« 2019年12月 | トップページ | 2020年3月 »

2020年1月の7件の記事

2020/01/07

【仏像】有名な弥勒菩薩半跏思惟像だけじゃない! 広隆寺(京都市)

20191104_130954
 「広隆寺って、弥勒菩薩があるところでしょ。見た見た、行った行った」と思ってたのですが、弥勒菩薩を見たのはずっと前だし、他にもいろいろ仏さまがいらっしゃるとのことなので、こんかい行ってみることにしました。

 新霊宝殿という大きな建物のなかに、非常に多くの仏像が安置されています。照明はかなり暗いです。中央には例の国宝・弥勒菩薩半跏思惟像が……。前に見たとき、こんな環境だっかな? 新霊宝殿の建設は1982年とのことなので、前に見たときは(旧)霊宝殿だったのかも。

 残念なことに、安置されている仏像のリストみたいなものはもらえませんでした。広隆寺は、公式サイトもないみたいだし。ググってみたけど、ネット上にもなし。拝観してからすでに2ヶ月、何をみたのかよく覚えてません。 国宝・重文は、Wikipediaに一応書いてあったので再構成してみました。

 
寺院名】蜂岡山 広隆寺
【公式サイト】なし
【住所】京都府京都市右京区太秦蜂岡町32
【拝観日】2019年11月4日
【拝観】毎日拝観可。拝観料:境内無料、霊宝館は800円
【仏像】⦿国宝 ◎重要文化財
新霊宝殿
⦿木造弥勒菩薩半跏像 アカマツ材 一木造 像高123.3cm 7世紀 お姿
⦿木造弥勒菩薩 半跏像(泣き弥勒) 楠材 像高90cm 7世紀末〜8世紀 お姿
⦿木造不空羂索観音立像 像高313.6cm 奈良末期〜平安初期 お姿
⦿木造千手観音立像 像高266.0cm 平安初期 お姿
⦿木造十二神将立像 像高113~123cm 平安時代 お姿
◎塑造弥勒仏坐像 奈良時代
◎木造大日如来坐像 像高95.5cm 平安時代
◎木造大日如来坐像 像高74.5cm 平安時代
◎木造阿弥陀如来立像 平安時代
◎木造五髻文殊菩薩坐像 平安時代
◎木造聖観音立像 平安時代
◎木造千手観音坐像  平安時代
◎木造如意輪観音半跏像 平安時代
◎木造日光・月光菩薩立像 平安時代
◎木造地蔵菩薩立像(埋木地蔵) 平安時代
◎木造菩薩立像 平安時代
◎木造不動明王坐像 平安時代
◎木造毘沙門天立像 平安時代
◎木造持国天・増長天・広目天立像 平安時代
◎木造多聞天立像 平安時代
◎木造吉祥天立像 像高184.5cm 平安時代
◎木造吉祥天立像 像高168.0cm 平安時代
◎木造吉祥天立像 像高164.6cm 平安時代
◎木造吉祥天立像 像高142.2cm 平安時代
◎木造吉祥天立像 像高106.8cm 平安時代
◎木造聖徳太子半跏像 鎌倉時代
◎木造蔵王権現立像 像高100.4cm 平安時代
◎木造蔵王権現立像 像高96.4cm 平安時代
◎木造神像(伝秦河勝像) 平安時代
◎木造女神(にょしん)坐像(伝秦河勝夫人像) 平安時代

講堂
⦿木造阿弥陀如来坐像 桧材 像高261.5cm 平安時代 お姿
◎木造虚空菩薩坐像 平安時代
◎木造地蔵菩薩坐像 平安時代

 

 あまりに多くて覚えてないので、国宝のみ感想を。

Maitreya_koryuji

 以下このサイトの仏像の写真は、Wikipedia-広隆寺からのパブリックドメインのものです。

 まずは有名な弥勒菩薩半跏思惟像。お会いするのは何十年ぶりかしら。いろいろと仏像を見るようになった今においても、やっぱり素晴らしいお姿です。ほっそりとした身体。優しいお顔。ぜんたいに優しくゆったりとした印象。この飛鳥・白鳳時代にだけ生み出された美で、その後現在に至るまでの長い仏像の歴史の中で、二度とこのような形象は生み出されませんでした。いつまで見ていても見飽きることがありません。
Maitreya2_koryuji

 広隆寺にもうひとつ国宝の弥勒菩薩半跏像があるとは知りまでんした。こちらはなんかポーズがぎこちなく、お顔も卵型。思惟の指の位置も変なため、「泣き弥勒」という愛称が付いています。元祖「作画崩壊」か? でも本家より、素朴で親しみやすいですね。
Amoghapasa_fuku_kensaku_kannon_koryuji

 不空羂索観音さまは、高さ3メートルを超える巨像。迫力があります。しかし体つき、特に下半身は細っそりしております。憂いをたたえた表情、八臂の腕など、ちょっと阿修羅像にも似てますね。

 千手観音さまも、3メーター弱の大きな仏さま。ただ不空羂索観音に比べると少し時代が下った感じで、お顔もちょっと類型的で、裳(スカート)の襞もきっちり翻波式で類型的です。

Twelve_generals_koryuji
 十二神将は、像高1メートル以上で、けっこう大きいです。平安時代の作ですが、ポーズや表情にどこか硬さがあります。

Koryuji_monastery_amida_of_the_kodo_272
 木造阿弥陀如来は、講堂のご本尊。講堂は内部には入れないので、暗くて見えづらいです。お顔も体もどっしり体型。お顔も神秘的です。胸の前で両手でOKサインを作る、説法印を結んでおります。衣紋の彫りも深く、平安初期の迫力ある阿弥陀様ですね。

 そのほかはよく覚えてにゃい! 何回か通って、じっくりみたいです。

| | コメント (0)

2020/01/06

【仏像】特別公開の明智光秀の念持仏と、阿弥陀三尊像/廬山寺(京都市)

20191104_150223

 京都の秋の特別公開で、廬山寺に。

 

寺院名】天台圓浄宗 日本廬山 廬山寺
【公式サイト】・http://www7a.biglobe.ne.jp/~rozanji/index.html
【住所】京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397
【拝観日】2019年11月4日
【拝観】拝観料通常500円、特別公開は800円でした。
【仏像】◎重要文化財
◎木造阿弥陀如来及び両脇侍坐像 像高 阿弥陀100.6cm 両脇侍65.3cm /63.6cm 鎌倉時代 お姿1 お姿2
 地蔵菩薩(明智光秀の念持仏) お姿1
 お姿2



 ご本尊の阿弥陀三尊像は、2017年に重文に指定された仏さま。整ったお姿の仏さまのようですが、なにぶん遠すぎてよく見えません。文化庁の発表した指定された文化財の解説(pdf)によると、いわゆる来迎阿弥陀像で、向かって左の勢至菩薩の手の形から、臨終を迎えた人に差し掛ける天蓋を持つという、珍しいお姿だったと考えられるそうです。

 明智光秀の念持仏の地蔵菩薩さまは、普段は非公開。小さな仏さまで、念持仏としてあちこち運ばれたり撫でられたりしたせいか、形がちょっとはっきりしなくなっております。厨子というか、岩窟のジオラマみたいなのに入っていて、毘沙門天と不動明王を脇侍として従えてます。
 なぜ光秀が地蔵菩薩を念持仏にしていたかに関しては、勝軍地蔵という日本で生まれた地蔵信仰が関係していると思われますが、ぽん太には詳しいことはわかりません。

 廬山寺に関してもうひとつ特筆すべきは、紫式部のご自宅があった場所だとされていること。源氏物語もほとんどここで書かれたそうです。
 

| | コメント (0)

2020/01/05

【仏像】ほっそりとお優しい普賢菩薩騎象像の特別公開/妙法院(京都市)

20191105_103404

  令和元年秋の京都非公開文化財特別公開ということで、京都市東山区の妙法院に行ってきました。

 妙法院ってしってるひと〜〜。し〜〜ん。
 ぽん太も全く知りませんでしたが、みなさん三十三間堂はもちろん知ってますよね。実は三十三間堂は、妙法院の敷地外にある仏堂で、妙法院が所有・管理してるんだそうです。



寺院名】天台宗 南叡山 妙法院
【公式サイト】なし。
【住所】京都府京都市東山区妙法院前側町447
【拝観日】2019年11月5日
【拝観】通常は非公開。特別公開時のみ拝観可。拝観料は800円でした。
【仏像】◎重要文化財
◎木造普賢菩薩騎象像 平安末期 お姿
 阿弥陀如来立像



   拝観料を払ってなかに入り、まず国宝の庫裏や、重文の大書院などを見学。

20191105_112037 
 仏像では、まず阿弥陀如来立像を拝観(写真は特別公開のポスターです)。光格天皇が自ら彫ったと言われているとのこと。こんかいが初公開だそうでで、今年の京都の特別公開が、「奉祝 天皇陛下御即位」と銘打たれているので、天皇ゆかりの仏像として公開されたのかもしれません。本当に光格天皇が彫られたものかどうかはぽん太にはわかりませんが、 江戸時代の作でしょうね。金色に輝き、両太ももには菊の紋が入っています。装飾的で美しいですが、残念ながら仏像としての深みはあまり感じられません。

 本堂にはお目当の木造普賢菩薩騎象像があります。象に乗っておりますが、法華経に普賢菩薩が6本の牙を持つ白象に乗って現れると書いてあるからです。そのため、6本の牙を持つ白象に乗せられた蓮華座の上で結跏趺坐しているというのが、普賢菩薩の典型的なお姿です。よくみるとこの像の象も6本の牙がありますね。色が黒いのは、色彩が剥げてしまったからでしょう。
 そういえば、東寺の帝釈天さまも象に乗ってますが、根拠はなんでしょうかね。ちとぐぐってみたけどよくわからず。
 話を戻して本像は、定朝様が流行した平安末期の作ですが、ほっそりとした仏さまで、ズボン(?)の衣紋の彫りはけっこう深いです。象が、頭部の骨格や脚など、とてもリアルでした。

| | コメント (0)

2020/01/04

【仏像】石塔のなかから700年ぶりに見つかった白鳳仏/般若寺(奈良市)

20191105_121157

 コスモス寺として有名な般若寺。コスモスはもう終わりかけでしたが、すばらしい白鳳仏を拝むことができました。




寺院名】真言律宗 法性山 般若寺(はんにゃじ)
【公式サイト】http://www.hannyaji.com
【住所】奈良県奈良市般若町221
【拝観日】2019年11月5日
【拝観】毎日拝観可。通常拝観500円。秘仏特別拝観はプラス200円
【仏像】⦿国宝 ◎重要文化財
◎秘仏阿弥陀如来 金銅造 像高40.9cm  白鳳時代 お姿1お姿2
◎胎内仏三尊 お姿1
  地蔵菩薩 紫檀材 一木造 像高9.8cm 平安時代
  大日如来 桧材 一木造 像高5.2cm 平安時代
  十一面観音菩薩 金銅造 像高11.8cm 平安時代
◎白檀四天王立像 江戸時代 お姿
◎厨子入金銅製十一面観音像 お姿
 薬師如来坐像 お姿
 木造阿弥陀如来立像(焼けあみだ) 木造 一木造 平安時代

◎八字文殊菩薩騎獅像(般若寺本尊) 鎌倉時代後期 お姿
 不動明王坐像 江戸時代 お姿
 弘法大師像 江戸時代 お姿
 四天王像 江戸時代 お姿
 興正菩薩 叡尊上人 平成の模刻 お姿



 秘仏特別公開は、本堂の裏の宝蔵堂にて行われました。
 まずは秘仏阿弥陀如来。白鳳時代の金銅仏で、像高約40cmの小さな仏様。手と顔が大きく、体が小さい、デフォルメされたプロポーション。お顔は見る角度によってさまざまな表情を見せますが、基本的にはお優しい顔。胴体は、体のラインが出てなくて、「お姿2 」のように正面から見るとこけしのように見えますが、衣紋がとても流麗で、端にギザギザがついていて、「お姿1 」 のように斜めから見ると、服の立体感がよくわかります。右手を挙げ、左手を下げ、来迎印を結んでおります。
 冒頭の写真の石塔は十三重石宝塔と呼ばれ、鎌倉時代の建長5年(1253年)に作られたもので、重文に指定されております。昭和39年(1964年)に大修理が行われたのですが、五重目の内部からこの像が見つかりました。ということは、700年間にわたってこの石塔の中に秘められていたことになります。当初は金色に光り輝いていたそうです。

 で、この阿弥陀如来さまの台座のなかに、和紙に包まれて入れてあったのが、胎内仏三尊(重文)です。一番大きい十一面観音が約12センチ、もっとも小さい大日如来は約5センチと小さいです。備え付けの虫眼鏡で見るのですが、それでもちっちゃくて細かいところがよくわかりません。
 十一面観音は、花びらみたいな光背がついていて、衣服のひらひらも綺麗に残ってます。地蔵菩薩も衣類の表現が細かいです。大日如来は5センチと言いましたが、その3分の1は台座ですから、小さくてよくわかりません。解説によると、宝冠に6体の仏像が描かれているそうです。なんと細かい。

 白檀四天王立像(江戸時代、重文)は、十三重石塔の十重目から発見されたものだそうですが、崩壊を防ぐために、ガラスケースのなかで脱脂綿の上に寝かされ、ホルマリンに浸けられています。小さな黒い仏さまを虫眼鏡でじっと見ていると、オタマジャクシを観察しているような気分になってきます。でも、胎内仏同様、とても精緻に作られています。

 厨子入金銅製十一面観音像(鎌倉時代、重文)は、元禄大修理のときに十三重石塔の八重目から見つかり、厨子に安置されたものとのこと。ということは白檀四天王立像は、このときに逆に納入されたということかな? 小さくてよくわからない仏さまです。

 木造阿弥陀如来立像(焼けあみだ)は、頭部が焼け、手足が失われた仏さま。令和元年の日本は台風などの災害が多かったですが、火災で自分の身を失いながらもなお、われわれを救おうとしてくれる仏さまを見ると、涙が出そうになってきます。

 そのほかにも、いくつかの納入品や、渡海文殊の残骸(?)が展示されておりました。また、年代不詳の塑像の薬師如来坐像も祀られておりました。

 
 さて本堂に戻って、本尊として祀られているのが、鎌倉時代の八字文殊菩薩騎獅像 。ながらく経堂の秘仏だったそうです。鎌倉時代らしい名品で、獅子も非常に生き生きと美しく彫られています。文殊さまは赤茶色をしており、衣の裾やズボン(?)に截金細工が残っています。

 他に江戸時代の不動明王、弘法大師、四天王など。

 般若寺の所有として平安初期の銅造薬師如来立像(重文)がありますが、奈良国立博物館に寄託されているようです。

 ところで般若寺といえば、客殿の建物が東京都港区白金台に移築され、荏原製作所の創業者の畠山一清の邸宅の一部となりました(昭和14年(1939年)竣工)。この建物は戦後になって般若苑という名前の料亭として使われましたが、この料亭は三島由紀夫の小説「宴のあと」の舞台としても有名です。般若苑は2005年に閉店し、その後建物も解体。その跡地には、テラス白金と呼ばれる白亜の大豪邸が建てられ(お姿)、プールやボーリング場まで備えているとの噂で、ある有名社長との関連が囁かれているようです。
 ゴ、ゴホン。ひさびさに余計なみちくさをしてしまいました。

| | コメント (0)

2020/01/03

【仏像】運慶の北円堂・康慶の南円堂特別公開/興福寺(奈良市)

20191106_164650
 なんども行っている興福寺ですが、これまでぽん太のブログに詳しい記載なし。こんかい書いてみます。ただ、あまりに仏像が多いので国宝館は省略。
 今年の秋は、北円堂と南円堂の特別公開が行われておりました。


寺院名】法相宗大本山 興福寺
【公式サイト】http://www.kohfukuji.com
【住所】奈良県奈良市上り大路町48
【拝観日】2019年11月5日
【拝観】毎日拝観可。拝観料いろいろ(拝観の範囲によります)。
【仏像】⦿国宝 ◎重要文化財
 お姿は、興福寺の公式サイトのこちらのページで見れます(「安置場所から探す」から入ると見つけやすいです)。

北円堂
⦿木造弥勒如来坐像 寄木造 彫眼 漆箔 像高141.9cm 鎌倉時代
 大妙相菩薩 桧 寄木造 漆箔 玉眼 室町時代
 法苑林菩薩 桧 寄木造 漆箔 玉眼 室町時代
⦿無著菩薩立像 寄木造 彩色 玉眼 像高194.7cm 鎌倉時代 運慶作
⦿世親菩薩立像 寄木造 彩色 玉眼 像高191.6cm 鎌倉時代 運慶作
⦿木心乾漆造四天王立像 彫眼 彩色 像高134.7〜139.7 平安時代

南円堂
⦿木造不空羂索観音菩薩坐像 桧 寄木造 漆箔 彫眼(瞳は玉眼) 鎌倉時代 康慶作
⦿木造法相六祖坐像 桧 寄木造 彩色 玉眼 像高73.3〜84.8cm 鎌倉時代 康慶作
⦿木造四天王立像 桧 寄木造 彩色 彫眼 像高198.0〜204.5cm 鎌倉時代 康慶作

東金堂
◎銅像薬師如来坐像 銅造 漆箔 彫眼 像高255.0cm 室町時代
◎銅像日光・月光菩薩立像 銅像 鍍金 像高 日光300.3cm 月光298.0cm 白鳳時代
⦿木造十二神将立像 桧 寄木造 彩色 彫眼 像高113.0cm〜126.3cm 鎌倉時代
⦿木造維摩居士坐像 桧 寄木造 彩色 玉眼 像高 88.1cm 鎌倉時代
⦿文殊菩薩坐像 桧 寄木造 彩色 玉眼 像高 94.0cm 鎌倉時代
⦿木造四天王立像 桧 一木造 彩色 瞳は黒漆 像高153.0cm〜164.0cm 平安時代

中金堂
 木造釈迦如来坐像 桧 寄木造 漆箔 彫眼 像高283.9cm 江戸時代 赤尾右京作
◎木造大黒天立像 桧 一木造 彩色 彫眼 像高93.8cm 鎌倉時代
◎厨子入り木造吉祥倚像 桧 一木造 彩色 彫眼 像高64.3cm 南北朝時代
⦿木造四天王立像 桂 寄木造 彩色 彫眼 像高197.2〜206.6cm 鎌倉時代
◎木造薬王・薬上菩薩立像 桧 寄木造 漆箔 彫眼 像高 薬王362.0cm 薬上360.0cm 鎌倉時代




 まずは北円堂。内部には運慶の宇宙が広がります。
 中央には、国宝・弥勒如来坐像。運慶の円熟の境地を示す名品です。優れた空間感覚を発揮しつつも、力みのない自然なポーズ。お顔も口元をちょっと引き締めて、静か深い表情。いささかやりすぎの感もあった躍動感は身を潜め、静かに内部に沈潜しております。
 両脇侍の大妙相菩薩・ 法苑林菩薩は当初のものは失われ、残念ながら室町時代のもの。それぞれ内側の足を踏み下げて座っています。残念ながら、中尊との差は歴然。
 大妙相菩薩・ 法苑林菩薩がどういう菩薩なのか、弥勒如来の脇侍である根拠などは、ぽん太にはちとわかりません。

 やや後ろには、運慶作の無著菩薩立像と世親菩薩立像。像高2メートル弱と、等身大より大きめ。独特の表情は一度見たら忘れません。後ろから見た肩から背中のラインなども、とてもリアルです。
 無著・世親は4世紀ごろに実在したインドの僧侶です。二人は兄弟で、唯識派を代表する学僧です。唯識論では、空の思想を基本に、あらゆるものは阿頼耶識とよばれる深層意識によって生み出されると考えるそうですが、なんのことやらぽん太にはわかりません。唯識派は三蔵法師(玄奘)によって東アジアに伝わって法相宗を生み出し、日本へは奈良時代に伝わり、興福寺や薬師寺が作られました。

 四方を守る四天王像は平安時代初期のもので、木心乾漆造、高さも140cm以下。これはこれで素晴らしい名品ですが、運慶の仏像とはバランスがとれておりません。
 元々あったはずの四天王は、行方不明です。南円堂に安置されてきて、平成29年から中金堂に移された四天王がそれだ、という説もあるけれど、定かではないそうです。

 続いて南円堂。こちらは運慶の父であり、慶派の基礎を築いた康慶の世界です。
 中央には像高3メートルを超える不空羂索観音の坐像。三目八臂のお姿で金箔が残り、精緻な透かし彫りの光背も美しく、神秘的で荘厳なお姿です。南円堂は、治承4年(1180年)の南都焼討で消失したものを、康慶が中心となって復興しました。現存の不空羂索観音は、焼失した奈良時代の仏像の姿に習っているのだそうですが、8本の腕の配置や、胴から足にかけての流れなど、確かな造形感覚が伺えます。

 中尊を囲む六人の僧は、康慶作の国宝・法相六祖坐像。法相宗に貢献した六人の学僧の肖像彫刻です。無著・世親像ほどの写実性こそありませんが、特徴や体型、性格を見事に掘り上げています。

 四方を守るのが木造四天王立像。康慶作、国宝です。体が太くてどっしりしているところは古風な印象がありますが、生き生きとしたポーズで、エネルギッシュなお姿で、慶派の息吹を感じます。
 これまで作者不明で中金堂(仮堂)次いで仮金堂(仮講堂)に安置されておりましたが、近年の研究によって南円堂にあった康慶作の四天王であることが判明し、平成29年(2017年)に南円堂に移されました。そして、それまで置かれていた四天王は、平成30年(2018年)に再建した中金堂に移されております。

 その新しい中金堂に足を運びましょう。
 中金堂は歴史上何度も焼失と再建を繰り返されました。近年は文政2年(1819年)に再建されたましたが、それは規模も小さく質も悪い仮堂でした。そこで昭和49年(1974年)に、中金堂の裏手の講堂跡に仮金堂を建てて仏様を移しました。やがて中金堂は解体され、発掘調査ののち平成30年(2018年)に再建されました。そして仮金堂は、名称が仮講堂に変更されました。ちと、わかりにくいですね。
 出来立ての建物で、鮮やかな朱や、鴟尾の金色が美しいです。内部に入ると広くて白いステージ上のところに、ぽつりぽつりと仏像が置かれていて、ちょっと殺風景というか、有り難みにかけるのが残念。
 中金堂の中央に祀られているのは、像高3メートル弱の釈迦如来坐像。この仏さまが興福寺の御本尊です。ただ、江戸時代の文化8年(1811年)に再興されたもので、金ピカで美しいですが、ちょっと深みに欠けます。興福寺の信仰の中心ではありますが、美術品としてはいまひとつか。
 脇侍の薬王・薬上菩薩は鎌倉時代の作ですが、古い様式を模しております。以前は西金堂の本尊釈迦如来(現存の国宝館の木造仏頭)の脇侍だったものを、文政2年(1819年)の中金堂再建時に、中金堂の釈迦如来の脇侍としてお迎えしたものだそうです。

 四方に配置された国宝の四天王が絶品。躍動感あふれるポーズ、細かい彫りなど、慶派の傑作です。上に述べたように南円堂から移されたものですが、北円堂にあった運慶の作であるという説もあります。それもうなづける出来栄えです。

 その他に、重文の鎌倉時代の大黒天像、重文の南北朝時代の吉祥天倚像があります。

 最後に東金堂です。
 東金堂の本尊は、室町時代の銅造薬師如来。像高255センチの大きさです。しかし造形的には、お顔がふくらんだ風船みたいに大きく、胴体もすっきりと直立しておらず、両足の部分も薄っぺらいです。

 それに比べると、両脇侍の方が立派。白鳳時代の銅像の日光・月光菩薩です。もともとは山田寺(桜井市にあり、現存していない)にあったのでしたが、南都焼討のあと興福寺の僧兵が山田寺から薬師三尊を奪ってきました。その両脇侍が現存の日光・月光菩薩です。薬師如来はその後の火災で焼け落ち、頭部だけが「興福寺の仏頭」として国宝館に残っております。美しいプロポーションの優美でのびやかな像ですが、両脇侍とも額の部分に阿弥陀如来の化仏があります。これは図象的には観音菩薩であることを表しており、謎が残る仏さまです。

 木造文殊菩薩、維摩居士は、鎌倉時代作の国宝。写実性と様式性のバランスがよく、流れるような衣紋の表現や、柔らかさのある形象など、すばらしい仏さまです。定慶の作と言われております。定慶は、運慶の兄弟弟子と考えられており、興福寺国宝館にある木造金剛力士立像や、根津美術館にある帝釈天像が彼の手になると言われております。

 木造四天王像立像(国宝)は平安時代の作で、どっしりとした体つき、自然なポーズなど、国宝にふさわしい名品。

 同じく国宝の木造十二神将は鎌倉時代の作で、躍動感あふれ、キャラも立ってます。

| | コメント (0)

2020/01/02

【仏像】鑑真で有名だが仏像も凄い!唐招提寺(奈良市)

20191106_094425
 唐招提寺は何度か訪れておりますが、ぽん太のブログに書くのは今回が初めてのようです。


寺院名】律宗総本山 唐招提寺
【公式サイト】https://toshodaiji.jp
【住所】奈良県奈良市五条町13-46
【拝観日】2019年11月6日
【拝観】毎日拝観可。拝観料600円 新宝蔵200円
【仏像】⦿国宝 ◎重要文化財
金堂 このお堂の仏様のお姿
⦿盧舎那仏坐像 脱活乾漆 漆箔 像高304.5cm 奈良時代(8世紀)
⦿薬師如来立像 木心乾漆 漆箔 像高336cm 平安時代(9世紀)
⦿千手観音菩薩立像 木心乾漆 漆箔 像高536cm 奈良時代(8世紀)
⦿四天王立像 木造・乾漆併用 彩色 奈良時代(8世紀)
⦿梵天・帝釈天立像 木造・乾漆併用 彩色 奈良時代(8世紀)
講堂 このお堂の仏様のお姿
◎弥勒如来坐像 木造 寄木造 像高284cm 鎌倉時代
⦿持国天立像 木造 奈良時代(8世紀)
⦿増長天立像 木造 奈良時代(8世紀)
新宝蔵
◎木心乾漆仏頭 頭長52.3cm 奈良時代
◎木心乾漆菩薩頭 頭長71.2cm 奈良時代
◎木心乾漆仏頭 頭長80.4cm 奈良時代
◎如来形立像 木心乾漆 像高154.0cm 平安時代  お姿
◎十一面観音菩薩立像 像高166.2cm 奈良時代  お姿
⦿薬師如来立像 像高165.0cm 奈良時代 お姿
⦿衆宝王菩薩立像 像高173.2cm 奈良時代 お姿
⦿獅子吼菩薩立像 像高171.8cm 奈良時代 お姿
◎大日如来坐像(旧西山大日堂本尊) 像高352.0cm 奈良時代
 薬師如来立像模刻
◎十一面観音菩薩立像 像高179.3cm 平安時代
◎乾漆観音菩薩立像 像高185.2cm 奈良時代
◎乾漆観音菩薩立像 像高185.2cm 奈良時代
◎宝生如来立像 像高265.2cm 奈良時代
◎行基菩薩坐像 像高83.3cm 鎌倉時代



 言わずと知れた唐招提寺、奈良時代の国宝・重文が目白押しです。

 金堂には、見上げんばかりの仏さまが三躯並んでおり、凄い迫力です。中央が本尊の盧舎那仏、向かって右に薬師如来、左が千手観音です。この組み合わせは他に例がなく、経典などの典拠もみあたらないとのこと。制作年代も微妙にずれており、いわゆる三尊像のようなセットではないようです。
 盧舎那仏は像高3メートルの大きさですが、びっしりと化仏で埋め尽くされた光背の高さは5メートル以上あり、さらに大きく感じられます。脱活乾漆造で、柔らかで神々しさがあります。
 薬師如来は、木心乾漆造で、ちょっと時代が下って平安時代の作。やや伏し目がちで、衣紋の流れも様式的。ちょっと控えめな仏様です。左手は下に下げており、薬壺は持っておりません。体の後ろの光背が、ちょっと見慣れない形です。
 千手観音は、奈良時代の木心乾漆造。像高536cmと三尊のなかでもっとも大きい上に、実際に千に近い手を持っていて、迫力があります。無数の手は円形に配されており、お顔も穏やかで、すっきりしたお姿になっております。
 四天王は像高2メートル弱で、三尊とのバランスからすると小さく感じます。奈良時代の木造・乾漆併用造。丸顔であんまり怖くありませんが、どっしりとした体つきをしております。
 梵天・帝釈天は古風な立像。東寺みたいに動物には乗ってません。

 講堂の中央には、像高3m弱の弥勒如来が鎮座。鎌倉時代の寄木造の仏さまで、彫りが深く、ニヤリと笑ったような表情。弥勒といえば通常派菩薩ですが、未来に如来になった姿として表現されております。足の上に置かれた左手は、手のひらが下になってるのがちと珍しいです。飛鳥時代の半跏思惟像のなごりでしょうか?
 持国天と増長天は、奈良時代の木造の仏さま。どっしりとした像で、衣服の模様が細かく彫り込まれております。

 新宝蔵の拝観は、追加料金200円が必要ですが、仏像ファンなら見るべし! 主に奈良時代の、国宝・重文の木彫の仏さまが、ずらりと並んでおります。鼻や腕や首が欠けたものや、なかには首だけのものもあり、時代の流れを感じさせます。新宝蔵の三躯の国宝は、講堂の持国・増長天とともに、今年国宝に格上げされました。
 薬師如来立像は、両腕が欠けているものの、どっしりとしていて、胸や太ももにたっぷりと肉がついていて、ボリューム感と威厳が感じられます。素晴らしい仏さまです。
 衆宝王菩薩立像は、両腕の肘から先と、鼻が欠けております。やはりどっしりしたプロポーション。衆宝王菩薩とは、臨終の時に阿弥陀仏とともに迎えに来る二十五菩薩のうちのひとつで、あらゆる宝を集めることができる菩薩だそうです。しかしこの像は、額に縦に目が刻まれており、両肩には3本づつ腕があったあとがあり、元々は不空羂索観音だったと考えられているそうです。
 獅子吼菩薩立像もやはり二十五菩薩のひとつで、獅子が吠えるが如く力強く説法する菩薩だそうです。が、こちらも元は、三目四臂の不空賢者観音だったそうです。
 重文の如来形立像は、両腕と頭部を欠くものの、体の豊満で美しい曲線美から、「唐招提寺のトルソー」として多くの芸術家に愛されてきたそうです。例えばどんな芸術家なのかぐぐってみたのですが、みつかりません。ほとんどの記事がコピペですな。トルソーというと、同じくならの松尾寺にある、白洲正子が愛した黒焦げのトルソー(お姿)が有名ですが、あちらがジャコメッティというか現代彫刻風なのに比べ、こちらは優美です。

| | コメント (0)

2020/01/01

【仏像】秘仏薬師三尊ご開帳。異形の十一面観音も凄い!霊山寺(奈良市)

20191106_121440

 バラ園があるお寺として有名な、霊山寺に行って来ました。11月頭でしたが、この時期に咲くバラがけっこう咲いていました。

 

寺院名】霊山寺真言宗大本山 登美山鼻高(とみやまびこう) 霊山寺(りょうせんじ)
【公式サイト】http://www.ryosenji.jp
【住所】奈良県奈良市中町3879
【拝観日】2019年11月6日
【拝観】毎日拝観可。拝観料500円〜600円 秘仏薬師三尊はご開帳時のみ拝観可。
【仏像】◎重要文化財
◎本尊薬師如来坐像 カヤ 一木造 像高62cm 平安時代 お姿
◎日光・月光菩薩立像 一木割矧造 像高87cm 平安時代 お姿
◎十二神将立像 ヒノキ 寄木造 像高76cm 鎌倉時代 お姿
◎持国・多聞二天王立像 ヒノキ 寄木造 玉眼 像高120cm 鎌倉時代 お姿
◎阿弥陀如来坐像 桂 割矧造 像高83cm 平安時代  お姿
◎大日如来坐像 桂 割矧造 像高112cm 平安後期 お姿
◎地蔵菩薩立像 ヒノキ 寄木造 像高80cm 鎌倉時代 お姿
◎薬師三尊懸仏 南北朝時代 お姿
 行基菩薩坐像 江戸時代 お姿
 波羅門僧菩提僊那坐像 昭和 お姿
◎十一面観音立像 カヤ 一木造 像高82cm 平安初期 お姿1 お姿2
◎毘沙門天像 桐 一木造 像高68cm 平安後期 お姿
◎四天王立像 木造 像高31.3〜34.1cm 南北朝時代

 境内は広く、古いものから新しいものまで、たくさんの建物が並んでおります。

20191106_115115
 こちらの本堂で、仏さまを拝観することができます。この建物も「国宝」で、鎌倉時代のもの。

20191106_121705
 特別公開の立て看板の写真です。
 こんかいは、厨子の扉が開かれ、秘仏の薬師三尊が特別公開されております。明治時代までは、二十年に一度しかご開帳されなかったそうです。そのためか保存がよく、光背や金箔がきれいに残っております。
 中尊は非常に整ったお姿。治暦2年(1066)と記されており、定朝様に移行していく時期のものだそうです。両脇侍は直立不動でポーズも固く、確かにちょっと古風な印象があります。
 厨子も重文で、扉の内側の絵が色鮮やかです。
 厨子の両側には十二神将(重文)がひな壇風に並んでおります。鎌倉時代の作で、なかなかキャラが立ってます。

 ほかに、平安時代の阿弥陀如来、大日如来、鎌倉時代の持国・多聞天、地蔵菩薩があります。

 また、普段は宝蔵内に収められている仏さまが、本堂に運び込まれて公開されていました。

 一度見たら目に焼き付いて忘れられないのが、十一面観音さま(重文)。みなさんも、上のリンクからお姿をご覧ください。
 檀像風のカヤの一木造。頭が大きくて体は圧縮されており、四等身くらいの特異なプロポーション。下腹を前に突き出しております。表情も、目は吊り上がり、口角を下げ、鷲鼻で、頬の肉付きが良くて四角いお顔。唇にさした紅が、なおさら気味悪さを際立たせます。
 平安初期の作だそうですが、白鳳時代の朝鮮渡来系の仏さまの影響を受けているのでしょうか。忘れられない異形の仏さまです。

 ほかに毘沙門天像と、四天王像がありました。

| | コメント (0)

« 2019年12月 | トップページ | 2020年3月 »