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2017/10/22

【仏像・展覧会】仏像の限界を極めた《運慶》東京国立博物館

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 現存する運慶作、あるいは運慶作の可能性が高い仏像は、全部で31体と言われておりますが、そのうちの何と22体が今回の展覧会に集結!!(ただし浄楽寺の阿弥陀三尊像は期間限定のため、ぽん太は見れず)。

 しかし、先日の奈良国立博物館の快慶展に続く今回の運慶展。こりゃ仏像ファンにはたまりませんな〜。

 今回の展覧会では、仏像の背後に回り込んで見れルものありがたかったです。普通では滅多に見れないですもんね。後ろから見ると、正面から見るとがっしりしているように見える願成就院の毘沙門天のウェストが、すごく細く締まっていることに気がつきました。金剛峰寺の八大童子も、表情はすごくリアルでまるで生きているかのようですが、背中は肩甲骨などきっちりとは表現されてないんですね。

 まだ仏像ファン人口は限られているようで、珍しく太陽が顔を出した10月18日に行ってきたのですが、5分ほどの待ち時間で入場することができました。でも内部は、けっこう混んでました。

 こんかいぽん太が初めてお目にかかれたのは、真如苑の大日如来、瀧山寺の聖観音菩薩、東大寺の重源上人像、称名寺の大威徳明王像の4体。これでぽん太が見てないものは、滝山寺の梵天・帝釈天だけになりました。運慶コンプリートまであと2つ!!

 2008年、ニューヨークのオークションで、真如苑が約14億円という価格で落札して話題になった大日如来坐像。今回の展覧会では運慶作とは断定されず、その可能性が高い作品という扱い。
 円成寺の大日如来(像高98.8cm)と比べてやや小ぶり(像高61.6cm)ですが、金箔がほとんど残っていて金色にい光り輝いており、工芸品的な美しさがあります。お体もふっくらしており、お顔も少年のようです。円成寺のものは威厳があって神秘的な雰囲気が漂いますが、真如苑のものは親しみを感じます。高く結い上げられた髷も見事です。

 瀧山寺の聖観音菩薩さまは、明治時代に塗られたという極彩色もあいまって、聖観音というより天女のような印象があります。上半身は白い肌を多く露出しており、背中から両腕に回っている布は、体から浮き上がっています。後ろから見ると、腰からお尻にかけてがすごいボリュームです。両耳の後ろから肩に垂れ下がる髪の毛の表現も珍しい気がしました。

 そして東大寺の重源上人像。真横から見ると、背中の丸まった体から、首が前に突き出ており、どこかの解説書に書いてあった表現ですが、「抽象芸術」の域に達しております。極めて印象深い像でした。この像も運慶作とは断定されておりません。

 運慶最晩年の作である称名寺の大威徳明王は、これまで写真で見て、その迫力から大きいものだと思っていたのですが、像高わずか19.8cmの小さなもの。損傷が激しいですが、残った二面の表情や、肘を曲げて拳を胸にあてた一臂の力強さなど、さすが運慶と思いました。

 もう一つ目をひいたのが、興福寺の四天王像。それぞれが像約2メートルと大きく、ダイナミックなポーズで気迫が漲り、見る人を圧倒します。近年、運慶あるいは運慶一門の作という説があるそうです。
 多聞天は、左手を高く掲げたポーズが、まるでギリシャ彫刻のような美しさです。増長天は、戟を握りしめる左手と、握りこぶしを腰に当てた右手が、とても力強かったです。


 こんかい運慶の仏像をまとめて見て、運慶の作品は確かに素晴らしいけど、仏像としてはどうなんかい?という疑問が、ぽん太の頭に浮かんできました。
 仏像というのは仏教の信仰の対象であり、また仏教の世界観を体現しているものだと思います。だとすると、ダイナミックさやリアルさというものは重要でないし、場合によっては帰ってマイナスになる気がするのです。
 また仏教においては、「我」に執着するのは良くないとされていると思うのですが、運慶仏は作家性が強く、作者運慶が強く刻み込まれているように思えます。仏像に初めて作者名を書き入れたのも、たしか運慶だったと思います(円成寺の大日如来)。
 いわゆる運慶らしい仏像は、四天王や十二神将などの天部の神々であって、如来や菩薩ではないと感じるのはぽん太だけでしょうか。
 なんか運慶自身が、本当に仏教を深く信仰していたのでしょうか。これまでぽん太は、様式的で動きのない快慶に比べて、躍動的な運慶の仏像の方が優れていると思っていたのですが、快慶は浄土宗を深く信仰していたからこそ、「仏像を彫る自分」の痕跡を消し去っていったのではないかと、いまでは思うのです。

 とはいえ運慶は、ギリギリのところで止まっていたと思うのですが、運慶の息子の康弁作の龍燈鬼立像などは、力士をモデルにしたというリアルな筋肉表現などが評価されているものの、銅板で作られた歯車のような眉毛や、皮革製の龍の背びれなど、キッチュというか俗っぽい感じがします。さらに浄瑠璃寺伝来の十二神将になると、もうポップカルチャーという感じで、誇張された表情やポーズは、現代のアニメを彷彿とさせます。
 慶派を最後に、室町時代以降は優れた仏像が作られなくなったのはよく知られてますが、仏像に作家性というか、「我」が持ち込まれてしまったのが、原因のひとつであるように思えます。


興福寺中金堂再建記念特別展
《運慶》

2017年9月26日〜11月26日
東京国立博物館

公式サイト
http://unkei2017.jp

出品目録(pdf. 1074.0K)

主な出品作

運慶作
・大日如来坐像  平安時代・安元2年(1176)頃  奈良・円成寺   国宝
・仏頭        鎌倉時代・文治2年(1186)    奈良・興福寺   重要文化財
・毘沙門天像    鎌倉時代・文治2年(1186)   静岡・願成就院  国宝
・不動明王立像  鎌倉時代・文治5年(1189)    神奈川・浄楽寺  重要文化財
・毘沙門天立像  鎌倉時代・文治5年(1189)    神奈川・浄楽寺  重要文化財
・地蔵菩薩立像  鎌倉時代・12世紀        京都・六波羅蜜寺 重要文化財
・大日如来坐像  鎌倉寺・12〜13世紀     東京・真如苑真澄寺 重要文化財
・大日如来坐像  鎌倉時代・12〜13世紀      栃木・光得寺   重要文化財
・八大童子立像  鎌倉時代・建久8年(1197)頃   和歌山・金剛峰寺 国宝
・聖観音菩薩立像 鎌倉時代・正治3年(1201)頃  愛知・瀧山寺   重要文化財
・無著菩薩立像 世親菩薩立像 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺 国宝
・大威徳明王坐像 鎌倉時代・健保4年(1216)    神奈川・光明院 重要文化財
・重源上人坐像  鎌倉時代・123世紀        奈良・東大寺    国宝

・運慶願経     平安時代・寿永2年(1186)    奈良・興福寺    国宝
・四天王立像    鎌倉時代・13世紀       奈良・興福寺(南円堂安置) 国宝
・天燈鬼立像 龍燈鬼立像 康弁作(龍燈鬼) 鎌倉時代・建保3年(1215) 奈良・興福寺 重要文化財
・十二神将立像 京都・浄瑠璃寺伝来 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館・静嘉堂文庫美術館

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