたとても穏やかで慈悲深い表情に変化します。
 本堂の前には昔は鶴沢の池という池があり、そこにうつる月を愛でるという風習があったこともあり、いつしかこの仏様は夜にお参りするようになったそうです。みんなやはり夜の優しいお顔を好んだんでしょうね。
 素木の仏様も珍しい気がしますが、この仏様は、古くは神宮寺(神仏習合の考え方に基づき神社に造られたお寺)の、ご本尊ではない仏様だったため、素木が普通である神像にならって、彩色や漆箔がおこなわれなかったと考えられています。そのお寺は明治の廃仏毀釈で廃寺となり、寿宝寺に仏様が移されたそうです。


 二体の明王も素木の像で、やはり神宮寺から移されたものです。
 向かって左の降三世明王は、顔が三つ、腕が八本、胸の前で手背をあわせて指を絡ませたような「降三世印」を結んでおります。そしてなによりもの特徴は、シヴァ神とその奥さんを踏んづけていること。天邪鬼を踏みつけている仏像は多数ありますが、神様を踏んでるのは降三世明王だけです。この像では、だんながごろんと横になり、奥さんがちゃっかり座っているのが、不思議な造形です。

 右側の金剛夜叉明王は目が四つあるのが特徴ですね。写真だと腫れぼったい目に見えますが。こちらもちょっと素朴な感じの仏様です。

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2017/03/15

【仏像】若々しく美しい天平の国宝十一面観音/観音寺(京都府山城)

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 2月中旬、伏見区の桃山温泉月見館に泊まったぽん太とにゃん子は、近くの観音寺に仏像を拝観しに行きました。
 ぽん太は全く知らなかったのですが、京都南部の「山城」と言われるあたりは仏像スポットなのですね。いまでこそ「京都南部」ですが、いにしえは「奈良の北の端」だったそうで、国宝・重要文化財の仏像を持つお寺が点在しております。


【寺院名】真言宗智山派 息長山 観音寺
【住所】京都府京田辺市普賢寺下大門13
【拝観】400円
【仏像】
木心乾漆十一面観音立像 木心乾漆 像高172.7cm 奈良時代(8世紀) 国宝
【ホームページ】お寺のホームページはないようです。
大御堂観音寺|京田辺市観光協会
【写真】こちらのサイトの写真が大きくてきれいです。
彦左の正眼


 同じ京都とはいえ、観光客で賑わう京都市内のお寺とは異なり、のんびりこじんまりしていて、なんだか地方のお寺を巡っているみたいな感じがします。庫裡で拝観を申し出ると、禅宗みたいなざっくりした感じの住職さんがやってきて、本堂の扉をあけ、案内してくださいます。
 まず、外陣でお焼香をすると、横で住職さんがお経というのかお祈りというのか、「本日拝観されるお二人に幸あれ〜」みたいな言葉を唱えて下さり、その後、しずしずと厨子の扉を開けてくれます。いや〜、素晴らしいです。見とれていると、「もっと前へどうぞ」と声をかけて下さり、内陣に入って仏様の真ん前で拝観することができます。

 いや〜、やっぱり国宝の仏様は美しいです。非常に整ったお姿で、品格がありますね〜。それでいて慈愛が感じられます。ほぼ等身大の大きさ。奈良時代8世紀の作とのことで、古風な印象はありますが、グロテスクな感じはまったくありません。様式的ではありますが、衣紋の流れなどは実に流麗です。ウェストが引き締まっていて、大胸筋の肉付きがよく、若々しいお姿です。シンプルな円光の光背もとってもお似合いです。
 木造ではなく、木心乾漆という技法で作られているのだそうです。それ以前には脱活乾漆造という技法があり、粘土で塑像を造った上に麻布を貼って漆で固め、最後に中の粘土を抜き取るもので、阿修羅像などが有名ですね。その後、粘土のかわりに木彫を芯にして乾漆像を造ったのが木心乾漆造。そしてさらに時代は木像へと移っていくわけですね。

 国宝の十一面観音は、日本に七つあるそうです。それすなわち、京都府の観音寺・六波羅蜜寺、奈良県の聖林寺・室生寺・法華寺、滋賀県の向源寺、大阪府の道明寺です。このうち木心乾漆は、観音寺と聖林寺の二つだそうです。
 ぽん太がこれまで観たのは向源寺と今回の観音寺の二つだけ。コンプリート目指してがんばりたいと思います。

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2017/03/14

【温泉】宇治川沿いに立つ木造三階建て・桃山温泉月見館(京都市伏見区)(★★★★)

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 京都にも温泉があるって知ってました?ぽん太とにゃん子は、2月中旬、京都は宇治市にある月見館に行ってきました。公式サイトはこちらです。
 宇治川に面した美しい木造三階建の建物は、登録有形文化財に指定されております。内部は新しく改装されており、とってもきれいです。すぐそばを京阪宇治線の線路や、交通量の多い県道が走っていたりするのですが、なんと天然温泉というのが驚き。ちょっと温泉力は弱いですが、まあ仕方ありません。料理旅館だけあって、お料理は絶品。味はもとより見た目も美しい京料理を頂けます。京都といっても伏見区のせいか、格式張っておらず、なんだかのんびりしている感じでくつろげます。建物は大きいですが、宿泊客は1日数組しかとらないそうで、静かな雰囲気です。お値段も手が届く範囲で、ぽん太の評価は4点です。

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 交通量の多い京都外環状線から、案内に従って車がぎりぎり通れるくらいの京阪宇治線のガードをくぐると、美しい木造三階建の建物が見えてきます。そう、京都にある温泉旅館のひとつ、桃山温泉月見館です。
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 ロビーです。建物は昭和12年築と古いですが、内部は新しく改装されており、とてもきれいです。
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 目の前には宇治川が流れています。向こうに見える橋は、観月橋ですね。
 以前は宇治川のほとりに建っていて、増水すると水に浸かったりしたそうです。宇治川に堤防が作らることが決まった時、建物をセットバックしなければならなくなりましたが、当時の社長は悩みに悩んだすえ建て替えを止め、建物を移動させて歴史的建築を保存する道を選んだそうです。
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 以前は三十石船を営業していたそうで、復元されたものが庭に展示されております。ずいぶん細くて長いですね。三十石船は、江戸初期に京都と大阪を結ぶ水運として重要な役割を果たしたそうです。
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 おもてなしの抹茶ケーキは、女将が手ずから焼いたものだそうです。
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 温泉は、男女別の露天風呂付きの内湯があり、時間で入れ替えになります。こちらは一方の内湯。やや小さめですが、新しくてきれいです。宇治川と鉄道、交通量の激しい道路に囲まれた立地ですが、なんと天然温泉です。戦後に営業を再開した時に、幸運にも温泉を掘り当てたそうです。泉質は単純硫化水素泉だそうですが、ちょっと温泉力に欠けるのはしょうがないでしょう。
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 こちらが露天風呂です。展望はありませんが、それも仕方ありません。
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 こちらがもう一方の内湯です。こちらの方が広いです。
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 露天風呂です。すぐ横が線路で展望はありませんが、気持ちいいです。

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 さあ、楽しみな夕食です。スタートはたったこれだけ。ということは、他の料理は出来立てで一つひとつ出て来るということです。先付けの上に乗っている掛紙の梅の絵は、女将が一枚いちまい描いたものだそうです。敷紙には、宇治川に浮かぶ三十石船と月見館の建物が描かれてます。
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 こちらが掛紙の下に隠れていた先付。彩も春らしくきれいですね。
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 こちらが献立です(クリックで拡大します)。
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 お酒は、伏見の松本酒造の「桃の滴」を注文。ラベルが綺麗ですね。
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 海老真丈のお吸い物、お鍋は鳥のつみれです。
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 茶碗蒸しは、穴子・鶏肉・百合根・銀杏など具だくさん。天ぷらはフキノトウが春の味です。

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 宿の中を探検。大広間です。実に見事ですね。

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 朝食も美味しゅうございました。ちょっとびっくりしたのは、卵焼きが甘かったこと。関東風の味付け?

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2017/03/13

【雑学】歌舞伎にも出てくるお土砂に興味を持った江戸時代のオランダ人・ティチング

 吉田元の『江戸の酒 その技術・経済・文化』(朝日新聞社、1997年)という本を読んでみました。江戸時代の日本酒の状況がわかって面白かったのですが、ぽん太の目が止まったのは別の部分。

 外国人の日本酒に対する関心を論じているところで、長崎オランダ商館長イサーク・ティッツィングが、日本人を出島に密かに招き入れて、目の前で日本酒を作らせた話が出てきます。で、ティッツィングがいかに好奇心おう盛だったかを書いた次の記述に、ぽん太の目は釘付けになりました。

 ティッツィングの好奇心は強烈だった。不幸にも出島において病死した若いオランダ人商館員の遺体にかけられ、死後硬直を解いた真言宗の「土砂」(加持祈祷しをした土砂)の正体解明に執念を燃やし、九州の寺から取り寄せて帰国時に持ち帰ったくらいだから、杜氏を呼び入れることなど何でもなかったろう。

 にゃにゃにゃ、にゃに〜?土砂?
 「お土砂」といえば、歌舞伎の「松竹梅湯島掛額」(しょうちくばいゆしまのかけがく)の「吉祥院お土砂の場」に出てくる、かけられると体がフニャフニャになるという粉ではないか。主人公の紅長は敵にお土砂をかけて撃退しますが、だんだん悪のりして出てくる人に片っ端からお土砂をかけはじめ、さらには舞台に上がってきたお客さん(仕込みです)や劇場の係員、しまいには舞台袖の附け打ちさん(木でバタバタバッタと音を出す係の人)までフニャフニャにしてしまうというドタバタコメディーです。
 ぽん太はてっきりフィクションの世界の話かと思ってたのですが、お土砂は実在したんでしょうか。
 ちなみにここに出てくる吉祥院(きっしょういん)は、おそらく谷中にあった吉祥院で、現在は杉並区に移転しておりますが(吉祥院|猫のあしあと)、真言宗ではなく天台宗のお寺です。

 まず、困ったときのWikipediaを見てみると、イサーク・ティチングという表記で出ています(イサーク・ティチング - Wikipedia)。イサーク・ティチング(Isaac Titsingh。1745年-1812年)はオランダの外科医・学者。1779年から1784年の間3度にわたってオランダ商館長として日本に滞在したそうです。
 で、下の方の「著書」をじっと見てみると、どうやらTitsingh, Isaac. (1822年). Illustrations of Japan, London: Ackermann.というのがあやしい。アマゾンでぐぐってみると、『日本風俗図誌』(丸善雄松堂 、1980年)というのがあります。どうやらこれのようですね。
 でも、近くの図書館にはないようだし、このためにわざわざ買うのも悔しい。ということで、ネット上で探してみると……あった!え、英語ですけど。

 ・同志社大学 貴重書デジタルアーカイブ Illustrations of Japan

 目次(14ページ)を見てみると、第二章に「土砂という粉と、その発明者・弘法大師に関する報告」という節と、「土砂という粉の報告への注」という節があります!!

 それによると、1783年に一人のオランダ人が出島で亡くなりました。ティチングは土砂の効果を確かめようと、その遺体を冷たい外気に一晩さらして死後硬直を起こさせました。翌日、一人の日本人が土砂を持ってきて、両耳、鼻腔、口にそれを注ぐと、20分ほどで遺体は柔らかくなったそうです。
 ティチングは、それが土砂の効果によるのか、それとも見抜けなかったけれども何らかのトリックが使われたのか、わからないと言っております。
 万能薬としても用いられていた土砂にティチングは興味を持ち、あちこちで買い集めて、帰国の際に持ち帰ったそうです。
 しかしこの後ティチングは、土砂のことは忘れたかのように、土砂の発見者とされる弘法大師の生涯や思想に話を移してしまいます。

 そのあと編集者による注がついていて、フランス人のシャルパンティエ・コシニィ(charpentier-cossingny)が1799年に出版した「ベンガル旅行」のなかで、土砂について触れているそうです。
 コシニィはティチングから土砂の一部を貰い受け、様々な科学的分析を試みた後、死後硬直に対する効果を実験してみましたが、思うような結果は得られなかったと書いてあります。

 う〜ん、ということは、やっぱりお土砂はインチキだったのか?とはいえ、日本で昔から信じられ、広く使われていた「魔法の粉」だったのでしょう。ただ、歌舞伎の「松竹梅湯島掛額」が作られた安政3年(1856)には、ドタバタ劇の小道具として使われたくらいですから、幕末の江戸庶民にはもはや迷信と受け止められていたのでしょう。

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2017/03/12

【バレエ】ルーヴェよし!振り付けよし!音楽もよし!「ダフニスとクロエ」を踊る〈グラン・ガラ〉パリ・オペラ座

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 ガラ公演というと、全幕物のバレエの見せ所の踊りを並べたものが多いですが、今回のパリ・オペラ座の〈グラン・ガラ〉は短めの3つの作品からなるもので、いわゆる祝祭気分とは無縁の、質の高いステージでした。公式サイトはこちらです。

 今回の席も、にゃん子のガニオ・モロー・シフトで前から2列め。でも、二人ともご欠席だったのはみなさんご存知の通り。
 しかしそれに代わるお目当てが……。そう、ジェルマン・ルーヴェ君です。パリ・オペラ座バレエ団を世界中追っかけているミンク女史(しかもエルベ・モロー・ファン)から、ルーヴェ君に注目という情報が入っていたのです。
 自分のブログをぐぐってみると、昨年のエトワール・ガラで「グラン・パ・クラシック」を観てるはず。でも音源がひどかったという記憶しか残っていないのが、狸の悲しいところ( ´・ω・`)。

 そのルーヴェ君が踊ったのは、後半の「ダフニスとクロエ」。ぽん太がこれまで観たのはアシュトン版(英国バーミンガム)とマイヨー版(モンテカルロ)ですが、今回はミルピエ版。バンジャマン・ミルピエは、パリ・オペラ座バレエ団の前の芸術監督ですが、映画「ブラック・スワン」の振り付けでも有名ですね。その彼がオレリー・デュポンとエルヴェ・モローのために2014年に振り付けたのが、今回の「ダフニスとクロエ」だそうです。
 で、ルーヴェ君ですが、ガタイがしっかりしていて手足が長く、顔が小さくて、野球の大谷選手みたいな体つき。23歳だか24歳だかでこどもこどもしてるんですけど、そのこどもこどもした感じが踊りに素直に現れていて、表現力抜群。すばらしいです。さすがミンク女史、見る目があります。
 デュポンと踊ると、年上の大人のお姉さんと、恋に落ちてニコニコしている若者という感じ。それがとっても微笑ましくて、逆にモローとデュポンだとどういう踊りになるか、想像できない感じです。
 ストーリーは元々のフォーキン版を大筋でなぞっておりましたが、ミルピエの振り付けはすばらしいです。クラシカルな動きが基本ですが、現代的なセンスが光っていました。
 ダニエル・ビュランの抽象的な装置も面白かったです。序曲のあいだは、舞台に縦縞の幕が張られ、プロジェクションされた長方形が、大きさを変えたり、丸くなったりします。幕が開くと、同じ縦縞で縁取られた、色付きの半透明の丸や四角や菱形が、ワイヤーで吊るされて上がったり下がったりします。衣装も最初はみな白ですが、ラストの「全員の踊り」ではカラフルに彩られます。

 バランシンの「テーマとヴァリエーション」は、ガニオ君の代わりにエイマンが踊りました。テクニック的に非常にしっかりした踊り。エイマンも、なんか大人になりましたね。ウルド=ブラームも、顔がちっちゃくで華がありますね。でも、さすがにこの演目は、もちっと遠くから観た方がよかったかな。

 ロビンズの「アザー・ダンス」は、パリエロ、オファルトのペア。オファルトがちょっと見劣りしました。体が固いというか、コンテンポラリー的な動きがないというか、芝居っ気がないというか、色っぽくないというか、対話がないというか、何と言えばいいのかぽん太にはわかりませんが、もうちょっと面白い踊りのような気がします。パリエロがとても面白く踊ってたので、よけい気になりました。

 指揮者のマクシム・パスカルが大奮闘。前から2列めの席だったのでよく見えたのですが、舞台上のダンサーよりも運動量激しいんじゃないか?という感じの指揮でした。

パリ・オペラ座バレエ団
<グラン・ガラ>
2017年3月9日
東京文化会館

「テーマとヴァリエーション」
ジョージ・バランシン

 音楽: ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
 管弦楽組曲第3番ト長調作品55 第4楽章
 振付: ジョージ・バランシン
 照明: マーク・スタンリー

 初 演: 1947年11月26日、バレエ・シアター、ニューヨーク、シティ・センター
 パリ・オペラ座初演: 1993年6月24日

ミリアム・ウルド=ブラーム、マチアス・エイマン

オーレリア・ベレ、セヴリーヌ・ウェステルマン、ロール=アデライド・ブーコー、ソフィー・マイユー
シリル・ミティリアン、ダニエル・ストック、イヴォン・ドゥモル、パブロ・レガサ


「アザー・ダンス」
ジェローム・ロビンズ

 音楽: フレデリック・ショパン
 マズルカ作品17-4、マズルカ作品41-3、ワルツ作品64-3、マズルカ作品63-2、マズルカ作品33-2
 振付: ジェローム・ロビンズ
 衣裳: サント・ロカスト
 照明: ジェニファー・ティプトン

 ピアノ: ヴェッセラ・ペロフスカ

 初演: 1976年5月9日、メトロポリタン歌劇場
 パリ・オペラ座初演: 1999年3月11日

リュドミラ・パリエロ、ジョシュア・オファルト


「ダフニスとクロエ」
バンジャマン・ミルピエ

 音楽: モーリス・ラヴェル
 振付: バンジャマン・ミルピエ
 装置: ダニエル・ビュラン
 衣裳: ホリー・ハインズ
 照明: マジッド・ハキミ

 初演: 2014年5月10日、パリ・オペラ座

クロエ: オレリー・デュポン
ダフニス: ジェルマン・ルーヴェ
リュセイオン: レオノール・ボラック
ドルコン: マルク・モロー
ブリュアクシス: フランソワ・アリュ

栗友会合唱団

演奏: 東京フィルハーモニー交響楽団
指揮: マクシム・パスカル

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2017/03/11

【仏像】国宝薬師三尊、五大明王など。醍醐寺(京都)

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 2月中旬、ぽん太とにゃん子は京都の醍醐寺を訪れました。


【寺院名】総本山 醍醐寺
【住所】京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
【拝観】三宝院・霊宝館・伽藍の3エリア共通券が800円。
【仏像】
霊宝館
 薬師三尊像(薬師如来坐像・日光菩薩・月光菩薩) 平安時代 国宝
 帝釈天騎象像 平安時代 重要文化財
 閻魔天騎牛像 平安時代 重要文化財
 五大明王像 檜材 一木造 平安時代 重要文化財
伽藍
 木造金剛力士立像(所在西大門) 平安時代 重要文化財
 薬師三尊像 鎌倉時代 重要文化財
 五大明王像(五大堂安置) 重要文化財
【ホームページ】https://www.daigoji.or.jp
【写真】醍醐寺の文化財アーカイブスにお写真があります。
https://www.daigoji.or.jp/archives

 醍醐寺は、三宝院・霊宝館・伽藍の3つのエリアに分かれております。伽藍エリアは上伽藍と下伽藍に別れていますが、上伽藍までは1時間かかるというので、今回は省略しました。

 まずは霊宝館から拝観。真新しくて、非常に広い体育館のような建物で、向かい合った二面にそれぞれ薬師三尊像と五大明王が安置されており、残りの二面には絵画等が展示されております。

 薬師三尊像は、もともと上醍醐薬師堂に安置されていたものだそうです。中尊の薬師如来坐像は、平べったいお鼻で小鼻も張っていて、なんかポリネシア系が入ってる感じで、古風でいい雰囲気です。手の指の造形などは、ちょっと乱れている気がします。脇侍の日光・月光菩薩はもう少し整った感じで、衣紋の流れなども美しく、時代が少し新しく思われました。
 さらに向かって右には、象っぽくない象に乗った帝釈天さまがおります。その反対側は、梵天ではなくなぜか牛に乗った閻魔様。おとなしく膝を折って座った牛の上に座ってます。閻魔様の像は、ぽん太は初めて見ました。どうしてこういう組み合わせなのか、まったくわかりません。帝釈天も閻魔天も両方左足を踏み下げていて、左右対称になってないので、あとから組み合わせたものかもしれません。

 薬師三尊の反対側には、五大明王像が祀られております。大きめで、なかなか迫力がある像です。表情は写実的ではなくデフォルメされており、素朴で荒々しく、古風な感じです。


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 続いて三宝院を見学。秀吉が慶長3年(1598年)に催した花見のおりに整備されたそうで、秀吉が基本設計をしたという庭園や、国宝の表書院など、庭や建物は立派でしたが、快慶作の弥勒菩薩坐像(重文)は残念ながら非公開でした。


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 伽藍エリアは、まず入口の仁王門に控えているのは、平安時代の木造金剛力士立像(重要文化財)。頭がでかくて、なんか子供みたいなバランスの仁王様ですが、ズボン(?)の襞の流れはなかなか流麗です。

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 国宝の金堂のなかに、薬師三尊像(重要文化財)が祀られております。また、お寺の行事のため、普段は不動堂に安置されている五大明王像(重要文化財)が、三尊像の手前に移されておりました。建物の外からの拝観で、像同士が重なり合い、飾り付けなどもあって、双眼鏡を使ってもあんまりよく見えませんでした。中尊の薬師如来は全く見えず。日光・月光菩薩はおめめパッチリで素朴でかわいらしかったです。五大明王像は、霊宝館のものよりも躍動感があるように思いました。

 観音堂の准胝観世音菩薩は厨子が固く閉じられていて拝観ならず。後方に如来像などが並んでおりました。

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 こちらは神変大菩薩。調べて見ると、修験道の役小角(えんのおづの)が仏教化したもののようですね。

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 醍醐寺には「五大力さん」と呼ばれる行事があります。正式名称は「五大力尊仁王会」で、五大力尊=五大明王像を本尊とする大法会です。この五大明王が、霊宝館で見たものか、金堂に安置してあったものか、ちとわかりません。しかし、現在は「五大力さん」は金堂で行われ、また案内に出ている写真も金堂にあった五大明王像であること。以前には上醍醐五大堂で行事が行われていたというが、そこに安置されているの現在不動堂にあり、今回金堂に安置されていた五大明王であることから、金堂のものと思われます。

 しかし、ぽん太が「五大力」と聞いて思い出すのは別の概念です。歌舞伎の『盟三五大切』(かみかけて さんご たいせつ)に出てくるもので、芸者小万が恋人三五郎に操を誓って腕に「五大切」と刺青を掘るのです。当時は、女から男への恋文の封じ目や、女が持っている小物などに、貞操の誓いとして「五大力」と書いたそうで、これは「五大力菩薩」から来たものだそうです。
 「五大力菩薩」とは、鳩摩羅什の訳とされる「仁王般若波羅蜜経」(仁王経)というお経に書かれているもので、金剛吼(こんごうく)・竜王吼・無畏十力吼(むいじゅうりきく)・雷電吼・無量力吼の五菩薩だそうです(コトバンク)。これは菩薩であって、明王ではないですね。しかし仁王会(にんのうえ)の本尊とされたという点では、ちょっと似ております。
 さらにWikipedia - 金剛夜叉明王を見ると、「仁王般」には不空訳とされるもうひとつの新訳「護国仁王般若経」があり、こちらでは上の五菩薩に、五大明王が配されているそうです。ただこのお経は偽経とも言われているそうで、要するに五大力菩薩の信仰が、次第に五大明王と混ざっていった、あるいは移行していったのでしょう。
 ちなみに、大阪の住吉大社にも「五大力」と呼ばれるパワースポットがあり、ぽん太も以前に訪れたことがあります。改めて調べて見ると、こちらはもともと「五所御前」と呼ばれ、住吉大神を最初に祀った聖地でしたが、神宮寺に五大明王像が祀られていたことも重なって(エビデンスは未確認です)、江戸時代に五大力信仰と結びついたようです。地面に敷き詰められた小石の中から「五」「大」「力」の時が書かれた小石を拾い集めてお守りにする、という風習で賑わったそうです。

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2017/03/10

【歌舞伎】海老蔵の助六が見もの。2017年3月歌舞伎座夜の部

 海老蔵の助六がとても面白かったです。

 先日の六本木歌舞伎の「座頭市」も、海老蔵の役者としての魅力と実力で見せておりましたが、今回の「助六」もなかなかでした。
 最初の出の花道での美しさ、意休とのやりとりでの迫力、「屋形船蹴込むぞ」のバカっぽさ、母と知ってしおしおとなるところなど、演技のメリハリがあり、それぞれが面白く、2時間の長丁場、まったく飽きさせませんでした。
 もちろん周囲の支えがあればこそで、いちいち書きませんが、それぞれの出演者がみな自分の仕事をきっちりしてる感じでした。家橘は久しぶりに見た気がします。菊五郎、秀太郎、舞台が締まりますね。
 雀右衛門の揚巻は、ちまちま可愛らしくなってしまうのではないかと心配してましたが、さにあらず。弱々しくもならず、辰巳芸者みたいな蓮っ葉な感じもなく、吉原の太夫としての風格やプライド、匂い立つような色気や美しさが現れてました。見事な揚巻でした。


 幸四郎の南与兵衛、彌十郎の長五郎の「引窓」は、意外と面白くなかったです。なんか舞台がずっと煌々と明るかったですが、前からそうでしたっけ。あんまり満月の夜の雰囲気が感じられず、これでは「引窓」を開け閉めする演出効果や、意味合いが分かりにくいのでは?


 「けいせい浜真砂」は、上演時間わずか10分(!)で、しかも長唄と三味線の前奏で5分経過してしまうという演目。藤十郎と仁左衛門で、う〜ん、豪華ですね、錦絵みたいできれですけど、まあ、良かったです。

三月大歌舞伎
歌舞伎座
平成29年3月8日

夜の部

  双蝶々曲輪日記
一、引窓(ひきまど)

    南与兵衛後に南方十次兵衛 幸四郎
    濡髪長五郎 彌十郎
    平岡丹平 錦吾
    三原伝造 廣太郎
    母お幸 右之助
    女房お早 魁春

二、けいせい浜真砂(けいせいはまのまさご)
  女五右衛門 
  南禅寺山門の場

    石川屋真砂路 藤十郎
    真柴久吉 仁左衛門


  河東節開曲三百年記念
  歌舞伎十八番の内
三、助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
  河東節十寸見会御連中

    花川戸助六 海老蔵
    三浦屋揚巻 雀右衛門
    くわんぺら門兵衛 歌六
    朝顔仙平 男女蔵
    通人里暁 亀三郎
    三浦屋白玉 梅枝
    福山かつぎ 巳之助
    傾城八重衣 新悟
    同浮橋 尾上右近
    同胡蝶 廣松
    同愛染 児太郎
    男伊達山谷弥吉 宗之助
    同 田甫富松 男寅
    文使い番新白菊 歌女之丞
    奴奈良平 九團次
    国侍利金太 市蔵
    遣手お辰 家橘
    三浦屋女房お京 友右衛門
    曽我満江 秀太郎
    髭の意休 左團次
    白酒売新兵衛 菊五郎

    口上 右團次
    後見 右之助

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2017/03/09

【バレエ】ううう、ガニオ降板。でも満足。「ラ・シルフィード」パリ・オペラ座バレエ団

 にゃ、にゃに〜。ガニオ君が降板!
 せっかくガニオ・ファンのにゃん子のために、この公演日の、前から2列目の席を取ったのに〜!

 でも、ケガなら仕方ありません。公式サイトはこちらです。

 「ラ・シルフィード」は、ガラ公演ではスカートはいたお兄ちゃんがうれしそうにピョンピョン跳ねてるのをよく見ますが、全幕を見るのは初めて。へ〜え、こんなストーリーだったのか。けっこう暗い話ですね。
 ジェイムズはエフィーとの結婚式の当日に、突然現れシルフィードに魅了され、後を追っていきます。このあたりは、今流行りのゲス不倫というよりは、妖精にたぶらかされたというか、気がふれた感じ。
 森の中でシルフィードたちと踊り戯れるジェイムズ。鯛やヒラメの舞い踊りの浦島太郎状態です。羽を使って宙を飛び、腕からすりぬけていくシルフィードを捕まえようと、魔女から肩にかけると飛べなくなるというショールを手に入れます。しかしショールをかけられたシルフィードは、羽が取れて死んでしまいます。嘆き悲しむジェイムズは、エフィーが別の男性と結婚したことを知ります。

 初演は、今を去ることなんと約200年前の1832年。振付はフィリッポ・タリオーニ、劇場はパリ・オペラ座ですね。ロマンティック・チュチュ(白いひざ下丈のスカート)にポワント(爪先立ち)というバレエの原型ともいえるスタイルで大好評を得たそうです。
 タリオーニの振付けはやがて途絶えてしまいましたが、1972年にピエール・ラコットがタリオーニ版を復活したのが、今回の振付けだそうです(タリオーニ/ラコット版)。どうやって復活したのかは、ぽん太にはよくわかりません。
 シルフィード役のダンサーがロープで宙を舞ったり、セットの電動リフトで上がったり下がったりしたり、スモークたいたりなどの「古風」(?)な仕掛けもよかったです。

 登場人物のシルフィードも羽が生えてて空を飛びますが、ジェエイムズもぴょんぴょん飛び跳ね、ポワント技法を発明して上へ上へを志向していた当時のバレエの勢いが感じられますね。一方で東洋系の踊りは、腰を落として地面を踏み鳴らすというもので、三番叟などもそうですが、大地を踏みならして地中の神を呼び起こすという農耕民族のDNAを受け継いでおります。

 ところで、ジェイムズ君はタータンチェックのスカートを穿いておるが、スコットランド人っちゅうことだね。スコットランドに、シルフィードの伝説があるのでしょうか。Wikipedia - シルフによると、シルフ(Sylph)あるいはシルフィード(Sylphid)は16世紀前半の神秘思想家パラケルススに端を発する精霊だそうで、地・水・風・火の四大元素のうち風をつかさどるものだそうです。のちに様々な妖精や精霊の伝説と習合していったようですが、風との関連はキープされていたようですね。特にスコットランドと関係があるのかは、よくわかりませんでした。
 「ラ・シルフィード」の原作はフランスの幻想小説家ノディエの『トリルビー』(1822)だそうで、岩波文庫の『ノディエ幻想短編集』に収録されているようなので、こんど読んでみたいと思います。


 さて、ガニオ君の代役のユーゴ・マルシャンは、前々日(3月3日)の公演の後でエトワルへの昇格が発表されたとのこと。ぽん太は、昨年のエトワール・ガラでジルベールと踊った「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」の、エレガントな踊りが記憶に残ってます。長身・細身でスタイルがよく、ジャンプも高く、雰囲気もありました。ただ時々雑なところがあり、リフトから床に下ろしたアルビッソンが一回つんのめりそうになってました。
 アルビッソンのシルフィードは、本当に風の精のように軽くてやわらかく、神秘さやコケティッシュな雰囲気も十分でした。
 第一幕のジェイムズがエフィーと踊っていたのにシルフィードに惑わされていくパ・ド・トロワ(?)は良かったです。
 
 パリ・オペラ座名物の揃わないコール・ド・バレエ(^_^)も素晴らしかったです。

 オケは東京フィル、ホルンもお見事。お疲れさんでした。


パリ・オペラ座バレエ団
「ラ・シルフィード」
2017年3月5日 東京文化会館

台本: アドルフ・ヌーリ
音楽: ジャン・マドレーヌ・シュナイツホーファー
振付: ピエール・ラコット(フィリップ・タリオーニ〈1832年〉原案による)
装置: マリ=クレール・ミュッソン(ピエール・チチェリ版による)
衣裳: ミッシェル・フレスネ(ウジェーヌ・ラミ版による)

ラ・シルフィード: アマンディーヌ・アルビッソン
ジェイムズ: ユーゴ・マルシャン
エフィー: ヴァランティーヌ・コラサント
魔女マッジ: オレリアン・ウエット
ガーン: ミカエル・ラフォン
エフィーの母: アネモーヌ・アルノー

パ・ド・ドゥ: マリーヌ・ガニオ、マルク・モロー
三人のシルフィードたち:オーレリア・ベレ、ローランス・ラフォン、セヴリーヌ・ウェステルマン

演奏: 東京フィルハーモニー交響楽団
指揮: フェイサル・カルイ

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2017/03/01

【仏像】如意輪観世音は秘仏になって見れず/随心院(京都市山科区)

Img_4476
 小野小町ゆかりの寺として知られる随心院には、とっても美しい如意輪観世音菩薩がいらっしゃると聞いて行ってきたのですが、残念ながら最近秘仏になったとのことで拝観できませんでした。


【寺院名】真言宗善通寺派 大本山 隨心院
【住所】京都府京都市山科区小野御霊町35
【拝観】拝観料500円くらいだったと思います。
【仏像】
金剛薩埵坐像 鎌倉時代 快慶作 重要文化財
阿弥陀如来坐像 平安時代後期 重要文化財
薬師如来像 平安時代後期
不動明王像 平安時代後期
弘法大師坐像 江戸時代
仁海僧正坐像 江戸時代
釈迦三尊像
  釈迦如来坐像 室町時代
  普賢菩薩像 平安時代後期
  文殊菩薩像 南北朝時代
【ホームページ】http://www.zuishinin.or.jp/
【写真】小さめですが、上記のホームページに個々の仏様の写真があります。全体像は例えばこちら

 拝観料を納めて中に入ると、立派なふすま絵が描かれたいくつもの書院があります。それらを抜けて、一番奥のあたりに本堂があり、その奥に横一列に仏様が並んでらっしゃいます。それをかなり手前から拝観する形で、しかも手前に幡(ばん:帯状の飾り布)が下がっていたり、上に御簾が下がっていたりして、残念ながらよく見えません。
 しかもお目当ての如意輪観世音菩薩さまがどこにもいない!よく見ると真ん中に固く扉を閉ざした厨子が……。どうやらこのなかか?
 向かって右に快慶作の金剛薩埵坐像があります。金剛薩埵というのは、あまり観たことのない仏様ですが、残念ながら持参の双眼鏡を使ってもよく見えませんでした。向かって左には阿弥陀如来坐像があり、この二つは重要文化財に指定されております。
 ほかにも多くの仏様が並んでおり、遠くからぽん太を眺めてらっしゃいました。

 小野小町ゆかりの寺とのことで、敷地内に小町文塚や小町化粧井戸があります。地名に「小野」とあるように、ここらは小野一族が栄えたところで、小野小町もこのあたりの出身で、また宮中を退いたあともこの地で過ごしたと言われているそうです。

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