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2018年11月の1件の記事

2018/11/03

【仏像】国重文:府中市にある銅(上染屋不動堂)と鉄(善明寺)の阿弥陀さま

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 東京都の文化財の一斉公開や、文化財めぐり、講座などが行われる東京文化財ウィーク 2018(東京都文化財ウィーク|東京都生涯学習情報)で、府中市にある国重文の仏像が2カ所で公開されると聞き、出かけてきました。

【寺院名】上染屋不動堂
【公式サイト】見つかりません。
【住所】東京都府中市白糸台1-11
【拝観日】2018年11月3日
【拝観】1月28日と11月3日のみ(雨天はレプリカ展示)。無料。間近で拝観できます。
【仏像】
銅造阿弥陀如来立像 金銅 像高48.8cm 鎌倉時代(1261) 国重文

不動明王
何かの立像

【寺院名】善明寺
【公式サイト】見つかりません。
【住所】東京都府中市本町1-5-4
【拝観日】2018年11月3日
【拝観】11月3日。無料。仏殿の扉からの拝観なので、やや遠いです。
【仏像】
鉄造阿弥陀如来坐像 鉄造 像高178cm 鎌倉時代(1253) 重文 写真
鉄造阿弥陀如来立像 鉄造 像高100cm 鎌倉時代 重文

阿弥陀如来坐像
地蔵菩薩立像
不動明王立像
大黒様
阿弥陀三尊像

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 まずは、上染屋不動堂の銅造阿弥陀如来立像から。
 旧甲州街道沿いにある小さなお堂ですが、当日は地元の人たちが大勢集まって、受付や解説をしてくれてました。

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 お堂の手前左側にある小さな祠の中に、重文の阿弥陀如来さまがおられます。

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 像高約50センチ。非常に整ったお姿で、丁寧に作られてます。お顔はふっくらとして、目は切れ長でやや釣りあがり、鼻筋が通っていて、口は小さめ。とっても端正で、かつお優しいお顔です。

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 右手は上げて施無畏印。下げた左手が刀印を結んでいるのは善光寺風ですが、法衣は、いわゆる善光寺式だと通肩(両肩にかけてある)のに対し、本像は片方だけです。お腹が少しぷっくりと出ています。すっきりスマートでありながら、慈悲心のあふれる素晴らしい阿弥陀様でした。

 地元の人の解説や、受付でいただいたパンフレットによると、元々は上野国八幡庄で造られた阿弥陀三尊像でしたが、新田義貞が旗揚げした際、守り本尊として持参したものだそうです。脇侍は上野国に残されていましたが、それらは明治の廃仏毀釈で失われ、中尊のみが残っているそうです。


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 奥の不動堂のなかには、2体の仏様が祀られておりましたが、手前の幕のために足元しか見えませんでした。向かって左が不動明王、右は如来か観音様のようでした。

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 続いて善明寺は、府中本町駅近くの細い路地を入ったとことにあります。門をくぐると、街中にしては広々とした境内で、手入れの行き届いた庭園がめにつきます。

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 鉄造阿弥陀如来坐像は、右手にある大きな仏殿のなかに安置されております。
 で、でっかいです。像高178cmですが、顔もふっくら、体つきもでっぷりしているので、さらに大きく感じます。衣紋の表現も大まかで、素朴なお姿。なんだか石仏みたいです。背部ではなく左胸に銘文があるなど、おおらかな感じがします。

 さて、阿弥陀如来坐像の向かって右には、像高1メートルほどの同じく鉄造の阿弥陀如来立像が安置されております。こちらは坐像よりも丁寧に作られており、バランスも良く、衣紋も流麗で、肌も荒れていません。そこでこの立像は、坐像の胎内仏だったのではないかと考えられています。
 右手を上げ、左手を下げておりますが、指が失われているため印相はわかりません。髪の毛は螺髪ではなく、縄を編んだような清涼寺式ですが、全体のお姿は清涼寺式ではありません。

 入り口で解説をしていた着物姿の女性、『東京から日帰りで会える 仏像参り』の著者の田中ひろみさんでした。実はぽん太とにゃん子は、この本を見て府中のお寺を訪れたのでした。

 配布されていた東京都教育庁のパンフレットによれば、この像はもともと武蔵国分寺の西方の鉄谷(くろがねだに)にあったと伝えられ、その後大國魂神社に安置されましたが、明治の廃仏毀釈で善明寺に移されたとのこと。
 江戸時代の観光案内書の『江戸名所図会』を見ると、現在の大國魂神社である「武蔵国総社六所明神社」のところに「阿弥陀如来の鉄像」という項目がある。高さ七尺ばかりの坐像で、肩に銘文があるとしてその文面まで書かれているので、現在の善明寺の阿弥陀様で間違いなさそう。仮そめの雨覆いの堂が建ててあると書かれているので、雨ざらしに近い状態で置かれていたため、肌が痛んでしまっているのかもしれません。
 元々は畠山重忠が愛妓のために造立し、国分寺の恋ヶ窪にあったという地元の言い伝えを、時代が合わないと否定しています。一方で、むかし国分寺に安置されたものを盗んだ盗賊が、ここに捨て置いたものを祀ったという説も紹介しています。

 同じ頃に成立した『武蔵名勝図会』にもいくつかの説が書かれておりますが、いずれも国分寺のどこかで出土して、大國魂神社に祀られたとされているようです。国立国会図書館デジタルコレクション(→こちら)で見ることができます(15ページ)。面白いのは、仏像の絵が載っていること。先ほど像の左肩に銘文があると書きましたが、実は左袖の部分にも字があるが、なんと書いてあるかわからないと、田中ひろみさんは解説しておられました。しかしこの絵には、「藤原氏」という文字が書かれています。

 だいぶ脱線しましたが、善明寺の本堂には、正面にさらにひとまわり大きな金ピカの阿弥陀如来坐像さまが祀られております。その向かって右に地蔵菩薩、左に不動明王。
 さらに左には、阿弥陀三尊像。整ったきれいなお姿の像でしたが、中尊の阿弥陀さまが踏み下げ座で、両脇侍は片膝をたてているのが珍しいです。
 一番右には大黒天が安置されておりました。

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